―――「(あいつを……止める……)」―――
女性は鋭い槍を持って崩れた物陰に隠れて怪物の様子を伺っていた。
まわりは全て瓦礫の山。倒された木々、街の残骸、全て怪物に破壊されたものだった。
その破壊の主……怪物は今、地面に大きい体を腹ばいするように寝ていた。
―――「(倒して見せる……)」―――
―――「待て!」―――
―――「っ!?誰!?」―――
肩を捕まれて女は止められた。影になって、どんな奴が自分を止めているかは見えなかった。
―――「放して!私があいつを倒すの!」―――
―――「無謀すぎる!!落ち着くんだ!」―――
すると、無理やりにその影の人物は、女性を物陰に引っ張って押さえつけた。
女性は押し倒されたことによって少し冷静になって相手が男だったことをはじめて知った。
―――「って!何するのよ!ヘンタイ!!」―――
―――「うぉっ!!」―――
顔をめがけた蹴りは当たらず、かわされた。
―――「ゴメン!ゴメン!謝るから……本当に許してくれ!」―――
―――「あなたは誰よ?」―――
―――「僕は…………」―――
影にいることで目が慣れてきたのか、女性は相手がどんな人物だか徐々に確認することが出来た。
何の加工もされていない布をマントのように身に付け、黒い薄手のグローブを身につけていた。それ以外はマントで何を着ているか確認ができなかった。
さすがに影で詳しい人相は見えなかったが、悪人には見えなかった。
―――「いや、やめておこう」―――
―――「何でよ!」―――
―――「それよりも僕にいい考えがある」―――
―――「どんな方法?あいつを倒せる方法なの!?」―――
女性はグイッとその男に顔を寄せる。男は驚いて頬を赤くする。
―――「あ、ああ。倒せはしないけど、方法はあるんだ!でも、それには時が来るまで待つんだ……」―――
たった一つの行路 №067
第二幕 Dimensions Over Chaos
漂う日々たち③ ―――Duel Day―――
「う~ん……イカ焼き…………オクトパ?……ムニャ……これは……ピーマン!?……」
一人の少年が寝ぼけていた。誰か?という問いはしないことにしよう。
「はっ!!ツッコミ高校!?」
「……どんな夢を見ていたの?」
「あ、ザク」
意味不明な言葉を撒き散らして、目が覚めたネス。
ネスを見下しているのは、いつものように起こしに来たザクだ。
「……お休み」
「起きろー!!」
二度寝をするところをすぐにお得意の炎攻撃でネスの葉っぱでできた布団を灰にする。
もちろん、毎回のようにネスは自分の服に燃え移った火を消すために部屋から飛び降り、池へとダイヴする。
いつもと何の変わりもない日常である。
「本当に懲りないよね……ネス」
「これは僕のセリフだよ!ザク!何も僕の布団を燃やすなんて酷いじゃないか!」
「起きない方が悪いんでしょ!……ところで今日はこれからエリーのところに行くんでしょ!」
「うん。朝飯を食べてからね」
「また焼き芋?」
「今日は、ナミネからもらった魚を焼いて食べるんだ。ザクも食べる?」
「そうするよ」
こうして二人はネスの家である木の根元で朝飯を頬張る。
串で魚をさして焼いただけであるが、それはそれで美味しいらしく、2人はそれをもぐもぐと頬張っていた。
「やっぱり、魚はセミナだな」
「そうだね。一番近くで魚が獲れる場所といったら、セミナだしね」
「そうなると……今度は肉が食べたくなるよね……」
「ネス……最近贅沢になってきていない?」
「だってさ、最近肉を食べてないじゃない……」
「それはそうだけどさ……。でも、肉なんてそう簡単に手に入るものじゃないよ」
「分かっているよ。……でも今度“クロールバレー”に行ってみない?」
クロールバレー。
そこの集落に住むものは皆気が荒く、ケンカ早い。しかも、狩猟の技術はピカイチで肉を中心に食べて暮らしているという。
農耕の集落のウェノンと漁業の集落のセミナとはまた違う種類の集落である。
「ネス……あそこには狂暴な動物もいるんだよ?またヒグマとかに襲われるのはイヤだよ」
「そう……でも、食べたいなぁ……肉」
しみじみとつぶやくネス。その姿は残念そうだった。
「僕はちょっと寂しいんだ」
「え?藪から某にどうしたの?」
突然の言葉にザクはネスを見た。
「リュウはいつもいっしょだったけど……最近さ、リュウはナミネといっしょに仲良くしているし……。こうやって、みんな離れていっちゃうのかなってさ」
「ネス……何でそんなこと心配しているの?別に離れても会えなくなるわけじゃないんだし……」
「……うん……そうだね」
俯いていたネスがパッと明るい顔をして、立ち上がった。
「じゃあ、行こう!エリーの家に!!」
「うん!」
「あ!ネスはん!」
「やあガブ!どうしたの?あれ?なんか今日はたくさんのお客さんが来ているみたいだね」
エリーの家に数人の客が集まっていた。その客とはどうもウェノンのものたちではなく別の集落から来た者らしい。
その客たちは、狩猟者らしく、仕留めた家畜や鳥などを運んできたようだ。
「もしかして……クロールバレーの人たち!?」
「ネスはんよく分かったでんな。彼らはクロールバレーから来た者たちで、物々交換をしてきたでんな」
「物々交換?」
物々交換とは、簡単に話せば食料の交換である。
いくら、ウェノンの者達が農耕で芋や野菜を作っているといえ、そればかり食っていては栄養が偏る。
それは、クロールバレーの者達も同じで、その問題を避けるために行っているのが物々交換である。
「ところでエリーは?」
「エリーでんな?エリーならたぶん裏にいるでんな。作物に水をあげていると思うでんな」
「よし、行ってみよう!」
「そうだね!」
ザクとネスがエリーの家についたころ、丁度エリーは畑の作物に水をあげていた。
エリーの家の裏は畑になっていて野菜や芋などいろいろな作物を取ることができるのだ。
「よう、お前が族長の娘だな?」
「誰あんた?」
ところがそんなエリーに一人の男が話しかける。
エリーは訝しげに男を見る。
その男の格好は絹のジャケットで裾が太ももの上部まであり、ミドリのぴっちりとしたズボンを履いていた。いずれも動きやすい格好だ。それに黒いグローブをつけて髪型は紫色のトサカ頭だった。
「俺の名前はマレン。クロールバレーの族長の一人息子さ。族長の子供同士仲良くしようぜ!」
「あ、そう」
エリーはそれだけ言って、畑の水遣りを続行した。
ふと、マレンという男はエリーを引っ張った。
「ちょっと!何するのよ!」
「結構可愛いな。それにその態度……気に入った!俺の嫁になれ!」
「はぁ!?」
突拍子もない発言にエリーはあきれた。
「“はぁ!?”じゃなくて、俺はお前が好きだ!そうだ、一目惚れだ!だから、俺の嫁になれ!」
「誰が好き好んであんたの嫁にならなきゃならないのよ!!」
と、マレンはエリーをグイッと引き寄せて、エリーの顔を引き寄せた。
「俺はマジだぜ!」
すると、信じられないことに、そのままマレンはエリーの顔に接近してきた。
「な に を す る き よ!!」
ビュッ ガン!!
エリーはそのまま顔を……いや、頭をマレンに押し付けた。
いや、押し付けたというよりはぶつけたという。
つまり、頭突きが決まった。
「あ、エリーだ!」
「おはよう!エリー!」
マレンは両手で顔を押さえて、怯んでいた。
そして丁度ザクとネスが来たところを見計らって、エリーはマレンと自分の間にネスを置いて盾のように身構えた。
「え!?エリー?何!?どうしたの!?」
「ネス!あいつを何とかしなさい!!」
指をさした方を見ると、気を取り直してネスたちを見ている男……いや、エリーを狙う姿は獣と言ったほうが正しいだろうか?とにかくマレンがいた。
「そいつは……?はっ!?まさかそいつとエリーは……」
「……?」
「そうよ!私にはネスがいるのよ!あんたの嫁なんかにはならないわ!!」
「え……?ええぇ!!!???」
「どうなってるの?」
ネスとザクはまだ、いまいち状況がつかめていないらしい。
「だから、あたしのことは諦めなさい!!」
エリーは言う。
「……そうか……だが、それで俺が諦めると思ったか!?」
「何ですって!?」
すると、マレンは背中にくくりつけていた木の棒……木刀を一つネスに投げる。
あたふたとしながらもネスはその木刀をキャッチした。
するとマレンは少し離れて、もう一つの木刀を持って構えた。
「それじゃ、これで勝負だ!相手を気絶させたら勝ちだ!!俺が勝ったらエリーをもらっていくぜ!」
「そう来たわね……それじゃ、ネス!行きなさい!!」
「え!?……な、何で僕が……?」
「うぉりやぁーー!!」
「ひぃー!!」
ブォン!!と、空気を切る音がする。
それが何回も、ブォン!!ブォン!!とマレンの木刀は空を切る。
「ちょっ!!僕は別にやるなんていってないよ!!」
「何言ってんだ!?お前!!女をかけての決闘だぞ!!??まさか逃げるというのか!?それでも男か!?」
「この人無茶苦茶だ―――!!」
半泣きしながら、ネスはかわす。かわす。木刀を持っていても、ネスはかわすことしかしなかった。
ドシッ!
「え!?岩!?」
「へっ!もらったぁ!!」
ネスが後ろを見て確認すると、大きな岩があった。どうやらそこにぶつかったらしい。
その隙を狙って、マレンは大きく木刀を振りかぶって縦に振り下ろした。
「うわっ!!」
ドッッッッッカ―――ン!!!!!!!!
「へ?」
マレンの一振りは、ネスの身長くらいあった岩を木っ端微塵に粉砕してしまった。
「ってそんなのありえないでしょ!!」
しかし、それは事実であり、曲げることの出来ない現実であることは変わりない。
「当たったら気絶じゃすまないって……」
不満そうにネスを睨みつけるマレン。
「ちっ!当たったと思ったのにな!逃げ足は速いようだな!!勝負しやがれ!!」
右足で踏み込んで今度は横に振るマレン。ネスは木刀で受けようとするけど、剣圧に押されて吹っ飛び、地面に転げた。
「ネス!!ねぇ……あの男……只者じゃないよ!!エリー!!どうするの!?ネスが危ないよ!!」
「大丈夫!ネスだもの!」
「……あ、それもそうだね」
「って!勝手にそれで納得しないでよ!!うわぁ!!」
ネスにツッコミをする暇は無かった。マレンが強力な太刀を次々と打ち込んでくるために、ネスはそれをかわすのに集中しなければならない。
ましてやツッコミの余地などありはしない。
「(どうしよう……本当に隙なんてないよ……)」
連続で攻撃するマレン。明らかにネスは攻められずにいた。
こうして、マレンの攻撃は続いた……。
―――1分後。
マレンの攻撃は続いていた。
―――さらに2分後。
マレンの攻撃は続いていた。
―――そのさらに4分後。
マレンの攻撃は続いていた。
―――その上、2分後。
マレンの攻撃は続いていた。
―――そして、2分後。
マレンの攻撃は…………
「あれ?」
「くそっ……はぁはぁ……逃げるんじゃねぇ!!はぁはぁ……」
しかし、ふとマレンの攻撃が衰えてきた。どうやら、マレンは息切れをしてきたようだった。
「はぁはぁ……お前なんて……はぁはぁ、俺の攻撃があたりさえすれば……ふぅ……一撃なんだよっ!!!!」
マレンはジャンプして懇親の一撃を込めてネスの頭を狙って打ち込んできた。
「うわぁっ!」
だけど、紙一重で交わした。
しかも、マレンの刀は地面にめり込んだ。
「なっ!?」
「ネス!今よ!!」
「はっ!やぁ!!」
エリーの声に反応して、そのままネスはマレンの頭に木刀を振り下ろす。
ガン!
鈍い音がして、マレンは地に伏せた。
「あ、勝てた……」
「ネス!凄いよ!!」
「ザク、別に凄くなんかないじゃない!ただ、こいつが疲れて自滅しただけじゃない!!」
「そうだね」
ネスとザクは笑う。どうやら、これで騒動は静まったように思えた。
「つつつ……お前……ふざけるな!!」
「え?」
マレンは復活した。
「復活早いって!!」
「俺が欲しいものはすべて手に入れるんだ……!ましてや、エリー、君みたいな素敵なレディを俺が逃すわけには行かない!!」
「うるさいわよ!早く消えて」
「(エリー、酷ッ!)」
「お前を手に入れる!!」
すると、マレンは口に指を入れて、息を吹いた。どうやら、口笛を吹いたらしい。
「俺には心強い友達がいるんだ!だから、お前がどんなに強くても俺の友達にかかればお前なんていちころだ!!」
「何かを呼んだみたい……」
「ネス!気をつけなさいよ!!相手はモンスターかもしれないわよ!!」
「そんなの……どう気をつければいいのさ!!」
さて、そんなことしている間にも、マレンの友達という奴はやって来た。
体全体は青色で赤い翼を生やし、4つの足をもち、さらに長い尻尾もまで生やしていた。
獲物を仕留めるための鋭い爪やキバをも持ってマレンの前にゆっくりと下りてきた。
体長はネスたちよりも少し高いくらいだが、100kgくらいはある体をしていた。
「……モンスター!?」
「さぁ!ネス!がんばりなさいよ!!」
「無理だって!!」
ネスは否定する。
「大丈夫よね。ザク」
「うん。ネスだもん。大丈夫だよ!」
「だから、何度も言うようだけどそれって何の根拠もないって!!」
ほとんど泣き声でネスは二人に言う。
「さぁ!ターボ!!俺のためにあの男を叩きのめせ!そして、あの女を奪うんだ!」
マレンはびしっネスを指差して命令した。
「ヤダニ」
「へっ!?」
ターボの答えは即答だった。
「何でだよ!!」
「気分が乗らないニ。つまんないニ。そんなのマレン一人でやれニ。やったとしても、おれっちには何の徳もないニ」
「そこを何とかしろ!!」
「こんなつまらないことで呼ぶなニ」
すると、ターボは飛んでいってしまった。
「……結局、あのターボって奴は何のために来たの?」
「さぁ?」
すると、哀れなのはターボに見放されたマレンだった。
しかし、彼はネスを見て言った。
「くそっ!ネスって言ったな!覚えてろよ!!次に会った時にはエリーを奪ってやるからな!!」
と、マレンはダッダッダッとエリーの家の表のほうへ走っていった。撤収とか敗走とかとも言う。
「行っちゃった……なんだったんだろう……?」
ネスは呆然と彼を見る。
「さぁ。ただのバカでしょ」
「ところでさ、さっき、“あたしにはネスがいる”ってさ、あれって本心?」
ザクがザクっと聞いてみる。しかし、返ってきたのはエリーの拳だった。
「あいつを欺くための嘘に決まっているでしょ!!今度こんなこと聞いたら殴るわよ!!」
「もう殴っているし……」
即座にネスが突っ込む。ザクは悶絶していた。
しかし、そう弁解していたエリーは少し赤くなっていたそうな。
つづく