これは……遠き日のこと。
―――「はぁ……」―――
10代半ばの少年が、屋根に上って仰向けに寝ながら山に落ち行く夕焼けを見ていた。
どこか黄昏ている感じがする。
―――「バドリス、どうしたっスか?」―――
そこへ、麦藁帽子を被った同じくらいの少年が梯子を使って屋根に上ってきた。
そして、少年の隣に座り、サイコソーダーを渡した。
―――「さっき、ポケモンバトルでコテンパンにやられたんだ」―――
―――「え?あのバドリスのピジョンたちがっスか!?」―――
―――「うん……」―――
ボーっと遠くを見るバドリス。
―――「『鳥ポケモンなんて、電気タイプや岩タイプの前じゃカス同然』って言われたんだ。『ただ空を飛べるだけの能無し』とも言われた……」―――
―――「酷い言葉っスね」―――
―――「挙句の果てに『所詮、飛行タイプは何かのタイプとくっ付かないと存在できないトサキントの糞だ』って言われた……」―――
おそらく、トサキントの糞とは、金魚の糞のことだと思われる。
―――「そいつ……一体何様のつもりっスか!?」―――
―――「ハヤット……どうして、あいつは鳥ポケモンの素晴らしさがわからないんだろうね……」―――
ちょうどそのとき、バドリスたちの頭の上をヤミカラスの群れが通過した。
そのヤミカラスたちは夕日へ向かって一直線に飛んでいった。
―――「人はなんで空を飛べないんだろう。小生は幾度となく鳥ポケモンに憧れた。鳥ポケモンほど最高のポケモンはいないのに……」―――
―――「それなら……あっちたちが鳥ポケモンの素晴らしさを広めるっスよ」―――
―――「小生たちが……?」―――
―――「そうっス」―――
ハヤットは立ち上がる。
―――「様々な鳥ポケモンたちを集めて、世界に鳥ポケモンの凄さを知らしめるっス!」―――
―――「ハヤット……」―――
彼の考えにバドリスは目元を押さえた。
そして、ごしごしと拭ってバッと立ち上がる。
―――「手伝ってくれ」―――
―――「もちろんっスよ」―――
太陽が沈み行く中、彼らはその夕日に誓いを立てた。
―――「「必ず鳥ポケモンの強さを世界に知らしめる(っス)」」―――
たった一つの行路 №214
“はぁはぁ……”
一匹の荘厳な鳥ポケモンが、荒い息を吐いて地面に這いつくばっていた。
そのポケモンの名前はホウオウ。
バドリスがずっと捕獲しようとしていたポケモンである。
“まさか……人間の欲がここまでわたくしに及んでいたなんて……”
ホウオウは心の清らかの人の前にしか姿を現さないという。
だが、今回は例外的だった。
オーレ地方の違和感を感じてすぐにホウオウはオーレ地方へと飛んできた。
何かが起こる……そういった勘がホウオウに働いたようだ。
そして、このオーレ地方にやってきた光のあるトレーナーカツトシにこの世界の命運を託した。
しかし、そのカツトシはこの場所にも現れない。
どこで何をやっているのかとホウオウは思いつつ、このラルガタワーで謎のオーラのポケモンの元凶と思われる男に直接会いに来た。
その戦いの成れの果てが、今だった。
“(もうなんだか……人間を信じられなくなってきましたね……)”
数年前までは、気になるトレーナーの前に姿を見せていたホウオウ。
だが、今回のことは相当堪えた様だった。
“(わたくしは……)”
最後の力を振り絞って、ホウオウが翼を広げて立ち上がる。
「ムッ!?」
バドリスはそのホウオウの行動にいち早く反応した。
「逃がさない!ルギア、『エアロブラスト』!」
大きく息を吸って、お得意の風の弾丸を打ち出そうとする。
ボンッ!!
「……っ!」
だが、それよりも速くルギアの顔に黒い球体がヒットした。
照準がずれてしまい、エアロブラストはまったく別の方向に飛んで行ってしまった。
「ガバイト、『竜の怒り』!」
「邪魔をするな!フリーザー、『吹雪』!!」
技の威力から言って、吹雪の方が圧倒的に強かった。
竜の怒りは吹雪に飲み込まれて、ケイたちをも飲み込もうとする。
「あわわ……グレイシア!」
同じく吹雪を打ち出すグレイシア。
その威力は互角だ。
「ルギア、小生を乗せてホウオウを追いかけろ!」
ルギアはすぐに命令に従って、地面へと降り立つ。
バドリスが飛び乗ったのと同時に、空へと飛び上がろうとする。
「(このまま追わせるわけには行かない)ガバイト、『砂嵐』だよ!!」
フリーザーの吹雪を抑えているグレイシアの後ろで、ガバイトはフィールド内に砂嵐を巻き起こした。
よって、フィールドを抜け出したホウオウ以外の全てのポケモンと人間はその影響を受けることになった。
「ぐっ!!」
その砂嵐は、視界を遮るだけでなく、吹雪の威力を軽減させるほどの影響を見せた。
「とにかく飛べ!ルギア!」
バドリスが指示を出すものの、べしべしと当たる砂粒がルギアを苦しめる。
やっとのことで砂嵐の区域を抜け出してホウオウを探すが、すでに姿はなかった。
ぐぐぐと拳を握り締めるバドリス。
「許さない……」
そういって、バドリスは砂嵐に囲まれているフィールドを見下ろした。
一方の砂嵐の中。
「『氷の礫』、『電光石火』!!」
ダブルの先制攻撃技を連続で放つ。
まるでその様子は、氷の槍を持って突進する騎士のようだった。
フリーザーはその攻撃に命中して、地面を転げていく。
だが、まだ倒れはしない。
大きな氷の結晶をグレイシアに向けて3つ放つ。
真正面から攻撃を受け止めるグレイシア。
2つまではこらえていたが、3つ目で吹っ飛ばされる。
しかしながら、その背後にガバイトは回り込んで、『ドラゴンクロー』を叩き込んだ。
「今だよ!『剣の舞』、『ストーンエッジ』!!」
地面に叩きつけたフリーザーを見て、強力なチェーン攻撃を放つ。
最初の時は、リフレクターによって阻まれた。
しかし、今回は指示するバドリスが離れている上に、体勢を崩した状態。
岩の破片がフリーザーにクリティカルヒットした。
耐え切れずに、その場にフリーザーは目を回して倒れた。
「後は……」
ルギアだけと思ったそのときだった。
「ふぁ!?」
上空から、今までよりもさらに強力な風の弾丸が飛んできたのだ。
それは砂嵐が一気にはけて、空が見えていく様から見て取れる。
「ガバイト!」
ケイはガバイトに何かの指示を出す。
そして、グレイシアはケイの前に立って、『冷凍ビーム』を放った。
ズドォォォォ―――――――――ンッ!!!!
「うっ…………」
エアロブラストがケイとグレイシアに直撃だった。
冷凍ビームで押しのけようとしたグレイシアだったが、力負けをし、まともにダメージを受けて瀕死の状態だった。
「ケイちゃん!」
ミナミが心配そうに駆け寄る。
「大丈夫……だよ」
微笑んでゆっくりと立ち上がるケイ。
ミナミに心配かけまいとしているが、ダメージは大きい。
やや汗を掻いて、空からルギアが降臨して来るのをみる。
「君の残りは、あとガバイトともう一匹だな」
「ルギアの攻撃力が…上がったみたい…だね……何をしたの……?」
「君が砂嵐の中でフリーザーと戦っている間に、『瞑想』をしていたんだよ。おかげでこのようにエアロブラストの威力がアップしたんだ」
エアロブラストを上空から地面に向けて放った影響は、グレイシアをダウンさせるだけでなく、砂嵐まで吹き飛ばしてしまったのだ。
「ところで、ガバイトはいないようだな……」
「…………」
ドガッ!
「うぉっ!!」
ルギアがぐらつく。
バドリスは乗っているルギアから投げ出されるが、華麗に着地をする。
「また穴を掘って避けていたか……」
さらに言うと、ルギアにぶつけた技はストーンエッジだった。
「ルギア、『じこさいせい』」
翼を広げると、みるみるうちに傷を治していった。
「ふぁ……回復技まで使えるの……?」
「その通り」
そして、ルギアはガバイトとケイを捉えた。
「吹き飛べ。『サイコキネシス』!!」
「ケイちゃんー!!」
ミナミが叫ぶ。
「(こうなったら……)」
ケイが策を講じる。
攻撃を避けられないと思うや否や、左手に意識を集中させる。
すると、取り出したモンスターボールが光った。
「スナッチをする気か。だが無駄なことだ」
「えいっ!!」
バドリスの制するのも聞かず、ケイはルギアに向かってモンスターボールを投げつけた。
その直後、ケイとガバイトは、フィールドの壁にぶつけられる。
「あうっ……」
そして、地面に倒れるケイ。
一方のモンスターボールは軽くルギアの翼で弾かれた。
「弱っていないポケモンにモンスターボールを投げても捕獲できるはずがないだろう」
ボールは真下に叩き落された。
だが……
ボンッ!!
「なっ!?」
中から長いムチが飛び出してきた。
そのムチはぐるりぐるりとルギアを巻きつけていく。
「スナッチはフェイントか!?」
「ウツボット……」
「……ルギア!『サイコキネシス』!!」
技を出すのが速かったのは、ウツボットだ。
「っ!!ルギア!」
ウツボットのチェーン技『甘い香り』&『眠り粉』が見事に決まって、ルギアを深い眠りに陥れた。
「そのまま……投げ飛ばして……」
ウツボットは力いっぱいグルングルンとルギアを振り回す。
そして、ハンマーのように叩きつけようとする。
その先にいるのは、ギリギリでサイコキネシスを耐え抜いたガバイトだった。
「『ドラゴンクロー』!!」
叩きつける力と、下からの強力な一撃。
二つのサンドイッチのような攻撃を受けて、ルギアは一瞬だけ目を覚ました。
しかし、その後に待っていたのは気絶と言う名の眠りだった。
「まさか……ルギアまでもがやられるとは……」
これで、サンダー、ファイヤー、フリーザー、ルギアの4匹が倒れたことになる。
「最後のポケモンを使うしかあるまい。これで君を墜とす!」
そして、繰り出したのは、緑色の細長いドラゴンポケモンだった。
「こ、このポケモンは何!?」
ケイにとって、そのポケモンは初めて見るポケモンだった。
ホウエン地方の遙か上空に存在するというポケモンだというのだから、無理もない。
「このポケモンを捕獲するのは非常に骨が折れたぞ。君の仲間の『王侯の潰し屋:バン』から奪った<スナッチした>んだからな」
「え……!?バンちゃんから!?」
その言葉に反応するのは、同じチームトライアングルのミナミだ。
「バンちゃんに一体何をしたの!?」
「戦って打ち負かしたに決まっているだろ。このレックウザはその戦利品なんだからな」
レックウザがギラリとウツボットとガバイトを睨みつける。
「今度はルギアのようには行かない」
ズドンッ!!
「……ふぁ!?」
ウツボットがいとも簡単に吹っ飛ばされた。
物凄いスピードでタックルを受けたようである。
「蹴散らせ」
「……ガバイト!!」
ドラゴンクローでレックウザに一撃を見舞うが、尻尾で軽く弾き飛ばされてしまう。
「(『神速』と『アイアンテール』……このままじゃ……)ウツボット、『ヘドロ爆弾』!! ガバイト、『竜の怒り』!!」
空へ飛んで行ったレックウザへ攻撃を放つものの、単発の攻撃は上手く当たらない。
「ウツボット……『甘い香り』、『眠り粉』」
「『エアスラッシュ』!!」
甘い香りで相手の回避力を下げて、眠り粉で相手の動きを制限する。
このコンボは確かに強力だった。
だが、レックウザのエアスラッシュは、この二つの技を切り裂いた。
「『剣の舞』、『ドラゴンダイブ』!!」
エアスラッシュを打つために、止まったところを狙った一撃だ。
「終わりだ。『逆鱗』!!」
レックウザの目がギラリと光る。
すると、我を忘れて、ウツボットとガバイトに強烈な打撃を与えて吹っ飛ばした。
「うわっ!!」
その勢いは、ケイの体をも吹っ飛ばした。
「うっ……ウツボット……ガバイト……」
残りの2匹のケイのポケモンは一掃されてしまった。
「これで君のポケモンはゼロだ」
容赦なくレックウザがケイへと襲い掛かる。
逆鱗の効果はまだ続いているようだ。
ドガンッ!!
「…………」
そこへ、一匹のポケモンが割り込んできた。
「ケイちゃん……しっかりして~☆」
レックウザを止めたのは、耳の長いセクシーなポケモンであるミミロップだ。
「『守る』か……。だが、次の一撃で終わりだ」
「それはどうかな~☆」
「君のそのポケモンで小生のレックウザに勝てるとは到底思えない」
「行くよ、ミミロップ~☆」
そして、小さな声でミナミは一言ミミロップへと指示を出した。
何かに祈りを捧げると、ミミロップはそのまま力を失ってダウンした。
「……これは……『癒しの願い』か?」
「その通りだよ~。後はケイちゃん、任せたよ~☆」
この行動でミナミのポケモンは全て全滅した。
だが、代わりにケイの瀕死状態にあったポケモンを一匹、体力全快へと戻した。
「ケイちゃん……お願いがあるの」
「……?」
ミナミはケイのシャツの裾を引っ張って、ボソッと言った。
「あのレックウザは、私の仲間のバンちゃんのポケモンなの……。だから取り返して……」
神妙にお願いしているミナミをケイは見たことがなかった。
そんな様子のミナミにケイが応えないはずがなかった。
「もちろんだよ」
眠たげな顔から、眉をきりっとさせて真面目な顔をすると、フルパワーのグレイシアを繰り出した。
「体力が全開で、相性がいいからといって、小生のレックウザに勝てると思っているのか?」
「おじさんは、鳥ポケモンで何がしたいの?」
「何?」
質問を別の質問で返されて、バドリスは眉間にしわを寄せる。
「なんで、伝説のポケモンを集めて、相手のポケモンを奪ってまで、鳥ポケモンに拘ろうとするの?」
ふっとバドリスは笑い、レックウザに竜の波動を指示する。
「ある時、鳥ポケモンを笑った者がいた。鳥ポケモンは屑だと、そいつが言ったんだ」
竜の波動は、グレイシアに向かっていくが、冷凍ビームで相殺される。
「こんな考えを持つやつに、小生が負けたと思うと悔しくてならなかった。だから、強くなろうと思った」
続いて、神速を繰り出す。
グレイシアも電光石火で動こうとするが、相手の方が速くパワーが上で、吹っ飛ばされてしまう。
「小生は思った。鳥ポケモンは屑ではない。鳥ポケモンの素晴らしさがわからないやつが屑なんだ。なぜ、鳥ポケモンの素晴らしさがわからない!?」
追撃で竜の波動を繰り出す。
体勢を立て直しているグレイシアに命中する。
「空を飛ぶというのに憧れない奴はいないだろ。それと同じ理由だ。だから、小生はホウオウを捕まえて、理想の鳥ポケモンのメンバーで鳥ポケモンの素晴らしさを世界に知らしめるのだ!」
さらにとどめの『破壊光線』をレックウザが放つ。
強烈な一撃に、グレイシアは直撃してしまった。
そして、残ったのは、直系5メートルのクレーターだった。
「ケイちゃん!」
「大丈夫だよ」
「……なに!?」
破壊光線から生じた煙から、出てきたのはグレイシアとケイ。
グレイシアは多少ダメージを受けているものの、まだまだ余裕のようだった。
「SHOP-GEARのリクさんから聞いたよ。“風霧”という組織は飛行ポケモンが好きな者を集めて、飛行ポケモン向上の活動をするための組織だって。それだけならいいのに、なんで研究所を襲ったり、アゲトビレッジの祠を壊したりするの!?」
「それは、ホウオウを捕まえるために必要だったのだ」
「そのためだけに、人を襲ったりしたって言うの!?」
「そうだ。そのためだけに、小生の組織“風霧”は“CLAW<クラウ>”と手を組んでいたのだ。だが、今となってはCLAWなど関係ない。小生たちの目的を果たす」
そういって、レックウザが飛び上がる。
「その作戦によって、どれだけケガをした人がいると思っているの……?どれだけ傷ついた人がいると思っているの……?」
ケイはグレイシアに指示を出す。
『あられ』のようだ。
しかし、普通のあられとは違って、グレイシアの体にだけ纏いつくようなあられだった。
「僕は……おじさんを倒すよ!!」
「できるものか!」
グレイシアとレックウザが激突する。
「きゃっ!!」
猛烈な冷気と風がフィールド内に巻き起こる。
そして、2匹の勝敗が決しようとしていたのだった…………
たった一つの行路 №214
第三幕 The End of Light and Darkness
vs王翼のバドリス③ ―鳥ポケモンの向上のために―
しかし、状況は未だ進展を見せず、闇は深まるばかり……