う~ん……ここは山……?
俺は、何をやっているんだろう……地面に突っ伏している?
誰かにやられたのか?それとも故意にやっているのか……?
顔を上げてみると……そこにいるのは、ヒカリ?それと……あの男は……?
ヒカリがその男と戦っている……?
でも、相手のポケモンは何だろう!?見たこともないポケモンだ
あ!危ないヒカリ!後ろ!
お前……ヒカリに何する気だ……!?
や、やめろーーーー!!!
あ……
ひ、ヒカリが……
ヒカリが……
ヒカリが――――――!!!!
たった一つの行路 №058
29
日没からもう数時間は経っているだろう。
ここ、お月見山は暗く、ほとんど何も見えなかった。
とは言うものの、唯一辺りを照らす存在、月があったおかげで周りを把握できないということはなかった。
しかし、歩きづらいということには変わりはない。
足音が、1つ、2つ……いや、3つ。
3人分の足音がコツコツと響く。
どこかへと進んでいるようだ。
先頭に立って前を進むのは、首から十字架のようなアクセサリーとしてはでかい十字のペンダントを身に着けていた。
そして、髪が腰まであって縛っているが、目つきや体つきで男と判断できた。
最後尾を歩くのは白い装束を身に纏った白魔道師のような格好をした女で年は20代前半あたりだろう。男も同じくらいの年だ。
そして、その間に挟まれて歩くのは、ツインテールで緑のフレアスカートにブラウスの女の子だった。耳にはハート型のイヤリング。年は大体16~17くらいといえよう。
3人はそのまま洞窟に入って、お月見山の中心となる場所へと移動していった。
あまり時間をかけないで、その場所に到着することが出来た。
その場所とは、ピィ、ピッピ、そして、ピクシーが楽しく踊っている大きい月の石がある場所だった。
「きれいだわ……」
ハートのイヤリングをした少女がふと呟いた。
「さて、まずは邪魔者を消さないとな。ヒカリ」
ヒカリと呼ばれて、イヤリングの少女はビクッとした。ゆっくりと、長髪の男を見る。
「あのポケモンたちを始末しろ」
「……はい」
彼女……ヒカリは逆らうことをせず、その指令を静かに実行に移した。
キュウコンにフシギバナにパルシェンの色とりどりの攻撃が、ピッピたちを襲っていった。
ピクシーは反撃で指を降る攻撃をしてきた。
その攻撃はなんと、全員して破壊光線。
口から、強力な光線を繰り出す。
「パルシェン!」
だけど、パルシェンの殻の前には、その攻撃は無意味だった。
スピンをして、破壊光線の威力を殺すどころか跳ね返してしまった。
そして、ピッピたちはなす術もなく、その場から立ち退かれることとなってしまった。
「ご苦労だ、ヒカリ。……ところで、クレア」
「ええ。分かっています。私も丁度感じていたところです」
そういうと、白魔道師風の女、クレアは先ほど通ってきた道を戻っていった。
「どうしたのですか?」
「邪魔者が接近しているようだ。クレアはその始末に行ったのさ」
「クレアさん一人で大丈夫なんですか?」
「貴様は、我々ダークスターの強さを知らないのか?」
「知らないわよ……」
「教えてやる。クレアは組織の中では一番弱いが、ロケット団レベルで言ったら、幹部のマルクに匹敵する強さを持つ。そして、弱い順番に、タキジ、クロノ、ナポロンとなる。
そして、私が一番強いのだ。この世界でな。つまり、並みのトレーナーが来ても軽く返り討ちにすることが出来るわけだ」
「もし……もしもそれ以上のトレーナーが来たとしたら……?」
「ありえないな」
「どうして?」
「何のために私が、ロケット団が街を総攻撃しているこの時間にこの作戦を決行したか分からないのか?」
「あ……」
そう、ヒカリは簡単に答えを導き出した。
街を幹部たちが攻撃すれば、それと同等、もしくはそれ以上の力を持つ者は必然とその町に集まる。
そして、強い者がここに来る可能性は断然少なくなるということだ。
「さて、準備を始めるか……。それまで貴様は月の石でも見て待機していろ」
「わかったわ……」
ヒカリは、月の石の前に立った。
「(一体私は何をしているんだろう……?こんなことをして一体何になるっていうんだろう……?それに、一体この人は何をやろうというの……?)」
ヒカリは長髪の男の思惑が全くつかめずにいた。
30
息を切らして、地面へと降り立ったフライゴン。
「ありがとう!良くここまで全力で飛んでくれた……。ゆっくり休んでいてくれ!」
労いの言葉をフライトにかけて、いや、緑色の髪のヒロトはお月見山を駆け出した。
辺りを見回しなら、徐々に登っていく。
「(この場所のどこかにヒカリが……!)」
ユウナの情報を聞いて一目散にここに駆けつけた。
しかし、確信はない。
だけど、ヒロトはユウナの情報を信じていた。
「山か……」
ヒロトは少しずつ6年前、ジョウチュシティで見た一つの夢のことを思い出していた。
「(もしかして、俺は……少しずつ“あの夢”に近づいているのだろうか……?でも…………) それでも行くしかない!変えてやる……絶対にそんな運命を変えてやる……!!」
気づくとそれは声に出ていたようだ。
「運命……それは、人の意思ではどうにもならない、幸と不幸のめぐり合わせのことなのです」
「!!」
いきなりの攻撃だった。
緑色の光線が向かってくるが、ヒロトは攻撃を横に飛んでよけた。
「誰だ!?」
白い法衣を来た女。先ほどの3人のうちの一人だ。
傍らにはキングドラがいた。
「私はダークスターのクレア。ここから先は通すわけには行きません。そう、運命の歯車はもう回り始めています」
「だったら、その歯車を壊してやる!」
「無駄です。運命とは人の意思ではどうにもならないといっているではないですか。何故あなたは、運命に逆らおうとするのです?」
「俺は、運命という言葉が嫌いだからだ!何もかも、最初から決め付けられているなんて、そんなの嫌だからだ!」
「どちらにしても、事の成り行きは進むのです。あきらめなさい。そして、あなたは私に倒される。それも運命です」
「やるのか?」
ヒロトはボールを構えた。
「残念だけど、あんたがヒロトを倒すことなんてないわ!」
「え?」
「……!?誰!?……上!?」
クレアは上を向いた。
そこにはすでに何者かの竜の息吹が襲い掛かっていた。
クレアと傍にいたキングドラは慌てて跳んでかわした。
そして、攻撃の主は飛んでいたポケモンを回収して地面に降り立った。
黄色い髪にポケモン公認キャップを被っていて、頭に包帯を巻いている少女だった。
「ライト!?」
「こんなところで会うなんて、一体何をしてるの?」
するとヒロトはキョロキョロと辺りを見回した。
「ところで、“バンダナ”は?」
「……エースのこと?……エースなら…………別行動よ…………」
「(あ、悪いこと聞いたかな?)」
エースのこととなると、ライトは急に落ち込んでしまった。
「そこのお二人さん。邪魔なので消えてもらいますよ?」
「あんたの相手は私だけで十分よ!」
「え?俺も戦った方が……」
ふと、ヒロトのデコに痛みが走った。
とは言うものの、クレアの攻撃を受けたわけではない。
ライトがデコピンをしたのだ。ヒロトは面食らってライトを見た。
「上から見ていたわよ。誰かを探しているんでしょ?ここは私に任せなさい♪」
「……悪い……助かる……」
ライトに礼を告げて、洞窟の中へ入ろうとした。
「“あなたたち二人は消えてもらう”と言っているじゃないですか!キングドラ!」
「…………」
ライトは無言でボールのスイッチを押して、ゴルダックを出す。
そして、ヒロトへの攻撃を仕掛けようとするキングドラを素手で押さえつけた。
「“あんたの相手は私だけで十分よ!”と私は言ったはずよ!」
「甘いですね」
「!?」
ゴゴゴゴ……と、地鳴りが響く。
その音は、山の土砂が崩れようとする音だった。
そして、洞窟の穴が閉じようとしていた。
「危ない!ヒロト!」
「土砂に飲み込まれて、終わりです」
「フロル!」
しかし、ヒロトはストライクを繰り出すと、物凄い速さで洞窟の穴へ移動していった。
「大きな岩が!!」
土砂崩れの影響で落ちた大きな岩にぶつかる瞬間、ライトが叫ぶ。
だが、フロルは突撃とともに、岩を切り裂いた。
そして、そのまま洞窟へと入っていった。
「……まさか、『大地の恵』を突破されるとは……」
「何よ、それ?」
「説明の必要はないです!意味がないですもの」
「いいわ。あんたを倒す!ゴルダック!『サイコキネシス』!」
「残念ですね。その程度の攻撃じゃ、縛る程度にもなりません。『竜の息吹』!!」
ライトの攻撃が全く効いていないように平然とキングドラは攻撃を仕掛ける。
「そして、そこで『大地の恵』です!」
クレアが言うと、ゴルダックの下から、不意に間欠泉が湧き出て、ゴルダックにダメージを与えた。
「!?(一体何をしたの?!あのキングドラは何にも不自然な動きはしていなかったわ) でも、これでどう!?」
間欠泉で上に上がったのを利用して、そのままクロスチョップの体制に入るゴルダック。
そのままキングドラに命中させた。
「(『メテオチョッパー』が決まったわね!)」
一旦、ゴルダックは間合いを取った。
「何かしたのかしら?」
「……ウソ……効いていない!?最大の攻撃が……」
キングドラにこぶが出来た程度で、倒れることも深手を負った様子もなかった。
落下速度を利用したはずだったのだが、あまりのダメージのなさに驚くライト。
それとは逆にゴルダックは体力の限界だった。
「『メテオチョッパー』の反動があるからって、ここまでゴルダックの体力が減るなんてありえないわ……。はっ!?まさか、さっきの間欠泉で火傷状態に!?」
「気づくのが遅かったようですね。チェックメイト!」
キングドラがゴルダックとライトの真後ろを取った。
「しまっ……」
ハイドロポンプが放たれて、1人と一匹に直撃した。
ハイドロポンプはライトたちを吹っ飛ばし、森のある場所で木にぶつかって止まった。
「うぅ…………はぁ、はぁ……かなり飛ばされちゃったわね……くっ……」
立ち上がろうとするが、頭がフラッとして膝をついた。
そして、頭を抱えた。幹部のエドとの戦いで負ったケガはまだ治っていない。
明らかにライトは無理をして戦っていた。
「(長期戦は……まずいわね……一気に勝負をつけないと……)」
そうして、目をまわしているゴルダックを戻して、バシャーモを繰り出した。
「……なかなかやりますね……『大地の恵』!」
ずっと同じ技を指示しているのだが、毎度毎度効果が違うこの“大地の恵”。
今度は風が吹き荒れる。
ライトはその風に吹き飛ばされて、木にぶつけられる。バシャーモも同様だ。
「……うぅ……あの女の姿もポケモンの姿も見えないのに、どこから攻撃を出してきているの……?」
すると、今度は姿を見せるクレア。傍らにキングドラがいるのは変わらない。
「(まずい……このままじゃ、勝てない……どうしよう……)」
ライトは焦っていた。
勝負を焦るあまり、切り札のバシャーモを最初に出してしまっていた。
ライトのバシャーモの『オーバーヒート』や『起死回生』、そして、『オーバードライブ』は凄まじい威力を持つが、それぞれ、一回しか使えないとか、体力が少なくなってからじゃないと使えないというリスクばかり持ち合わせている技である。
ゆえに、ライトはバシャーモを最初に持っていることをあまりしない。
そして、自分の体力を考えると、勝利の可能性はかなり低かった。
「今度こそ終わりです。『ハイドロポンプ』!!」
キングドラの攻撃が放たれる。バシャーモはこらえる体制に入った。
だが、攻撃がバシャーモに届くことはなかった。
キングドラの水攻撃が凍らされたのだ。
いや、それよりも信じられないことが起きた。
寒くなったと思ったら、突然周りが凍りはじめたのだ。
そして、突如ここは氷のフィールドと変わってしまった。
「一体何!?」
クレアは驚くばかりだった。
「……ローガン流『氷世界』!そして、喰らえ!『ドラゴンフリーズ』!!」
「後ろですね!」
クレアが振り向くと、氷で形作られたドラゴンが襲い掛かっていた。
「その程度、相殺するのなんてわけないです!『大地の恵』!!そして、『ハイドロポンプ』!」
今度は風ではなく、氷の刃が氷のドラゴンを攻撃した。
そして、攻撃が止んだとき、ドラゴンは音もなく崩れた。
間髪無く、キングドラが攻撃に出る。
「でも、隙を見せたわね!『気合パンチ』!!」
「そうでもないです!」
パンチが当たった!ライトはそう思っていたが、キングドラに当たる前に弾き飛ばされた。
「え?どうして……?」
攻撃は失敗に終わってしまった。
「ちっ!この一回を狙っていたのにまさか失敗するとは……」
キングドラの攻撃をジュゴンに乗って滑るようにかわして、ライトの隣に止まったのはグラサンの男……トキオだった。
「何で、トキオもここに!?」
「さぁな。これが俺の道だってよ」
「?」
「とりあえず、あいつを倒さないといけないようだな……」
モテると思ってかけ始めたグラサンの裏では真剣な目をしていた。
「ええ。でも、相手の『大地の恵』の正体が分からないことには攻略しようが無いわよ!」
「いや、その正体は大体つかんでいる」
「え?」
「『大地の恵』は地形によって、技のタイプを変える。ただそれだけなんだ。岩山なら、『岩雪崩』。森なら『突風』、氷なら『吹雪』。簡単な話、『自然の力』と同じだ」
「そうだったのね……深く考える必要は無かったわけね……」
「ただ、その技を使ったのは、キングドラじゃないことは間違いない」
「その正体は、分かったわよ!やっとね!」
「本当かい?」
ライトはトキオに耳打ちをして、頷いた。
「なるほど。それなら俺に任せろ!『あられ』だ!!」
トキオが指示を出すと、ジュゴンは氷の粒を降らしはじめた。
全員にあられのダメージが行く。
「そうか!これで……」
ダメージを与えることにより、見えなかったものが見えるようになって来た。
そう、カクレオンが姿を見せたのだ。
「まさか、バレると思いませんでした!『大地の恵』!『ハイドロポンプ』!」
「『ドラゴンフリーズ』!」
「『ブレイズキック』!」
ジュゴンがキングドラの攻撃を回避して、氷のドラゴンを放つ。
今度は相殺されずに、命中させて、そのまま凍らせた。
一方カクレオンの氷攻撃を受けながらも、一気に蹴りをつけたのはバシャーモだ。
カクレオンの腹部に命中させて、サッカーボールのようにぶっ飛ばした。
「よし……後は……あぅ……」
ライトはフラッとして倒れた。
いや、トキオがライトを支えたために倒れることは無かった。
「大丈夫か?」
「へ、平気。……それよりも……」
ライトの目にはカクレオンとキングドラがやられて悔しがるクレアの姿が映っていた。
「やってくれましたわね……。もう容赦しませんよ」
クレアはニョロボンとミルタンクを繰り出した。
ライトはトキオを押しのけて、ボールを構える。
でも、トキオは肩をつかんで、止めようとする。
「ここは俺に任せろ!俺が道を作る!ただでさえ君はケガをしているんだ。そのままでは、無茶だ」
「無茶じゃないわ……私は戦うのよ!奴らを倒すために……」
「そうか……仕方がない……」
「何を!?」
ライトが驚いたのは、突然ゲンガーが目の前に現れたからだ。
そして、催眠術をライトにかけた。
ずっと疲れがたまっていたライトが眠りに落ちたのは言うまでもない。
「ここからは、俺一人でやる」
「あなた一人で私とやりあうつもりなのね……ニョロボン!」
水の拳を纏って、ゲンガーに放つ。しかし、回避して間合いを取る。
「ミルタンク!」
間髪いれずに、シャドーボールがゲンガーを襲う。
だが、同様の攻撃で相殺した。
「ローガン流……『ドラゴンサンダー』!!」
先ほどの氷で出来たドラゴンとは違い、今度は、電気で出来たドラゴンがニョロボンを襲っていった。
「!!」
何とか攻撃をよける、クレアとそのポケモンたち。
「さぁ、俺の力を見せてやるぞ!」
31
「何をしているんですか?さっきから……?」
大きな月の石の上でずっと、その男は両手にそれぞれ何かを持って目を瞑っていた。
ヒカリは多分祈っているのだろうと思っていたけれど、やはり気になって聞いてみた。
「これには2つ意味がある。一つは力を溜めること。これなしに作戦は発動できないからな。二つは悲しむこと」
「悲しむこと……?」
「ああ。悲しいさ。何のために人間は生きているのだろうか?そして、何のために私はいるのだろうか?そのことを考えると悲しいのだ。そう、我々が生きていることでよかったということはあるのだろうか?」
「……難しい考えね……」
「凡人には理解できまい。いや、この問題を正解へと導けるものなど恐らくいないだろう」
男は目を開ける。
「人は、生まれ、成長して、恋をし、新しい命を生み出して、老いて行く。これは誰にも止められないことだ。だが、それに何の意味がある?何の徳があるだろう?意味を見出せないなら、存在する必要は無いのだ」
「意味って……そんなに重要なことなの?」
「少なくとも私は、重視する」
男は月の石から飛び降りる。
「さぁ、時は満ちた。いよいよ発動させるぞ」
「…………」
ヒカリは月の石もとい、男に近づいていく。でも、中間のところで足を止めた。
「…………そろそろ教えてくれません?一体何をするつもりなんですか?」
「私の目の前に来たら教えてやろう」
男に10メートル、8メートル、と近づいていく。
だが、5メートルのところまで来たとき。
声がした。
ふと、その声にヒカリは足を止める。
「どうした?」
「声……誰かの声がする……。誰の声だろう……?……分からないけど、懐かしい声がする……」
そして、声はヒカリの届くところまで来た。
「ヒカリーーー!!」
「(もしかして……この声って……)」
ヒカリは後ろを振り向いた。このフロアの入り口を見る。
黄色のシャツにグレーのジーンズ。そして、緑色の髪。緑のリュック。
ヒカリはその姿に驚いた。
「ヒ…ロ…ト……?」
「ヒ、ヒカリ……!?」
6年という長い歳月を経て、ついに二人は再会した。
「ヒカリ……探したぞ!何で……何でロケット団なんかに!!」
「……今更……今更何よ!私と旅をしないといって、さらにトキオやアスナと仲良くなって!私のことが嫌いなんでしょ!何で今更になって探しに来たのよ!」
「……ヒカリ……」
ヒカリは自分自身の言葉を疑った。
「(え?……こんなこと言いたかったんじゃないのに。何で?うれしいのに……ヒロトが来てくれてうれしいのに……)……え?うぅ!」
「なんだか分からないが、茶番はここまでだ」
「ヒカリ!?」
男がヒカリの首を片手で絞めて、月の石のところへ近づける。
「お前!一体なんだ!?(この男は……あのときの……)」
ヒロトが夢で見た男の姿が重なる。
「貴様に教える意味などない。もうすぐ、この世界は滅びるのだからな」
「世界が滅びる……!?どういうことだ!?」
「そのままの意味だ。もうすぐ、この世界にはポケモンも人も……あらゆるすべての生き物も消え去るのだ!」
「な……なんです……って!?」
ヒカリが苦しそうにもがきながら驚く。
「それが……お前等ダークスターの作戦というやつなのか!?」
「我々の作戦は人一人の生命エネルギーとこの私の右手に持っている、この“ソウゲド”という、特別な鉱物で作ったこの短剣で、月を地球に引き寄せるのだ!」
「な、何だと!?」
「しかし、それをするには、月の石の力と、最も月が大きく見える日で無ければできなかった。つまり、今宵がその日なのだ!つまり、今夜でこの星の歴史の終幕だ」
「させるかぁ!!ヒカリを放せ!!」
ヒロトは来る途中メンバーを入れ替えたポワルンを繰り出しながら、男に近づいていった。
「邪魔するな!寝てろ!」
すると、男は一匹のポケモンを繰り出した。
すると、凄まじい動きでポワルンとヒロトをぶっ飛ばした。
ヒロトとポワルンは岩にぶつけられた。
「ぐあっ!」
ポワルンは一撃で気絶。
そして、ヒロトもうつ伏せになって動かなかった。
「ヒロ……ト……くっ!放してよ!」
ムギュ!
ヒカリは思いっきり、踵で男の足を踏んづけた。
「……っ―――!!」
あまりの痛さに男はヒカリを解放した。
さらにヒカリは男を突き飛ばして、ヒロトのもとへ駆け出して行った。
「ヒロト……ヒロト!!」
ヒカリは必死に呼びかける。だが、ヒロトは返事をしなかった。
「何故こんなことをしようとするの……?何故世界を滅ぼそうというの……?ダイナ!!」
「言っただろ。意味のないものは消さなければならないとな。だから、すべてを無に還すのさ。無に変えれば、意味など必要ない。これが最高の世界だ!」
長髪の男……ダイナは言った。
「そのためには、強い意志を持った女の魂が必要なのだ!だから、お前がその生贄になるのだ!」
「(強い意志を持った魂……?私が……?)」
ヒカリは首をかしげたが、ダイナを見て言い返す。
「そんなこと……絶対にしないし、させない!!」
ボールを手にヒカリはヒロトを呼びかけるのをやめて、戦闘態勢に入る。
「行くわよ!」
「ヒカリ……行くな……行かないでくれ……」
「え……?ヒロト……?」
ヒロトは地面に突っ伏しながらも、ヒカリの足を掴んだ。
「ここは俺が……戦う……だから……ヒカリは見ていてくれ……」
「ヒロト……だめよ。ここは私が戦う。それにヒロト……立てないじゃない!私がやらなきゃいけないのよ。それにこの件はすべて私が悪いの。だから、私があいつを倒す。もう、ロケット団なんて辞めるの」
ヒカリは強引にヒロトの足を振りほどいて、ダイナに突っ込んでいった。
「行くのよ!ニドクイン!『ポイズンランス』!!」
毒針を槍のように伸ばしたリーチの長い技だ。
ヒカリのニドクインはなかなかよく育てられていた。
「……無駄だ……」
ダイナのポケモンは突然変化した。
進化ではない。姿が変わったのだ。
細い体型からいきなり大型の体型に変わって、その攻撃を受け止めた。
「ウソ……止められたの!?」
「仕留めろ!」
ダイナが指示を出すと、再び細い体系になって、念動攻撃を仕掛けてきた。
しかも、その威力が半端ではなかった。ニドクインはあっけなくやられた。
威力で言うと、先ほどヒロトとポワルンに放った攻撃よりも遥かに凌ぐものだった。
あの、エースが戦ったミュウツーの威力にも勝る攻撃だった。
「……何なのよ……あのポケモン……強すぎる……。しかも……形を変えている??」
「このポケモンの名前はデオキシス。宇宙から来たポケモンといわれている。さらに、こいつは4つのフォルムチェンジをすることが出来る」
「……デオキシス……」
「私は最強のトレーナーだ。私のポケモンも然り、何よりこのデオキシスがいるからな」
「そんなの……やってみないとわからないじゃない!!フシギバナ!!『ウイップストーム』!!!!」
モンジャラ程の無数のツルの鞭を出して、一気に放つ。
デオキシスはそれに飲み込まれた。
「これでどうよ!?」
「よけることも出来るが……それでは面白くないだろ?」
ダイナは目を瞑っていた。
見るまでもないということだろうか?
そして、目を開けたとき、ツルの鞭がすべてフシギバナに返ってきた。
「……!!まさか……『カウンター』!!?きゃあ!!」
攻撃がすべて跳ね返って、フシギバナとヒカリを巻き込んだ。
「おっと……やりすぎたか……」
鞭がすべて消えると、そこには倒れたフシギバナとハピナスの姿があった。
ヒカリは無傷だった。
「ハピナス……私を庇う為に出てきてくれたのね……ごめんね……」
そういって、フシギバナとハピナスを戻す。
「そこまでだ……!」
「うぅ!」
デオキシスが一瞬でヒカリの後ろを取って、触手のような手をしてヒカリを捕らえた。
「お、お前……ヒカリに何するつもりだ……」
ヒロトは手を突いて立ち上がろうとする。
しかし、力が入らないせいか、うまく立ち上がれないようだ。
一方、ダイナは右手に持っているもの、短剣のようなものをヒカリに向けた。
「オイ……やめろ……」
ヒロトは必死にダイナを止めようとする。
しかし、ダイナは止まらない。
「……やめてくれ―――!!!!」
ザシュ!
ダイナは無言で右手の短剣をヒカリの胸に突き刺した。
「ひ……ろ……と…………」
ヒカリはそれだけ言って、ぐったりとしてしまった。
それで終わるかと思いきや、ヒカリの体が光に包まれていった。
そして、分離して蛍のように散っていった。
その光は短剣に吸い込まれていった。
「ヒカリぃ――――――!!」
ヒロトが一番恐れていたこと。
それはジョウチュシティで見たこの夢だった。
見た夢のすべてが現実になる中でこの夢だけは信じたくなかった。
そして、実現させたくなかった。
その為に、自分の気持ちまで偽って、ヒカリと離れようとした。
しかし、離れようとしてヒロトは気づいた。
“自分は運命と戦うことから逃げている”
と。一緒にいながら、その夢を実現させないが、自分がしなきゃいけないことなんだとヒロトは気づいた。
だが、現実は……想像以上に残酷だった……。
第一幕 Wide World Storys
闇の星⑤ ―――夢の再現――― 終わり