―――コガネシティの南の道路。
「……あれ?」
黒髪でセミロングの女の子が、水色のハーフパンツのポケットに手を突っ込んでハッとした。
「……無い?」
彼女の名前はオトノ。
ラグナ曰く、オトハと顔が瓜二つの少女だ。
違いはと言えば、服装と髪型、性格、そして、声質も口調も違う。
オトノがラグナをウバメの森で助けて一週間経ったこの日、コガネシティへと出かけていた。
ラグナがぐっすりと寝ていると踏んで、オトノは安心してウバメの森を抜けて、コガネシティの郊外までやってきたのである。
しかし、彼女は“あるもの”がないと気がついたのである。
「おかしいわね……。家に出るまではあったのに……」
オトノは後ろを振り返った。
見えるのは木々の数々。
人はそれを森と呼ぶ。
「まさか……そんなわけ無いわよね……?」
苦笑いを浮かべながら、オトノはウバメの森に再突入して行ったのだった。
「ハガネール!!やれっ!!」
巨大な鋼の尻尾がブオォォォと空気を切り裂く音を立てて振り下ろされる。
「ケッ!」
地面を素早く蹴って、ラグナは攻撃を回避する。
ズドンッ!!
地面にはハガネールの尻尾の型が残り、威力の大きさをそのまま現していた。
町を壊したのもハガネールのようで、あちらこちらにハガネールの尻尾の後が残っていた。
中には、頭突きで壊したように建物に風穴が空いたような跡まで残っていた。
「ペシャンコにしてやんなさい!」
再びハガネールは尻尾を振り上げて叩きつけていく。
「当たっかよ!!」
ズドンッ!! ズドンッ!! ズドンッ!!
「……なんですって!?」
攻撃はラグナにさっぱり命中しなかった。
180センチと言う大柄な体格、そして、ケガが治りかけであるにもかかわらず、俊敏な動きで攻撃をあっという間にかわして行った。
「今度はこっちから行くぜ!!」
ラグナの掌の中にあるモンスターボールから飛び出したのは、葉っぱの手を持ち、長い鼻を持った草と悪タイプのポケモン、ダーテングだった。
ハガネールの攻撃をかわして、尻尾に乗った後、大きくジャンプをする。
そして、空中で前転する勢いで手の葉っぱから、強烈な斬撃を繰り出した。
斬撃はハガネールの頭に当たってとどまった。
押し返そうとハガネールは踏ん張っていたが、やがて威力に押し込まれて、ハガネールの頭が地面に付いたとき、爆発した。
「なっ!?」
「もう一発!!『リーフスラッシュ』!!」
空中から、今度は手の葉っぱでハガネールを切り裂いた。
ズドンッ!!
重い一撃だった。
防御力屈指の硬いを誇るハガネールは、まさか、ラグナのダーテングの2撃でダウンしてしまったのだった。
「……。……あれ?」
男はハガネールを戻し、腕を組んで首をかしげた。
「お前、なかなか強いじゃん」
「てめぇが弱いだけだろ?」
「そう言うか?」
そういいつつ、ポケットに手を突っ込む。
「まだやんのか?」
ラグナが睨みつけつつ言うが、クククと男は笑う。
「まさか普通の状態とはいえハガネールがやられるとは思ってもいなかったわ」
「普通の状態だと……?」
金髪で長髪のロックンローラーみたいな格好の男が意味深なことを言うと、ポケットから何かを取り出した。
「本気で相手してやるよ」
四角形のトランプケースの様な物だった。
「ニドキング、暴れてやんぞ」
男はボールからニドキングを繰りだした。
しかし、それだけではなかった。
「なっ……!?」
男がそのトランプケースのようなものをニドキングに翳すと、ニドキングに吸い込まれていった。
いや、吸い込まれたと言うよりは、憑依したと言うニュアンスの方が近いかもしれない。
『さぁ、相手してやるよ』
「……っ!! ニドキングが喋った!?……いや、声はさっきの男のもの……まさか……」
シュッ!!
「っ!! ダーテング!!」
ズドン!!
ニドキングのどくづき。
それに反応したダーテング。
手の葉っぱで、防御をする。
ズゴゴっ!!
しかし、ダーテングは吹っ飛ばされて、ダウンしてしまった。
「(ダーテングがパワー負けしただと!?)」
ダーテングを確認したそのとき、ニドキングの爪がラグナの頭を狙う。
「くっ!!」
慌てて回避をし、間合いを取る。
速さと力をかねそろえた攻撃に、ラグナはかわすことしかできない。
「ちっ!!」
『ほら、逃げてばかりか!?』
ドガンッ!!
『なっ!?』
ニドキングの後頭部に一撃がヒットした。
クチートの欺きの口の一撃だった。
「かわしながらモンスターボールを落としてやったんだよ!かわしてばかりだと思うな!」
『くっ、相当の威力の攻撃だな』
「……な!?」
不意打ちの一撃が決まったはずだった。
しかし、ニドキングはそれほど時間を経てずに立ち上がった。
「(『マウスバッド』が効いてねぇのか!?いや、効果はあるみてぇだ)連続攻撃だ!『メタルボール』!!」
『オラッ!!』
巨大な鋼の球を打ち出すクチート。
だが、ニドキングは爪で玉を粉砕する。
そして、すぐに間合いを詰めて、クチートをパンチで吹っ飛ばす。
「ちっ!クチート!!」
ザザッ!!
吹っ飛ばされながらも、地面を踏ん張り、相手の攻撃を耐え切った。
しかしながら、ニドキングは連続攻撃の態勢に入っており、ニドキングのメガトンキックが飛んでくる。
「『アイアンヴァイト』!!」
真っ向から攻撃を受けて立つつもりで、大きなまがい物の口を広げてニドキングを誘った。
狙いはよかった。
クチートの偽物の口にがぶりと挟まった。
だが……
ズドンッ!!
「……!」
ニドキングの攻撃の威力に押されて、クチートは建物の壁に激突してダウンした。
さらにニドキングはすぐにラグナに狙いを定めて襲い掛かろうとする。
『終わりだ』
ニドキングの手がラグナに伸びる。
「当たるかよ!!」
しかし、寸でのところで攻撃をしゃがんでかわした。
しかもそれだけではなかった。
「オーダイル、『ハイドロカノン』!!」
かわした際にボールを投げ込んで、ニドキングの横からオーダイルを出現させた。
そして、強力な水流を叩き込み、一気に壁へとぶつけてやった。
「(これでどうだ?)」
『ちっ……不意打ちとは小癪な真似をするな……』
「まだ戦えるのか?」
『その程度のパワーで勝てると思うなよ!!』
すると、ニドキングが光に包まれて、消えた。
そして、右手にモンスターボール、左手にトランプケースのようなものを持って、男の姿が戻った。
「圧倒的なパワーで潰してやる。ブーバーン!!」
再び男は、ブーバーンに向かってトランプケースみたいなものを翳す。
同じようにブーバーンに憑依して、ラグナに再び襲い掛かる。
「パワーなら負けねぇってんだよ!オーダイル、『ハイドロポンプ』!!」
先ほどと威力は劣るが、それでも建物を破壊するくらいの威力を持つ水流を放つ。
『ゴルァッ!!』
だが、それほどの威力を持った水流が一瞬で蒸発してしまった。
単純にブーバーンの炎がオーダイルの水に勝っていたのである。
「っ!!」
そして、炎に巻き込まれたオーダイルは、ひどい火傷を負って姿を現した。
まさか水ポケモンにもかかわらず、一撃でダウンしてしまったのである。
「(相性がいいはずなのにその上でパワー負けだと!?冗談じゃねぇ!)こうなったら……」
ラグナはオーダイルを戻した。
そして、回れ右をして走り出した。
『おー。やっと逃げる気になったようだな?せいぜい逃げ切って見せろや』
ブーバーンは逐一に火炎放射でラグナを牽制する。
上手く建物に身を隠しながらラグナは攻撃をかわして行った。
最終的にラグナは建物の裏に隠れた。
『バレバレだぞ!』
しかし、大きく息を吸ってその裏からラグナを攻撃しようとしている。
バリバリバリッ!!!!
『ぐぅっ!!』
だが、鋭いいかずちのごとく、貫くこと槍のごとく……壁の裏側から壁を貫通して、ブーバーンに向かって突撃した。
お腹にもろに入ったブーバーンは吹っ飛ぶが、一度地面を転げてから受身をとって体勢を整えた。
「ちっ、レントラーの『雷槍突飛<らいそうとっぴ>』をもろに受けたくせに倒れやがらねぇ!!」
『危なかったよ。喰らえ!』
大きく息を吸って吐き出したのは大文字。
「当たるか!『回転雷牙<かいてんらいが>』!!」
ダメージを受けたばかりで狙いが定まっていなかったようで、ブーバーンの攻撃は明後日の方に飛んでいった。
そこへ、回転を加えたかみなりのキバがブーバーンに炸裂した。
『ぐおっ……!!』
「なにぃ!?」
炸裂したはずだった。
ブーバーンは両手でその攻撃を押さえ込んだのだ。
『おらよっ!!』
ドズンッ!!
そのまま地面に2度、3度叩きつけてそのまま壁へと投げつけた。
レントラーはノックアウトしてしまった。
『今度こそ終わりだ』
狙いを定めた大文字がラグナに襲い掛かる。
「終わり……? それはてめぇだよ!!」
バシュッ!!
『何!?』
大文字はもう一つの大文字によって相殺された。
「不本意だが逃げながらレントラーが時間を稼いだおかげでこっちは、最大パワーで挑めるぜ」
炎攻撃の爆発の煙の中から姿を現したのは、一匹の妖精ポケモンだ。
そのポケモンの名前をピクシーと言う。
『ピクシーだと?ふん、関係ないし!オラッ!!』
ブーバーンが火炎放射で攻めてくる。
一方のピクシーは吹雪で攻撃を抑える。
『(馬鹿な!?互角だと!?)』
「(押し切れねぇ!?)」
両者共に、驚きを隠せなかった。
『ならコイツならどうだ!』
息を吸って、強力な光線を吐き出す。
『破壊光線』だ。
「わざわざあたっかよ!!」
ラグナとピクシーは、左右に分かれて攻撃を回避する。
「『サイコキネシス』!!」
グォンッ!!!!
空間を歪めるほどの念動力を打ち出すと、ブーバーンが思いっきり吹っ飛んだ。
『ちぃ!!』
地面を転がって建物に激突しようとしていた。
だが、手と足を地面につけて耐え切った。
「追撃だ!」
『させるか!』
ピクシーが突っ込む。
しかし、それを狙ってブーバーンが火炎放射を打ってくる。
オーダイルを倒した炎圧がピクシーを飲み込んだ。
だが、ダメージを受けながらも、ピクシーはブーバーンの懐に飛び込んだ。
『なっ!!』
「決めろ、『モルガナ彗星拳』!!」
ズドッ!! ズドッ!! ズドッ!!
容赦なき連続攻撃がブーバーンの腹、顎、顔に入っていく。
『ぐほっ……舐めるな……』
ガッ!! ガッ!! ガッ!!
「なっ!?」
数度強烈な拳がブーバーンに入っていたが、ブーバーンが炎のパンチを繰り出して相殺してきた。
そして、攻撃の打ち合いが続く。
『オラッ!!』
ドドドドドッ!!!!
モルガナ彗星拳の一撃一撃に、気功砲のような力も含まれているが、それも含めてブーバーンには炎のパンチで受けてたっている。
『そこだ!!』
そして、一撃を掻い潜って、ピクシーの横から炎のパンチを繰り出す。
「ちっ!!『カウンター』!!」
だが、ラグナのピクシーも負けてはいない。
身体を捻って、一撃を撃つ。
結果、両者の拳が顔に入って、共に吹っ飛んだ。
『ぐふっ……やるな……』
ブーバーンは膝をつきつつ、口を手で拭って、ピクシーを睨みつける。
一方のピクシーは倒れはしないものの、かなり息を切らしていた。
「(マジかよ?『アンリミテッドブレイク』の状態で押し切れねぇだと!?)」
ピクシーの瞑想極限状態『アンリミテッドブレイク』は間違いなくラグナのポケモンの中で最強の力だった。
だが、その力でさえも、男が憑依したブーバーンを倒せずにいた。
『これでどうだ!』
ブーバーンが蒼白い炎を放った。
ゆっくりと、しかし確実にピクシーに向かって襲い掛かる。
ピクシーは攻撃をかわそうとするが、その蒼白い炎はピクシーを追尾している。
「(『鬼火』か?) 『吹雪』でかき消せ!」
柔らかい炎で相手を焦がし、火傷状態にする鬼火。
しかし、冷風で炎を簡単にかき消す。
鬼火の威力は全く無く、かき消すのは造作も無いことだった。
「……!!ピクシー!後ろだ!」
背後に回り込み、ブーバーンが炎の拳を打ち込んでくる。
ドガッ!!
しかし、肘で受け止めて攻撃を耐え抜く。
「懇親の一撃を叩き込めっ!!」
ズドッ!!!!
大きな音が響く。
ブーバーンの腹部に叩き込み、大きく吹っ飛ばす。
『ぐぼぉ……だが、それが隙だ!!』
ピクシーの最大の一撃が終わったタイミングがブーバーンの狙いだった。
極大の破壊光線を撃ち出すブーバーン。
ピクシーはかわせず光線に飲み込まれてしまった。
「(まじぃ……)」
攻撃は耐え切ったが、体力がかなり消耗しているのは見て取れた。
ピクシーは膝をついて息を切らしている。
「(いくら『アンリミテッドブレイク』状態とは言えど、あれだけ強力な攻撃を受け続けたらもたねぇ……。何か手は……)」
『よくここまで戦ったな。……でも、これでしまいだ!』
接近してブーバーンの炎のパンチがピクシーを捕らえた。
両手でガードしたが、吹っ飛ばされて、地面に転がった。
ダウンはしてないが、立つことが厳しかった。
「……ヤベェ……」
『ほら……まだ抗うか?』
「…………」
最後の一匹を繰り出そうとモンスターボールを取るラグナ。
『やる気か?まぁ、適当にやってやるよ』
そして、ブーバーンが炎を吐き出そうとした。
「これどうなってんの!?」
『!!』
ブーバーンが攻撃を止めて、声の主を見た。
ラグナも同じくその方を見た。
「オトノ?」
「ラグナ?もう起きても大丈夫なの……!?」
現れたのは、コガネシティへ行ったはずのオトノだった。
たった一つの行路 №178
第三幕 The End of Light and Darkness
憑依する男 終わり
彼女は舞う。緩やかにそよぐ風に揺らめく木の葉のごとく……