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しっぽのきもち

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Lem

 白エス♀×灰エス♂のえっちなお話だよ。

しっぽのきもち 


「ボクと交尾して、お兄ちゃん」
 唐突な妹の催促に兄は土産物を飲み込む事も忘れて噴き出してしまった。
 むせる兄の背中を妹が心配そうに撫で擦るその様は傍目から見ると逆の様にも見えるちぐはぐな光景だった。
 産まれた順番や時間の法則に則るならば兄がエースバーンであり、妹がラビフットである方が状況的にもしっくりするだろう。
 間違いを確かめようと何度か注目するも、お兄ちゃんと呼び慕う妹の声はエースバーンの口から発せられている。
 兄のラビフットは未だにむせ続けたまま止まらぬ咳を繰り返している。思考する時間を延長する為に故意の咳も織り混ぜている様な長さだった。
 兄妹は同じ空間、同じ時間、同じ呼吸、同じ体温を共有して生まれた。
 比喩ではなく文字通りに元々は一つの存在であった。
 殻が二つに割れた時に魂も分かたれてしまい、それぞれの生き様はまるで陰陽を表しているかの如く白と黒に割れていった。
「もう落ち着いた?」
 背中を擦っていた妹が兄を抱き締めながら問い掛ける。
「……おう」
 消え入りそうな程にか細く低い声で兄は照れ隠しに口許を塞ぐ。
 純白に包まれた妹の印象は純潔さを与える美の色を有している。だのにその口から溢れる言葉はとても似つかわしくない淫猥さを孕み、腹の内に堪り兼ねた欲望を吐き出していた。腹黒いともまた異なるうねりが兄に絡み付き、腹より下へと這いずり回る。
「待て、楓。待つんだ」
 慌てた兄が白い蛇を掴んで制止する。
「やだ、待たない」
 流れる動きで別の白蛇が兄の口許へ瞬時に滑り込み、口許を隠していた皮膜を引きずり下ろす。
 露になった小さな口先に指先が捩じ込まれ、抵抗するもそれ以上の力が頑なな兄を抉じ開けようと蹂躙する。
「明日にはボク、お嫁さんに行っちゃうんだよ?」
 垂れた耳の根本に妹の鼻先が内側へと潜り、兄妹だけの秘密を吐露していく。
 喘ぎにも似た吐息と身震いが口数少ない兄の言葉として返ってくる。
「もうお兄ちゃんとこうして過ごせるかも分からないんだよ?」
 滑る指が兄の舌先を挟んで弄ぶ。
 むず痒い快楽の波が全身を苛立たせ、目頭に露を滲ませる兄はそれでも下腹部に置いた蛇を掴んで離さない。
「ボク知ってるんだよ。お兄ちゃんが離れて過ごすようになった理由――」
 心を鷲塚む妹の告白と耳元で囁かれる吐息の熱に心臓が早鐘を打つ。
 目眩を覚える昂揚感が兄を紅葉色に変えていく。見えないが背後の妹もまた頬を染めて紅に染まる。
「しようよ、椛。ボクたち元々一つだったんでしょ? やましいことなんて何一つも無いんだよ? 椛が何時も隠れてしている自慰行為と何も変わらないよ」
「――全然……違うだろ」
「違わないよ」
 口端から銀糸を垂らしたままの濡れ手が兄の片手を掴む。重ねた手は妹の最も熱を帯びる秘所へと導かれ、糖蜜を溢す花弁を兄の指ごと押し込め、掻き分ける。
 耳元で更なる熱が耳朶を打ち、脳髄を煮え立たせていく。
 喘ぎ声混じりに呟く妹の「これも自慰だよ」と嘯く言い訳に兄も揺らいでいく。
 下腹部に置かれた白蛇は緩む兄の制止ごと這いずり、力無く籠る兄の膂力が妹と同調する。
 直接に触れずとも発した熱を空気で感じられる陰茎を兄と妹が見下ろしている。
 薄目で見入る兄の葛藤などお構いなく、鎌首が陰茎へと絡み付いた。
 触れた感触に抗えず全身が跳び跳ね、逃げ場の無い快感の奔流が末端の誤作動を起こす。
 連動して身震いする妹も同様に誤作動を重ね、快楽に馴染むまでの空白を要した。
 互いに軽く果てた程度なのに本番前だけで息も切れ切れに熱を吐露吐露と溢している。
「しよ。椛――しようよ」
 相変わらず耳元で直接吐息を吹き掛ける妹の言葉へ、兄は頑なに首を縦に振らなかった。
「――ばか。ばか、ばか、ばぁか。椛のばか。何でそんなに意地っ張りなのさ。いいよ、そんなに強情張るならこっちだって好きにやらせて貰うから」
 場面が転回し、兄の身体が枯葉のベッドに放り出された。
 直ぐに受け身を取り起き上がろうとするも妹の行動が素早く兄の胸を押し潰す。肺の中の空気が押し上げられ、潰れた蛙の声が気道を震わせる。
 妹の脚を退かそうと両手を駆使するもののびくともせず、頭上から見下す妹の眼は色情よりも狂喜を孕んだ炎を宿していた。
「分からず屋のお兄ちゃんにはこうだよ」
 冷たい声色を乗せた眼差しが振りかかる。
 妹の手指が自らの秘所へ伸び、見せ付けるように中を押し開く。
 思わず眼を背ける兄へ妹が追い打つ様に脚の爪先を食い込ませた。
「ちゃんと見ろよクソアニキ、愛しい妹の中から自分を逸らすな」
 荒い語気と豹変ぶりに兄は身構えた。自分の知らない顔を垣間見る表情の色は直ぐに別の物に上塗りされた。
 叩きつける様な激しい水音。
 鼻を突く異臭に混じるフェロモン。
 放尿感に加えて兄への征服欲に満ち足りた感情の迸りに身悶える妹。
 降り注ぐ清水は兄の顔から白い腹下へと満遍なく所有権を撒き散らした。最後の一滴まで絞りきった後の空間を満たす尿の臭いに鼻を摘まみたくなるが、陶然とした表情のまま妹は動かない。
 暫くして別の水音が流れ始めた。
 兄の粗相だった。
 吐き出した尿意は途中で止めることが出来ないし、できても抗う苦痛はとても堪えがたい。
 ましてやそれが魂に結び付く片割れなら尚更であった。生理現象さえも共有化してしまう程に強い絆を兄妹は結んでいるのだから。
 兄の失禁に気づいた妹が身を屈み、流れ出る清水を浴びる。
 兄と違って地肌まで透ける銀毛はみるみるうちに黄色く汚れ、紅葉の如く変色する。
「……お兄ちゃん」
 先の不機嫌さ等忘れてしまった紅色が兄へと躙り寄る。
 尿に塗れた陰茎の先から竿、根本まで余すこと無く舌が汚れを絡み取る。一週目が終われば二週目が始まり、兄の沽券はどろどろに溶かされていた。
 抵抗は屈服へと姿を変え、妹の奉仕に甘んじる。
 三週目の途中で塞き止められなくなり、妹の被毛を再び白く染めた。
 手足が枯葉を掴む。掌の中で弾ける音は残った理性の断末魔にも等しかった。
 虚ろな視界に妹が覗き込んできて最後の確認を問い掛ける。
「しようよ、お兄ちゃん」
 僅かに残る否定の言葉をどうにか吐き出そうと舌先に葉を乗せ口開くも、捩じ込まれた妹の舌先が無惨に葉を粉々にしていく。
 代わりに響くのは互いの舌と粘膜が擦れ合う水音だった。



 兄の椛は昔から意地っ張りで何をするにもボクの手を引いて先導したがる子だった。
 一方でボクは陽気な性格だったのでそんな兄の奔放さがよい刺激になった。
 最良とも言える相互関係が今では壁を隔てて届くのは声のみだ。
 どうしてそうなったのか、理由は様々あるが切っ掛けはボクが兄より先に進化したという事実に尽きる。
 兄より高い視界、歩幅、見えていた世界が丸っきり別物に変わった昂揚感は陽気なボクを未知へと誘った。
 それが兄には面白くなかったのかもしれない。
 兄が気づくより先にボクが気づくケースが多くなった事も一因に加えられるだろう。
 ある日何時もののように兄を誘って散歩へ行こうとした。
 渋い顔をして断られた。今までそんなことは無かったので何処か体調が悪いのかと質問を攻めた。
 何を聞いてもはぐらかすばかりで、この頃から兄の真意が分からなくなったと思う。
 同じだったものが急に異質のものに変わり、欠けた心の空白に吹く隙間風がとても冷えて寂しさを募らせた。
 暫くして兄もボクと同じ姿に進化し、背丈が並んだことで昔のようにまた遊べると喜んだ。
 けれど兄の態度は変わってしまい、以前の様な先導をして手を引くことは無かった。
 そればかりか今日から別々に暮らそうと提案をされ、ボクは何故なのかと理由を訊ねても兄は一方的に物事を進めていった。
 寂しさが募り、自分の身体がばらばらに引き千切られる悪夢を何度も見るようになった。
 一人では眠れない長い夜をどうやり過ごそうか、無意味に危険な獣道を歩いたりもした。
 危機に襲われれば兄が助けてくれるかもしれないという夢見がちな願望がボクから冷静さを欠かせていた。
 そして望み通りに危機がボクを襲い、兄は助けには来なかった。
 とても辛い現実を突きつけられた気分になり、あの日が一番最悪だったと記憶している。
 全身が傷だらけになりつつも抵抗を重ね、時には脱兎に駆け、大抵の危機は自分の力で跳ね返せる強さが身に備わっていると気づいた頃にはボクの身体は最終進化を迎えていた。
 兄はどうしているのだろう。
 今のボクを見て喜んでくれるだろうか。
 また失望されるのだろうか。

 兄に逢いたい。
 兄が恋しい。
 兄が欲しい。
 兄が。



 始めはそんな気は無かった。
 自分と同じ姿をした妹は鏡を見ている様で、俺が笑えば妹も笑う。悲しめば妹も泣く。
 感情の連動が面白く、ずっと一緒に続くものであると思い込んでいた。
 所が自分より先に進化した妹の姿を見た時、俺の感情には様々な物が芽吹き始めた。
 それは嫉妬だったのか。羨望だったのか。
 焦燥感か。虚栄心か。
 何れも本心のようで何れもがしっくりしなかった。
 靄がかかった思考は惑いを常に生み、判断力や決断力を鈍らせた。
 いつもなら真っ先に気づく出来事が妹に口出しされる様になり、徐々に俺は妹には不必要なのでは無いかと思いもした。
 そんなはずはないと疑念を払拭するも懸念は晴れず、ある晩隣で寝入る妹の寝顔をまじまじと魅入った。
 それが間違いの元だった。
 自分と同じだと思っていた顔は全く別のものとして写り、月夜に照らされた銀毛は神々しく映え、間近で見る度にえもいわれぬ香りが鼻腔をくすぐった。
 そして自分とは異なる性の匂いをはっきりと自覚した瞬間でもあった。
 渦巻く悩みは解を得ることで晴れるのかと思いきや更なる問題が表出し、然したる答えも得られないまま俺の姿は妹と並び始めた。
 同じ背丈、同じ視界、同じ世界観。
 だが全く同じではなかった。
 月に愛された銀毛を携える妹と比べて俺のそれはちぐはぐな色を重ねていた。
 迷いを重ねすぎたが故の変化であり、罰なのかも知れないとさえ思った。
 妹に恋をするなんて、あってはならない感情を向けてしまったことへの罰を俺は重く受け止める。
 この気持ちを妹に悟られぬ内に離れなければならないと決意する。あれだけ鈍っていた判断力や決断力が今や俺の味方をしている。
 別れはとても辛いが、俺と違って妹の陽気さは誰からも愛されるし、何時かは妹を伴侶に募る相手が現れるだろう。
 何も心配をすることはない。

 さぁ、告げよう。
 俺の半身だったものへ。
 身を引き裂くよりも辛い別れの言葉を。
 最善で最悪な選択肢を。



 妹の口淫はそれまでの不仲の帳尻を合わせようと兄の舌を吸い食んだ。
 先の陰茎を弄んだ周期よりも長く、時折呼吸のために中断を挟まれるが、兄が何かを発する度に妹はそれを封殺する。
 何度も。幾度も。延々と。懇々と。
 その内に口吸いだけで果てた。互いの性器へ直接触れてもいないのに一度口舌が絡まれば擬似的な性行が始まったと脳が誤認識を起こしていく。
 吸い上げる度に穿たれる兄の舌は妹の腟内をひくつかせ、舌の裏側から根本を妹が舐め上げれば兄の陰茎は激しく身悶える。
 どちらが性器か分かりやしない疑似性行の横行に気づけば兄は腰を振り始めていた。
 空を切るばかりのうわ言を妹はただただ押し潰す。
 舌に舌を乗せるが如く。
 言に葉を乗せるが如く。
 雄に雌を乗せる、ただそれだけで。
 実に呆気無く操は炉の中へと呑み込まれて融けた。
 身悶え逃げ惑う兄を妹は逃がしはしまいと過剰なまでに固定する。絡めに絡まる雁字搦めの手々は一寸の隙も許さなかった。
 場面は前戯から本番へと移っていたが、昂りすぎた熱欲とあまりにも滑らかに展開が運ばれた為か、双方が既成を認識するまで一呼吸を要した。
 その間に兄は妹の中へと果てた。何も分からぬままに。
 錯綜するままに兄を求め、念願の既成事実を手中に納めたというのに、妹の表情は浮かないまま暗澹(あんたん)として燻る余熱の処理を図りかねていた。
 それまでの行為が全ては児戯だったと気づいた時、妹の口端が歪に広がる。
 児戯が飽いたならその次を始めれば良い。
 幼子が少年少女へステップアップする様に。
 少年少女から大人へと歩を進めよう。
 止めていた指針を、その指で。
「お兄ちゃん、起きて。お兄ちゃん」
 妹の指が虚ろな兄の頬を撫ぜる。
 優しげなその呼び掛けに呼応してか兄の瞳が徐々に輝いた。直ぐに暗闇に落とされるのか、それとも煌々として燃え上がるのか。
「おはよう、お兄ちゃん。お寝坊さんだね」
「……ああ、うん……おはよう」
 寝ぼけ眼で覚醒しきれていない態度のまま兄は妹に挨拶を返す。
 妹が何故ここにいるのか、何故見慣れぬ姿を有しているのか、そんな疑問に思考を巡らせようとする。
 もっと重要なことが目前にあるというのにまるでそこだけが見えていないかの様な腑抜けぶりだった。
 そんな兄の口をついて出た疑問符へ、妹は心底どうでも良い様に本題を突き付けるべく腟内に力を籠める。
 思い切りにやる必要はない。軽く、手で握るのと変わらない程度の悪戯な抱擁。
 そんな微弱な刺激でも兄は過剰な反応と声を漏らし、その反応がとてもいじらしく可哀相で可愛くて堪らない気持ちに包まれた。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「……何……っん……!」
「キス、しようよ。続きのお口交尾(えっち)、したいでしょ……?」
 今のこの状況が本番ではないと告げる妹の狂喜に兄は打ち震える。涎が垂れることも気に留めない口舌の煽りは兄の未熟な思考を更に低下させるばかりか、ただならぬ妖気に兄は呑まれており、嚥下する喉の動きは期待の肯定を鳴らしていた。
「したいよね……あんなに気持ち好かったんだもの……したくならない理由がないよね」
 頬に置かれたままの指がつるりと滑る。口端をなぞり、顎下へと線を引き、首の根本辺りで止まって言葉が接いだ。
「それじゃあさ、それ、脱いじゃおうよ。脱がなきゃボクに届かないもん。一緒に……オトナになろ?」
 そうして引っ掻けた指先には子兎の時期だけに生えるベビーファーの名残が持ち上げられた。
 如何様にも拡がる皮膜は妹の両手によって引き下げられ、紅葉の形にも見えてくる。
 炉に呑み込まれた陰茎は原型を留めなくなる程に感覚が融和され、妹の抱擁がもたらす刺激に鋭敏化される兄の葉脈は色めき立ち、一際高く達する度に全身の筋肉が、骨が、血が、中身が作り替えられていく。
 弾ける熱気に混じる抜け毛が火の粉へと変じ、影に包まれた世界を朧気に照らす。
 胎内の様子が兄にも分かる様に妹が手を添えさせ、ぐるりと腰を回す。
 ごぽり、と重々しい水音が腹を通して響いた。
 それだけの量を含んで尚、兄も妹も気持ちは萎えること無く、炎上を広がらせるべく火を飛ばす。
 火の粉を、 火の子を、火の()を飛ばす。
 交わりの果てに火は炎となり、兄の口端が妹に接岸した。
 被毛は煤け、灰に塗れた姿は実に妹と対照的な容姿であったが、双眸に宿る焔色は兄妹を繋ぐ一つの真実を残していた。 
 写し身を抱く兄妹。
 絡み合う赤酸醤(あかかがち)の蛇。
 交錯する焔眼。
 呼吸の一拍より先に炉に()が投じられた。
「やっと逢えたね……椛」
 荒い呼吸を繰りつつ兄の頬を繕う妹を抱き寄せる。
 強制的な進化は身体的にも精神的にも負荷が大きくなりやすく、進化に伴う熱は様々な不調を訴える。
 特に性格の変調が顕著に現れやすく、大人しかった個体は凶暴な態度を剥き出しにする等、好戦的な一面が表出しやすい。
 だがそれも一時的なもので熱が冷めれば次第に穏やかさを取り戻す。
 この兄妹はどうだろうか。
 どれだけ呼吸を置いても兄妹は穏やかになるどころかより激しく燃え上がるではないか。
 妹が名前を呼ぶ度に兄は舌を捩じ込ませ、たったの三文字ですら言わせてもくれぬ。
 一文字の連呼が途切れ途切れに発され、最早喘ぎ声とも変わらない出で立ちを醸している。
 始終から兄の上を跨がっていた妹は自分がいつの間にか逆転されていることに気づくのが遅れる程の快楽の暴力に晒されていた。
 ひたすらに妹を求める兄の姿は恐怖よりも懐かしさを覚える愚直さが見えた。
 どんな姿になろうとも、幾つもの時間が離れようとも、そこに居るのは妹の手を引いて野山を駆けずり回る兄と変わらない。
 何一つとも変わらない。

 同じ空間。
 同じ時間。
 同じ呼吸。
 同じ体温。 

 枯葉の海が兄妹を呑み込む。
 紅、青、黄、初、櫨。
 楓、椛。
 重ねて、(かさね)て、(かさね)続けて。



 暁闇に輝く大樹。
 それは一つの高木が大樹へ至る程に永い年月を重ねた老齢樹であるが、古きより彼の地の住人曰く元はそこらの高木と変わらない姿であったという。
 そして時代を経るごとにその樹は名前を転々と変えて親しまれてきた。
 最初の名前は「夫婦樹」と呼ばれていた。
 別々の木々が枝葉を絡み合わせた姿からの着想で若い男女からは「縁結びの樹」としても持て囃された。
 幾つもの種子が生まれ落ち、その内のいくつかが木々の間に芽吹くと我が子を抱き締め、やがて一つの大樹に変ずる頃には樹の名前も変わっていた。
 大樹の変化は止まらず、人の一生を捧げても完成形を見ることは難しい。
 先逝く人々が大樹へ向けて合掌を繰る姿から「合掌樹」とも呼ばれた。
 そして現在へと流れ様々な樹をも呑み込んだ大樹はもはや家そのものとして聳えている。
 集落のあった家屋は過疎化によって打ち払われ、野山の一部へと還っていた。
 それでも人の足が途絶えた風はなく、今でも古来からの風習が残っている。
 人と彼等が出逢う結びの入り口として。

 とりどりの彩葉が地を飾る。
 その中でも一際目立つ鮮やかな紅葉の道が大樹の虚へと続いている。
 虚の中は未だ暗く、中の様子は誰にも見えなかった。
 見えるはずもない。
 その者は誰にも気取られること無く、双子が情事に耽る頃から姿を隠して全てを見ていた。
 双子が枯葉の山に呑まれてから一夜が明けようとしている。
 虚から木漏れ日が射し始め、陰影が詳らかに整地されていく。
 姿無き影が縦に伸び、人影を模した。

 時間を始まりの時まで遡ろう。
 兄妹がまだ一つの魂だった頃に。
 卵は二つ転がっていた話をしよう。



 呼び掛けが常に聞こえていた。
 それは背面から囁くもので、殻越しに伝わる熱が冷たくなりつつある卵を光の世界に引き上げた。
 殻が割れ、暗い世界から解き放たれた幼蜥(ようせき)は何かを求めて周囲を見回す。
 母の温もりを欲したのだ。だが母は何処にも居らず、傍らにはまだ孵らない別の卵が残されていた。
 そっと手を触れると背中に感じた時の熱が伝わり、呼び掛けの主とも紐付いた。
 互いの姿や声を掛け合う楽しみに浮かれながら卵の孵化を待った。
 しかし卵は何時まで経っても孵らず、陽が沈み夜が訪れる。
 冷たい世界にいるのと変わらない静寂は幼蜥の心に恐怖を植え付けた。
 徐々に大きくなる不安の芽にたまらず幼蜥は泣いた。
 自身の涙が幼蜥の姿を隠した時、泣き声に呼応したのか卵にひびが入り始めた。
 固唾を呑む幼蜥に見守られながら卵は二つに割れ、そして中からは双子の子兎が互いを抱き締め合って世界の彩りに祝福されていた。
 双子は互いを互いの名で呼び合った。
 その名乗りは幼蜥に自身の存在の否定を告げる残酷な瞬間であった。
 泣き声は出なかった。存在を主張した途端に幼蜥はこの双子に何をされるのか分からなかったからだ。
 闇の中で幼蜥は震えながら夜明けを待った。
 酷く寒く、凍てつく空気が幼蜥の体温を蝕んでいく。
 指一本すら動かせず、丸まるしか無い幼蜥は死を待つだけの置物でしかなかった。
 不意に背中に熱を感じた。双子の片割れが幼蜥の背中に貼り付いたのだ。
 それが偶然だったのか、気づいていたのかはどちらにも分からない。
 そして呼び掛けが幼蜥の心を掬い上げた。
 それが寝言であったとしても些細な問題でしかない。
 震えは収まり、暗い世界は甘美な眠りと同化した。
 夜が明け、双子が外へ飛び出すのを幼蜥は黙してついていく。
 双子は相変わらず幼蜥に気づかない。幼蜥もまた双子の仲に割り入ろうとはしなかった。
 あの晩背中越しに囁き掛けたのはどちらなのか、それを見極める為の観察が必要だったからだ。
 双子と幼蜥の生息地はそこら中に木の実が群生している為、不自由をすることはなかった。
 そうして密着の時間が流れ、双子の片割れが進化を迎えた。
 残る片方も遅れて進化する。幼蜥の変化はまだ訪れなかった。
 そして双子の仲違いが起きた。どうして離れる必要があったのか幼蜥にもその心は分からない。
 決別の瞬間が訪れても幼蜥はどちらについていくかを選ぶことができなかった。
 片割れは振り返らず、片割れは佇んで泣いた。
 泣き声を聞いても最後まで片割れは振り返らなかった。
 悲痛の泣き声は幼蜥の童心にも深く突き刺さり、同じくして佇むことしかできず、草葉の陰でしめやかに泣いた。

 それからの幼蜥は残った子兎と共に過ごした。
 悲しみから立ち直ったかと思えばふとしたことで愚図りだし、肝を冷やしたのは子兎が夜道を徘徊して肉食獣に襲われた時だったろう。
 抵抗もせず全てを諦めて何もかもを投げ出しそうな佇まいは見ていられなく、梨の礫でしか無い冷や水を襲撃者に不意打ち、突然の事態の変転に混乱する子兎の背中を叩いて「走れ!」とだけ告げた。
 幼蜥からの初の呼び掛けであった。
 突き動かされるように子兎は駆けた。背後から追ってくる気配はあるものの不思議と追い付かれる不安はなく、子兎は脚がもつれながらも木々の隙間を抜け、襲撃者が入ってこられない所まで逃げ帰った。
 疲労困憊により倒れ伏す子兎の背に幼蜥は貼り付いたまま動けずにいた。
 危機との対峙に興奮が冷めやらぬ訳でもなく、子兎と接触してしまった後悔からでもない。
 あの晩以降、他者の温もりに触れていなかったが故の執着であった。

 幼蜥は愛に餓えていた。
 優しく抱き締めてくれる温もりを心から欲していた。
 それが母では無い行きずりの隣人だとしても。
 死に逝く赤子を救ったのは紛れもなく彼等であるが故に、彼等が放つ熱と鼓動から離れがたいのだ。
 夜が明けて子兎が目覚める手前になって幼蜥はようやく離れる心構えがついた。
 ふと視界に違和感を覚えた。
 幼蜥のころよりも目線が高く、子兎の大きな背中は何故か小さく感じられた。
 子兎が目覚め、目線の合致によって幼蜥は自分の身体が成長していることを自覚した。
 ずっと姿を隠している都合上自分の手足や身体を観察できないのが残念ではあったが、子兎が危機に陥る度に自分の能力を遺憾なく発揮できるのは大きな自信に繋がった。
 現にその機会はすぐに訪れた。
 昨晩の襲撃者に臭いを覚えられたのか、子兎は執拗に獲物として狙われた。
 進化の直後というのもあり、技の精度の未熟さも相まって子兎を守りきれず、怪我を負わせてしまったことを幼蜥は酷く後悔した。不甲斐ない自分を殴り責めたこともあった。

 季節が移ろう様に子兎もその姿を大きく変える。度重なる苦難が子兎と幼蜥の試練となり、子兎同様に幼蜥も以前の姿では無くなっていた。
 兎の実力は広く森中に知れ渡り、好き好んで戦いを挑む馬鹿以外は無闇に絡むことは無くなっていた。
 今日も兎は因縁をつけられた襲撃者を躱し、蜥蜴は樹上からの狙撃で妨害を挟む。最早日常と言ってもいい流れ作業である。
 だが兎の精神は健全的に育ったとは言い難く、蜥蜴も同様に不安要素が多く残る。
 何時爆発するかも分からない時限爆弾を抱えながら兎はその日を待っていた。
 そしてそれはやってきた。
 決別した片割れとの再会という形で。
 その情景と一連の流れは蜥蜴の心を大きく掻き乱し、狂わせた。

 兎に愛される。
 それは蜥蜴が切望するただ一つの願いであり同時に呪いだった。
 声を挙げていれば蜥蜴はそこに収まっていたのだろうか。
 そんなことを何度も考えるが、兎をよく知る蜥蜴だからこそそうはならない現実も理解していた。
 手に入らないならば壊してしまえと囁く自己、母を思えば関わってはいけないと止める自己、様々な感情が次々と見慣れぬ自己を呼び起こす。
 だが何よりも本能が叫ぶのは。

 淫れた雌を垣間見て無反応で居続けられる程に蜥蜴は子供では無くなっていたのだ。
 母ではなく雌として認識するが故に蜥蜴の身体は異常を起こしていた。
 心と脳が別々に切り離されていく不快な感情。
 それすらも性に塗り潰されて何が正しいか解らなくなっていく。

 気付けば長指は自身の雄根に被さり、苦鳴を堪えようときつく食い縛るだけでなく手をも使って口音を塞ぐ。
 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。
 五感の全てが目前の性行為と同調していく。立ち続けていられなくなり、膝ごと崩折れる。
「お口交尾、したいでしょ……?」
 咥内に指が入り込む。
 自分の指とも認識しているか怪しかった。
 抑える雄根からは夥しい白濁液が手指を犯していた。
 双子の周囲に散らばる火花のちらつきが網膜を焼き、陰を作る。
 下か上かも区別できない交尾の淫声が耳鼻にどろりとへばりつく。
 尿と精液と愛液の臭いが脳髄に絡み付く。
 指先から滲む味がもう何に近いものかも解らない。
 自身を抱く両手が自分の物ではない感覚として蜥蜴の肉体と精神を苛んだ。

 何もかもが狂っている。
 だが狂っているという認識が端からあっただろうか。
 何を以て狂っていると呼べるのか。
 ここには誰一人まともなモノは存在しない。
 雄と雌が在るだけだ。

 火花が潰え、辺りが闇に包まれた。
 淫音と淫声はより深まり、周囲を取り巻く臭いの中でも雄の臭いが濃くなった。
 目を閉じていても鮮明に見える背中。双子の位置が入れ替わったと蜥蜴は気付いたかどうか。
 だがそれすらも蜥蜴にはどうとでも良くなっていた。
 気づいた。気付いてしまったからだ。

 蜥蜴が求めた愛は。
 母がもたらす熱は。

 双子の内のどちらかではなく、双子が一つに成るその瞬間であった。
 それこそが蜥蜴が感じた母の温もりに相違無い。
 だが母は何処にもいないと身体は言う。
 心は母を求めても本能は双子を渇望する。
 焼き切れた脳が告げる。

「お前の左右に分かれた“それ„で双子を纏めて喰っちまえよ」

 普段の蜥蜴ならば聞き流す馬鹿馬鹿しい妄言だった。
 その蜥蜴は何処にいる? 何処にいた?
 そもそも初めから存在していたのだろうか。

 兄を左で抱き、妹を右で抱こうか。
 それとも逆が良いだろうか。

 嗚呼、早く母に逢いたい。
 背中が寒いんだ。

 逢いたい。
 逢いたい──



 後書

 大会中は仮面を着ける習わしなのだけど、作者が頑なに兎しか書かないせいで仮面の意味をなしてないのバグだと思います。
 まぁ兎以外を書いたとしても文面の癖やらですぐバレるとは思いますが。

 兎兄妹は大体想像通りに書ききれたけれど、蜥蜴が思いの外安定しなかったです。
 誰にも認識されない存在、透明人間(蜥蜴)、そういうキャラクターをどう表舞台に出すのか。
 それぞれの内面を描くにあたって一匹だけベクトルが違うので、まぁ昏い昏い。
 負の一面を書くの慣れてないのでもうちょっと修練したいですね。

 今年も兎を沢山書きました。
 来年も兎を沢山書けるといいなぁ。

 それでは最後になりましたが今大会もお疲れ様でした。
 主催者様、参加者様、読者様へ。また次回も逢いましょう。

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