35
「……はっ!……夢か……」
彼は夢を見た。
しかし、その表情は少し暗い。
「……またこの夢を見るなんて……。忘れなきゃいけない記憶なのに……どうやら無理みたいだ……」
ふと冷蔵庫の中にあった水を飲み干した。
少し落ち着きを取り戻し、ふとベッドに腰掛ける。
「でも、ミユキさんが助けてくれなければ、俺はここにはいられなかったんだよな。そして、記憶を取り戻してこうして旅することも……」
たった一つの行路 №033
36
―――年号、ピース15年。
すなわち、話は約1年前に遡る。
この年はサトシたちがホウエンリーグ出場のためにハルカやマサトと旅をしていたときである。
ここはオレンジ諸島の海の上。
ひとつの船が島から島へと渡っていく。
その船の上にポワルンを抱いた少年が乗っていた。
「君!もう少しで到着するからね!」
操縦をしているのは女の人だ。
その彼が目指している場所は、オレンジ諸島の最果ての地、アーシア島であった。
「はいよ!到着!!」
女の人がそういうと、彼は砂浜の上に飛び降りた。
「ありがとうございます」
少年の年齢は15歳くらいである。
服装といえば、裾が膝までのボロボロのジーパンで、上は“OVRE”というロゴが入ったTシャツで色がスカイブルーのものだった。
アーシア島は常夏の島でもあったから、そのような格好が丁度良かった。
「これからどうしようか……?」
彼は抱えていたポワルンに聞いた。
ポワルンは彼の腕から離れてあたりを見回した。
そして、ポワルンは首を振った。
「困ったなぁ……」
ちょうどその時だった。
海岸の方から、お面を被った民族衣装を来たたくさんの人たちが押し寄せてきたのだ。
彼は思わず身をひいた。
そして、その大勢の人の中から一人の女性が飛び出してきた。
「わぉ!ミッちゃん!」
「……?ミッちゃん??」
彼は首をひねった。一人の仮面を被った人が出てきた。仮面を外すと、女性の顔が現れた。
「あら!ヨッちゃんじゃない!久しぶり!」
すると、さっきまで運転していた船長さんが彼の前に出てきた。
そして、彼女たちは話にのめりこんでしまった。
「会うの何年ぶりかしらね?」
「2年ぶりよ!あのアーシア島の大惨事から2年だもの!」
「そうだったわね!」
「ところで……」
彼女は後ろにいた少年に目を移した。
「彼は?」
「ポケモントレーナーよ」
“ポケモントレーナー!!!!”
ポケモントレーナーという言葉を聞いた途端その場が一斉に盛り上がった。彼は何がなんだかわからなかった。
「言い伝え曰く。世界の破滅の時、海の神現れ、優れたる操り人とともに神々の怒り静めん」
髭を生やした老人がそのようなことを言って前へと出てきた。
見ると他の人より偉そうな雰囲気の長老と呼ぶにふさわしそうな人だった。
「優れたる操り人??」
彼はさらにわけがわからないと首を傾げた。
「優れたる操り人、つまりポケモントレーナー!ともかく、この少年を歓迎じゃ!!」
「え!?ちょっと待ってくれ!」
彼は腕を引っ張られて、連れて行かれてしまった。
ポワルンも仕方がなくついていった。
もう日の光はなくなり、夜になっていた。
そして彼は大きな建物の中にいた。
そこにはご馳走が用意してあり、すでに歓迎パーティができている場所だった。
建物の中は電気がないのにもかかわらず、火の光だけでとても明るかった。
そして、彼の周りにはもう何人かの大人たちがご馳走を食べ始めたり、話をしたりして盛り上がっていた。
ご馳走と言っても、アーシア島で取れる果物がほとんどであった。
彼の目の前にもそれらがあったが、手をつけられずにいた。
いきなりつれてこられてご馳走を目の前に出されれば当然の話ではあるが。
でも、ポワルンは遠慮なくそれらを食べていた。
そこへ、心地のよい笛の音が響き渡った。
彼はすぐに音の鳴る方を見た。
そこにはこの土地の衣装であろうか、それを身にまとった少女が笛を吹きながら踊っていた。
それは美しく、彼にとっては天女に見えたそうだ。
やがて彼女は演奏をやめ、彼の前に立ち、まじまじと彼を見た。
彼は見つめられて、少し頬を赤く染めた。そして、彼女から視線を逸らした。
「天地怒り世界が破滅に向かう時、海の神現れ、すぐれたる操り人とともに神々の怒り沈めん……」
「え……?」
「どうかすぐれたる操り人よ。我々の世界を救ってください!」
「えぇ!!??」
彼は驚いて、彼女を見た。
「お芝居よお芝居……」
彼女は小さな声で言った。
「お、お芝居?」
「そう。それにそんな難しいことはしないわ。雷の島、氷の島、火の島にある三つの宝玉をヤドキングのいる祭壇に納めて私が笛を吹けばいいだけなの」
と、彼女は説明した。
「やってくれるわね?」
「あ、ああ」
彼は彼女の気迫に押されながらも返事をしてしまった。
「はい、それじゃ歓迎!」
と彼女は彼の頬に軽くキスをした。彼は頬をさらに赤く染めた。
その後、彼は何とか安心して周りにある食べ物をつまみ始めた。食べながらさっきの少女をチラチラと見ながらだが。
そして、いつの間にか誰かが酒を持ち出したらしく、あたりは酔った人がほとんどになってしまった。
彼は逃げるようにその場から立ち去った。ポワルンも慌てて彼を追いかけていった。
「ふう……」
彼は砂浜に腰を下ろした。
「どうしてか、酒の匂いは苦手なんだよな……」
「どうしたの?急に抜け出したりして?」
「…………!!」
彼は慌てて後ろを振り向いた。
視線の先には先ほどの女の子がいた。
衣装はもう着替えて、回りの人たちと同じ様な服装はしていたが、彼にはわかった。
年は彼よりも何歳か年下に見えた。だが、同時に同じ年にも思えた。
「あ、自己紹介がまだだったね。私の名前はフルーラ。このアーシア島の巫女よ」
「巫女……」
「といっても、さっきのようにお祭の時、ピーヒャラ、って笛を吹くくらいだけどね」
「はぁ……」
「で、あなたの名前も聞いていなかったわね」
「…………」
彼は口を紡いだ。
「あなたの名前は?」
「分からない……」
「え?」
「僕、自分の名前がわからないんだ」
「ちょっと、嘘でしょ!?」
「自分の名前おろか、出身地も、俺が何をしていたかも、ポケモンの名前さえも……あ、名前というのはニックネームのことだから。
ポケモンの知識は忘れていないみたいなんだけど、その他の記憶はほとんど思い出せないんだ」
「記憶喪失……」
フルーラは息を呑んだ。
記憶喪失の話とかは小説で読んだりしてそういう現象があることは知っていたが、まさか現実に記憶喪失の人と実際に会うことになるとは思わなかったからだ。
「自分のイニシャルがHだということは分かっているんだけど……」
「じゃあ、勝手に名前つけていい?……そうね……ホロ!それでいいでしょ?」
「ホロ?一文字間違えるとボロだなぁ」
文句を言っているように聞こえたが、彼は笑っていた。
雰囲気が明るくなってフルーラはほっとした。
「あ、そうそう、こいつが僕のパートナーの一匹、ポワルン」
「ポワルンか……可愛いポケモンね」
そう言って立ち上がり、ポワルンの頭をなでた。
ポワルンは気持ち良さそうな声をあげた。
「それじゃ、ホロって呼ぶことにするね」
「ああ。それよりも優れたる操り人なんて、僕に勤まるかな……?」
「大丈夫!!私が保証する!2年前はちょっととんでもないことになったけど、去年は無事に終らすことができたのよ!……まぁ、去年は去年で大変だったけど」
「そうなの?」
「そうそう。おととしはサトシって男の子が手伝ってくれたんだけど、海の神をはじめとしたポケモンたちが暴れて、世界が本当に終わるところだったのよ!」
「ええ!?」
「去年はエースという男の子が手伝ってくれたんだけど、君と同じ祝福をしたら、ライトという彼女が私を目の敵にして大変だったのよ」
「そ、それは大変だったね」
ホロは苦笑いを浮かべながら頷いた。
「それで、手伝ってくれる?」
「あ、うん……いいよ……」
ずいっと顔を近づけられて、彼女の気迫に押されたホロはそう返事をするしかなかった。
「本当!?うれしい!!」
「それと、その胸につけているペンダントって……?」
ホロはフルーラのペンダントに目をつけた。
「あ、これ?これは……」
するとフルーラはペンダントの中を見せた。中には、フルーラと年はあまり変わらない少年の写真があった。
「これは私の彼♪名前はシゲルよ!」
「彼……」
ホロはがっくりとした。少しでも期待を持っていただけに落胆があった。
フルーラはホロに構わず喋り続けた。
「そう!シゲルはポケモン研究者の卵なの。どこかの島で、何とかというポケモンの化石の研究をしているの。なんて言ったかな……?まぁいいわ。
彼は、このアーシア島にも偶然やってきて、ポケモンの調査をしていたの。そのとき私が……―――」
この話はホロにとってこの上ない苦痛だった。その話をフルーラは20分くらい続けた。ホロはいいかげん飽きてしまった。
「―――ちなみに今年のお祭にも顔を出してくれるって言ってたの♪……で、ホロには彼女とかいなかったの?」
「え?僕は記憶喪失で思い出せないって……」
「きっと思い出そうとしないからよ!ちょっとは努力してみたらどう?」
「う~~~ん……。いたようないなかったような……」
ホロは考え続けた。
すると頭のイメージにある少女の顔が浮かびかけた。
だがそれは靄がかかっていて良く見えない。
それが見えなくなっていき、結局はわからなくなってしまった。
「やっぱり思い出せない……」
「仕方がないわね。そう言えば、さっきはどうしたの?」
「ああ、実は僕、酒の匂いが苦手みたいなんだ。だから逃げてきたんだ」
「逃げて正解だったわね。去年から誰かが酒を持ち出して、飲み比べをやるのよ。去年の操り人もそんな目にあったし。でも、エースは飲み比べをやって相手を全滅させたけどね」
その話の余談として、エースの彼女であるライトも飲み比べをした結果、酔いつぶれてエースを襲ったとかどうかという話があるらしい。
ちょうどそのとき、ホロに抱えられていたポワルンが飛び出していった。
「あ!ちょっと待った!ポワルン!」
ホロはポワルンの後を追った。それにつられて自然とフルーラも追っていった。
追いついた先にはホロがここに来る為に運転してもらったミッちゃんの船があった。
そして何やらポワルンが言っているようだった。
「ホロ、ポワルン……なんだって?」
「わからない。でも、今すぐあっちのほうへ行きたいみたい」
そう言ってホロは指を差した。その方向にはかすかに島が見えた。
「あそこは“雷の島”……。行ってみる?」
「船の操縦できるの?」
「この島の子はね、船が揺りかごなのよ!このくらい朝飯前よ!」
そう言って、船へと乗り込んだ。
「乗って!」
「あ、ああ!」
ホロも慌てて飛び乗った。
―――雷の島。
ここで、何やら怪しい集団が10人くらいいた。何かを探しているらしくあちこちを調べ回っていた。
「バリー様……見つかりません!」
「ちゃんともっとよく探せ!!」
バリーという男が、罵声を張り上げて、下っ端に命令していた。
「この島のどこかにいるはずだ!!伝説の鳥ポケモン、サンダーが!!」
「サンダーですって!?」
「静かに……!」
ホロとフルーラは物陰に隠れていた。
怪しい連中が先にいたので、様子をみていたのだ。
「よかった。どうやら気づいていないようだ……。それにしても、あいつら、どこかで見たことがあるんだけどな……」
「見て!胸のあたりに“R”のマークがあるわよ!きっとロケット団よ!」
「(ロケット団……聞き覚えがあるような……)」
「お前等は誰だ!?」
「「!!??」」
ホロとフルーラは後ろを向いた。そこには一人の団員がいた。
見つかってしまった。
「まずい……逃げよう!」
「ああ!」
だが、すぐに囲まれ、逃げられなかった。しかも下っ端たちはポケモンを出した。
「何だお前等は?」
リーダー格のバリーが言った。
「まぁいい。俺たちを見られたからには生かしてはおけまい!!」
「フルーラちゃん!僕が合図したら、あっちの方へ走るんだ!」
ホロはそう言って、さっきまで来た方を指差した。
「え!?でも!」
「いいから!!」
ホロはタイミングを見計って、ポワルンに合図した。
「フルーラ今だ!……ポワルン、『凍える風』!!」
フルーラは走り始めた。ホロの思惑通りその攻撃で下っ端のポケモンも下っ端も動きが鈍りフルーラに手を出せなかった。
「ち!あの女はほっとけ!まずは、あのガキから片付けろ!」
バリーの指示に従い、10匹のポケモンが襲い掛かった。
それと同時にホロは一つのボールに手をかけた。
「ポワルン、もう一度『凍える風』!!」
さらにもう一度攻撃を命中させた。そして、ホロはボールからあるポケモンを出した。
「『マッハパンチ』だ!」
そのポケモンの攻撃で、すべてのポケモンが一掃された。
マッハパンチは先制攻撃である。
相手のスピードが遅くなる=隙が出る、というホロの考えは見事に当たった。
一回のマッハパンチで一匹あたり2~3回の攻撃が可能だった。
そして、10人の下っ端とポケモンが一気にダウンした。
「役立たずどもめ!行け、サイドン!」
バリーが出したのは岩、地面タイプのポケモンだ。
「やれ!『地割れ』!!」
地面にヒビが入り、それがホロに向かって行った。
ホロは慌てて飛び退きそれをかわした。
ホロがいた場所は崩れて、海へと落ちてしまった。もうすでに崖と化していた。
「もう一度『マッハパンチ』!!」
そのホロのポケモンはサイドンに向かって先ほどのパンチをかます。だが、ほとんど効いていないようだ。平然としている。
「俺のサイドンに格闘技はきかん!」
ホロはニヤリと笑みを浮かべた。
「『ギガドレイン』!!」
接近していたそのポケモン……キノガッサはサイドンの体力をすべて吸い取ってしまった。
「な!?まさか!!」
「マッハパンチは囮。これが狙いさ!さぁ、この島から出て行くん―――」
「だ」の口で止まった。
何かに切り裂かれた。
シャツが切り裂かれて血がにじみ出た。
そして、いつの間にかキノガッサも倒れた。
「う……」
ホロは膝をついた。
「何か…いる……?」
ホロはそう感じた。すると小柄な男が姿を現した。
「一体あんた、なにやってんねん!こんなガキ相手に!」
「申し訳ありません!幹部エド様!」
「これじゃ、班長バリーの名が泣くわ!」
幹部のエド……コガネ弁丸出しの男……どうやらそいつがここにいるリーダーのようだった。
「じゃぁ、とどめを刺すわ!」
何かが飛んでいるがよく見えない。
よほど速いスピードで動いているようだった。
そして、ホロは覚悟した。
だが次の瞬間、何かが横切り、その速いスピードで動いているポケモンが吹っ飛んだ。
その横切った何かというのは、イーブイの進化系の一匹、ブラッキーだった。
そして、どこかで見たことがある少年が、手を差し伸べた。
「大丈夫ですか?」
「あなたは確か……」
そう、見たことがある。さっきフルーラに見せてもらったペンダントに映っていた男だった。
「僕の名前はシゲル。危なかったね」
「ち!一人増えたからってなんやねん!テッカニン!!」
「ブラッキー!」
テッカニンの攻撃をブラッキーが押さえつけた。
「ここから出て行ってもらおう!ここは大切な場所なんだ!ロケット団が入っていい場所ではない!!」
シゲルが迫力のある声で叫んだ。
「なめるな!手前の相手はこの俺だ!」
班長バリーがまたポケモンを出して襲ってきた。
ブラッキーはとっさに避けた。だが、同時にテッカニンも開放してしまった。
その隙を見てエドは一旦テッカニンを戻し、代わりに別の二匹を出した。
「ええと……」
「僕は一応、ホロ」
「じゃあ、ホロ、僕があの気が短い方をやるから、君はコガネ弁の男を倒してくれ!」
「わかった」
やられたキノガッサを戻しながらホロはエドを見据えた。
「ガキどもが!なめるな!オニゴーリ、ポリゴン!」
「ブラッキー、迎え撃て!行け!カメックス!!」
シゲルはカメックスも加え、2対2のダブルバトルとなった。
ブラッキーがポリゴンを撹乱し、カメックスが力でオニゴーリを押して、勝負を有利に進めた。
「ワイの相手はあんたか!?話にならへんわ!」
「そんなのやってみないと分からないだろ!行け!ビブラーバ!」
「そんな奴でワイにかなうと思ってるんか?」
「ビブラーバ!『竜の息吹』!!」
指示通りビブラーバは攻撃を放つ。だが、エドの二匹のポケモンは余裕でそれをかわす。
しかも次の瞬間にはビブラーバにリーフブレードが決まっていた。ビブラーバは吹っ飛ばされ、岩場にめり込んだ。
「(速い!?)ポワルン、『凍える風』!」
「遅いわ!スターミー!」
ポワルンに指示が届いたころには、スターミーがポワルンに攻撃を決めていた。
ポワルンもビブラーバと同じ方向に吹っ飛ばされた。
「ビブラーバ!ポワルン!戻れ!!」
いったんホロはボールに戻した。
「ほらほら!ポケモンの心配してる暇なんてないで―――!!!」
「ぐぅ!」
いつの間にか、スターミーがホロの腹にめり込んでいた。
『高速スピン』でホロは弾き飛ばされた。
それをジュカインが『追い討ち』に出る。
連続攻撃を受け、ホロは地面に転げた。
「大丈夫か!?ホロ!!」
「他人の心配をしている場合か!?オニゴーリ、『絶対零度』!!ポリゴン、『電磁砲』だ!!」
シゲルに隙が出た。
そのせいで、ブラッキーはノックアウト。
カメックスは致命傷を負った。
「しまった!」
「残念だがここまでだ!ポリゴン、『トリ・トライアタック』!!」
ポリゴンはトライアタックを三つ融合させそれをシゲルとカメックスに放った。カメックスやシゲルに当たってそれは爆発した。
「うわーーー!!」
シゲルは爆発に巻込まれ気を失ってしまった。
「ふん!他愛のない奴だったな!」
「つ……なんて奴だ……!」
ホロはそれでも立ち上がった。
「まだやるっていうんか?あんた諦めの悪い奴やな!やっちまえ!ジュカイン、スターミー!」
スターミーがまず、突進してきた。
それを何とかかわした。
だが、もう次にジュカインが迫っていた。
リーフブレードで迫り、それはかわせなかった。
「やったな!」
エドは薄ら笑いを浮かべた。だが、ホロにはあたってなかった。良く見ると、何かの尻尾がジュカインの攻撃を防いでいた。
「よし!ピカチュウ、そのまま『電気ショック』!」
ジュカインのリーフブレードを受け止めたのはピカチュウの尻尾だった。
さらにピカチュウはそのまま、ジュカインに電撃を叩き込んだ。
「ほう、だが遅い!」
「なっ!」
ホロにまたスターミーの高速スピンがヒットした。そして、ホロは膝をついた。息もかなり荒い。
「スターミー、あいつをハイドロポンプで崖から落とせ!」
スターミーはその指示に従った。ホロは抵抗できず、そのまま水流に押し出され、転落を余儀なくされた。
「う……」
ホロは薄れ行く意識の中、そのまま落ちていった。
…………?
あれ?前にもこんなことがあったような……?
そう、前にもこうやって崖から落ちてたような……?
その時、ホロに激しい痛みが走った。次々と場面が蘇ってくる。
―――「俺を怒らせた罰だぜ!くたばれ!!」―――
「(こいつは……?確か、ロケット団の幹部バロン……?確かトージョーの滝で……」―――
―――「君はポケモンを何だと思っているかい?」―――
「(博士……俺にポケモンを託した人……。何で俺はそんな人を忘れていたんだ?)」
―――「お前が無事にいけるかどうかも心配だし……ともかく一緒に行くぞ!」―――
「(ええと……確か、俺のライバル……名前は……なんだったかな……?)」
―――「(何があっても、目先のことにとらわれず、何事も素直になることが大事だよ……)」―――
「(姉さん……?そうだ、俺には姉さんがいたんだ……)」
そして、彼は最も一番思い出したかった顔を思い浮かべた。
そう、今ではもう霧はすっかり消え、その顔がはっきりと思い浮かんでいた。
―――「私は……私は……ヒロトの全てが知りたいのよ!!それでもダメなの?私はあなたのことが好き!!」―――
「(ヒカリ!!そうだった……俺の名前はヒロト……。こんな所でくたばるわけには行かないんだ!!俺はヒカリに会わなければならないんだ!!それまで俺はくたばるわけにはいかない!!)」
ヒロトは先ほどまでやられていた、ビブラーバを出した。
「俺に力を貸してくれ!!」
ヒロトの目を見てビブラーバは頷いた。すると光り始めて、みるみると姿を変えていき、緑の翼を持ち、赤いメガネをしたドラゴンとなった。
ヒロトは落下中、そのポケモンに乗った。水面ギリギリのところでUターンをし上空へと舞い上がった。
「行くぞ!フライト!ここからだ!」
第一幕 Wide World Storys
アーシア島の思い出(前編) 終わり