9
森。森。森……
見渡す限りの木々たち。
そんな森の中、シュシュッと木と木を移動する姿が見受けられる。
その姿をよく見ると、猿のようだった。
だが、木と木を移動するのはその一匹だけではない。
後を追うようにもう一つの影が動く。
「……あれ?」
その猿が下に降りていった。
下を確認してその影も飛び降りた。
高さが10メートルくらいある木から、その猿と影は猫のような身のこなしで回転しながら着地した。
そこには1人の男が倒れていた。
「……死んでるアルか……?」
影の姿は人間……しかも女の子。
グレーの短パンを穿いて、へそを出すほど短く白いTシャツの上に茶色のダウンジャケットを着用していた。
額に紫の鉢巻をしてオレンジ色の髪の毛を後ろに縛っている。
「大丈夫アルか~?」
ゆさゆさとその女の子は倒れている男をゆすってみるが反応はなかった。
男の格好は黒いダウンジャケットに黒のズボン。
ダウンジャケットの中は包帯のようなもので腹回りをぐるぐる巻きつけていた。
結構、頑丈そうな身体をしている。
「……だめアルね……」
確認をしてその女の子は、男の服の襟を掴んで引きずっていった。
猿……もとい、ゴウカザルもその女の子の後をついていった。
たった一つの行路 №100
10
「うぅ……ここは一体……?」
自分が寝ていたことに気付いて体を起こすライト。
「……はっ!?モトキ?モトキはどこ!?」
意識が覚醒してすぐに自分の愛する人を探すユウコ。
二人はお互いを確認して辺りを見回した。
「一体ここはどこなの!?」
だけど、周りは真っ暗で何も見えない。
しかし、真っ暗なのだが、不思議な点があった。
まるで目を瞑った時のような暗さにもかかわらず、彼女たちはお互いの存在を確認することができた。
「な、なんだよ、ここぉ~!!」
「あ、エレキ。目が覚めるのが早いわね……」
エレキの声を聞いて彼を見るが、体を小さくうずくませて、ぶるぶると隅で震えていた。
そこが隅かなんてはわからないのだが。
とりあえず、エレキを放っといてライトは周りを歩いてみた。
だけど、ライトが認識する限りは、ただ辺りが何もなく、暗くてお互いを確認できるだけで、他にこれといって変わった所は無かった。
「モトキは修行って言っていたけど、こんなところでバトルをするのかな?とりあえず、エレキ!」
ライトがボールを持ってバトルを誘おうとエレキを見ると、未だにぶるぶると震えるエレキの姿があった。
ため息をついて、エレキの肩に手をかけようとするライトをユウコが人差し指を“1”の形で口に当ててにっこりと笑いながら止めた。
「(…………?)」
『静かに』か『ちょっと待って』と言う意味なのだろうと思い、ユウコの指示通りにしていると、震えるエレキの後ろからクニャクニャといやらしい手つきでエレキの脇腹にそっと近づけていった。
そして……
「うわっ!あふぁ!くきゃっ!!やっ!っと!ゆ、ユウ、きゃ!」
一気にくすぐり始めたのである。
エレキはうつ伏せに寝かされて、そのままユウコがのしかかるように押さえつける。
まさに、この状態を『尻に敷く』と言わずになんと言うだろうか。
とにかくそんな按配でエレキは逃げられず、脇下から首……至るところをくすぐり続けた。
エレキは抵抗どころか喋ることもできず、ただユウコの玩具にされていた。
その様子をライトは唖然としてただ傍観していた。
―――5分経過。
エレキは力尽きていた。
「……ユウコさん?一体何がしたかったの?」
ライトは正直な気持ちを質問としてユウコに尋ねた。
その答えは『彼がとっても可愛いから』か『単なる遊びよ』と言う答えを予想していた。
「緊張をほぐしてあげたのよ」
「え?」
「修行に来ているのに、ただこんな何も見えないところに来ただけで震えていたんじゃ、何も出来ないじゃない」
「……確かに……」
ユウコさんにしてはまともな考えだ。とライトは少々尊敬した。
現に、エレキは荒い息をして地べたに這いつくばっていた。
こんな状況で怯えたり不安になることはまずないだろう。
「なーんてね。本当は単なる遊びで彼がとっても可愛かったからよ」
そして、ライトの元からの予想の答えにずっこけた。
『やっぱり、ユウコさんだ』だとライトは思ったようだ。
「♪おっ待たせ~」
丁度そのとき、ギターの先端にトランを乗せたモトキが姿を現した。
相変わらずノリノリな口調だ。
「モットキ~♪」
そして、相変わらずユウコはモトキにべったりをくっついた。
エースと離れたライトはそのラブラブ振りを見て膨れていた。
「モトキ!修行をするんでしょう?早く始めましょう!!」
「ライトちゃん!落ち着くでヤンスよ?ところで、エレキはなんで倒れているでヤンスか?」
「それはかくかくしかじか……」
「そうでヤンスか(汗)」
「ところで、ここって一体何なの?ただ何もない世界にしか見えないようだけど……」
「♪ここは~虚世界さ~」
「……キョセカイ?何ですか?」
「♪そのままさ~虚世界~」
納得いかない説明に、ライトは白い目でモトキを見る。
トランが慌てて代弁する。
「ここは“どんな世界にも属していない、どんな世界にも共有していない、そんな世界にも干渉されない、偽りの世界”でヤンス」
「…………?」
「♪ま~簡単にいえば、ドラゴンボールに出てくる精神の時の部屋とか~そんな感じの世界さ~」
「お、思いっきりそのままじゃないですか……」
簡単な説明にツッコミを入れつつもようやく立ち上がったエレキ。
「一応行っておくでヤンスけど、ここは本の中でヤンス」
「え?本の中?」
「そうでヤンス」
「♪いやー弟の本が役に立つなんて思いもしなかったな~」
「弟?モトキって、ハナの他にも兄弟がいるの?」
「じゃあ、修行を始めるでヤンスよ!」
ライトが首を傾げて聞くが、トランがさりげなく遮った。
「♪じゃあ~とりあえず~3人とも~修行でどうしたい?」
ここで言うモトキの三人とは、ライト、エレキ、ユウコである。
「え、ええと……ぼ、僕は……自分に自信が持てる強さが欲しい……」
「……強くなりたい……エースを助けられるくらいの強さが!」
「私はダーリンにふさわしい人になりたいわ♪」
エレキ、ライト、ユウコがそれぞれ意見を述べた。
「♪大体わかった~それなら~ユウコは俺と一緒に修行な~」
「本当!?うれしい!!」
ユウコがモトキに飛びつき、モトキはユウコの胸の感触を味わいながら受け止めた。
「♪とりあえず~ライトはトランと戦ってみてだなぁ~。♪エレキは1人でやること~」
「ちょ!?」 「な、なんで!?」
ライトとエレキは不満を漏らす。
「モトキ!私とバトルしてちょうだいよ!あんた強いんでしょ!?」
ボールを取りながら、ライトは叫ぶ。
「♪俺は~ユウコと修行するって言ったじゃないか~」
「真面目にやりなさいよ!!」
モトキのいい加減な態度にライトはキレた。
ヤミラミを繰り出して、シャドーボールを放った。
だが、モトキの間に割って入ってきたポケモンによって攻撃はかき消された。
「オイラが相手になるでヤンスよ」
「私はモトキに相手にして欲しいの!トランはどいて!!」
怪しい光を放ち、辺りは一瞬光に包まれる。
「そこよ!『みだれひっかき』!!」
トランは混乱していた。
攻撃は確実に当てることが出来ると思っていた。
だが、トランはまるで風に飛ばされる紙のごとくひらりとかわした。
「ヤンスッ!!」
ズバッシュッ!!
混乱しながらも放つエアスラッシュはヤミラミを捉えて一撃で地面に這いつくばらせた。
トランは頭を振って、正気に戻した。
「……特性の『千鳥足』ね……迂闊だったわ」
「モトキー!本気だしていいでヤンスか?」
バサバサと翼をはためかせながら、モトキを見て言った。
「♪たまにはいいんじゃないか~?思いっきりやれー♪」
「『本気出していい?』ですって?なによ……まるであんたが本気を出していないかの口ぶりじゃない」
「そうでヤンスよ?」
「……私を甘く見ないで!!」
ライトはゴルダックを繰り出して、トランに向かって行った。
「……ぼ、僕は本当に一人で修行しないといけないんですか?」
ライトとトランが激突している間、エレキがモトキに質問した。
「♪最初はな~。とりあえずさ~」
「と、とりあえず?」
「♪さぁ~ユウコ。あっちに行って特訓しようか~」
「いいわよ!私のテクニックを見せてあげるんだから!フフフッ♪」
ユウコはモトキの腰に抱きついた格好で歩いていった。
そして、二人はやがて見えなくなった。
「……ゆ、ユウコさん……本当にやる気あるのかな……?」
エレキがポツリと言葉を零す。
「ヤ―――ン―――ス―――♪♪♪」
ズドンッ!ズドンッ!ズドンッ!
「な、なんだぁ!?」
凄まじい音と衝撃。
エレキがユウコたちを見ている間にこちらの勝負は続いていた。
……いや、今、勝負がついた。
「……そんな……まったく手も足も出なかった……」
ライト側にバシャーモ、プクリン、ゴルダック、ヤミラミ、タテトプス、チルタリス……つまり、ライトの全てのポケモンが倒れていた。
「ゴホッゴホッ……オイラの勝(が)ちでやんず」
声を濁らせて、トランが喋る。
さっき放った強力な技の影響らしい。
「だけど、最後に放ったバシャーモの技は当たったら、危なかったでヤンス。アレには冷やりとしたでヤンス」
「負けたら意味がないのよ……。私は強くならないといけないのに……!!」
膝をついて、地面を叩くライト。
「だから、オイラがいるでヤンス」
「え?」
「別にモトキはライトの相手がするのが嫌でオイラと戦わせたわけじゃないでヤンス。教えるのはオイラの方がうまいからでヤンス」
「それって本当なの?」
「オイラは嘘をつかないでヤンスよ」
トランが笑って答える。
「それなら……トラン……私はどうしたら強くなれるの?」
「大丈夫でヤンス。少しずつ強くなって行くでヤンスよ」
そして、ライトたちの修行は幕を開けた。
11
ライトたちが修行に入って一週間が経過していた。
ライトたちは修行をし、身を削り、ユウナたちはSGのことを調べ続けていた。
そして、もう一つの組……オトハたちはと言うと……
「カスミ……カレーはやめてくれぇ……」
「……ハルキぃ……やっと会えたよぉ……」
「……zzz……zzz……」
ぐっすりと夢の中だった。
まだ昼間なのに、全員気持ちよさそうに寝ていた。
「…………(怒)」
だけど、その様子を見ていて怒っている者が一名。
「いい加減に起きなさいってよ!!」
彼女はフーディンを取り出したかと思うと、サイコキネシスで3人と一匹を叩き起こした。
「せっかくハルキに会えたのに……」
「あーもう少しでカスミにカレーを食べさせられるところだった……危なかった……」
「……テレナさん……まだお昼じゃないですかぁ……」
眠い目を擦りながら、テレナに文句を言う3人。
「あなた達はいつまでここに居座るつもり?いい加減に他の町へ探しに行ったらどう?」
オトハ、サトシ、カレンの3人はテレナの家があるクチバシティにきていた。
何故こんなことをしているか、それはオトハの一つの提案から始まった。
―――「待っていたほうがいいですよぅ。『果報は寝て待て』と言うじゃないですかー」―――
と。
カレンとサトシは反対したのだが、いざ実行するとテレナの家が居心地が良くて、結局居座って三日目になる。
さすがのお嬢様テレナも怒る。
「でも、探すにも手がかりもありません」
「SGに行ったときもエースに関する手掛かりなんて全くつかめなかった訳だし……」
四天王との激闘の後、オトハたちはテレナの案内でSGの本部へと足を伸ばした。
しかし、情報は彼らの言うとおり、まったく得ることができなかったのである。
「ユウナさんたち……どうしているでしょうか……?私達を探しているのでしょうか……?」
「オトハさん!俺たちもクチバシティを出て探しに行きましょう!」
「それなら、いいところがありますよ?」
ニット帽を被った少年……アースが丁度家に帰ってきた。
アースは四天王との戦いから、オトハたちと行動を共にしていた。
「どこですか?」
「トキワシティへ行ってみてはどうでしょう?」
「トキワシティ?そこに何があるの?」
カレンが首を傾げて尋ねる。
「SGに行った時にエースさんの本名を教えてもらいましたよね?」
「……確か“エース・デ・トキワグローブ”だっけ?」
「あ、そうか!」
カレンがほんと手を叩いた。
「自分の名前はアース・トウカといいます。つまり、名前の後に出身地の町の名前を入れることが結構あることなのです。だから、エースはトキワシティに関係のある人なのではないのでしょうか?」
「気付きませんでした」
「ああ、ほんとに気付かなかったぜ」
オトハとサトシは淡々と言った。
そんな様子の2人にテレナとカレンはあきれていた。
「とにかくすぐに行ってみましょう!トキワシティへ!」
「そうだな!」
「待ってください!その前に……」
「どうしたんです?オトハさん?」
立つ準備を始めるサトシたちの他所で真剣な顔で止めるオトハ。
「私……眠いです……おやすみなさい……です……zzz……」
「オトハさーん!!」
こうして眠ったオトハは次の朝まで目を覚ますことはなかったという。
そして、時は流れるように4週間も経過してしまった。
12
「(くそっ……何でこんなことになっているんだ……?)」
今の状況を嘆き、辺りに八つ当たりしながら男は言う。
その隣りには露出で色気を見せているのだが、どうみてもガキじゃねぇかと思うくらい子供の女の子がいた。
その子をジムリーダーに例えるならスモモと言った所だろう。
「ラグナたん!焼けたアルよ」
「つーか……てめぇ……真面目に出口を探す気があるのか!?」
「私はここに修行しに来たアル。別に出られなくてもいいアル」
「うるせェ!!てめぇが出たくなくても俺は一刻も早くこの森から出てぇんだよ!!エアー!!てめぇも真面目に出口を探さねぇか!!」
文句を言いつつ、こんがり焼いた木の実を口に放り込んでかじる。
「どっちにしても、無理アルよ。私もラグナたんもエスパーポケモンも飛行ポケモンも持っていないアルから……」
「あ゛―――!!畜生っ!!」
頭を掻き毟りラグナは叫んだのだった。
第二幕 Dimensions Over Chaos
それぞれの4週間 終わり