☆前回のあらすじ
元シャドーの秘密工場、現在は“廃れた工場”と呼ばれている場所にやってきたログとユウナ。
ユウナは、ログとはぐれてしまうものの一人で謎の男のアジトへと潜入した。
潜入はうまくいっていたものと思われたが、地下三階で尾行がばれてしまい、鈴をつけた女、ベルとバトルする羽目に。
戦いはやや優勢だったが、ログの裏切りによる不意打ちで、ユウナは倒れてしまった。
―――そして……
たった一つの行路 №174
28
―――オーレ地方ポケモン総合研究所跡地。
カチャカチャ……と機械をいじる音が聞こえてくる。
小さいパーツにアプリケーション……地面に広々と散らばっている。
「……早く修理しないと……」
黒いランニングにダブダブのズボンを履いて白いタオルを頭に巻いた少年……リクはせっせと手を動かしていた。
彼はバギマとの戦いでパソコンを真っ二つにされてしまっていた。
そのせいで、バンやユウナとのメールの連絡ができない上に、SHOP-GEARの重要な情報の閲覧ができなくなってしまった。
しかし、メモリーは何とか破損せずに残っていたため、今、トミタ博士が使っていたノートパソコンを譲ってもらい、データを移していた。
ケイとミナミがこの場所を発った後、リクは警察を呼んでバギマを連行してもらった。
ついでに懸賞金を受け取ったが、それは新たにパソコンを買うために消えることだろう。
「(“風霧”……。あの組織は本当に害をなす組織なのでしょうか……?もう一つ、裏に何か組織がありそうな気がしてなりません……)」
「リクくん」
呼ばれて後ろを振り向いた。
そこにいるのは、白衣を着たやや髪の長い男がいた。
「トミタ博士……何かあったのですか?」
受話器を片手にトミタ博士は話し始める。
「クレイン君とリリアさんからグライオンの検査結果の連絡が来たよ」
「本当ですか?それで、どうだったんです!?」
ジュンキがリブラ号で戦って、その後、捕獲したグライオン。
明らかに異質な攻撃能力を持っていて、普通のポケモンではないことは明確だった。
「普通のポケモンではなかったみたいだよ」
「じゃあ、ダークポケモンですか……?」
トミタ博士は首を横に振る。
「ダークポケモンでもないんだ」
「じゃあ、一体……」
「ダークポケモンの場合は、ポケモンの心が閉ざされた状態にある。しかし、このグライオンは心が解放されている。そして、問題なのは心そのものだ」
「心……ですか?」
「ポケモンはトレーナーの心に似ると言われている。まったく同じになるわけではないが、日々を過ごしていくうちに同調する傾向が多い。ダークポケモンと違うのは、心が悪意に染まっていることだ」
「ポケモンが悪意を持つのですか……?」
「恐らく、そのように育てられたのだろう」
「育てる……。じゃあ、そのポケモンは普通のポケモンに戻すことはできないのですか!?」
「う~ん……」
唸るトミタ。
「良い心を持ったトレーナーと一緒に過ごしていれば戻るんじゃないかと思うけど……まだ調べ始めたばかりだから、わからないことが多いんだ……。でも、昔の文献にグライオンのような前例があったんだ」
「前例ですか?」
「ポケモンが荒んだ心を持ち、力の限りを攻撃に注いだポケモン……“わるいポケモン”という文献が……」
「“わるいポケモン”……。じゃあ、わるいグライオンというのが、その正体ですか?」
トミタ博士は否定も肯定もせずに身を翻した。
「今から、私はそれを調べるためにカミンコ博士の屋敷へ行ってくるよ。リクくん、ここは任せたよ」
そういって、トミタ博士はテントから出て行った。
「“わるいポケモン”……攻撃能力に優れたポケモンか……。早くみんなに伝えないといけませんね」
情報を早く送るために、リクはパソコンを普及する作業を再開したのだった。
29
―――ノースト地方オートンシティ。
空は雲がなく、太陽が町を照らしていた。
「う~ん……いい天気ー♪」
オートンシティのジムリーダーのナルミは、太陽に手を伸ばして、天気の良さを喜んだ。
「最近、雨ばっかりだったから、なおさら太陽が恋しかったわ」
彼女の向かう先はいつも決まっていた。
「2日ぶりだけど……ミライさんとカズミちゃん、元気にしてるかな?」
ふと、2人の顔を思い浮かべて、ナルミは少し顔をしかめる。
「(そういえば、2人とも、ラグナさんのことが好きなんだね……)」
そんな2人をライバル視しているナルミ。
「(でも、ラグナさんがいないんじゃ仕方がないよね……)」
とりあえず、ナルミは目的の場所……SHOP-GEARへとやってきた。
「あれ?」
ナルミは遠目から誰かが倒れているのを見つけた。
急いで近づいていくと、地面に割れたグラサンが落ちていて、その横には白衣の男が倒れていた。
ナルミはハッとして、近づいて彼を揺すった。
「トキオくん!?どうしたの!?」
「うぅ……」
「トキオくん!!」
身体に特に目立った外傷はないが、トキオは苦しそうに呻いていた。
「……ナル…ミ……さん……?」
「一体、何があったの……!? ……ミライさん!フウトさん!!」
建物に呼びかけるナルミ。
「ミライさんと……カズミちゃんを……連れてかれた……」
「え……!?どういうこと?」
「わからない……。ミライさんとカズミちゃんが襲われているのを見て、俺は助けに入ったんだ。だけど、……あのシファーって男が…………うっ……」
「トキオくん、無理しないで!」
「あいつは……危険すぎる……。まともに戦っては駄目だ……」
そういって、トキオは再び気を失った。
「ちょっ!トキオくん!! ……誰かいないの!?」
建物に再び呼びかけるナルミ。
「あ……そうか。ラグナさん、リクくん、ユウナさん、バンさん、ミナミさん、ログくん、ミライさん、カズミちゃん……みんないないんだった……。とりあえず、連絡を……」
ポケギアの番号をダイヤルしようとする。
「ウィ~……ナルミ、どうしたぁ~?」
「え?」
ふと、後ろを見ると、梅酒とラベルのついた酒瓶を持った男がいた。
「あれぇ~?トキオじゃないかー。どうしてこんなところで寝てるんだ~?」
そして、彼は見るからに酔っ払っていた。
「(あれ?何でフウトさんは無事なの?)」
そう。フウトはしっかりと建物の中から出てきている。
無事なのは、おかしいはずである。
「どうしたの~?そういえばぁ~ミライとカズミがいないなぁ~どこへ遊びに行ったんだろぉ~?」
「…………」
ナルミは悟った。
こんな酔っ払いを襲っても何の価値もないのだろうと。
とりあえず、ナルミは拳を握り締めて、フウトの顔目掛けて一発殴ったのだった。
30
―――オーレ地方ラルガタワー。
“一体……あなたたちの目的はなんですか……?”
頂上のコロシアム。
誰も見ていないこの場所で、ホウオウとバドリスが戦いを繰り広げていた。
しかし、戦いは誰が見てもどっちが優劣は明らかだった。
「小生の目的は、最強の鳥ポケモンを捕まえて、最強の鳥ポケモントレーナーになること。それ以外に、小生の目的はない。むしろ、その目的のために小生は、“奴ら”と組んだに過ぎないんだよ!だから、大人しく捕まりなさい!”
バドリスの飛行ポケモンが強力な雷撃と冷風を放ってきた。
ホウオウはその攻撃を傷ついた身体でかわす。
“そんな目的のために、関係ないポケモンをダークポケモンにする手助けをするなんて……許せません!”
すると、ホウオウは自らの身体を光らせて、傷をみるみるうちに治していった。
『自己再生』である。
「そうでなくては面白くはないですね。さぁ、小生の前に翼をもがれ、地面に這いつくばるがいい!そして、しもべとなれ!!」
「ねーケイちゃん☆」
「ふぁ?」
一方、そのラルガタワーへ向かう途中の道路。
「その風霧のボスが出てきたら、お願いね☆」
「ふぁぁ……うん?いいよ」
相変わらず、あくびをしながらケイはミナミのお願いに答えた。
「クチャクチャ……例のSHOP-GEARの2人組みはまだ?」
「ふぃー……」
「そのうち来るっスよ」
ラルガタワーの入り口で風霧の幹部の3人が待ち伏せしているのである。
「さっさと終わらせて、僕はバナナ納豆味のガムを買いに行きたいよ」
「ふぃー……い!?それって、おいしいんですか!?」
「第一、いつもウゴウは何味のガムを食べているっスか?」
ハヤットとクイナは若干引き気味でウゴウを見ていた。
「今食べているのは、メロン青汁味だよ」
「ふぃー!?どんな味ですか、それ!?」
「食べたくないっスね」
3人は非常にリラックスして、2人組みを待っていたのだった。
31
―――オーレ地方アゲトビレッジ。
「…………」
「バブ?」
黙って赤ん坊のハレを抱っこしてあやすのはカレン。
その表情はとても暗かった。
「……ユウナたちが心配か?」
その様子を黙って見ていたハルキがカレンに尋ねる。
しかし、カレンは答えない。
「それとも、時の笛を盗られたことを気にしているのか?」
カレンはぴくっと身体を震わせた。
ハルキは納得した表情で頷いた。
「過ぎてしまったことは割り切るしかない。人は過ちを正すために過去へ戻ることなんてできない。そうだろ?」
「確かにそうよね……けど……」
「けど?」
カレンの言葉にハルキは首を傾げる。
「セレビィがいたら、過去に戻ったり未来へ行ったりできるよね。それって、過ちを正すために過去へ戻れるってことじゃないの?」
「…………」
「ねえ、ハルキはそう思わないの?」
「浅はかな考えだと思うな」
「そうかな……?」
カレンはハレを抱えたまま、ハルキが座っているソファの隣に腰かけた。
「俺は、過去、現在、未来は繋がっているものだと考えている。例え、現在の俺が過去へ行って過ちを正そうとしても、それはもう全てそうなるかのように決まっていることじゃないかと俺は考える」
「……?」
「例を挙げると、未来から何らかの運命を変えるためにある男が現在へ来たとする。しかし、その男の行動は過去から未来にかけて繋がっている一本のストーリーに過ぎない……」
「???」
カレンはさっぱりわからないと首を傾げている。
ハレもつまらなさそうにカレンに構って欲しくて、服の裾を引っ張っている。
「つまり、全ては神が過去から未来まで最初からそうなることを決めていた小説のような一本のストーリー……そういう考えだ。神なんてものに俺は興味ないが」
「……運命は、変えられない……ってことね……」
カレンはため息をついてハレを見た。
「過去を悔いるより、今を大切にしなくちゃいけないってことね」
「ああ。そして、未来もな」
冷静な表情でハルキはそういうと、カレンは微笑んだ。
「ありがとう。今は、ユウナさんたちに任せるしかないわね」
「何かわかった時は、その時、俺が行く」
「いいえ。私も行くわよ」
「お前はハレを……」
「ハレはおじいちゃんに頼むの。私は時の笛を取り戻したいの!」
「…………」
ハルキは少し考えた後で言った。
「俺から、離れるなよ」
そして、カレンはハルキの頬に軽くキスをしたのだった。
32
―――オーレ地方。廃れた工場の地下三階。Aフロア。
「シファー様」
「アルドスか。入れ」
シファーを敬うようにアルドスは部屋に入って膝をついた。
「『ロケット団の娘:ユウナ』を捕らえました」
「そうか……」
そう言って、シファーはニヤリと口元を緩めた。
「他に侵入してきた幼女は地下二階のDフロアに。SHOP-GEARのカズミという幼女は地下五階に閉じ込めておきました」
「それで、ミライとログは私の手駒に……」
シファーが後ろを見ると、ミライがそこにいた。
ただ、彼女は虚ろの目をしていてまるで自分の意識を持っていないように見える。
「これでSHOP-GEARのメンバーは全滅したと思われます」
「そうか。だが、油断はするなよ」
「はい……」
「それで、地下四階の工場はどうなっている?」
「ダークポケモン、わるいポケモン、共に正常に稼動しています。ただ、進捗度は話にならないくらい遅いですが……」
「そうか」とシファーが頷く。
「まぁいい。SHOP-GEARの戦力がほぼ0の今、ゆっくりと増やして行こうではないか」
「そして、ダークポケモンの力を世界に見せつけてやりましょう!シファー様」
「そうさ」
シファーはアルドスにワイングラスを持ってこさせ、並々に注いだ。
「クックック……もう、我々CLAW<クラウ>を止められる者は誰もいない!!」
―――廃れた工場地下2階Aフロア。
「(ここは……?)」
「ようやく目が醒めたわね」
顔を上げて見れども、頭がボーっとしてなかなか焦点が合わなかった。
しかし、時間がピントを直してくれて、10秒経ったときには、その女の顔がはっきりと見えた。
「あなたは……!!」
「あたしの名前はベル。CLAW<クラウ>の幹部よ」
「CLAW……」
ユウナはポツリと復唱した。
ガチャリ
「……!!」
動こうとしたが、両手は万歳されて、上の鎖に繋がれていた。
さらに、腰を見るとモンスターボールどころか、通信機器も全て没収されていた。
「逃げ出すといけないと思って、拘束させてもらったわよ。それに……」
「さっきはよくもやってくれたわね!」
「熱かったんですよ……」
ベルの後ろでは、ユウナが尾行していた女性2人組みがいた。
先ほど、ウイりんのスパイラルショットを受けて気絶したあの2人組みである。
「がはっ!!」
不意に、勝気なラフィがユウナの腹に思いっきり拳を入れた。
「あんたもやりなよ」
「うん……」
頷くと、控え目なシャトレはムチを持って、それをユウナに向けて振り下ろした。
パチン! パチン! パチンッ!!
「さっきは……本当に熱かったんですよ!!」
さっき、シャトレは控え目そうな女と説明したけど、全然控え目じゃなく、10回くらいムチを振るっていた。
「くっ……」
ユウナは唇を噛み締めて、痛みをこらえていた。
肌にはムチの跡がくっきりと残っている。
「ベルさん。私たちの気は済みました。あとはどうぞ」
「さて、あんたからSHOP-GEARの情報を聞きだそうかしら」
「情報……?そんなの教えるわけないじゃない……」
「あんたは教えるしかないのよ。カズミちゃんを助けたければね……ってあんたに脅しは効かないんだったわね。でも、あんたの運命を懸けたら同じことは言えるのかしら?」
「…………」
「もう一つ言わせて貰うけど、あんたを助けに来る奴なんていないわよ。『王侯の潰し屋:バン』、『一閃の野獣:ラグナ』……あんた以外のSHOP-GEARの主力の2人はすでにもうこの世にいないんだからね」
「…………え?」
ユウナは少し動揺した。
その様子をベルは見逃さなかった。
「『王侯の潰し屋:バン』は、風霧のボス、バドリスが葬ってくれたわ。今頃は荒地の真ん中で砂に覆われて隠れているでしょうね」
「バンが……!?」
「そして、『一閃の野獣:ラグナ』。あの男はここへ潜入してきたのよ?しかも、大胆に隠れもせずに」
ふと、ユウナは「少しは隠れることを覚えなさい」と心の中で突っ込んだ。
「さすが野獣ね。結局、地下四階まで侵入を許すことになっちゃったわ。部下も大勢やられたわ。でも……」
ベルは口元を緩めて続ける。
「CLAWの幹部4人総出であの男を血祭りにあげてやったわ。そして、勝てないと悟るとあの男、ズタボロのまま地下四階にある抜け穴から用水路へ身投げしたのよ。至る所から出血しているというのにね」
「……!!」
「あの男……確か泳げないのよね?深手であんなところへ逃げたら自分の命が助かるわけないじゃない。まったく、大人しく捕まればよかったものの……」
「そん……な……嘘よ……」
唇が震えるユウナ。
「あたしは嘘をつかないわよ。卑怯なことはするけどね」
ユウナの顎をつかんでベルはユウナを真っ直ぐと見る。
「だから、あんたは情報を教えない限り、ずっとこのまま。自由になることなんてありはしない。それに……」
ベルは視線を横の方にずらした。
「ようやく僕の出番か……」
ややイラついた男の声がこの部屋に響く。
「あなたは……!」
「マボロシ山以来だな、『ロケット団の娘:ユウナ』」
見下した目でシロはユウナを見ていた。
「さぁシロ。あんたの出番よ~♪」
「前置きが長いんだよ、ベル。まあいい。ここからは僕の仕事だ」
シロはユウナの前に立ってモンスターボールを投げる。
中から出てきたのはネイティオだ。
「……一体……何を……する気よ……」
「いいことよ♪」
ベルはにっこりとユウナに微笑みかけた。
「あんたが次に目を覚ました時……その時にはもうあんたはあんたではなくなってるだろうね」
「なに?どういう意味……?」
言葉の意味はよくわからないけど、ユウナはとにかく危機感を覚えた。
この場から逃げ出そうとしたが、手を拘束している鎖が邪魔でできなかった。
ネイティオが大きく翼を羽ばたく。
「ネイティオ、やれ」
「や、やめなさい……」
ネイティオの目が妖しく光った。
そして、ユウナは意識を徐々に消失させられていった。
「(……誰か……助けて……)」
ユウナは足元から崩れて、闇に落ちていく……そんな気分に陥っていったのだった。
33
―――???。
火山がある島。
そこに一つの基地があった。
昔、誰かが使っていた研究所がある。
しかし、半分以上、機能しておらず、研究員も誰もいなかった。
そこにいたのはただ2人だけだった。
一人は黒いフード付きパーカー、黒いブーツ、黒いネクタイ、白いシャツ、黒いGパン系のズボン、メタルのチェーンをぶら下げている男。
そいつは、先端をピンクのリボンで整えている黒く清らかな長い髪の女の髪を梳かしてやると、ゆっくりと呟いた。
「さぁ、オトハ。もうすぐ、光の終焉が始まる」
第三幕 The End of Light and Darkness
「もうすぐ、光の終焉が始まる」 終わり