ポケモン小説wiki
たった一つの行路 №198

/たった一つの行路 №198

 シャクシャクと音を立てて、一人の少女が走り去る。
 別に目的地があるわけではなかった。
 黒髪のセミロングの少女は、真っ青な顔をして力の限り走っていた。
 もちろん、そんな全力疾走が長く続くわけがない。
 やがて、走る速度はゆっくりになり、そして、手を膝について、荒く呼吸をする。

「(嘘よ……嘘よ……。こんな……ことが……)」

 カンナギタウンでおばさんから聞いた事を信じたくなかった。
 もしそれが事実なら、彼女の今までの旅してきたことが、足元から崩れてしまうと感じたからだ。

「(……ママ……)」

 がっくりと手と膝をついて、地面を見つめる。
 そして、ゆっくりと目を瞑った。

―――「え?シンオウ地方へ行くの?」―――

 ふと、彼女に思い出されるのは半年前の出来事。
 マイデュ・コンセルデラルミーラの活動の破壊活動が始まって1年経った時の事だった。

―――「そうなのよ。マイデュ・コンセルデラルミーラの特別捜査員に選ばれちゃってね。だから、当分帰ってこれないのよ」―――

 その日は珍しく、母親は仕事から早く帰ってきていた。

―――「私が帰って来るまで……それまでオトノはヒワダタウンで留守番しててくれない?」―――
―――「あたしは留守番なの……?」―――
―――「一緒に連れて行けるわけないじゃない。シンオウ地方はマイデュ・コンセルデラルミーラの本拠地であり、激戦区なのよ」―――
―――「うん。……わかっているよ」―――
―――「私は大丈夫よ。パパもついていってくれるって言うし」―――
―――「え?パパもついていくの!?」―――

 そのことにオトノは驚いた。

―――「『そんな危ないところに私だけ行かせられない』って。ついていくパパのほうが危険なのにね……」―――
―――「(余計に心配ね……)」―――

 両親の馴れ初めはなんとなく聞いていた。
 オトノの母は15歳で警察学校を首席で卒業し、カントー地方のタマムシシティの警察署で働いていた。
 彼女の正義感と実力は、周りにいる男性上司、同僚を圧倒し、女性や後輩署員からしてみれば憧れの的だった。
 彼女に好意を寄せていた男性署員も数多く居たのだが、彼女はまったく相手にしようとしなかった。
 さらに、警察学校に通うまではポケモントレーナーとして旅をして、ジムバッジを集めていたこともあり、実力は抜きん出ていた。
 そんな彼女に運命の出会いがあった。
 18歳のこと。
 一人の男性と出会った。
 どんな経緯か、オトノは知らないが、二人はデートを繰り返すようになった。
 そして、結婚し、ジョウト地方へと住まいを移した。
 静かな土地……ヒワダタウンに。
 そして現在、彼女は国際警察で働いていた。

―――「パパが行ったところで、家事しか出来ないじゃない……」―――
―――「でも、パパは困っている人はほっとけない人だから。オトノもわかってあげて」―――
―――「……うん……」―――

 女性物のスーツの上着をバサッと脱ぐと、白のブラウスがさらされる。
 オトノは母のスレンダーでほっそりとした足に憧れたものだった。
 そして、オトノの父と母はジョウト地方へ行ったきり、帰ってこなかった。
 唯一来た報せが、シンクロパスが入った一通の手紙だけだった。

「……ここまで来たのに……こんなことってないよ……。ママは……死んじゃったの……?」

 力をなくしても、立ち上がるオトノ。
 どうにか、足を踏ん張って前へ進もうとする。

「……あたし……どうすればいいの……? 不安で……怖いよ……。……………ラグナ…………どこへ行ったの…………?」

 彼女は不安定な心で、ラグナを知らずに求めていた……



「ここが、てめぇの家か……?」
「左様でございます、ラグナ様」

 甘い光<スウィートライト>のバニラを撃退したラグナは、ココロから話を聞こうとした。
 しかし、ココロの住処が近くにあるということで、とりあえず、体を休めるためにその場所へ赴くことにしたのだ。

「しかし、立派なもんだな」

 ラグナが驚くのも無理はなかった。
 ココロの住んでいる家とは、森の中にあるにもかかわらず、自然の木を加工して作られており、外から見ても、3部屋くらいはあるんじゃないかと思うほど広い。
 さらに、その家にはよく見ると二階も存在しているようだった。

「ええ。本当はお城が良かったのですが、敵に見つかるととても大変ですので」
「(お姫様気取りか?)」

 木の扉を開けていくココロの後ろ姿を見てツッコミを入れる。
 しかし、ラグナは一瞬で思い直す。

「(……お姫様気取り……でも間違いじゃねぇか。まぁ、お姫様ってほど品があるわけじゃねぇが、どこか清らかな雰囲気を感じるな。それに……)」
「ラグナ様。わたくしのことを品のない目で見るのは止めた方がいいです」
「……っ!」

 図星だったようで、ラグナは顔をしかめた。

「な、何でわかったんだ!?」
「わたくしは、ラグナ様のことをよく知っていますので。もちろん、胸が大きい女性が好きなことも、覗きが好きな事も……。その反面、女性のアプローチに積極的になれずに消極的になってしまうことも」

 おしとやかににっこりと笑うと、そのまま先にココロはリビングへと入って行った。

「(油断ならねぇ。しかし、何故奴は俺のことを知ってんだ?)」

 ラグナはボールを取って警戒する。

「(ユウナ並の情報力だぜ……)」

 ゴクンと息を呑んでリビングに入った。
 木のフローリングに、木でできたテーブルが置かれてあり、それに似合った木の椅子が4つ並べられていた。
 少し離れたところには、3人掛けができるソファがあり、台所も存在していた。
 ココロといえば、その台所でお湯を沸かしている。

「こんなに広いところに一人で住んでいるのか?」

 後ろから声が聞こえたのに気付いて、振り向くココロ。

「いいえ。今は一人ではありません」

 丁寧に返答する。

「誰か他に住んでんのか?」
「ええ。…………。でも、そのお話は、ラグナ様が“ここでの役目を果たし終えたら”話します。それまで待っていてください」
「“ここでの役目”……?」
「とにかく、あちらへお座りください」

 ラグナに示されたのは、木の椅子とテーブルだった。
 素性も知らない女に従うのは気に食わなかったが、疲れていたのでラグナは促されるままに椅子に腰をかけた。

「(……ココロ……)」

 ラグナは少し前のことを思い出していた。

「(“魔女ココロ”……懸賞金は2万ポケドル……。所属は不明で一切の素性がわからない女。一体何を企んでいる?そして、何を知っている?)」

 もし攻撃してきたとしても、ラグナは返り討ちにする自信があった。
 バニラに追われていたこの女に到底自分に太刀打ちする力はないと思っていたからだ。

 コトン

 一つのマグカップが置かれた。
 そこには、湯気が揺らめいている一つの飲み物があった。

「……紅茶か?」
「はい。アップルティでございます。あ、ラグナ様の分はお待ちください」
「俺はアップルティはいらねぇぞ」
「わかっております」

 微笑んで返されると、ココロは冷蔵庫からとある飲み物を取り出して、コップに注いだ。
 そのコップにはあらかじめ氷が入っていたようで、シュワシュワと白っぽい泡がコップから飛び出そうとしていた。
 そして、コップはラグナの前に出される。

「……っ! てめぇ……」
「あら?ラグナ様、これが好きでしたよね?」

 不思議そうに首を傾げるココロ。
 声を荒げそうになったが、ココロの様子を見て落ち着いて、少しそれを飲んだ。

「何故俺の好きな飲み物がコーラだって知ってた?」
「…………」

 聞かれてココロは少しの間、黙っていた。
 まるで問題を解いているかのような顔をしていたが、次の瞬間、真面目な顔をしていった。

「それは答えられません」
「何でだよ!」
「答えられる質問と答えられない質問があります。何故わたくしがラグナ様を知っているかということに関しては、答えられません」
「…………」

 ココロの真面目な顔を見て、ラグナはちっと舌打ちをした後、コーラを少し飲む。

「じゃあ、何でてめぇはマイコンの幹部……バニラに襲われていたんだ?」
「はい」

 ココロは折り目正しく返事をし、頷いた。

「生きていたから襲われました。マイコンは人を殲滅するために動いていますから」
「いや、それだけじゃねぇだろ。バニラの奴は『ココロを追って来たのに、別のターゲットも居たみたいネ!』といっていやがった。明らかにてめぇを狙ってただろ」

 そして、またココロは思考に入った。
 どうやら、考え事をする時、ボーっとするのは癖のようだ。

「単純な理由を言うと、わたくしがマイコンの目的の妨げになるからでしょう」
「だろうな。そうでもなくちゃ、奴らは狙わねぇよ。だが、実力によるものなのか、それとも特殊な能力によるためなのか……てめぇがなんで襲われたかを知りてぇんだよ」
「はい……」

 少し考えた後、ココロは喋りだす。

「わたくしがなんと呼ばれているかはご存知ですよね?」
「魔女ココロだろ」
「はい。わたくしは代々伝わる魔法使いの家系の末裔なのです」
「代々伝わる魔法使いの家系……?」

 ラグナは魔法使いといわれて、ロケット団に居たある女のことを思い浮かべた。

「(“あの女”の他にも魔法使いの家系が居たのか……) それなら……ハレって奴とはどういう関係なんだ?」
「わたくしの先祖に、ル…………え?ハレさんの関係ですか?」

 説明しているところに質問をされて、戸惑うココロ。
 でも、落ち着いて頭を整理して、話す内容を思い描いたようだ。

「実際にハレさんと会ったのは、3年前です。それまではその妹さんに噂でしか、聞いたことがありませんでした」
「ハレの妹……」
「彼女はわたくしが旅をするのにいろいろと助けてくれた人でした。今も、世界を旅しているのだと思われますが…………。それより、ハレさんのことでしたね」

 ココロはアップルティを一口含んでから、再び話し始める。

「3年より少し前、突然ハレさんがわたくしに会いたいとハレさんの妹さんから伝えられたのです」
「一体何のために?」
「ハレさんは考古学者で、様々な歴史的な島や文化に触れています。その中で“ある島”で起こった事件に巻き込まれた魔法使いというのが、わたくしの先祖であるかという照合を得る為でした。そして、その魔法使いが書いたと思われる子孫に宛てた手紙もあったのです」
「なるほどな」

 ラグナは頷いた。

「(やっぱ、ハレって言うのは、俺の思い違いか……) オイ」
「その手紙というのは…………あ。はい、なんですか?」

 ココロは話を中断させられて、少し慌てた。

「もうその話はいい。てめぇは賞金首だったな。一体何をしたって言うんだ?話し次第では、てめぇを捕まえるぜ!」

 席から立ち上がって、モンスターボールを取り出した。

「…………すみません」
「あ゛?」

 いきなり謝られて、ラグナは眉間にしわを寄せて不機嫌そうにする。

「謝ったって容赦はしねぇぜ!てめぇは……」
「いえ。そのラグナ様が見た手配書というのは、実は偽物なのです」
「…………?」

 首を傾げるラグナ。

「ラグナ様が砂漠の温泉街:キャメットで見た懸賞金リスト……あそこにはたくさんの悪者達が蠢いていてリストが張られていました。なので、ラグナ様にわたくしの顔を覚えてもらえるように張ったのです」
「……顔を覚えてもらうため……だと?何のために?」
「全ては、今日の日のため…………ラグナ様をわたくしの家に導くため…………この世界“アワ”の未来と過去を破滅から救うためです」
「……!?」



「……あれ?ここはどこだろう……?」

 気付かぬうちに、彼女はまったく知らない場所に出ていた。
 それなりに木々がまばらに立ち並んでおり、見通しがよくて林と言うのにふさわしい場所だった。

「あたし……気付かないうちにこんなところへ来ちゃったんだ……」

 とぼとぼとセミロングの少女……オトノが歩く。

「(どうしてなんだろう……。不安で不安で押しつぶされそうになると、ラグナを思い浮かべちゃう……。ラグナに助けてもらいたくなっちゃう……)」

 「どうして?」と、自分自身に疑問符を投げつけかけるオトノ。
 しかし、答えはなんとなくわかっていた。
 ふと、彼女はラグナのことを思い浮かべる。

「(ラグナの目……体……温もり……そして、ひねくれながらも根は真っ直ぐで正直な性格……あたし、ラグナのことが…………好きなんだ)」

 一度そう思うと、心の中がすぅっと満たされたような気がした。
 けど、すぐにそれは消えて、ある欲がふつふつと沸いてきた。

「(ラグナに会いたい……。ラグナに触れたいよ……)」

 ふと、前を見ると木々が全滅しているのが見えた。

「……これって、バトルの跡?」

 あっちこっちを探っていると、オトノは木にロープでぐるぐる巻きに縛られているワンピース姿の男を見つけた。

「この男は、甘い光<スウィートライト>のバニラ!?気絶して縛られているということは…………」

 こんなことができる可能性があるのは一人しか居ないとオトノは確信した。
 そう思うとじっとなんかして居られなかった。

「(どこなの!?)」

 きっと近くに居ると思い、オトノは走って探す。
 すると、5分ほど走ったところで、不自然にも木造の家が建っているのを見つけた。

「(……もしかしたら、ここに居る!?)」

 オトノはその家にこっそりと侵入することにした。
 逆の可能性として、この場所にマイコンが潜んでいる可能性もあったからだ。
 しかし、忍び込んで、オトノの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 そして、こっそりと見ると、一人の麗しき女性と眉間にしわを寄せた男が居た。

「(ラグナ!!)」
「“この世界“アワ”の未来と過去を破滅から救うため”ってどういうことだ!?」

 オトノは飛び込もうと思ったができなかった。
 あまりにも話が切羽詰っていたためだ。

「ココロ、“未来”って言うのはわかるが“過去”ってどういうことだ?」
「すみませんでした。ラグナ様から見たら、少し違いました」
「……?」

 ココロがアップルティを飲んで、ゆっくりと語りかける。

「わたくしから見たら、“過去”と“未来”ですが、ラグナ様から見れば、どちらも“未来”のことです」
「どちらも“未来”?」
「はっきりと言いましょう。ラグナ様にとって、今居るこの時間は、“アワ”の未来の世界なのです」
「……未来の世界……だと?」
「そうです」

 冷静に頷くココロ。

「わたくしがこの時間にラグナ様を呼び寄せたのです」

 ガタンと椅子を立てて、立ち上がるラグナ。

「……今、……“この時”は何年だ!?」
「ラグナ様の時代の言い方に直すと……ピース73年です」
「な……73年だと!?」

 あまりにもショックなことに、ラグナは力なく椅子に腰を下ろした。
 それをひっそりと聞いていたオトノは、突然のことにさっぱりと理解できずにオロオロとしている。

「俺は……50年も先の未来に来ちまったってことなのか……」



 たった一つの行路 №198
 第三幕 The End of Light and Darkness
 未来の世界 終わり



 2人を遮るものは時の壁。


トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2015-07-20 (月) 10:15:03
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.