『どう?僕の姿が見えないだろう?』
姿はどこにもない。
しかし、声だけは聞こえてくる。
見る限り、その場所にいるのは、一匹のカモネギだけだった。
『…………』
そのカモネギは、黙ってネギを両手で構えて、機を窺っていた。
『いくら、侍といっても、視覚的に見えないものを斬ることはできないだろ?』
『確かにその通りじゃな。しかし、達人ともなれば、その者の雰囲気や空気の流れで感じる事ができる。……じゃが、そんなことをせずとも貴様を倒すことはできる』
『何をー?そんなことを言うんなら倒して見せろよ!』
『いいのか?それなら、こっちから行ってもいいのじゃぞ?』
『……う』
どこかに隠れている相手は、声を濁した。
敵は攻め入ろうとしていたのだが、相手の殺気に気圧されていた。
『あたいは出てきたところを叩けばいいだけじゃ。基本的にあたいは殺生を好まんからの』
『(……叩かれる前に叩けばいいだけだ!よく考えたら、こっちの方が有利に攻撃をできるんだ!)』
そして、羽根を光らせるガーメイル。
『虫のさざめき』を撃つ体勢に入る。
『そこじゃの』
『……なっ!?』
羽根の光が最大になった時、カモネギのネギが自分を打ちのめしていた。
『『五月雨突き』!!』
ズドドドドッ!!!!
十数発の突きで色を変えて隠れていたガーメイルをノックアウトした。
『貴様が『へんしょく』で姿を変えようと、あたいの目はごまかせん』
『く……そうか……カモネギの…特性は…『するどいめ』……がふっ』
シノブはシンクロを解いて、急いでもう一つの戦いの場へと急ぐ。
「(相手は幹部……大丈夫じゃろうか……?急がないと、やられてるかもしれん……!!)」
10秒で片付けると意気込んだものの、ガーメイルの緩急をつけた攻撃になかなか止めが刺せずに、撃破するのに数分を費やしてしまった。
「着いた!!」
駆けつけた時、その場所は日照りが強かった。
にほんばれを使ったことが明白であり、辺りの雪はすでに解けて蒸発していた。
そして、シノブが見たのは恐るべき光景だった。
ザシュッ
「……!」
目の前で飛散する赤き液体。
消え入る呻き声。
そして、力なくぐったりと横たえる人。
止めを刺した奴は、爪をペロッと舐め、赤い液体の味を噛み締めていた。
『うーん。いつ舐めてもこの味は痺れるネェ』
「き、貴様っ!」
怒りのままにシノブは、声をあげた。
声に気付いて、そいつ……ボスゴドラは何もなかったかのように振り向いた。
『呼んだァ?』
「その方に何をしとんじゃ!!」
すでに刀を抜いて、シノブは構えている。
『見てわからないのカシラ?』
ボスゴドラは足で、その冷たくなっていく人を転がす。
ただ、なんてことはなく、ゴロンと彼は転がるだけだった。
見る限り、この状態で生きているなんて思えなかった。
『この男は憐れなノヨ?女にモテたものの、遊びに遊んで一度も結婚できず、結局はこの年になるまで一人身だったノヨ。さらに、彼の妹は兄を見捨ててどこかへと雲隠れしてしまったノヨ。全く、あたしと同じで憐れな男ヨネ!』
「貴様と同じ……じゃと?」
怪訝そうな顔でシノブはボスゴドラを見る。
『そうヨ……あたしはある人を愛していた……でも、その人はあたしを愛してはくれなかったワ……』
「…………」
『そう……あの“男”に愛されない世界なんて、無いのと同じなノヨ!』
「そうか……」
顔を引きつらせて、シノブは怒りを露にする。
彼女の怒りは最大限に達した。
「そんなくだらない理由で、ハレが犠牲になったというのか……。あたいは貴様を絶対に許すことはできん」
カモネギとパスを取って、シノブはボスゴドラに向かっていった。
『愛されなかったからなんじゃ!?その程度のことで、こんなくだらないことをするんじゃない!』
ガキッ!!
カモネギの一太刀がボスコドラにヒットする。
しかし、全く揺らぎもしなかった。
『(……硬い……)』
手がジンジンと痺れ、ネギを手放すカモネギ。
『その程度の攻撃じゃ、あたしに傷をつけることはできないワヨ!!』
ブォンッとメタルクローがカモネギを襲う。
カモネギは何とか地面に落としてしまったネギを拾い、飛び上がってかわす。
地面をゴリッと軽く彫り上げてしまう威力を持つ攻撃力を見て、シノブは息を呑んだ。
『(真っ向勝負は分が悪い……確実に攻撃をかわして行くしかない!!)』
両手持ちから片手持ちに切り替えて、ボスゴドラの様子を窺うカモネギ。
『あんたの“女侍”の異名は知っているワ。それでも、あたしに傷をつけることはできナイ。試してミル?』
そして、ボスゴドラは両手を広げて挑発をする。
『かかってきなサイ』
見てのとおり無防備である。
シノブにとって、この状態の相手に一撃を打ち込むのは、簡単なことである。
『貴様……後悔するなよ!!』
電光石火。
一気にボスゴドラの前に来て、カモネギはネギを振るった。
ズバッ!!
『『剣技・斬鉄』!!』
鉄をも切り裂くシノブの自信のある一太刀だった。
リニアでの戦いで、ミントの『リフレクトガード』を破ったのもこの技である。
ゆえに、この一撃で確実に体勢を崩すことができるとシノブは考えていた。
そして、次の一撃を決めるためにカモネギはネギを腰に納めた。
必殺の『居合斬<いあいぎり>』を決める為に、ボスゴドラに向かい合った。
『……!!』
しかし、目の前に飛び込んできたのは、恐ろしいほどの硬度を持つ腕だった。
『だから、あんたの技じゃ、あたしに傷つけることはできないって言ったじゃナイ』
ズドッ!!
カモネギに重い一撃が入る。
『ぐふっ!!』
腕で力いっぱいに拳を振り、カモネギを吹っ飛ばした。
『(くそっ……)』
何とか翼を羽ばたかせて、体勢を立て直そうとするが、勢いは全くしなない。
『がはっ!!』
そして、カモネギは木に激突して、そのまま地面へと伏してしまった。
『怒りは力を鈍らせる……。クスッ……口ほどにも無いワネ。まぁ、激昂状態じゃなくてもあたしに一撃を与えることはできないでしょうけどネ』
爪をぺろりと舐めて、ゆっくりと近づいてくボスゴドラ。
カモネギはまったく動く気配を見せない。
『……さて、この子はどんな味がするのカシラ?まー、女の味なんてあんまり期待できるものではないケドネ』
ボスゴドラが腕を振り上げて、鋭い爪を突き立てる。
まさに、先ほどボスコドラがハレにした光景とそっくりだった。
『くたばりなサイ!!』
―――「シノブ……強くなりたいか?」―――
ふと脳裏に響くあの言葉。
シノブは思い出していた。
ある男がかけてくれた言葉を。
―――「どんな敵にも勝ちたいか?」―――
剣の技を継承する前に教わったある言葉。
それは今では、遠き日のこと。
―――「ならば、教えよう。『どんなに強い相手と戦おうが、どんなに自分が傷つけられようが、決して背を向けてはならない』」―――
その当時、白い髭を生やし、頭がキラリと輝いていた男は、シノブにそう言った。
シノブはその言葉に対して、『簡単なことじゃな』と心の中で思っていた。
しかし、彼女の師匠である男はその内心を見透かしていた。
―――「簡単に見えて、これは難しいことじゃ。頭ではわかっていても、体が言うことを効かないことがあるだろう。いつかは、そういう局面に立つ時が来るだろう。戦い続けてればきっとな……」―――
さらに、師匠は人差し指を突き立てた。
―――「もう一つ。これは私の師匠が言っていたことだ」―――
―――「(曾御爺さんが……?)」―――
シノブは真剣な眼差しでその言葉を聞いた。
―――「『負けたくなければ、踏ん張れ。死にたくなければ、立ち上がれ』」―――
―――「うん……?」―――
シノブは首を傾げる。
―――「シノブはこの意味がわかるか?」―――
首を横に振るシノブ。
それを見て、苦笑いをする師匠様。
―――「そうだろうな。今のお前にはちょっと難しかったかもな」―――
決して理解できなかったわけではない。
ただ、その言葉の奥に秘められた真意を知ることが、そのときの彼女にとって難しかったのである。
ズドンッ!!
ボスゴドラのメタルクローが地面へと放たれた。
『……居ないですッテ?』
倒れていたシノブはそこにはいなかった。
メタルクローは、砂の地面を深く抉っただけだった。
『まさか、まだ動けるなんテネ』
横目で見ると、ネギを地面に突き立てて、荒く息を吐くカモネギの姿があった。
『(あの目……まだあきらめていないって言うのカシラ?)』
カモネギの鋭い眼にちょっと苛立ちを感じたボスゴドラ。
『(まぁイイワ) その目に赤い涙を滲ませてあげるワ!!』
『…………』
黙っていたシノブだが、ここで動きを見せた。
カモネギとのシンクロを解いたのである。
「愛する者にフラれたからと言って、世界を滅ぼすじゃと?貴様の行いは愚の骨頂じゃ!」
『……あたしに説教するって言うのカシラ?そんなのいらないワヨ!!この気持ち、あんたなんかにわかるわけないじゃないノヨ!!』
「…………」
黙って哀れむような目を見せるシノブ。
それを見て、ボスゴドラは遂にキレた。
『おしゃべりは終わりヨ!!』
息を吸いながら、ボスゴドラが突進してくる。
一方のシノブと言うと、自分の刀を目の前に突き刺して、別のモンスターボールを取った。
『『破壊光線』!!』
極大のオレンジ色の光線がシノブに向かっていく。
さらにボスゴドラは鋭い爪を振るわんとする。
『メタルクロー』だ。
ドドンッ!! ガキンッ!!
『今のハ!?』
破壊光線、メタルクロー……共に手ごたえがあった。
しかし、どちらも決定打になるような感覚を得られなかったと、ボスゴドラは感じていた。
『あたいは……貴様に負けぬ』
ニドクインにシンクロしたシノブは冷静さを取り戻し、形見である風鋼丸をボスゴドラへ向けて宣言した。
『何度やっても無駄ヨ。さっきだって、あんたの剣技はあたしに通用しなかったじゃナイ』
ザッ
ニドクインが刀を居合いをする体勢に収めて、ボスゴドラに向かって接近する。
ガンッ!!
『ニュッ!?』
一太刀を浴びて、地面を滑りながら後方に吹き飛ばされる。
その一撃で目が覚めたように、ボスゴドラは目をギラリと光らせて、メタルクローで応酬に出る。
ガキンッ!バキンッ!
二匹の激突は、止まることを知らなかった。
『いやああああっ!!』
『うぉぉぉぉぉっ!!』
バキンッ!ドガンッ!
戦いの決着はなかなかつかない。
お互いの隙は全く見られず、鍔迫り合いの状態になっては、打ち合い、打ち合っては膠着する……そのような状態が幾度となく続いた。
そして……
バギっ!
戦いは……
ガギンッ!
このニドクインとボスゴドラのまま……
ズドンッ!!
14時間が経過した……
ドドッ!!
ボスゴドラの懇親の一撃を込めたメタルクローを受けきったそのとき、シノブは異変を感じた。
『まずい……風鋼丸が……!!』
自身の刀が限界に近づいてきているのに気付いたのである。
『(こうなったら……)』
シノブは覚悟を決めた。
『はぁ…はぁ……しつこい女は嫌われるワヨ?早くくたばったらどうなノヨ?』
ボスゴドラ=バニラも相当疲弊しているようで、息をついてた。
『これ以上……この刀に負担をかけるわけには行かないのじゃ。これは、あたいの大切な形見なのじゃからな』
キッとシノブは刀を両手持ちにして、ボスゴドラを捕捉した。
『今更、どんな技で来ようって言うのカシラ?どんな技で来ようが受けきってあげるケドネ!』
大きく息を吸うニドクイン。
そして、息を吐いた時、燃え上がる炎を吐き出した。
『……ここまで来て、使う技がただの『火炎放射』?あたしをバカにしているでショ!?』
防御体勢に入るボスゴドラ。
『そんなもの……返してあげるワヨ!!『メタルバースト』!!』
そっくりそのままとは行かないが、炎を輝く光に変えて、打ちかえした。
『くたばりなサイ!!』
『『火炎放射』で勝てるとは思っておらん!』
そういうと、シノブはボスゴドラへと向かって突撃して行った。
そして、メタルバーストの攻撃をもろに受けていく。
『耐え切って、『剣技・斬鉄』カシラ?その攻撃で、あたしを倒せないということは最初の一撃でわかっているはずでショ!?』
腕を振り上げて、攻撃を待つボスゴドラ。
『返り討ちで終わりヨ!!』
『終わりなのは貴様じゃ!!』
下段の構えから、シノブは風鋼丸を振り上げた。
だた、その風鋼丸の様子がちょっと変わっていた。
『……その剣は!?』
振りかざした右手のメタルクローがその一太刀によって、弾き飛ばされる。
もう片方の左手でカウンターに出るものの、同様に素早く弾かれて、両手が開かれてボスゴドラの体が無防備になった。
『『風鋼丸秘剣:炎嵐<えんらん>』!!』
ぐるぐると風鋼丸を纏うのは、先ほどニドクイン自身が吐き出した火炎放射だ。
メタルクローを弾き飛ばしたのも、その風と炎が融合した力だった。
『でりゃぁっ!!』
そして、ボスゴドラに向かって一閃。
炎と風がボスゴドラを切り裂いて、吹っ飛ばした。
『ぎゃぁっ!!』
悲鳴をあげてボスゴドラは吹っ飛んだ。
数メートル吹っ飛んだ後に、地面を擦るように転がり、木に大激突した。
「はぁ…はぁ……やったか……?」
体力が限界のシノブは、シンクロが切れてしまった。
そして、膝をついてボロボロの風鋼丸を見る。
「手入れしてやらないといかんな……ボロボロじゃ……」
『よくも……やってくれたワネ!!』
「……なっ!?」
シノブは声の方を見て愕然とする。
ボスゴドラは致命傷を負いながらも、ふらふらとこっちに向かってきているのである。
「(あの技を受けてもシンクロが解けないじゃと!?)」
『よくも……よくもやってくれたワネ……』
そういいながら、ボスゴドラとのシンクロを解くバニラ。
だが、すぐに別のモンスターボールから出したポケモンとシンクロする。
鈍い色の翼を持ったポケモン……エアームドだった。
『あんた……覚えてなサイヨ!!今日のところはもう遅くてお肌にダメージを受けるから退くけれど、次に会った時は倒してやるんダカラ!』
そして、エアームドは飛び去っていったのだった。
「くっ……まだまだ修行が足りない……」
少しの間、シノブはだんまりとしていた。
―――『そうヨ……あたしはある人を愛していた……でも、その人はあたしを愛してはくれなかったワ……』―――
バニラの言っていた言葉を頭の中で反芻させる。
―――『そう……あの“男”に愛されない世界なんて、無いのと同じなノヨ!』―――
「あやつは凄いな……」
シノブはポツリと呟いた。
「何の迷いもせずに自分の気持ちを伝えるんじゃから……。あたいには到底そんなことはできない……。バニラ<あやつ>のように自身を破滅させたくないから……」
風鋼丸を鞘に収めて、ふらりと歩き出す。
「悔しいけど、あたいはあやつに勝つことはできない……。あやつの気持ちは、わかるような気がするから……」
そういいながら、ふと一人の少女の笑顔を思い出し、かき消した。
とぼとぼと歩くと、そこにはもう冷え切って硬直している一つの人の姿があった。
「……こんな悲しいことを……。あたいはどうすることも……できなかった……何も……できなかった……」
シノブは呆然としたまま、冷たくなったハレを見下ろしたのだった。
たった一つの行路 №191
第三幕 The End of Light and Darkness
告白の成れの果て 終わり
空を飛ぶ者は全てを覇者となる。飛べない者はただ空を眺める。