空からチラホラと雪が舞い落ちる。
雪は地面を覆いつくし純白の世界へと変えてくれる。
まさに、世界の汚れを覆いつくすかのごとく。
対照的に空はバイオレットに覆い尽くされている。
まるで、これから何かが起きようとしているかのようだった。
「…………」
一つの大きな揺れの1分後のことだった。
ふらふらに歩く人影の姿があった。
緑色のマフラーを首に巻いて、黒い長袖のYシャツのボタンを締め、緑色のノースリーブのジャケットを羽織った青い長ズボンを履いた男。
所々傷を負っていたが、意識ははっきりしているようで、倒れている老女に向かって歩いて行った。
「どんなにデータを持っていても、私はあなたに勝つことはできないのね……私から見て過去のヒロトだったとしても……」
近づいてくる足音だけを聞き、アソウはそう呟いた。
「ダメね。結局、私の力じゃ何も変えられない。……守ることもできず、ただ失い続けるだけ……。そして、自分の醜い本性を知った時、全てが信じられなくなった……」
「…………」
「一人で生きようとしたのが……間違いだったのかな……?」
「仲間はいなかったのか?」
「…………。仲間とかそういう話じゃないのよ」
「恋人のこと……?」
「ええ。生涯を共にできるパートナー……。私にはそういう人が出来なかった……」
ヒロトは倒れこんでいる彼女の傍に座った。
「きっと怖かったの。愛する人が消えて行くことが。だから、無意識のうちに特定の人を好きになるのを抑えていたんだと思う」
「…………」
「ヒロト……あなたは……今、幸せ?」
「え?」
いきなりの質問に、驚くヒロト。
う~ん、と頷くしかない。
「無理に答えなくていいわよ。……幸せってものは、後になって気づくものなのよ。今は生きるのに一生懸命すぎて自分自身がそれに気付いてないだけなのよ」
「…………。君は幸せじゃなかったのか?」
「…………」
黙りこむアソウ。
「今からでも、幸せになることはできるだろ?」
「無理よ。私はもう歳だもの。それに……私はあなたの手にかかって人生の幕を引くの」
「……そんな事はしない」
ヒロトは立ち上がる。
「君の一番の罪は幸せを掴めなかったことじゃないのか!?なら、その罪を今から償えよ!」
「…………」
アソウが顔を見上げると、手を差し出すヒロトの姿があった。
その姿を見て、ふっと笑った。
「(やっぱり……そうだったんだ……)」
その手をアソウは掴んだ。
「(いなくなるのが怖かったんだ。だから、私はその気持ちを押し殺した。“彼女”を応援するというもっともらしい理由をつけて……)」
ヒロトが足を踏ん張って力いっぱいにアソウを引っ張って立たせた。
「(私は……ヒロトのことを………………っ!!)」
空を見るアソウ。
すると、バイオレットの空に一匹のポケモンと人がいるのが見えた。
そして、口から黒くて鋭い光線を放とうとしているのが見えた。
「(ヒロトは気づいてない!?)」
黒くて細いレーザーのような攻撃は、放たれた。
フッ
「……え?」
ヒロトにはアソウに突き飛ばされたことしかわからなかった。
そして、目に映ったのは、彼女が細くて黒いレーザーに打ち抜かれる姿だった…………
「っ!!!!」
慌てて、ヒロトは“彼女の本当の名前”を呼び、抱きかかえた。
「やっ…ぱり……私に…は……こんな……結末し…か用…意されて……なかっ……たの…………ね……」
「しっかりしろ!!オイっ!!」
「ヒロト…………ありがとう………………―――。…………」
その先の言葉は、発音できなかった。
しかし、その言葉をヒロトは読み取った。
最後まで読み取った後で、彼女は力なくヒロトの腕の中で息を引き取った。
そして、ゆっくりとヒロトはアソウを地面に横たえた。
「こんな終わり方……悲しすぎる……」
一言呟いてから、空を見た。
「お前……一体何者だ……!!」
一匹のそのポケモンの名前は、やぶれたせかいにいるといわれるギラティナだった。
そして、その背中に乗っているのは、一人の少年だった。
しかも、白い布っ切れ一枚しか羽織っていないようだった。
『役立たずは消した。さて、やりのはしらへ向かうとしよう』
「なっ!?待て!」
しかし、ヒロトの質問に答えず、少年はギラティナと一緒に空間へと消えてしまった。
「奴はいったい……!?」
「さっきのは、マイデュ・コンセルデラルミーラの頂点<ボス>、ジオン」
「誰だ!?」
現れたのは、赤い淵のメガネに赤のカチューシャの女性……サニエルだった。
そのサニエルは、アソウを見て、複雑そうな顔をした。
「アソウのお婆さん……亡くなっちゃったの……?」
アソウとヒロトを見比べるサニエル。
「侵入者のあなたがお婆さんをやったのね……?」
「いや、違うよ!?」
「エデンに知られたら何をされるかわからない……。ここで倒すっ!!雪に埋もれて溺れ死になさい!」
サニエルはシンクロパスを取り出して、ウソッキーにシンクロした。
「(くっ、戦うしかないのか!?)」
ヒロトもフーディンにシンクロする。
ズドーンッ!!
互いの一撃目が炸裂したのだった。
―――やりのはしら
少しずつ冷たい風が吹いてきた。
それは、ユキノオーを繰り出したことによる影響だ。
そのポケモンの特性は『雪降らし』。
天候をあられに変えてしまう能力だ。
「エデン・デ・トキワグローブだと……?」
ラグナは酷く驚いた顔をする。
『ラグナ……エデンを知ってるの?』
「……いや、エデンのことは知らねぇ」
エデンの顔をじっと見て、ラグナは黙り込む。
「(“トキワの力”は、“ティブス界”のトキワシティの出身者の血縁じゃないと使えないはず。でも、トキワグローブってことは……まさか“あいつ”の孫か!?)」
ラグナの頭に過ぎったのは、青いバンダナを巻いたバクフーン使いの男だった。
ついでに、ぴったりとその男にくっ付いているポケモン公認キャップを被った少女の姿も思い浮かんだ。
元の時でその二人の間に子供が居たよなと思いながらも、今はそんなことは関係ないと、エデンを見た。
「さー行けっ!!」
すると、デリバードが真っ先に襲い掛かってきた。
『ラグナ、危ない!』
ジュカインが刃に電気を纏わせて、前に出る。
しかし、『氷の礫』がジュカインを襲った。
『きゃあっ!!』
「オトノ!!」
ジュカインが吹っ飛ばされるのを見て、クチートにシンクロする。
相手の燕返しを受け止めると、欺きの口で叩きつけようとした。
しかし、デリバードはひょいと避けた。
その後ろから、ユキメノコの黒い球体……シャドーボールが向かってきて、クチートに炸裂した。
『ぐっ!!』
ダメージを受けて、怯んだものの、ラグナはまったく戦意を失ってなかった。
エデンの元に戻ろうとするデリバードへ飛び掛ったのだ。
「デリバード!急げ!!」
『『アイアンヴァイト』!!』
口がデリバードを捉えて、そのまま力いっぱい噛み砕く。
デリバードはクチートの力の強さに目を回して、ダウンした。
すると、ユキノオーが襲い掛かってくるのが見え、デリバードを力いっぱい投げつけた。
ユキノオーはそれをがっちり掴むも、力に押されて、10メートル後方にあった柱にくっ付くほど後退させられた。
「デリバードがやられたくらいじゃまだまだ。ここからが本当の力を見せるときだ」
グレイシア、ユキメノコ、ユキノオーがクチートを睨みつける。
ふと、ラグナは後ろを確認する。
ジュカインはよろよろと立ち上がり、何か技を繰り出そうとしていた。
『『メタルボール』!!』
クチートは金属の塊を打ち出す。
だが、その攻撃はあられの中に消えた。
『……ちっ……『雪隠れ』か!?』
「こうなったら、君はどうしようもないだろ?」
バキンッ!!
『ぐおっ!!』
3つの冷凍ビームが3方向から交錯し、クチートに命中した。
『ちっ『鉄壁』!!』
「無駄だよ!」
バキンッ!!
同じく3つの冷凍ビームがクチートに命中する。
多少ダメージは軽減されただろうが、威力は凄まじく高い。
『(特に、あの3匹の中の一匹は特別威力がたけぇ……)』
そして、ラグナはシンクロを解いた。
「オトノ。もう大丈夫か?」
『何とかね!』
すると、体調万全なジュカインがそこにいた。
『『月舞踊:時月<じげつ>』ってね』
「回復技かー……。でも、2人で来ようが関係ないさ。このあられの中……二人に勝ち目はない!」
「そうでもねぇぜ!」
ラグナが一匹のポケモンを出そうとしたそのときだった。
「あれ?」
急にあられが止んだのだ。
「どういうこと?」
「……!そうか、ついに目覚めるのか」
エデンが呟いた。
「目覚めるだと……?」
すると、やりのはしらの中心に一つのぽっかり空いた空間があるのが見えた。
そこから、一匹のポケモンが飛び出してきた。
「何っ!?ギラティナだと!?」
「ギラティナ……!?……ラグナ、あそこ見て!」
2人は共に驚くが、オトノがギラティナの頭の上を注目した。
オトノが示した先には一人の少年が見えた。
歳は10歳前後。
服は白い布っ切れだけを被っているだけのようだ。
『我の名はジオン。マイデュ・コンセルデラルミーラの頂点<ボス>である』
「なっ!?あんな年端もないガキがマイコンの頂点<ボス>だと!?」
「驚いたか?」
あられが止みつつあると得意げな表情をしたエデンが現れた。
「ジオンが全てを滅ぼすんだ。なぜなら、奴は“光の導き手”に選ばれたんだからな!」
「光の導き手だと?」
ラグナは怪訝な顔でエデンを見る。
「今のあいつを止められる奴は、俺ぐらいだろうな」
「そんなのやってみなくちゃわからねぇだろ!?」
「わかるさ。あいつの力は強大だ。やぶれたせかいを介して世界を破壊することができる。しかも、その力はジオンの一つに過ぎない」
「(やぶれたせかい……。あの空間がそうだって言うのか?)」
空にぽっかりと空いた空間を見てラグナは納得する。
「オトノ。耳を貸せ」
「何?」
コソコソと小さな声で話すラグナ。オトノはシンクロを解いて耳を当てた。
「お前はあのやぶれたせかいへ乗り込んでジオンを倒すんだ」
「あたしが……?」
「そうだ。エデンは俺が絶対に倒す。そして、すぐにオトノを追いかける」
ラグナは真剣な目でエデンにガンを飛ばした。
「いいな?オトノ」
「…………」
しかし、オトノはすぐに返事はしなかった。
「オトノ?」
「何をコソコソやってんだ?……とりあえず、ジオン。力を見せてやれよ。手始めにハクタイシティを破壊してきてみろ」
『いいだろう』
ジオンは頷くと、ギラティナに命令して、やぶれたせかいに入っていく。
同時に空間が少しずつ狭まって行く。
「ラグナ……ずっとあたしの傍にいてくれるって言ったよね?」
「……? ああ」
「不安なんだ。この戦いが終わったら、ラグナがどこか行ってしまうような気がして……」
「俺はどこにも行かねぇ。俺を信用しやがれよ。だから、道が途絶える前に早く行け!!」
その瞬間……
ふっ
唇に柔らかくて暖かいものが触れた。
少しラグナは呆気に取られていた。
「絶対だよ?」
「あ、ああ。絶対に決まってんだろ」
オトノはスピアーにシンクロして、高速移動でやぶれたせかいに入ろうとする。
「ジオンの邪魔はさせないぜ!」
エデンの手元には、グレイシア、ユキノオー、ユキメノコ。
3匹同時の冷凍ビームが、的確な軌道を描いてスピアーに襲い掛かる。
確実にスピアーを捕らえていた。
バキンッ!!
「オトノの邪魔はさせねぇよ。てめぇの相手はこの俺だ」
スピアーは後ろを一度振り向いて、ラグナを見てから、やぶれたせかいに入って行った。
冷凍ビームを止めたのは、ラグナのポケモンの中で唯一シンクロができないポケモンだった。
「トキワのシンクロで技の威力を上げたといえど、流石にそいつの特性を破ることはできないか……。だが……」
ユキノオーが再び特性の『雪降らし』を発動させる。
「そいつにこのあられが耐えられるか!?」
「わりぃがそんなの効かねぇよ!ヌケニンっ!」
あられに当たりながらも、ヌケニンはユキノオーに襲い掛かる。
「!?」
「こいつは、天候によるダメージに耐えられるように鍛えてあるから大丈夫なんだよ!」
ヌケニンのシャドークローでユキノオーを吹っ飛ばす。
「けど、シンクロなしで俺のポケモンを倒せるほど甘くねーぞ!ユキメノコ!」
「っ!!」
シャドーボールの連続攻撃がヌケニンに襲い掛かる。
特性の『不思議な守り』は効果が抜群な技を除いてダメージをシャットダウンする技。
ゆえに、ゴーストタイプのシャドーボールはかわすしか選択肢はなかった。
「ヌケニン、『高速移動』から『シャドークロー』!!」
だが、当然相手もゴーストタイプ。
こちらの技は有効である。
鋭い一撃をユキメノコにお見舞いする。
「それなら、ユキノオー!ここ一帯を白く染めてやれ!」
『吹雪』を繰り出すユキノオー。
「……特性の『雪隠れ』を存分に活かした作戦か。ちっ……前が見えねぇよ。だが……それはこっちにとっても好都合だぜ」
吹雪の激しさが増す中、ヌケニンとユキメノコの一騎打ちの戦いが続く。
しかし、どちらかというとヌケニンの方が圧倒的に不利だった。
ユキメノコはかわすことに力を入れなくても、特性の力で回避することは可能だった。
さらに、シンクロによって防御力が強化されているがゆえに、ダメージもそれほど心配がない。
一方のヌケニンは、シャドーボールの一撃でもダウンしてしまうだろう。
そうならないためにも、高速移動を使って動き続け、たまに絶対相殺の力を持つ技『消滅の光』で攻撃を耐え忍んでいた。
5分が経過した。
「(奴は何でシンクロをして来ない?何か企んでいるな)」
そう思って、ユキメノコにシャドーボールを指示した時、ヌケニンが地面へと消えた。
「(穴を掘るだな?狙いは……?)」
ボゴンッ!!
ユキノオーの足元から現れた。
そして、ヌケニンはグレイシア、ユキノオー、ユキメノコに何かの技をかけた。
「何をしたか知らないが、これで決まり!」
ユキメノコが接近しながらシャドーボールを放つ。
それを見てヌケニンは、シャドークローを繰り出した。
ヌケニンの攻撃は当たるものの、倒すまではいかず、返り討ちにされてしまった。
「さて、どうするんだ?ラグナ」
「どうするかって?」
吹雪で互いの表情は窺えない。
しかし、両者共に同じ表情をしていた。
「ここからが、俺の本気だぜ」
ラグナは不敵な笑みを浮かべ、シンクロパスを取り出したのだった。
たった一つの行路 №208
第三幕 The End of Light and Darkness
未来の運命の戦い⑦ ―アソウの最期― 終わり
戦いはクライマックスへ……