銀色の袴を着用し、左腰に長剣、右腰に短剣を装備している彼女は、無愛想ながらも口元を緩めてオトノに言った。
「オトノ殿、久しぶりじゃ」
「本当に久しぶりだね!あの時はいきなりいなくなちゃったから心配したけど!!」
「それは本当にすまないと思っとるんじゃ。じゃが、もう、あたいはオトノ殿の前からいなくなったりはせん」
優しくオトノに言った後、キッとクロバットとコモルー、そして、ミントを睨みつけた。
「あたいがオトノ殿を仇為す者を片っ端から斬り捨てる!!そして、貴女を守る!!貴様ら、覚悟するんじゃ!!」
『覚悟する?どっちがだ』
『お前一人で俺たちを片付けるだと!?無理に決まってんだろ!!』
まず、弾けたようにクロバットが飛び出してきた。
とは言うものの、馬鹿正直にシノブに突っ込んでいくわけではない。
この狭い列車の中で影分身を繰り出して、惑わしながら襲い掛かってくる。
シノブの攻撃は刀ということが見てわかる。
クロバットは一太刀を受けないような戦法を取っているようだ。
『ハハハッ!!お前の剣など、これで絶対当たらない!!』
「そのような下級戦法……あたいには通用せん!」
シノブは懐からモンスターボールとシンクロパスを取り出した。
すると、即座にポケモンを繰り出して、一気に攻め立てた。
『なっ!?ぐはっ!!』
目にも留まらぬ電光石火とはまさにこのこと。
クロバットは気付いていたら、地面に沈んでいた。
『……『半月斬<はんげつきり>』……』
残心を残した後、ポツリとシノブもといストライクは技名を言い放った。
『何故だ……?何故攻撃を当てることが出来た……?』
それは簡単なこと。
単にシノブのストライクの技が、『ツバメ返し』のように鋭い攻撃で回避が不可能だったから。
さらにもう一つの要因として、シノブの動体視力が常人と比べて良かったことが挙げられる。
『くっ、相棒!よくも!』
「あなたは下がって!」
ミントが不意に下っ端の男に指示を出す。
だが、コモルーは止まらなかった。
『『捨て身タックル』でも喰らえ!!』
次はコモルーが突進してくる。
コモルーはストライクよりも大きな身体を持っている。
防御力の低いストライクでは、恐らく一撃くらいしか耐えることはできないだろう。
セオリー通りならば……
『なっ!!』
そう、これこそセオリー通りと言えるだろうか?
コモルーは呆然とした。
ストライクがその場から消えたのである。
『どこを見てるんじゃ?こっちじゃ』
背後に回ったストライク。
コモルーのスピードではストライクのスピードを捉えきることはできなかった。
敗因は、相棒の敗北にカッと来て自分から動いてしまったことである。
ズバッ!!
ストライクのVの字の一太刀。
背中を斬られて、コモルーは一撃でダウンした。
『……『銀杏斬<いちょうぎり>』……』
二人を倒し終えると、シノブは元に戻った。
「すごい……」
オトノは彼女の強さにただ驚いていた。
「だから、下がってと言ったのにね」
シノブがストライクの入ったモンスターボールを懐に入れるタイミングで、ミントがそう呟いた。
「次は貴様の番じゃ」
左腰に差してある刀に手をかけて間合いを計るシノブ。
「ポケモンにはポケモン、人にはその刀で斬ろうって言うのね。心底あなたの刀は息を呑んじゃうわね。さすが『女侍』の称号を持つだけのことはあるわね」
「『女侍』?」
「あら、オトノは知らなかったのね。そのシノブって子は、今世間でも知られている現代に生きる有名な剣士……つまり侍なのよ?」
「世間でも有名……」
と、オトノはシノブを見る。
「あたいは名声などに興味はない」
「たが」とシノブは続ける。
「助けてもらった恩義は絶対に忘れはしない。あたいはオトノ殿を助けるんじゃ」
そう言って、左腰の刀を抜くシノブ。
「ミントとか言いおったな?貴様をこの『風鋼丸』の錆びにしてやる」
「やれるものならやってみるのね。でも、一つだけ忠告してあげるね。あなたの攻撃は私に一つも届くことはないわね」
シノブがじりじりと草履を履いた足で、少しずつすり足で接近する。
一方のミントはモンスターボールとシンクロパスを出した。
「(あ)」
オトノは危うく忘れるところだった。
二人の戦いはこの狭い車両の中で行われている。
この場にいるのは、自分の他に、シノブとミント、そして、先ほどシノブが斬り捨てた下っ端二人。
さらに、もう一人居た。
「ぐぉっぷ……」
酔いつぶれているラグナである。
目立たないところで、ラグナはうずくまっている。
「ラグナ、本当に大丈夫?」
オトノはラグナの脇を持って、ずるずるとお尻を引きずしながら、隣の列車に移動させた。
「これで、ラグナが戦いに巻き込まれる心配はないね。でも、リニアで酔うなんて、どんな神経をしているんだろう?」
ともかく、シノブを助けるために先ほどの車両に戻るオトノ。
ズドーンッ!!
「!!」
大きな音がした。
嫌な予感がして、急いで戻ってみると、客席が綺麗になくなっていた。
「シノブ!!」
そして、シノブは地面に這いつくばっていた。
「……大丈夫じゃ……」
そう言って、刀を突いて難なく立ち上がるシノブ。
『下っ端と同じ実力と見ないことね。私は『甘い光<スウィートライト>』のミント。選ばれし5人の一人なのよね』
「そのような肩書き……あたいの知ったことではない!!」
『そうね。じゃあ、始めましょうか』
ミントは持っているスプーンに力を込めた。
すると、スプーンに力がどんどん集まっていく。
『『サイコボール』』
集まった超能力の塊を高速でシノブに向かって放った。
「なんの!」
横に飛び退いてかわすシノブ。
だが、ボールが弾けると、衝撃が巻き起こった。
「なっ!」
「きゃっ!」
予想外の衝撃にオトノとシノブはよろめいて地面に転ぶ。
『次は『サイケ光線』ね』
転んだ隙を逃がしはしない。
シノブに向って、虹色のビームが放たれる。
「くっ」
しかしながら、その攻撃を刀で受け止めるシノブ。
相手との根比べが始まった。
「しかし、その体勢ではあなたの負けは決まっているわね」
「ぐわぁっ!!」
最終的に刀が弾かれて、サイケ光線がシノブに直撃した。
「シノブ!!」
『次はオトノ、あなたの番ね』
「!!」
再びミントはスプーンに超能力エネルギーを集中し始めた。
先ほど自分とシノブを吹っ飛ばした『サイコボール』である。
「そう簡単には行かないわよ!!ジュカイン!」
ボールを投げて、そして、シンクロパスをかざした。
オトノ=ジュカインは戦闘態勢に入った。
『シンクロね。でもそんなことしてももう遅いよね』
サイコボールはエスパーのエネルギーを凝縮して、当たった瞬間に大きく弾ける技。
例え避けたとしても、弾ける衝撃波で相手に確実にダメージを与える。
ましてや、オトノの今の位置じゃ、完全にかわすことができないのは明白だった。
『『月舞踊』……』
両手をあわせて冷静さを保つオトノ。
そして、相手の攻撃に合わせて、右手を前に差し出した。
フワッ
凝縮されたエネルギーは音もなく消えてしまった。
『……攻撃が消えた!?』
『……『無姫<なきひめ>』から『桜舞<おうぶ>』!!』
『それなら、『サイケ光線』!!』
攻撃の種類を変えて、ビームを繰り出すミント。
だが、まるでテレポートのような移動術の前に攻撃を当てることができない。
『『リーフブレード』!!』
ミントの間合いに入り込んだ時、オトノは思いっきり地面を蹴った。
一撃で決めるつもりだ。
『(させない!!)』
ガキンッ!!
『っ!!』
だがしかし、そう簡単には行かなかった。
ミントは咄嗟に防御手段をとった。
ほぼ全ての攻撃を防ぐという『まもる』だ。
オトノはリーフブレードを弾かれて後退させられた。
『(体勢を立て直して……もう一度……)』
だが……
『『サイコウェーブ』!!』
『!!』
受身を取って次の行動に入ろうとしたとき、目の前にはミントの持っているスプーンがあった。
反撃は不可能だった。
『あぁっ!!』
超能力の波を受けて吹っ飛ぶオトノ。
衝撃で地面をぶつけて、さらに壁にぶつかった。
『っ……』
左肩を抑えて、オトノは立ち上がる。
『あら、意外と効いてないのね』
『(咄嗟に『月舞踊:受風<じゅふう>』で攻撃を防御したからミントの攻撃は受けなかったけど、壁にぶつかったダメージは軽減しきれない……)』
『それなら、どんどん行くね』
ミントがそう宣言すると、右手からはシャドーボール、左手からはエナジーボールを間髪無く投げてくる。
攻撃をかわすこと自体は大きな問題ではなかった。
無音の移動手段『桜舞』で攻撃をかわせるし、『無姫』で打ち消すこともできる。
だが、それは防御だけで接近することが叶わなかった。
『(くっ!!ミントはフーディンを媒体としてシンクロをしているから、接近してリーフブレードを一撃かませば倒せるはず……でも、接近できないんじゃ……)』
『『サイコキネシス』!!』
ミントの視界に渡る領域に超能力を一気に放つ。
二種類のボールを捌いているオトノは、その攻撃に気付くのが一足遅かった。
『あうっ!!』
真正面からの攻撃を受けて、ジュカインは壁にずるずるともたれる。
『シンクロが解けないということは、まだやれるようね。でも、』
そういうと、ミントは超能力を圧縮したボールをオトノへ放った。
『これで、フィニッシュね』
オトノは目を瞑った。
だが、終わりを悟ったわけではなかった。
フッ
『……まだそんな力が残っていたのね』
『はぁ…はぁ……』
息を切らしながらも、『月舞踊:無姫』で攻撃を打ち消したのだ。
『でも、もう動けなさそうね。じゃあ、あなたがその防御を出来なくなるまで、攻撃をし続けてあげるね』
そういって、両手にサイコボールを準備する。
『(……流石に何度もあれを防御することはできないわよ……)』
冷汗が流れて、本当にマズイと息を呑む。
『さぁ、耐えてみてね!!』
右手のサイコボールが放たれた。
『くっ……』
その攻撃は先ほどと同じく無姫で打ち消す。
だが、オトノは悟った。
『(次の攻撃は無理……間に合わない……)』
冷静に考えてのことだった。
オトノは観念した。
『貴様……あたいを忘れては困る』
やや冷たい女の声がオトノの耳に届いて、目を開かした。
『!!』
『『十字斬<じゅうじぎり>』』
ガガッ!!
ミントとすれ違うようにシノブが斬り付けて通り過ぎていった。
シノブと言っても、今のシノブはカモネギの姿をしていた。
そうやら、ネギでミントもといフーディンを斬り付けたようである。
そのおかげでオトノへのサイコボールの攻撃を止めることに成功した。
『オトノ殿、大丈夫か!?』
『シノブ……ええ、何とか』
シノブはオトノの前に立つ。
『後はあたいに任せて貴女は下がるんじゃ』
『そんなわけには……』
『大丈夫じゃ。あやつは次の一撃で倒す』
『でも……』
ネギを構えるシノブにオトノは心配そうに呟く。
『危なかったわね』
ミントが心のままに驚いたような声をしている。
『(効いてないじゃと?)』
『咄嗟に『まもる』をしてなかったら、致命傷を受けていたわね。オトノへの攻撃をキャンセルして正解だったわね』
そういって、スプーンを前に差し出す。
『オトノ殿はそこに居るんじゃ!』
『シノブっ!!』
にっこり笑って見せると、ミントを見据えた。
『『サイコウェーブ』!!』
広範囲にわたる超能力の波。
しかし、シノブは攻撃を低空飛行で掻い潜った。
『っ!!』
『(速い!?)』
単に電光石火を使っただけなのだが、ミントの目にその攻撃は映らなかった。
電光石火による『突き』を受けて、ミントはやや吹っ飛ばされる。
『(来る!?)』
連続攻撃で来ることをミントは容易に予想できた。
案の定、シノブは頭上を飛んで、一撃を叩き込まんとしていた。
『(これで終わりじゃ)』
『(『まもる』!!)』
スタ
シノブが地面に着地する。
『(え?今、シノブ、攻撃を外した?)』
自分の目から見て、オトノはミントに攻撃を当ててなかったように感じた。
そして、ミントはシノブに向けてスプーンを構えていた。
『シノブ!危ない!!……サイコキネシスが来る!!』
『空振りなら『まもる』必要はなかったわね』
フーディンのサイコキネシスが放たれようとしていた。
『……『時雨抜き』……』
『え?』
シノブはミントを見ずにネギを左手に持ち替えて、左手を腰に持ってきて、まるで刀を納めるような仕草をとった。
ズバッ!!
『がっ!! な……まさか、フェイント?』
ミントは、膝に地面をついた。
喋る声が聞こえて、シノブは振り向いた。
『まだ意識があるんじゃな。この一撃で倒せると思っておったのに』
『私は甘い光<スウィートライト>よ?こんな一撃で、マイコンの幹部が倒せると思っていたの!?』
『マイコン……?そうか。貴様がマイド・コンセルバトワールの幹部じゃな』
『ちが…う。マイデ・コントリュー……バトワーゼルよ』
シノブの言葉にミントが否定する。
『どっちも違うでしょ!マイデュ・コンセルデラルミーラでしょ!(なんで敵まで間違うの!?)』
ツッコミを入れるオトノ。
『そんなのどっちでもいいね。こんなところで、私は負けるワケには行かないのよね……』
『どうして?』
オトノは不意に呟いた。
ミントが顔を向ける。
『どうして、あんたはマイコンに入ったワケ!?どうして、次々と人間を消して行っている奴らに手を貸すわけ!?どうしてよ!?』
『…………』
『あんた、自分の親しい人が消えるってどんな気持ちだかわかってるの!?それさえわかっていれば、こんなことなんて……』
『親しい人?……そんな人居ないわね』
『居ない?そんな馬鹿なこと…………』
ミントはシンクロを解いた。
そして、フーディンのモンスターボールを仕舞った。
『マイコンに入ったワケ?聞きたいの?そんなの決まっているじゃない。この世の人間を全て消したいから』
『……あんた、本気で言っているの……?正気なの?』
『……私は最初から本気だし、正気よね。とりあえず……』
ミントはさっきとは別のモンスターボールを取り出した。
『マイコンの計画の邪魔になりかねない、『女侍:シノブ』と『月島の末裔:オトノ』……あなたたちをここで仕留める!!』
ミントの繰り出したポケモンはブーピッグ。
彼女がブーピッグとシンクロして、再び戦いは動き出した。
たった一つの行路 №183
第三幕 The End of Light and Darkness
甘い光<スウィートライト>:ミント 終わり
果たして、止めることはできるのか……?