ここは田舎のような土地だった。
だが、田舎といえどもここにはナルトという岩系使いのジムリーダーが町を束ねていた。
また、市長の名はクラキチといい、市民は彼に信頼を寄せてこの町を守ってきた。
それ以外は何の観光も名産もない……この町の名はオートンシティ。
南にはジョウトとカントーの間にある危険な山といわれるシロガネ山のレベルに匹敵する野性ポケモンがうじゃうじゃいるオートン山がある。
大抵のトレーナーは下のオートントンネルを使って、この町へとやってくる。
南東には、ノースト地方の核といえるジョウチュシティ。
北には世界有数の図書館があるブーグシティ。
……やはり他の町と比べると、どこか見劣りする町……それがオートンシティだった。
「あれっ?」
8歳くらいの幼い女の子が首を傾げて、とある建物をジーッと見ていた。
「どうした?ナルミ」
「お兄ちゃん……変な建物があるよ」
お兄ちゃんと呼ばれる彼がこの時のオートンシティのジムリーダーのナルトである。
そのナルトは妹に指摘されて、う~ん……と頷いた。
「確かに少々風変わりの建物のようだね」
幼いナルミの手を引いて、ナルトはレンガ造りで建てられた風変わりな建物へと入っていった。
ナルトはこのとき、17歳。
妹のナルミと一回り近い年の差があった。
「お客さんですか?」
中にいたのは青のオーバーオールを着て、白い手ぬぐいをした15歳ほどの少年だった。
「お客さん?」
ズイッと顔を寄せる少年にナルトはたしろいだ。
その顔を見て、少年は落ち込んだ。
「なんだ……違うのか……。初めての客だと思ったのに」
「それより、いったいいつからここに?」
「あ、自己紹介がまだだったようだ!僕の名前はフウト!メカニックマンさ!」
「いや、ええと……まあ。いいや。俺の名前はナルト。こっちは妹のナルミ。……メカニックマンということは、機械の扱いに長けているということ?」
「そういうことさ」
と、フウトは持っているレンチやスパナをくるくる回している。
「お兄ちゃん」
「ナルミ?」
何故かうずくまっているナルミ。
「ポケギアでね、時間をね……調べようとしたら……動いてないの……」
「ナルミにやったポケギアは古いタイプだったからなぁ……。そろそろ買い替えの時かな?」
「ヤダ!お兄ちゃんから貰った大事なポケギアを捨てたくない!」
「そんなこと言われたってなぁ……」
頭をぽりぽりと書きながら困った顔をするナルト。
「それなら、僕が直してあげるよ?」
「え?」
「本当?」
「そのくらいなら1日預けてもらえれば何とかなるさ」
フウトは屈んでナルミと同じ目線で優しく言った。
ナルミは頷いて、そっとフウトの手にポケナビを置いた。
「本当に大丈夫なのかよ?」
ナルトは不審そうな目でフウトを見る。
「任せておいてくれよ。コレでも腕は一流だからさ!明日また来てくれよ」
フウトの初めての修理。それはナルミのポケギア。
オートンシティで店を構えてから初めての客であるナルミは、この出来事をきっかけにこの店を出入りすることになる。
出会いは様々な形でやってくる。
ナルト&ナルミ兄妹のように初めてのお客さんで出会うこともあれば、開店後3年後にやってきたヒロト&トキオのように噂を聞きつけてやってくることもある。
また、じわじわと知り合いになっていくものもいた。
フウトの店が始まって6年後のことである。
「フウト……俺はこのままではいけねえと思っている……」
白いワイシャツとスラックスを着た少年が備え付けのカウンターをバンッと叩いた。
「このまま、暴走族を続けていても、俺や仲間たちの身には何にもならねえと思うんだ!フウト、あんた何かいい話はないか!?」
男にもかかわらず長い黒髪をポニーテールでまとめた彼は、一段と様になっていた。
「……バン……。……一応、ないこともないけど……」
バン。
彼と出会ったのは、3年前の今日。
暴走族の彼は、バイクが故障した時にこの店によって、修理を依頼したのである。
そのときに、彼の腕に惚れて、しょっちゅうこの店によることになったのである。
それから、彼はミナミやジュンキと共にこの町にいることが多くなったのである。
ただし、彼らは明らかに14歳とかでバイクを乗っているので完全に無免許運転である。
フウトは注意しないのかというと、注意してもやめそうになかったから……だそうだ。
「危険な仕事だよ?」
しかし、バンは鼻で笑った。
「仕事に危険は付き物だろ?てゆーか、スリルのねえ仕事なんて逆に願い下げだぜ!」
フウトのいう危険な仕事というのは、裏で取り寄せている情報の確認やポケモンの捕獲依頼……札付きの賞金首を捕まえる仕事など、様々な種類のものだった。
「上等だぜ!」
バンは椅子を蹴っ飛ばすように立ち上がる。
「その依頼、俺たちが全てクリアしてやるぜ」
バンは、元暴走族のメンバーのうち、ミナミとジュンキと共にチームを組んで依頼をこなすようになった。
後に彼らは『チームトライアングル』と呼ばれるようになったのである。
また、憧れでこの店に駆けつけてきたものもいた。
「ねぇー……フウトさん」
椅子に座って足をブーラブーラしながら、ミニスカートにブラウス姿のナルミが言った。
このとき彼女は16歳……彼氏の一人や二人いてもおかしくはない年頃である。
彼女は10歳の時からナルトに変わってジムリーダーに就いていた。
ナルトの時は岩系のポケモンで有名だったのだが、ナルミになってからは、オートンジムは鋼と電気タイプのジムになっていた。
「はぁ……退屈……。それにフウトさん。昼間から酒を飲んでいていいの?」
ナルミが呆れているのは、フウトの酒癖だった。
現在フウトは23歳。
酒を飲んでもおかしくない歳なのだが、昼間から酒を出す分、少々癖が悪くなっていた。
「うっぷ……少しくらい飲んでも……平気ら!」
「全然平気に見えないんですけど」
すでに呂律が回っていない状態を目の当たりにする。
「あ、決勝戦が始まるみたい」
テレビに目を移すとノースト大会の決勝戦が始まっていた。
ノースト大会のルールも最近改正されて、決勝戦はフルバトルというルールに変わっていた。
“赤コーナー!ブラウンタウン……リク! 青コーナー!マサラタウン……サトシ!”
「二人とも、ジム戦で私にストレート勝ちして行ったのよね……あの時は悔しかったわ……」
ナルミはギュッと、拳を握り締める。
そんなことは気にせずフウトは酒を飲みながら、依頼されていた冷蔵庫の修理を行っていた。
試合は大熱戦となった。
2人とも、全力を出しつくし、互いに最後のポケモンになった。
“ニドキング!『どくづき』!!”
“ピカチュウ!『アイアンテール』!!”
最後の一撃は、ピカチュウがニドキングの攻撃を掻い潜って顔に命中させた。
その一撃でニドキングは倒れ、同時に大歓声が上がる。
“ニドキング戦闘不能!よって勝者、マサラタウンのサトシ!!”
「あー。サトシくんが勝ったかー。私、リクくんの方を応援していたんだけどなぁ」
商店街のくじ引きが外れて景品がポケットティッシュだったみたいに落ち込むナルミ。
「リクといえば……以前ウチにも来たなぁ」
思い出したようにフウトが零す。
「それはそうでしょ。ラジオを直すところを紹介したのが私なんだから」
「あー。それ、ナルミちゃんの紹介だったのかー。うっぷ」
「そうよ。って……少しは酒やめなさいよ」
その一週間の出来事だった。
「はぁ……退屈……」
一週間と同じ時間、同じように椅子に座ってぶらぶらとしている少女ナルミ。
この調子だと本職のジムリーダーが不安でもある。
「う~ん……」
そして、フウトは珍しく酒を飲んでいなかった。真面目に作業に取り掛かっていた。
「フウトさん……本当にポケモンセンターの回復装置なんて直せるの?」
「僕に直せない物はない!」
「本当に?」
「……多分」
「自信あるんだか無いんだかはっきりしてよね」
そんな訳で、オートンシティのポケモンセンターの機械の一部を直しているフウト。
朝早くに何者かによって機械が壊されていたことから、フウトにこの依頼が回ってきたらしい。
そして、朝から昼下がりの今までずっとフウトは直しているのである。
結構苦戦しているようだ。
「私もそろそろジムに戻ろうかな」
器をそのままにして外に出ようとするナルミ。
てか、昼はいつもここで食べているらしく、本日は炒飯だったらしい。
フウトにはここは定食屋じゃないぞと、たまに言われているらしい。
意外だが、フウトはそれなりに料理はできるらしい。
「ちょっと待った。ナルミちゃん、少し手伝ってくれない?」
「フウトさん……私、これからジムに戻るんですけど」
「う~ん……」
そんな時だった。
「こんにちは~」
「……お客さんかな?」
ナルミが玄関に顔を出すと見知った少年がいた。
「リクくん?」
「あ、ナルミさん。お久しぶりです」
少年リクは丁寧にお辞儀をする。
あまりにも律儀だったのでナルミも自然とお辞儀を返した。
「大会は残念だったわね。テレビで見ていたわよ」
「はい……でも、いいんです」
「で、今日はどうしたの?」
「実は……」
後頭部に手をやって照れたように何かを言おうとした。
「君はリク?そうだ、ちょっと手伝ってくれないか?」
「「え?」」
突然出てきたフウトによって連れて行かれるリク。
そこはフウトの作業場……つまり回復装置を直している場所だった。
作業場といってもそれほどの広さは無く、椅子が3つくらいとカウンターが置いてあり、また、作業ができるスペースがちょっとあるくらいだった。
しかも、レンガ造りの一軒家の中にあるから、あまりきっちりとしたものではない。
「そこを持ち上げて欲しいんだ」
「あ、ハイ」
とか何とか、フウトはリクに指示を出して行き、トントントンッとあっという間にポケモン回復装置の修理を終えてしまった。
「ふぅ……助かったよ」
「って、いくらなんでも早すぎじゃないの?(汗)」
「これもリクのおかげだな。僕が何かご馳走するよ」
「え?そ、それよりも僕……」
「ほかに何か希望があるのかい?」
リクの顔を覗き込むフウト。
「僕を弟子にしてくれませんか?」
「弟子?」
「ハイ。以前にここに来てラジオを直してもらったときから、フウトさんの腕に惚れたんです。僕はポケモントレーナーよりも機械を扱う仕事に就きたかったんです。親がどうしてもトレーナーになれって言うから……」
「…………」
「僕自身、機械の扱いに慣れているほうだとは思ったんですけれど、あの時、僕にはラジオを直せませんでした。だから、僕よりも技術のある人に教わりたいと思っていました。だからお願いします!」
「リクくん。ポケモントレーナーの道はいいの?」
「別にメカニックになったって、ポケモントレーナーはできますよ?」
「……まぁ、それもそうよね」
ナルミは軽く頷いた。
「僕も別に構わないよ。正直、人手が欲しいなと思っていたところだし」
「それじゃあ……」
「ああ、よろしく頼むよ」
こうして、リクがフウトの店に下宿で住み込むことになった。
リクが住み込むようになってから変わったことがいくつかあった。
レンガ造りの家の中にある作業場とは別にもう一つ作ったこと。
作業するには狭いということもあり、改めて新しい作業場を庭に作り上げた。
鉄板やら銅やらで作られた不恰好な作業場だったが、中は案外しっかりとしていた。
また、この頃からフウトの店は“SHOP-GEAR”と看板を掲げるようになったのである。
リクがフウトの店に住み込みで働くようになってから1年と数ヶ月がたったあるとき、フウトは作業場(一軒家の方)の地下にある情報室でとある情報を目にした。
「(……ロケット団壊滅……謎の5人の集団『ダークスター』の存在が明らかに……)」
ジョウト、カントー、ノーストと悪名を積み重ねていた組織、ロケット団。
10年ほど前から、ノースト地方で活動をしていて、最近はカントーに本社を置いていた。
そして、つい先日、カントーで大規模な襲撃が行われた。
そのロケット団によるカントー地方の被害は甚大なものだった。
ニビシティは一部建物が崩壊、ハナダシティはケガ人が多く、クチバシティはロケット団の逮捕者が大量に出た。
タマムシシティ、ヤマブキシティも被害はあったが、どこよりも被害が深刻だったのは、セキクチシティだった。
セキクチシティはほぼ壊滅状態だった。その原因を作ったのは……見境なく攻撃をしたグラサントレーナーのせいであるが。
しかし、ロケット団は十数人の若きトレーナー達によって野望を阻止され、壊滅させられたのだった。
また、その裏に潜んでいた『ダークスター』が何を企んでいたかは、わかっていない。
「ちっ、ロケット団なんて俺様の手で壊滅させてやりたかったぜ」
煙草をプカプカと吸いながら、バンはバチンッと拳を握って手と手をガチンと合わせた。
「バンさん……あまり危ないことに突っ込まない方がいいですよ?」
リクが控え目にバンを諭す。
「それにしても、本当にロケット団が壊滅してよかったわ」
「そーだね☆」
「ああ」
ナルミの言葉に、カウンターでコーラフロートを飲んでいたミナミと隅っこでコソコソと手帳にメモをしていたジュンキが頷く。
現在、彼らはもう一つの庭の作業場の方で、昼食中らしい。
作ったのはバンで、みんなにサンドイッチをご馳走していた。
「そういえば、リクくん。フウトさんは?」
「地下室に行ったみたいだよ?」
「そうなんだ……バンさんのサンドイッチおいしいのに……」
「お褒めに扱い光栄だぜ、ナルミ」
「アハハッ! バンちゃんのその言葉遣い似合わない~☆」
「うるせえ!ミナミ!」
ミナミの頭を軽く叩こうとするが、するりとミナミはかわした。その反動でバンは椅子からずるりとコケ落ちた。
「それより、みんなでトランプやろーよ☆」
どこからかとも無く、ミナミはトランプを取り出した。
「楽しそうだな」
「やりましょう!」
バンとナルミが賛成すると、一斉に輪を作った。
……が?
「ジュンちゃんもやろうよ~」
「……俺はいい。やることがある」
ジュンキは一人で隅っこで手帳をゴソゴソと書いていた。
「ジュンキ!だから、お前は影が薄いって言われんだよ!それがいい所だがよ」
「それって良い所なんですか?(汗)」
矛盾しているバンの言葉に突っ込むリク。
「あと一人いたほうが面白いのに~☆」
ムスッとミナミがむくれた。
「へぇ。面白そうなことしてるじゃねぇか。俺も混ぜてくれねぇか?」
「!?」
すると、黒いコートの目つきが鋭い男がいつの間にか輪に加わっていた。
「……誰?」
「誰でもいいよー!とりあえずやろー!!」
そんな訳で、謎の男が一人加わってトランプ大会が始まった。
フウトは情報を閲覧し終えて、一息ついた。
しかし、次の瞬間に緊張が走った。
冷静にフウトは言った。
「いったいどこから入ってきたんだい?」
気配を感じて、その気配の主に言葉を放つ。
「どこからって……普通に玄関から入って、そのまま作業場からこの地下室に入ってきたのよ?」
「…………」
フウトは少し恐れながらも、振り向いた。
すると、そこにいたのは緑を基調としたワンピースを着て、その下にズボンを着用し、ベルトでウエストを締めた知性に満ちた少女だった。
髪が癖っ毛のように跳ねてはいるが、恐らくワックスとかで強引に作ったものと思われる。
「あなたがこのSHOP-GEARのオーナー……フウトさんよね?」
「……そうだ」
ピリピリとした緊張が走る。
「一つお願いがあるの。いいかしら?」
「……何を?」
「私をここに置いて欲しいの」
「…………」
フウトは少しの間ためらった。
そして、返事をしようとした時だった。
「多分、あなたのことだからわかっているだろうけど先に言っておくわ」
「……?」
「私は少し前までロケット団の組織者だった。でも、私は組織が許せなかった。だから、組織と敵対してロケット団とダークスターを潰したの。ダークスターを潰したのは私の力ではないけどね」
「…………」
「ロケット団を潰したのはよかったけれども、私の居場所はどこにも無いの。そんな時、トキオがここを紹介してくれたのよ」
「……トキオか」
「そういうわけ。……だから、ここにいてもいいかしら?」
フウトは彼女に見えないところで少し笑みを浮かべた。
「ああ。いいよ。好きなだけここにいるといいさ」
「良かった」
そう彼女は呟いたのだった。
そして、彼女とフウトは庭の作業場に来たのだが……
「♪わーい☆ また、私のいち抜け!」
ミナミが歌うように宣言する。
「ち、ちくしょう……なんでだ!?俺の運が全てこの女に吸い取られているようだぜ!!」
トランプに乱入してきた男は、全敗していた。
「あ、フウトさん」
リクがフウトの存在に気付くと、全員が2人のほうを振り向いた。
「……ラグナ……あなた何をやっているの?」
トランプで全敗し、頭を抱えている男に向かって彼女は言った。
すると、男……ラグナは顔をあげた。
「お?ユウナ、話は済んだのか?」
「まあね」
髪をかきあげつつユウナは言う。
「フウトさん……その人は……?」
少し赤くなりながらリクが、隣にいるユウナのことをフウトに尋ねる。
「今日からこのSHOP-GEARで働くことになったユウナだ」
フウトに紹介されて、ユウナは軽くお辞儀をする。
「(美しい人だ……)」
「へぇ……なかなかいい女だな」
リクとバンの第一印象はそうらしい。
「てめぇもそう思うか?」
「あん?」
「あいつ、すげースタイルがいいんだぜ?」
「そんなの、見ればわかんだろ?」
「いやいや、服の上じゃなくて、直接の方がもっとすげぇんだぜ?」
「お前……覗いたのか!?で、どうだったんだ!?」
なんか、ラグナとバン……意気投合しかけたのだが、彼らの頭にガンッ!ガンッ!とスパナとレンチが降って来た。
当然、たんこぶを作って気絶した。
「さて、さっそくだし、私もトランプに混ざってもいい?」
「もちろんだよ~☆じゃあ、ラグナちゃん、トランプを切ってね☆」
「いつつ……俺かよ!」
SHOP-GEARに加入してユウナはロケット団時代からの情報処理能力やハッキング能力を生かして、情報収集の力を存分に生かしていた。
また、ラグナは裏情報から仕入れることができる依頼や任務を数多くこなして行った。
中でも、ラグナの好みの任務は懸賞金がかかった賞金首を狙うことだった。
結果として、ユウナとラグナの加入は以降、SHOP-GEARの知名度を大きく上げることになったのである。
たった一つの行路 №144
SHOP-GEARの歴史①