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たった一つの行路 №186

/たった一つの行路 №186

 温度・19℃。
 湿度・82%。
 風向きと強さ・南西の弱風。
 そして、天候は曇り……
 この日のクチバシティは、ジメジメしていた。
 
「うー……ダレるー……」

 明らかに不快そうな顔でとぼとぼと歩いているのはオトノだった。
 手にハンカチを持って、度々、嫌な汗を拭っていた。

「長居は無用じゃな。刀が錆びる」

 シノブも口元をへの字に歪めてオトノに言う。

「しかしよ、このクチバシティの船に乗ってシンオウ地方に行くんだろ?海はもっとジメジメしてんじゃねぇか?」

 ラグナの言葉に、シノブとオトノはこの先が思いやられるようにため息をついた。

「ラグナー……あたし、湿気対策グッズを買ってくるから、先に船に行っててくれない?」
「ああ。いいぜ」
「オトノ殿!あたいもお供するぞ!」

 そして、2人はさっさと近くの店に入っていった。
 残されたラグナはクチバシティの町をゆっくりぶらぶらと歩いていった。
 目指す場所はクチバの港なのだが、2人の様子からいって、1時間程度で買物が終わるはずが無い。

「しばらく来ないだけで、クチバの雰囲気も変わったな」

 見慣れない建物が増えたと頷いて、キョロキョロと見回していた。
 例えば、育て屋さんや釣り屋さん、それに、遠くから見ても海辺にあるとわかる高層マンションなんかも建っていた。

「(そういえば、ここのジムリーダーはマチスとか言うアメリカン野郎だったな)」

 しかし、ジムリーダーの名前は変わっていた。

「(レイトン?どんな奴だ?)」

 何はともあれ、クルクルと回って、ある場所にたどり着いた。

「港近くに酒場があるとは……ちょっと入ってみっか」

 まるで西部劇にあるような扉だった。
 押すとギーコーと戻ってくるアレである。

「(そういえば、昔、思いっきり扉を押して、自分に当たった馬鹿がいたな。まぁ、俺はそんなことはやらねぇし)」

 と、扉に近づいたラグナ。

 バコッ!!

「(なん…だと…!?)」

 なんと、扉が触れる前にラグナは扉に吹っ飛ばされた。

「うぃあ?でーじょーぶけ?」

 すると、酒場から大柄な奴が現れた。
 セーラー服……もとい水兵服を着た奴だった。

「いてて……何をするんだ!!てめぇー……え?」

 と、ラグナは一瞬、目が点になった。
 むしろ、ある一点に目を奪われた。

「なんら?ケンカする気ぃー?やるなら相手するらー」

 拳を握りしめて、そいつはファイティングポーズを構えた。

「……てめぇ……」

 ゴクリと息を呑んだとき、そいつの右ストレートがラグナの腹を捉えた。
 吹っ飛ばされて、地面に転がるラグナ。

「っぅ!! ちくしょう!なんだこのパワーは!!てめぇ……ほんとに……」
「うぃひ?しぶとひなっーはー。じゃあっは、これでいこぉー」

 モンスターボールをゴソゴソと取り出す。
 出てきたのはニョロボンだ。
 水を纏った拳で襲い掛かる。

「くっ、オーダイル!!」

 水の爪<アクアスティンガー>を繰り出して、ニョロボンのパンチに合わせた。
 すると、ニョロボンのパンチが弾けた。
 オーダイルは後方に吹っ飛ばされる。

「っ!!」
「『爆水拳<ばくすいけん>』をたへるなんへ、なるぅー」
「ってか……てめぇ……そのパワーで……」

 ラグナは息を呑んだ。

「本当に女かよ!?しかもなんだその桁外れの胸はっ!!」
「うぃ?胸がどうかしたかぁ?触りたいのかぁ?」
「いぃ!?べ、別にそんなんじゃ」
「照れ屋だにゃー」

 180センチほどの身長に腹回りと二の腕の筋肉。
 だが、そいつは女であり、しかも規格外のスタイルを持っていた。
 まさに、ラグナが絶句するほどの。

「むっふーわかった!私が勝ったらっはー、抱きついてあげるぅ~♪ニョロボン!」
「何でそうなんだよ!!??オーダイル!!」

 ニョロボンの格闘技の応酬。
 それを何とかオーダイルは受け止めてく。
 パワーは確かにニョロボンの方が高いが、オーダイルの防御力も相当なものである。
 そして、オーダイルが間合いを取った。

「『きあいらは~』」

 女水兵の指示にニョロボンは首を捻った。
 何を言いたかったのだろうと。

「喰らえッ!!『ハイドロカノン』!!」

 ズドォンッ!!

 その隙に最大の技をヒットさせた。
 ニョロボンはその一撃で壁にぶつけられて、気絶した。

「にゃぁっ!!ニョロボン!!『きあいらは~』って言ったのに!」
「(だから、何の指示だよ?きあいらは……ん?『気合球』か?)」
「こうなったらっはー」

 ニョロボンを戻して、彼女は別のモンスターボールを掴もうとした。
 が……

「ん?」

 突如、膝をついた。
 そして、地面を向いて俯いてしまった。

「(どうしたんだ?)」
「うげぇっ……」
「ってオイ!」

 どうやら、気分が悪くなったらしい。

「(よし、今のうちだ!)」

 その間に、ラグナは逃げ出したのだった。



「ラグナ?どこ行ってたの?」
「随分遅かったの。まぁ、あたいは貴様がいないほうが気が楽じゃがの」
「うるせぇ(汗)」

 クチバの港。
 ウィッチャークック号という船の前で、3人は集まった。

「ゴタゴタに巻き込まれたんだよ!」
「何があったの?」
「酔っ払いに絡まれた……」
「クチバのガイドブックに“船乗りは荒っぽい者が多く、絡まれないように気をつけるように”と書いてあるのじゃ」
「つか、シノブ。何故それを最初にいわねぇ!?」
「あたいとオトノ殿だけ知ってればそれでいいのじゃ。ラグナがどうなろうとあたいの知ったことじゃない」
「そうかよ!」

 ラグナはそっぽを向く。

「ところで、オトノ。ちゃんと買物してきたのか?」
「え?」
「いや、“え?”ってなんだよ?そのために2手に分かれたんだろ」
「あ―――っ!!」

 口を押さえて、オトノは驚きの声をあげた。

「シノブといろんなものを見るのに夢中で、肝心な湿気対策グッズを買うのを忘れてた!!」
「オイ」
「今から買ってくるー!」
「もう乗り込まないと間に合わないぜ?」

 船員が乗り込むように手をこまねいている。

「うぇぇ……そんなぁ……」

 後ろ髪を引かれる思いで、オトノはウィッチャークック号に乗り込んで行ったのだった。



“てか、船長……これから出港って時に、なに酔っ払うまで飲んでんですか!?”
「別にいいらろー私の勝手らろー」

 2人の男の船員に支えられて、女船長はウィッチャークック号に乗り込んだ。
 ちなみに、このとき二人とも、船長の胸を思いっきり意識して生唾を飲み込んだのは別の話である。



 そして、ラグナたちの乗るウィッチャークック号は無事にクチバの港を出港した。
 行き先はシンオウ地方のキッサキシティである。

「シンオウ地方のキッサキシティかぁ……。確か、あそこは年中雪が積もっているのよね」
「心頭滅却……修行には持って来いの場所じゃ」

 デッキに出て、2人はのんびりと海を眺めていた。

「旅に出てから今までどたばたしていて、こんなゆっくりしたことはなかったかも。リニアに乗ったときも、ずっとマイコンと戦いっぱなしだったし」
「幹部のミント……あの女は確かに手ごわかった。おそらく1対1だったら勝てるかわからなかったの」
「あんな強い奴が他に4人もいるなんて……。それに、大幹部もいるし……」

 俯くオトノ。

「これから先……大丈夫かな?あたしたち、マイコンを倒す事……できるかな……?」
「…………」

 そっと彼女の肩に手を置くシノブ。
 気付いて振り向くオトノ。
 そこには真剣なシノブの瞳があった。

「大丈夫じゃ。何があったも貴女だけはあたいが守る。この刀に誓って……」
「……ありがとう、シノブ。あ……」

 何かを思い出して、動きだすオトノ。
 シノブの手はオトノの肩から自然と流れ落ちた。

「ラグナー?大丈夫ー?」

 部屋に入ると、ベッドの上で胸を押さえて苦しんでいるラグナの姿があった。

「大丈夫……じゃ……ねぇ…………うげぇ……」

 誰がどう見ても完全に船酔いだった。

「ラグナ、乗り物全般、駄目なの?」
「全く情けない奴じゃ」

 やれやれと首を振るシノブ。

「そんなことでこれから先、マイコンと戦っていけるか心配じゃな」
「シノブ……覚えてろよぉ……むぐっ…………」

 ベッドをのたうつラグナ。

「オトノ、こんなアホに構うのは時間の無駄じゃ。あっちで休んでいようぞ」
「…………」

 無言でオトノは首を横に振った。

「あたしはここにいる。シノブだけで行ってきていいよ」
「……そう……か……」

 感情のない声でシノブは答えると、そのまま部屋を出て行った。
 苦しそうな表情をするラグナの手をオトノはしっかりと握った。

「ラグナ……大丈夫だよ」



 そして、夜。
 ウィッチャークック号の近くに怪しい潜水艦があった。

「この船だな?相棒」
「そうさ、ジョニー!」

 2人のグラサンをかけた男がなにやらコソコソと話していた。

「客船、戦艦……あらゆる船をツーマンセルで潰してきたマイコンが未だに潰せない船……ウィッチャークック号……」
「まさか、海戦最強の精鋭を組んで5人で潰すことになるとは思わなかったさ!ジョニー、行こうさ!」

 2人が手で指示を出すと、他の後ろの三人も怪しい笑みを浮かべて頷いたのだった。



 水面下。
 一つの大きな影が闇夜の水の中を移動していた。

『(ふふっ♪簡単、簡単!こんな船、一撃で粉砕してやるわよ~)』

 ウィッチャークック号に近づいていく。
 ジョニーの命令で彼女は、船底に穴を空けようとしていた。

『(『捨て身タックル』!!)』

 ドズンッ!!

 船はいったん浮き上がった後、海にドバンッと着水した。
 なんとか無事のようだ。

『(意外と硬いわね……。こうなったら、転覆させてやるわ)』

 水面から出ると大きな体が現れる。
 水ポケモンの中でトップクラスの大きさを持つホエルオーだ。

『『捨身タックル』!!』

 大きな身体でぶつかっていく。

「貴様か……この船を攻撃しているのは」
『!?』

 ホエルオーが見ると、一人のポニーテールの女がそこにいた。
 女とはいうが、はかまの格好で、両方の腰に刀を差している少々風変わりな格好だった。
 そう、シノブだ。

「『村雨一輝<むらさめいっき>』!!」

 彼女が腰を捻って剣を抜くと、○のような斬撃が一気に通り過ぎて行った。

『なっ!!』

 そして、上空に打ち上げられて自由を奪われた。

「奥義……『奉天雷斬<ほうてんらいきり>』!!」

 いかずちを斬るがごとく鋭い一閃が、ホエルオーを捉えた。

『そんな……!!シンクロしているのに……1撃で……!?』

 ホエルオーと一人の女が分離されるとそのまま海へと落ちてしまった。

「……!! 『村雨一輝』!!」

 気配に気付いて、もう一度同じ技を海へと放つシノブ。
 海をも斬る斬撃が、そこにいたポケモン……2匹目のホエルオーに命中した。
 だが、それと同時に2人の男が海から飛び出てきて、甲板へと着地した。

「貴様ら……何のつもりだ?」

 刀を一旦鞘に納めて、2人の男に睨みを切らす。
 一人は大きな海賊の被るようなゆったりとした帽子を被っていた。

「刀……侍か……。単なる侍が僕たちマイコンに楯突くと言うのか。身の程をわきまえさせてやろう。相棒!」
「おおさ!行くさ!ジョニー!」

 相棒と呼ばれた左目に眼帯をつけた男がモンスターボールを取る。
 飛び出してきたのは、ゴルダックだ。

「っ!!」

 ゴルダックの手刀を受け止めるシノブの刀。
 力を入れるゴルダック。
 しかし、受け流すようにゴルダックの手刀をかわして、接近するシノブ。

「ジョニー!危ないさっ!!」
「おっつ!」

 ジョニーは後方に思いっきりジャンプした。
 それから、モンスターボールとシンクロパスを取り出して、攻撃に転じた。
 フローゼルだ。

『『アクアジェット』!!』
「くっ!!」

 シノブはストライクを繰り出して、電光石火を指示する。
 一方の自分は、刀でガードを試みる。
 しかし、相手のスピードと威力は、シノブとストライクをあっけなく吹っ飛ばした。
 さらに着地地点を狙って、ゴルダックがハイドロポンプを打ってきた。

「ストライク、『電光石火』じゃ」

 自身はハイドロポンプを刀で受け止める。
 そのままだったら、2秒後には海へと吹っ飛ばされていただろう。
 しかし、その2秒以内に、ストライクがゴルダックにタックルを決めて攻撃をカットした。

「『燕返し』じゃ!!」

 低空飛行から、下半身を一気に切り裂いた。
 ゴルダックは膝から地面に崩れ落ちてダウンした。

「……ストライク」

 そして、シノブは全く油断などしていなかった。
 フローゼルが繰り出してきたソニックブームに反応して、共に鎌と刀で受け流した。
 しかし、受け流すので精一杯。
 それ以上先には進めず、一進一退の攻防が続いた。

「ジョニーだけで勝てると思ったけど……なかなかやるさ?」

 シノブとストライクがフローゼルと打ち合う最中、ジョニーの相棒が一匹のポケモンを繰り出した。
 そして、状況は一変する。

「……!!」

 突如、シノブの刀捌きに乱れが生じた。
 と思うと、ソニックブームがシノブとストライクにクリーンヒットした。

『いきなり、動きが悪くなったな』
「もしかして、このポケモンが苦手なのさ?」
「くっ……そんなこと……」

 シノブは強がって立ち上がるが、明らかに手が震えていた。
 そのせいで、刀を上手く握ることができない。
 ストライクは心配そうにシノブを見ながらも、守ろうと彼女の前に立っていた。

「ジョニー、ここは俺がやるっさ!どうやら、この子、このポケモンが苦手みたいだからさ!」
『みたいだな。相棒、任せる!』

 そうして、船の淵に近づいていくジョニー。
 上から海を見下ろしていると、この船の水兵たちが、2匹目のホエルオーと戦っていた。
 いくら最初のシノブの一撃があったとはいえ、それでも力はシンクロしたホエルオーが圧倒的に上回っていた。
 水兵たちのポケモンをあっという間にばったばったとなぎ倒して、水兵たちを海に沈めていく。
 そして、ほぼ1分でその場にいる水兵たちは全滅した。

『よし、水兵は片付けたな。この船を沈めろ』 
『オーケー。まかせなー!』

 そういって、2匹目のホエルオーは大きな助走をつけて行く。

「や……止めるんじゃ……」
「ジュペッタ、ちょっと黙らせるさ!」
「う……うわっ……」

 刀をそっちのけにして、ずりずりと後退していくシノブ。
 明らかにジョニーの相棒の出したジュペッタに怯えていた。

「く、来るなぁ―――…………ぁ…………」

 そして、シノブはジュペッタに近づかれただけで、白目を剥いて泡を吹いて気絶した。

「こいつ、弱いさっ!もしかして、ゴーストポケモンがダメなのさ!?おっかしー!!」

 腹を抱えて、相棒は笑う。
 ストライクは困惑していたが、ジュペッタに襲い掛かった。

「ははっ!無駄さー」

 シンクロパスを行使して、シャドーボールでストライクを返り討ちにした。
 トレーナーの指示も、シンクロもしてないポケモンをダウンさせることなど、マイコンの下っ端であれど、容易なことであった。

『さぁ、やれ』

 大きな巨体のホエルオーが最高スピードでウィッチャークック号へと体当たりしていく。
 コレに当たれば、この船は一貫の終わりだっただろう。

 ブォガーンッ!!

『!?』
『なっ!?』
『ぐぉおっ!?』

 ホエルオーが空へと打ち上げられた。
 そして、そのままの勢いで、ウィッチャークック号を飛び越えて着地した。
 まるで、バーを飛び越える棒高跳びの選手のごとくだった。
 それを追う様に一匹のアズマオウが飛び跳ねた。
 そのままの勢いで、角で一突きした。

『ぐあっ!!!』

 あっという間にホエルオーはダウンして、シンクロが解けた状態になった。
 ダウンしたホエルオーと、一人の男が水面に浮かんでいた。

『あのアズマオウは……』
『奴が出てきたさ!』

 アズマオウ再び跳ねると、船に着地した。
 正確には、アズマオウのボールを持った非常に大柄の女だ。
 身長が180ほどあり、胸は爆乳と言われそうなほど大きかった。
 それにもかかわらず、二の腕と腹回りの筋力がすごいと言う。

「あんたたちだな!マイコンの刺客というのは!」
『その通りさ!』

 相棒が頷くと、フローゼル=ジョニーが前に出た。

『ウィッチャークック号の船長……カナタ。お前を消しに来た』
「やれるものならやってみな!返り討ちにしてやるよ!」

 バギボギと両手を鳴らすと、モンスターボールとシンクロパスを持って、カナタと言う女は、走り出した。

「行くよっ!!」



 たった一つの行路 №186
 第三幕 The End of Light and Darkness
 巨大な酔っ払い爆乳船長 終わり



 揺れる船上……果てしない海のフィールド……縦横無尽の水ポケモンたちの戦い!!


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Last-modified: 2015-07-01 (水) 23:31:41
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