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たった一つの行路 №189

/たった一つの行路 №189

 轟々と雪が吹き付ける。
 キッサキシティの南で、テンガン山の北に位置するその場所は、吹雪が止まない場所だった。
 ゆえに一年中雪が積もっていて、歩くには長靴とコートが必需品である。
 コートがなければ、寒くて外に出ることもできなく、長靴がなければ、たちまち靴は濡れてしまうだろう。

「……っ……」

 そんな吹雪の中、ラグナが手を動かす。
 ゆっくりと動かし、起き上がろうとする。

「くそっ……」

 謎の男に叩きのめされたラグナ。
 集中砲火を受けて、体力は限界だった。
 だけど、ここで倒れるわけには行かなかった。

「(オトノ……シノブ……)」

 雪で足を取られながらも、ゆっくりと2人に近づく。
 そして、シノブとオトノの腕を自分の肩に乗せて引き摺っていく。

「(くそっ……流石に二人分は重い……)」

 いくらラグナが鍛えていて、かなり力があるとは言えども、気絶している少女2人を支えるのは容易ではなかった。
 それでも、雪を掻き分けて、吹雪に当てられながらも、前へ前へと進んでいく。

「(てめぇらをこんなところで死なせるかよ……)」

 1時間経った。

「ちくしょう……駄目だ……力が抜けてきやがった……」

 テンガン山がうっすらと見えてきた。
 だが、凍える寒さの中でラグナはついに片膝をついてしまった。
 唇を噛み締めて力を入れて立ち上がろうとするが、踏ん張りきれない。

「くっそぉ……」

 逆にもう片方の膝もがくんと崩れ落ちる。
 そうなってしまったら最後だった。

「(ここまで……か……よ……)」

 ズボッと二人分の体重も加わって、ラグナは雪の中に埋もれた。
 上空から見て男女3人が、雪に埋もれて行く様子が見て取れる。



 1分後のことだった。

「……彼らは……」
「(誰だ?)」

 薄れ行く意識の中、ラグナは朗らかな声を聞いた。
 声だけで判断するとだいぶ若そうな声だ。

「……これはいけないな!早く助けないと!」

 そう言って、男は腰に括りつけてあるモンスターボールを取り出した。
 中から出てきたのは、ソルロックとルナトーン。
 
「(こいつは……?)」

 ソルロックの体に乗せられると、うっすらだが男の様子が見て取れた。
 袖なしのダウンジャケットに黒のコート。
 そして、声には似つかない年老いた男だった。
 格好のせいで若く見えるが、50代くらいだとラグナは判断した。

「(もう意識が……ちくしょう……)」

 ラグナが覚えているのはここまでだった。



 場所はうってかわって、どこかの洞窟。
 いや、洞窟というよりは、不思議な空間というだろうか?
 その建物の中にはコンピューターやら家電やらさまざまな物が置かれてあり、生活観があった。

「…………」

 そんな中で1人の男が黙って椅子に座っていた。
 黙って、手元でガチャガチャと何かをやっていた。
 男の格好は灰色の長袖の上に白い半袖のセーターを着込んで、さらに大き目の白衣を羽織って、スラックスを穿いている。
 そして、髪の色はダークグリーン。
 年齢は20代後半辺りだろう。

「エデン様」
「……ん。カミヤか?」

 後ろを振り向いて、男……エデンは苦笑いをした。

「俺のことは呼び捨てでいいのに」
「そういうわけには行きませんよ!だって……」
「まーいいか。要件はなに?特にないなら、知恵の輪をやる?」

 そういって、ぐちゃぐちゃになったワッカをカミヤに見せる。

「いや……遠慮しておきます」
「そう……か」
「あ、それよりも、さっきなんで勝手に出て行ったんですか?しかも、話を聞いたところによると、リニアで幹部を倒した三人と戦ったというじゃないですか!しかも、止めを刺さなかったっていうじゃないですか!しかも……」
「なんとなく、散歩したくなったから。散歩するのに許可が必要か?俺は基本的にアウトドア派だし。そして、止めを刺す必要はなかった。それだけだ」
「……止め刺す必要はなかったって?」

 カミヤは首を傾げた。

「それに今は、その周辺に“厄介な男”がいるって言うから、もしかしたら、餌を放っておけば現れるんじゃないかって」
「それって、一体誰の……?」
「私の情報よ」
「……!」

 カミヤが驚いて後ろを振り向くと、杖をついた老眼鏡をかけた年老いた女性が現れた。
 落ち着いた色のロングスカートに白いYシャツを着用し、その上にカーディガンを羽織っている。

「アソウ様……」
「婆さん、無理はしないほうがいいんじゃないか?」
「年寄り扱いをしないで欲しいね!」
「イタッ!」

 杖をブンブン振り回して、バシッ、バシッと叩くアソウという老女。

「痛いからっ!元気なのわかったから、やめろよー!!」

 たまらなくなってエデンはソファを盾にして隠れた。
 そんな様子を、カミヤは苦笑いをして見ていた。

「とりあえず、アソウ婆さんの情報だから間違いないさ」
「……な、なるほど……」

 カミヤは感心して頷いた。

「それにすでにバニラとベリーを下っ端と共に向かわせたから、その“厄介な男”はすぐに見つかるはずだよ」
「っ!!幹部を2人も!?」
「1人で充分だと思うけど……厄介さは私がよく知っているからね」

 アソウが冷たく呟くと同時にカミヤとエデンに背を向けた。

「さて、私はとっても苦いブラックコーヒーを飲もうかしら」
「俺は知恵の輪を解きたい……ってか、こんなの解けるかっ!!」

 アソウは部屋へ戻り、エデンは怒って地面に叩きつけた。

「……シンオウを征服するために呼んでいた幹部二人か……。もう残っているのはキッサキシティとハクタイシティだけだ……。その戦力を1人の男のために回すなんて……一体どんな奴なんだ?」
「あ、そうそう」
「うわっ、驚かさないでくださいよ、エデン様!」

 背後に忍び寄るエデンに驚くカミヤ。

「ミント……もといクミはどうなった?」
「幹部のミント様ですか?連絡は全く取れません」
「そうか……。このまま空席が出るのもいけないから、君がミントをやる?」
「え?」
「そうだな……今からハクタイシティを1人で滅ぼしてきたら、幹部のミントの座に就かせてあげよう」
「……!本当ですか!?がんばりますよ!?」
「そうだ。がんばれよー。世界中の人間を消すために……」

 カミヤは意気込んで準備を整えに部屋へと入っていった。

「世界中の人間を消す……かぁ……」

 エデンは1人同じ言葉を復唱する。
 そして、下に叩きつけた知恵の輪を思い切って踏みつけた。

「(世界中の人間なんてどうでもいい。俺が消したい人間はただ1人…………お袋を苦しめたという……“あいつ”だけだ)」



 パチッ パチッ

「……っ……」

 温かかった。
 そして、木を焼く音が聞こえた。
 身体が少しずつ温まり、頭の機能が徐々に復活する。

「……うぅ……ここは……」

 何とか喋れるようになった。

「気がついたかー?」

 声が聞こえたと思って目を開こうとした時、不意にぽとりと自分の頬に液体がついたのに気付いた。
 少しずつ目を開けると、そこには目にたくさんの涙を蓄えた少女の姿があった。

「ラグナ……よかった……」
「……オトノ……」
「心配……した……んだよ……?」
「……ああ……悪かった」

 そして、視線を横にずらした。
 袖なしのダウンジャケットを着用した50代の気さくな男がそこにいた。

「……てめぇは……俺を運んでくれた……」
「あれ?もしかして、あの時意識があったのか?凄い精神力だね」

 男性は心から驚いたような顔をした。

「とりあえず、これでも飲みなよ」

 起き上がるとホットミルクを手渡されて、ラグナはそれを啜った。

「(あったけぇ)」

 周囲を見渡した。
 木でできたペンションみたいな建物で、暖炉が唯一の暖まる拠り所のようだった。

「(シノブ……無事だったんだな)」

 彼女は毛布を頭から被って、暖炉でじっとしていた。
 よっぽど寒いのだろう。

「ん?」

 ラグナはもう1人、このペンションに存在した人物に気がついた。
 目が合うと、男は魔法使いが被る様な青いトンガリ帽子を置いて近づいてきた。
 女性のような赤い長めの髪を肩ほどまで垂らして、青い法衣を着ていた。
 そして、彼は口を開いた。

「なんだ……生きていたんだ」
「っ!!」

 ラグナはその男の声に聞き覚えがあった。
 そして、ホットミルクの入ったコップを投げ捨てて男に掴みかかった。

「うわっ、危ない!」

 コップはオトノがキャッチしたので、中身のホットミルクは零れなかったようだ。

「ちょっと、君……!」

 男性がラグナの肩をつかむが、それよりも先にラグナは標的の胸倉を掴んだ。

「てめぇ……俺たちを置き去りにしやがった奴だな!?」
「…………」

 少しの間、男は黙っていた。
 そして、不意に口元を緩ませた。

「確かに俺は君たちを置き去りにした。でも、俺は助からないと思ったから放っといたんだ。しかし、君があの時意識があったなんて驚きだよ。まさにゴキブリ並の生命力だね」
「……てめぇ……」
「しかし、面白い男だな。まさかあのマイデュ・コンセルデラルミーラの大幹部の“零雪<れいせつ>の創設家:エデン”に一糸報いる男が現実的に居るなんて思わなかった。これなら面白いことになりそうだ」
「面白いってことってなんだ!?」
「とりあえず、手を放してもらおうか」

 ビリッ

「っ!!」

 不意に何かに弾かれたように、ラグナの手は男から弾かれた。

「(今のは何だ!?)」
「俺の名前はレイタ。君と一緒なら、マイデュ・コンセルデラルミーラを倒すのも現実味を帯びてくるな。だから、君に同行させてもらうよ」
「はぁ?」

 怪訝な顔をするラグナ。

「なんで、あの時助けもしなかったお前が俺たちについて行くって言うんだよ!?」
「俺は現実をしっかりと見て無駄なことはしない主義なんだ」
「薄情なヤローだな」
「違うな。現実主義者<リアリスト>と呼んでくれ」

 そのまま2人は、視線をぶつけ合うが、ケッとラグナが言って、ジャケットの男性に目を移した。

「で、ここはどこなんだ?」
「ここはテンガン山の近くにあるペンションさ。旅人が休めるようにって作られたんだ」
「……そうか。で、てめぇはこんなところでいったい何をやっているんだ?まさか、観光ってわけでもないだろ?」
「そうだね」

 すると、男性は真面目な顔になった。

「俺がここにいる目的は2つある。1つはマイコンの奴らを見張っていた」
「見張っていた?じゃあ、てめぇはマイコンの抵抗組織……?」
「いや、組織に属しているわけじゃないけど……でも、マイコンと戦っているのは確かだけどね。そして、もう1つ……」

 ピシッとラグナを見た。

「ある人からの伝言を君に伝えるためだ」
「……ある人?俺にか?」

 ラグナは首を傾げる。

「そう。カンナギタウンの近辺に来て欲しいって」
「(……カンナギタウン……あの古臭い洞窟がある場所か)」
「用件は伝えた。なるべくなら、今すぐにでもその場所に行って欲しい」
「何のために?」
「直接、会って話をしたいって。とりあえず、行ってみればわかる」
「なんなら、そいつが俺に会いに来ればいいじゃねぇか」
「アホか」
「あ゛?」

 毛布に包まっていたシノブが不意に口を挟んだのを見て、ラグナはキッと睨みつける。

「貴様に会いに行くことができたら、そんなことは言わないじゃろ」
「その人は、現実的に病気ってところかな?」

 レイタも口を挟む。

「とにかく、ラグナ。君はその人に会わなければならないらしい。マイコンと戦う前に」
「戦った後じゃダメなのか?」

 すると、男性はコクンと頷いた。

「…………」

 少しの間考えて、ラグナはふと気がついた。

「てめぇとレイタ……まさかマイコンの野郎じゃねぇだろうな?」
「…………」

 男性は少し驚いた顔をしてラグナを見た。

「ラグナ……このおじさんは敵じゃないよ」

 オトノが腕を掴んでそういう。

「何でだ?」
「う~ん……」

 頭を抱えて頷くオトノ。

「……忘れた……」
「てめぇの記憶力はアテになんねぇよ」

 そして、レイタの方は鼻で笑ってみせる。

「とにかく」

 男性は口調を強めて、外に出た。

「早く君たちはカンナギタウンへ行くんだ!ちょうど、吹雪も止んでいるみたいだし」

 外を見ると、吹雪は静まっていて、太陽がギラギラと雪を照らしつくしていた。

「そうじゃな。ところで、貴様。さっき“大幹部:零雪<れいせつ>の創設家:エデン”とか言っておったが、何者じゃ?」
「エデンか?」

 ペンションを出るシノブの後ろからレイタがついていく。

「わかっていることは、奴はシンクロパスを使わずに戦い、圧倒的な強さで歯向かう者を蹴散らすという。そして、雪原では無敵だと言われている」
「大幹部かぁ……やっぱり、ここまで来るとそんな敵も出てくるんだね……。あたしたち……勝てるかな……?」

 不安がるオトノ。

「大丈夫じゃ。貴女に牙を向ける敵は全てあたいの刀のサビにするのじゃから!」

 そういうと、シノブは右手を左腰の風鋼丸にかけて周りに殺気を飛ばす。
 全く隙がない。
 とくに、その殺気はラグナに向けられている。

「とりあえず、行こうか」
「待て!だからなんでてめぇはついていこうとしてんだよ」

 レイタの肩をつかむラグナ。

「最初に言っただろう?君たちと一緒にいたほうがマイコンを倒せる現実味があるって」
「俺はイヤだぜ!どうせてめぇは、俺たちがピンチになったら真っ先に逃げんだろ!?」
「まぁ、君たちが死んで現実的に勝ち目がなくなったら逃げるだろうね」

 肩を窄めてレイタは言う。

「ラグナ……あたしはレイタが仲間になってもいいよ?」
「オトノ!?」
「雪原で襲ったのがその大幹部のエデンだったとしたら、また同じようにやられちゃうかもしれない。それなら戦力はあったほうがいいでしょ?」
「確かにそうだがよ」
「それに思ったのじゃが……その男が居ようが居まいが関係ないじゃろ。逃げたければ勝手に逃げればいい。ただ、居る事で戦力になるならプラスの面の方が大きいと思うんじゃ」
「…………」

 ラグナが黙ると手を振りほどかれた。

「そんなわけで、よろしく」

 にっこりとレイタは笑顔でラグナに手を差し出す。

「ケッ」

 その手をスルーしてラグナはペンションに向き直った。

「オッサン、世話になった。しかし……」

 ラグナは眉間にしわを寄せる。
 ただでさえきつい目付きがさらにきつくなる。

「てめぇは何者なんだ?いい加減名前を教えろよ」
「あ……まだ名乗っていなかったか?」

 彼はうっかりとした表情で頭を掻いた。

「俺は…………!!」

 男性が上を向いたそのとき、驚いた表情をした。

「ラグナ!上!」

 オトノに言われてラグナはすぐに攻撃を確認した。
 上空から落とされる雷攻撃だ。
 範囲は一点集中型だったために、ラグナたちがかわすのはそう難しくはなかった。

『あぁーら、外しちゃったワネ』
『へたくそですー』

 しかし、4匹のポケモンたちが空から降りてきた。

「マイコンか?すでにシンクロしてるみてぇだな」

 ラグナはすぐにシンクロパスとポケモンを取り出した。

「…………。やっぱり、君についていくのは失敗だったかもしれないね」
「あ゛?レイタ、なんか言ったか?」
「どうやら、いきなり厄介なことになりそうだよ。目の前にいる4人のうち、2人は幹部だよ」
「幹部が2人!?」

 オトノが驚いた表情をする。

「ここで2人か……確かに厄介じゃの」

 シノブは刀を構えた。
 すると、レイタが言っていた幹部の二人はシンクロを解除した。
 その2人の様子は、片方がヒラヒラのウエイトレスっぽい服装をして、もう1人が女性物のワンピースを着ていた。

「見つけたよー」
「そうネ。みつけたワヨ……」

 そして、二人の幹部は1人の男性をじーっと見ていた。

「(狙いはあたしたちじゃない?)」

 オトノが驚く中、ワンピースを着た男性が言った。

「見つけたワヨ。過去の謎を解き明かそうとする歴史家……ハレ!」
「(……ハレ……?)」

 ラグナが不意に眉間にしわを寄せる。
 そして、ハレと呼ばれた男性は、険しい顔をする。

「(……ハレ……どこかで聞いたような名前だ……?いったいどこでだ……?)」



 たった一つの行路 №188
 第三幕 The End of Light and Darkness
 迫り来る冷たく甘い二振りの凶刃 終わり



 野獣、踊り手、侍、勇者、考古学者。進む方向が同じとは限らず…………


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Last-modified: 2015-07-08 (水) 21:56:58
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