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たった一つの行路 №076

/たった一つの行路 №076

 ざわつく歓声。
 たくさんの観客たち。
 ここ……コンサートホールは熱気と活気に満ち溢れていた。
 ある者はペンライトを片手に振り回し、あるものは奇声を上げて、コンサートの主役が来るのを待っていた。

 ジャジャーン!!

 すると、エレキギターの音が鳴り響き、観客たちはその奏でる主を探した。
 そこにいたのは金髪で180cmのまさにギターリストと呼ばれるような男がいた。

「♪いやっほー!今日も壮快だぜー!」

 突如歌い始める少年。
 はじめ、観客はブーイングを投げつけるが、やがてそれは少しずつ変わって言った。

「♪どんなに遠く離れたって~俺は時空さえも超えていく~。だから、待っていろよBABY!可愛い~可愛い~俺のCLAZYGARL!!」

 独特な歌声と特徴的なテンポが観客に伝わっていく。
 歓声はブーイングから、好意的なものに変わっていき、そして、演奏が終わった時には拍手が響き渡っていた。



 少年は舞台裏に下がってエレキギターをケースにしまった。

「やぁ!モトキ君!お疲れ様!」

 このコンサートの主催者と思われる男がモトキという少年に労いの言葉をかける。

「君が間をつないでくれたおかげで助かったよ!!これはほんのお礼なんだけど……」

 男が封筒を差し出すが、一貫と拒否してモトキは受け取らなかった。
 そして、そのまま外へ出て行った。

“皆様長らくお待たせしました!!”

 会場ではアナウンスが流れる。
 それと主に客は一斉に沸きあがる。

“トップアイドル……『ゴットカーナー』の登場です!!”

 キャーキャーわーわーと先ほどのモトキの時の歓声の3倍はあったという。



「モトキ!どうだったでヤンスか?」

 突然喋りかけてきたのは、人間ではない。
 何せ、彼の周囲には誰一人、彼を見ている人はいないし、彼に話しかける様子はない。
 声の主は彼の背中のギターケースの先端に止まっている一匹のペラップだった。

「♪だから~~、トランも来れば良かったのに~」

 モトキはノリの良い口調でトランというニックネームのペラップに話しかける。

「オイラは人がいっぱいいるところがヤでヤンス」
「♪とりあえず~楽しかったぜ~!やっぱり~歌はおーぜーの前で歌うとサイコ~だぜ!」
「モトキ……これからどうするでヤンス?家に戻るでヤンスか?」
「♪どうするって~?トラン~そんなの決まってるじゃないか~!Let's ろじょ~ライブ!だ・ぜっ!」
「ほんとモトキは歌うのが好きでヤンスね……」

 実はコンサートはもともと引き受けてやっていたわけじゃない。
 モトキが勝手にコンサートに潜入して、前座を買って出たのだ。
 だが、そのほとんどが失敗で、今回のように前座でも歌えたというパターンは稀に見るケースなのである。
 いつか、モトキは大きな舞台で歌いたいとも思っているが、一番の目的は歌う事であって、観客がどんなに少なくても、もしくはいなくてもいいのである。
 それくらいモトキは音楽を愛していた。

「だけど……オイラ疲れたでヤンス!今日は帰りたいでヤンス……」
「♪そう言うなって~」

 トランをがっしりと掴み、軽く睨みつけるように言うモトキ。
 トランはため息をついた。
 次の時、トランはモトキの後ろである現象を目撃した。

「モトキ!!後ろ!!見るでヤンス!!」
「♪何だ~?」

 仕方がなく促されて振り向くと、後方100メートル先に『ゴットカーナーコンサート』と書かれて装飾されて吊り下げられている物のうち、『ゴ』という文字が少しずつずれて落ちそうになっていた。
 その下には何か考え事をしている女性が1人。
 ふとしたとき、その『ゴ』という文字は女性に引き付けられるように落ちていった。
 彼女はそれに気がついたが、もう遅く、何も出来なかった。
 目を閉じて屈み込んで少しでも当たったときの衝撃を和らげようとするだけだった。
 だけど、それが彼女に当たる事はなかった。

「……えっ!?」

 目を恐る恐る開けてみると、彼女は地面から離れていた。
 とは言うものの、エスパーポケモンの超能力で浮いているわけではない。
 横抱きに……通称お姫様抱っこという形で抱き上げられていた。
 自分の元いた場所には『ゴ』という文字がずっしりと地面にめり込んでいた。

「♪大丈夫か~?」
「へっ……?」

 ふと二人の視線が交錯した。
 その時、同時に感じたこともない感触が心の中をかき乱した。

「っ!!……た、立てるか?」
「!!……え。……ええ……」

 彼女は降ろしてもらって、服装……セーラー服を直していた。
 しかし、彼らの視線はどちらも明後日の方を向いていた。

「モトキ~?大丈夫でヤンスか?」
「トラン……ああ。大丈夫だ」
「……あ、ええと……ありがとう」

 彼女が慌てた様子でお辞儀をすると、モトキも合わせて意味もなくひょこりと頭を下げた。

「ふぅ……行くか。トラン」
「モトキ?」

 ぎこちなく、すたすたと立ち去っていくモトキにトランは首を傾げたのだった。



 たった一つの行路 №076
 第二幕 Dimensions Over Chaos
 序曲~始まりのうた~(前編)



「ねーねー!イチゴねーちゃん!ちょっといい!?」

 幼女の柔らかい声が空気に伝わる。
 その女の子は、イチゴという姉のエプロンの裾を引っ張っぱる。

「ちょっと……カエデ……待ってなさい。今、夕食を作っているところなの」

 ここは台所。
 ガスコンロが3つくらいあり、冷蔵庫も2つ、食器もかなりの数が置いてある。
 どうやら、かなりの大所帯らしい。
 イチゴと呼ばれる女性は20歳前後で、カエデと呼ぶ女の子は大体10歳くらいだった。

「あー本当だ……いー匂い……。……!! そうじゃなくて!モトキにーちゃんが!」
「モトキがどうかしたの?」
「様子が変なの!!」

 妹のカエデに引っ張られて、仕方がなく持ち場(台所)を離れ、モトキの部屋へ行くイチゴ。
 そこでは、窓の淵に座り、ギターを弾いているモトキの姿があった。

「……いつもと同じじゃない?」
「違うよ!私の目に間違いはないもん!絶対何かあったんだよ!」
「……あ……♪どうした?カエデ?」

 モトキが呼びかけるが、カエデは兄を一瞥すると、姉に任せてそそくさと部屋を出て行ってしまった。

「……?」
「あなたの様子がどこか変だというから、カエデが心配していたのよ?」
「そうか……カエデにはわかっちゃったかな……」

 普段とは変わって落ち着いた口調で話すモトキ。
 いつもの音符口調はどこへやらである。

「姉ちゃん……俺がこの家を出るって行ったらどうする?」
「えっ?いきなりどうしたの?」

 落ち着いた様子でモトキのベッドに腰掛けるイチゴ。

「……もしもだ。俺がこの家を出て行くとしたら、姉ちゃんはどうする?」
「……それは……」
「もちろん、わかっているさ。この家を継ぐのは長男の役目なんだって。だけど……」

 なんとなく察したようでイチゴは尋ねる。

「どんな娘なの?」
「……わからない。一目あっただけなんだ。だから、名前も知らない」
「……それならまだいいじゃない。そんなに深く考えなくたって。夕食にしましょう。もう少しで出来r」
「イチ姉ェ!!変な匂いがする!!」
「えっ!?大変ッ!!火をつけっぱなしだったわ!!クルミ、火を消して!!」

 先ほどとは違う男勝りの女の子の声がして慌てて、イチゴはモトキの部屋を出て行った。

「♪愛してる。愛してる。そんな言葉では語り告げられないこの感情。君に伝えたい。AGAIN AND AGAIN……」

 ギターを弾きながらモトキはそう呟いたのだった。



 ―――翌日。
 ハナダシティのファイアに祝いの言葉を送ったアクアはとある場所に来ていた。

「よく来てくれたな。アクア」
「ええ。呼ばれれば来ますよ。テツマさん」

 テツマと呼ばれる男は、白髪の50代と思えない腕っ節の強そうな髭を生やしたオヤジだった。

「今日は何の集まりですか?」
「実はメンバーに加わりたいと言う奴が来たんだ。アクアはそやつらを試してやれ。入って来い」

 テツマが呼びかけると、金髪の青年とオレンジ色の髪の少女が姿を現した。

「♪ど~も!ギターリストのモトキだぜ!」
「こんにちは。アロマのお姉さんで妹のハナです」

 1人がやかましくギターを弾きながら歌っているのに対し、女の子の方は律儀にペコリと頭を下げて自己紹介をした。

「(へぇやかましいけどイケメンのモトキと……)」

 グリーンのジーンズにブラウンのジャケットをラフに着こなす顔も美形のモトキはアクアにとってもイケメンに見えるらしい。

「(大人しく優しい心を持っていそうなハナね……)」

 真っ白のフリルがついた可愛らしいワンピースにオレンジ色の髪のハナは優しく見えるらしい。
 それはやはり、服装が白く可愛らしい笑顔を持っていたからであろう。

「(……それにしても兄妹に見えないわよ)」

 アクアの第一印象はそんな感じだった。
 そして、この二人が兄妹に見えないことは、大抵の人が同じ意見を持つことだろう。

「オイラはペラップのトランでヤンス!」

 そして、ずっとモトキの頭にいたトランも自己紹介をした。
 アクアも自己紹介をした。

「テツマさん……。試すと言っても……どうすればいいんですか?」
「簡単なことよ」

 テツマに尋ねるアクアだったが、メガネを掛けた聡明な女性から答えは返ってきた。

「カンナさん?」

 カンナ。
 かつて、四天王として君臨し、カントーを襲撃した一人であり、また、ナナシマのロケット団襲撃の事件でも活躍したと呼ばれる氷使いの女性である。
 しかし、それも昔のこと。
 今ではこの組織のメンバーに加わっていた。

「あなたが加わった時の試験で試してみたら?その子たちが実力を持った子達かを調べるため……」
「あの時の試験……」
「♪あの時の試験~?」
「あの時の試験ですね」

 上からアクアが思い出すような口調でいい、モトキが歌いながらいい、ハナが知らないくせして知ったような風に言う。

「ほう……それがいい。それなら、レベルアップのために、“あいつ”も連れて行け!きっと経験の足しになるはずだ!」
「は……はい」

 アクアはモトキとハナを見た。

「♪た~のむぜぃ~」
「お願いします」

 二人は快活と暢気な口調でそう言った。
 あまりにも個性的なペースのせいでアクアは少し頭を悩ませたという。



 モトキが気になった人か……。
 一体どんな人なんだろう?
 私たちは安易に他人を好きになってはならない。
 私たちには大変な宿命がある。
 それをモトキはわかって言っているのだから、よほどその人に惹かれたのね。

 私たちにはどの世界へも入り込むことが出来る特殊な力を持っている。
 その力を使って、様々な世界に入って救助や任務をこなしていた。
 でも、そんな力を必要とする者は最近徐々に減っていってきている。
 もしかしたら、私たちの仕事も潮時なのかもしれない。

 この『どの世界に入り込むことができる力』はある条件を満たすと消えてしまう力……。
 その一つに恋をすると力が消えるという話を父さんから聞いたことがある。
 原因は解からない。
 でもきっとそれは他の世界に影響を与えないためのものなのかもしれない。

 父さんもある時、母さんと出会って、結婚をして、私たちの家(せかい)で私たちを産んだ。
 そのために、父さんも母さんも2人の出会った世界へしかいけなくなってしまった。
 そして、全ての任務を私たち姉弟に任せるようになった。

 長男は家(せかい)を守るためにこの家を継がなくてはいけない決まり……。
 だけど、救助や任務が必要とされなくなっている今、そのようなルールを守らなくていいのではないかと思う。
 それに、もしモトキがその子と一緒になりたいといった場合は長女の私がこの家を継ぐべきだと思う。
 この家(せかい)が私は大好きだから。

 今日からモトキと妹のハナがティブスへ任務のために出かけていった。
 私の勘ではこの任務は恐らく大変なことになると思う。
 でも、きっとあの二人なら成し遂げてくれるはず……。

 モトキ……あなたは好きなようにやりなさい。
 音楽に打ち込むのもいいし、好きな人と一緒になるのもいいし……。
 とにかく姉さん<私>は応援するわ……。



 つづく


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Last-modified: 2015-03-23 (月) 20:55:07
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