―――「ここはボクが戦います!!……レッドさんは逃げてください!!」―――
―――「いや、イエロー……お前は逃げるんだ!!」―――
―――「ここは俺とレッド先輩に任せろ!!」―――
―――「あなた……レッドさん……。……いやっ!!絶対に……イヤだ!二人だけ残して逃げるなんてボクにはできないよ!!」―――
―――「来るッ!!」―――
―――「なっ!?イエロー!?」―――
―――「きゃっ!助けて……」―――
―――「「イエロー!!!!」」―――
たった一つの行路 №080
3
……シャカシャカシャカ……
研究室の一室でヘッドホンから漏れ出す音が部屋の中に響く。
その部屋の真ん中でソファにもたれてグラサンを額にかけた白衣の男が一名、口からだらしなくよだれをたらして寝ていた。
右手にはポケモンの色違いのポケモンに関する資料を持っているが、左手には何かを持っていたような手の形をしていた。
それはこの部屋の鍵であるが地面に落ちていた。
ギィィィィ
そんなところで部屋のドアを開く音がした。
そして、白衣を着た女性が一歩、また一歩、彼に近寄って行った。
そんな彼は気づかずにのんびりと寝ている。
やがて、彼女は彼のヘッドホンを取った。
「うん……?」
ヘッドホンを取られて、目をうっすらと開いたところで彼女が彼の耳に口を当てた。
「起きなさいッ――――――――!!」
耳元で大きな声を出されたら、彼はずっこけるしかない。
見事にソファから転げ落ちて、右手に持っていた資料を上に投げてしまった。
だが、それを彼女はうまくキャッチした。
資料はクリップで留めてあったためにばらけることはなかった。
「もう9時よ!!それにあんた一体どこで寝ているのよ!!」
「……9時?……朝の9時?しまった!!資料を見ながら寝てたのか!!」
「資料を見ながら寝たのは私にも経験があることだから咎めないけれど、このヘッドホンは何かしら?トキオ君?」
ヘッドホンを取り上げて、女性はトキオを睨みつける。
「あ、そ、それは……最近発売した人気アイドルの『神木カナコ』……通称『ゴット・カーナー』の新発売した曲で……『カナちゃんが倒せない』というセカンドシン―――」
「そんなこと聞いていないわよ!!資料室に音楽を聴きながら入るというのはどういうことかと聞いているのよ?」
「あ……これは……そのー……」
慌てふためくトキオ。
「ごめんなさい……ルーカスさん許してください」
「二度とこういうことは慎みなさいよ。まったくトミタ博士はトキオを甘やかすんだから!!」
ここはマングウタウンのトミタ研究所。
ノースト地方の最大といわれる研究所である。
そこには遺伝子レベルで主に色違いや亜種のポケモンを研究するトミタ博士。そして、2人の助手がいた。
その助手の1人は8年前にこのマングウタウンを旅立ち、ノースト、ホウエン、ジョウトの大会を制してポケモンマスターになったといわれる少年の姉、ルカことルーカス。
そして、ポケモン研究者になるべく、トミタ研究所に居候しているトキオである。
トキオは2年前のダークスターの騒動以来、この研究所に落ち着くことにした。
それは、もともと研究者になりたかったからでもあるが、別の理由が一つあった。
「ルーカスさんが美しいから……」
だそうだ。
しかし、彼はこの2年でわかったことがある。
美しいものには毒があるということを。
トキオは毎日をポケモンの生態に関して勉強していた。
しかしこれはそんなときに起きた出来事だった。
トキオは研究所のはずれにある草原で本を読みながらP☆DAをヘッドホンにつなげてラジオを聴いていた。
本来P☆DAでラジオを聴く機能はないが、知り合いに機械弄りが得意な人がいてその人につけてもらった機能である。
とりあえず、彼は休憩中で休んでいるようだった。
「う~ん……ナツキちゃんもグラマーで天然でいいけれど、やっぱり本命は『ゴット・カーナー』の歌だなぁ」
ヘッドホンを取り外して、伸びをする。
ついでに手を伸ばし、腕を伸ばし、体を倒したりとストレッチ運動をした。
そんなこんなで彼は立ち上がって空を見る。
「うん。いい天気だ」
と思った次の瞬間。
トキオの顔に髪の毛がかかった。
「え?何だ……?ぐわっ!!」
トキオはそれだけしか反応が出来なかった。
無理もない。それだけ急なことだったのだ。
ズドン!ドガン!と音を立ててトキオは潰された。
「……っつつ……誰だよ……あ゛―――!!」
今の衝撃で、P☆DAにひびが入ってしまったのだ。
「ラジオ聴けないじゃないか!!どうしてくれるんだお前!!」
突然のしかかってきた奴をのけて、トキオは文句を言う。
「オイ!!何とか言ったらどうだよ!!」
しかし、その人物は気絶しているようで反応がなかった。
「ったく……何だって言うんだよ……」
ふと、トキオはそいつが被っている帽子が気になって取り上げた。
「麦藁帽子を被っているやつなんて珍しいな……え゛―――!?」
呆然とした。
そう、帽子を取ったら、可愛いポニーテールが姿を現したのだ。
「こ……この人……女性!?」
トキオは驚いていた。なぜなら、ポニーテールがなければ、女性だと分からなかったからだ。
突然の事態に慌てて、トキオはルーカスに知らせることにしたのだった。
「ボクはイエロー・デ・トキワグローブといいます」
「イエロー・デ・トキワグローブ……」
応接間の一室。
そこにトキオ、ルーカス、そして、落下してきた女性のイエローがそこにいた。
「え……?ボク?……もしかして、ボクっ娘!?」
「そんなことどうでもいいからね」
どこからか取り出したのかルーカスがかなづちでトキオを軽く小突いた。
まともにそれが入ってトキオはあっけなく気絶した。
「トキオから空から落ちてきたと聞いたけど、あなた一体どこから来たの?」
「それは……よく分からないんです」
「どういうこと?覚えていないの?」
「どうやってここに来たかが分からないんです」
「つまり、そのとき何があったかが分からないということね……」
ルーカスはため息をついた。
「ジュンサーさんに届けた方がいいかしら……?」
「ジュンサーさんって誰です?」
「え?」
ルーカスはイエローを見た。
「ジュンサーさんは全国各地どこにでもいる同じ顔をした婦警さんよ!?」
「全国各地……いいえ。ボクの知っているトキワシティにそのような人はいません。いえ、トキワシティだけじゃありません。どこの街を行ってもそのような人はいません」
ルーカスはピトッとイエローの頭に手を置いた。
「……熱はないわね……でもどういうこと……?」
「まさか!!」
突如、かなづちで殴られたトキオが復活した。
「別の世界から来た人なんじゃないの!?」
「……トキオ、あんた一体何を言い出すの?熱でもあるんじゃない?」
「いや、まじめに言ってるんだよ!そのままの意味さ!前にカレンに聞いたんだが……」
カレンとはトキオの妹である。
現在は実家のオーレ地方のアゲトビレッジでまったりとした日々を過ごしているはずである。
「……2年前、ダークスターと戦ったときに別世界の人間とバトルしたことがあるって。そいつらは凄まじい力を持った連中だったって。
確か、『リュウヤ』と『ナポロン』とかいったな。『リュウヤ』は確かに俺も一度だけ戦ったことあるけど、とてつもない強さの奴だった」
「つまり、イエローさんも別の世界から来たんじゃないかということ?」
「その可能性が高いんじゃないかということさ」
イエローは2人の話をキョトンと聞いていた。
「イエローさん……何か身元の分かるものとかポケモンとか持っていません?」
「ポケモンなら……」
イエローは腰につけてあったサイドバックを外して見せた。
そこにはモンスターボールがセットされていた。
「あれっ?このモンスターボールは中身が透けて見える?」
「つまり……この世界とボールの造りが全く違うみたいだね」
トキオは自分の持っていたモンスターボールと照らし合わせてみた。
自分のボールは中身が見えないようになっていたが、イエローのモンスターボールははっきりと識別できるようになっていた。
中身はお花を頭につけた可愛いピカチュウにドードリオ、オムスター、ゴローニャ、バタフリー、ラッタである。
「あっ……」
ふと、イエローが手を入れた懐から一枚の写真がひらひらと舞って地面に落ちた。
ルーカスはその写真を拾い上げる。
「え?……イエローさんって子持ちだったの!?」
「はい。息子の写真です。今探しているんです」
「『今探している?』」
「行方不明になってしまったんです」
「一体どうして……?」
「分からないんです……。丁度1歳になったころでした。そのときにふと姿を消したのです」
「まさか……」
「誘拐!?」
ルーカスとトキオは顔を合わせた。
「ボクもそう思って、警察に届け出たり、みんなで探したりするようにしました。でも、見つかりませんでした」
「だから……探しているんだ……」
ルーカスが写真をイエローに返そうとすると、横からトキオが割って入ってその写真をとった。
「で……その子の名前はなんて言うの?」
「名前はエース。エース・デ・トキワグローブです」
「エースって……あのエース……?」
「え?トキオさん知っているんですか?」
「いや……違うか……」
「何よ!トキオ!びっくりさせないでよ!」
「(だって……おかしいじゃないか……。こんなことあるはずない……)」
トキオは少し考えてから、イエローに例の写真を返した。
「この写真って、一体いつの写真ですか?正確に何年前の写真ですか?」
「この写真はエースが1歳になったときの写真なの。だから……10年前の……え?……あれ?11年前……?14年?……うっ……」
「イエローさん!?」
イエローは突然頭を抱えて倒れた。そして、気持ち悪そうに口を抑えていた。
「とりあえず、こっちに!!」
ルーカスは急いでイエローを連れて行った。どこに行ったかはいうまでもなし。
「……不可解な点はあるけれど、一応ライトには連絡を入れておこうか……」
トキオは研究所の電話でライトに電話をかけたが、繋がらなかった。
しかし、急ぎの事情だったため、とりあえずメッセージを残して置いた。
「トキオ……何やってたの?」
「一応、ライトちゃんに連絡取っていた。彼女、エースを探していたから。手がかりがあれば連絡するという口実で連絡先を教えてもらったから約束は果たさないとな」
「ふーん」
「でも、出なかったから、メッセージだけを残した」
「……で、例のエースとの連絡は?」
「エースの連絡先はわからない」
「女の子の連絡先は把握しているくせに」
ルーカスが皮肉る。
「そんなこと言ったって、知っていても同じだと思うぜ。ヒロトと同じさ」
「……そうか……」
ヒロト……ルーカスの弟である。2年前の事件から、ルーカスは彼に連絡を取ろうとしたが、彼は通信手段を持たずにどこかへと消えていってしまったのだ。
ヒロトと同じとは、エースもまた自ら行方をくらましたから連絡がこちらから取れないということを示すのである。
「イエローさんは?」
「今、私の部屋で休ませているわ……あ、トキオ、入っちゃダメよ」
「ギクッ!……イヤだなー!そんなことするはずないじゃないですか!!(汗)」
「その“ギクッ”と大量の汗と下心は何かしら?」
「下心なんて持っていないですよ!!ただ興味があるだけ……あ」
本心を口走り、トキオはルーカスに殴られる。
「全く……こんなときに余計な体力使わせるんじゃないわよ!ただでさえトミタ博士が学会の発表のため、1週間不在で忙しいのに!!」
やれやれと言いながら、ルーカスは持ち場へと戻って行った。
―――そして、3日が過ぎた。
ピンポーン!!
「誰かしら?」
ルーカスは返事をして研究所のドアを開いた。
すると、そこにはとっても身長が高い男が立っていたのだ。
大体、2メートル……いや、それ以上あった。
「ここに……“イエロー・デ・トキワグローブ”はいますか?」
「(な……何こいつ……?)」
ルーカスはその男の声を聞いて寒気がした。
そしてルーカスの直感が告げた。
こいつにイエローを会わせてはいけないと。
「イエローなんて知りませんよ。お引取りください」
男はルーカスを見下ろした。まるで目で射殺すかのように。
「ふわぁ……ルーカス姉さん……だれ?こんな朝早くから…………ってデカッ!!」
トキオのその男の第一印象だった。いや、そのままである。
トキオの身長は一応179センチあった。しかし、その男はそれ以上あるのだ。無理もない。
「あなたに聞きましょう。“イエロー・デ・トキワグローブ”はいますか?」
ルーカスは首を振っているが……
「あ、お前、イエローの知り合いなのか?イエローならいるぞ?」
「そうか……」
男はにやっと笑った。
「あがらしてもらうぞ!!」
「待ちなさい!!」
ルーカスは男の腰を掴んで引き止めた。
「トキオのバカッ!!素性も知らない男に情報やるんじゃないわよ!!」
「ごめん!!」
「邪魔をするなら容赦はしないぞ!!」
「え!?」
「うわっ!!」
ルーカスとトキオは何かの風を受けて吹っ飛ばされてルーカスは外の庭にトキオは部屋の壁に吹っ飛ばされた。
「まさか……そいつの拳圧か!?」
男の出したポケモンは、豚ザルポケモンと呼ばれるオコリザルだ。
「イエローを連れて行く」
「そんなことさせねぇ!!『サイコキネシス』!!」
トキオはハイパーボールからポケモンを繰り出して、男とオコリザルを庭へと吹っ飛ばした。
しかし、奴らは何の動揺もなく着地。ダメージはそれほどないようだ。
「ラティオスか……。一介の研究員がまさかそれほどのポケモンを持っているとはな」
「これでも、俺は名の知られたポケモントレーナーなんだ!行けッ!!もう一回『サイコキネシス』だ!!」
強力な超能力を起こして衝撃波を繰り出した。
「その程度なのか?」
「何!?」
ジャンプしてかわすとオコリザルの上からの拳圧がラティオスに炸裂した。
「ラティオス!?」
「いくら伝説のポケモンを繰り出そうが、トレーナーがそのレベルでは話にならない」
「うるさい!!『竜の波動』!!」
「無駄ですよ」
簡単に攻撃をかわされて、今度は後ろを取られた。
「そう何度も引っかかるかよ!!『ドラゴンクロー』!!」
バキッ!!
オコリザルの拳とラティオスの攻撃が激突した。そして、お互い吹っ飛んだ。
しかし、オコリザルの方が体制の立て直しが早かった。
ラティオスが吹っ飛ぶ衝撃から開放されたとき、オコリザルの拳がラティオスの目に写った。そして、顔面を殴られて気絶させられた。
「ラティオス!!」
「少しはやるようだけど、この程度だな」
「くっ……ルーカス姉さん!!」
トキオはルーカスの様子を見たが、最初の攻撃で吹っ飛ばされて気絶させられていた。
「(くっ!ルーカスさんの手助けは期待できない……)まだだ!!エアームド!ジュゴン!」
エアーカッターと冷凍ビームを同時に放った。
「無駄だ」
攻撃は巧みなフットワークで簡単にかわされて、接近されて今度は2匹同時に拳圧で吹っ飛ばされた。
「くっ!!まだだ!!」
トキオは猛攻を仕掛けていった。
後編へつづく