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ぎんいろのきつね

/ぎんいろのきつね

作:ハルパス

色違いキュウコン×人


ぎんいろのきつね 





遠い昔のお話です。
千の時を生きる狐がおりました。
鎮守の森の奥深く、
九つの尾を持つ狐がおりました。




それは立派な狐でした。
大きく、強く、賢い狐でしたから。
それは綺麗な狐でした。
銀色に輝く毛並みの狐でしたから。




その銀色はどこまでも美しく、
まるで冬の夜空の星の光を
玻璃(はり)の小瓶に集めたかのようでした。
それは本当に、美しい狐でした。




ただ、狐はその永い生涯の中で、
誰も愛したことはありませんでした。
狐は自分だけを大切にして暮らしていました。
狐には、自分を置き去りにして過ぎ行く時の中に生きる者になど、
何の興味も持てなかったのです。








ある吹雪の夜のことでした。
たまたま用があり,出掛けていた狐は、
帰り道で人間の娘を見つけました。
雪の中、倒れていた人間の娘を、
狐は連れて帰りました。
けれど、狐はどうしてそんなことをしたのか、
自分でもわかりませんでした。




狐が誰かを自分の住処に入れたのは、
それが初めてのことでした。




狐の介抱のおかげで、
瀕死の娘は息を吹き返しました。
狐は娘に尋ねました、
何故雪の中倒れていたのかと。
娘は狐に答えました、
わからない、ただ一つ覚えているのは、
自分は誰かから逃げていたことだけだと。




娘は、記憶を無くしていたのでした。




娘の記憶が戻るまでと、
狐は娘と共に暮らすようになりました。
狐はその永い生涯の内で、
初めて誰かと時間を分かち合ったのでした。
それはとても新鮮で、楽しいことでした。








過去を亡くした人の子と、
永きを生きる森の主は、
いつしか愛し合うようになりました。
互いの孤独を癒すように、
互いの温もりを求めるように、
狐と娘は愛し合うようになりました。




狐は生まれて初めて、
誰かを愛する喜びを知ったのでした。
狐は生まれて初めて、
護りたいと思うものができたのでした。








その幸せは、いつまでも続くと思われました。








狐と娘が五度目の春を迎えた頃でした。
一人の農夫が、丘の上を歩く彼らを目にしました。
農夫はすぐにお城に行き、
王様に自分が見たことを伝えました。
話を聞いて、王様はとても驚きました。
何故なら、狐と歩いていた娘は自分の娘、
五年前に行方知れずになったお姫様だったからです。




五年前、お姫様は盗賊共に攫(さら)われて、
命からがら逃げ出したところを、
狐に助けられたのでした。




けれど王様は、そんなことは知りません。
森の狐が娘を攫い、
呪(まじな)いをかけて自分のものにしているのだと、
思い込んでしまいました。




王様は、悪い狐を生かしてはおけないと、
国中の狩人におふれを出しました。
銀の狐を殺して、大事な娘を助け出すようにと、
全ての狩人におふれを出しました。








悲劇の歯車が、ゆっくりと廻り始めました。








数多(あまた)の狩人が、自分と娘を追っていると、
狐は森の鳥たちから聞きました。
かつて娘を追っていた者たちに違いないと、
狐は娘を連れて住み慣れた森を去りました。




狩人はどこまでも追いかけました。
王様の命を遂行するため、
敬愛するお姫様を助け出すため、
狩人はどこまでも追いかけました。




狐はどこまでも逃げていきました。
我と我が身を守るため、
唯一愛する娘を護るため、
狐はどこまでも逃げていきました。








王様が真相を知っていれば、
狐が事実を知っていれば、
娘が真実を思い出していれば、
きっとこんなことにはならなかったでしょう。








ある時、ついに狐は追い詰められました。
鉛色の空の下、風が哀しげに啼きました。
雲に眩しい亀裂が走っては消えました。
悪しき狐め、早くお姫様を解き放て。
狩人達は言いました。
貴様ら等に、我の愛する娘は渡さぬ。
銀の狐は言いました。








狩人はお姫様を助けようとしただけでした。
娘を狐は助けようとしただけでした。








狐は口から火炎を吐きました。
辺りに真っ赤な炎が広がります。
炎の渦の真ん中で、
九つの尾がゆらめきました。
狩人達の真ん中で、
狐は娘を抱き締めました。




哮(たけ)る炎に遮られ、
多くの狩人が退きました。
狐は娘を庇いながら、
炎に紛れて駆け出しました。








その時誰かが、狐に銃を向けました。








轟音と共に、
鉛の弾が飛び出しました。
叫びと共に、
小さな影が飛び出しました。




狐と、娘と、鉛の弾が、
一直線に並びました。




全てが止まった時の中、
音さえ息を潜める時の中、
娘の腹から真紅の柱が噴き上がりました。








雨が、降り出しました。








狐は急いで娘に駆け寄りました。
狩人達は茫然と立ちすくんでいました。




娘の腹から流れる雫が
狐の銀の毛並みを染めていきます。
狐の瞳から零れる雫が
娘の青白い肌を伝い落ちます。




娘は全てを思い出しました。
自分がこの国の姫であったこと、
盗賊共から逃げてきたこと、




娘は全てを悟りました。
狩人は自分を助けようとしたこと、
狐は自分を護ろうとしたこと、








ごめんね、みんなわたしのせいで








娘はか細い声で事の全てを語ったあと、
静かに静かに目を閉じました。
狐と狩人達の見守る中、
静かに静かに動かなくなりました。








降りしきる雨が、
全ての跡を洗い流しました。
炎の跡も、血の跡も、
両者の誤解も、消し去りました。
ただ、現実だけが残されました。








狩人達は泣きながら、
お姫様の亡骸を連れ帰りました。
王様は嘆き悲しみ、
狐に謝りたいと言いました。








けれど、狐は姿を消していました。
高い山にも、深い森にも、
遠い荒野にも、広い草原にも、
狐の姿はありませんでした。
明るい朝にも、暗い夜にも、
眩しい夏にも、侘しい冬にも、
狐の姿はありませんでした。
それきり二度と、銀の狐を見た者はいませんでした。
















それから狐がどうなったのかは、
古い古い物語のどこを探しても見つけることはできません。

















あとがき
最初の二行が急に頭に浮かんできて、そこから一時間弱で完成させたもの…に少し手直ししたものです。昔話風なのでタイトルはひらがなで直球的、ですます調、微妙にしんみりする終わり方にしてみました。キュウコンを“狐”と表現しているので、よく見たらポケモン小説なのかちょっと疑問ですが、その辺は緩い目で見て下さい…。



最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • うう・・・悲しすぎる・・・。 -- るる ? 2009-02-20 (金) 20:26:53
  • 「娘を狐は -- そなた ? 2009-02-21 (土) 18:35:27
  • すいません、間違えました。「娘を狐は」は「狐は娘を」じゃないでしょうか? -- そなた ? 2009-02-21 (土) 18:36:53
  • いいはなしや~(´ω`)ブワッ

    ブワッ(´;ω;`)メヲカクノワスレテタ
    ―― 2010-03-07 (日) 05:31:25
  • >るるさん
    すれ違いが生んだ悲劇。そんなテーマを書いてみました。でも、誰も悪くないんです。

    >そなたさん
    表現方法の一環として、敢えて入れ替えてみたのですが……違和感がありすぎたでしょうか?ううむ、失敗です…。

    >名無しさん
    感動して頂けたようで、良かったです。ありがとうございます。
    ――ハルパス 2010-03-07 (日) 14:27:28
  • 最後の所が、あやふやな終わり方でイイ!!………です。 いい話ですね ^^
    ――くろのす ? 2010-10-17 (日) 23:17:31
  • >くろのすさん
    昔話らしい寂寞とした読後感を狙っていたので、そのように感じて頂けて嬉しく思います。
    コメントありがとうございました!
    ――ハルパス 2011-02-25 (金) 01:09:32
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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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