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たった一つの行路 №092

/たった一つの行路 №092

 24

 時間はもう22時を回っていた。
 晩飯を終えて就寝の時間だった。

「ライトちゃん……」
「……イエローさん?」

 ルーカスが適当に部屋を割り振って、ライトとイエローが同室になっていた。

「ボクはエースが小さい頃しか知らないんだ。よかったら、エースのこと話してくれないかな?」
「ええ、いいですよ」

 そして、ライトはエースについて語り始めた。
 初めて出会った時、腹ペコで死にそうだった事。
 崖から落ちたとき、助けてくれたこと。
 ポケモンリーグで負けたとき、励ましてくれたこと。
 たくさんのエピソードがライトの口から止めどなく出てくる。
 イエローは口を挟まず、ライトの話に耳を傾けていた。
 しかし、不意にライトはその話を止めた。

「ライトちゃん……?」

 彼女は嗚咽を漏らして泣いていた。

「私……エースを見つけられるかな……?エースを助けられるかな……?」

 気丈に振舞っていても、ライトは不安でいっぱいだった。
 その不安が涙となって、溢れ出したのだ。
 イエローはライトの頭にそっと触れた。

「…………」

 そのまま、ライトはイエローに抱きついて泣き続けた。
 イエローはただそのままライトの背中をさすってあげていた。



「う~ん…………」
「何唸っているのよ」
「ルーカス姉さん……」

 トキオはお茶を飲みながら考え事をしていた。

「いや、少しおかしいなと思って」
「何が……?」
「イエローさんが持っていた写真のこと」
「どこがおかしいって?」
「イエローさんは10年前の写真だと言った。そのことがおかしいんだ。どう見ても、今いる本人と写真を比べると、イエローさんがあまり変わっていないんだ」
「そういえば……17歳の息子がいるとしても……若すぎるわ……」
「もしかしたら、世界を移動するときって、時間軸のズレも生じるのかな……」
「ちょっとトキオ……まさかあんたも行く気じゃないでしょうね?」
「え?勿論行きますけど?」
「あんたはダメよ」
「えっ!?何で!?何で俺は行っちゃダメなんだよ!!」

 突然の発言にトキオは戸惑う。

「あんたは研究所でお留守番しなさい」
「何で!?俺はライトちゃんを助けてあげないといけないんだよ!!」
「あんたが行ったところで何が出来るの?」
「俺だって、あれから少しは強くなったんだ!ライトちゃんの手助けくらいできるさ!」
「どうしても行くの……?」
「行くさ!ルーカス姉さんがなんと言おうとも……」
「…………」

 トキオの目を見てルーカスは思う。
 本気だと。
 さらに少しの間考えてルーカスは深いため息をした。 

「行ってもいいわよ」
「え?」

 あっさりとルーカスは承諾する。

「ありがとう!!ルーカス姉さん!!」
「一つだけ聞きなさい……」
「?」
「トミタ博士はあと1ヶ月は戻ってこないの。オーレ地方でクレイン所長の手伝いをするから。なんか、また例の組織が動き出したらしいの。それで私一人なの」
「(例の組織……またスナッチ団とかシャドーが……って、えっ?)ルーカス姉さん一人!?」
「そう……」

 ルーカスはジィーッとトキオの目を見る。
 トキオはルーカスがそんなにじっと見つめることがなかったから、少し顔を赤くした。
 しかも、そのルーカスが異様に色っぽかったのでそのせいもある。

「私を置いて行くつもりなの……?私を一人にする気なの……?ねぇ……トキオ……」
「る、ルーカス姉さん……」

 いつもと違う甘い声に心動かされるトキオ。心拍数は高まるばかりだった。

「お願い……一人にしないで…………」

 そう言われると、トキオはもう何も言えず、うんと頷くしかなかった。



「オトハ……こんなところでどうしたの?」

 自分の名前を呼ばれて、後ろを振り返るオトハ。

「ユウナさん……」
「今日はきれいな星空ね。はじめて見たわ。いつも仕事に夢中になったり、パソコンを打っていたりして空なんて見ていなかったものね」

 研究所の庭の大きな石の上にオトハは座っていた。
 その隣にユウナも座った。

「何か考え事でもしていたのかしら?」
「ええ……」
「もしかして、エースのこと?」
「え!?」

 オトハは驚いてユウナを見る。

「図星だったようね」
「ユウナさん……何で私の考えていることが分かるんですか?」
「カンよ。それにあなた、わかりやすいのよ」

 フフっと笑うユウナ。

「実は……1年位前にエースさんに会ったんです。そのときのエースさんはとても寂しそうで、何かを求めて彷徨った目をしていました」
「…………」
「エースさんは一方的にライトさんのことばかり話していました……」

 オトハは空を仰いで喋った。

「その後、私は何も言わずに彼と別れました」
「その事を、ライトには言わないの?」
「えっ?」
「そんな大事なこと……何で今まで言わなかったの?」
「そ、それは……」

 口ごもるオトハに首を傾げるユウナ。

「会ってやましい事なんてしてないんでしょう?」
「え、ええ……そ、そうですよ!そ、そ、そんなこと…す、するはずが……」
「(動揺しすぎじゃない?)」

 その様子のオトハを気にせず、ユウナも空を仰いでみた。

「大丈夫よ。ライトには言わないわ。それに、私ならあなたを信じるわ」
「……え?」
「あなたはヒロトが好きなんでしょ?その気持ちがある限り、私はあなたを信じられるわ」
「そ、それってどういう意味ですか?!まさかユウナさんも……」

「いいえ。私はヒロトにそんな感情を持ち合わせてなんかいないわ。ヒロトは自分がはじめて信じることが出来た人。……あ、いっしょにいたラグナたちを除いてね。その彼を好きになったあなただからこそ信じられるのよ」
「ユウナさん……」
「それにしても……ヒロトはどこにいるのかしらね……?」
「(ヒロトさん……あなたもこの空のどこかでこの星空を見ているのでしょうか……?)」

 再び空を仰ぐオトハ。

「でも、今はエースを助けることに専念するわよ」
「ハイ」

 ユウナとオトハ。
 今まで生きて来た境遇は違うとはいえ、2人には何か通じるものがあるようだった。



「(きっと……きっと会える……私はそう信じている。あの金髪にすらりと長い足。たくましい体に、精悍な顔つき……そして、カリスマ性……あの人は今一体どこに……?絶対見つけて見せるわ……)」
「ユウコさん……?」
「あ……オトハ?」

 オトハが自分の部屋に戻ってみると、ユウコがぶつぶつと言っていたので気になって声をかけてみた。
 ユウコはオトハが部屋を出て行くときからずっと、窓を見ていたのでオトハは気になった。

「どこか具合でも悪いのですか?」
「ううん。どこも悪くなんてないわ!むしろ元気よ!」

 ユウコは立ち上がってくるりとひとまわりしてみせる。

「それなら弟さんのことですか?」
「……ショウか……」

 ショウとはユウコと4つ離れた弟である。

「心配じゃないと言えば、心配ね。まともに連絡を取っていないから。私が一方的にタッグバトルマスターになるのをやめてアイドルになるって言い出して、一人旅をし始めちゃったから……。ショウは心配しているかも。今、何やってんだろう……」
「ショウ君なら心配ありませんよ」
「えっ?」

 オトハの意外な答えにユウコは振り向いた。

「コトハから、ショウ君と一緒に旅しているって連絡があったのです。だから、元気ですよ」
「コトハ……あんたの妹ね」
「ええ」
「それなら安心だわね」

 ユウコはベッドに身を投げた。
 ボンッ!と音が鳴り、目に見えない埃とチリが巻き上げられた。

「あ」
「どうしたのです?」
「もし、コトハとショウが結婚したら、コトハは私の義妹になるのね」
「それならショウ君は私の義弟なりますね。でもそれは本人次第ですよ」
「そうね。恋なんて、本人同士が納得いって成就するもの。他人がとやかく言うものじゃないわ」
「ええ」
「もう寝るわ。お休み。オトハ……」
「おやすみなさい。ユウコさん」

 程なくして、オトハも床に着いたのだった。



 25

 午前7時。
 全員がリビングに集まり、朝食を取った。
 午前8時。
 最終確認のために、それぞれ荷物や手持ちのポケモン、その他などの確認をした。
 そして午前9時になった。
 全員がバトル丘に集まって、カレンが時の笛を吹いた。
 相変わらず時の笛は2年前と変わらず、神秘的な音色を奏でて、時空の彼方からセレビィを呼び出した。

「ビィ~♪」

 すると、セレビィはカレンの周りをぐるぐる回り始めた。
 会えて喜んでいるらしい。
 カレンはセレビィを手で捕まえて、撫でてあげた。
 気持ちよさそうにセレビィは鳴いた。

「ミュウ!出てきてくれ!」
「ジラーチ!頼むよ!」

 サトシとマサトもセレビィが出てきたのを確認してミュウとジラーチを繰り出した。
 ミュウもジラーチも健康そのもので飛び回っていた。

「それで、どうすればいいの?」

 カレンが本を読み直している兄に尋ねる。

「ミュウとセレビィとジラーチが手をつないでその中心に風土となるものを置くって書いてあるけど……それ以外は書いてないなぁ……」
「ちょっと!ここまで来てまた足踏みなの!?」

 ライトは怒っている。

「だけど、大概ワープするとしたら、ポケモンに捕まっているのがいいと思うんだよな。だから、イエローさんが中心にいればいいはず……」
「心配になってきたわ……」

 ライトはそう言うが、結局そうするしか方法はなかった。
 ミュウとセレビィとジラーチが手をつなぎ浮かび上がった。
 イエローがピカチュウを右手に抱えて、浮かんでいる3匹のうちのセレビィに触れた。
 そして、他のメンバーもそれぞれ3匹に触れた。

「そして、3匹の力を徐々に上げて行くんだ」

 トキオに言われて、3匹のトレーナーは指示を出す。

「最大になったところで、ミュウがテレポート、セレビィが自然の恵と時渡り、ジラーチが願いを叶える力をタイミングよく使うんだ。それで出来るはずさ」

 3匹は徐々にエネルギーを溜めていった。

「それじゃあ、お兄ちゃん……行って来るね」
「ああ」

 カレンを筆頭に、ほぼ全員が行ってきますと言った。
 そして、3匹の力が頂点に達した。

「トキオ」

 そのとき、ライトが言った。

「なんだかんだでありがとう……」

 少し恥ずかしがりながら、ライトはトキオにお礼を言った。

「なに、気にするな。当たり前のことをしただけさ」

 そういって、トキオはライトに背を向ける。

「ライトちゃん……エースを連れて無事に帰ってきなよ」
「……言われなくてもそうするわよ!」

 そして、その瞬間は来た。

「ミュウ!」
「セレビィ!」
「ジラーチ!」
「「「今だ(よ)!!!!」」」

 サトシ、カレン、マサトの息のあった指示が重なったとき、凄まじい光が発生した。
 トキオとルーカスは眩しくて目を覆った。
 そして、数十秒後に目を見開いたとき、そこにいた10人のトレーナーたちは消えていた。

「行っちゃったわね」
「行っちゃったよ……」

 ルーカスとトキオが驚いて言う。

「(ライトちゃん……がんばれよ)」

 トキオは空を見てそう思ったのだった。
 だが、次の瞬間蹴りが入った。

「トキオ!ボーっとしてないで研究の続きよ!!」

 腰をさすって、トキオはルーカスに言う。

「ルーカス姉さん……いや、ルーカスさん。俺、ルーカスさんのことが好きだ!」
「……は?何寝ぼけてんの?寝言なら寝て言いなさい」
「えっ!ちょっと!プロポーズしたんだから答えてくださいよ!」
「だから、仕事しろって言っているのよ!!」

 今度はトキオの尻を蹴っ飛ばすルーカス。

「ルーカスさん……俺のこと好きじゃなかったの!?『一人でしないで……』って昨日の夜のアレは嘘だったの!?」
「昨日は私一人になると、全ての仕事に手が回らなくなるからあんな芝居をうったのよ!!」
「……えぇ!?アレ芝居だったんですか!?」
「芝居よ!!」
「(それにしては本格的だったような……)」
「いいから仕事しろ!!」

 3度も蹴られるのはイヤだったので、トキオはピューンっと研究所へ逃げていった。
 ルーカスはその姿をため息をついて見ていた。



 たった一つの行路 №092
 第二幕 Dimensions Over Chaos
 次元の記述(後編) 終わり



 To Be Continued Thirteen Cards VS Sky Guardian



 あとがき
 この話が第二章の区切りになります。
 この章は最初から、第一幕で主人公ヒロトのライバルポジションだったエースが誘拐されるという展開で、ライトたちがどうやって他の世界に入っていくのかのドタバタした話であります。
 メンバーは第一幕のロケット団対立の時と気持ち変わっているかな程度です。
 彼らが他の世界でいったいどんな活躍を見せるのか、それなりに楽しみにしていてください。
 次回の章は、いよいよ世界と世界が交わり、物語が始まります。


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Last-modified: 2015-04-13 (月) 21:49:08
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