―――「なっ!!ヘラクロス!? ……くっ!それなら、ダークガルーラ!!」―――
―――「ふふっ♪リングマ、やっちゃいなさい!」―――
―――「ゲンガー、『シャドークライシス』」―――
―――「ミミロップ、『フライングラビット』DA!」―――
ズドンッ! バキンッ! ズモモモモッ!! バキッ!バキキッ!!
どこかの秘密基地と思われる場所で、あらゆる攻撃が飛び火していた。
攻撃の標的とされているのは、僅かたった一人の男とそのポケモンだった。
男はピクシーとダーテングを繰り出して、それらのポケモンと対抗しようとしていたが、相手が強すぎた。
いや……男の実力はその4人と勝るにも劣らないほどの強さを持ち合わせていたのだ。
敵わない理由はただ一つ。
相手が4人。こちらはたった一人で戦っていたことだった。
―――「ぐわっ!!」―――
そして、男のポケモンは一匹、また一匹倒れていった。
―――「ちきしょう!!舐めんじゃねぇ!!」―――
男は吼えた。
しかし、それが何になるだろうか。
4人の集中砲火が、男一人に襲い掛かかる。
避けずに突っ込んでいくが、無謀だった。
―――「……ぐぶぉ……」―――
大きな一撃が炸裂して、男は壁に吹っ飛ばされて体を打ち付けた。
さらに、黒い刃が男の身体を引き裂いて、血飛沫をあたりに撒き散らしていく。
傷ついて壁にもたれながらも男はギロッと4人を睨みつける。
―――「くっ……私以外の幹部がいなかったら危なかった……」―――
グラサンの男が肩を抑えて、焦りながら言う。
―――「さすが『一閃の野獣』と呼ばれていることはあるNA!」―――
タキシードの男はまだまだ余裕そうな笑みを見せる。
―――「だが、まさに“一閃”。これで止めだ」―――
黒一色の男がゲンガーを繰り出して、先ほどの強大な邪悪な塊を放った。
必死で男はかわそうとしたが、その邪悪な塊は壁に当たって大きな衝撃を生んだ。
男は吹き飛ばされて、また壁に体をぶつける。
―――「…ち…く……しょ…う……」―――
息も絶え絶えに男は苦しむ。
―――「じゃーねー♪これでとどめよ~リングマ!『ティーターン・クロー』!!」―――
リングマが腕に強大なオーラを纏って、一気に振り下ろした。
ズド―――――――――――――――――――――――――――ンッ!!
フロア全体が揺れるほどの衝撃だった。
その場所には丸まる穴が開いて、下が丸見えになっていた。
―――「……ガッ!!!」―――
男は身体をゴロゴロと転がすことで、何とか直撃だけは防ぐことができた。
しかし、掠っただけで、男の背中には深い爪痕を残し、背中から血が噴出していく。
常人なら指一本も動かせないほどの重症だった。
―――「しつこいわね」―――
だが、男は動いた。
ここで、動かなければ、間違いなく息の根を止められるとわかっていたから。
向かっているのは、先ほど巨大な黒い塊を打ち込んだ際にできた大きな穴だった。
下は水路に繋がっている。
一か八かそこから逃げようということらしい。
―――「リングマ、もう一回!!」―――
首に鈴をつけた女が、リングマに再度指示を出した。
―――「っ……くぉっ!!」―――
ズド―――――――――――――――――――――――――――ンッ!!
黒い塊で開けた大きな穴だが、さらにリングマの爪が穴を真っ二つに引き裂く。
ドボンッ!!
そして、用水路に何かが落ちる音がした。
―――「逃げたか……。止めを刺し損ねたようだな」―――
―――「ま、別にいいんじゃない?あの傷で落ちたら助からないわよ」―――
―――「それもそうだNA」―――
4人は用水路を一通り見た後、その場から去っていった。
泡がポコポコと水面を揺らしていたが、やがてその泡は止んで、水面は静寂に戻っていったのだった。
……ちくしょう……
このまま…じゃ…死ぬ……
あの時と同じ感覚……だ……
……指一本も……動かせねぇ……
……沈んで……いく……
……俺は……ここまでの男……だった……のか……
“いいえ。あなたにはやらなければならないことがあります”
…………?
誰……だ?
“あなたはこんなところで死ぬ人ではありません。気をしっかり持ってください。……ラグナ様”
一体……てめぇは……誰……だ?
…………!
いや、てめぇは……!!
モソモソ……
「……?」
モソモソ……
「(……なんだ?)」
男は何かに揺らされて、目を覚ます。
「ヤドーン」
「……あ゛?ヤドン?」
ベッドの横にいるポケモンを見て、男は呟く。
ノー天気でとろーんとした目をして、ボーっとしたそのポケモンは、男の顔をただ同じ表情で見つめていた。
「…………」
「…………」
にらめっこ状態のまま、5分が経過した。
「(……ってか、ココはどこだ?)」
ようやく、ここの状況についての把握を始めた。
それほど大きくはない木造の家で、辺りは生活感があるさっぱりとした部屋だった。
そこに、一つ二つ、可愛いぬいぐるみがあった。
ゼニガメとフシギダネのドールである。
さらに、その部屋にヤドンが徘徊していた。
「(女の部屋か……?てか、どうして、俺はここにいるんだ? 確か、あの秘密のアジトに潜入してたはずなのに……)」
「あっ!やっと目が醒めたね!」
頭上から声がした。
女の子の声だった。
ふと、身体を起こして、振り向こうとする。
だが……
「ちょっと!まだ寝てなくちゃ駄目だよ!」
バタンッ!
「い゛い゛っ!!」
身体全体に傷を負っている彼にとって、ベッドに叩きつけられる事は、凄まじいダメージに違いない。
「死にかけてたんだから、まだ寝てなくちゃ駄目だよ!!分かった!?」
「(それなら、もっとやさしくしやがれ……)」
そして、やっと、彼は彼女の顔を見た。
「……な!!」
その顔を見て、彼はひどく驚いた。
「ねぇ、あんたの名前はなんていうの?」
「(……似てるけど、雰囲気が違う……)」
「聞いてる?ボーっとして大丈夫?それとも、あたしの顔に何かついて……っ!!」
自分のことをボーっと見る男に対して女の子は、さばさばと喋りかけていたが、突如、顔を赤くして男から目を外した。
「……ラグナだ」
「え?」
「俺の名前だ。ラ・グ・ナ」
一文字一文字はっきりとラグナは発音してやった。
「……ラグナ……」
彼女は一言、名前を呟いて、首を傾げた。
「どこかで聞いた破壊兵器みたいな名前ね」
「…………」
なおもラグナは自分のことをじっと見るので、彼女は慌てて自己紹介をする。
「あ、あたしはオトノよ」
名前を言うと、彼女……オトノは視線を彷徨わせる。
「オトノ?」
「なに!?」
ふと、呼ばれて振り向くオトノ。
「あ。いや、呼んだつもりで言ったわけじゃねぇ」
「紛らわしいわね!とにかく、まだ寝てなよ!傷の手当はしたとはいえ、本当に死にそうだったんだから!」
「…………。てめぇが手当てをしてくれたのか?」
「そうよ?」
「そうか。……サンキュー……」
ポツリとラグナはお礼を言った。
「……ここはいったいどこだ?」
「ここは、ヒワダタウンよ」
「ヒワダタウンだと!?」
明らかに動揺するような声でラグナは言った。
大きな声だったのでオトノはビックリした。
「そ、そうよ?ヒワダタウン。そんなに驚くことなの?あんたは、ウバメの森に倒れていたの。そこを通りかかったあたしが助けて運んできたの。びしょ濡れだったから運ぶのがとても大変だったわ」
心なしか顔を少し赤くしてオトノは言う。
「……そうか。ヒワダタウンか……」
「とにかく、絶対安静よ?家から一歩も出ちゃ駄目だからね!絶対よ!?」
凄みを効かせた声と表情で、オトノはラグナを押さえつけて、うんと言わせたのだった。
「(オトノ……だと?)」
夜になった。
だが、昼間までずっと気絶して寝込んでいたために、ラグナは起きていた。
「(どういうことだ……? あのオトノってヤツ……オトハと似た感じがする。服装と髪形を変えれば、瓜二つなんじゃねぇか?」
ラグナはずっとウバメの森で自分を助けたというオトノのことを考えていた。
「(胸はオトハより小さそうに見えるが、あの身体の細さはオトハそのものだった)」
彼女の服装は、水色のハーフパンツに腰周りにスカートのように布を巻いている。
上は首周りがダフッとしていてノースリーブの薄いパーカーをファスナで締めている。
オトハと比べると、動きやすいイメージがある服装である。
「(あいつに妹なんかいたっけか?)」
首を傾げるラグナ。
オトハには確かに妹がいる。
しかし、オトハの妹の名前はコトハと言う。
「(……それに、オーレ地方にいたはずなのに、何でジョウト地方にいるんだ……?)」
数分間、ラグナは唸り声をあげて考えていた。
「(……わからねぇ……。考えんのは止めだ。寝よう……)」
全然眠くならないが、ラグナは無理矢理にでも目を閉じて、身体を休めるのだった。
ラグナはオトノの厳しい監視により、家を出ることができなかった。
とはいうものの、監視がなかったとしても、満足に動くことのできる身体ではなかったのだが。
オトノはラグナをしっかりと看た。
毎日3食、御飯を作って、ラグナに食べさせていた。
ラグナのケガの具合は、骨折とかはしておらず、酷い切り傷や打撲だけだったので、治りが早かった。
そして、1週間の時が経った。
「(……よし)」
身体に巻いた包帯を取ってみると、傷口は大体ふさがっていた。
ベッドから出て、立って歩くと少しふらふらするが、とくに支障はなかった。
ドアを開いて、キョロキョロとラグナは外の様子を見る。
そして、コソコソとドアを閉めて、家から離れた。
「(都合よくオトノのヤツはどこかへ行ったみたいだし、散歩でもすっか)」
勝手にラグナは町へと飛び出していった。
オトノが家にいるとき、ラグナが外へ出ようとすると、無理矢理にでも押さえつけようとするので、ラグナは外へ出ることができなかった。
ゆえに、こうやってこっそり外へ出ているのである。
ヒワダタウンの西にはウバメの森、東にはアルフの遺跡に通じるつながりの洞窟がある。
自然に囲まれていて、町自体も大きくは無かった。
“あら、見かけない顔ね”
“もしかして、旅の人かい?”
“おじちゃん、目が怖いー”
“怖いと言えば、オトノちゃんのところに泊まっている男も目付きが鋭い奴って言っていたなぁ”
“じゃあ、あなたがそうなのね?”
何だかんだで、ラグナに話しかける町人たち。
「(うるせぇ……)」
小さい町ゆえに、ラグナの噂は広がっているらしい。
わらわらとラグナの周りに集まってくる。
「だぁっ!!なんなんだ、てめぇらは!!」
そして、村人に鬱陶しくなったラグナは逃げ出した。
ラグナは走って町の東の外れにやってきた。
ふと、自分の持っている物を確認した。
腰にはモンスターボール。
腕にはポケッチ。
他の荷物はオトノの家に置いてきている。
「(とにかく、SHOP-GEARに連絡をとらねぇとな)」
左腕につけたポケッチを操作して、通信機能を作動させる。
ポケッチに基本的には通信機能はついていないが、ポケッチのアプリは増え続けている。
しかも、SHOP-GEARにはリクやユウナと言う精密機械を扱う技術者もいるから、ポケッチに通信機能のアプリをつけることは造作も無いことだろう。
ツ――――…………
「……?」
首を傾げるラグナ。
もう一度、ポケッチの最初のメニューから通信機能を選び、SHOP-GEARの据え置き電話の番号をコールする。
だが、結果は同じだった。
「故障か?」
試しにタウンマップを起動させる。
ジョウト地方のヒワダタウンを指していることから、どうやら壊れている訳ではないらしい。
「(電波が悪いってことなのか……?)」
やることがなくなったラグナは草むらに寝転がった。
空の7割を雲が占めていた。
その雲は、すごく速い速度で流されていった。
上空では強烈な突風が吹いているのだろうか、と首を傾げるくらいの速さだった。
「(……涼しいな……寝るにはちょうどいいくらいか……?)」
まぶたが重くなって、そのままラグナは眠ってしまいそうになった。
ズド―――――――――――――――――――――――――――ンッ!!
「……!!」
しかし、町の方から聞こえる大きな音にラグナは飛び起きた。
「一体なんだ?」
ヒワダタウンの方角を見ると、煙が上がっていた。
しかも、なおもズドンっ!ズドンっ!と爆発音が鳴りつつある。
「町の方からか……嫌な予感がするな……」
そして、ラグナは走り出した。
戻ってみると、酷い有様だった。
村の建物の4分の1が破壊されていた。
そして、ケガ人も数名倒れていて、意識が無かった。
「おい、大丈夫か?」
ラグナが話しかけても、ケガ人はぐったりとして倒れていただけだった。
「一体誰がこんなことしやがるんだ……?」
「……あら?まだこんなところに人が居たんだ」
「……!」
建物の影から現れる一人の男。
金髪で長髪のロックンローラーみたいな格好の男は、ハガネールを連れていた。
そして、腰にモンスターボールが3つ存在していた。
「てめぇが攻撃したのか?」
「馬鹿じゃあるまいし、見てわからないのか?」
男は鼻で笑ってラグナを見下していた。
「とりあえず、早く逃げろよ。俺は逃げてるヤツの背中を攻撃するのがとっても好きなんだ」
「逃げる?」
ケッとラグナは口元をニヤリとさせた。
「生憎、顔も知らねぇ雑魚から逃げるほど、俺は臆病じゃねぇんだよ!叩き潰してやる!!」
そして、ボールを構えた。
「雑魚だと……? お前、世間知らずな奴だな。軽く捻ってやれ、ハガネール!!」
ハガネールがラグナに向かって突撃していった。
たった一つの行路 №177
第三幕 The End of Light and Darkness
目覚めた『一閃の野獣』 終わり
今、自分が置かれている状況を野獣はまだ知らない。