ロケット団が滅んだとしても、悪さをするものがいなくなるわけではない。
それを証拠に、オートンシティで市長のクラキチが逮捕されるという事件が起こった。
それはジョウチュシティで市長の弟のトラキチがポケモンの覚醒剤の密輸をしたということが事件の発端だった。
市長のクラキチはそれに関与したということで、捕まったのである。
その影響で、市長の選挙戦真っ只中だったオートンシティは、ナルミの兄、ナルトの市長就任というあっけない幕切れで終わってしまったのである。
「はぁ……退屈」
市長選が終わって数日が経ったある日。
中の作業場で椅子に座ってカウンターに顔をつけてボーとしている19歳のジムリーダーの少女……ナルミの姿があった。
「ラグナさんどこまで行っちゃったんだろ……」
実はナルミはラグナのことが気になっていた。
好きと言うまでには行かないが、少なくとも淡い恋心みたいなものは持ち合わせていた。
しかし……
「みんな……ラグナさん狙いだよねぇ……」
ラグナがSHOP-GEARに通うようになってから2年。
会って1週間経ってから、自身がラグナのことを気に入っているんだと思い始めたときに、ナルミは気づいたことがあった。
自分以外の女性……ミナミやユウナが自分よりもラグナと親しく話しているところを見て、2人ともラグナに好意があるんだと思っていたのである。
実際の所はナルミの勘違いであるが。
「しかも、聞いた話によると……ラグナさんってスタイルいい娘が好きなのよね……」
ふと、自分の身体を見る。
そして、ユウナやミナミと比べてみる。
……その差は歴然だった。
「(2人は少なくともDカップ以上は有りそうだし……私なんて、どんなに見積もってもBカップよ……?勝ち目なんて無いじゃない……)」
ナルミは泣きそうだった。
「リクくん……」
そのままのグデっとした状態で、ナルミは言った。
「なんですか?」
リクは近くでホバースクーターのエンジンを弄っていた。
「今日は他の人はどこへ行ったの?」
「それがですね……ユウナさんはトキオさんの手伝いに行くって言ってました。当分は戻ってこないと思います。バンさんたちは仕事でヘマしたと言って現在刑務所の中です。フウト師匠が誤解を解きに行っているのでどうにかなるでしょうけど」
「そう……」
「ナルミさん」
「なあにリクくん?」
一瞬リクはたしろぐ動作を見せたが、気を取り直していった。
リクはナルミの振り向いた動作に、心が揺れ動いたらしい。
「そろそろお昼の時間が終わるけど……時間は大丈夫ですか?」
「え……?いけないっ!!早く戻らないと!!午後一番でジム戦の予約が入っているんだった!!」
ドタバタとナルミは慌てて飛び出そうとする。
だが……
バゴンッ!!
「イタッ!!」 「っつ!!」
誰かにぶつかった。
「お客さん……ですか?」
リクが対応する。
「ここなら賞金稼ぎができるとライトという女から紹介をされてきたんだけど」
少年は紫色のバンダナに黒のスカーフを口元に巻いていた……が喋る時はスカーフをずらしている。
「……ライトさん?……あっ!確かトキオさんと一緒にいた女の人ですね」
「……多分そうだな」
「イタタタ……」
「ナルミさん……大丈夫ですか?」
「へ、平気よ……ぶつかって悪かったわ」
彼の目を見て謝るナルミ。
「ああ。大丈夫だ」
しかし、目を合わせずそう返した。
「あっ!!それよりも急がないと!!」
ナルミは駆け出して言った。
「ええと……名前は何でしたっけ?」
「ログ。僕の名前はログだ。しっかり、お金が入る仕事を頼むよ」
後から考えてナルミはログの印象を見て思った。
ログはいつかSHOP-GEARに大きな事件を巻き起こすのではないか?……と。
しかし、そんなナルミの不安とは裏腹にログはレンジャーとしての能力を活かして、捕獲専門の依頼を確実にこなして行ったのだった。
それから半年が経ったある日のこと。
SHOP-GEARでは平穏な日々が続いていた。
「こんにちは~」
昼になって、ナルミがSHOP-GEARに顔を出した。
「よぉ、ナルミ」
「いらっしゃい」
バンは背もたれつきの椅子にもたれて、ギーコ、ギーコとバランスをとりながら煙草を吸って暇をもてあましていて、ユウナといえば大好きな暑いブラックコーヒーを飲みつつ備え付けのパソコンとにらめっこをしていた。
「あれ?フウトさんとリクくんは?」
辺りを見回すと、いつもいるはずの2人がいなかった。
「2人なら、仕入れるものがあるって言ってブルーズシティまで出かけたわよ」
ブルーズシティとはノースト地方にある最南端の漁業の町……オートンシティの北の北にある街である。
「で、バンさんはいるのに、何でミナミさんとジュンキくんはいないんですか?」
「今日はフリーでそれぞれ遊びに行ってんだ。たまにはそういうこともあんだろ」
バンは灰皿に煙草を押し付けてもみ消す。
「じゃあ……」
「ラグナなら今日中に帰ってくる……ラグナのことが聞きたかったんのでしょう?」
「あはははは…………」
ユウナに先に言われて、苦笑いのナルミだった。
「はい、できたよ」
すると、ログが2人の目の前にがたんと2つのどんぶりが置かれた。
バンとユウナは目を細め、口を揃えて言った。
「「ログ……これは何(だ)?」」
「何って……僕オリジナルのシーフードラーメンだよ」
ログが説明するが、2人は固まったままだ。
「(……イカとかタコとか丸ごと入ってんぞ)」
「(このホタテ……ちゃんと炒めたのかしら?)」
さらに付け加えると、ラーメンもテンコ盛りで美味そうには到底見えなかったという。
「僕は美味しいと思ったよ?」
スープをズズッとすするログ。
「うん。美味しい」
「本当かよ?」
「バン……あなた先に食べてみてよ」
「ユウナこそ食えよ」
「嫌よ」
ユウナとバンはお先にどうぞと譲り合う。
「…………仕方がねえな」
ため息をついてバンが箸を取って、ラーメンに手を伸ばす。
―――10秒後。
「…………バンさんは大丈夫かな?」
「どう見ても大丈夫じゃないでしょ?」
ログ作、バンの食べかけのラーメンを見て、後頭部に大汗を書きながら呟くユウナ。
何が起きたかというと、バンが一口食べた途端に急いでトイレへ直行して行ったのである。
「……バンに食べられないものが私に食えるわけないわ」
「ユウナさん……何気に酷いわね」
苦笑いのナルミ。
しかし、ここで文句が飛ぶ。
「こんなに美味しいのに、何で食べられないんだい?」
「ログ……あなたの味覚がおかしいだけよ(汗)」
結局、ユウナの分はログにあげたという。
「でも……昼食はどうしようかしら……外で何か買って来ようかな」
「今日はバンさんが昼食を作ってくれると思って楽しみにして来たのに……残念です」
ナルミが落胆し、ユウナが立ち上がったときだった。
「ごめんください」
抑揚の効いた女性の声がした。
ユウナとナルミは玄関の方へと足を伸ばす。
そこにいたのは、フリルの入ったロングスカートに地味な色のTシャツを着たやせ気味の女性だった。
しかし、ユウナとナルミが第一印象で思ったのは、服装のことでも、棒っ切れのような小柄な体格についてでもなかった。
「(すごく顔立ちが綺麗……)」 「(美人な人……)」
2人とも、彼女の美しい顔立ちに一瞬見とれていた。
俗に言う美人とはまさに彼女のことだと2人は思った。
「こちらに、ラグナという方は居られますよね?」
「え?ラグナさん?」
ナルミは慌てて聞き返した。
「ラグナなら今、出て行っているけど……何か御用?」
「そうですか……」
彼女はホッとした表情でそういった。
「それなら、こちらで待たせていただいてもよろしいでしょうか?」
「別にいいですけど」
すると、彼女は作業場に着いてすぐにお昼を食べたかと聞いた。
ユウナとナルミがまだだというと、彼女は台所へ行って、何かを作り始めてしまった。
―――30分後。
「うわぁー」
「美味しそう……」
「すげえ!!」
ナルミ、ユウナ、そして復活したバンの前にはアルトマーレ風の料理がずらりと並べられていた。
「お口に合えばいいですけど……」
彼女は謙遜するが、ナルミたちの評価は……
「美味しい!!」
「私……今までこんなおいしい料理、食べたことなかったわ」
「俺より料理がうめえ奴にはじめて会ったぜ」
大絶賛だった。
「そんなに美味いのかい?」
ログは気になって、ナルミたちの料理を眺めていた。
まだ、バンが放棄したラーメンまで食べている。
「ところで、あの人は誰だい?」
ログが聞くと、3人とも顔を合わせた。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったわね」
「申し訳ありません。遅くなりました。私、ミライと申します」
「ミライ……」
ユウナはポツリとその名を繰り返した。
「ユウナさん?」
「その名前……どこかで聞いたことがあるのよね」
すると、ユウナは再びパソコンに向かい合ってしまった。
「にしても、美人だよな!ミライちゃん、彼氏とかいんのか?」
さっそく口説きにかかる男、バン。
「彼氏は……いません」
「それじゃあ、今フリーなんだな?」
「バンさん……」
「なんだナルミ?」
少しムスッとした顔でナルミは言う。
「バンさんってよく女の人口説いていますけど、誰にでも口説くんですか?」
「誰にでもってことはねえよ。俺だって好みってもんがある!」
「例えば……?」
「もちろん、ミライちゃんみたいな美人さんや、ユウナみたいなツンと澄ましたスタイルのいい女の子とか……」
ミライは微笑んで「ありがとう」と言い、ユウナは「褒めても何も出ないわよ」と無表情で言った。
「そういうわけだ」
「じゃあ、私のいい所って言ったらどんなところ?」
「ん?ナルミのいい所?」
う~ん……とバンはまじまじとナルミを見つめる。
「……言っちゃ悪いが、ごく普通なところだな」
「要するに特徴がないってことが言いたいのね」
怒っている様で悲しい口調でナルミは呟いた。
「それならば、服装で決めてみたらどうでしょうか?」
ふとミライが提案した。
「服装?」
「服装だけでなく、アクセサリーとか……外見的な要素ですよ。内面も大事ですが、外見も非常に大切なのですよ。そうだ」
ミライは持ってきたかばんをカウンターの上にトスッと置いた。
すると中から、指輪、ネックレス、ブレスレット、ピアス……などなど様々なアクセサリーが出てきた。
「すごい……これどうしたんですか?」
「これらは全て私の手作りですよ」
「なっ!?これ全部か?」
バンもアクセサリーとミライを交互に見て驚く。
「ええ。私……こういうアクセサリーを作るのが得意なんです」
「……なるほどね……。聞き覚えがあると思ったらそういうことだったのね」
「……ユウナ?」
ユウナがバンとナルミを手招きする。
すると、パソコンの中に写っていたのは紛れもなくミライだった。
「なっ!?最優秀ポケリスト(ポケモンスタイリスト)の賞を過去3回受賞!?」
「すごーい」
バンとナルミはパソコンに写っているミライと本人を交互に見る。
「でも、自分で作ったアクセサリーをしないのはなぜかしら?」
「アクセサリーは自分で作ったものはしない主義なのです。ポケモンや他の人につけてもらうのが私の幸せなのです」
「そうなんだ……」
と、目はアクセサリーの方を見ていて、完全に虜のユウナ。
「一つ頂いていいかしら?」
「さすがにタダという訳には……」
「わかっているわよ」
と、ミラノとユウナが仲良くなり始めたそのときだった。
「あ゛ー!!腹減った!なんか飯はねぇか?」
「あっ!ラグナさん!」
「お帰り、ラグナ」
「結構早かったじゃねえか」
ラグナに向かって、それぞれ言葉を放つ。
「今昼だろ?なんか食べるもんねぇか?」
腹を押さえていかにも腹が減ってますというジェスチャーをするラグナ。
「それなら、ミライさんが作ったアルトマーレ料理があるよ!」
「あ゛?ミライ?」
ラグナは部屋を見回す。
カウンターに座っているのはバン。
備え付けのパソコンにいるのはユウナ。
一人で地面に座ってラーメンを食べているのはログ。
料理のそばにいるのはナルミ。
そして、その料理を押しのけてなにやらアクセサリーを広げている女性と目があった。
「……ま、まさかっ!!!!」
ラグナは酷く驚いた顔をした。
「え?え?知り合い?」
ミライとラグナの顔を交互に見るナルミ。
「なんだよ、ラグナ。ミライさんと知り合いだったのか?まさか恋人とか……?ククッ」
バンは楽しそうに茶化す。その言葉を聞いて、ナルミは顔を青くする。
そして、ミライは言った。
「久しぶりですね。ラグナくん」
「……っ!!やっぱり、ミラか!?」
コクンとミライは頷いた。
「ね、ねえ……どういう関係なの?」
さっぱりわからないナルミは人懐っこくバンに聞く。
「俺が知るか」
「あっ。思い出した」
「どうした?ユウナ」
「ミラって……ラグナの幼馴染のミラ……つまりミライのことね!」
「「ラグナ(さん)の幼馴染!?」」
バンとナルミがハモる。
「……ラグナに幼馴染なんていたんだ……」
ログは呟くようにそういった。
「ラグナはシンオウ地方のクロガネシティ出身なのよ。ミライも同じ出身だからちょっと引っかかっていたのよね。それにしても、まさかトップポケリストのミライと同一人物だとは思わなかったわ」
「確かクロガネシティっつったら、鉱山の町だったな。ってことは、アクセサリーをはじめたのは……」
「ええ。バンくんの言うとおりです。石とかに興味を持って、そこから装飾を作れないかなと思い始めたのが私のポケリストの始まりなのです」
「てか、ミラはポケモンバトルよりもコンテストの方が好きだったよな」
「ええ」
と、にっこりとミライはラグナに笑みを送る。
「で、何でここに来たんだ?」
ぶっきらぼうにラグナはミライに尋ねる。
「ラグナくん……心配したんですよ?」
「あ゛?」
「シンオウリーグを制覇して、ホクオーリーグを制覇したところまでは連絡を頻繁に取っていたのに、ホクト地方に入った辺りから全然連絡が取れなくなっちゃったのだもの……」
「…………」
「(確かその辺りは、ラグナが『ロケット四天王の信女マリー』にたぶらかされているあたりよね)」
ミライの話を聞きながらパソコンをいじっているユウナ。
「それから……5年ほど音信不通で……本当に心配したんですからね?」
「え、お…オイ」
クスンっと涙をこぼすミライ。
「あーあー。ラグナが泣かせたー」
「ラグナが悪いね。女を待たせるなんて酷い奴だ」
バンとログが口を揃えて言う。
「俺のせいじゃねぇよ!!」
「5年も放っといて俺のせいじゃないとか……それはないよな?ログ」
「そうだね」
「うるせェ!!てか、ミラ、泣くなッ!!」
バンとログを追い掛け回すラグナ。ついでに、涙を流しているミライに向かって大声を上げる。
「私……決めました。ここに住まわせていただきます」
「はっ!?ミラ、何言ってんだ!?」
ミライの突然の発言にラグナは目が点になる。
「私は別に構わないわよ」
「俺も毎日ミライちゃんみたいな美人が見れるんならおおいに賛成だぜ!」
「みんながいいなら僕は否定しないよ?」
「って、ユウナ!バン!ログ!」
「良かったです」
ミライは涙を拭いて笑顔でそういった。
「ふぅ……ご馳走様でした」
そして、ログは爪楊枝を咥えつつ腹をさすりながらそう言った。
「ログ……あなた、ミライが作った料理を全て食べちゃったの?」
「僕が作ったほどじゃないけど、おいしかったよ」
「ログ!!てめぇよくも全部食いやがったな!!」
「お前は自分の作ったラーメンで満足してろって言うんだよ!!」
食べ物の恨みは恐ろしい。
まさにその通りで、ラグナとバンは阿修羅顔負けの形相でログに詰め寄る。
「ラグナ……バン……よく言うだろ?飯は早いもん勝ちだと」
「「知るかっ!!」」
バコバコッ!
乱闘を始める男三人。
「はぁ……まったく、これしきのことで男は……」
ユウナはヤレヤレと肩をすぼめている。
「仕方がありませんね。皆さんの分をもう一回作ります」
にっこりと微笑んで、ミライはそう言った。
「だから、ラグナくん。ケンカはやめようね?」
けど、その微笑みはラグナに向けられていた。
「うっ」と顔をしかめてラグナは手を引っ込める。
すると、自然にバンとログも争いをやめたのだった。
「(むぅ……)」
そして、ナルミはミライの出現により、よりいっそう危機を感じていたという。
こうして、新たなメンバーにラグナの幼馴染のミライが加わった。
今まで情報提供のサービス系と機械のエンジニア系に加え、ミライのアクセサリーの彫金は他の客……特に女性に大人気だった。
SHOP-GEARはこうして、オートンシティでも名所となるほどの店になって行ったのだった。
たった一つの行路 №145
SHOP-GEARの歴史②