寝袋に入って、体を芋虫のように丸くしている少女がいた。
少女は、すぅーすぅーと寝息を立てて眠っており、簡単に目を覚ましそうにはなかった。
「寝たのか?」
発言したのは、その少女ではない。
女性のような真紅の長髪の背丈が170センチ後半の男だった。
「寝ていたらなんだってんだよ?」
不機嫌な声で返事をしたのは、黒い髪の怖い男だ。
木の近くでごろんと横になっていたが、話しかけられてむくりと体を起こした。
「少し、話がしたいなと思ってね」
「てめぇと話すことはなんもねぇ」
「そんなこと言うなよ、ラグナ」
再び眠りに落ちようとするラグナの肩を掴んで引き止める。
引き離そうと手を振るが、簡単には離れない。
舌打ちをして、立ち上がるラグナ。
「話はなんだ、レイタ?」
「ここでは、なんだからちょっと散歩しようか」
そうして、辺りを歩き始める二人。
つい最近までテンガン山へ向かって歩いていたために、雪が積もって歩きにくかったが、ルートをある程度南へ行ったころから東に向かうと、雪は少しずつ減って行った。
今、彼らがいる場所は、雪がそれほど多くない。
ゆえに野宿しても凍える心配はないようだ。
「で、話はなんだ?」
ある程度歩いたところで、ラグナは足を止めた。
「用がないなら、俺はもう戻るぜ」
「用がなくちゃ、散歩もできないのか?」
「別にそんなことはねぇが…………」
ラグナは難しい顔をしてレイタを見る。
「しかし、てめぇに言わせれば、『用もない散歩は現実的じゃない』んじゃねぇのか?」
「ふっ。散歩は健康にいい。意味はある。ゆえに現実的だ」
「てめぇの“現実的”の基準がわからねぇよ」
「知りたいの?」
「知りたかねぇよ」
午前0時。
太陽がまったく見えない時間帯。
その中で、二人は互いを見合う。
ラグナは警戒してという意味だが、レイタはある程度好奇の目で見ているようだ。
「君はどうしてマイデュ・コンセルデラルミーラを倒そうとしているの?」
突然の質問にラグナは首を傾げる。
「(そんなことを聞いてなんだって言うんだ?)」
口がそう動こうとしたとき、レイタが先に語り始めた。
「俺は目的の妨げになるからだよ」
「目的の妨げ?(ってか、てめぇが話すのかよ)」
「そう。俺の目的……世界撲滅」
レイタが言うと、ラグナは唖然とした顔をしていた。
「それから、現実的な世界に俺が創りかえるんだ」
「てめぇ……頭がイカレてんのか?」
真顔でラグナは言った。
「現実的、現実的、と行っているクセして、一番てめぇが現実的じゃねぇんじゃねぇか」
「そんなことはない。マイデュ・コンセルデラルミーラの頂点<ボス>を潰せば、可能なことだよ。誰も俺に抗う者がいなくなる。ゼロと言うのは現実的にないか。でも、見せしめに捻り潰せばいいだけだね」
一方のレイタも真剣な目でラグナに答えていた。
「そういうわけで、君たちには俺が頂点<ボス>を叩くための橋になってもらうよ」
ラグナから目を放して、歩み始めるレイタ。
しかし、“はっ”という吐き捨てた嘲笑を聞いて足を止める。
「てめぇに頂点<ボス>が討てるとは思えねぇな。甘い光<スウィートライト>のベリーに負けてたじゃねぇか」
「確かに。しかし、あの時はあの時だ」
「そうかよ」
ラグナには苦しい言い訳にしか取れなかった。
でも、そんなのはどうでもよかった。
レイタに指を差すラグナ。
「もし、てめぇが頂点<ボス>を討つことができて、なおかつ世界撲滅を企むって言うなら、そのときは俺がてめぇを倒す。だが、そのときまでは俺はてめぇに何もしねぇ。どちらかというと、マイコンの方が厄介だからな」
「…………。まぁ、なんとでも思うといいさ。俺も君が必要と感じてきたからね」
「そんなわけで俺は戻るぜ。オトノを1人にさせちまったからな」
回れ右をして足早に戻ろうとするラグナ。
「君がマイデュ・コンセルデラルミーラと戦う理由は、オトノのためか?」
じーっと歩き去ろうとするラグナの背中を見ていたレイタは大きな声でそういった。
ピタッと足を止めるラグナ。
「…………。そうだとしたら、何が悪い?」
「もしそうだったとしたら、俺には現実的に理解できないな」
「理解できない?」
「人が人に興味を持つとか、恋だとか愛だとか……そんな見えないモノに捉われるなんて、バカらしい。大事な役目や使命を捨ててそんなモノに溺れるのは愚かな事だよ。もっとも恥ずべきことだ」
そう発言するレイタの表情は、怒りに満ちていた。
「例えば、小説にある話。とあるヘタレの少年は海を守る使命についていた。しかし、その使命を破って大好きな女の子に会いに行った。そして、2人は様々な困難の末に結ばれる……。結ばれることがそんなに重要なことか?」
「本人達にとってそれは重要なことだろうが」
「もし世界が滅ぼすことになってもか?」
「…………」
黙って、レイタを見るラグナ。
「こんな話もある。ある土地を守る使命を持った女性がいた。しかし、旅の途中で訪れた別の使命を持った男性に恋をした。決して、結ばれてはいけない二人……にもかかわらず、二人は結ばれてしまった。そして、女性は土地を捨てて男性と駆け落ちしてしまった……」
レイタは冷たく笑う。
「そのせいで、ある地方が壊滅した。その土地の加護さえあれば救われただろうに。……ちなみにこれは現実にあったお話さ」
「…………」
「オトノは君の事を好いているようだね」
「は?」
突然言われて、振り向くラグナ。
「それだけは、確かなことだね。どうなろうが、俺の知ったことではないけど」
そういって、今度こそレイタは、寝床へ戻っていった。
「…………」
ラグナはポツンと1人その場に取り残されたのだった。
「うーん……眠いねー……」
夜が明けて、すでに時間帯は昼。
にもかかわらず、オトノは少し眠そうにうとうとしていた。
「俺から見たら、ぐっすり寝ていたみたいだけど、眠れなかったの?」
彼女の隣を歩くレイタがふと尋ねる。
「眠れたことには眠れたんだけどね……。悪い夢を見たのよ」
「悪い夢?」
「うん……」
ザッと足を止めてレイタの方を向く。
「あたしは暗闇の中にいて、光に向かって歩いていたの。光に辿り着いた時、そこにはパパとママがいたの。でも…………」
「殺されちゃった?」
「…………」
言いにくそうにうつむいてたオトノに向かってレイタははっきりと言う。
ぴくっとオトノが反応したところを見ると、どうやら図星らしい。
「お、親だけじゃないの……。あたしが光に近づこうとする度に、その先にいるシノブやレイタ……みんなが……」
「ふっ」
まるでバカにするかのようにレイタは鼻で笑った。
「そんなこと現実的にありえないな」
「……そうだよね……」
レイタの言葉を聞いても、まだ晴れない表情のオトノ。
「みんな……大丈夫だよね……」
「ん?違うよ。みんなは知らないけど、俺が殺されることなんて、現実的にありえないということが言いたかったんだ」
「…………」
自信満々にそういうレイタを見てから、ずっと黙って後ろを歩いているラグナを見る。
ボーっとこっちを見ていたようだ。
オトノがこっちを見たのと同じタイミングでラグナは彼女から目を放した。
「ラグナも元気ないかも……。もしかして、あたしのせいかな……?」
「…………」
レイタは黙って両者を一瞥した後、立ち止まったオトノを置いて先に歩みを進める。
「ラグナ……」
「あ。なんだ?」
微妙にかすれた声で返事をしたラグナ。
「ゴメン」
頭を下げるオトノ。
突然謝られて、ラグナは困惑するしかない。
「あたしが元気を出さないと、ラグナも元気がでないよね。だから、あたし、元気出すよ」
「…………。あ、ああ」
ラグナのぶっきら棒な反応を見てから、オトノは元気を出して歩き始めた。
「…………」
レイタに言われるまで、はっきりと気付けなかった。
いや、オトノが俺に好意があるんじゃないかということは、ぼんやりとわかっていた。
でも、俺自身がよくわからなかった。
レイタの言う見えないモノに捉われることが悪いかどうかではなく、自身の恋愛感情というものの方だ。
今まで生きてきた中で、女に対して裸を覗く以外に興味を求めたことはなかった。
ただ2人を除いて。
一人はガキの頃の昔の話で忘れたい過去だが、もう一人は生きてきた半分を共に過ごしてきた女だ。
―――ユウナ。
奴だけは、仲間を超えた感情を抱いていた。
けど、それは恋愛感情ではない。
一緒にいることが当たり前で、困ったら共に助け合う。
『相棒』と言うのが、正しいかもしれない。
…………。
とりあえず、俺はオトノに対してどんな感情を抱いているんだろうか……?
―――数日後。
ラグナ、オトノ、レイタの3人はカンナギタウンに辿り着いた。
「相変わらずひなびた土地だぜ」
村に入ってのラグナの一声がコレだった。
一応ラグナはシンオウ地方出身者だから、そう言うのも無理はないが。
「ガイドブックで見たけど、ここは歴史とかに関係している村だよね。でも、住んでいるのは高齢の人ばかりで、若い人はトバリシティやハクタイシティに流れちゃっているんだよね?」
「ああ」
オトノが隣に並ぼうとすると、ラグナはとっとと先を歩いていった。
そのおかしな様子を見てオトノは首を傾げる。
「いったい、ラグナに会いたいなんて言っている変わり者は誰だろうね。まさかと思うが、女かな?」
「えっ!?女!?」
過剰に反応するオトノ。
慌てて持っていたガイドブックを落としてしまうほどだ。
「どうした?」
レイタは拾い上げてオトノに手渡す。
「あ、いや、何でも…………あれ?」
オトノはふと声を詰まらせた。
「この村……そういえば、おかしいよね?」
「気付いた?俺も現実的におかしいと思っていたんだよね」
2人は村を見回した。
いくらカンナギタウンが過疎で人が少なくなっているからとはいえ、人が少なすぎる。
チラホラ見るのも、中年かもしくは20代半ばの人だった。
そして、じろじろとこちらを見ているのを感じていた。
「これは……まさか……?」
「そのまさかだろうね」
オトノとレイタがそう実感した時、村人は動き出した。
その人数、6人。
モンスターボールとシンクロパスを持って、こちらに襲い掛かってきた。
「ラグナー!気をつけて!」
オトノはヤドキング。
レイタはガラガラを繰り出して、それぞれシンクロをする。
オトノの声にラグナは前を見た。
「ちっ、そんなことだろうかと思ったぜ」
ラグナもシンクロパスとモンスターボールを取った。
だが……
―――「助けてください……」―――
「っ!?なんだ!?」
頭を抑えるラグナ。
―――「私はここです。早く助けに来ないと、私…………」―――
ラグナの頭に突如フラッシュバックしたのは、ブロンズの髪の長い白い法衣を纏った女性。
素足で走り、何かから逃げていた。
「……今のは……」
謎の声、謎の映像が消えたラグナは、呆然とした。
『ラグナ!危ないっ!』
バギっ!!
「……っ!? しまっ……」
村人が襲い掛かったのは、オトノとレイタだけではない。
ラグナに向かってケンタロスが突撃を仕掛けて来たのである。
傍から見てボーっと突っ立っていたラグナは格好の的でしかなかった。
無抵抗で吹っ飛ばされるラグナ。
『ラグナーっ!!』
ヤドキングにシンクロしたオトノの声が響く。
そして、ラグナは建物にぶつかった。
否……
トプンッ
『え?』
『なんだ……?』
オトノとレイタの目の前で不思議な現象が起きた。
ラグナがプールにダイヴするように壁に入ってしまったのである。
『ラグナ!ラグナ!?』
急いでラグナが消えた壁に近づこうとするヤドキング。
『ヤドキングを狙え!』
ケンタロスが命令すると、他のシンクロした5匹のうち、メガヤンマとキリンリキがシグナルビームと10万ボルトで狙い撃ちをして来た。
『っ!!』
攻撃は避けられそうもない。
『まったく』
しかし、ガラガラ=レイタが動いた。
ヤドキングの前に移動すると、骨を振り回してシグナルビームを弾き飛ばした。
10万ボルトの方は、自分自身が地面タイプのために効果はまったくないので気にしてなかった。
『レイタ……ありがとう』
そして、ラグナの消えた壁に触れたが、トンッと音を立てただけだった。
固い感触が掌に伝わる。
『……どうして……?ラグナは……どこへ消えたの?』
『落ち込んでいる暇はない』
レイタがすぐにオトノの傍に寄ってきた。
『見ろ、オトノ。包囲されてしまった』
ぐるりと囲むのは、サンドパン、メガヤンマ、キリンリキ、バグーダ、ペリッパー、そしてリーダー格のケンタロスだった。
そのリーダー格のケンタロスが前に出る。
『確かお前ら2人は『踊り子の末裔:オトノ』と『波動の覇者:レイタ』だな。リストに乗っている。まさかこんな偏狭な地、カンナギタウンに来るとは思ってもいなかった』
『俺もマイコンがこんな偏狭な地まで壊滅させているなんて思わなかったよ。よっぽど暇なんだね』
レイタが皮肉を込めてそういった。
『偏狭な地だろうが、そうでなかろうが、関係ない。人間が居る所が全ての攻撃対象だ』
『ふっ。ふふふ……』
『何がおかしいんだ?』
楽しそうに笑うレイタ。
『そうでなくちゃ潰し甲斐がないよ。そこまでしてもらわなくちゃ、俺の計画が台無しだからね。とりあえず……』
レイタ=ガラガラは、骨をケンタロスに向かって掲げた。
『他の地を侵略して名を挙げるのは構わない。けど、俺を叩くと言うのなら、返り討ちにしてあげるよ。そして、俺の目標はあくまで頂点<ボス>だからね』
『減らず口を。……お前ら……やるぞ。こいつらを倒すぞ!』
部下の5匹は頷く。
『オトノ……現実的に考えて、ラグナのことはとりあえず置いとけ。今はこいつらを片付けるよ。いいな?』
『……そうね……』
オトノもレイタが喋っている間に落ち着いたようで、しっかりと前を見る。
2対6と言う不利な戦いが幕を開けた。
たった一つの行路 №194
第三幕 The End of Light and Darkness
ラグナ、消失 終わり
大乱闘<バトルロワイヤル>は、単に力や技だけでは勝ち残ることはできない。