ヒロトとザーフィ(ヒトカゲ)は、生まれ故郷であるマングウタウンを旅立った。
彼らが最初に向かうことにした場所は、西の方角にあるライズシティと呼ばれる街である。
マングウタウンとライズシティの間には、数幾キロの距離があるが、大体1週間あれば歩いて辿り着くといわれている。
だが、二つの町の間には、シオンの森と呼ばれる物静かな森がある。
野生のポケモンが数多く住み着く森であるが、それほど屈強なポケモンが住み着いているわけではないので、初心者トレーナーでも迷わずに通過できるはずである。
ちなみにカントー地方にシオンタウンと呼ばれる街があるが、そことはあまり関係がない。
一方、幼馴染のヒカリが向かったのはマングウタウンから北の方角にあるジョウチュシティである。
ジョウチュシティは、ノースト地方最大の港のある街である。
ノースト地方の1番の玄関であるこの町は、多くの船を受け入れるため、たくさんの情報が飛び交う町なのである。
しかし、ヒカリが選択したルートには、マングウタウンとジョウチュシティの間に、険しい山道のホオノ山がある。
しかも多くの岩ポケモンが生息するのだが、ヒカリは岩に強いフシギダネがいる。
何とかなることだろう。
「ここから、シオンの森か……何かポケモンをゲットしたいな!!」
気合を込めてヒロトは森へと入っていった。
しかし、森に入ったのは夕日が沈む頃だったため、すぐにあたりは真っ暗になってしまった。
「夜は、確か動かないほうがいいって本に書いてあったからな……よし!今日はここで寝よう!」
愛読書『旅のススメ』の記述を思い出し、程よい木に寄りかかって、休むヒロト。
彼はすぐに眠りについたのだった。
たった一つの行路 №002
「う~ん。よく寝たぁ~!」
翌朝。
何もなく夜を過ごすことが出来たようだ。
「うん、今日もいい天気だ!さて、今日も元気に行きますか!」
リュックの中に準備してあった乾パンを食べながら、歩み始めるヒロト。
その道中で、ヒロトはあるものを見つける。
「あ!あんなところにキノコ発見!」
食用かと思って近づいてみた。
しかし、それが間違っていたことだとすぐに知らされることになる。
「それにしてもでかいなぁ、このキノコ……う、動いた?」
バキッ!!
「ぶっ!?」
きのこが襲い掛かってきた。
それは、きのこの形をしたポケモンだったのである。
「ポ、ポケ…モン…!? ええと、このポケモンは、キノココだっけ!?」
慌てて腰に装備してあるモンスターボールを繰り出す。
中からは勢いよくヒトカゲが飛び出した。
「いけ、ザーフィ!『火の粉』だ!」
ヒトカゲは炎の粒を吐き出した。
しかし、キノココは攻撃をかわして逃げようとした。
「ザーフィ!追いかけてひっかく!」
飛びつくように攻撃を仕掛けるヒトカゲ。
鋭い爪でキノココを攻撃するが、横っ飛びで攻撃をかわされる。
ヒトカゲは派手に転んだように、地面に不時着して寝そべった状態になった。
「そこだ、モンスターボール!」
キノココはハッと後ろを振り返る。
ヒトカゲの攻撃に気をとられていて、トレーナーであるヒロトのことがノーマークであったことに気付いたのだ。
横っ飛びで着地する地点を狙い、ヒロトはモンスターボールをキノココに当てた。
油断したキノココは抵抗むなしく、そのままモンスターボールに収まったのだった。
「大丈夫か、ザーフィ?」
カゲェと少々不甲斐ない声を上げながらも、何とか起き上がるヒトカゲ。
「次は上手く戦えるようにしような」
ぱあっと明るい表情になり、うんと頷くヒトカゲ。
「ようし、新しい仲間も加わったことだし先へ進もう!」
シオンの森に入って、ヒロトとポケモンたちは、野生のポケモンと戦い、休みながら進んで行った。
この場所で、ヒトカゲとキノココとのコミュニケーションを育んでいった。
最初は少し不甲斐なかったヒトカゲも、野生のポケモンとのバトルで成長していった。
―――ところが、である。
「……う~ん……」
ヒロトは首を傾げる。
彼の足元にはヒトカゲとキノココが眉間にしわを寄せて険しい顔をしていた。
「普通なら1週間で抜けられるはずだよな……」
ヒロトは初心者の森であるはずのシオンの森で迷子になっていた。
「くぅ~。まさかこの森がこんなに広いとは思わなかった~!」
そう嘆くヒロトだが、実際にそんなに広い森ではない。
この道をゲームで想像するなら、カントー地方の1ばんどうろからトキワの森くらいまでの道のりである。
難易度もトキワの森と同じくらいと言っても過言ではない。
どうやら、ヒロトはよほどの方向音痴のようである。
「なあ、マッシュ……この森の出口を知らないか?」
マッシュという名前を名付けられたキノココは首を横に振る。
「参ったなぁ。どうすればいいかな……」
くたびれて切り株に腰を下ろすヒロト。
そのとき、ヒトカゲがヒロトのリュックをガサゴソと漁っていた。
「ん?あ!やめろザーフィ!食い物はもう僅かなんだぞ!」
そして、ヒトカゲが取り出したのは、一つの電子機器だった。
「あ!これは姉さんから貰ったポケナビ!あ……」
―――「道に迷った時は、ポケナビからタウンマップを開きなさいよ。どうせ、シオンの森で迷うでしょうから」―――
「姉さんのアドバイスを忘れてた……」
ヤレヤレとヒトカゲはため息をついたそうな。
ポケナビを動かして、マップを開くヒロト。
「……ここ、ほとんどスタート地点じゃないか……。 まー、気を取り直して、全速前進だ!」
ヒトカゲとキノココは不安を覚えつつもヒロトの後を追って行ったのだった。
―――1週間後。
「この近くだと思うんだけどなぁ~。」
ヒロトはまだ道に迷っていた。
しかし、そんな時である。
「うーん……あのポケモンは……!!」
ヒロトが見かけたのは全身が黄色で頬が赤いポケモン。
そう。このポケモンを知らない人はいないだろう。
「ピカチュウ……ピカチュウだ! うわー、本物だー!よし、ゲットするぞ!」
ピカチュウといえば、稀に出て来ないポケモンである。
それはどこの地方でも同じであり、このノースト地方も例外ではない。
むしろここでピカチュウに会うこと自体珍しかった。
そのピカチュウは気がついて電撃を放ってきた。
「わぁ!あぶねー!いけ、ザーフィ!『火の粉』だ!」
ヒトカゲは炎を放つが、ピカチュウのスピードは速く、余裕でかわされてしまった。
そのままピカチュウはザーフィに向かって攻撃を仕掛けた。
「今のは『電光石火』か!?もう一回来るぞ!」
一回目の攻撃で吹っ飛ばされたヒトカゲだが、2回目の電光石火は正面で受け止めた。
そして、なぎ払うかのように『ひっかく』攻撃を決めた。
「まだだ!ザーフィ、回避しろ!」
ピカチュウは体勢を立て直し、電撃を撃ってきた。
「ん!?ザーフィ!?どうした!?」
苦しそうに手をワナワナさせるヒトカゲ。
実はピカチュウに攻撃にしたときに特性の『静電気』で麻痺してしまったのだ。
そのままヒトカゲはまともに電撃を浴びてダウンした。
「ザーフィ!くっ、あのピカチュウやるな!マッシュ、行け!『痺れ粉』!」
先手必勝で逆に麻痺をさせる作戦に出た。
パラパラと風に乗って、ピカチュウにふりかかる。
電気タイプに麻痺は効果は薄いが多少なりとも効果があったようで、少々素早さを落としながらも、キノココに攻撃を仕掛けようと襲い掛かってくる。
「迎え撃て!『頭突き』!」
動きがそれほど速くないキノココでもピカチュウの動きを捉えて攻撃を当てた。
一撃でふっ飛ばし、木にぶつかったピカチュウは、ヨロヨロで立ち上がろうとする。
「今だ!」
モンスターボールをピカチュウに当て、程なくしてボールに収まった。
「よし、ピカチュウゲット!やったぜ!」
ヒロトはガッツポーズを取って喜びをあらわにした。
「あ!そうだ!出て来い!」
ボールを投げるとピカチュウが飛び出してきた。
ピカチュウは首をかしげていた。
「なあ、ピカチュウ!この森の抜け方……分かるか?」
右手を挙げて、その方角を指差すピカチュウ。
「あっちに行けばいいのか!?よかった……助かったよ。ええと、そうだな、名前をつけてやらないとな」
ヒロトは少し考えこんだ。
「ピカチュウなんて連れているトレーナーいっぱいいるからな……んー、この森にちなんでシオンだ!」
と、勢いよくピカチュウに呼びかけるが、ピカチュウは目をつぶってなにやら考えていた。
そして、10秒くらい経ってから、ピカッと鳴き声を上げて頷いた。
「ええと、なんか、“まぁ、仕方がないからその名前でいいや”っていう投げやりな反応だよな?」
少々クールなピカチュウを仲間に加えて、ヒロトはピカチュウの差した道へと進んで行った。
―――3時間後。
「ようこそ!ここは穀物の町ライズシティよ!」
そんな道案内を受けて、ポケモンセンターのロビーに腰掛けていたヒロトはため息をついた。
「やっと町についた……長かった……」
天井を仰いで、思考に入るヒロト。
「(ポケモンを今回復してもらっている間に、次やるべきことを考えないと。ライズシティは広いからな。とりあえず、散歩してみようかな)」
予定を決めて、立ち上がったところで、ヒロトは肩をたたかれて振り向いた。
帽子を被った少年がそこにいた。
「ねぇ、君!」
「ん?なに?」
「トレーナーでしょ?ポケモンバトルをやらないか!?」
「俺と?」
「君に話しかけているのに、他の人とバトルするわけないじゃないか。ジム戦の調整をしたいんだ。だから、やろうよ!」
「(そういえば、ヒカリとやってから一度もバトルしていなかったなぁ……) いいよ」
「じゃあ、表に出よう!」
「ポケモンの回復が終わってからだけどね」
「あー、ゴメン。回復待ちだったのね」
1時間後に二人はポケモンセンターの外に出て対峙した。
「勝負は一対一でいいよね」
「OKだよ。じゃあ、行け!シオン!」
「GO!サンド!」
「よし!まずは『電気ショック』!」
素早く電撃を放ってサンドに命中させる。
だが、電撃はまるで効いていなかった。
「君は地面系に電気が効かないことを知らないのか?」
「理屈では知っていたよ。だけど、本当に効かないのか実験したまでだよ」
「へぇ、そうかい」
サンドが爪を使った接近戦でピカチュウを攻め立てる。
「しかし、君のピカチュウは攻撃を上手く捌くね」
「(それは、こいつの天性の力かな)」
右に左に避け、さらに手を使って相手の爪攻撃を受け流す。
ヒロトのピカチュウは、接近戦に相当強いのかもしれない。
「だが、これならどうよ?『転がる』!!」
丸くなって一直線にピカチュウへと向かっていく。
攻撃は随分あっさりとピカチュウにヒットして、吹っ飛ばされた。
「決まりだね」
「そうでもないよ」
「……!?」
スタッとサンドの攻撃に吹っ飛ばされながらも、あっさりと着地したピカチュウ。
「(見切られていたというのか?) 旋回してもう一度攻撃だ! ……って、サンド!?」
転がっていたサンドだったが、突然バランスを崩してしまい、転がる攻撃をやめてしまった。
「この状態は……麻痺!?接近戦でピカチュウに触ったときに……!?」
「シオン、『電光石火』!!」
この一撃で勝敗は決した。
サンドは捨て身に近いタックルを受けて、そのまま転がってダウンした。
「どうやら、電気攻撃は効かなくても、特性の『静電気』は別みたいだね」
ヒロトはピカチュウをモンスターボールに戻して、頷いた。
「いやぁー、君は強いな!これからジム戦に行くんだろ?」
「ジム戦かぁ。考えたことなかったな。俺はただ旅がしたいってだけで、旅に出たもんだから……」
「ええ!もったいないなぁ、こんなに強いのに!!どうせなら旅をしながらジムを巡ればいいじゃないか!そして、ポケモンリーグに出る!それが旅の醍醐味じゃないかい?」
少年の力説にヒロトは押されつつあった。
「うーん、そうだね。もののついでにジム戦をしてポケモンリーグに出るのもいいかも。ちなみに、その大会ってどこでやるんだ?」
「『どこでやる?』の前にまずバッジを集めないとだめだよ。何事も手順を踏まないとね!」
「わかった。まずはノースト地方を周ってバッジを集める!教えてくれてありがとう……ええと……」
「デンだよ」
「俺はヒロト。ありがとう、デン!」
そういって、ヒロトは帽子のデンという少年に別れを告げた。
「ヒロトか……大会では負けないから!」
「ん……何だかんだで、夜になっちゃったなー……。ジム戦は明日にしよう」
ヒロトはピカチュウを回復させて万全な状態でジム戦に挑むために、一度ポケモンセンターに戻ってきた。
だが、ライズシティに到着し、町を散歩し、デンとポケモンバトルをしたことにより、時間は過ぎていったのだ。
「今日はもう寝よう……」
明日に備えて早めに寝ることにしたヒロト。
久しぶりのベッドで、ヒロトはすぐに深い眠りについたのだった。
―――「あ~よく寝た!」―――
起きてみるヒロトだが、そこはポケモンセンターの一室ではなかった。
どこかの客室みたいな場所だった。
―――「(揺れを感じる……もしかして……船の上かな?)」―――
外へ飛び出すと、蒼い空、白い海。
まさしくヒロトは航海中だった。
―――「(船旅かぁ……一度はしてみたいなぁ。それにしても、いい天気だなぁ……)」―――
のんきにそんなことを考えたのも束の間のことだった。
ドゴォッ!!!!
何かが爆発した音がした。
音が聞こえたのと足場が揺らいだのは同時だった。
―――「うわっ!?」―――
そして、酷い衝撃を受けて、ヒロトの意識はそこで途絶えた。
「痛って――――――!!」
今日もまた間抜けな起き方をしたヒロトだった。
ちなみに今日はおもいっきり寝返りをうった瞬間に頭を壁にぶつけたのだ。
「い、痛い……冗談抜きで……。今日は、ジム戦だというのに……」
頭をさすりながら、ヒロトはボーっと夢のことを考えていた。
「(また、リアルな夢を見た……最近見なかったのに。一体なんなんだろう?)」
その思考は朝食が食べ終わるまで続いたが、結局結論は出なかった。
仕方がなく、ヒロトはジム戦に頭を切り替えて、ジムへと向かって行ったのだった。
第一幕 Wide World Storys
運命の始まるノースト地方② ―――シオンの森~ライズシティ――― 終わり