60
くーくーとキャモメの鳴き声が沸き立つ港の町。
オーレ地方の交易の場となっているアイオポートに1つの客船が止まっていた。
船はすでに停泊してから、1時間ほど経っており、今は次の航海に向けて船乗り達がゆっくりと、しかし確実に準備中だった。
アイオポートはいつもと変わらなかった。
クラブ亭では荒っぽい船乗り達が酒を嗜み、老若男女が岸で釣りをしたりして、各々に日々を楽しんでいた。
……これからの災厄のことなど知るはずもなく。
“へへへ……”
アイオポートには灯台がある。
だが、普段は誰も近寄らない場所である。
それをいいことに、5人の男が一人の女の子を取り囲んでいた。
“嬢ちゃん、なかなか可愛いな”
“ホウイチ、いい奴を連れてきたなぁ”
「当然じゃないですか」
ホウイチと呼ばれた男は、見た目はすっきりとしたイケメンで黒いニット帽を被っていた。
「……ねぇ、ホウイチさん。私はオーレ地方が今どうなっているのかを教えてってだけ聞いたのに、これはどういうことなの?」
5人の男に囲まれた女の子は確かに普通に可愛かった。
可愛いおしゃれなキャミソールに花柄のミニスカート。
そして、茶髪のショートカットは活発で行動的なイメージを彷彿させる。
目は大きく、瞳が綺麗だが、その目はキッとした眼光で周りの男達を睨みつけている。
“ケケケ……嬢ちゃん、わからないわけじゃないだろ?”
“あんさんはイケメンのホウイチという甘い蜜に誘われてノコノコここに連れてこられたのさ”
下品な男達の笑い声が灯台の中に響く。
「オーレ地方がどうなっているかって?そんなことはもうどうでもよくなるのだから……」
「……っ!!」
一斉に男達が容赦なく少女達に襲い掛かった。
少女はそれでもキッと男達を睨んで、強がっていた。
「オーゥオーゥ……ここに居たのか、雑魚ども!」
“うが?”
声と共に砂混じりの陣風が吹き荒れる。
風は少女、男達共に吹き飛ばさんとしていた。
「さーて、腹ごしらえでもすっか」
少女は中年の黒い手拭いを巻いた男に片腕で抱きかかえられていた。
“何者だ、貴様っ!?”
男の一人が上半身が裸体の男に殴りかかってくる。
ガッ!
しかし、男は後ろも見ずに裏拳で一発かまして灯台の壁にふっ飛ばしてやった。
“この男、強いぞ!”
“なーに、ポケモンで一斉にかかれば問題ねぇ!!”
2人の男が取り出したのは、コドラとウツドン。
それぞれ、突進とヘドロ攻撃で男に襲い掛かる。
ドガッ!! ドガッ!!
“がっ!!” “ぐふっ……”
一閃。
男がポケモンを出して、次の瞬間にはトレーナーとポケモンが同時に灯台の入り口に吹っ飛ばされていった。
ついでポチャンという水の音が2回鳴った。
背中がチクチクと痛そうなポケモン……サンドパンは戦う相手が居ないと見ると爪を手入れし始めていた。
「貴様らに教える名なんてないぜ。……後、2人だな……ってあら?」
男は左腕に抱えていた少女がいつの間にか居ないことに気がついた。
同時に電撃が後ろからバリバリと聞こえて、よく見ると一人の男がパートナーのムクホークと共に少女によってダウンさせられていた。
「ちょっと待て……話せば……わかる……」
残ったイケメンのホウキチは、後ずさりしながら少女に弁解を求めていた。
「わかったわよ。あんたなんかと話してもわからないってことがさっきのでよーくわかったのよ!」
「くっ!カゲボウズ!」
バリバリッ!!
先ほどと同じく少女のポケモン……ラクライの10万ボルトがホウキチとカゲボウズを一気にノックアウトさせたのだった。
「言っておくけど、あんたよりもカッコイイと思う人が私には居るんだからね!」
ビシッと少女はホウキチに言うと、灯台をすぐに出た。
「よーぅ、姉ちゃん」
「っ!?」
背後から肩をつかまれて、びくっとした。
慌てたか、振り向くと同時に、その男を肘でバキッと殴りつけた。
「あっ……ゴメンなさい!」
「ふぅ……いい一撃をくれるじゃねぇかー……気に入った」
中年のおじさんは腕を組んで頷いた。
まるでダメージはないようだ。
「おじさんがイイコトを教えてあげよう」
「……イイコト?何それ?」
「まず、名前を教えな」
「え?ナルミだけど……」
少女……ナルミは自分の名前を言って、キッと相手を睨んだ。
「って、名前を知りたければ、まずそっちから名前を教えるものじゃないの?」
「あーそうだな。……まぁ、名前はぼちぼちおしえっから」
「(怪しい……)」
不審な目でナルミは男を見た。
上半身に何も着てないところから見て、変質者にしか見えないというのがナルミの見解だが。
「とりあえず、気に入っている男が居るんだろ?その男に気に入られたんだろ?」
「……っ!?」
ズイッと顎に手を添えて引きよせられて、ナルミは顔を赤くする。
「それなら、おじさんが手取り足取り教えてあげるってんだ……イダッ!」
当然、ナルミはエロ親父の顔を殴りつけた。
「バッカじゃないの!?」
男が怯んでいる間に、少女はそそくさと立ち去ろうとする。
「待てっての……」
「……!」
背後にひやりとしたものを感じて足を止める。
流し目で後ろを見ると、サンドパンの爪がナルミの首筋にピッタリと当てられていた。
「このスペシャルな俺様の講義が受けられるなんて女の子は滅多にいないんだぜ?」
「……講義?ただの盛った変質者じゃないの?」
「言ってくれるね、嬢ちゃん」
ドガッ!!
サンドパンの爪が弾かれる。
ナルミがさりげなく落としたモンスターボールからコイルが飛び出して、『ラスターカノン』でサンドパンを吹っ飛ばそうとした。
「(……!かわされた!?)」
だが、サンドパンは反射的に体を反らして、結局は爪だけを弾いた形になった。
ナルミはすぐに下が海の端っこに逃げて、男を見た。
現在、橋は架かっておらず、逃げられる状態ではなかった。
アイオポートの橋は、スイッチで切り替えることができるのだ。
すぐにスイッチを押すものの、橋がかかるのにはまだ時間がかかる。
「嬢ちゃん……スペシャルな俺様とやろうって言うんだな?まーいいだろーサンドパン!」
「コイル、『鉄壁』!」
ドガッ!!
「ぴゅぅ~案外硬いな!?」
一撃で落とせなかったのが意外らしく、口笛を吹いて目を丸くした。
「だが、これでどうだ!『真空斬』」
空気を切るほどの力を持つ爪。
「(この技は危なそう!?)」
一振りをかわすが、コイルは二振り目を受けてしまいあっけなく海へと打ち落とされてしまう。
「さぁ、どうする!?」
「ハッサム!!」
ガキッ!!
三振り目はハッサムがハサミで受け止めた。
そして、そこからしばらく2匹の打ち合いが続いていく。
「ほらほら!どんどん押していくぜ!」
「(……なんてパワーなの!?)」
徐々にサンドパンのパワーに押し込まれていくハッサム。
流石にピンチかと思ったそのとき……
ぐぎゅるるるるる~
「うっ……」
中年男がお腹を抑えてうずくまった。
「このスペシャルな胃袋を持つ俺様でも……今日は食べ過ぎたか……」
「今よっ!」
そのチャンスをナルミは逃さなかった。
ハッサムを戻すと、同時にナルミはサンドパンを指差した。
すると、海の方から強烈なハイドロポンプがサンドパンを吹っ飛ばす。
「(……!?あらかじめチョンチーを出していたのか!?)」
サンドパンが灯台の壁を打ち付けたのと同時に、ガチャンと橋がかかった。
チョンチーを戻して、ナルミはそのまま逃げ出したのだった。
「あぁ……畜生……お腹が調子よければぁ~……」
チョンチーのハイドロポンプをまともに受けたサンドパンは、むくりと起き上がって、男の背中をさすってやったのだった。
ブスッ
「っ!!って、サンドパンっ!!てめぇ、痛ぇだろッ!!」
擦るつもりが、爪で背中を刺すと言う珍事。
落ち込んだ様子で、サンドパンは男に謝ったという。
「全く……とんでもない目に遭っちゃった……」
ため息をつきつつ、ナルミはポケモンセンターで一休みしていた。
「(今、オーレ地方で何かが起こっている。連絡のつかないリク君たちが心配だわ……早く探し出さないと……)」
61
―――オーレ地方のフェナスシティ。
「そんなのウソに決まっているだろっ!!」
病院のロビー。
Yシャツのメガネをかけた男が、銀髪の男の胸倉に掴みかかった。
「ジュンちゃん、落ち着いてよ」
「ミナミっ!これが落ち着いてなんかいられるかよっ!!」
抑えようとする巨乳のロリ女、ミナミを振り払って、ジュンキが叫ぶ。
「ユウナがバンの兄貴を殺したなんて、絶対信じないぞ!!」
「……俺も信じたくはない。だが、よくよく考えてみると、あいつがウソを言うメリットはどこにもない」
「っ!!」
バッとハルキを突き飛ばすと、威勢がよかったジュンキは壁に手をついた。
「……何かの間違いに……決まっている……」
「ジュンちゃん……」
CLAW<クラウ>のアジトへ潜入してから数日が経っていた。
なんとか無事だったハルキとカレンは、仲間達をこのフェナスシティの病院まで運び出した。
現在、CLAWのアジトがあった場所は警察が調査をしている。
中にいた者たちは仲間を除いてすべて検挙されただろう。
だが、アルドス以外のCLAWの幹部はいまだ知られておらず、見つかってなかった。
さらにボスのシファーの行き先もわかってはいない。
数日の間にシファーによってノックアウトされたジュンキ、リク、アイの三人も目を覚ました。
でもって、状況を説明しているのが上の部分なのである。
場所は変わって、ユウナとケイとカズミのベッドが並んでいる病室。
3人はいまだに意識を失って眠っていた。
「これからどうしようか?」
そういって、話を振るのは冴えない好青年カツトシだった。
余談だが、数日の間に彼はミナミがほっとけないという気持ちで、この病院にいるとんでもない診察料を請求する医師を論破し、退職に追いやったのである。
意外にも、彼は法律を勉強していて、頭がいいらしい。
「ええと、カツトシさん。オトハさんがクロノさんを連れ去ったと言うのは本当なんですね」
「そうなんだ……すべては……」
「つまり、オトハの件とCLAWの件も繋がっているってことか」
カツトシが後ろで落ち込んでいるところでハルキが納得する。
「私は……友達を助けたいの。多分、今も“ベル”という女が持っていることには間違いないはずなの!」
「じゃあ、助けに行こうよ!」
カレンの意気込みを察して、アイが元気よく応援しようとする。
「どこへ助けにいくんだ」
「オーレ地方中を探せばいいでしょ!大丈夫!!」
ニッとアイは愛らしく笑う。
「アイとハルキお兄ちゃんとカレンお姉ちゃんとミナミおばちゃんとアイのケライなら、そんなことは簡単でしょ?」
「誰がケライだ」
「ジュンキお兄ちゃんたちでしょ」
「イテテッ!!」
相変わらず、ジュンキはアイに耳を引っ張られるのだった。
「(やっぱり、僕もケライの中に含まれているのでしょうか……?)」
複雑な心境のリク。
カツトシに至っては小さい子(といっても10歳だけど)の言うことなんだからと思って受け入れてしまっていた。
案外大人である。
「そうしますと、どこを探しましょうか?」
リクの言葉をきっかけに作戦会議が始まった。
みんな真面目にその会議に意見を出していたが、ただ一人だけニコニコしつつ、喋らない者が居た。
「(ミナミおばちゃん?)」
“臨時ニュースです”
「ん?」
ふと、カツトシがテレビを消そうとした時だった。
フェナスシティの勝ち抜きトレーナーに直撃!!という番組からいきなりONBSニュースに切り替わったのである。
“現在、オーレ地方の至る所で謎の固化現象が起きています”
「固化現象……?」
カツトシが声をあげると、他のみんなもテレビを見た。
“その場所とは5箇所。オーレコロシアム、バトル山、エクロ峡谷付近、ポケモン総合研究所、フェナスシティの南東です。ええと、オーレコロシアムから中継が入っています”
画面がオーレコロシアムに切り替わった。
「これは……」
「確かに固まっている……というか凍っている……?」
軽快なカメラワークで次々と映像を写していく。
見るかぎりは確かに凍っているように見える。
“なんだ!?”
画面の向こうから聞こえてくる声。
それと共に画像が途切れた。
“うわぁっ!!”
聞こえてくる悲鳴。
それと同時にこちらに語りかけてくる声がした。
“世界はもうすぐ滅びるわ。真深<しんみ>なる闇によってね。その手始めがこのオーレ地方よ”
「……っ!!この声っ!?」
カレンには一声で気がついた。
立ち上がって、拳を握り締めたいた。
そうして、中継は完全に切れてしまった。
「カレン……?」
「ハルキ……今の声……あの女よ。私から友達を奪った……あの女よっ!!」
「カレンさんっ!?」
リクの静止も聞かずに、カレンは病室を走り去っていった。
「リク……俺はカレンと一緒にオーレコロシアムへ行く」
「え?え?ちょっと、ハルキさんまで!?」
あっという間にその場から2人が走り去っていった。
「リクくん。確か他にもバトル山とエクロ峡谷付近にもCLAWって連中が襲っている可能性があるんだろ?」
「はい。他にもポケモン総合研究所とフェナスシティの南東です」
「アイがポケモン総合研究所へ行く!」
ずいずいと必死の形相でアイがリクに詰め寄る。
有無を言わせない勢いだ。
「(……アイちゃんは、ポケモン総合研究所が心配なんですよね) わかりました。でも一人じゃ……」
「リクちゃん~」
「え?うわっ!?」
突如、抱きしめられるリク。
そんなことをしでかしたのはミナミだった。
「私~この子と行っていい~?」
「えっ?構いませんけど……」
「ありがと~☆」
チュッ
「っ!!」
頬にキスをされて真っ赤になるリク。
それはもうビックリするしかないだろう。
「それなら、俺がエクロ峡谷付近に行ってみる」
そう名乗り出たのはカツトシだ。
「一人で大丈夫ですか?」
「あまり大丈夫じゃないかもね。だけど、人数が足りないだろう?」
「う……確かに」
リクは、周りを見てからユウナたちのベッドを見る。
そして、人数が足りないに今更ながら気がつく。
「わかりました……お願いします」
ハルキ、カレン、アイ、ミナミ、カツトシ……この5人がそれぞれ3つの場所へと向かっていった。
「残りは、僕がバトル山かフェナスシティの南東……多分、町外れのスタンドあたりだと思いますけど、そこに行かなければなりませんね」
眠っている3人に囲まれている中で、リクは考える。
「オイ」
「うわっ!!」
突然肩をたたかれて、リクはビックリして椅子から転げ落ちた。
そのショックでノートパソコンも投げてしまうが、何とかキャッチしてみせる。
「俺のことを無視するなんて、ふざけている場合か!?」
「あ……ジュンキさん」
目を点にして、メガネのYシャツの少年を見るリク。
どうやら、居たことに本気で気付いていなかったようだ。
「俺が町外れのスタンドに行くから、お前はバトル山へ行け。わかったな?」
「は……はい」
やや怒り気味でジュンキはそういい捨てて、町外れのスタンドへと向かっていった。
「バトル山……あそこは火山でしたよね。あそこも凍り付いているのでしょうか……?」
リクは不安げにパソコンを閉じて、部屋から出ようとした。
「ううん……」
そのとき、ベッドの中の1つの気配が動いた。
「あ」
それに気がついて、リクはそのベッドに近づいた。
「大丈夫ですか?」
「リクおにいちゃん、どこかにいくの……?」
3人の中で一番幼い少女、カズミだった。
首を傾げて、リクに問いかける。
「うん、仕事で外へ行ってきます」
「…………」
寂しそうにカズミは周りを見渡す。
「カズミちゃん。カズミちゃんはそこで眠っている二人のお世話をしてくれませんか?これはカズミちゃんにしかできない仕事なんです」
「私にしかできない……?」
「そうです」
そう言われると、カズミはベッドから起き上がって、スリッパを履いて床に立った。
少しよろけたが、ベッドの淵に手をついてうまくバランスをとる。
「わかった!がんばる!」
一生懸命な声でリクに宣言する。
その様子を見て安心したリクも、この病院を後にしたのだった。
第三幕 The End of Light and Darkness
コールドペンタゴン① ―終局の始まり― 終わり
彼女の心を取り戻せ!