ここは絶望が全てだった。
―――“うわぁ―――!!逃げろ!!”―――
―――“もうここは駄目だ!早く!”―――
―――“うわぁーん……お母さん!!”―――
ズゴーン、ズゴーン……
凄まじい轟音と地響き……。
恐怖、悲鳴、破壊……それだけがこの場所を支配していた。
―――“あの化け物……なんだ!?”―――
―――“知るかよ!そんなこと考えている暇があったら、逃げるんだよ!”―――
―――“怖いよぉ……”―――
この地に住むすべての人間が逃げ惑う。
怪物と呼ばれるものから逃げ惑う。
その怪物は火を吐き、地響きで地盤を砕き、人間の住んでいた痕跡を跡形もなく消していく。
これまで人間たちが築き上げてきた文明をその怪物はことごとく破壊していく。
生き物たちは逃げ惑う。
逃げるのは人間だけではない。
ちゅんちゅんと朝起きるとさえずりをする雀も、ゴミを荒らして人間に迷惑をかける烏も、人間に懐いて主従する犬も、外に出ては放浪の旅をする猫も、みな全て……。
怪物に立ち向かう力も勇気もなく、逃げ惑う。
その怪物と呼ばれるものは、ただ、本能のあるがままに動き、攻撃し、歩んでゆく。
その快進撃を許し、彼らは怪物を恐れ、日々を過ごしていたのだった……。
空は厚く黒い雲が太陽の光を遮って、全ての希望を消していた……。
たった一つの行路 №065
第二幕 Dimensions Over Chaos
漂う日々たち① ―――Attacked Day―――
とある木で出来た2階建ての家があった。
木でできたと言うのは材質が木でできているということではない。
木がそこに育っていてそこを加工してそのまま住み着いたという感じだ。
うまい具合に丈夫な枝の上に木材を置いてそこを部屋にしてしまう辺りは子供のころ誰もが夢を見る秘密基地を想像させた。
この家を作った人物はとても器用なようだ。
その家の主と思われる人物は、その葉っぱでできた布団でグースカと寝ていた。そこに一つの影が迫っていた。
「起きて……ネス……起きて……」
「う~ん……」
「起きてってば!ネス!」
会話だけ見れば、ネスと呼ばれる少年が寝ていて、傍らに一人の少年が起こしていると言うイメージが容易に取れることだろう。
「ザク……もうちょっと寝かしてよ……あと、10分……いや、5分でいいから……」
「分かったよ……ネス……」
そういうと、ザクと呼ばれる者はやれやれと葉っぱの布団から離れて口をあけた。
そして、次の瞬間、ネスの顔に向かって炎を吐き出したのだ!
びっくり!衝撃的光景であった。
「アッチャー!!」
当然、その少年……ネスは飛び起きた。しかし、飛び起きるだけではすまなかった。
布団に火が引火したのだ。こうなってはこの家もすぐに燃え移ってしまうだろう。
「みずー!みずー!みずどこー!!?」
慌てていたが、この部屋の片隅に置いてある鉄製の水が汲んである非常用のバケツで何とか消火をした。
「ザクっ!!」
怒った口調でザクと呼ばれるものに取っ付こうとする。
「……ってネス!そんなことより頭!!」
ザクがネスの頭を指差す。
「頭がどうかしたの?……あれ?なんか熱い……?って、燃えてるぅ!!??」
そう、ネスの特徴とも言える、天然ちぢれラーメン髪に火が引火して、頭が火事になってしまったのだ。
ネスは慌てて、家から飛び出て、近くのため池にダイヴした。
何とか頭の火は消えて、落ち着いたようだが、ネスの象徴と言える天然ちぢれラーメン頭は温泉マークのようないびつな形になってしまった。
「ザクーー!!いい加減、火で起こすのやめてよ!」
「だって、ネスが起きないんだもん!」
「焼け死んだらどうするんだよ!」
「大丈夫だよ!ネスだもん!」
「意味が分からないよ!」
まるで漫才のようなコントでいつもの一日は始まるのだった。
騒がしいものだ。
「(今日も何の変わりもない一日が始まるんだ……。それにしても……今日は雲一つないいい天気だなぁ!空が青いや!)」
家の畑で採れた芋を程よく焼いてそれを頬張って外に出るネス。
ザクに無理やり起こされてなければもっと、気持ちのいい朝を迎えられたことだろう。
まぁ、いつものことであった。
「おはよう」
「んぐ……おはよう!リュウ!」
突如、ネスに肩を叩いて挨拶をしたのは、白いズボンに白いTシャツが特徴で青い色の髪をしているリュウと言う少年だった。
それに気づいたネスは、芋を噛み砕き、飲み込んでから挨拶を返した。
リュウはネスの天然ちぢれラーメン頭と比べると、際立った特徴はない。
あまり目立つ子ではないということは確かである。
「今日はイメージチェンジでもしたの?」
「何で?」
「頭が凄いことになっているから……」
「ちょっと……ザクがね……」
ネスの隣で同じく芋を頬張っているザクをジト目で見るネス。
髪の毛は見事に温泉マークのようだった。
「今日もヒトカゲは元気そうだね」
リュウはザクの頭を優しく撫でる。
「ねえ……前から気になっていたんだけど……何でザクのことを『ヒトカゲ』って呼んでいるんだ?」
ネスは首をかしげる。
「ヒトカゲはヒトカゲだよ。それ以外に理由はないよ」
「でも、ザクって名前を僕はつけたんだよ?何でザクって呼ばないの?」
「少なくても僕はヒトカゲって呼ぶよ。いいでしょ?ヒトカゲ?」
「うん。別にいいよ。それにしても、僕もリュウと一緒に住みたいなー」
「何でだよ!」
ザクの言葉にネスは理由を聞く。
「だって、起こしても起きないんだもん」
「たったそれだけの理由で!?」
「まぁまぁ……とりあえず、いつものところへ行こうよ。エリーが首を長くして待っているはずだよ」
「「あ、そうだった……」」
ネスとザクの口調がハモッた。
なんだかんだいっても、ザクとネスは息が合うのだった。
「何やっているのかしら……あの男どもと言ったら!!」
主に赤を基調とした少女が、森の中で待っていた。
「まぁ、そうカリカリしさんな!いつものことでんな!」
「いつもだから困るのよ!……あ!」
隣にいるものに当り散らしていた少女が前から来た2人と1匹に気づいて、腕を組み直した。
「(あ……やっぱり、エリー怒っている……)」
リュウもそう感じたらしい。
「ネス!ザク!リュウ!……遅いわよ!!」
「ごめん」
「だって、ネスが起きないんだもん!!」
素直に謝るリュウと弁解をするザク。
「ザクが変な起こし方しなければ、こんなに遅くならなかったよ!!」
「ネス……それは言いがかりだよ!!」
こうして、ネスとザクはまたケンカを始めた。
「あたしの話を聞きなさい!!」
雷を落ちるような音の如く、ピシャ!っと二人のケンカを止めるエリー。
怒ったエリーを止めることは誰にも出来ないようだ。
「と言うわけで、あんたたちみんな悪いと言うことにするわ!」
「…………」
「「……は、はい」」
「エリーはん、そんなことどうでもいいでんな。早速今日の話をするでんな」
「そうね。ガブ」
「あ、今日はフカマルも一緒だったんだね」
リュウはエリーの後ろにいたガブにも気づいたようだ。
「エリーが『競馬場から抜け出した馬』のように怒った時に、リュウはんたちでは止められないと思ったので付いてきたでんな!」
「ガブ!人を馬みたいに言わないでくれない?」
「馬に例えるんなら、じゃじゃ馬だね!」
ドカン!
と、とてつもない音がした。
もちろんそれは、エリーがネスを殴り飛ばした音である。
「ちょっと……ドカンて……どんな音なの?」
目を回しながら、うわごとを言うネス。
音の割にネスが気絶しない程度なら、コケ脅しともいえよう。
「じゃあ、今日こそ“セミナ”に行くわよ!!」
おう!と、集まった2人と2匹はエリーに賛同したのだった。
「う~ん?ところでエリー……」
「何よネス?なんか不満でもあるの?」
一同全員が足を止める。
「“セミナ”ってどこだっけ?」
唖然として、ギャグ漫画のようにずっこける。
「“セミナ”は“ウェノン”から、西へまっすぐに行った湖だよ!ついでに、念のために説明するけど、“ウェノン”は僕たちがいる集落。
主に農耕をして自給自足して暮らしている。“セミナ”は湖の近くにあって魚をつったり養殖したりして暮らしているんだ」
リュウは細かく説明をした。
「あ、ごめん!思い出した!」
「ネスはん、どうしたら忘れられるでんな?」
「なんか……ちょっと記憶があやふやで……さっきのエリーの一撃のせいかな……?」
「ネス!わけのわからない事言っていないで進むわよ!セミナへ行こうって言って一週間は経つんだから!!」
「(そうなったのは、ほとんどエリーとネスのせいだけどね……)」
口に出さず、リュウはそう思っていた。
ウェノンとセミナはそれほど遠いと言うほど遠くない。大人の足で歩けば、半日で着く距離だ。
つまり、彼らなら朝起きて行けば、大体夕暮れまでにはつくことができるだろう。
彼らがいつまでもセミナに着けないのは、毎回ネスとエリーが原因で一日が終って引き返すことになるためだった。
「そうなったのはエリーとネスのせいだよね」
ふと言わなければいいことを、ザクは口に出してしまった。エリーはギロっとザクを睨みつけた。
ザクはビクッとした。
ザクは防御力が下がった。
そのせいで、エリーの拳を防御できずに腹に受けてしまった。
「ザク……訂正しなさい。あたしのせいじゃないわ。ネスのせいよ!!」
「(あくまで、ネスはんのせいにするんでんな……)」
ガブはエリーの恐ろしさを知っている。だから、突っ込むことはしない。
「確かに、最近は僕のせいかもしれないけれど……最初のうちはエリーが寄り道したからだよ!」
「さぁ!進むわよ!!」
「(無視かよ……)」
ネスの意見を無視してエリーはずんずんと進む。やれやれとみんなは同じように歩いていく。
「うん……あともう少しね!」
「今日は寄り道とかしないでここまで来れたね」
「でも、ネスはん……前にいるのって……」
カブが前を見て凍りつく。同様に3人と一匹は腰を引く。その姿は、ネスたちの体長の2倍はあり、凄まじい目つきと鋭い爪を持ち、ネスたちを見て涎をたらしていた。
「……これって……アレだよね……?」
「……う……うん……アレだね……」
「……アレでんな……」
ネスとザク、ガブは名前が出掛かっているのだが、恐怖の前に出せない。
「ヒグマだね」
リュウが冷静を保ちつつ名前を出す。その瞬間、そのヒグマが襲ってきた。
「「「ギャーー!!」」」
慌てて、全員散り散りの方向へ逃げ出していった。
「ちょっと!ネス!あたしより先に逃げないでよ!!」
「逃げるのに先も後もないよ!!」
「追いかけてくるでんな!!」
カブが後ろを振り向くと、体長2m50位のヒグマが追いかけて来る。捕まったら最後だろう。
「それにしても聞いていないよ!!何でこんなところにヒグマがいるの!?ヒグマって東の方の“クロールバレー”にしかいないってエリーは言っていたじゃないか!!」
「知らないわよ!その情報源はうちのパパなんだから!!帰ったら、ぼこぼこにしてやるわ!!」
「(……エリー……あくまで父親のせいにするんだね……)」
ザクが言葉に出さずに思う。
「ザク!あんたの炎で何とかしなさい!!」
「僕の炎で何とかなる相手じゃないよ!!」
「じゃあ、うちが何とかしてやるでんな!!」
ガブは目の前にダイヴして、地面へと潜る。もともと、砂の中で生活していたガブにとっては地面はプールみたいなものである。
そして、ヒグマがカブがもぐった辺りを踏み込んだと思うと、地面がズコッと抜けてヒグマは穴の中へ落ちていった。
「さすがガブ!」
ザクが感心を言葉にすると、ガブが地面から姿を見せた。
「ふう、何とかなったでんな」
「あんたにしてはなかなかね!」
「助かったよ……」
それぞれ胸をなでおろす2人と2匹。
「あれ!?リュウは!?」
「「「え?」」」
そう、落ち着いたときにはリュウはどこにもいなかったのだった。
「ヒグマを発見したときはいたのに……」
「分かった!きっと、慌てて逃げてウェノンへ戻ったのね!」
「リュウに限ってそれはないと思うけど……」
「ザク、あたしの考えに間違いがあるっているの!?」
「……ありません……」
凄まじい形相で迫られると、ザクはもう何もいえなかった。
「というわけで疲れたからもう帰るわよ!」
「(エリー……本当に勝手だなぁ……)」
ネスたちはそう思いながらも彼女に従うのであった。
「……すっかり逸れちゃったなぁ……」
2人と2匹に先に逃げられてリュウは途方にくれていた。目の前は湖。後ろは先ほどきたヒグマがいると思われる森だった。
「(どうしようかな……?セミナの集落を探した方がいいかな……?ネスたちが探しに来ることも考えてここを動くべきじゃないかも……)」
そう考えたのはほぼ間違いだった。ネスたちはエリーが帰ると言ってウェノンへ戻ってしまったからだ。
しかし、間違いではあるが失敗ではなかった。
「あのー?」
湖を佇んでいると、黒いワンピースで黒い髪の黒を基調とした女の子が話しかけてきた。
「ナミネちゃん……知らない人に声かけちゃだめだよ……。危ない人だったらどうするの?」
その女の子の足元にはザクともガブとも違った生き物がそこにいた。
「ええと……セミナの子?」
「はい」
彼女は素直に返事をする。
「僕はウェノンから来たんだけど道に迷ったんだ」
「ウェノン?ここから東の所にある場所よね」
「ウェノンに戻りたいんだけど、どうすれば戻れるかな?」
リュウの問いに彼女は首をかしげて考える。
「ナミネちゃん。一度、セミナに来てもらった方がいいと思うよ……」
「あ、そうよね。それがいいわ」
腰を下ろして彼女は彼の頭を撫でる。リュウが彼を見ていたのに気づいて紹介する。
「キバちゃんって名前なのよ。セミナの北にある跡地の砂場で仲良くなったの」
「そうなんだ。宜しくね。ナックラー」
「うん」
リュウもキバの頭を撫でた。
「あ!自己紹介がまだよね」
「ナミネちゃんだよね?」
「え!?何で知っているの?」
「だって、さっきからナックラーが言っていたじゃないか」
「そうだったわね」
ナミネが笑って、つられてリュウとキバも笑った。
「僕の名前はリュウ。案内よろしくね」
「はい」
この日2人と1匹は夕暮れの中、セミナへ向かっていったのだった。
―――一方。
「ちょっと!パパ!セミナの近くでヒグマが出たわよ!!どうなってるのよ!!」
「え、エリー!?それは本当なのか!?」
ヒグマに追いかけられて走って来たおかげで暗くなる前に帰ってきたエリーたち。
「危うく食べられちゃうところだったじゃない!!どう責任とってくれるのよ!!!」
「わっ!エリー!待った!!」
ネスとザクとカブは黙って、エリーが自分の父親をぼこぼこにしているのをじっと見ていたという。
「(エリーだったら、ヒグマに食われるよりも逆に食ってしまうような気がする……)」
大汗をかきながらも、ネスはふと思ったのだった。
つづく