第一回帰ってきた変態選手権の作品です。
written by ウルラ
※この作品には同性愛(雌×雌)の要素が一部含まれています。苦手な方はささくれが出来る前に退散することをお勧めします。
赤みがかった6畳間の部屋を台所から眺めながら、手に持ったビニール袋を床に置く。
その中身を冷蔵庫に入れるわけでも、棚にしまうわけでもなく、摺り足で歩いて行くと少々埃っぽい畳の上に寝転んだ。
「……疲れた」
他の誰かに言うわけでもなく、そうぽつりと口から零れた。今日は疲れたと言えるだけ体力が残っているからマシなのかもしれない。
毎日様々な場所に赴いて清掃作業。しかも時間制限つき。次の清掃場所に遅れたりなんてしたらきっと次の仕事は回ってこないだろう。結構これがきついものだったりもするのだが、その給料は大分少ない。
だからその少ない給料でも家賃が払えると言ったら、こういった1DKのアパートしかない。唯一嬉しいのは畳部屋とその部屋とキッチンを仕切る襖があることくらいだ。居間は畳だから、今のようにそのままでも寝転がれる。
「ん……」
よくよく手を見てみると、指の爪の丁度根元部分からギザギザと何かが飛び出ていた。ささくれ……親不孝の象徴、か。
今の自分の状況にぴったりかもしれないな。軽く自虐も込めてふっ、と笑った。
ふと、「ビー」っと玄関のブザーを鳴らす音が聞こえる。ある意味で滅多に聞くことのないその音を聞きながら、起き上がって玄関へと重たい足取りで向かった。
銀色のノブを回してドアを開けると、そこには灰色の帽子とそれと似たような色の服を着た男性が小さなダンボールを抱えて立っていた。
その男性はいかにも業務用の笑みを携えながら「紫ニャルマー宅急便です」と挨拶代わりの言葉を口にした。
「判子お願いします」
「シャチハタでも?」
「はいそれでも結構です。ここにお願いします、はい。どうもありがとうございます」
玄関に適当に置いていた印鑑があったため、それを配達員の持っている紙に強く押し付ける。何だかこういうのは綺麗に押さないと気が済まない。
印鑑と書かれた枠の部分にしっかりと赤い丸で中に文字があるのを確認すると、配達員は帽子を取って一礼をして帰っていった。
ドアを空いた方の手で閉めて、手に抱えたダンボールをまじまじと見つめる。
送り主は誰だろうと思い、ダンボールに張り付けられている伝票を見てみるが、住所だけで送り主の名前は書いてない。
宛先はしっかりと居間俺がいるこのアパートの部屋番号だから配達間違いってわけでもなさそうだ。
一体中身は何なんだろうか。そう思ってダンボールを台所の床に置く。
開けてみないことには分からないし、このままにしておくべきでもないだろう。
張り付けられたガムテープを爪で数回掻くと、指でつまんでそのまま剥がす。ダンボールの蓋を開けてみると、クッションに包まれたそこには真っ赤な丸いものが。
「これって……」
ピンポン玉のような大きさのそれを手に取ると、下の部分は白くなっているのが分かる。そしてその境界線には黒い線が走っていて、スイッチのようなものがある。
知らない人はいない。言わずとも知られているモンスターボール。しかも……これ中にポケモン入ってる。
「誰だこれ送ってきたの」
送り主の住所をもう一度確認する。何だかこの住所には見覚えがあるような無いような。まさかとは思うけど。
ポケットに入れている黒い携帯電話を取り出すと、電話帳を見て名前を確認していく。……あった。こういう唐突なことをやりだすのはこいつしか覚えがない。
『……只今、電波の届かないところにいるか、電源が入っていない場合があります。またお掛け直しください』
淡々と、音声ガイドの声が再生された。あいつ、おそらく電話かけてくるのを見越して電源切ってやがるな。
しかしどうする。このモンスターボール。
多分、用事か何かでポケモンを預からせるために送ってきた可能性があるから、さすがにこのままにしておいたら中のポケモンがかわいそうな気がしてならない。
面倒なことになったと思いつつも、縮小状態のモンスタボールを手に取る。
「ん……?」
手に取って分かった。奥にもう一つあることを。まさかの二匹。俺の生活が苦しいことくらい、あいつも分かってると思うんだが。
やるせない気持ちでもう一つも手に取ると、他に無いかと思って中身を確認する。だが二つのポケモン入りモンスターボール以外、何も入ってはいないようだった。
手に持った中央のスイッチを押すと、モンスターボールは肥大してリンゴくらいの大きさになる。これって確か投げなくてもポケモン出せたっけ。
なにせポケモンなんて今まで持ったことがないから、どうやってモンスターボールを使えばいいのか分からないのだ。
肥大した二つのモンスターボールを見ながら、うーんと唸りつつ首をひねる。
「あ……」
ほんの一瞬の出来事だった。ポンッと小気味の良い音がしたと思うと、ボールが二つとも開いていた。そして白い光を纏いながら出てきたのは……。
「ん? あんさん誰や?」
第一声にそう言ったのは、ふさふさの毛に大きなオレンジ色の体躯に黒い模様が走ったのが特徴的なウインディ。きょとんとしてこちらを見ながら、なぜかコガネの方言が混じった言葉をかけてくる。
その隣に出てきたのは、お腹の部分が黄色で背は紺色。腰のくびれが全く無い胴長の体をもつポケモン、バクフーン。そいつはウインディに比べるとこちらに何だか敵対したような目を向けて言った。
「どうせ新しいトレーナーかなんかでしょ……あたしはトレーナーなんかいらないって言ったのに」
バクフーンが言ったこと、なんだか妙に突っかかった。あいつから送られてきたポケモンなら、新しいトレーナーとか言うだろうか。
確かに突拍子もないことをする友人ではあるが、自分のポケモンを捨てるほど薄情な奴でもない。だとしたらこのバクフーンとウインディは一体……。
「一応聞くけど、もしかしてケイタってやつのポケモンじゃないよな……」
「はあ? そんな名前聞いたことすら無いよ」
イライラしたような口調でそうバクフーンはこちらを睨みつけながら返事をすると、床に置いてあったダンボールを蹴飛ばした。
「ちょっとバクフーン、人のもの蹴ったらあかんって……」
ウインディが心配そうな口調で俺の方を横目でちらちらを見ながら言う。多分俺の顔色を伺ってるんだろうけど、凄く微妙な心境だ。
バクフーンはそんなウインディの制止も効かずに、襖を開けて居間の方へと入っていってピシャリと襖を閉めてしまった。
台所に取り残された俺とウインディの間に、しばしの沈黙が流れる。ウインディの方を見てみると、気まずそうにこちらの方に笑みを返してきた。
やがてその雰囲気に耐えられなくなってしまったのか、バクフーンの後を追うようにして襖を開けて中に入って行く。
「……何なんだかなあ」
一人取り残された台所で、ぽつりそう呟いた。
居間に入ると、部屋の隅っこにバクフーンが座り込んでいて、説得をするかのようにその目の前でウインディが座り込んで話している。
やがて俺が入ってきたのに気がついたのか、今までうつむいていたバクフーンが顔を上げた。
「っ……なんだよ」
いかにも信用してないオーラを全開にして俺に眼をとばしてくる。だけれどそこまでしてここに居座るってことは何か理由あるのだろうか。ここが本当に嫌なのなら、とっくに玄関から飛び出してるだろうし。
妙に襖に慣れていた気がしたし、さっきバクフーンが「新しいトレーナー」と言っていたから、元々はトレーナーのポケモンだったのだろうと思う。
でなければ、炎の石が必要なウインディが野生にいるはずもない。とりあえず、詳しいことを聞かせてもらえないと本当のことは分からない。
「なあ、さっきの話聞いてて思ったんだが、元々誰かのトレーナーの元にいたのか?」
俺の言葉に、ピクリと耳を反応させる二匹。そして表情は硬くなっていて、何だか青ざめているような気がしないでもない。何か悪いことでも聞いたのだろうか。
それとも思い出したくもないことだったのだろうか。目を泳がせて話そうか話さないか迷っている感じもする。
やがてウインディが意を決したように顔をもたげた。
「確かにウチらは、元々はトレーナーのポケモンやった」
「おいウインディ」
話しだしたウインディに向かってバクフーンが制止をかけるように立ち上がる。だけれども、ウインディの目は真っ直ぐにこちらを見据えていた。
その様子にバクフーンは少しだけたじろぐと、また座り込んで窓の方へとそっぽを向いてしまう。ウインディはまた耳を垂れ下げて心配そうにバフクーンを見た。
「バクフーン、ウチかて話すの辛いんや。それでも話さなあかん。新しいトレーナーんとこきたら大丈夫やって……」
「だからあたしは言っただろ! トレーナーなんて要らないって!」
何かが尺にでも触ったのか、バクフーンは怒鳴った。咄嗟に俺は身構えてしまう。それを見てバクフーンは小さく何かを言っていたが、聞き取れなかった。
ウインディはバクフーンから目を離して、俺の方に向いた。質問にどうやら答えるつもりらしい。
でも訊ねてはいけないことを訊ねてしまったようで、ここから先は無理して答えてもらわない方がいい気がした。
「あー、やっぱり聞くの止めとく。なんか色々と事情あるみたいだし」
「え……」
ウインディが予想外の言葉に声を漏らす。バクフーンの方はその後ろできょとんとしていた。何だかさっきまで睨んでいた顔が嘘のように可愛い感じの顔。これが本来のバクフーンの表情なのかもしれない。……友人に少し影響でもされてるんだろうか、今はそんなことを考えるべきじゃないな。
とにかく今は過去の話についてあれこれと考えることよりも、これからどうするか。それを聞くしかなかった。
「えっと、お前らはこれからどうするよ」
とにかく俺はこれを聞きたかった。何か事情を抱えているにしても、こいつらが友人に送られてきたポケモンだとしてもだ。
俺が勝手にあれこれ決めたところでこいつらが首を縦に振ってくれるかどうかは分からないし、何よりも質問でもしないとまた気まずい沈黙が流れるだけだろうし。
聞いてみたはいいものの、二匹とも微妙な反応。というか何か呆れたような、そんな表情をされてるわけだが。
「どないする言われても……なあ、バクフーン?」
「あんたが私たちを引き取ったんでしょうが……何を今さら」
なるほどそういうわけか。引き取ったっていう言葉から何となく分かった。多分トレーナーに捨てられて、ポケモンセンターで保護された。多分そういうことだろう。
そしてそれを俺の友人は俺にわざわざ宅急便で送ってきたと。
「ん?」
太ももで何かが細かく震えているのが分かる。あ、携帯。
すぐに気づいてそれ取り出すと、振って開いてディスプレイに映し出されたメールマークを確認していく。
そこにはポケモンを送ってきた張本人であろう人物、『カギミヤ ケイタ』の文字が。すぐにそれを開いて見てみると、中にはこんなことが書かれていた。
『To:アキト
よお。そろそろそっちに荷物届いたころだと思うが、中身は見たか?
大方もう開けてどういうことだって顔してるんだろうけど、そんな面白い顔が見れないのが残念だ。
前置きはさておき、だ。頭の回転が速いお前ならその二匹がポケモンセンターで保護されたポケモンだってことは薄々気付いていると思う。
過去に何があったかはそのバクフーンとウインディに聞かないかぎりは分からないが、いずれそいつらも話してはくれるだろ。
それにこれから寒くもなってくるから、あったまるには丁度いい炎タイプをプレゼンツ。
いや羨ましい。ほんとうに羨ましい。そんな温かい炎タイプ二匹に囲まれて暮らせるなんて羨ましいっ。
そして寒い夜はバクフーンの逞しいお腹とウインディの大きな体に挟まれて寝るんだろうなあ……。
そうしてるうちにあんなことやこんなことを……(ジュル
…………げふん。
まあお前ポケモン持ってなかったし丁度いい機会だろう。そいつらと仲良くすればいい。
食費はまあ……光熱費の代わりだと思って気にすんな。
それじゃあ上手くやってくれ。
P.S.
一応口調で分かるとは思うが、二匹とも雌だからな。銭湯とかに行った時、あまり恥ずかしい思いをさせるんじゃないぞ。
まあそういうことして楽しむのは俺としてはアリだとは思うが、ほどほどにな。
ああ、あと誤解されないように書いてはおくが、その二匹は俺のポケモンじゃないからな。』
嗚呼。なんだろう。この胸に湧き上がる闘志は。凄く胸が熱い。この苛立ちをどこかにぶつけたい。
……生憎とぶつけるのは携帯のキーだけになるのだが。
『Re:変態は雪の中で凍え死んでおけ。』
短文すぎる気もするが、これでいい。送信ボタンを押すと、俺は携帯をパタンと閉じた。
そこでやっと隣から微妙な視線が向けられていたのに気づく。どうやら友人からのその変態メールを横目で見られていたようで。
苦笑いをしても、二匹の白い視線が止むことはなかった。
しばらくそのままで無言の状態が続く。何を話しかけようにも気まずい状態で何もすることがない。
ふと台所の方を見ると、買ってきて置きっぱなしになっていたビニール袋が目に入る。冷蔵庫に入れるものは早くいれておかないと。
冷蔵庫の扉をあけて、ビニール袋の中身を入れていく。野菜室にネギやニンジン、トマト等々。缶ビールの6本セットもいれておく。
そうして袋に入っているものを次々に冷蔵庫に入れている最中に、ふと背後から何かが近づいてくる気配がした。
後ろを振り向くと、ウインディがこちらに近づいてきてる。でも、様子がおかしい。
顔は赤みを帯びて呼吸がひくついて、目からは涙が零れている。そのままウインディは近付いてくると共に俺を押し倒してきた。
「ちょと、なにを……」
「アキトが前のトレーナーと同じようにウチらを慰み者として引き取ったんなら、ウチだけをその対象にしといてくれへんか」
涙を流しながらも小声でそう言うウインディに、少しだけ驚いてしまう。それが否定の意図でも受け取ってしまったのか、ウインディの行動はエスカレートし始めた。
不意に前足がズボンに掛けられて、そのまま強い力で脱がされてしまう。やっぱりポケモンはポケモン。人間とは比べ物にならないくらいの力を持っている。
というか感心している場合じゃない。ズボンの次はその下に履いていたトランクスまでも容易に脱がされてしまい、俺の愚息が顕になってしまう。
バクフーンは止めにこないのかと思って奥を見てみると、いつの間にか襖が閉め切られていて、こちらが見えないようになってしまっていた。
ウインディは俺が余計な動きをしないようにしているのか、俺の胸板に前足を乗せて少しだけ体重をかけてきている。苦しくはないものの、動けない。
「うっ……」
ウインディが控えめに口から出した舌先が、すっと先端に触れる。それだけでも甘い感覚が走った。
彼女は眉間に皺を寄せながらももう一度舐めようとした。駄目だ。これは止めないと。
「ちょと……まった」
「前戯は必要ないん……?」
「そうじゃなくてっ!」
なんとか無理矢理ウインディを退けると、立ち上がってズボンを履く。そして無駄な電力を使わないように冷蔵庫の扉を閉めると、彼女と目線を合わせた。
「さっきのメールの文面を見てそう思ったんだったら、結構それ大きな勘違いだぞ」
はぁ、とため息をついた俺を見て、目を瞬かせるウインディ。やっぱり勘違いしていたらしい。
確かにあの文面を見たら、そう思われても仕方がないが、どうせなら返信した文章を見て判断して欲しかった。それとも、返信した時の文章を見ていなかったのか。
どちらにせよ、彼女たちに大きな誤解をさせてしまったのはちょっと自分自身が不甲斐ない。少し離れた場所で携帯を開くべきだった。
彼女の首元に手を添えると、軽く撫でる。少しだけ彼女の体が強張ったが。撫でているうちに和らいでいく。
「別に俺はポケモンをそういう対象として見て無いし、それに今回お前たちが友人から送られてきたのも唐突だったからな」
「なら、アキトが引き取ったわけやなくて……」
「友人がポケモンセンターで働いてるから、それをいいことに引きとって俺のところに押し付けてきたんだろう」
そう、あいつはポケモンセンターに勤務しているポケモンドクター。それなりに腕は立つものの、少々趣味が変なことに傾いているとかいないとか。
そういうこと以外は純粋にポケモンに対して愛情をもって接しているから問題はないんだけど。その趣味を俺にも振ってくるからそれだけは問題だ。今みたいに誤解を生む。
撫でていた手を退けると、俺はビニール袋に入っているものを再び整理し始める。棚に入れていると、ウインディはまたこちらの方に近づいてくる。
「ん。どうした」
俺が手を止めてそう聞くと、俯いていたウインディは暗い表情のまま、口を開いた。
「つまるとこ、アキトが望んでウチらを引き取ったわけやないってことやろ? アキトは、いきなりきたウチらのこと。面倒やとか思わんの?」
「んー……」
顎に手を当てて考えこむ。確かに二匹を何の連絡もなしに押し付けてきたケイタには苛立ちもあるが、それを彼女たちにぶつけるのは間違いだし。
それにウインディとバクフーンが部屋にいること自体、別段不思議になんて思わないし……。
「そういうこと自体なんとも思ってないし、それに無理矢理追い出すわけにもいかないだろ。しばらくはここにいても構わないさ」
それを聞いて、やっと俯き気味の顔を上げるウインディ。その顔には少しだけ笑みが浮かんでいた。
それにしてもさっきの話からすると、前のトレーナーはバクフーンとウインディを性処理の道具として扱っていたということだが。
あんなに人間を安易に抑えつける力があるっていうのに、何故抵抗しなかったのだろう。何かしら弱みを握られていた?
そうだとしても、俺はそんなトレーナーになるつもりはないし、正直ケイタみたいな変態とは決して俺は違う。そう、違う。
とはいってもやっぱり俺も雄なんだと再確認させられてしまう。さきほどウインディに舐められたせいか、妙に下半身が火照ってる。
どうしてくれるんだか、これ。ウインディやバクフーンにそんなことをさせるわけにもいかないだろう。第一、あいつみたいに変な性嗜好を持ってるわけじゃない。
とりあえず、今は我慢しておこう。時間が経てば治まってくれるに違いない。
いつの間にかウインディは襖を開けて奥の部屋の方に戻っていて、台所に一人残された状態。
ビニール袋の中身は一応全てしまい終わったし、そろそろ夕飯でも作るとするか。
「そう言えば……」
ウインディとバクフーンは何を食べるのだろうか。元々ポケモンは持ってなかったから、ポケモンフーズなんて持ってないし、きのみも最近は値上がりしてきていてなかなか買えないし。とにかく聞いてみるか。
居間の方に入ると、ウインディとバクフーンがこちらを見てくる。ウインディは入ってきたことに反応しただけだったみたいだが、やはりまだバクフーンはこちらを警戒したような目で見ているようで。
「夕飯食べるか……?」
その言葉で二匹はまた顔を見合わせる。そんなに意外な発言でもないだろうに。やがて両方頷いたのを確認すると、頭の中にレシピを思い浮かべながらも一応聞いてみる。
「一応料理は普通のものなら作れるけど、何がいい」
普通の料理ってなんだよと、頭の隅で自分自身にツッコミを入れつつ、二匹の返答を待つ。なんでもいいと言われたらどうしようか。逆にそっちの方が作る側としては困る。
「……ムライス」
「ん?」
「オムライスがいい……」
そうぼそりと控えめな声量で言ったのはバクフーンだった。それにしてもオムライス……か。
一応卵はあるし、冷凍ご飯もある。他の材料も十分にあるから、作れないこともないだろう。
なんで冷凍ご飯なのかはあれだ。仕事で帰ってくるの遅くて、なおかつ自炊している一人暮らしの人には多分理解してもらえると思う。
レンジで解凍するだけだから一々炊かなくて済むし、米を水に浸す時間が長くてご飯がべちゃっとすることもない。
「オムライスだな。ウインディもそれでいいか」
「ウチはそれで構わへんよ」
「分かった。作ってくるからちょっと待っててくれ」
二匹にそう言うと、俺は台所の方に向かった。何だかこうやって誰かのために料理を作るのは久しぶりな気がする。
元々は俺は料理人になって自分の店を出したかったんだが、父親は医者。あとを継ぐ為に医者になれとか押し付けられて……。
やめよう。喧嘩した両親とはもう離れて一人暮らししてんだ。そんなこと今更思い出したって仕方ない。
首を横に振ると、材料を用意するために冷蔵庫を漁った。
「ほい、出来たぞ」
湯気が立っている皿を、折りたたみ式のテーブルの上に置いていく。卵はふわとろにしておいたが、ポケモンだけにそれが好みに合うかどうかは分からない。
バクフーンとウインディはそれをじっと見つめているだけ。何か気に入らない部分でもあったのだろうか。
「……美味そう」
ふとそんな嬉しい言葉を零してくれたのはバクフーンの方だった。
俺がその言葉を聞いて少しだけ笑みを浮かべているのが気に食わなかったのか、すぐにムッとした顔をしてスプーンを手に取る。
二足歩行で手が器用なのか、それとも持ったことがあるのか、その手つきは手馴れたようだった。
「み、見た目はよくても味が悪いってこともあるからね」
バクフーンはそう言って表面の卵と中のケチャップライスをスプーンで器用に掬うと、口の中にゆっくりと運んでいった。
何度か咀嚼を繰り返したあと、やがてゴクリと飲み込む。噛む回数が少ない気もしたけれどまあそこは置いておこう。
「じゃあ、ウチもいただきます」
バクフーンがその後も何も言わずも黙々と食べ続けているのを見て、ウインディも食べ始める。彼女の場合は手でスプーンとか握れないから、床にお皿をおいて食べることにはなってしまうが、一応新聞紙を引いてあるから問題はないと思う。
ウインディも黙々と食べているから、とりあえず味については文句はない、のだろうか。あとで一応聞いてみよう。
さて、俺もオムライスが冷める前に食べるとするか。
「あのさ……聞きたいことがあるんだけど」
「ん、何だ?」
食べようと思って掬い始めた丁度その時、バクフーンが皿の端にスプーンを置いて唐突に話しかけてくる。ウインディも食べるのを止めて顔を上げる。
「あんたが料理作ってる最中にだいたいの事はウインディから聞いた。でも一つだけ疑問があるの」
バクフーンはそう言って、俺の方まで歩いてくる。そしてぐっと顔を近づけてくると、赤い目でこちらをじっと見てくる。
今まで彼女の方から遠ざかっていただけに、いきなりのことで少しだけ身を反らしてしまう。
「本当にポケモンを『そういう対象』として見てないのかどうかを、ね」
不意に視界が反転する。背中を強かに打ち付けたかと思うと、目の前にはバクフーンの顔があった。要は押し倒されたのだ、バクフーンに思い切り。
「ちょとバクフーン! 何して……!」
「試したいことがあるだけだから大丈夫よ」
愕然とした表情を見せながらも、半ば怒ったように言うウインディを尻目に、俺はバクフーンにされるがままだった。
体重を掛けられたままで短い手を後ろに回されて、そして抱きしめられてしまう。炎ポケモンだからなのか、それとも些か彼女の方が興奮でもしているのか、温かい彼女の体温が洋服越しに伝わってくる。
それでも俺は何もしないことを見て、バクフーンは更に何かを試そうとして行動をし始める。抱きしめたまま、そのままバクフーンは顔を近づけてきて……。
「……っ!?」
唇にそっと温かいバクフーンの口元が触れる。驚いた拍子に口を開いてしまい、そこから彼女は舌を滑り込ませてくる。
何とかバクフーンの舌を追いだそうとしても、あちらの力には敵わない。それどころか、逆にその舌を絡め取られてしまって、唾液を流し込まれてしまう。
飽和した唾液は飲み込むしかなく、バクフーンの舌から逃げ回りながらも何とか飲み込む。
「んっ……はぁっ……」
時々口を開けて更に俺の口の中へと舌を捩じ込もうとする彼女から微かに艶を帯びた声が漏れる。俺はただそれを受け止めることしか出来ない。どうもがいても、彼女の下敷きにされた体は動いてはくれなかった。でも認めなくないくらいにその行為を欲している自分がいて、情けなくなってくる。
ちゅる、と時折唾液の中を舌が
「ん、ぷは……」
息でも止めていたのか、バクフーンが大きく息を吸いながらやっと口を離してくれた。気づけば俺も息が絶え絶えになっていて。
口と口の間に出来た唾液の橋は、いとも簡単に俺の洋服の胸にうっすらと染みを作っていく。
何だか体全体が火照っていて、目の焦点がなかなか合わない。ふとウインディの方を見ると、心配そうにこちらを見ていた。
「なんで……こんな」
荒くなった息を整えつつも、俺の上からやっと退いてくれたバクフーンに問いかける。彼女は口元を手で拭いながら、俺の方を見て言った。
「試したかっただけ。そういう嗜好なのかどうか。舌避けてたからその気ないって分かったけど」
それにしては大分大胆な行動だった気がするが……それに前のトレーナーが嫌いなら、人間とのこういった行為も普通は嫌なんじゃないのだろうか。さきほどのウインディみたいに顔をしかめたり何なりしてもいいはずなのに、バクフーンは嫌な顔一つせずに俺と口付けを交わしていた。
バクフーンはまた元の位置に戻ると、座り込んでまた黙々とオムライスを食べ始める。そしてまた口を開けて言った。
「でも、演技しようと思えば簡単にできるから……まだ完全に信用はしてないからね」
その目は会った時よりかは睨んではいないものの、何だか心のどこかで恐がられている感じがした。
ウインディを見てみるが、何だか俺と視線を合わせづらい様子だった。目の前であんな痴態を見せられたら、誰だって気まずくはなる。
全く手がつけられていないままの自分のオムライス。冷めないようにと食べ始める。
だが、口に含んでいくら咀嚼しても、何だか味がないような気がしてならなかった。
食べ終わった食器の片付けをして、それを拭いて片付けて。一息つける……はずもなかった。
居間にはウインディとバクフーンがいる。そこにいたとしても、ただ気まずくなるだけだろう。家にいるのに気が休まらないことなんてあるんだな。
あまりの気まずさから、苦し紛れに居間にある時計を見てみる。時刻は現在9時50分。この時間ならいつもは銭湯に行ってるはずなんだが、ウインディとバクフーンを残していくわけにもいかないだろうし。いや、でも俺がいない方がまだ落ち着けるかもしれない、か。
今日出会って一日も経っていないポケモンに留守番を任せるのはちょっと気が引けるが、清掃という仕事柄体を洗わないと何だか不衛生な気がしてしまう。いや、どんな仕事でも体洗わないと不衛生なのに変わりはないのだが。
とにかく、一言断ってっから行かないと。いきなり居なくなってもあの二匹が困るだろうし。
「俺はちょっと今から銭湯行ってくる。留守番頼めるか?」
そう言うと二匹は顔を見合わせて止まる。どうやらいきなりのことでどう答えていいか迷っているのだろう。やがてなんと答えるのか決まったのか、二匹は顔を見合わせながらも頷きあった。
「あたしも行く」
「バクフーンが行くなら、ウチも行く」
バクフーンとウインディはそう言った。バクフーンは相変わらずの無愛想な顔で、ウインディは笑みを見せながら。
俺は留守番を頼めるか聞いただけなんだが、これはちょっと予想してなかっただけにどう反応すればいいのか分からない。
「駄目なん?」
最後の一押し、といったようにウインディがそう聞いてくる。ちょっと、上目遣い反則だぞ……。
『一応口調で分かるとは思うが、二匹とも雌だからな。銭湯とかに行った時、あまり恥ずかしい思いをさせるんじゃないぞ。
まあそういうことして楽しむのは俺としてはアリだとは思うが、ほどほどにな。』
メールの追信文の一部が頭の中を通りすぎていく。まさに今その現状になりそうなんだが。これは一体どうやって回避をしろと。
ふと思い出す。俺がいつも行っている銭湯の特異な部分。知らない人と入るのに抵抗がある俺に取っては丁度いい場所だというのを思い出した。
「分かった。連れてはいくけど、周りの人には迷惑かけるなよ」
「分かってるよ。そんなことくらい」
腰に手を当ててそう忠告をすると、バクフーンが当たり前だというように腕組みをして忠告を不満そうに聞く。
だが、銭湯に行けること自体は嬉しいのか、少しだけ彼女の顔に笑みが浮かんだ気がした。
――細かな凸凹のついた硝子のついた扉をカラカラと音を立てながら開けると、一斉に入れて三人が限度であろう、洗い場と湯船が見える。湯気がそこから立ち上っていて、天井に靄がかかっていた。
実はここは個室のある銭湯で、本当は元々一つの湯船だったものを複数に小分けしたのだという。しかし湯船は未だに全部繋がってはいるらしい。
どうやら湯船の足元のところだけ壁に穴を開けておいて、そこから全体に湯が行き渡るようにしているようだ。勿論隣の個室はのぞき見出来ないようになっている。
来客が少なくなってしまったために、あまり集団で入るのに抵抗がある人のためにと考えて改装をしたそうで。それが功を成したのか、一応経営は持っているようだった。
全員が入るようなお風呂も勿論残してあるらしいが、女性用の方を半分にして男女にわけたようだから、結構狭くなったようだが、客足はそこまで多くはないからさほど広さはいらないのだろう。聞いただけで、そっちの方には入ったことはないが……。
「ふぅ……」
体をしっかりと洗った後、ゆったりと足を伸ばして湯船に浸かる。そこまで多くは入れそうにはないものの、一人で入るには申し分ない。足をゆったりと伸ばせるのだから。
一つ隣の個室の方では、二匹が入ってる。きちんと洗えているかどうか心配ではあるが、あれだけ手が器用なバクフーンがいるんだ、ウインディが洗えないところはバクフーンが洗っていることだろうと思う。
お湯を手ですくって、顔を洗い流す。
思えば一人暮らしを始めてから、だいぶここにはお世話になっている。安いし、たまに番台のばあちゃんが無料でモーモーミルク奢ってくれたりするし。
奢ってもらうたびに親御さんに心配かけていないかい?って聞いてくるからそこだけは笑ってごまかしてるけど。
何というかあのばあちゃんは何かに感づいてでもいるのか、それとも自分の息子がそうだったからなのか。
そのどちらかは分からないが、分からないのに聞いてくるのもお人好しって思ってしまう。
一応気にかけてくれてるのには感謝はしてるんだが……親のことは聞かないで欲しい。何のために小煩い親の元を出てきたのか分からなくなってくる。
……そろそろ出よう、逆上せるといけないし。それにもうあいつらも出ている頃かもしれない。
ざぱぁっと音を立てながら湯船から上がると、タオルで体を拭いて小さな更衣室で服に着替えて個室を後にする。
隣の個室の扉を見てみる。まだ明かりが付いてる状態だから恐らく入ってるんだろう。それにしても長い。炎タイプだけに逆上せにくいのだろうか。
あまりにも時間がかかっているようなら、見に行かないといけなくなるんだよな。一応これでも俺がトレーナーだからなんだろうが。
一番厄介なのは様子を見に行って誤解されること。バクフーンの警戒心がせっかく薄れてきているのに、ここでヘマなんかしたら余計に警戒心が増してしまうかもしれない。そうなってしまうと一番気苦労しそうなのはウインディの方だ。
比較的ウインディの方が俺には普通に接してくれるようにはなったけれども、彼女にとってはきっとバクフーンの方が大切な存在であることには変わりはない。だからこそ一番心配しそうな感じがする。
それにまだ会ってから一日も経っていないのだから、今日で成果を求めるのは無理な話。地道に警戒を解いてもらうしか無い。
「……ダ……って……」
「ん?」
ふと聞こえた声。反響気味に聞こえたそれは、どうやらバクフーンたちが入っている個室の方から聞こえてくる。つまるところ目の前からだ。
聞いちゃいけない。聞いてはいけないと頭が警告を発しているのを聞きつつも、なぜか俺の体はだんだんと扉の方に近づいてく。
そろり、と。扉の指掛けに手を添えて、音を立てないようにゆっくりと右の方へ……。と、そこで止めた。
これじゃまるで俺が変態じみたことをしていることになるじゃないか。あのケイタのように変態になるなんて俺は絶対に嫌だ。
かと言って少しだけ開けられたこの扉を閉めると多分音が立つ。この扉はそこまで滑りが良くないから、閉めるときには少しだけ力が必要になってくる。出す力を微調整しながら音を立てずに閉める技能なんて俺にはないし、音を立てないようにするならこのままの方がいい。
「んんっ……バクフーン……激し……」
耳から頭の中にすすっと入ってきた、エコーの掛かった艶の帯びた声。……ちょっとこれはヤバイんじゃないか?
バクフーンと呼んでいるからして、どうやら先程の声はウインディのものみたいだったが。一体何をしているのだろうか。
「あんたそんなに……が弱かったっけ。もっと耐えられた気がしたんだけど?」
ところどころ聞こえる荒い息遣いと重なるようにして、バクフーンの勝気な声が響く。その割にはバクフーン自身もかなり息を荒らげているみたいだった。
「だって……こうするのも久しぶりやんけ……んあっ…………いいっ……あっ」
「溜まってるんだったら……んっ……断るわけないよね」
ウインディの喋る時とは全く違う、トーンの高い声。それでいて控えめで、雄が聞いたらきっとそそられるような声。バクフーンも何かしらウインディに刺激をもらっているようで、時々くぐもった声が聞こえてきていた。その会話と、時折それに混ざる粘着質な水音に、俺は興奮せざるを得なかった。
いつも変態、変態とばかりケイタに対して言っているのに、よもや俺が今そうなろうとしていることなど頭の隅に追いやっている。虫がいいことこの上ない。
しかしそんな羞恥心をどこかへ飛ばしてしまいたくなるほど、今この奥の風呂場で営まれているであろう情事に、俺はいつしか釘付けになっていた。
「あっ……! そこ、すごくいい……」
「ここ?」
「ひゃぁああっ……!」
バクフーンに敏感な場所でも刺激されたのか、ウインディが甲高い声を響かせた。あまりの声の大きさに、廊下を見回す。幸い、他に人はいないみたいだった。
それにしてもまさかこんな場所でそんなことをしているとは思わなかった。個室だから俺はバクフーンたちと一緒に入らなくて済んだものの、聞いてはいけないものを聞いてしまったみたいで何だか酷く気が沈んだ。
正反対に自分の愚息は虚しくも反応してしまったようで。ズボンの上からでも分かるほどの膨らみ具合に、溜息をつくしかなかった。
ふと、疑問に思う。先程まで上がっていた声が無くなった。そして水がタイルの床にぶつかって弾ける音が代わりに聞こえてくる。体を流してから出てくるのだろう。
彼女たちが出てきた時に俺がこの扉の前にいたらどう思うのだろう。多分盗み聞きをしていたと感づかれてしまうかもしれない。その前に待合室の方へ戻っておいたほうがよさそうだ。
俺は目の前の脱衣所の扉を半開きにしたまま、待合室の方へと向かった。今思えば、なるべく音を立てないようにして閉めておけば、あんなことにはならないかったのかもしれない。
待合室にあるい草の座布団にあぐらをかいて座り込みながら、番台のおばちゃんに貰ったモーモミルクを飲む。今回は一緒に来ていたバクフーンとウインディの分も渡してくれた。
本当にここまでよくしてもらっているおばちゃんには感謝しても仕切れない。お金が足りなかった今日も出世払いでいいよと言ってくれる。生活が厳しいことを知っているのだ。
だからこそ。だからこそなんだろうが、親に心配をかけていないかとかよく聞いてくる。今回もやっぱり聞かれた。大丈夫です、と笑ってまたごまかした。
ただ今日はちょっと違う気がした。大丈夫と言ったとき、いつもなら心配そうにそうかいと言うのだが、今回ばかりは少しだけ笑みを浮かべてそうかい、と言った。
言った言葉が変わったわけではない。だかしかし、その言葉に含まれた感情のニュアンスが違うのだ。何というか安堵しているような返答だったけど。
よく分からない人なのはここに通いに来てからいつものことなので別段気にすることもないのかもしれないが、何かと人の感情を読んだように接してくるから、ちょっとだけ疑問の念もある。
ただ、良くしてもらっている身。あまり不信感を抱くのもよろしくない。
一度芽生えた疑問を払拭して、俺はビンにあった残り少しだったミルクを飲み干すと、近くにあるビン用のゴミ箱に捨てた。
ふと、目の端で赤いポケモンがこちらに近付いてくるのが見えた。ウインディと勘違いしそうになったが、大きさ的に全く違う。
首周りにもっこりと生えた毛に、ウインディと似たオレンジ色の体。確かイーブイの数ある進化系の一つ、ブースターだったっけか。
一部の人たちには“ゆいつおう”とか呼ばれているとかいないとか。
「あいたっ……!」
「今あなた失礼なこと考えたでしょ。ったく……
何なんだこいつは。俺の考えでも読めるのか。というか俺は別に失礼なことを考えたつもりはないが……。
それにしたっていきなり前足でパンチしてくることはないだろう。ブースターはそのまま何か呪詛のような言葉を吐きながら俺の横を通りすぎると、そのまま外へと出ていってしまった。
……なんだったんだ、一体。
しばらくして今度こそウインディとバクフーンが戻ってきた。彼女たちの姿が目に入った途端、廊下で聞いたあの酷く艶かしい声が頭の中で木霊する。
耐えきれずに目を反らすと、二匹が視界の隅で首をかしげているのが分かった。何をやってるんだろうか俺は。普通に接すればいいだけじゃないか。
俺は何も聞いちゃいない、と頭の中に言い聞かせると、二つのモーモミルクをバクフーンとウインディに渡した。
「何これ」
「飲んでいいぞ」
「帰ってから飲む」
「そっか」
バクフーンからの返事は淡々としたもので、相変わらず俺に普通に接してくれる気配はない。こっちをまともに見てもくれない。今も目は明後日の方向に向いている。
ウインディは俺とバクフーンの顔を交互に見比べた後、苦笑い。また気まずい空気が流れ出す。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
「はいはい」
そっけない返事をして、俺の横を先ほどのブースターのようにバクフーンは通りすぎる。その後を追うようにしてウインディも歩き出した。
俺も付いていかないと。家まではそこまで遠くはないが、多分まだあいつらは道わからないだろうし……。
小走りで彼女たちの後を追うようにして向かう。案外道は分かっているようだった。
――押入れから敷布団を引っ張り出して、その上に掛布団を広げた。明日は仕事が休みだからのんびりはできるが、睡眠のリズムが崩れるとなかなか仕事の日に起きるのが辛くなってしまうから、もう今日は寝ることにする。ただ、落ち着いて寝ることが出来ればの話ではあるが。
元々一人暮らしのためにこのアパートの一室を借りたのだから、布団は三組もあるわけない。モンスターボールに入れようかどうか迷ったものの、入れようとしたら彼女たちに拒否された。
俺が布団でぐっすりと寝たら朝には何だか睨まれそうな気がするし……。どうしよう。いっそのこと仲の良い二匹でこの布団を使ってもらうことにしようか。それなりの大きさはあるから、身体の大きいウインディとバクフーンが入っても十分に寝れるだろう。
それに、あの銭湯で聞いたあの声が幻聴でなければ、抱き合って寝ることも一応は出来ると思う。でなければどうして銭湯であんなことが出来ようか。
俺は掛布団を持ち上げると、暇そうに布団を敷いていたのを眺めている二匹の方を向いて言った。
「お前らはこの布団で寝てくれ」
案の定彼女たちはお互いの顔を見合わせる。意外なことを言ってるつもりはないものの、やはり二匹にとっては新鮮な感覚なんだろうか。
「あんたはどうするの」
バクフーンが目を細めながらこちらを見る。ちょっとそれ布団を空け渡した俺に向ける目か。
「畳の上で寝る」
そう言うとバクフーンは何か考えこむようにしてうつむいた後、ウインディを呼んでなにやら耳打ちをし始める。何を話しているのかは分からないし聞こえない。
むしろひそひそ話なら聞かない方がいいだろう。聞かれたくないからわざわざ耳打ちをしているわけだ。つまるところ信用されてないことの表明でもあったするが、まだ一日目だ、仕方ないだろう。
「何だか悪い気もするけど……ウチもそうさせてもらうわ」
話が終わったのか、耳打ちを止めてからすぐにウインディもそう言った。何を話したのかは知らないが、布団を使ってもらえるのならまあいいか。
そんな風に軽く考えて、バクフーンとウインディが布団の中に入るのを待つ。布団の感触が気持ちいいのか、鼻先をすりつけて布団の柔らかさを堪能しているウインディ。バクフーンはその隣に至って普通に入り込む。二匹が布団に入ったのを確認すると、掛布団をその上に掛けた。
電気を消して、布団から少し離れたところで畳の上で寝転がった。ちょっと硬いが、寝れないわけじゃない。
「おやすみ」
俺が言ったその言葉に対しての返事は全くなかった。その代わり、掛布団が擦れるような音がしたあと、首筋に何か鋭いものが突きつけられた。
多分、それは爪。バクフーンの手には爪らしいものはなかったから、これはもしかしてウインディの……?
「動かんといて……」
耳元で聞こえたのは確かにウインディの声だった。爪は首に当てられてはいるものの別に声を低くして脅しているような感じでもない。一体何をするつもりなのだろう。
ふと自分の体がずるずると畳の上を引きずられる。寝間着の裾を噛んで引っ張っているようで、やがては下が畳から布団の感触に変わった。
未だに爪は当てられたまま、薄暗い部屋の中で何をされるのか分からないまま固まることしか出来なかった。
ふと、目の前にバクフーンが寝転ってこちらの方に顔を向けてくる。
「聞いてたんでしょ?」
「な、何を……」
何を聞いていたというのだろうか。先程の耳打ちの話は全く聞こえていなかったし、家路についている時も二匹とは距離をおいていたから話など聞いてはない。ということはつまり。
「銭湯でのウチらの会話」
「……」
何も言えなかった。扉を半開きにさせておくのがまずかったのかもしれない。いや、そもそも盗み聞きをしようとした時点で間違っていたのかもしれない。
俺が何も否定の言葉を言わないのを肯定と受け取ったのか、バクフーンは俺の首筋に手を滑らせてにやりと笑みを見せた。一番最初に見せられる笑みが、こんな形になってしまうとは。
「盗み聞きはいけないね」
そう言って俺の上着を脱がせ始めるバクフーン。
「ウチらがお仕置きしたるから、じっとしててな」
ウインディは後ろ足なのだろうか、爪をズボンに引っ掛けてずり下ろされてしまう。まさかお仕置きって……。
後ろの首筋に、ウインディの生暖かい吐息がかかる。背筋が、ぞっとした。
「バレたんだったら、遠慮しなくていいよね」
バクフーンはそう言って、最後に残ったパンツを一気にずり下ろした。少しだけ大きくなっている俺の愚息が丸見えになってしまっている。のだろう。薄暗くて見えない。
「大丈夫。ウチらのお仕置きは凄く気持ちがええから……」
風呂場で聞いたように艶かしくなっているウインディの声を聞いて、安眠出来ないことだけは分かった気がした。
布団の上で横を向いて寝転がっている状態で、前後を二匹の炎タイプのポケモンに挟まれて抱かれている。残暑が微かに残る今の季節、今の状態は少しだけ暑苦しい。
なのになぜだろう。その暑苦しさを感じないくらいに今はとても背筋がひんやりしている。これから二匹に何をされるのか分からない。その恐怖が、暑さを忘れさせていた。
全裸でポケモンと寝る。ケイタに言っていた変態の二文字がいつしか自分の身のことになろうとは思いもしなかった。
背にはふさふさのウインディの毛の感触と、微かな吐息がかかる。前からはバクフーンがするりと手で俺の胸板をなぞるくすぐったさ。
頭の中にはこれから何をされるのかという期待感と、これからどうなってしまうのだろうという不安感が同時に押し寄せてきていて酷く気分が悪い。
いつの間にか止めていた息をすっと口で吸うと、そこにバクフーンの口が押し当てられた。
「んっ……はむっ…ちゅる…」
夕飯の時のように、バクフーンの舌が俺の口内を蠢く。でも今度はあの時のように生易しいものじゃなかった。
どんなに舌を避けようと頑張ってみても、それは簡単に押し込められる。それどころか、押し返そうとすればするほど、俺はバクフーンの口の中に余計に舌を潜り込ませてしまう結果になってしまっている。息を吸おうと口を開けようとしても、すぐに彼女の大きな口で蓋をされてしまう。そのせいで、荒い鼻息が部屋に響く。
「バクフーン凄い攻め方やなぁ……見てるウチでも興奮してくるやん」
ウインディの声が背後から聞こえた。確かに背にかかる彼女の息は大きくなっていっている気がする。けれど今はバクフーンの舌を口から追い出すので精一杯だった。
ふと、くいっとバクフーンに天井の方を向かされて、俺の口の中に粘っこいものが流される。きっと彼女の唾液なのだろう。勿論俺のものも混ざっている。
「ぷはっ……次はウインディの番ね」
ふわふわと宙を漂っている感覚を堪能している猶予もなく、次の刑は執行され始める。今度は仰向けに寝転がされると、ウインディの顔がぬっと視界の右端から出てくる。
彼女の目付きはとろんとしていて、焦点があっていないような様子だった。完璧に野生としての雌の本能でも呼び覚まされたのか、それとも単に興奮しているからなのか。
そのどちらにしても、色々と考えたところで次に何をされるのか分からないことは確かだった。
ウインディは顔を徐々に近づけてくる。口付けをされるのかと思い、口を固く結んだ。しかしそれは全くの見当違いだった。
「ふっあ……」
不意に感じた、胸への刺激。それは違和感から確信に変わった。彼女は舌で俺の乳首を舐め上げたのだ。
思わず上げてしまった声に恥ながらも、声を出さないように口をもう一度固く結ぶ。彼女の舌は未だに動いていて、今までに感じたことのない刺激を与えてくる。
力を抜いてしまえば、俺は情けない喘ぎ声をあげてしまうことになるだろう。それだけは避けたい。このアパートに住んでいる大家に知られたら、一体どういう顔をされるのだろうか分かったものじゃない。
だが、彼女の攻めははっきり言って容赦無い。今だって、こうやって刺激に耐えつつ声を漏らさないようにしているので精一杯だ。反撃なんて出来ないし、ましてや抑えこまれている状態で脱出できる術はない。ただ精々快楽に打ちひしがれて体をぴくぴくと動かすことくらいだ。
「……?」
ふと彼女は舌の動きを止めた。それでやっと息がつける。荒い息を整えていると、彼女はニッと笑って言った。
「ふふふ……雄やっていうのに、乳首弄られただけでこんなに感じてしもて……アキトは変態さんやな」
そう言いながら、そっと前足を俺のいきり立ってしまっている愚息に触れさせる。しかしそこから撫で上げるのかと思いきや、その前足はゆっくりとお腹の上に置かれた。
何をやっているんだ。早く攻めて終わりにしないのか。そんな考えが頭の中に浮かんでくる。
早くこれを終わらせて欲しいだけなのに、それは虜にされてしまった快楽の檻の中で言う戯言にしかならない。
俺はもうすっかりと彼女たちの手中に収められてしまっているのだ。もう逃れることなどできっこない。
動物の本能である性欲には、人間の理性を以てしても敵わない時がある。それを今は体でひしひしと感じ始めていた。
だが、これはほんの序の口。これ以上に深く、激しく、そして甘い快楽が待っているかと思うだけで、期待感が胸の中に込み上げてくる。
俺はただそれに従うことしか出来ない飢えた獣なのだろうか……。
しばらく刺激を送るのを止めているのか、それとも焦らしに焦らして俺の服従の言葉でも待つつもりなのか。
二匹の表情は未だに興奮冷めやらない感じではあったものの、何かを待っている感じだった。
俺の息が整ってきたあたりで、ウインディがそっと俺の口元に口を重ねる。
バクフーンに比べると軽すぎるほどの口付けだったが、何だか胸の中がじんわりと火照っていくような感じがしてくる。
「ウチのこと、あんさんはどう思てる?」
「……?」
意味がよくわからない。何故今ここでそんなことを聞くのだろうか。まだ会ってから時間などそれほど経っていないのに、どう思うかなんて考えている暇はなかった。
ただ明るくて時々無邪気なところがあると思う。ただここまでこういったことに積極的になるのは意外だったが……。
「銭湯でのあたしたちの会話を聞いたのなら、分かるでしょ?」
バクフーンが俺の頭を撫でながら言った。銭湯での会話は俺は二匹が行為をしているところしか聞いていいないわけだが。
「銭湯での会話って言っても……お前らの喘ぎ声しか聞いてないんだが」
聞かれたことに俺は普通に答えただけだった。お仕置きってのは二匹の行為を盗み聞きしたからだと思っていたから。
だがそれは酷く的外れだったようだった。固まった二匹を見て、何だかまた気まずくなる。
「はぁああああああああ!? じゃあなに! あたしたちのあの(ピー)で(ピー)なことの部分だけしか聞いてなかったってこと!?」
怒鳴り声をあげながら色々といけないことを言うバクフーン。顔を真っ赤にして沈み込んでいるウインディ。
「あ、ああ……てっきりそれを聞いたから俺は今こういう現状なのかと」
「ち、違うって! ああもう早とちりしたウチらが馬鹿みたい……」
ウインディからも否定の言葉が飛ぶ。更には両足で顔を覆い隠すようにしてしまう。さっきまであんなことしておいて今更恥ずかしがるってどういうことだ……。
6畳間の部屋には、頭を抱えて首をぶんぶん振っているバクフーンと、顔を紅潮させてうつむくウインディと、状況が把握出来ていない俺が仰向けのままで固まっていた。
さっきまでのいやらしい雰囲気は一体どこへ消えていったのだろうと首をかしげたくなるような今の状況。とりあえず洗いざらい話してもらわないと分かりっこない。
俺はため息をついて起き上がると、彼女たちの方をむいて言った。
「えと、とりあえず、どういうことか説明を……」
なるべく慎重に彼女たちに訊ねてみる。下手に刺激をすると今度は何をされてしまうのか分からないから。
するとウインディはすっと、背筋をぴんっと伸ばしておすわり状態に。何だか重要なことを話すみたいな感じだ。一体改まって何を言うのだろう。
いつまでもなかなか言い出さない彼女の前で、俺は辛抱強く待った。
「つまり……んと……実はアキトの事が……」
俺のことが……?
「す、好き……なんや」
ウインディの告白としてこれは受け取ってもいいだろうか。ここに来てまさかのドッキリとかではないだろうか。
一度息を大きく吸って、深く吐く。落ち着け。落ち着かないと現実は受け入れられない。
「本当……なのか?」
恐る恐るといった感じで聞いてみる。彼女は羞恥で一杯なのか、顔を真っ赤にしてこくりと縦に頷いた。まさかの一日目で慣れるどころか告白まで受けてしまうとは思いもよらない展開に、俺はただ固まることしか出来なかった。
いや、ちょっと待てよ。だったとしたら、バクフーンは今の行為に協力をする必要性はなかったんじゃないだろうか。したとしてもほとんどウインディに行為は任せきりにするはず。だとすると考えられるのはただひとつ……。
ふと背の方に重みを感じる。バクフーンが背中から抱きついてきたのだ。何をするんだと問いただそうとしたところで、耳元にそっと彼女の声が聞こえた。
「あたしも……あんたのこと好きだからね」
そうして彼女はすぐに離れてベッドの上で仰向けになった。なんか誘っているような感じに見えなくもないが……。
だがその上にウインディが乗り、体を二匹とも密着させる。そしてこちらに向けられているのは二つの山が上下に合わさりあった不思議な空間。
簡単にいえば、貝合わせになった状態。彼女たちは銭湯でもこうやって刺激しあっていたのだろうか。
「答えはあんたの行動で判断するよ」
「ウチらの片思いだとしても、アキトのこと恨んだりせんから。嘘だけはつかんといてくれな?」
一気に二匹から告白された上に、据え膳を目の前に置かれて黙っている雄がどこにいるだろうか。
……ケイタ。俺はお前みたいなやつの仲間入りを、見事に果たしてしまったらしい。
でも、不思議と心はそこまで沈んではいない。むしろ、軽くなった気がした。
「本当にいいんだな」
俺の最後の問いかけに、二匹はゆっくりと頷いた。もう迷うことなんて無い。潔く二匹を受け入れてしまおう。
それにこれから一緒に暮らしていくのに、気まずい毎日を過ごすことになるのなら、きちんと向き合ったほうがいい。
……向きあう方向性が違うとか思った奴、それは心の中にだけしまっておいてくれ。俺だって今の状況がなんかおかしいのは重々承知してる。
「ちょっと……いつまでこの状況にさせるつもり?」
バクフーンが何やらもぞもぞして俺の方に顔を向けてそう言ってくる。こういうきっつい言い方をしてくるのは彼女の性格なのだろうか。
「ひあっ……バクフーン動かんといて……」
もぞもぞされた被害を受けたのはウインディだった。恥丘の山になっている部分が丁度陰核を擦ったのか、甘い声を上げてしまう彼女。
その声を聞いて、再び俺の愚息は大きさを取り戻しつつあった。そろそろいいだろうか。
仰向けのバクフーン上のに居るウインディの腰に手を添えて、少しだけ撫でる。彼女の体がぴくり、と反応したのが手に伝わる。
「それじゃあ……いくぞ」
二匹の貝合わせ状態の丁度その間に、愚息を宛てがう。温かく、柔らかい感触に思わず身震いしてしまう。
すでにしっとりと濡れそぼったソコは、前戯をしなくても十分に出来そうだった。この状態での素股も多分前戯には含まれてるとは思うが、まあ細かいことは今は抜きにしよう。
腰に力を入れてゆっくりと前に押し出していくと、ちゅぷ、という湿った音と共に二匹の間に難なく滑りこむ。微かにウインディの声が漏れたような。バクフーンはどうやら微かな刺激だけでは声は漏らさないようで。ならもっと動かしてみようか。
中途半端に入ったモノを奥へ奥へと進めていく。手を添えているウインディの腰が微かに震え始めていて、感じているのが分かる。
今度は逆方向、つまりは引き抜いていく。ソコから伝わってくる刺激に俺自身も段々と体が熱くなっている。
ウインディとバクフーンもそれは同じなのか、聞こえてくる息遣いが荒くなってきていた。
今自分の愚息が二匹の間に挟まれているっていうこの状況に興奮しているし、聞こえてくる微かな息遣いと、部屋に充満し始めてきた形容しがたいにおいにも反応せざるをえない。
「うあっ……ちょ」
いきなり走った刺激に思わず声を出してしまう。一体何が起こったのかを見てみると、どうやらバクフーンが満足できないのか、自ら腰を動かし出していたのだ。
先程まで控えめに動かしていただけに、くちゅ、ぴちゃ、と卑猥な水音が部屋に響き始める。
「ふふっ……これならもっと楽しめるだろう?」
バクフーンの笑みを含んだ声が聞こえる。こっちが攻めないとみて一気に攻めて来るとは迂闊だった。愚息の下部だけ擦られているのに凄く気持ちがいい。
「あっ……アキトのが……ウチのアソコに擦れて……ひゃっ……!」
いつの間にか俺もバクフーンに合わせるようにして腰を動かしていた。それを受けてウインディも喘ぎだす。
普通の声のトーンよりも幾分高く艶を帯びた声に、段々と頭がぼぅっとしてくる。
柔らかい陰毛と恥丘の間に挟まれて、ウインディも俺もバクフーンも腰を自ら動かしてより大きな刺激を求めるようになる。もう誰が攻めていて、誰が受けているのか、それすら分からなくなっていた。
分からなくとも、この体を駆け巡ってくる甘い感覚と、密着したモノから伝わってくる温かな二匹の体温と、そして何より彼女たちの喘ぎ声が耳に届くだけで、そんなちっぽけなことなどどうでもよくなっていた。
「アキトっ…ウチの……気持ち…イイ?」
「ああ、すごくっ…ん…いいよ」
ちゅく、じゅる……と奇妙な水音が響く中、もう喘ぎ声か話し声かの区別もつかないくらいに乱れているウインディの声に答える。
俺も絶え間なく与えられる刺激にそろそろ限界を感じ始めていた。
「そろそろ…ぁ…あたし……限界……」
「じゃあ、みんなで一斉に……」
その言葉にバクフーンもウインディも頷いてくれる。どうせなら全員で絶頂を迎えたい。
意思を汲み取ったバクフーンとウインディが動く速さを上げていく。もう既に陰毛は濡れていて、酷く滑りのいい凹凸になっていた。
ウインディも負けじと腰を動かそうとするのだが、腰ががくがくと震えて上手く動かせないらしく、上から来る刺激はあまりなかった。
なんども来る快楽で開ききった彼女の口が少しだけ悔しそうに閉じられるのをみて、俺は腰の動きを早めていた。
「んっ……ふぁっ…ああんっ…」
「ああっ……いいっ……いいよっ…このまま、全員で……!」
にゅる、にゅる、と滑らかに動く彼女たちの間を俺が出来る一番の速さで攻め立てていく。
この速さには慣れていないのか、先程まで控えめだったバクフーンも段々と大きく声を張り上げて喘ぎだした。
どんどんと加速を止めないバクフーンと俺。ウインディはその快楽に打ちひしがれてふるふると全員が絶頂を迎えるまで耐えていた。
ふと下半身から込み上げてくる猛烈な射精感に、俺は思わず声を上げていた。
「うあっ……出るぞ……!」
「ひゃぁあああああ!」
「あぁぁぁぁぁあああん!」
ぴたりと腰の動きは止まらせると同時に、腰を仰け反らせて絶頂を迎えたウインディとバクフーン。
濡れていた膣口から勢い良く愛液を噴出させると、ウインディはそのままくたりと横に転がるように倒れこんでしまう。その顔は大きな疲労で眉間に皺を寄せながらも、なぜか達成感を思わせるような表情もあった。息を荒くしながらもそのままウインディは段々と息を整えて眠りに入ってしまう。
下腹部の体毛だけが妙に色が変わっていて、しかもぺしゃんこになった毛の隙間から綺麗な雌の性器が顔を出していた。それでもそのまま気にせずに寝ているのを見ると、よほど疲れたんだろう。
「あ~あ……ウインディ寝ちゃったよ。お楽しみはこれからだっていうのに……」
一方のバクフーンは先程の絶頂などなかったかのようにけろっとしていて、不満そうな顔をしながらウインディの寝顔を見つめている。ま、いっか、と呟くと俺の顔にふっと向いてくる。まさかとは思うが、これから先をしようっていうんじゃないだろうか。
「まさか、お楽しみはこれからってことは、まだなんかしちゃったり……?」
「当然」
「………………」
まだ夜明けまではまだまだある。それまで彼女の欲求に答えられなかったらどうなってしまうんだろうか。……明日が休日で本当によかった。
――刻は丑三つ時を迎えるまさに真夜中の時。ポケモンセンターの大きなバルコニーに白衣を纏った男性がゆっくりと手すりを背もたれにして寄りかかった。
手には携帯電話が握られていて、耳元に当てていることから誰かと通話をしていることが伺える。
「いえいえ。あくまでこれは、私があなた方にお世話になったことの小さな恩返しのようなものです……ええ、勿論ですとも」
時々ふっと笑みを見せながら話している彼は、目の前から歩いてきている小さなポケモンの姿を確認すると、そのポケモンに手招きをした後「それでは」と言って電話を切った。
「おつかれさま」
徐々に彼との距離を縮めていくポケモン、ブースターは明らかに不貞腐れた顔で彼の足元に来ると座り込んだ。
「そんなに怒るな」
中腰の体勢になってブースターの頭を彼が撫でてやると、ブースターはムスッとした顔をしながらもそれを受け入れた。携帯電話を白衣の胸ポケットにしまい込むと、彼は言った。
「で、フェミア。どうだったんだ? アキトたちの様子」
彼がニヤニヤした表情を浮かべながらそう言うと、呆れた様子で彼を白い目で見ながら淡々とこう述べる。
「まぁ、問題ないと思うわ。仲良くやってるみたいだし」
そう言ってフェミアはバルコニーから見える街の風景を眺めだす。一方彼は胸の前で手の指で空を何度も掻きながら言った。
「俺が聞きたいのはそういう事じゃあなくてだな」
「あなたにはその説明で十分。それとそのニヤケ顔。気持ち悪い。手の動きもついでに気持ち悪いから止めて」
「仲良くなった後のことが俺は聞きたいんだよ。夜の布団の中での営みを……ん、んおっほん……」
ニヤケ顔をしながらその後の言葉を口から紡ぎ出そうとしたところで、彼はそれを止めざるを得なかった。フェミアが口から微かに炎をちらちらさせながら彼を睨んでいるのが見えたからだった。ムッとした顔をしながら彼女はケッ、と別の方向に軽く火を吹くと彼に向かって言った。
「他人のプライベートに無闇に干渉しない。私は軽く聞いちゃったけど、それはそれで心の中にしまっておくわけであって……」
その続きを言おうとしたところで、彼女の口に彼の手が覆いかぶさる。それ以上は言わずとも分かっているから言うな、ということの意味を指し示していた。
フェミアはなにかしら納得のいかない表情をしながらも、渋々といった感じでその“説教”を止めた。
「それにしてもカギミヤ。いくら友人の為とはいえ、ポケモンセンターに保護されたポケモンを勝手に渡して大丈夫だったの?」
「大丈夫、ちゃんと里親の登録証にあいつの名前記入しておいたから、アカソラ アキトってな」
「そういう問題じゃないでしょ……」
呆れ顔でため息をついたフェミア。何故こんな性格のカギミヤ ケイタのパートナーになったのかが疑問だなんだと呟きながら。
ケイタはため息を付いて「分かったよ」と一言呟くように言った後、やっとふざけた表情を止めて彼はゆっくりと言った。
「あいつは親に色々と言われて家を飛び出した身だからさ。多分心苦しいんじゃないかって思ってな」
その言葉を聞いて、フェミアの表情が暗くなる。今の状況に何か思い当たる節があるからなんだろう。
「俺と似たような境遇だし。なんかほっとけなくてさ。そんな時にあいつの親から電話がきたんだから、余計にな」
そう言って胸の携帯電話を軽く叩く。フェミアは俯いた顔を上げた。
「あなたが親のところを飛び出した後に、事故で亡くなったって言うことを聞いてそれを悔やんでるのは分かるけど……」
「分かってる。罪滅しにならないってことくらいは。でもやっぱり一人って寂しいからさ」
彼はそっとフェミアを抱き上げる。それに何の抵抗もしないで、しかし少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめてはいるもののフェミアは抵抗はしなかった。
「あいつはまだ父親のことでムスっとしてるみたいだが……親の方はもうとっくに折れてる」
「ならそれを伝えればいいじゃない」
上を向きながらそう言ったフェミアの言葉に、彼は首を横に振った。
「それじゃダメなんだよ。そこはいずれ自分が気付いて、親と向き合わないといけない」
フェミアは首を傾げる。それなら何故、わざわざポケモンをそのアカソラ アキトに送ったのかが疑問だと言いたいのだろう。
その意図を読み取ったのか、それともその質問が飛んでくることを予想でもしておいたのか。彼は言った。
「一人でいじいじと塞ぎこむよりも、誰でもいいから隣にいたほうがいいからな……例え、親不孝だろうがなんだろうが、さ」
そしてぎゅっとフェミアを彼は抱きしめる。彼女は彼の言いたいことを理解したのか、身を捩ると彼の口元をぺろりと一舐めした。
「あなたも、いちいちそうやって我慢するの止めたら? 今夜は付き合ってあげても構わないわよ」
フェミアはそう言って、後ろ股を摺り合わせる。彼女自身もそろそろ限界といった感じで、むしろ我慢をしているのは彼女の方に見えた。
それを見てにやりと笑みを浮かべると腕の中で彼女を仰向けにして秘部が微かに湿っているのを確認する。
「結構ご無沙汰だったから、徹夜になるかもしれないぞ?」
「お願い……今日あの行為の声を聞いてから体が火照っちゃって……」
彼の腕の中でフェミアはもぞもぞと体を動かし始める。
「しょうが無いな……一体いつからこんな変態さんになったんだか」
「あなたのせいじゃない……もう」
フェミアはそういうも、しっとりと秘部を濡らした状態では何の説得力もなかった。
ケイタは抱いたまま、ポケモンセンターの寄宿舎の方に向かうのだった。
――朝日が目に眩しい。どうやらカーテンを開放ったままで寝てしまったらしい。目を閉じたままで起き抜けにそんなことを考える。
ふと体の上の違和感に気づく。掛布団にしてはすこしばかり重すぎる。そして何より温かい。頭の中に過ぎったのは、バクフーンとウインディの淫れた姿。
もしかすると、と思って恐る恐る瞼を開けてみる。案の定、仰向けの俺の体の上には、バクフーンが覆いかぶさるようにして眠っていた。
いくらもういいと思って勢いでやってしまったとはいえ、何となく体がだるい上に罪悪感が重くのしかかってくるのはなぜだろう。
「ふあぁ……あ。おはよ」
俺が動いていたからなのか、バクフーンが目を覚ます。笑みを見せながらそう言っては来るが、俺が全裸だったり、部屋に未だに複雑に混じった雄と雌の臭いがなければただの笑みに見えたかもしれない。
「昨日は激しかったね、ほんと」
とこんなことまでニコニコしながら言うバクフーン。今までの警戒心丸出しだった彼女は一体どこへいったのやら。彼女は起き上がって半身だけ起こしている俺の腕に抱きついてくる。一夜の営みでここまで態度が変わるとは思ってもみなかった。
「あんたが先に疲れて寝ちゃったから、まだ物足りなかったりするんだけど、ね……」
今度は背筋が違う意味で冷たくなっていく。しかし笑う彼女の顔を見て、それが冗談だと分かると何だかほっとした。
ほっとした様子を見て、バクフーンはふふふっと笑い声を漏らす。
これが昨日妙に俺に対してささくれ立っていて、夜の営みでは淫れに淫れていた彼女だとは思えないほど明るい笑み。
だが行為に及んだときに手馴れた様子のバクフーンとは違って、ウインディの方は大分慣れてないような反応を見せていたのが気になる。
以前のトレーナーに性的なことを強要されていたことは何となく分かるのだが、何故それに強いのがバクフーンなのか。
今なら聞けるかもしれない。話してくれなかったら、まだ俺は完全には信用されてはいないことにはなるが、その時はその時だ。気にしなければいい。
「なぁ」
「なに?」
「えと、答えたくないなら答えなくてもいいが……前のトレーナーってどんな奴だったのかなって」
やっぱり嫌いな前のトレーナーのことを聞かれて、表情が暗くならないポケモンはいないだろう。バクフーンも例外じゃなかった。
先程の笑みとは一転して、何かしら苦味をこらえているような、そんな表情。やっぱり、聞くんじゃなかった。
「やっぱり答えなくても……」
「待って」
俺がその下手な質問を取り下げて起き上がろうとすると、バクフーンは俺の手を咄嗟につかんできた。その表情はどこか悲しげではあるものの、何か決心がついたようにこちらを二つの目でしっかりと見据えていた。
「いいの。あたしに話させて……」
「……分かった」
俺はもう一度座りなおして、彼女の話を聞く体制になる。……全裸で。今更だが、服、着たい。
しかしこんな状態で聞いたのは俺の方だ。せっかく話す気になった彼女を止めるわけにもいかない。俺はそのまま彼女の前で待った。
だが彼女は俺がチラチラと脱ぎ捨てられた洋服を見ているのが気になったのか、軽く溜息をつくと俺の方に近づいてきて、そして……。
「服着るのはもう少し待って……でも代わりに、あたしがいるから」
彼女はそう言って俺を無理矢理に仰向けにすると、その上にのしかかってくる。
下には布団があるから大丈夫だし、彼女も体重をかけてきてないからさほど苦しくはない。この状態なら黙って聞けそうだ。
「あたしの前のトレーナーは、酷く性嗜好が歪んでてね。あたしたちを捕まえて育てるなんて手間があったとしても、そういう目的のためなら難なくこなす奴だった」
彼女の呼吸でお腹がゆっくりと上下しているのを肌で感じつつも、俺はその話を黙って聞いていた。彼女もこの体制の方が落ち着けるのかもしれない。話は続いた。
「あたしはガーディだった頃のそいつと一緒に捕まえられて。あたしは脅迫された。ガーディに変なことをされたくないなら、自分の体を素直に差し出せって」
首をそっと、昨日の体制のままで寝ているウインディに向けると、彼女は目を細めた。バクフーンにとっては、ウインディが大切な存在だったってことだ。幼馴染みということなのだろう。
「だから私はその行為を今までずっと受け続けてきた。性器を弄られたり、時にはドククラゲの触手で弄ばれてるのを見られたり。本当に色々な拷問をされた」
震えているバクフーンの背にそっと手を回すと、彼女も俺をぎゅっと抱きしめ返してくる。背を撫でると、息を止めていたのか彼女はふぅっと息を吐き出した。
「それで、お前は嫌になって逃げてきたんだな。ウインディと一緒に」
「……うん」
しばらく震えが止まらない彼女の背を撫で続けると、だんだんと過呼吸も治まってくる。そろそろいいだろうか。
「落ち着いたか?」
「……うん、もう、大丈夫」
バクフーンはそう言って笑みを見せると、そっと俺の体の上から退いた。そして落ちている洋服を俺に手渡してくる。
「ありがとう」
それを手に取って着ようと立ち上がると、ふと、畳にぎざぎざの部分が出来ていることに気づいた。昨日俺を引きずったからなのか、それとも爪を立てながら移動したのか、畳にはくっきりとしたささくれが立っていた。親不孝の象徴……こんなとこまで出てくるとは思わなかった。
何となく苦笑いを浮かべてしまうと、バクフーンが視界の横で首をかしげたのが見えた。なんでもないと言って誤魔化すと、俺は洋服を着始めた。
――あれから数週間が経っている。未だに仕事を夜遅くまで続けつつ、帰ってはバクフーンとウインディに夕食を作っては一緒に食べている。
夜は夜で寝るときに軽いじゃれごとをして、二匹に挟まれるような形で寝ている。別段寒いってわけでもないが、そうして寝ると何だか落ち着くんだ。
だから疲れた日でもぐっすりと安眠出来たし、朝は朝で寝過ごさないように目覚ましの代わりに起こしてもらえるから、何となく空虚だった毎日が楽しくなった気がする。
どんなにきつい仕事でも、どんなにきつく言われても、帰ればいつも彼女たちの姿があるのは嬉しいことだった。
だが、幸せにはちょっとばかりの問題もつきもので。
さすがに今まで一人暮らしでどうにかなってはきていたものの、そこに二匹分の食費がかさむとさすがに生活が厳しくなってくる。
アパートの大家さんにもポケモンをもつ余裕があったらきちんと家賃を払ってくれって小言のように言われるまでにもなってしまった。
そろそろ給料のいい仕事でも見つけないといけないだろう。さすがに今の仕事では給料が安すぎて、彼女たちを賄っていくのは少しばかりきついものがある。
「ん……」
今日はもう閉店してしまっているお店の看板の端に小さく“ここで働く料理人募集中”と書かれている。給料とかは書かれてはいないものの、何となく惹かれるものがあった。
というのも、ここが自営業のレストランと喫茶店の両方の顔を持つ店で、俺が元々料理人を目指していたからかもしれない。
なかなか求人広告では見かけない料理人募集の項目。ほとんどがホールスタッフの募集のみで、料理人などどこも募集はしていなかった。あったとしても、調理師免許を持っていないと働けない場所もあったりして就職しようとしても出来なかった。
しかし働かなければ一人で生活など出来ないのは当たり前だった。親元から勝手言って飛び出したため援助のお金なんて求められるはずもなく。適当に見つけた清掃の仕事をしてなんとか生活が出来るようになったのだ。
そういった事情もあって夢の料理人になって店を持つなど、到底夢のまた夢だった話。しかしこれを見て、もう一度目指したくなった。
それに、料理人になりたいといって家を飛び出したのに、安月給の清掃員とかではそれこそ親の言いたい放題だ。いつか立派な料理人になって見返してやりたい。
そのための努力を、俺は今まで放棄していたのかもしれない。情けない話だ。
俺はその店の電話番号をメモすると、家路へと急いだ。早速明日にでも電話してみようと思う。
――街路樹の葉が黄色に彩られる季節、秋。道路一面を覆いつくさんばかりの落葉があるとなお風情が出るはずではあるものの、それは大人の事情で全て清掃車が片付けていて、残るのは浅い側溝に落葉のみ。
そんな秋の道を歩く一人と一匹。黒いトレンチコートを纏って歩いている男性と、橙色のふさふさの毛並みをそよ風になびかせながらその隣を歩くブースター。彼らが向かっている場所は、とある友人が新しく働き始めたという一軒の小さな店だった。
小さな店ではあるものの、注文の退屈しのぎになる看板ポケモンが居て、曜日ごとに違うポケモンがその看板ポケモンになっている地元で人気のレストランだという。それを聞いてというわけではないが、久々の連休の暇つぶしにでも寄ってみようと彼は考えたのだ。
「あなたがレストランに行くなんて珍しいわね」
「ん? ああ。まぁな」
カギミヤが立ち止まったレストランの前で、ガラス窓の中を眺めながらフェミアは言った。中では女性の店員が忙しく料理を運んでいた。今は丁度太陽は真上。それなりに客がいるのだろう。
彼はやっとといった感じで、扉を開けて店内へと足を踏み入れた。中に入ると、程良く効いた暖房の温かさが彼らを包む。だが、きっと彼にとってはフェミアを腕に抱いている時の温かさの方が好みなのかもしれないが。
「いらっしゃいませ! 二名様でよろしいでしょうか?」
彼らの存在に気づいた店員が、営業スマイルを携えながら接客を始める。どこも変わらない、普遍的な客への応対だった。
店員の問いかけに、彼は無言で頷いた。
「お席は窓側と内側、どちらがよろしいでしょうか?」
新しい応対の仕方にカギミヤは怪訝そうな表情をしたものの、どちらがいいと聞かれれば彼の今の気分でこう答えるのは決まっていた。
「内側で」
「かしこまりました。お席の方までご案内させていただきます」
案内されている最中に、子供に遊ばれているウインディの姿。さすが注文の品が運ばれている退屈しのぎになっているというだけある。
ウインディの方も満更ではないといった感じでもあった。
「こちらへどうぞお掛け下さいませ」
やがて着いた席は先程のウインディがいる席からさほど遠くはない場所。彼が望んだ場所でもあった。ここからならわざわざ近づかなくともウインディの様子が伺える。
彼がウインディのことを見ているのが気に入らないのか、フェミアは多少不貞腐れたような表情で席にゆっくりと座り込む彼を見ていた。
「メニューはこちらです。ご注文がお決まりになりましたら、こちらのブザーのボタンをお押しください」
平手で指し示されたメニューを早速手にとって眺め始めた彼を確認すると、店員は新たに店内に入ってきた客を出迎えに戻っていった。
カギミヤはメニューを見つつ、たまにウインディの方を見る。それにとうとう我慢ができなくなったのか、フェミアは彼の膝に飛び乗って顔にパンチを食らわした。
「いてっ」
「この浮気者」
彼女が嫉妬するところを見ると、あのウインディが雌であることは確かなようだ。彼はそう確信した。
彼の口元が少しだけほころんだのを見て、フェミアはぞっとした表情を浮かべる。
「ま、まさかそっちに目覚めたわけ?」
「げほっ……違うっての。早とちりにもほどがある……けほっ」
あらぬ考えを口にするフェミアに、彼は飲もうとしていた水で咽てしまう。じゃあなんなのよと言わんばかりに目を細めている彼女に向かって、彼は言った。
「あのウインディ、俺がアキトに送ったポケモンだ」
「へぇ……あの仔が」
……年下なのか。という情報は置いておくとして。彼は元々そのためにこの店にきたようなものだった。きちんと働いているかの確認をしにきたこともあるが、それよりも送ったポケモンが元気にしていることの方が彼にとっては気になっていたことだった。
フェミアに見てきてもらえるように頼むこともできるが、あとでたっぷりと“報酬”を献上しなければならない上に、自分の目で確認しないと落ち着かないのが彼の性格だった。
これなら、大丈夫そうだ。そう考えた彼は席から立ち上がる。
「え、ちょと。注文しないの?」
「しない」
慌てて彼の膝の上から飛び降りたフェミアにそう一言告げると、彼は出口に向かって歩いていく。その後をフェミアは慌てて追っていった。
今日の仕事を終えて、すっかり暗くなってしまった夜道を歩く。清掃員をやっていた頃はここを一人で歩いていたが、今はそうじゃない。
隣にはウインディとバクフーン。それぞれに挟まれるような形で一緒に歩いていた。
「今日もお客さんが仰山来てくれはったなあ」
お客さんの退屈しのぎとして、店内に座り込んでいただけのウインディがニコニコとしながらそう言うと、バクフーンは腰に両手を当ててムッとした顔で
「ウインディは別に何もしてないでしょー?」
「そういうお前も裏の待合室で座り込んでただけじゃないか」
いかにも自分は仕事してましたと言わんばかりの表情をしていた彼女の頭を、軽くペチンと叩く。「いったーい」と言いつつも舌を出して笑みを見せる彼女に、俺も何故だか口が綻んだ。
いきなりケイタに送られてきてしまったバクフーンとウインディだったものの、今となっては俺が料理人になるきっかけをくれた気がする。それにあまり大きな口では言えないあの夜の後から、だいぶ毎日が充実してきている。あいつには、後で色々とお礼をしないといけないかな、これは。
料理人としては新米だから、親に胸をはって言えるほどではないけど。そこはいずれ親を見返せるくらい、立派な料理人として名を上げてみせたい。まだまだ先の話にはなりそうだが、いずれは連絡を取ってみようとも思う。
「あれ」
「ん? どしたの?」
「ふふっ……いや、何でもない」
ふと、ウインディの背を撫でたとき、自分の手の指のささくれが治っているのをみて、思わず笑ってしまった。
どうやら親不孝は無事に卒業したみたいだった。立派になれば、親孝行になるだろうか?
アパートへと向かう帰り道、そんなことを思うのだった。
~~~おしまい~~~
第一回帰ってきた変態選手権、5票の投票により5位を獲得することが出来ました。ありがとうございます。
変態選手権自体に参加するのは初めてですね。変態ってなんだろうってことで書きましたが、普通です。ええ。普通です。
この作品を書き始めたのは投稿最終日まで一週間を切った時でした。急ピッチです。
しかし人って追い詰められるとここまでの文字数を書いてしまうものなんですね。一週間で一回の更新でここまで普通に書けたらいいのにとも思います。
けれども急ピッチで書いた所為で色々とつめが甘かったのも事実。ルビ振りの「;」を忘れたために表示が崩れたことは焦りました。編集も出来ないからただただorzです。
プレビュー出来る時間すら無かったんです。あと数分というところで完成したのですから。結構、疲れました……w
どうやら私はのんびり書くという方が性にあっているみたいです。急いで書くとその後の疲労感がとてつもないです。
とまあ要らない話は置いておいて。作品の説明の方をば。
将来のことで意見が合わず、親のもとを飛び出してきた主人公が、友人に送られてきたポケモンでキャッキャウフフする話でしたね。……ちょっと違うとか気にしない。
本来なら普通の短編として書く予定だったので、もっと長いはずだったのですが。時間の関係で短くなってしまいました。
ウインディを関西弁にしていますが、正直あっているか自身がないです。まあ関西弁モドキですね。
バクフーンの性格はきっといじっぱり、つまりツンデレですね。
タイトルにある「ささくれ」ですが、やはりまたしても空気タイトル。あまり意味のないものとなってしまいました。
一応言葉遊び的に、指のささくれは勿論のこと、バクフーンの感情のささくれ、畳のささくれ、などは入れましたが、やっぱり空気ですね。
タイトルと内容が直結しないのはちょっとなあと思います、個人的に。
さて、投票のコメントに一斉返信 ▼
● こういう小説はとても好きです。
└ありがとうございます。ちょっと普通目の作品ではありますけれど、そう言って頂けるのは嬉しいです。
● バクフーン可愛いです^^
└バクフーン可愛いですよね。ツンデレなんかするとあのキリッとした目が(以下略
● すごくおもしろいです!
└ありがとうございます。ブースターとカギミヤのやりとりも書いていて新鮮でした
●
└なんだかコメントが空白でしたけれど、投票ありがとうございます。
● どれにしようかむっちゃ迷いましたケド、バクフーンが可愛いぃ過ぎたw!
└沢山の優れた作品が並ぶ中、私の作品に投票していただきありがとうございます。バクフーンは終盤で可愛さ放出ですw
以上5票。5名のかた、投票ありがとうございます!
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