道に迷ったとき……人はどこを進むのでしょう……?
光への道……
闇への道……
もしくは来た道を引き返す事も……
または道を自分で切り開くことも……
迷路なら壁を伝っていけば、きっと出口が見つかるでしょう。
これは人の進む道も同じことだと考えます……
歩いていけば、そこが道なのです。
だから……足を止めることだけはしないでください。
進むことをやめて止まってはいけません。
立ち止まっては……いけないのです。
どんなに苦しくても前に進むこと……
それだけが、私たちの時を動かしてくれるのです。
だから、私は……どんなに苦しくても前に進むことだけはやめたりはしません。
……答えを見つけるまで……
たった一つの行路 №082
4
TSUYOSHIという謎のノッポ男の襲撃から3日が経過していた。
マングウタウンの町外れの小さな墓地……そこに一人の少女が花束を持ってゆっくり歩いていた。
しかし、ただゆっくり歩くだけではない。
柔らかな雰囲気を纏って、一点の汚れもないおだやかな香りを漂わせてだ。
それは白いロングスカートや淡いピンク色のカーディガンからも醸し出されていた。
どうやら、彼女はお墓参りに来たらしい。
「(ここ……ですね……あら?)」
彼女は一つの墓地の前に腰を下ろして、花を供えた。
だけど、その花束を備えようとしたところには、1輪の花が供えられていた。
彼女はその花と並ぶように花束を置いた。
そして、その墓標の前に立ってお祈りをした。
「(それにしても、エースさんまで行方不明なんて…………)」
数十秒間の祈りをささげた後、膝をついて、空を見上げて物思いにふける彼女。
このとき、彼女が考えていたのは2人の少年の顔だった。
そこに一人の靴の音がコツコツと聞こえて彼女は振り向いた。
「あんただったのね。去年の丁度この日に花束とその1輪の花を備えていったのは」
「……ルーカスさん……」
彼女の顔を見て名前を口にした。
「はい。でも、1輪の花は私ではありません」
「え?」
予想もしなかった返答にルーカスは首を傾げた。
「それならこの1輪の花は……?」
「ヒロトさんだと思います……」
と、彼女が答える。
「私を訪ねることもなく……あの弟は……。ところで……あんたのことはトキオから聞いたけど……」
ルーカスのほうを彼女は見た。
「オトハ。……あんたって私の弟……つまりヒロトのことが好きなの?」
「……はい」
彼女……オトハはためらわずに返事をした。
ふーん……と、ルーカスは頷く。
「じゃあ、何でヒカリの墓をお祈りするのかな?あんたにとってヒカリは邪魔な存在じゃないのかな?」
探るようにオトハの顔を見るルーカス。
「確かにそう思ったことは何度もあります。私がヒカリさんに代わることが出来たらと思ったことも何度もあります。そう……彼女がいなければと……。……そのたびに私は何度その考えを恥じたことか……」
そういいながらふとルーカスから目線を外す。
「でも、私はこう考えてきました。私がヒロトさんにとって、ヒカリさんを超えるような存在になれたら……って。そのためには生きているヒカリさんを超えなければならないと……。でも……」
「すでにいない人を超えることは出来ないわね……」
目の前にある墓地を見てつぶやくルーカス。
「はい……だから、私はいつまでもヒカリさんを超えることが出来ないのです。そして今、ヒロトさんがどんなことを想って、どんなところにいて、どんな行動をしているかは分かりません……」
「弟のことだから、自分のことを責めているのかもしれないわね」
ルーカスが小声でそういう。
「代われることなら代わってあげたいのです。ヒカリさんの代わりになれるのなら、代わってあげたいのです!それがダメなら、私はヒロトさんの心の穴を埋めてあげたいのです!!」
「オトハ……あんた……」
ふと、オトハの目から零れ落ちる涙。
ルーカスはその様子に驚いていた。
「(この子……)」
ヒカリはスクールに通っていたときから、ヒロトといっしょに遊んでいた。
その様子をルーカスはずっと見ていた。
ヒカリがヒロトを好きなのは見て分かることだった。
それに、彼女はヒロトのことで相談しにきたこともある。
現にヒカリにヒロトといっしょに冒険に行きなさいと助言したのはルーカスなのである。
しかし、それをヒロトが断ることはルーカスの予想外の出来事だった。
旅立ちの朝に一人で旅に出ると言った時、ルーカスは非常に複雑だった。
彼女に理由を聞くにも旅立った後でなかなか連絡が来なかった。
そして、ノースト大会から負けて帰ったときも、ルーカスの質問には気のない返事ばかりだった。
そうしてヒカリは行方をくらましてしまった。
ヒカリがヒロトをどれだけ好きだったかは、ルーカスには分からない。
でも、彼女には分かったことがあった。
ふと、ルーカスは口を開いた。
「オトハ……あんたにお願いがあるわ」
「……何でしょう?」
涙を拭って、ルーカスを見た。
「ヒロトのことを……救ってほしいの」
「え?」
「ヒロトのことを想っているあなたならば、救ってあげられるかもしれない……」
「……出来るでしょうか……?」
オトハは表情を曇らせていた。
「今のヒロトには、道なんて見えてないと思う。それをあんたなら、私は示してあげられると思ったのよ」
「私が……?」
「あんたならできるわよ!私には分かる……きっと、あんたじゃないと出来ないかもしれないわ……私を信じなさい!」
オトハは立ち上がって再び空を見た。
「それにね……立ち止まって、いいことなんてないのよ」
「ええ……その辛さは私も知っています。私には2つ下の妹がいるのです」
「トキオから聞いているわ。彼女もヒロトのことが好きだったんでしょ?」
「ええ。その一件から、彼女は立ち直ることが出来なかったのです。でも、今は立ち直ってある人と旅をしているようです」
「……そう……それならよかったわ……」
「……今日は辛くたって、明日は楽しいことが待っているかもしれない。そう……どんななことになっても立ち止まっていいことなんてないです……」
「ヒロトのこと……引き受けてくれるかしら?」
「はい。……がんばります」
2人の視線がぶつかる。
「(比べることなんて出来ないのかもしれないけど、私には感じる……。ヒカリよりもさらにオトハはヒロトのことを考えているように見えるわ。
ヒロトがヒカリを想っているのと同じくらいオトハが自分のことを想っていると気づいてくれればもしかしたら……)」
ルーカスは一つの可能性をオトハに託したのだった。
5
「湖が見えたわ!」
風を受けながら、湖を確認するのは帽子のツバを後ろ向きに被っている少女だ。
「ここはナシロ湖。ここを鳥ポケモンで飛んでいけばフールタウンの一番の近道なんだぜ!」
「それはわかったけど、なんで私の鳥ポケモンに乗っているのよ!!」
「その方が喋りやすいだろ!」
「別に私はあんたと喋るために行動しているわけじゃないのよ!!」
帽子の少女がドッ!っと男を押すと、あえなく男はドボン!と湖の中に転落して言った。
「ひ、酷いじゃないか!ライトちゃん!」
「元はと言えば、あんたが私に催眠術をかけなければ、エースに会えたかも知れないのよ!!」
「(……あのときのこと……まだ根に持っていたのか……でも、あの時はライトちゃん、酷いケガだったし無理させるわけには行かなかったしなぁ……)」
と、湖の中で考えるのはサングラスを額にかけた男……トキオである。
さて、何故トキオとライトが一緒に行動しているのか?
それは今から1日前に遡る。
マングウタウンの研究所へライトがやってきた。
彼女は服がボロボロだったのにもかかわらずそのまま来たらしい。
「ら、ライトちゃん!?そのボロボロな格好はどうしたんだい!?」
「はぁはぁ……私の格好なんてどうでもいいわよ!!そんなことよりも……エース……エースの情報を知っているんでしょ!!教えて!!」
必死の形相にトキオは気圧されて、急いで彼女を応接間へと連れて行った。
そしてトキオはライトをイエローに紹介した。
イエローがエースの母親であるかもしれないということも。
ライトがここに来たということで、ルーカスやオトハもその場に居合わせた。
なお、トミタ博士はまだ帰ってきていないらしい。
「何だ……エースは見つかってないのね……」
「ごめん……でも、手がかりがあるんだ。イエローさんは別次元の世界から来た人かもしれないんだ……」
「別次元の世界……?」
「そう。トキワシティやマサラタウンがもう一つある世界……でも、こっちにしかないものがあったりと、2つの世界を比べて若干違いが生じている世界……パラレルワールドみたいな……」
「まさか……あいつらも、そのパラレルワールドから……?」
「ライトちゃん?どうしたの?」
ルーカスがライトの様子を見て尋ねる。
「私……エースに会ったの……」
「え?」
視線は自ずとライトに集まる。
「5日前に私はライズシティでエースを見つけたの……。でも、3人組が邪魔してきて、エースを連れて行っちゃったの……」
「まさか……誘拐!?」
「エースさんが!?」
「そんな……エースが……」
ルーカスとオトハとイエローは口々に声を上げる。
「そいつらの一人と私は戦ったんだけど……全く歯が立たなくて、そのまま気絶されられちゃったの……」
「それじゃ……エースの行方は……」
トキオは俯いてしまった。
「だけど、トキオが言った手がかりとあわせると……エースがどこにいるかがわかったわ!」
「えっ?」
一同がライトを再び見た。
「そのパラレルワールドよ!」
「!?」
ライトの発言に皆驚きを隠せない。
「何でそんなことが分かるんだい?!」
「3人組の中の一人……ミナノって女と戦って負けて気絶する直前に、明らかに空間が歪んでその中に入って消えて行ったのを見たの。恐らくそれがパラレルワールドへの入り口……」
「そうか……それなら、エースを探すにはその世界に行くしかないな!」
と、トキオ。
「ちょっと!それじゃ、一つ言えることがあるじゃない!」
「えっ?ルーカス姉さん……何ですか?」
「この前来たノッポな男……TSUYOSHIといったかしら?あいつももしかしたらパラレルワールドから来た奴の一人じゃないの!?」
「そうか!!そしてそいつは……イエローさんを明らかに狙っていた……」
「そう考えると、イエローさんとエースの狙われる理由には繋がりがありそうね……」
ルーカスがイエローを見ていう。
「こうしてはいられないわよ!私たちもそのパラレルワールドへ行くのよ!!」
「ええ、ボクも一刻も早くその世界に戻ったほうがいいみたいですね!急ぎましょう!」
ライトとイエローは立ち上がる。
二人とも燃えていた。
「ライトちゃん、イエローさん落ち着いてください……。とりあえず、どうやってパラレルワールドに行けばいいのでしょう?」
オトハの一言で皆唸る。
「確かに……でも、イエローさんがこっちの世界に来た方法を使えば……」
「ごめんなさい……どうやってボクがここへ来たか分からないんです……」
ライトの考えは無理だった。
「俺に一つ手掛かりがある」
すると、意見を出したのはトキオだった。
「オートンシティに行ってくる」
「オートンシティ……?トキオ……まさか“あいつ”の所に行く気!?」
「ルーカス姉さん。今はどんな情報も集めないといけないんだ。だから、直接行って来るよ!それまで研究所をお願いします!」
「トキオ……分かったわ」
ルーカスは承諾した。
「オートンシティ……?それなら、私も行く!!」
「ら、ライトちゃん!?」
「そこに何があるかなんて分からないけど、行動あるのみなのよ!じっとしてなんていられないわよ!!」
「わかった。じゃあ、俺とライトちゃんでオートンシティへ向かう」
「トキオさん……私も何か手伝えることがありますか?」
オトハがトキオに聞く。
「オトハさんはイエローさんの護衛をお願いできますか?正直、あのTSUYOSHIレベル以上の奴が再び来て戦えるのはこの中でオトハさんだけです」
「分かりました」
「それにしても、オトハさんが丁度来てくれて助かりましたよ!何するか思い出すまでいてくださいね」
「……ええ……」
「で、トキオ……どうやってオートンシティへ行くわけ?」
「もちろん、まず北東のナシロ湖を越えてフールタウンへ……それからオートントンネルを通らず、オートン山を越える予定ですけど……?もちろん飛行ポケモンで一気に」
ルーカスに聞かれて、トキオはルートを伝えた。
「確かに……そのルートは速いからいいわね……だけど、気をつけないさいよ」
「分かってるって♪」
「別にあんたの心配はしてないわよ。あんたがいないとコーヒー淹れてくれる人がいなくなっちゃうじゃない」
「え゛」
さらっとルーカスは言った。
ルーカスにとって、トキオの存在価値はそんなものだったらしい。
後編へつづく