37
―――「え?僕ならどうするって?」―――
マサトは尋ねてきたヒロトに聞き返した。
―――「そんなの決まっているじゃないですか!オトハさんと一緒に居るのがいいですよ!」―――
散歩中にマサトに尋ねたけど、返ってきた答えはヒロトの予想通りだった。
誰もがオトハの願いがかなうことを望んでいる。
勿論オトハの願いはヒロトといっしょにいること。
しかし、ヒロトはそれを拒む。
「(ユウナもマサトも同じことしか言わない……。誰も俺の心なんて知る奴なんていないんだ……)」
日はもう高く昇って、傾きかけていた。
マサトと別れて、森の中を散歩していた。
今はポケモンたちを鍛える気分ではなく、もやもやとした気分が彼の中を渦巻いていた。
「(何もやる気がしない……。リュウヤもどこへ行ったんだ……?)」
何も言わずにどこかへ行ってしまったリュウヤ。
彼を助けるためにここまでやってきたというのに、肝心の彼は行方不明だった。
「(俺……なんでこんなところにいるんだろうな……)」
ふと、まっすぐ前を見たときだった。
暗く深い森の中に人の姿が見えた。
暗くてもヒロトが人の姿を発見できたのは、丁度よく木漏れ日が人を照らしていたからである。
倒れていると思って、急いで近づいてみる。
そして、彼は誰だか気づく。
「オトハさん……? どうしてこんなところに倒れて……?」
ふとオトハの様子をうかがっていると……
「……zzz……」
「……何でこんなところで寝てる?(汗)」
しかし、ただ寝ているだけではなかった。
彼女は目に涙を浮かべて泣いていた。
ヒロトは迷った。
起こそうとすれば、必ずオトハと喋る羽目になる。
しかし、オトハをこの場所に放置しておくことなんてヒロトにはできなかった。
たった一つの行路 №119
「(……揺れている?)」
オトハがふと気がついたのはヒロトが見つけて5分も経たないころだった。
そして、彼女は何かにしがみつくようにしていたことに気がつく。
自分の胸が温かい何かに当たっている。
目がはっきりと冴えるまで、自分が置かれた状況を把握できなかった。
「ここは……?」
「目が醒めたかい……」
「(え?ヒロトさんの声?)」
そして、周りを見る。
自分の体が宙を浮いていて、運ばれていた。
しかし、それはエスパーポケモンによる力でないことは把握できる。
「(この状態は……)」
オトハはようやく自分の置かれている状態に気がつく。
自分の胸が当たっていた温かい何かは、ヒロトの背中だということを。
そして、顔を赤くする。
「ヒロトさん……?」
「あそこで倒れていたみたいだから、街まで連れて行こうとしたんだ。迷惑だったかな?」
「あ……いえ……でも……私……大丈夫です……」
「あそこで倒れていたってことはケガでもしていたんだろ?無理するなよ」
「でも……私……重いでしょ……?」
湯気が出るほど顔を赤くして、ヒロトに尋ねる。
「思ったほどじゃないさ」
「……そうですか……よかった……」
ケガはしていなかった。
しかし、何を言ってもヒロトは降ろしてくれそうに無かったから、オトハはヒロトの好意に甘えて、彼の背中の温もりを味わっていた。
「……オトハさん……」
「なんでしょう?」
「どうして……どうして俺なんかを好きになったんだよ……」
ヒロトが震える声で呟く。
「俺なんかじゃなくても、カッコイイ男や頭がいい奴なんてたくさん居るじゃないか……なんで俺なんだよ……?なんで……?」
「ヒロトさんだからです」
「……?」
「ヒロトさんがありのままのヒロトさんであるから私は好きになったんです。好きになるのに理由なんて必要なのでしょうか?」
「…………」
「ヒロトさんがヒカリさんを好きになったのもそうなのでしょう?好きになったものは仕方がないのです」
オトハの問いに沈黙のヒロト。
「私はヒロトさんについて行きたいです。ダメですか?」
「俺はリュウヤに協力しなければならない。危険なところにオトハさんを連れて行きたくなんてない。だから――― 「嫌です」
はっきりとオトハは言った。
「ヒロトさんについていけるなら、この先どんなことがあっても……まして死ぬことになっても後悔なんてしません」
「もし俺がオトハさんに好意がないとしても……?」
「それでも……それでも私は、あなたについて行きます」
「…………」
それから、ヒロトは何も言わなかった。
その問いに肯定もしなければ否定もしなかった。
そのヒロトの態度をオトハは汲み取った。
それを見て、この先自分がどうするかなんて考える必要はなかった。
ヒロトがオトハを背負って歩いて10分は経とうとしていた。
彼らがいた場所は森の深くだったようでまだまだ出口は見えてこない。
ふと、不思議な音楽が聞こえ始めたのはヒロトとオトハが森のせせらぎを味わっていた時だった。
「この音、なんだ?どこから聞こえるんだ?」
ヒロトはこの音に不思議な心地よさを感じていた。
しかし、そう思っていたのはヒロトだけだった。
ヒロトの背中で彼女は震えていた。
「……オトハさん?どうかした?」
「……この音……怖い……」
「怖い?」
「……まるで……魂を吸い取られるような……不気味な音です……」
「そうは聞こえないけどな」
謎の音を聞いていると、ふと彼らの前にグレンのフードを被った旅人の男が楽器を持って立っていた。
「誰だ?」
「始めまして。いや、久しぶりと言うべきかのう?」
「……?」
グレンのフードを取ると男の顔がはっきりと見ることができた。
黒い顎鬚に精悍な顔付き。
口調からは老人と判断しがちだが、30代……いや、20代くらいの男だった。
「その声……どこかで……?」
「わしはずっとお主に夢で語りを告げていたものじゃ。そういえばわかるじゃろ?」
「!!」
ずっと昔に見た夢の記憶……
トキオだけに話した未来予知……
この男の声を聞いてヒロトははっきりと確信した。
「お前が……俺にあの夢を見せたのか……?」
「どうじゃ?わしの見せた夢は役に立ったかのう?」
ふぉっふぉっふぉ……と老人みたいに高笑いする男を見て、硬く握りこぶしを作る。
「ヒロトさん……?」
「お前が……お前があんな夢を見せなければ、ヒカリは死なずに済んだんだ!!」
「それは八つ当たりというものじゃ。お主は自らの道を選んで、自らの破滅を選んでしまったのじゃ。わしの出した試練を乗り越えられなかっただけの話じゃ」
「……お前が出した試練だと!? お前……何者だ!?」
「わしは運命を詠う者だ。もしくは試練を与える者とわしは呼ばれている」
「……!!」
ヒロトは完全に激怒していた。
冷静さを失い、怒りが彼を支配していた。
「ヒロトさん……落ち着いてください」
「オトハさん!黙っててくれ!俺は、こいつを……」
「わしとポケモンバトルするというのか?ふぉっふぉっふぉ。やめとくんじゃ。今のお主じゃわしには勝てんよ。それにわしとバトルするからには命を懸けてもらわないとな」
「……命を懸ける?どういう意味だ?」
「わしとバトルをして負けた者は10年以内に死ぬという運命を科せられる……そういうことじゃ」
「そんなの聞いたことない……お前一体何者だ?」
「何度言わす気じゃ?わしは運命を……」
「いいえ。あなたは運命を詠う者でも試練を与えるものでもありません」
男の言葉を遮ったのは少女の声だった。
それはオトハよりも幼く、しかし、ゆったりとした声だった。
「『死神のタキジ』……それがあなたの異名ですよ?(ズズッ)」
「誰じゃ?何故わしの名前を知っている?」
いつも笑顔の顔で彼女は名乗り出る。
「私の名前はハナです。バトルの相手なら私がしますよ?」
彼女はモンスターボールを既に持って、バトルの準備は完了していた。
「お前!バトルは俺がするんだ!邪魔をするな!!」
「ヒロトさん……落ち着いてください……」
「落ち着いてなんか居られるか!!俺はヒカリの敵を……」
ハナは笑顔を崩さずに言った。
「ヒロトさん。この人を倒すのは私の役目なのです。“影人”を倒すために私達はここまで来たのです」
「……役目?……“影人”?」
「それに、今のヒロトさんの精神状態ではあの人には敵いません」
そういいつつ、ハナはトゲキッスを繰り出した。
「何故わしの名前を知っているかわからんが、命を懸ける覚悟はあるのじゃろうな?」
タキジはプテラを繰り出す。
「平気です。私は負けませんから」
波動弾と破壊光線がぶつかり、強力な衝撃を生んだ。
ぶつかった中心が弾けて、あたりの全てを吹き飛ばした。
「くっ!!」
「きゃっ!!」
ヒロトとオトハも例外ではなかった。
だが、二人とも近くの木に捕まってその場に留まった。
「凄まじい攻撃でした」
「いきなり何て攻撃をするんだ!?」
上空ではプテラとトゲキッスがぶつかっている。
一方の地上戦では既に別のポケモンたちがバトルを進めていた。
「ラッキー、『卵爆弾』です」
「バクフーン、『螺旋炎』じゃ!!」
二つの技が激突するものの、威力は遥かにタキジのほうが上。
卵爆弾は炎に包まれてラッキーをも包み込んだ。
「ラッキーは終わりじゃな」
「ふふっ。そう簡単にはいきませんよ?」
炎に包まれても、ラッキーは何故か体力を減らしている様子はない。
「どういうことじゃ!?」
一方のプテラとトゲキッスのバトルはプテラがやや押していた。
ストーンエッジや鋼の翼の打撃攻撃で押すプテラに対し、トゲキッスはエアスラッシュやマジカルリーフなどの特殊技で応戦している。
命中精度はスピードで上回るプテラの方に分があり、与えたダメージもプテラの方が大きい。
「ラッキー、『ホーリーエッグ』です」
まっさらな卵を取り出したかと思うと、トゲキッスに向けて卵を放った。
ラッキー自身にも放つと、なんと傷が回復をしていった。
「なんじゃと!?」
すると、体力を回復させたトゲキッスが一気にプテラを攻め立てた。
「それなら、そのラッキーを倒すまでじゃ!」
タキジは攻めを急いでギャロップを繰り出す。
「『角ドリル』じゃ!」
「『吹き飛ばし』です」
ギャロップを繰り出すほぼ同タイミングでハナもバタフリーを繰り出していた。
接近するギャロップをバタフリーは凄まじい風で押し返してしまった。
「トゲキッス、今ですよ」
神速でプテラの背中を取ったと思うと、そのまま地面に向かって急降下し、プテラを地面へとたたきつけた。
「!?」
「バタフリー、お願いします」
羽ばたきにのせてキラキラと粉がギャロップとバクフーンに振りかかる。
あっという間に、二匹は深い眠りへと陥ってしまった。
「……!?」
「どんどん行きますよ。覚悟はよろしいでしょうか?(ズズッ)」
「ほう……お主……やるのう」
黒い顎鬚を弄りながらタキジは感慨深そうに言った。
「わしもちょっと本気を出さんと行かんのう」
すると、タキジは背中に背負っていた三味線みたいな楽器を取り出した。
「アレは……」
ハナが指摘すると同時にその楽器の音が鳴り響く。
「これはさっきの音……。オトハさん?」
「この音……私……ダメ……」
耳を押さえてこの音をオトハは嫌った。
ヒロトはなんともないのだが。
そして、それはポケモンにも影響が出ていた。
眠らせたバクフーンとギャロップが目を覚ましたのだ。
即座に炎をまとって襲い掛かってきた。
「バタフリー、トゲチック、『エアスラッシュ』です!」
2匹同時に繰り出される飛行属性攻撃が炎をまとって攻撃するバクフーンとギャロップに命中する。
「効かんのう」
「!!」
一閃。
バタフリーとトゲキッスが地面へと倒れた。
「『火炎車』でなんて威力だよ」
倒れたバタフリーとトゲキッスを見て呟くヒロト。
しかし、ハナは表情を変えず(つまり笑顔のまま)チリーンを繰り出した。
「何が出てこようが無駄じゃよ。わしのこの楽器、“ヒートランプ”を弾いておる限り、2匹の攻撃を止められやしないのじゃ」
「ふふっ。チリーン、『スーパーサウンド』です」
チリーンは身体を揺らし始め、大きな音を出し始めた。
「これは……『嫌な音』?」
「違います……。これは……ただの音の振動です」
ふと、オトハがそういった。
「大丈夫なのか?」
「ええ。ハナさんのチリーンの音がきっとあのヒートランプの音を相殺したのですね」
「じゃが、そのチリーンは無防備じゃ」
「そんなことはありませんよ(ズズッ)」
さすがにバトル中であるために湯飲みじゃなく、ペットボトルのお茶を飲むハナ。
ズドンッ!!
「なんじゃと?」
チリーンへの攻撃を守ったのは先ほど倒れたはずのトゲキッスだった。
しかも、自ら炎をまとってギャロップとバクフーンの攻撃を受け止める。
「『オウム返し』の『火炎車』です」
「まさか、その二匹は倒れておらんかったのか?」
「いいえ、バタフリーはさすがにもう戦えません。バタフリーだけを回収するとトゲキッスはまだ戦えることを悟られるのかと思いそのままにしておいたのです」
二匹の火炎車をトゲキッスは分断するように逸らした。
「トゲキッス、『しんそく』です」
ギャロップめがけて攻撃するが、ギャロップは脚を踏ん張って角で攻撃を受け止めた。
角を回してトゲキッスを刺すが、一撃必殺の効果は生まれなかった。
だが、それでも確実にダメージは与えていた。
「あれほどのダメージを受けて動けるのはきっと、トゲキッスは倒れている間、『はねやすめ』をしてたのですね」
「ああ。そうみたいだな」
オトハとヒロトは遠くで彼らの戦いを傍観することにしたようだ。
その間にバクフーンが炎攻撃をチリーンに繰り出すが、ラッキーが攻撃を受け止める。
だが、力の限り出し続けるバクフーンの攻撃にさすがのラッキーも体力を失われつつあった。
「チリーン!『サイコキネシス』です!」
念動力を飛ばし、もう一方のギャロップに攻撃を命中させた。
トゲキッスに気をとられていたギャロップに当てるのはそう難しいことではなかったようだ。
「ここからが本領じゃよ」
タキジがそういうと天候が変化し始めた。
タキジの傍らにはにほんばれを繰り出したと思われるゴウカザルがいた。
そのにほんばれの影響でバトルが動いた。
ずっと炎を出し続けていたバクフーンがラッキーを押し切ってチリーンごと木に押し付けて燃やした。
ラッキーとチリーンは火傷を負って苦しそうだ。
「日差しが強くなってきたな……」
「炎攻撃の威力を上げたのですね。ハナさんはどうするつもりでしょう?」
ハナを見るオトハだが、ハナは相変わらず笑っていた。
だが、オトハにはその笑顔がいつもとちょっと違って見えた。
「あら、わざわざにほんばれをしてくれたのですね?ふふふ……(ニコニコ)」
すると、ハナも新たなポケモンを繰り出した。
「一気に決めさせてもらいます」
「!!」
チュドーンッ!!
「くっ!!なんて衝撃だ!?」
「凄まじい攻撃です……」
ヒロトとオトハは衝撃に巻き込まれないように、木に身を隠した。
そして、次に二人が見たとき、今まで以上に勝負が動いたことを確認した。
「タキジがバクフーンとギャロップ、戦闘不能……」
「ハナちゃんはトゲキッスがダウンしただけですね」
タキジのゴウカザルは衝撃を免れたか、ピンピンしている。
一方のハナのポケモンたちといえば、ラッキーはかなりダメージを負っているがまだ戦えて、チリーンはどこにもいなかった。
先ほどの衝撃の合間に戻したのだろう。
そして、新しく繰り出したポケモン……チェリムはポジフォルムと呼ばれる花を咲かした状態になっていた。
「トゲキッスとチェリムの攻撃で倒せたと思っていたんですけど……上手くいきませんでしたね(にっこり)」
「そんな技を受けるわけには行かんのじゃ。チェリムの『フラワーギフト』……厄介じゃのう」
「チェリム、『葉っぱカッター』です」
桜色の葉っぱカッターを繰り出すチェリム。
攻撃のスピードが異常に早かった。
「速いが……」
ゴウカザルは避ける。
「わしのゴウカザルには及ばんよ」
チェリムが周囲の風を感じた時にはブレイズキックを受けて吹っ飛んでいた。
「チェリム、『花びらの舞』です」
「その程度の攻撃力と機動力じゃ、わしのゴウカザルには敵わんよ」
再び攻撃を仕掛けようと接近するゴウカザルを見て、チェリムは自分の周りを囲むように花びらの舞を放った。
だが、それを見越してゴウカザルはすぐに離れて炎攻撃を放つ。
にほんばれで威力が上昇している炎はチェリムをあっけなく燃やし尽くす。
「次はそのラッキーじゃな」
「あら?まだチェリムはやられてませんよ?」
「何じゃと?」
ハナの指摘どおり、まだチェリムは健在だった。
タキジが指示を出し、チェリムに止めを刺しにかかった。
だが、ゴウカザルの蹴りはチェリムに防御された。『守る』だ。
「チェリムのおかげで時間稼ぎが出来ました。ラッキー、『ホーリーエッグ』、『指を振る』です」
チェリムとラッキー自身に卵を放って体力回復を図る。
さらにハナはラッキーにランダムに出る技を選択した。
「ランダム技に頼るとは愚かじゃな」
再び、ゴウカザルは消える。
「ランダム技?違いますよ?(ニコッ)」
「!?」
すぐにゴウカザルは姿を見せた。
丁度、先ほど居た位置とラッキーの間合いの中間点ほどで。
足元にはまきびしが転がっていた。
まきびしを踏んだことにより、ダメージを受けて動きを止めたようだ。
「これで決めます」
ラッキーが走ってゴウカザルに突撃する。
「ラッキー如きの打撃技など恐れるに足らん。返り討ちにしてくれよう」
一撃を決めるゴウカザルの体勢は気合パンチ。
ラッキーの懇親の一撃に合わせるようだ。
ズゴゴゴゴンッ!!!!
「!?」
ラッキーとゴウカザルの攻撃は拳と拳が合わさり、ラッキーを一撃で倒したはず……タキジの考えはそうだった。
しかし、実現したのはあっけなくゴウカザルが某ロケット団のように吹っ飛ばされる姿だった。
「攻撃で劣るはずのラッキーに打ち負けたじゃと?しかも、火傷を負っていたにもかかわらず……。いくら、チェリムの援護があったといえ、なんと言う威力……」
「私のラッキーの最後の切り札『ラッキーパンチ』です。攻撃を当てると相手の急所に通常の10倍の衝撃を叩き込みます」
「……最初の『卵爆弾』の時はこれほど攻撃力は持ってないと思ったが」
「ふふふ……『ホーリーエッグ』は回復するだけでなく、状態異常の回復、攻撃のエネルギーを蓄積する効果もあるのです。そのエネルギーはある程度蓄積可能で一回攻撃すると消費されます」
「その効果にチェリムの『フラワーギフト』と『手助け』か……やはり厄介じゃのう」
しかし、ハナはラッキーとチェリムを戻した。
「タキジさん。あなたのポケモンは、後ポワルンだけのはず。大人しく捕まってください」
「捕まるじゃと?イヤじゃな」
「あなたは“影人”。存在してはいけない人なのです。影人は在るべき場所に帰らなければなりません」
「わしが“影人”だろうが、なんだろうがお主には関係ないことじゃ」
「関係あります」
眉間にしわを寄せて、ハナは言う。
「あなたが私のお父様の“影人”だからです」
「あの二人はいったい何の話をしているのでしょう?」
「また“影人”とか言っていたけど……一体何なんだ?」
オトハとヒロトはまったく話についていけないようだ。
「要するに、お主はわしを滅ぼそうというのじゃな?」
「早い話……そういうことになります」
「それなら、わしは捕まる訳には行かんのう。わしは“あやつら”の運命を見届けておらんのでな」
タキジはヒロトとオトハの方を見て言った。
「残念ですが、覚悟してください」
「お主は強い。じゃからして、わしは全力で行く。エンテイ!!」
「!!」
伝説のポケモン、エンテイの登場はさすがのハナも予測し得なかったことのよう。
ハナはラッキーを再び繰り出すがエンテイが放った炎の槍を受けてダウンした。
しかも、なおもエンテイは襲い掛かる。
火炎放射だ。
「仕方がありませんね。こちらも切り札を出させてもらいます(にっこり)」
電光石火一閃。
繰り出した瞬間に炎を切り裂き、一気にエンテイを斬りつけた。
そのポケモンを確認して、エンテイは一歩後退する。
「さあ、リーフィア、行きましょう?」
鳴き声をあげるリーフィア。
「一撃であの強力な火炎放射を切り裂いてダメージを与えている……一体どれだけあのリーフブレードは強いんだ?」
ハナのリーフィアに圧巻のヒロト。
リーフィアが次の攻撃に入ると思いきや、地面に寝転がった。
「へ?」
そして眠ってしまった。
「えーちょっとー起きて下さい~」
慌てて起こそうとするハナ。
どうやら、彼女が指示したわけではないらしい。
「随分のんびり屋さんのリーフィアですね」
「(それはオトハさんが言えたことじゃないと思う……)」
その隙をエンテイは逃さなかった。
強力な火炎放射でハナとリーフィア目掛けて撃ってきた。
ハナは慌てて飛び退いたが、リーフィアに直撃した。
「……確かにリーフィアに攻撃が当たったよな?」
「当たりましたね」
ヒロトとオトハは攻撃の結果を見て目を丸くする。
攻撃を受ける前と変わらずリーフィアは寝ていたのである。
しかもよく見るとほとんどノーダメージ。
それに怒ったエンテイは最大の技を繰り出そうと息を大きく吸い込んだ。
「リーフィア。起きて下さい」
ハナの呼びかけがやっと聞こえたか、リーフィアは“ふわぁ~”と可愛らしい欠伸をしてエンテイを見た。
そして、灼熱の炎がハナとリーフィアに襲い掛かる。
「『マグマストーム』!?さすがにアレはまずいんじゃないか?」
ヒロトはモンスターボールを取る。
「でも、ハナちゃんは平気そうな顔をしていますよ?大丈夫でしょう」
と、オトハ。
その当のハナはにっこりと笑って後退した。
「行ってください。リーフィア」
灼熱の炎は確かにリーフィアを飲み込んだ。
ヒロトとオトハの目に間違いはなかったはず。
だが、燃やし尽くしたその場所にリーフィアの姿はなかった。
「リーフィアは……」
「そこです!」
オトハとヒロトは同時にリーフィアの位置を確認した。
その場所とは、なんとエンテイの真後ろでしかも、エンテイに背を向けている状態だった。
そして……
ズシンッ!!
「エンテイが……」
「リーフィアの一撃でダウン?」
一方のハナといえば、リーフィアをボールに戻して周りを見た。
「エンテイを囮にして逃げられてしまいました……。追わないといけませんね……」
歩き出そうとしてハナは足を止める。
「(でも、もしかしたら他の世界へ飛んでいるかも……。無駄足かもしれませんね)」
「ハナ、聞いていいか?」
その思案中のハナに話しかけるヒロト。
オトハもヒロトの後ろにくっ付いてきた。
「あいつは一体何者なんだ?あいつは俺の夢に入り込んで、俺の運命を勝手に弄びやがった……。ハナ、お前なら知ってんだろ!?」
「ええ。知っています」
「じゃあ、教えろ!!俺があいつを叩きのめしてやる!!」
「ヒロトさん」
宥めるようにオトハが後ろからヒロトのシャツの裾を掴む。
今にもハナに襲い掛かりそうな勢いだ。
「まず“影人”について説明します。“影人”とは“ある一人”の人間のもう一つの魂が抜け落ちた姿です」
「“ある一人”の人間?」
「もう一人の自分ということです。要するにさっきのタキジと呼んでいた影人とは、私やモトキお兄さんのお父様の影人なのです」
「もう一つの魂……」
「死の淵に瀕した時、稀に魂が分断されることがあるのです。そのとき、同じ姿、同じポケモンを持ったまるでドッペルゲンガーのようなものが誕生してしまうのです」
「(同じ姿に同じポケモン……そんなことありえるのか?)」
ヒロトはどうも信じられないようだ。
「違う点といえば、一つ特殊な超能力を追加される点でしょう。あのタキジの超能力というのは夢の中に侵入し、未来を見せる能力なのでしょう」
「…………」
「それをハナさんは追っていたのですか?」
オトハはいつもより真剣な顔で話を聞いていた。
「ええ。標的の一人がその私のお父様の影人です。影人は本来有るべきところに帰らなければなりません」
「それってどこだ?」
ヒロトが屈んでハナと同じ目線で尋ねる。
ちなみに、ハナの身長は143センチととっても小さい。
対して、オトハとヒロトはともに170センチ近くある。
「それは教えられません。しかし、そこへ彼らを連れて行くことが私たちの任務なのです」
「…………」
ヒロトは立ち上がって空を仰いだ。
複雑な表情をしているのをオトハは見逃さなかった。
「あの“ヒートランプ”は弾き方によって、様々な効果をもたらすのです。これはモトキお兄さんでさえも習得できなかったお父様にしか出来ない能力です。これでポケモンを起こすことや能力を上昇させること、そして相手に死の呪いをかけることさえも出来てしまうのです」
「死の呪い……」
「もしかして、オトハさんが怖いと言っていたのは、その音の意味を理解していたから?」
「道理で怖いと思ったはずです……」
ハナはう~んと背伸びをした。
「さて、私もモトキお兄さんに続いて報告に行かないといけませんね」
「どこへ?」
ヒロトは聞くが、ハナはにっこりと笑って答えなかった。
そして、歩き去ろうとする。
「あ、忘れるところでした」
不意にハナはくるりと回れ右をした。
「ヒロトさん……あなたに話しておかなければならないことがあるのです。影人について……」
「え?」
ハナの話すことは、これからの事件にかかわることであるとすぐに彼らは知ることになる。
第二幕 Dimensions Over Chaos
道に迷う者たち⑦ ―――影人――― 終わり