20
ここは迷いの森……つまりラグナとエアーが1ヶ月も彷徨い続けた場所。
入るのは簡単なのだが、出るためには飛行ポケモンやエスパーポケモンの力を借りないと出られないといわれる危険な場所で、実際に遭難者が出ている場所だった。
だが、この場所で修行をしている変わり者達がいた。
青いバンダナの男がボールを持って集中をしていた。
数秒間、目を閉じた後、ボールを開放すると、中からシャワーズが飛び出す。
そして、木に向かって尻尾を叩きつける。
ズドンッ!!
特別、何の技を指示したわけではなかった。
それなのに、ただの尻尾が切り株及び、地面さえにも3メートルほどの亀裂を残してしまった。
「お兄ちゃん!完璧だよ!」
「すげえよ……。兄貴!」
「エースさん……素晴らしいです」
青年……エースはシャワーズを戻した。
「こんな感じか?」
「うん!完璧だよ!」
テンガロンハットを被ったジョカがピョンピョンと嬉しそうに飛び跳ねる。
「これなら、どんな相手でも対抗できる……お父さんだって助けられるよ!」
「なぁ、ジョカ」
太目の少年、プレスが不安そうな声で問いかける。
「本当にオメーの父ちゃんはSGに捕まってたって言うのか?」
「プレス君!ボクの事信用していないの?」
「いや、そんなわけじゃねーけどよー……」
「プレス……信じましょう」
諭すようにプレスの隣にいた少女、ミナノは言う。
そのミナノはエースに近寄った。
「はい、エースさん」
「……。 ああ、ありがとう」
先ほどの力を使った影響で、汗をかいていたことに気がついたミナノは、そっとエースにタオルを渡した。
エースは礼を言ってそれを使用する。
その様子をミナノはウットリとした目で見ていた。
「おーおー。ミナノは兄貴にぞっこんか?」
ボソッと、プレスはミナノの耳元で囁く。
「なっ!?何てことを言うかな!?」
顔を真っ赤にしてポカポカ両手で叩きながら、大声で言った。
このプレスの言葉はジョカとエースには聞こえていなかったらしく、2人は不思議そうにミナノとプレスを見ていた。
普段は丁寧な口調で話しているミナノだが、不意をつかれると、急に口調が砕けるようだ。
「別に私はエースさんなんて……」
「俺はエースさんなんて言ってねーぜ?ただ、兄貴って言っただけ」
「どっちも同じじゃないかな!?」
「……そうムキになるところを見ると、やっぱそーなんだ」
「……っ!!」
カアッと赤くしたまま俯くミナノ。
「調整もこれで終わりだな」
「そうだね。じゃあ、さっそく行こう!お父さんを助けに!!」
ジョカが腕を差し出した。
エースがジョカの手の上に置いて、それからプレスが、そしてミナノが置いた。
掛け声を上げて、気合を入れたところでジョカが一匹のポケモンを繰り出した。
「頼むよ!ラッル!」
オスのキルリアからしか進化しないといわれるエルレイドだ。
すると、エルレイドはテレポートを繰り出す。
迷いの森を抜け出すのに、数秒たりとも掛からなかった。
「着いたよ」
「ジョカ……。目的地から遠いんじゃねーか?」
ラッルこと、エルレイドを戻したジョカに向かって、プレスが言う。
「プレス、ばれない様に進入するんだから当たり前じゃないですか。エースさんもそう思いますよね?」
「……ああ」
ミナノに振られてエースは素直に頷く。
SGの本拠地の近くにある深い森にやってきた4人。
「さて、これからどうやって……」
「『マッドショット』!!」
「っ!!」
「ハリテヤマ!!」
ジョカを狙って放った攻撃をプレスのハリテヤマが間一髪で防御した。
「いってーだれだ!?」
「……今の攻撃は茂みの中からのようですね」
ミナノも相手の次の攻撃にあわせて出せるようにポケモンを準備している。
「お兄ちゃんは下がってて。気をつけるんだよ!ミナノ!プレス!」
「わかってる!」
「了解です」
じっと茂みを見ている2人だったが、ふとジョカが叫んだ。
「上!!」
「なっ!!」
不意打ちというべき、空から破壊光線が向かってきた。
「サイドン!」
しかし、とっさにミナノが『まもる』を指示して、攻撃をブロックした。
「『ストーンエッジ』です!」
サイドンが反撃のストーンエッジを上空にいるポケモン……カイリューに向かって放つ。
しかし、岩の破片は飛んでいるカイリューになかなか当たろうとはしない。
「あれだけの動き……トレーナーが乗っているみたいだね」
「……。やっぱり俺がやろう」
と、エースが前線に出ようとした瞬間だった。
「……エース?あなた……エースでしょう!?」
「……?」
自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、茂みの方から出てきた女性に目を向ける。
ズボンとワンピースを重ね着してセミロングよりやや長めの髪を所々寝癖みたいに跳ねさせている女性だった。
「ファイア!攻撃をやめて!」
彼女がそういうと、カイリューのトレーナー……ファイアは地上に降りてきた。
「あなたを探していたのよ。エース」
「……確かあんたは……ユウナ?」
エースの目の前に姿を現したのは、ハナダシティの北の岬の小屋でデータをずっと解析していたユウナとファイアの二人だった。
「……何でここにいるんだ?」
「あなたを助けにここまで来たのよ!でも、これはどういうことなの……?」
ユウナが言うのは、エースの隣にいる3人のことだった。
「何で、SGの左腕<レフトアーム>のジョカ、ミナノ、プレスの3人といっしょにいるの!?」
ユウナがそういうと、ジョカがエースの前に仁王立ちになった。
「ボクたちには、お兄ちゃんの力が必要なんだよ!」
「お兄さん……?え……?えぇ!?」
「お兄ちゃんを連れて行く奴は、ボクが相手になるんだよ!!」
ジョカが敵意を剥き出しさせるが、エースが前に出る。
「助けに来てくれたこと悪いが……俺は戻るわけにはいかない」
「どうして?」
「やることがあるからだ」
「そのやることというのは、ライトよりも大事なことなの……?」
「…………」
「あなた……ライトがどんな気持ちでいたか知らないの!?」
「助けなくちゃならないんだ。俺の父さんを」
「あなたのお父さん……?」
「ボクが話すよ」
すると、ジョカは今まであったことをユウナたちに話し始めた。
たった一つの行路 №109
21
ボクが物心をついた時に、側にいたのは、当時ジョウト地方に住んでいたママをよく知るおじさんだった。
近くにあるのは釣堀で、そのおじさんが若い頃から練習のために使っていた釣堀だった。
ここで、ボクのママも釣りの練習をしたのだという。
そのママはボクを産んですぐに行方不明になってしまい、パパはボクに噂を聞きつけない場所へと雲隠れしてしまった。
おじさんにパパやママに会いたいと駄々をこねて、困らせたことがあった。
その度に「もうすぐ会えるよ」と言われて慰められた記憶がある。
でも、結局会えることはなかった。
さらに、おじさんは急病で亡くなってしまい、ボクは本当に一人になってしまった。
そんな時に勇気付けてくれたのは、幼い頃から一緒だったピチューとおじさんのドードーだった。
2匹とは家族同様に過ごしていたから、ボクは寂しくなんかなかった。
森の中で木の実や果物を食いつないで、何とか生き延びることができた。
そんなある日、ボクは2人と出会った。
「オメー、1人なのか?」
ボクよりも一回り大きい男の子が話しかけてきた。
あまりに突然のことでボクは萎縮してしまった。
ここで手を出されたら、分が悪いと思って体を小さくした。
でも、彼は意外にもそんな乱暴なことはしなかった。
一つのリンゴをボクに差し出した。
「食べろよ」
「え……?」
「腹減ってんだろ?」
「で、でも……」
何か裏があると思い、ためらっていると、
「食べないなら、俺が食っちまうぞ!!」
脅すような声で言われた。
あまりにも怖かったから、彼の持っているリンゴをひったくって噛り付いた。
「1人なら、俺たちと来いよ!一緒に暮らそうぜ」
威圧感のある声や一回り大きい体格に似合わず、彼は優しい性格の持ち主だった。
さらに、同じ歳だと聞いてボクは驚いた。
そして、もう1人の女の子とであった。
この2人こそが、プレスとミナノ。
今まで運命共同体してきた2人だった。
やがてボクらはジョウト地方を転々とすることにした。
ポケモントレーナーとして旅を始める年齢が、11歳が基本だったのに比べて、ボクたち3人はそれよりも随分低い年齢で旅をすることになった。
笑ったり、泣いたり、時にはケンカして、仲直りをして……充実した時を過ごした。
同時にそれぞれの境遇も語った。
プレスは、両親に捨てられたのだと言う。
彼の家がカントー地方にあり、だいぶ裕福な家で育ったのだと言う。
しかし、ジョウト地方へ(つまり、ボクたちが今いる場所)旅行に来た時、置いてきぼりにされたらしい。
原因は彼もよく知らないみたいだい。でも、あまり両親にかまってもらった記憶がないと聞いている。
ミナノは小さい頃からずっと親にこき使われて、両親から逃げてきたのだと言う。
こき使われる上に、本人はとてもおっちょこちょいで何度も失敗して、両親に虐待されたのだと言う。
そこで、逃げる途中でミナノはプレスとであったのだと言う。
そう考えるとボクは一体どうなんだろう?
ママが行方不明になって、パパが雲隠れをしたのだと言うのだから、ボクも捨てられたのだろうか……?
真実が知りたくて、親を見つけ出したかった。
けど、ミナノは言う。
「もし自分の子がどうでもいいと思っている親だったら、傷つくのはジョカですよ?」
一方でプレスは言う。
「良い方で考えれば、何か理由があったんじゃねーか?それこそ、悪い奴らに狙われているとか……」
ミナノは「それって、“良い方”っていうんですか?」とツッコミを入れた。
悪い奴らに狙われていると言うのはプレスのいう可能性の一つだけど、それってどんなことなのだろう?
もし、ボクを巻き込みなくないとして、パパが雲隠れをしたのだと言うなら、ボクはパパに愛されていたと言うことになるのだろうか……?
やがてジョウト地方の旅を終えて、カントー地方に辿り着いた時、ボクらはそれぞれ11歳になっていた。
ちょうど、その時にSGにスカウトされた。
ジョウト地方でそれなりにポケモンを捕獲したり、バトルさせたりして、すでにジムリーダークラスの実力をボクたちは持っていた。
“君達みたいな強い子達の能力を私達の組織で伸ばしてあげるよ”
断る理由なんてなかった。
冒険とか、スリルとかそういった楽しみがなくなるのが残念だけど、衣食住の全てが保障されているこの場所なら、今までより楽な生活ができると思った。
それから、バトルの特訓やたまにある任務をこなしていくと、すぐに3年の年月が重なった。
その3年の年月の中で、ボクは特別な力に芽生えた。
ポケモンの気持ちを知ることができ、ポケモンの傷をも癒してしまう特別な力。
さらに、気を高めることでポケモンの力も上昇させると言う特殊な能力だった。
このことを知るのはミナノとプレスだけで、他の誰もこの能力は知らない。
SGの文献を調べると、10年に1人の確率でトキワの森の力を受けて産まれる子供が持つ能力らしい。
その力の名は“トキワの力”と呼ばれるものらしい。
ボクは知った。パパとママがトキワに縁のある人間なのだと。
これで、ボクの両親を探す手掛かりが一つ増えたと喜んでいた。
だけど、このことは知らなくても出会いは思わぬところから舞い込んで来た……。
ある日、ボクはボスが廊下を歩いているのを見た。
ボスの顔を見たことはあったけど、実際に会ったのは初めてだった。
でも、ボクが目を惹かれたのはボスがいたからではない。
どこかで見覚えがある赤っぽい髪の男がいたからだった。
見覚えがあるんだけど、全く思い出せなかった。
気のせいだと思ったけど、どうしても気になり、ボスの後をついていった。
行き着いたのは、牢屋のような場所だった。
ボスはしっかりと鍵をつけて、その人を閉じ込めた。
ボスがこの場からいなくなるまで隠れて、ボクは思い切って話しかけた。
彼がボクを見ると、目を円くして言った。
「……まさか……ジョカなのか……?」
彼はすぐにボクが誰なのかを的確に当てた。
「どうして……?どうしてボクの名前を……?」
「……! そうだよな……。覚えているはずないよな……。だけど、そっくりだ。子供の頃のイエローに……」
彼は少ししょんぼりした顔で言っていた。
だけど、ボクは声と内容を聞いて、思い出した。
そして、とても小さい時、彼の胸の中で抱かれたことを思い出した。
「……まさか……パパ?……パパなの……?」
「……!!」
これ以上声が出なかった。
パパが声を出す代わりにボクを抱きしめた。
硬い鉄の棒で遮られているけど、何とか抱きしめてもらうことができた。
だけど、ここで疑問に思う。
何で、パパはここに捕まっているのだろう……?と。
「俺は、“あいつ”に操られている……。ここを出る度にマインドコントロールをさせられて、そのときの意識がない。……悪かったな。……ずっと連絡できなくて」
幼い頃から今まで心の中でずっと知りたがっていたパパの気持ちを知った。
ボクは捨てられていたわけじゃない。ボクの事を想っていてくれたんだと認識することができてうれしかった。
だから、一刻も早くここからパパを出したくて、鍵を探そうとした。
でも、パパは止めた。
「駄目だ。今は我慢しろ。そして、お前はここに近づくな!機会を待て!」
そういって、ボクをこの場から追い立てた。
この真実をボクが知ったとわかれば、ただでは済まないことをパパはわかっていた。
ボクに捕まって欲しくないからそう言ったのだろう。
仕方がなく、ボクは牢屋をあとにした。
しかし、パパの牢屋を出たところでボクはすぐに見つかってしまった。
ボールを取って警戒する。
そのマフラーで口元を隠した男の名前はアウト。
彼のことは写真で見たことがあった。
何せ、SGのトップチーム“ヘッド”のうちの1人だったから。
“ヘッド”のメンバーはSGのボスとボクのパパ、そしてアウトの3人。
つまり、ボクは大変な男に見つかってしまったのだ。
恐れていた事態に萎縮するけど、アウトは意外な言葉を放った。
「父親を助けたいのか?」
「え……?」
呆然とするボクにアウトはさらに言葉を続ける。
「お前の兄がいれば、父親を助けることなんて容易いだろう」
「お兄……ちゃん……!?」
ボクに兄がいることは亡くなったおじさんから聞かされていたからさほど驚きはしなかった。
でも、アウトからお兄ちゃんの話が出たことに驚いた。
「まさか……お兄ちゃんがどこにいるか知っているの!?」
答える代わりに、アウトはボクにひとつの石を手渡した。
虹色に見える石だったけど、見る方向を変えると、気持ち悪い色に見えたり、また色を失ったり、とても不思議な石だった。
「その石をエスパーポケモンに持たせて、人や場所を思い浮かべると、その場所にテレポートができる。それが、例え世界を隔てていても……」
「……世界を隔てる……?」
「要するにお前の兄を見つけ出せると言うことだ」
「!!」
ボクはもう迷うことはなかった。
「でも、この石は……?」
「君が持っていても構わないよ」
「ありがとう!」
何でアウトがこんなことをするかは全く考えていなかった。
そんなアウトの考えよりもお兄ちゃんに会えるという気持ちの方が強くてどうでもよくなったのだ。
そして、急いでミナノとプレスにこのことを報告した。
「だが、ジョカの兄貴はお前の顔を知らないんだろ?」
「大丈夫だよ!顔を見ればすぐわかるはずだよ!」
「でも、もし向こうがついて来ると言わなかった場合はどうするのですか……?」
「……そのときは……無理矢理連れて来ればいいんだよ!」
「それ、本気で言ってんのか?」
プレスとミナノの質問もボクにとってはそんなにたいしたことではないように思えた。
2人を説得した後、お兄ちゃんの所へ行くための報告のためもう一度パパの所へ足を運んだ。
手掛かりを見つけたと言うと、パパは言った。
「お前の兄、エースを見つけても、絶対ここへ戻ってくるな!わかったな!?」
パパはそう言ったけど、そうはしない。
絶対にボクは助けに戻ってくると心に誓っていた。
そして、エルレイドを繰り出してワープする瞬間、パパは聞いた。
「だが、その手掛かりをどこで見つけたんだ?」
「それはね、アウトさんが教えてくれたんだよ!じゃあ、行ってくるよ!」
そういい残してボクたちはお兄ちゃんのところへテレポートをした。
「待て!アウト……だと!?」
最後にパパのその驚いた声だけが印象に残った。
それからは、すぐにお兄ちゃんを見つけることが出来た。
結局強引にバトルする羽目になっちゃったけど、何とか3人がかりでお兄ちゃんを気絶させることに成功した。
さすがボクのお兄ちゃんだけあって、バトルの腕も相当のものだった。
もし、お兄ちゃんの“トキワの力”が完璧だったとしたら、バトルは長引いていたかもしれないし、もしかしたら返り討ちにされていたかもしれない。
しかもお兄ちゃんのことを知っていそうなお姉さんが襲い掛かってきたけど、ミナノが撃退してくれた。
お兄ちゃんのことをどんなに想っていても、家族の絆に勝るものはないとボクは思う。
それからは、お兄ちゃんに“トキワの力”のことを教えた。
ほぼ4週間の間にトキワの力を使いこなせるようになった。
ボクとお兄ちゃんが修行をしている間、ミナノとプレスは周りの見張りをしていてもらった。
SGのメンバーが急に消えたボクたちを探しているかもしれなかったから。
見張りは無駄ではなかった。
SGかTCかわからないけれど、プレスが語尾に特徴のある女と目つきの悪いツンツン頭の男と遭遇した。
女の方はたいしたことはなかったみたいだけど、男の方はプレス1人で負けそうになった。
修行の成果を見せるためにお兄ちゃんが飛び出して、その場を一転させたから良かったものの、油断は出来なかった。
こうして、お兄ちゃんが修行を完成させた今、ボクたちはSGへと突入する。
SGのために働くためではなく、パパを助け出すために……。
第二幕 Dimensions Over Chaos
進撃のサーティーンカード③ ―――ジョカ・デ・トキワグローブ――― 終わり