トキワジムの前。
青いの髪のアクアと長い髪を先端の方で束ねたオトハの姿がそこにあった。
「一つだけ確認させてください。本当にヒカリさんじゃない……のですよね?」
オトハに質問されて、アクアはため息をついた。
「……その質問はあんたで何人目だと思っているの?」
「……ごめんなさい。本当にヒカリさんに似ていたもので……」
アクアはSGの本拠地でユウナに尋ねられ、トキワシティへ来た時にハルキに聞かれ、ついにはオトハにも聞かれるという事態。
ヤレヤレと首を振るのは当然だった。
「本当に私はそのヒカリって人とそっくりさんなのね」
「はい。性格まではわかりませんけど……」
ユウナやハルキ及びラグナは、ヒカリと行動していた時期が長かったために、すぐにアクアとヒカリは別人だと認識することができた。
しかし、オトハだけは昏睡状態で眠っている所しか見たことが無い。
「それで……私に話ってなんでしょう?」
「ええ……」
一呼吸置いて、アクアは話し始めた。
「あんた、ヒロトのことが好きなんでしょ?」
「え……?」
「ちょっと、何赤くなってるのよ!ヒロトと二人っきりになったところを見てすぐにわかったよ。それにユウナからも聞いたしね」
「あ……そうでしたか」
深呼吸をして自身を落ち着かせるオトハ。
「ヒロトはよっぽどヒカリって子が好きだったみたいね」
「ええ。6年間も彼女のことを想いつづけて、捜し続けたのですから……」
「アイツは一途なんだね」
「ええ……」
「あんたも一途なんだね」
「え?」
「なんとなく思ったのよ。あんたとアイツが知り合ってどれくらい経っているかはわからないけど、あんたがアイツ一筋だということはわかる」
「…………」
「それに、あんたレベルの女ならどんな男だって黙っちゃいないでしょう?」
やや黒く笑うアクア。
しかし、アクアのいうことも間違いではない。
ヒロトに初めて会う前も会った後も、彼女に言い寄る男は数知れずいた。
でも、オトハは彼らに全く相手にしなかった。
ごく稀に、強引にオトハを手に入れようとしても、彼女のかわす力は例えるなら風だし、バトルの実力もジムリーダークラス……いや、四天王クラスと言っても過言ではないほど強かった。
「ええ……」
「それでも、1人の男を想いつづけられるあんたは凄いよ」
「…………」
「ごめん。話がずれてきちゃったわね」
アクアはオトハに背を向けて言った。
「ヒロトは私のことを諦めきれないみたいなのよ」
「え……?」
突然のことにオトハは思考を停止した。
「(まさか……ヒロトさん……アクアさんのことを……?)」
「正確にはヒロトは私とヒカリって子を重ねているのね……って、なんでホッとした顔しているの?」
ふと、アクアがオトハを振り返ると、安心した顔に出くわした。
「え?あ、いや、なんでもないですよぅ」
顔を隠すように両手で横にブンブンと振るオトハ。
ちょっと赤くなった顔を隠す仕草がとても可愛らしくみえることだろう。
「私はアクアであって、ヒカリではない。ヒロトもそのことはわかっているんだけど、どうしてもダメみたいなのよ」
「どういうことです?」
「アイツはちゃんとヒカリじゃなく私をアクアとして見ると言ってくれた。それでも、ヒロトには私をヒカリとしてみている部分があるみたいなのよ」
「…………」
「1%でも疑念があれば、そうなってしまうものなのよね。頭よりも心が反応してしまう。悲しいわね」
「……それで……私に話したいことって……?」
「あんたがヒカリに代わって、ヒロトについてあげなさい」
「……それは……できるならそうしたいですけど……」
「……?」
「アクアさんじゃダメなんですか?」
オトハのその言葉に、ため息をつくアクア。
「あんた……バカじゃないの?」
「バ……バカ?」
「……むざむざ自分の好きな男の子を紹介するなんてバカのすることじゃないの?」
「私は、ヒロトさんが幸せになれるなら……」
「私とヒロトが付き合ったら幸せになれる?それ本気で言っているの?」
「え?」
「私がアイツと付き合ったら、ただ悲しいだけじゃないの。絶対、私はアクアとしてみてくれない。アイツは私と似たヒカリの影を追い続けることになる。こんな悲しい生活をしろというの?私は御免よ」
「…………」
「あんたしかいないのよ。オトハ」
「…………」
「それなのに、この3日間……一体何をしていたの?」
まるで子供をしかる物言いのアクア。
「そ、それは……もちろん私も強気で行こうとしたんですよぅ……」
オトハがポツリと言う。
「ヒロトさんが私を避けているいるんです……」
たった一つの行路 №114
トキワの森。
一匹のネズミポケモンが木から木へ素早く飛び移る。
こういう動きをするには、ただ素早さを鍛えるだけでは出来やしない。
バランス感覚と俊敏力、また、地形の適応力、それら全てを持ち合わせてこそこういう動きができるのである。
「行くぞ!!」
動いているネズミポケモンに向けて、葉っぱカッターが放たれる。
だが、葉っぱカッターがワンテンポ遅く、ネズミポケモンの残像を切り裂く。
攻撃の主は、葉っぱカッターの連射を繰り返すが、やはり紙一重で命中しない。
「『つるのムチ』!」
近づいてくるネズミポケモンが姿を見せる。
それは、ピカチュウの進化系のライチュウ。トキワの森にはいないポケモンだ。
ライチュウはつるのムチをもかわして、攻撃の主のフシギバナへと接近する。
「今だ!フシギバナ!」
ブワッ! シュッ! ズドンッ!
ライチュウはフシギバナに触れようとした瞬間に、吹っ飛ばされた。
しかし、攻撃を受けてから、くるくると回って、衝撃を和らげた。
「……まだ威力が足りないな。もう一度だ!」
「こんなところにいたのね」
「……!シオン!!」
バチバチッ!!!!
電撃がとんできた。
しかし、シオン……ライチュウが黄色のシャツのヒロトの前に立って、攻撃を防いだ。
「……いきなり攻撃してきてどういうつもりだよ!」
ヒロトは奥から出てくるレアコイルとワンピースとハーフパンツを両方着用したユウナに文句を言った。
「バーベキュー会場にいないと思ったら、こんなところで1人で修行をしていたなんてね」
呆れるようにユウナは言った。
「それにしてもロケット団の幹部のバロンと戦ってから、また随分と腕を上げたのね。あなたのライチュウの尻尾で、いとも簡単に電撃をいなされるとは思わなかったわ」
「あのバロン戦のときに出さなかったから、ユウナは知らないだろうけど、コイツはもともと尻尾攻撃を主体にして育てていたポケモンだ。今のコイツにとって尻尾は3つ目の手……いや、それ以上の武器だ」
「…………」
「……なんだよ?」
シオンを見た後、ヒロトを見て、最後には傍らにいたフシギバナに目線を移した。
「……なるほど。そのフシギバナにニックネームを付けていないのは、そういう意味だったのね」
「…………」
「そのフシギバナは、もともとヒカリのポケモンね?」
「…………。やっぱり、ユウナにはわかるか……」
「当然よ?どれだけ、ヒカリと一緒に過ごしたと思っているの?」
「……それは俺に対する皮肉か?」
「別にそういうつもりで言ったわけじゃないけどね」
ユウナの言葉を皮切りに、少しの間沈黙した。
「……ヒカリのポケモンを全て預かっているの?」
「いや、このフシギバナだけだ。残りのポケモンはトミタ博士や姉さんが研究所で預かっている」
「…………」
「用がないなら、戻っていろよ。俺はもうちょっとシオンとフシギバナを―――」
「あなた……いつまで過去を引きずる気?」
「それはどういう意味だ?俺が遺されたフシギバナを持っていることに対して言っているのか?」
少しヒロトは怒りながら言う。
「いえ、それは別にいいの!!」
控えめに言っているように見えるが、ユウナの口調はむしろ怒っている方に近い。
「あなた……オトハを何で避けようとするの?」
「…………」
「あなたがヒカリのことを好きだったのはわかる。でも、過去に縛られて、生きていたヒカリを想いつづける気なの!?」
「……ヒカリなら、今俺の心の中にいる。だから、1人でいたって何の不自由も無い」
「…………」
「それに、俺にはやるべきことがある」
「何を?」
「リュウヤに協力しなければならないんだ」
ヒロトはリュウヤにあった時の事、そして、これからしようとしていることを話した。
「囚われの彼女を救うために……ねぇ……」
「失った彼女の悲しみなら俺には痛いほどわかる。……だから、これ以上悲しむ人を増やしたくないんだ」
ユウナは少し間を置いて、フシギバナとシオンを見た。
2匹ともよく育てられていると思った。
「……そんなこと言って、本当はオトハから逃げているだけじゃないの?」
「何?」
「……それとも、アクアのことが気になるのかしら?」
「…………」
「図星……のようね?」
そういわれて、ヒロトは近くの木にもたれるように座った。
「ダメなんだ。頭の中で目の前にいるのはアクアさんだと思っても、心でヒカリだと思ってしまう。どうしても抑えきれなくなるんだ」
「…………」
「それが当たり前のように……」
「一つ聞くわ」
「……?」
「あなた、オトハのことはどう思っているの?」
「オトハさん……?それは勿論、かわいいし、スタイル抜群だし、性格もおっとりだし…………」
「そんなこと聞いているんじゃないの!私が聞いているのは“好き”か“嫌い”かの2択よ!」
「そんなの……選べるわけが無い」
「そう。それなら、オトハと一緒にいるのがいいわね」
「何でそうなるんだ?」
「これは、あなたの為であれば、オトハの為でもあるのよ」
「無理だ。俺にはリュウヤと協力しなければ……」
「オトハはそれでもあなたについてくるわよ」
「俺は……オトハさんと一緒にいることなんてできない……」
「『自信がない』とも言いたいの?」
「俺はヒカリを守りきることができなかったんだ……。そんな俺がまた過ちを繰り返すかもしれない……」
「じゃあ、あなたは何でここで1人で特訓していたの?」
「…………」
「強くなるためじゃないの?あのようなことを繰り返さないためじゃないの?」
「…………」
「一つ言っておくわよ」
ユウナは立ち上がって、ヒロトを見ずに言った。
「あなたが思うほど、オトハは弱い子じゃないわ。むしろ、あなたよりも強いかもね」
「……俺より強い?」
「バトルのことを言っているんじゃない。もっと別のことよ。彼女がどれだけの想いを持って、この2年間を過ごしていたかを考えればわかるわ」
「…………」
「(あなたに大切なのは過去の記憶よりも、自分を支えてくれる人なのよ)」
ユウナはそうして、ヒロトを残して去っていった。
「これからどうするの?」
バーベキューパーティが終えた後、こちらの世界にワープしてきたメンバーの9人が集まって話し合いをはじめようとしていた。
しかし、実際にはライトが足りないのだが。
「俺、マサト、カレンがそろったから、いつでもあっちに帰れるぜ!」
「いつでもってワケには行かないよ!ジラーチが繭に戻る時間はもう1週間も切っちゃっているんだ!繭に戻ってからでは元の世界に戻れなくなるよ!」
サトシの楽観的な意見にマサトが厳しく言った。
「エースは見つけた。これで終わりだろ」
「でも、ライトとエース……かなりギクシャクしている気がする。アレって大丈夫なのかな?」
ぶっきらぼうな物言いに、カスミが心配を漏らす。
「私は戻らなくていいよ!ダーリンと一緒ならどこでだっていいし♪」
そんなのんきなことを言うのは勿論ユウコ。
「はぁ……そういえば、こっちも問題を抱えていたのね……」
「こっちもって何のことだ?ユウナ」
「ハルキが気にすることではないわ」
頭を抱えるユウナ。
「戻るのはいいんだけど、ライトとエースがはっきりしてくれないことにはどうしようもないのよね……」
「え……?それってどういうことです?」
ユウナの言葉に先ほどまで悩ましげな顔をしていたオトハが尋ねる。
「実は、エースが私達の世界に戻らないと言っているのよ」
「え?」
「そして、もう一つ驚くことは、ライトも元の世界に帰れと言っているのよ」
「「えぇ―――――――――!?」」
一番驚いていたのは、カレンとカスミだった。
「あんなに仲が良かったのに!?」
「一体どんな心境の変化なの!?」
カスミとカレンがぺちゃくちゃとお喋りを始めた。
そこを置いといて、ユウナが告げた。
「マサトのジラーチのことも考えて、ここにいられるのは2日後の朝までね」
現在、バーベキューパーティが終わって日が落ちている。
つまり、明日の1日を過ごして、次の日の朝にはここを発つことをユウナは決定した。
28
カポーン
沸き立つ湯気。
むしむしと湧き上がるこの感覚はそう、お風呂。
しかも、ただのお風呂ではない。5人のナイスバディーの美女が入っても困らないほどの大きさを持つ浴場だったのだ。
ここに、すでに2人のレディが入浴中していた。
「でも、あなたは諦めないんでしょ?」
やや気品のある声が浴場に響く。
肩まである長く黒い髪をシャンプーで軽く洗いながら、彼女は尋ねる。
豊かな乳房に、174cmの長身を生かしたモデルのような彼女の身体は、まさに男性を虜にすること間違いないだろう。
「ええ。もちろんです」
その問いに答えるのは、すでに湯船に浸かっていて、髪を結い上げている少年のような、しかし、女性の柔らかさを含んだ声質の少女だ。
こちらの少女は先ほどの女と比べると、さらに乳房が大きかった。
それに驚くべきは彼女のウエストの細さだった。
そのバストとウエストの細さから来るくびれや大きく見えるがしまっているヒップ……それらが彼女の大きなセックスアピールだ。
「でも……どうすればいいのでしょう?ユウナさん……」
「オトハ、そんなの決まっているじゃない」
バシャーッとシャンプーをしっかりと流して、湯船に浸かってから、ユウナは言う。
「あなたが無理矢理にでも、ヒロトについていけばいいのよ」
「そんな……無理矢理なんて……」
あたふたとするオトハ。
そこへビシッとユウナが言う。
「私が断言する。あなたの想いはヒロトに絶対通じる!必ずね。でも、ヒロトについていかなければ、可能性さえも生まれないのよ」
オトハはそういわれて頷いた。
「ですよね……。がんばってみます」
「その粋よ! ……!!」
ふとユウナは近くにあった桶をかまえた。
「ユウナさん?どうしました?」
「……なんか覗きの気配がしたの」
「気のせいじゃないですか?」
丁度そんな時、ガラガラッと誰かが入ってきた。
「あー!ユウナたんとオトハたん!」
とか何とか、入ってきたのはまだまだ発育途上、タケシだったら2~3年後が楽しみだと言いそうな少女、エアーだった。
「もしかして、気配ってエアーさんの気配だったんじゃないですか?」
「……かもしれないわね」
「何の話アルか!?」
興味津々にエアーが話に割って入ってくる。
「別になんでもないわよ」
ユウナは話をはぐらかした。
「なんでもないならいいアルね……うわぁ!!ユウナたん……おおきぃーアル」
「え?ちょっ!エアー!?」
いきなり、入水したかと思うと、エアーがユウナのある部分を触り始めた。
「柔らかいアル……」
「ちょっ…やめて…エアー…くすぐったい!!」
モニュモニュと谷間を寄せるようにエアーは揉みほぐす。
「どうしたらこんなに大きくなるアルか?」
ユウナは慌てて彼女の両手を掴み、セクハラをやめさせた。
少し息が乱れているユウナ。
「私より……オトハに聞けば?」
「え?私ですか?」
「オトハたん……?うわぁあ!ユウナたんより大きい!」
「えっ!ちょっと待ってくださ―――」
エアーの標的はユウナからオトハに変わった。
オトハの胸の大きさに気付かなかったのは、湯気で見えなかったからと、ユウナよりも奥に居たからである。
「私も気になっていたんだけど、見事なくびれよね。ウエストなんて私より細いし……」
と、調子に乗ってユウナもオトハの身体を撫で回す。
「ああんっ!ユウナさんまで!?やめてくださいよぉ~!」
懇願に近い声が響くが次第に息遣いと声のトーンが色っぽく変わっていく。
「あんっ……そこは……そこは……ダメです……ユウナさん……」
そして、だんだんオトハの顔も上気して、みるみるうちに目が潤んできていた。
「ここはどうアルか?」
「ああっ!そこはっ!!」
「ここなんて、すごく感じるんじゃないの?」
「ああんっ!!ゆ、ユウナさぁん!!」
「こっちも触ってみるアル!」
「んっっ~~!!」
「でも、一番はなんと言ってもここでしょ!」
「ああっ!!いやぁっ!!」
もうすでにここはオトハを苛める場に変わっていた。
「…………」
だが、ユウナはふと手を止めた。
別にオトハを苛めるのに飽きたわけでは断じてない。
「ユウナたん、どうしたアル?」
ふと桶を手に立ち上がるユウナ。
「そこよッ!!」
カゴンッ!!
「「っ!?」」
積み重なっていた洗面台にある椅子が一気に崩れ落ちた。
そして、そこに一人の男がいた。
「ゲッ!?ばれた!?」
そこにいたのは、浴衣姿のラグナである。
「きゃあ―――!!ラグナたん!?私の身体を見に来たアルね!?」
「誰がてめぇの身体なんて見るか!!俺の狙いはユウナとオトハだッ!!」
「やっぱり、あなた、覗き見していたのね!!」
慣れているからか、どうなのかはわからないが、ユウナはまったく隠す素振りをしなかった。
オトハのほうは先ほど苛められてた時より、いっそう顔を赤くしてラグナから体を背けた。
「うるせぇ!女の身体なんて男に見られて何ぼだろうが!!」
「あなたのその思考にはほとほと疲れたわ。今日こそ、あなたの頭から覗きと言う思考を取り除いてあげるわ」
こうして、ラグナとユウナは対峙したのだった。
もちろん、結果はユウナの圧勝で終わったのは言うまでもない。
第二幕 Dimensions Over Chaos
道に迷う者たち② ―――ヒロトの迷い――― 終わり