物心がついた時、私は1人だった。
いや、正確には“独り”だった。
両親の名前も知らず、施設に入れられて育てられた私。
同じ歳の子供どころか大人にも心を開かずただひたすらに、パソコンなどをいじっていた。
その暗さから同じ年の子供たちが私をイジメの対象にした。
毎日が嫌だった。
助けてくれるのは、施設にあるパソコンと近くの森で助けたポケモンだけだった。
これらと過ごす時間だけが、私を助けてくれた。
大きくなって、私はカントー地方の某所でポケモンの育て屋さんをはじめた。
でも、最近のトレーナーのポケモンに対する扱いは酷かった。
蹴られた跡や切り傷……他にも生々しい傷跡をつけられているポケモンなんかが居て、見ていると自分もナイフで傷つけられたような気分になった。
そんな中でもポケモンを大事にしている人もいた。
しかし、それはほんの一部だけだった…………
ポケモンを平気で傷つけて捨てる人なんかも居て、私はその度に介抱をするために家に連れてきた。
野生に帰っていく前にポケモンたちが人間不信にならないようにしっかりと心のケアもして……
そんな時、事件が起きた。
ある常連のポケモントレーナーが来た。
そのトレーナーは相手にして来た中で一番ポケモンに対する扱いが酷かった。
毎回、そのトレーナーがポケモンを連れてくる度に思う。
目を当てられないほどの傷に、私は目を逸らしてしまう。
どうしてこんな酷いことをするのだろう?
私はついに我慢できなくて、そのトレーナーと言い合いになった。
その結果……
何が起きたか覚えていない。
ただわかるのはボロボロにされた。
全てがボロボロだった。
家もポケモンも、そして、心も身体も…………
ただ、燃える家を見て呆然とするばかりだった。
傷ついて倒れているポケモンたちを見て、涙も出なかった。
自身も傷だらけで何も考えられなかった。
そして……
意識を取り戻したら、初老の女性がいた。
優しくも厳しい眼光を持った人だった。
―――「あなたと私は似ているわね」―――
ただ、そういうと、私の頬を優しく撫でた。
―――「酷い目に遭ったのよね。今日はもうお休みなさい」―――
その言葉で、私は眠りについた……
似ている?
似ているってどういうことだろう?
老女も私と同じ運命にあったということなのだろうか?
それなら、私と同じ運命にあっている人も居る?
もしかしたら、これから私と同じ運命に辿るという人も居る?
…………。
耐えられない。
こんな苦しみ、他の人に味合わせたくない。
絶対に。
『まだやるというのか?』
『あなたの攻撃力はわかった。だから、多少攻撃力は落ちるかもしれないけど、この子と協力してあなたたちを全力で倒すね』
カモネギとシンクロしているシノブとブーピッグとシンクロしているミント。
『なら、次こそ引導を渡してもらう』
シノブはネギを再び構える。
『『サイコキネシス』!』
先に動いたのはミントだ。
広範囲に渡る超能力攻撃で周囲を蹴散らしていく。
とは言うものの、客席は全て壊してしまっているために、蹴散らすものといったら、倒れた下っ端とそのポケモンたちだったが。
『(自分の部下を!?……なんて奴なの!?)』
ジュカインにシンクロしているオトノはダメージを負っていて、壁にもたれて休んでいたが、ゆっくりと立ち上がりつつあった。
『(相手は幹部……。シノブは確かに強いけど、勝負は最後までわからない。あたしも動かなくちゃ)』
精神を集中させるオトノ。
『(オトノは何かをやろうとしているわね。そっちを先に潰した方がいいかしらね?)』
ミントが手をオトノに向ける。
しかし、一歩の所で攻撃を中断せざるをえなくなる。
ネギが自分の顔を掠めたのだ。
『オトノ殿には手を出させん!『五月雨突き』!!』
雨のように繰り出す強烈な突き攻撃。
左右に交わすことはできないと悟ると、大きく後ろへ回避した。
『あなたの剣技なんて、間合いを取れば当たらないわね』
『それは、どうじゃろな?』
シノブはニヤリと笑って、ネギをいったん納めた。
『『真空波・一閃』!!』
『!!』
その場で居合いの一振り。
しかし、ただの居合いではない。
その場で放った斬撃が遠くに居るブーピッグにクリーンヒットした。
『あたいの攻撃に間合いなど関係ないのじゃ』
決まったと思い、シンクロを解こうと思ったシノブ。
『そう……。でも、こんな攻撃、効かないわね』
『(なんじゃと!?)』
慌ててミントを見る。
本人の言うとおり、全く効いている様子はなかった。
『私のブーピッグに特殊属性の攻撃はほとんど効かないのよね。倒すなら打撃属性の攻撃でかかってくるのね』
『そこまで言うのなら、やってやる!』
電光石火。
そして、瞬速の技を放った。
『『燕返し』!!』
しかし、その技は他のポケモンの燕返しとは違う。
シノブ自身が使える剣の技の一つで、接近して相手の攻撃を弾き返しながら駆け抜けて、一気に切りつける技だった。
『……?』
一太刀を振るい、ミントを通り過ぎた所でシノブは違和感を感じる。
『(なんじゃ?まるで斬った感触がしなかった。むしろ弾かれた感じがする……)』
『この技は完璧ね。『リフレクトガード』』
『リフレクトガード?』
『単純にはリフレクターと同じね。でも違うのは、全ての打撃技を防ぐことができる点よね』
『打撃技……つまり、あたいの剣技もというわけじゃな?』
『その通りね。つまり、あなたの攻撃は効かないのよね』
『効かない?本当にそう思うか?』
『思うね。フーディンの時の『まもる』は防御がその瞬間だけだったけど、この防御技はリフレクターのように持続する。だから、さっきの『時雨抜き』のようなフェイント技も通用しないのよね』
『…………』
『次はこっちからね!』
すると、フーディンの時と同様にエスパーエネルギーを凝縮した球をシノブに向けて放った。
ネギを縦に構えてそのエネルギーを打ち返そうとするシノブ。
だが、無理だった。
そのエネルギー体は当たった瞬間に弾ける。
つまり、ネギに当たった瞬間にボールを中心として衝撃が弾ける。
『グッ!!』
衝撃をシノブはもろに受けてしまう。
吹き飛ばされ、壁にぶつかって衝撃に押しつぶされそうになる。
『『女侍:シノブ』獲ったね』
『まだだ……』
ダメージを受けながらも、シノブは立ち上がる。
だが、流石にダメージを受けて次の攻撃をかわせそうにはなかった。
連続でサイコボールが放たれる。
狙いはもちろんシノブ。
シノブには抵抗する手立てが無かった。
スッ
しかし、シノブの前に立った一匹のジュカイン。
音も無くサイコボールを消してしまった。
『『月舞踊:時月』から『無姫』』
『……オトノ殿?』
『……!! あなた、まだ動けたのね!?』
意外そうな顔でミントはオトノを見ていた。
『残念ながら、月舞踊の中には体力を回復させる技もあるのよ?まだ動けてごめんなさいね』
そう言いながら、オトノはシノブの手を取る。
『まだ動ける?』
『動ける。貴女はどうするつもりじゃ?あやつの防御能力は高い。貴女のリーフブレードやエナジーボールも通用しないじゃろう?』
『大丈夫。あたしにもう一つ手があるの。シノブ、時間稼ぎしてくれない?』
『承知した』
『あたしがいいというまでこっちを見ないでね』
『……? ああ』
2人はミントの方を向いた。
『相談が終わったわね? じゃあ、二人まとめて倒してあげるわ!!『サイコキネシス』!!』
広範囲の超能力攻撃だが、シノブとオトノはそれぞれ左右に分かれて攻撃をかわす。
『さあ、行くわよ!』
オトノは気合を入れると……踊り始めた。
『(踊り?一体何をするかわからないけど、止めた方がいいわね) 『サイコボール』!!』
ズバッ!!
だが、衝撃を受けてミントの攻撃は中断された。
『どうやら、邪魔をする気ね?』
シノブの『真空波・一閃』だ。
もちろん、ダメージはほとんどないが。
『さっきの『リフレクトガード』。打撃攻撃をまったく受けんと言っておったが、あたいのとっておきの技を受ける覚悟はあるか?』
『とっておき?』
『剣技『斬鉄』じゃ』
『たいそうな技名ね。でも、残念ね。そんな挑発には乗らないわ。受けきる自信がないわけじゃないのよね。でも、そんなもの受けなければいいだけの話だからね』
『そう。じゃ、やっぱりその技は不完全な技なのじゃな』
『なんとでも言ってね』
ミントがまだ喋っているところへネギで突き立てる。
『五月雨突き』だ。
しかし、その技をやはり大きく後退してかわすミント。
『『サイコウェーブ』!!』
先ほどは、自分が回避し終えた瞬間に『真空波・一閃』を受けたが、今度は回避しながらエスパー状の波をシノブへと向けて放った。
『くっ』
先ほどと同じ攻撃パターンを狙っていたシノブは虚を突かれて、回避が遅れてしまった。
苦肉の策で攻撃をネギで受け止めるが、こらえきれず吹き飛ばされる。
『『サイコボール』!!』
当たった後の弾ける威力が強烈の超能力の球。
近くで当たればほぼ回避不能な技。
吹っ飛んでいる最中に動きは取れないという考えから、ミントはその攻撃が100%当たると思っていた。
『シノブ!!』
オトノが踊りながらも危ぶんで叫ぶ。
『…………』
だが、シノブは冷静だった。
吹っ飛んだそのままの体勢で、後方に移動し、壁→天井を蹴ってサイコボールをギリギリ退けて接近する。
しかも後方でサイコボールが弾けたことにより、衝撃がシノブを後押しする。
『!!』
『『燕返し』!!』
ガギンッ!!
『…………』
恐らく最大の一撃だったことには間違いなかった。
だが、それでもリフレクトガードという壁の前に、シノブの攻撃は通じなかった。
ネギはミントの手に押さえられている。
『どうやら、あなたのとっておきの剣技『斬鉄』って言うのはハッタリだったみたいね』
クスリとミントは笑みを浮かべる。
『だって、あなたほどの侍が今のチャンスを逃すはずがないものね。それにしても、オトノはずっと踊っているみたいだけど、一体何をやっているのかしらね』
ちょうどそのときだった。
オトノが上を向いて、踊りがストップした。
『……ミント……あんたの負けよ。『月舞踊:星奪<せいだつ>』!!』
『何を言っているのかしらね。ただ踊っているだけで、勝てると思っているのかしらね?』
『シノブ!時間稼ぎ、ありがとう!』
『ふっ、何を…………? ……え? ……あれ?』
途端に体に違和感を覚えるミント。
『何これ……?どういうこと?身体の力が……!?』
シノブのネギを放して、動揺するミント。
『身体の力が抜けて……いく……どう……して……?』
『特別に教えてあげるわ!『月舞踊:星奪』は見た者の体力を奪っていく防御不可能の技。呪いと似たような技なのよ!この技は隙が大きいから、あたし一人じゃ成功しなかっただろうけど、シノブが時間を稼いでくれたからね』
『くっ……私としたことが……油断したわね……でも、まだ……やれる……わ!!こっちには……負けられない……理由が……』
『人間を滅ぼすのに理由をつけるなんて間違っているわよ!シノブ!!お願い!』
『承知!』
ふらつくミントの間合いに入ったかと思うと、シノブはネギを振るった。
バキンッ!!
『なっ!?リフレクトガードが!?』
『これが、あらゆる壁をも斬り壊すとっておき……『斬鉄』じゃ!』
そして、さらに刀を鞘に納めるようにネギを構えるシノブ。
エナジーボールを後方に放って、その爆発の推進力で接近するオトノ。
『くっ……私は……私は…………!!』
ミントはサイコボールを繰り出そうとした。
『終わりじゃ!!『居合斬<いあいぎり>』!!』
『『ストライク・リーフブレード』!!』
2つの会心の一撃がミントに直撃した。
その一撃で車両の窓が突き抜けた。
そして、下っ端二人とミントはリニアの外へ放り出されて行ったのだった。
……世界の…苦しみ…の…螺旋…を……終わら…せ…たい……のに…………
バトルが終わり、ジュカインとカモネギが消えた。
代わりに現れたのはモンスターボールとシンクロパスを持っているオトノとシノブだった。
そして、ガクリと彼女は膝をついた。
「くっ……」
「シノブ、大丈夫!?」
「大丈夫じゃ。これしきのダメージ、少し休めば何とかなる」
そう言って、そのまま地面にお尻をつけるシノブ。
左右に差していた刀を地面において、ゆっくりと息を吐いた。
「改めて……オトノ殿、久しぶりじゃ」
「え、えぇ。久しぶりね」
「一つ聞いてもらいたいことがあるんじゃ」
「何?」
「貴女の旅にあたいを同行させて欲しいんじゃ」
「いいよ?」
オトノは即答だった。
「本当か!?」
「もちろん!シノブが居たら、100人力よ!」
「もったいのう御言葉じゃ……」
そういって、目元を拭うシノブ。
「ちょ、何で泣いているのよ!?」
「命を助けてもらった“あの時”から、あたいはオトノ殿の力になりたくてこの半年間、修行をして来たんじゃ……。この命、オトノ殿のためなら惜しくは無い!!」
「……はは……」
そんな堅苦しいペースのシノブにちょっと苦笑いのオトノだった。
「ところで……」
シノブはふと尋ねた。
「このリニアは誰が運転しているんじゃ?」
「誰も運転してないよ?」
数秒の沈黙。
「だ、大丈夫よ。きっと、オート運転になっている“はず”だから……ははは……」
笑うオトノ。
しかし、次の瞬間に顔色を変えて、オトノは急いで先頭車両に向って走り出した。
最後尾の客席が全て破壊された3両目。
影響が何もない2両目。
そして、運転席である先頭車両。
オトノは運転のタイプ表示を見た。
“マニュアルモード実行中”
「な、な、な、なんで今の時代にマニュアル運転なわけー!?」
そして、さらに追い討ちをかける表示があった。
“ヤマブキシティ到着まであと5分”
「……ま、マニュアルってことは……ブレーキをかけないと止まらないよね?そろそろ……。……ブレーキってどれよー!!??」
―――ヤマブキシティ。
“隊長。コガネシティでずっと滞在していたリニアがこっちに向ってきます。マイク・コンプレッサがついに来ます!”
「違う。マイデュ・コンセルデラルミーラだ。……ついに中枢都市のヤマブキシティに攻め入る準備が出来たというのか……」
煙草を口にくわえて帽子を被っている隊長と呼ばれた女が立ち上がった。
「ついに我々の出番が来た!この都市を護る為、全身全霊をかけてマイコンを叩きのめすぞ!!」
その場に居た数十人の部下たちが隊長の掛け声に賛同したのだった。
そして……
「全員モンスターボールを構えろ!!」
リニアはヤマブキシティの駅に到着した。
隊長や隊員たちは息を呑んで、中の連中が出てくるのを待った。
しかし……
“隊長、出てきません”
「仕方が無い。こっちから入るぞ!!アーボック、『溶解液』!」
隊長が扉を溶かして、先導して突入した。
のだが……
“隊長……誰もいません!!”
「……バカな……誰もいないというのか?」
女隊長は唖然とした。
「本当に危なかったわね」
「そうじゃな」
オトノとシノブは、ヤマブキシティの街中にいた。
それともう一匹、オトノの傍らにヤドキングの存在があった。
「ブレーキを見つけて何とかリニアを減速させたのは良かったけど、駅の様子を写すカメラを見たら迷彩服のレジスタンス集団が一杯だったもんね」
「あんな奴らの相手をしていたんじゃ、時間がいくらあっても足らん」
「ほんとよね。ありがとう、ヤドキング」
そう労って、ヤドキングをモンスターボールに戻した。
「『トリックルーム』で着地地点と後方車両のスピードを変化させて飛び降りるとは、オトノ殿、素晴らしいアイディアじゃった」
「そんなこと無いわよー」
「それで、オトノ殿はどこへ行くつもりだったのじゃ?」
「マイコンのアジトよ。あたしたちはマイコンを倒すために旅をしているの」
「マイコンのアジト……つまり、シンオウ地方に行くんじゃな」
「そう。そのためには、次はクチバシティに向かって船に乗らなくちゃね……」
「そうじゃな。時間が惜しいの。早く行こうぞ!」
シノブが張り切って言うが、オトノはふと西の方を見た。
「…………」
何を考えたかはわからないが、数秒間ぐらいその方向を見つめたあと、シノブの後をついていった。
2人はヤマブキシティを南下していく。
「……あれ?」
ふと、オトノは足を止めた。
「どうしたんじゃ?」
シノブはちょっと複雑そうな顔をしていた。
周りを見てオトノはハッと気がついた。
―――その時、ヤマブキシティ、リニアの駅
「隊長!2車両目に黒いジャケットの男が居ます!!」
「そいつだけか!?」
「はい!」
「よし、そいつを捕まえろ!!」
目を回しているその男は無抵抗で拘束されたのだった。
「ラグナが居ない!!リニアに忘れてきちゃったー!!」
ヤマブキシティの中心で、オトノの声が響いたのだった。
たった一つの行路 №184
第三幕 The End of Light and Darkness
忘れモノ 終わり
外側だけを見て、中身を判断してはいけない。