アゲトビレッジが襲撃にあったのは2回目のこと。
最初に襲撃があったのは7年も前のこと。
シャドーの組織のコワップという男が率いる3人組が、聖なる森にある祠を壊そうと侵入してきたことがあった。
祠はダークポケモンの心を開くことが出来るといわれている。
つまり、祠を跡形もなく壊して、ポケモンの心を開くことができないようにすることがシャドーの目的だったのである。
そして、今もまた、謎の漆黒の男が祠を壊そうと、村人を全滅させて、聖なる祠へと向かっていた。
「あら……派手にやってるわね……」
アゲトビレッジ一の大樹の頂上に生えている枝に、一人の女が腰をかけていた。
女というにはちょっと幼い感じがするが、年齢的には20歳くらい。
首には鈴をつけてぴっちりしたノースリーブのシャツを着ている。
ふふふと妖しく笑って、まるでどこかの魔法使いみたいなイメージを持つ女の子だ。
「所詮、かつて名をあげたトレーナーと言ってもこの程度……まったく話にならないわ」
黒いセミロングの髪をかきあげて、彼女はもう一言付け加えた。
「祠が落ちるのはおそらく……時間の問題ね」
“全てが自分の思うとおり。”
そんな自信に満ち溢れた顔をした女は、その場から飛び降りて、地面に着地しようとした。
だが、飛び降りる前にこちらに向かってくる砂煙を確認して、降りるのをやめた。
「……こっちに向かってきているわね。……増援……ではないでしょうから、来客? ……まぁ、どっちにしても関係ないわね」
こちらに……アゲトビレッジに向かってきている2つのスクーターを気にせずに、鈴をつけた女は大樹から飛び降りた。
たった一つの行路 №157
―――聖なる祠。
2人の目の前に漆黒の羽根がヒラヒラと落ちてきた。
何事かと思って見上げると、中身が見えない球体状で外に羽根がちらほらのぞかせている物体が下りてきた。
その黒い物体の中から一人の男が出てきた。
次の瞬間、ハルキはカレンとその男の間に入って、威圧した。
「……お前は何だ?」
「…………」
喋らず、ただクチャクチャとガムを噛み締めるだけの男。
ハルキは相手の不気味さを感じながらも、まったく引けを感じてなかった。
「質問を変える。お前は一体何をしにここへ来た?」
「僕がお前の質問に答える義務はないな」
ギラッと男は威嚇すると、ハルキは一瞬男の目に気圧された。
そして、その隙に黒い謎の物体が漆黒の羽根を散らしながら、ブワッとハルキに襲い掛かる。
黒い謎の物体の正体を見破ろうと必死に目を凝らすが、羽根をヒラヒラと撒き散らして襲い掛かってくるのがわかる程度で、まったく識別が出来なかった。
「っ……ヌオー、『水の波動』」
だから、ハルキは攻撃に出た。
水の球体を地面に叩きつけて、プチ津波を起こす。
漆黒の羽根の対応を見て、その正体を見極め、さらに攻撃を押しとどめようという作戦のようだ。
「……っ」
「え?ハルキ!?」
ヌオーの水の波動が当たってすぐにハルキは、冷静にカレンを抱えて飛び退こうとした。
漆黒の羽根の攻撃を水の波動で押しとどめたように見えたが、それはわずかな時間。
攻撃を止められると、すぐに勢いを取り戻してハルキたちに襲い掛かった。
しかし、そのときにはすでにハルキはカレンを抱えて攻撃の届かないと思われる場所へと移動していた。
「ハルキ……ヌオーが……」
「わかってる。……お前は大丈夫か?」
「……ええ……何とか……。 ハレも無事みたい」
抱えている赤ん坊を確認しながら、カレンは自分の足で立つ。
それまで横抱きに抱えられていたようだ。
「カレン、この場は俺がやる。お前はこの子を連れて逃げろ」
「でも……」
「あいつの攻撃の正体が分からない。それに見るからにあいつは強い……。ハレを庇いながら戦うことなんて出来るのか?」
「…………」
数秒の沈黙。
その間に、漆黒の羽根に包まれていたヌオーが漆黒の羽根の中から弾き出された。
ハルキは無言でヌオーを戻す。
そして、カレンは頷いた。
「わかった……。ハルキ……あのね……」
「わかってる」
その先の言葉を言わせず、カレンを森から脱出させた。
「クチャクチャ……お前一人で戦うのか? いいけど、あっという間に決めるぞ?」
「それはどうだかな、エーフィ」
ハルキは速攻を繰り出した。
エーフィからのサイコキネシス。
このアゲトビレッジの中だけども、この攻撃を普通に止められる者はいない。
周りの木々がざわめくほどの超能力攻撃が黒い物体に命中する。
「クチャクチャ……なんかしたか?」
男はガムを噛みつつ平然とした顔で黒い物体の影から出てきた。
「(効いてない……?) ボーマンダ」
エーフィをその場に出したまま、ハルキは次の行動に出る。
「こっちも行くよ」
男は人差し指で空に絵を描くようになぞると、黒い物体はざわざわハルキのほうへ襲いかかる。
ボーマンダに『竜の波動』を指示して、とりあえず攻撃を確実に当てさせようとした。
黒い物体の中心に寸分の狂いもなく命中すると思われた。
「甘いな」
しかし、黒い物体はかわした。
だが、ただかわしたわけではなかった。
「(……分裂?)」
黒い物体が二つに分かれて、ハルキの左右から襲い掛かる。
挟み撃ちで逃げ場は少なかった。
「カポエラー、ブラッキー」
そこでハルキは4匹で攻撃に対抗することにした。
カポエラーの『高速スピン』、ブラッキーの『シャドーボール』、エーフィの『サイケ光線』、ボーマンダの『鋼の翼』……。
左右からの攻撃を2分して一斉に放った……
「(ハルキ……本当に大丈夫かな……)」
聖なる祠とアゲトビレッジを繋ぐ洞窟を抜けて、カレンは村に入った。
そこで見たのはトレーナーが全滅した姿だった。
「そんな……まさか……みんなあの男にやられたの……?」
村を回ってみるが、状況は酷かった。
ケガ人だらけで、誰一人として立っている者はいなかった。
村を一通り回ってカレンはよりいっそう不安な気持ちに駆られる。
だけど、不安な気持ちばかり抱いている場合ではなかった。
「まぁぁ~」
「……ハレ……」
カレンとハルキの子、ハレが目を覚ましたようだった。
まるで「怖いよ」と訴える様に不安そうな目をしていた。
「(そうね……)」
気持ちを強くもってカレンはハレに言った。
「大丈夫よ。なんでもないわ。きっとハルキが……あなたのお父さんが何とかしてくれるわ」
「ふ~ん……強いのね、カレン奥様」
「……!?」
目の前にいるのは鈴をつけたノースリーブの女。
「誰……? まさか……この村を襲った男の仲間!?」
「……ふふふっ……そう思う? 思うのならそう思えばいいわ」
そう言って、女はカレンをじっくり見る。
「……私に何か用なの?」
「ええ。大有りね」
にっこりと笑うと、女はモンスターボールを放り投げた。
中から出てきたのはリングマなのだが……
「……え?」
しかし、カレンはそのリングマに違和感を覚えた。
「何そのリングマ……」
「ふっふっふ……普通のリングマよ? もしかしてあんたには変わって見えるとか?」
「(どういうこと?あのリングマ……普通のポケモンじゃない。かと言ってダークポケモンでもない……。何なの!?)」
実際、カレンには相手のリングマの身体から少しだがダークポケモンに近い反応が見えていた。
だが、ダークポケモンのオーラと違って色はやや黒く、ほんの少し滲み出ているだけだった。
「アゲトビレッジのカレン。ローガンの孫娘で現在マングウタウンで働いているトキオの妹。7年前にシャドーという組織を現夫のハルキと潰し、その3年後にロケット団を潰すのに貢献した人物。そして、ダークポケモンを唯一何の機械も所有せずに見分けられる人物であり、破損しない時の笛の所有者でもある」
「……随分私のことに詳しいのね」
「それは当然よ。あんたのことは結構調べたんだから」
「……何のために?」
カレンは相手に気付かれないように一歩後ろへ後退しながら、尋ねる。
「あんたの破損しない時の笛をあたしにちょうだい」
―――時の笛。
それはセレビィを呼ぶための道具であり、たまにカレンはその笛を吹いてセレビィを呼び出していた。
最近使ったので一週間前。
その時もカレンはハルキとハレといっしょに聖なる森で森林浴を楽しんでいた。
そしてどうせならセレビィもということで呼んで、ポケモンたちと一緒に楽しんだのだ。
「渡すわけにはいかないわ。これは私の大切な友達との絆の証なのだから」
「そう……それなら仕方がないわね」
さっと女が手を前に出すと、リングマが襲い掛かってきた。
「(……逃げるしか……)」
不運なことにカレンはモンスターボールを自分の家に置いてきてしまっていた。
つまり、持っているポケモンの数はゼロでバトルすることが出来なかった。
そして、逃げ出そうとしたのだが、リングマがカレンを射程距離に捕らえた。
ズドンッ!!
「きゃあっ!!!!」
カレンの背中にリングマの攻撃が掠った。
リングマの攻撃の風圧だけでなく、地面へ向けて攻撃した際に飛び散った土砂やつぶてがカレンを襲った。
「しまっ……」
そして、その攻撃でカレンは腕を緩めてハレを放してしまった。
ハレは滑らかな曲線を描いて、鈴の女がキャッチした。
「ハレ!! ……ハレを返して!!」
カレンは地面にうずくまった格好で鈴の女に訴える。
そして、母が必死に訴えかけているのにもかかわらず、ハレはカレンから鈴の女に渡る際に起こった空を飛ぶ体験が楽しかったのか、能天気に鈴の女の腕の中ではしゃいでいる。
「ふっふっふ。それじゃ、取引よ。この子を返して欲しければ、あんたの時の笛を渡しなさい」
「!!」
カレンは青ざめた表情で女を見る。
「……そんな……」
「この子はあんたの大切な子供じゃないの?それとも、子供よりも友達の方が大切だというのかしら?」
「…………」
「無理だというんなら、この子には痛い目に遭って貰うしかないわよ?」
「……!!」
カレンにとっては苦渋の選択だった。
どっちを選んだとしても、後味の悪い結果しか残っていないのだから。
「……卑怯よ……」
「卑怯? 結構なことよ。人間なんて所詮、狡さと醜さで生きている憐れな生き物なんだから」
せせら笑う女。
カレンは選ぶことに葛藤し、涙を流してまで考え抜いた。
そして、決断をするために立ち上がった……
「決めたのね?」
カレンは涙を拭おうともせずに、懐から時の笛を取り出す。
「じゃあ、これをこっちに…… 「渡さなくていいわよ」
「え?」 「!?」
何かがカレンの横を通り過ぎた。
そして、鈴の女に体当たりを仕掛ける。
「(ブラッキー!?)」
だが、その攻撃が当たる前にリングマが前に飛び出してきてブラッキーを叩きつけようと、先ほどの攻撃『ブレイククロー』を地面へと放つ。
「残念ね」
リングマがそのブラッキーに触れたとき、ブラッキーはすでにそこにはいなかった。
ドンッ!!
「くっ!!」
鈴の女に攻撃が命中していた。
そして、ハレは空へと飛ばされる。
「ハレ!?」
カレンの悲鳴が響く。
ハレが崖の下へまっしぐらに落ちていく。
「テラりん!」
しかし、それよりも早く、ハレをキャッチした。
そして、テラりんことプテラは、ハレをカレンの腕の中へと戻してあげた。
「ハレ!!」
カレンは涙ながらにハレを抱きしめる。
「どうやら、大変なことになっているようね」
カレンの隣に来てその緑のワンピースにズボンというファッショナブルな格好をした女性は言う。
「……あんたは確かSHOP-GEARのユウナ……またの名を『ロケット団の娘』……」
「…………」
ユウナはやや怒った表情で鈴の女を睨んだ後、カレンを見た。
「カレン、大丈夫?」
「ユウナさん……ありがとう……後もう少しで私、友達を売るところだった……」
「もう心配しないで。後は私が何とかする」
ユウナはテラりんを戻して、現在この場にいるブラッキーを呼びかけて近くに待機させる。
「まさか、ユウナがこの時期にここへ来るとは思わなかったわ」
少し厄介そうな顔をする鈴の女。
「……それより、ポケモン総合研究所を襲ったのはあなたね?」
「え?総合研究所?何かあったの!?」
カレンが驚く。
「ちなみに、惚けても無駄よ。リクの言っていた情報とあなたの姿がぴったりだもの」
「ふっふっふ。その通りよ」
「じゃあ、目的というのは“リライブホールの破壊”で間違いないわね?」
「あら、よくわかったわね」
「あそこで一番重要視されるのはバトルシュミレーションのコンピュータよりも、開発に数年かかったリライブホール。未来にダークポケモンを生み出す者が現れたとして、それに対抗するために作られた希望のシステム。それさえわかれば、次に狙うところなんて想像ができたわ」
「まさか……聖なる祠!?」
ハッとしてカレンが答える。
「想像はついていたけど、半信半疑だったわ。だから、バンやリクには研究所の状況を送ってもらって、情報を整理して確信した。こうして、私は今ここにいるわけ」
「そこそこの推理力ね。じゃあ、あたしたちが今やろうとしている計画を全てあんたは知っているかしら?」
「そんなの知るわけないじゃない。これから調べるのだから」
「そう。これから調べるのね……。でも、そんなことはできないということを今から教えてあげる」
「ふふっ。私に納得できる説明で教えて欲しいわね」
ユウナが鈴の女と対峙する。
「ユウナさん……祠の方にハルキが……」
「カレン。あなたが好きなハルキはそんなに弱い男なの?」
「……いいえ……。信じていないわけではないけど……」
「大丈夫よ」
そういって、ユウナはさわやかにカレンに微笑んだ。
―――聖なる祠。
「……くっ……」
ハルキは片膝をついて、黒い謎の物体を睨んでいた。
「言っただろ。『あっという間に決めるぞ』ってな」
4匹の攻撃の結果は無残なものだった。
ハルキのポケモンたちの攻撃がそれほど効いてなく、逆に黒い物体の中に引き込まれて、ボロボロになって外に弾き出されていた。
それでも、ダウンしたのはカポエラーのみだったが。
「……ボーマンダ、『流星群』」
翼を右足を痛めているボーマンダだが、何とか気力を振り絞ってドラゴン系屈指の攻撃を放つ。
轟々とうねりをあげるエネルギー波が黒い謎の物体へと向かっていく。
「そんな破れかぶれの攻撃、受けないって」
攻撃はやはり、二つに分裂して左右から仕掛けてくる。
「ボーマンダ、エーフィ、ブラッキー」
しかし、それはハルキの作戦だった。
ブラッキーがエーフィに手助けをして一方の黒の物体に向かってスピードスターを放つ。
そして、もう一方はボーマンダが捨て身タックルを繰り出して行く。
「(分裂すれば、アレを少しでも捉えることが出来るはずだ)」
「クチャクチャ……2つに分けても、結果は同じだって」
ズゴゴゴゴッ!!
「…………っ」
ハルキは結果に顔を引きつらせる。
ボーマンダの攻撃は普通に止められて、黒い闇がまるでボーマンダを包み込むように覆って、その後ボーマンダは気絶させられて、中から弾き出された。
一方のスピードスターの方は、多少効果があったように見えたが、結果はボーマンダと大差はなかった。
しかし、違ったのはエーフィがブラッキーを庇って『リフレクター』を張って守ったことによってブラッキーだけは助かったことだが……。
「終わりだ」
やはり、二手に分かれて左右からの同時攻撃を仕掛ける。
「……! …………終わりじゃない。『シャインボール』」
シャドーボールと相反する属性の攻撃を放つブラッキー。
威力はシャドーボールと同等ではなくそれ以上の威力を持つ攻撃で、黒い謎の物体を押しとどめる。
しかし、攻撃を放ったのは一方だけ。もう一方はまったくのノーマークだった。
そして、ハルキとブラッキーを飲み込んだ。
「クチャクチャ……僕の言ったとおりだったな」
ぐ~るぐ~る……
「……ここのトレーナーなんてたいしたことなんかないじゃん」
ぐ~るぐ~る……
「……早く祠を壊して戻ろ」
ぐ~るぐ~る……
「……?」
ぐ~るぐ~る……
「ん?さっきからこの音……いったいなんだ?」
そのとき、黒い物体がシャインボールを破って、ハルキとブラッキーを包むもう一方の黒の物体に向かって行った。
だが……
ドンッ!!
「!?」
ハルキとブラッキーを包んでいた黒い物体が向かってきた黒い物体と激突した。
黒い物体が争いを始めると、ハルキとブラッキーが中から姿を現した。
ハルキとブラッキーは、傷を負いながらも、何とか立っていた。
「な……? 仲間割れ!? 何をやっているんだ」
男は信じられない展開に呆然としていた。
「“仲間”……か」
「……!?」
ガムを口に含んだ男は声の聞こえた方を向く。
「そんなに多くの仲間……いや、手下を従えて、君はそんなに自分の力に自信がないのかい?」
「……いったい何をした!?」
ガムを口から吐き出してケンカ腰に男は睨む。
「キャプチャさ」
紫のバンダナに黒のスカーフの旅人風の男……ログはそう一言、男に向かって呟いた。
第三幕 The End of Light and Darkness
「キャプチャさ」 終わり