かみをなぐもの
かすかな地鳴りで目を覚ますと、白装束の人間が立っていた。
人間のやることなすこと、すべてが奇妙だ。こと、今日に関してはなおさらだった。
「ノドカ、今日から君は巫女だ」
巫女とは何かと問う前に、白と赤の装束を着せられた。だぶだぶとしていて、動きにくいことこの上ない。
もし私が四足のポケモンだったら、悲惨なことになっていたのは容易に想像できる。
白と赤の体色をしている私に、同じ色の装束をさせることにどれほどの意味があるのかわからないけれど、ともかく私はこれで巫女というものになったらしい。
「幾千年前の今日、神は時を創られた。そして、同じ日の零時、このカンナギ村に生まれた人間の女、およびポケモンの雌は、その五年後に巫女となり、年に一度の祀りごとにて神への奉仕を行う。精一杯頑張ってくれ」
小難しい話はごめんだとそっぽを向くと、人間はようやく私のわかるように説明してくれた。
「なんのことはないよ。僕の隣にずっといて、合図したらこれを三度振ってくれ。それで終わり。終わったら装束も脱いで、祭りを楽しむといい」
そう云い、へらっと笑って屈んだ人間は、小さな私に葉っぱの沢山ついた
そこらの榊の木から折ってきただけのように見えるこの枝が、
ともかく、生まれたときから大きな社殿に寝起きさせられているが、その理由にようやく合点がいった。私は巫女というものなるために、ここに住んでいるのだと。
特別不都合があるわけではないし、多少ならば人間の手伝いをしてもいいだろう。いい暇つぶしにもなる。
このカンナギ村は色々な神を祀っている。
村の中央は、そこだけ激しい地盤沈下を起こし、崖に囲まれたようなようなくぼんだ土地となっている。そのど真ん中に、小さいが何百年も前からある古い
そして、切り立つ崖には、これまた何千年も前からあるといわれている遺跡の入り口がある。
夕刻の訪れに村が騒がしくなる頃、私はその遺跡の奥の方でひとり佇んでいた。
眼前には、三匹の小さな神々が描かれている壁画がある。それぞれは正三角形の頂点に配置されていて、知識、感情、意思を司ることが表されているのだという。
その三匹は、何か得体の知れない円を囲んでいるが、これはテンガン山の頂上にある槍の柱を表現していて、これこそが時の神や空間の神の居場所らしい。
私の持つ神に関する知識は、おおよそ人間から何度も聞かされているうちに覚えてしまったという程度のものだった。
だから、人間がやたらと崇めたがる神というものがどういったものなのか、本物を見たことすらない私には知る由もなかった。
辛うじて、人間が見せてくれた古い巻物で、曖昧だが姿だけは知っている。
ただ、人間が云うには、すべての定めは神が決定していて、私の種族がハブネークとしきりに争いたがるのも、神が気紛れでそうなるように定めたからだそうだ。
はた迷惑だが、神というのは茶目っ気もあるのだと、少しだけ親近感が湧いた。
「ノドカ、準備はいいかい?」
入り口から、人間の呼ぶ声がする。どうやら出番らしい。
私はこくりと頷いて、赤と白の装束を引きずりながら外へと向かった。
逆光から出でた人間は、私以上に変な装束を着ていた。特に、頭に被っている尖った帽子の醸し出す雰囲気は筆舌に尽くし難たく、思わず笑ってしまった。
しかしながら、本番では変な格好をしている人間を笑わないようにしようという意思は、異様な光景を前に吹き飛んだ。
カンナギ村の人間もポケモンも一緒くたになって、祠のまわりに集まっている。
緊張でかちこちに固まった私の手を引いて、祠の前に座るよう促す人間が、このときばかりは頼もしく見えた。
厳かな雰囲気に飲まれそうになる私は、あちらこちらに目を泳がせた。
「天上に
私とは対照的に、理解の及ばない謎の言葉を、堂々と、しかし摩訶不思議な調子でつらつらと祝詞を詠じる人間。隣に座る私は、緊張をほぐすために、祀りごとが終わった後のことを考えていた。
すなわち、村の端に並ぶ出店で何をしようか、ということだ。
わたあめとかいうふわふわしたお菓子は、以前に食べて幸せな気持ちになったから、もう一度絶対に食べようと思う。
トサキントの稚魚掬いは、爪を立てて捕ろうとして屋台主に怒られたので、今回は自重するかもしれない。
「ノドカ、立って」
いつの間にか人間は詠じ終わっていて、私は立ち上がって、云われた通りのことをした。
榊の枝を、三度振る。
たったこれしきのことで本当に役目を果たしたのか不安になるが、何の問題もないはずだ。
「これを以ちまして、カンナギの儀を終了致します。皆さん、ありがとうございました」
もともと時間をかけない儀なのか、緊張で時間が短く感じたのか、ともかく祀りごとの退屈さに辟易するなどということは一切なかった。
皆、がやがやと出店の方へと向かっていき、祠のまわりは落ち着きを取り戻した。
「さて、僕たちも行こうか」
彼もまた、祭りを楽しみたい人間の一人だったらしく、私の手を引いて祠を後にした。
「わたあめなんて子供の時に食べて以来だなあ」
私にわたあめを買うついでに、人間も同じものを食べている。わたあめというのは人間の子供が食べるものらしい。
「次は何がしたい?」
わたあめのかすを口につけて、人間は尋ねた。
私は黙って、トサキントの稚魚掬いの出店を指差した。結局自重なんてできやしない。
「よし、じゃあやろうか」
しかし、頭の禿げた店主は私の一年前の素行を覚えているらしく、人間と店主でやらせろ、嫌だの応酬が始まってしまった。
「いいでしょう、ちょっとくらい。この仔は今日巫女として頑張ったんだから」
「いくらあんたの頼みでもねえ、魚殺されちゃ商売上がんないよ」
できないならできないで構わないのだが、こうなると人間も意地になる。
私が彼の袖を引っ張って、もういいよ、と意思表示しても、頑として動かない。
言い争う二人に痺れを切らして、私はその場を逃げるように去った。
『馬鹿みたいだなあ』
頼もしいんだか、頼りないんだか。しようがないので、ひとりだけで出店を回ってしまおう。
『……ォォォ』
思わず足を止める。
今のは一体何だろう。まるで地鳴りのようだった。そういえば、今朝もこんな地鳴りで目を覚ました気がする。
方角はおそらく東だ。村を東に進めば、霧の深い渓谷がある。
私は祭の喧騒を通り抜け、袖をなびかせながら早足で渓谷に向かった。
『母さんの生まれ故郷はここだったっけ……』
なんとなしにそんなことを思い出して、深い霧に足を踏み出す勇気が湧く。
村の明かりは徐々に届かなくなる。この先を行けば、誰も立ち入らない渓谷地帯だ。
霧も立ち込めていて、視界はまるで閉ざされている。人間はもちろん、村で暮らす野生を知らないポケモンにとっても、この渓谷は不気味そのものだ。
再び、小さな地鳴りがした。
『この先だ……』
私は装束を引きずって、道なりに坂を下る。深い谷へと続くはずのこの道は、渓谷そのものよりももっと気味の悪い何かに繋がっている気がした。
激しく水の落ちる音がし始めた。もう少しで滝壺に辿り着きそうだ。
霧はより深くなっており、この暗さでは最早何も見えない。
『……ォォオオオ!』
『な、なに!?』
地鳴りではない、恐ろしい響きが、滝壺から聞こえてくる。
草木をゆっくりと分けながら、恐る恐る忍び足で滝壺に近づく。
そして現れたのは、夜霧に浮く巨大な影。
『ひっ』
私は目を見開いた。
『ォォォオオオオ!!』
とてもこの世のものとは思えない唸りが、私を襲った。
一瞬にして、視界が暗転した。
◆
かすかな地鳴りで目を覚ますと、白装束の人間が立っていた。
「ノドカ、今日から君は巫女だ」
なんだか見たことのある光景だ。まるで昨日の繰り返しのよう。
そうして、人間とその仲間たちが私に赤と白の装束を着せようとする。
私は嫌がって暴れるが、流石に三人がかりで無理矢理押さえつけられてはどうしようもない。
「そんなに暴れないでくれ。ただ巫女になってもらいたいだけなんだ」
冗談じゃない。昨日もやったのに、なぜ今日も同じことをしなければならないのか。
「幾千年前の今日、神は時を創られた。そして、同じ日の零時、このカンナギ村に生まれた人間の女、およびポケモンの雌は、その五年後に巫女となり、年に一度の祀りごとにて神への奉仕を行う。精一杯頑張ってくれ」
はたと気づいた。人間の説明は、昨日のものと一字一句違わない。
比喩でも何でもない。昨日とまったく同じ時間が繰り返されている。
「なんのことはないよ。僕の隣にずっといて、合図したらこれを三度振ってくれ。それで終わり。終わったら装束も脱いで、祭りを楽しむといい」
予想通り、彼は私に葉の茂った榊の枝を渡して、一言二言告げ、社殿を出ていった。
想像の及ばないところで、何かが起こっている。
あたりを見渡しても、人間もポケモンも祭りのために、出店の準備をしている。
社殿からは祀りごとに使う道具や宝物が運び出されて、祠のまわりを彩っていく。
皆、昨日を当たり前のようになぞっているところを見ると、時間を繰り返しているという事実を知っているのは私だけのようである。
信じがたいことだが、受け入れるほかない。私はおかしな世界に迷い込んでしまった。
「ノドカ、準備はいいかい?」
遺跡の中に佇んでいた私は、意を決して祀りごとに向かった。
「天上に坐す神々に、カンナギの儀を以って――」
昨日私は渓谷で大きな何かに出会い、次いで気を失って、今日の朝に社殿で目を覚ました。
原因があるとしたら、ほぼ間違いなく渓谷での出来事に違いない。
どうにかして、原因を突き止めないとならない。
「ノドカ、立っ……」
人間の言葉に立ち上がって、榊の枝を素早く振る。
「これを以ちまして、カンナギの儀を終了致します。皆さん、ありがとうございました」
終わった。早く行かないと。
「ノ、ノドカ!?」
人間の労いの言葉を待たずに、人混みを退けながら渓谷の方角へと向かう。
この身に走る赤い雷模様の如く夜霧を裂いて、滝壺が見える位置まで来た。
荒い息を落ちつけて、ゆっくりと滝壺に近づいていく。
『……ォォォ』
低い地鳴りと唸り。薄靄に隠れた影は、朧月にも届かんとしていた。
音を立てぬよう、気配を消して接近する。
緊張で、心臓の音が大きくなる。衆人環視の中で榊の枝を振ることなど、今なら容易いと思える。
さらに近づくいた、その時だった。
一陣の風が、滝壺をすり抜けた。刹那、霧の晴れ間に見えたものは、信じがたいものだった。
『まさか』
一度だけ、村の長老から古い巻物を見せてもらったことがある。
そこには、およそ同じポケモンとは思えないような、赤い眼をした青い四足のポケモンの威風堂々たる姿が描かれていた。
眼前にそびえ立つポケモンは、まさしく時の神、ディアルガだった。
『そんな……』
天上に坐すと人間が云っていた神が、なぜここに。
『……ォォォオオオオ!!』
凄まじい咆哮と激しい地鳴り。私の意識はなすすべなく掻き消された。
◆
かすかな地鳴りで目を覚ますと、やはり白装束の人間が立っていた。
「ノドカ、今日から君は巫女だ」
お決まりのやりとりで赤と白の装束を着せられ、榊の枝を持たされる。
人間たちが出ていくと、私は社殿の裏から、重たい装束を引きずって渓谷へと駆けていく。
『時間の流れ、元に戻してもらわないと!』
昨日見たのは、間違いなくディアルガだ。同じ日を繰り返しているのも、絶対に時の神であるディアルガの仕業のはずだ。
時の檻に私を閉じ込める理由はわからないが、早く解放してもらわなければならない。
夜よりはましだが、日中でも視界はくぐもっている。
深い霧を掻き分け、渓谷の底の滝壺に向かう。
止まない微弱な地鳴りで、ディアルガがいることを確信した。
幾度が装束が脚に引っかかって転んだが、悠長に足を止めている暇はない。
『ディアルガ!!』
渾身の力で神の名前を呼ぶ。
『……ォォォ』
果たしてディアルガはいた。滝壺に浸かり、その巨体を霧に紛れさせている。
私は滝壺に近づいて、ディアルガに呼びかけた。
『ディアルガ! 私に明日を……返して』
声が
心臓が激しく鼓動した。
これは夢なのだろうか。霧が夢現の境を惑わせているのだろうか。
『お願い、ディアルガ……』
『グォォォォォオオオオ!!』
駄目だ、と瞬時に終わりを悟った。
◆
かすかな地鳴りで飛び起きて、まわりの人間には目もくれずに、渓谷へと疾駆した。
祀りごとなんてしている場合ではないのだ。早くこのおかしな世界から抜け出さないとならない。
そうして、ぐるぐると唸り声を上げる神のもとへと赴いた。
『なぜこんなことをするの? 私に何の恨みがあるの?』
『ォォォオオオオ!!』
四たび、同じ朝を迎えた。
私は、永久の堂々巡りに幽閉されてしまったようだった。
◆
「これを以ちまして、カンナギの儀を終了致します。皆さん、ありがとうございました」
何度か日を繰り返して、時間を元に戻すには、ディアルガを倒すしかないと結論づけた。
神に触れるなんて言語道断だろう。ましてや、傷つけるなど。
しかし、他に方法が思いつかない。ディアルガがカンナギ村のそばにいることで、時の流れがおかしくなってしまったのなら、ディアルガには元いた場所に帰ってもらわなければいけない。
私の爪が、ディアルガの体を傷つけるに足るものだとは到底思えないが、やるしかないのだ。
『よし!』
「さて、僕たちも……って、ノドカ!?」
夜の帳の間を縫い、ディアルガのいる渓谷までひた走る。
戦いの邪魔にならぬよう、装束は破り捨てた。
使える技は、きりさく、でんこうせっかの二つしかない。でも、目的は勝つことではなく、ディアルガを天上の世界に帰すことだ。
渓谷にまだらに生える樹に登り、枝から枝へと飛び移りながら、ディアルガのいる滝壺に急接近する。
霧に溶け暗むディアルガに照準を合わせる。
カンナギ村の巫女に私が選ばれたのは、きっとこの定めに打ち勝つためだ。
「きりさく!」
枝から飛び出して、ディアルガの頭を狙って爪を振り下ろした。
ディアルガの後頭部に、爪が直撃する。
『グルゥァァアアアア!!!』
慟哭が渓谷を揺らす。
嫌な予感がした。
すべてが静まり返る。滝も、流れる霧も、木の葉の擦れる音も、すべてが消えた。
私の体は、空中で固定されている。
「きゃあっ!!」
ずしりとした重い衝撃が、横っ腹を貫いた。
そのまま滝壺に落とされた私は、意識を失った。
時間の流れを操る神を、仔供ひとりでどうにかしようと思うのは完全な間違いのかもしれない。
◆
それでも、諦める理由にはならない。
私は懲りずに、同じような攻め方をした。
今度は捕まらないように、でんこうせっかで攻撃した。
『グルゥゥァァアアアア!!』
しかし、渓谷全体の時間を止めてしまう神に抗うなど、いかなる攻撃をもってしてもできるわけがなかった。
一撃で倒され、気がつくとまた社殿にいた。
◆
状況を打破するには、動くしかない。
一厘にも満たない可能性を信じて、幾度となくディアルガに挑んだ。
駄目なら、頼みごとするように話しかけた。
ディアルガに関わらずに一日を過ごしたこともあったが、変わらず時間は巻き戻された。
何度か、人間の手も借りてみた。
ディアルガのいる滝壺に人間を何人か連れていったが、事態は何も変わらなかった。
むしろ、人間を連れていくと、恐れ戦く人間たちにディアルガは余計に興奮して、すぐに時を巻き戻してしまう。
酷い時には、私は祀りごとの三日前まで飛ばされてしまった。
どうやっても、祀りごとの翌日に進めなかった。
◆
「どうしたんだいノドカ。もともと目つきはよくないけど、なんだか余計に悪くなっていないか? 疲れてるなら、今日の祀りごとが終わったらすぐに休みなさい」
目つきが悪くなっているのは、ディアルガに対する恨み辛みが募っているせいだ。
そこら辺のハブネークに発散すれば少しは楽になれるかもしれないが、そうしたところで何も変わらない。
最近は諦めて、めっきりディアルガのところに行かなくなってしまったが、今日は思い切って毒を吐きに行こうか。
「これを以って、カンナギの儀を終了致します。皆さん、ありがとうございました」
榊の枝振りはすっかり板についてしまった。
人間の袖を引っ張って、出店に連れていってもらう。
飽きの来ないわたあめの味だけは唯一の癒しであり、トサキントの稚魚掬いを荒らして店主に怒られるのも、いっそ恋しいものになっていた。
そして祭りも終わる頃、装束を引きずり、慣れた足取りで渓谷へ向かう。
今宵の星はきらきらと輝いていて素敵だが、冷静に考えればこれもいつも通りだった。
同じ日の繰り返しは、すべてを散漫にしてしまう。
夜霧が冷たい。天上に住まうディアルガは、この地上の冷たさをどう感じているのだろう。
絡みついてくる草木を退けて、滝壺に辿り着くと、変わらぬ光景がそこにはあった。
霧の奥に映しだされる輪郭はゆっくりと揺れて、その存在感を確固たるものにしている。
『こんばんは、ディアルガ。まだ時間を元に戻してくれないんだね』
そっと滝壺に入って、ディアルガに近寄った。
文句の一つも言いたくなるのに、いざディアルガを目の前にするとその気も失せてしまう。
伏せているディアルガの前脚に寄りかかった。
巨躯を支える、たくましい脚だ。
『おっきい脚』
『ゥゥゥ……』
ディアルガは、いつも以上に覇気がなかった。
『ねえディアルガ、私疲れちゃった。いつまで経っても今日が終わらなくて。ディアルガもいい加減疲れない?』
霧に月明かりが通り、滝壺が照らされる。幽玄な世界に、私とディアルガだけがいた。
こんなにも穏やかに、正しく時は流れているというのに、明日になればまた巻き戻ってしまうのだろうか。
『ねえ、私、どうすればいい?』
『ゥゥ……』
『ディアルガ……?』
なんだか様子がおかしい。今日に限っては、咆哮で私を吹き飛ばすなんてことはなさそうだった。
『具合が悪いの?』
呼吸が弱々しい。見上げると、ディアルガの顔があったが、赤い眼には生気が宿っていない。
私は立ち上がって、ディアルガから離れた。そして体をまじまじと観察する。
そして、私は自らの間違いに気づいた。
『なんで……気がつかなかったんだろう』
確かに、霧でディアルガの全身がよく見えていなかったせいもある。
しかし、しっかりと見れば彼の体は至るところがぼろぼろだった。
首の後ろや尻尾の付け根にある飾りは欠けていて、胸にある青色の宝石は半分ほど損なわれていた。
私が傷つけたものではない。ディアルガの鋼の如く硬い体を、私の柔らかい爪では傷一つつけることができなかった。
たぶん、ディアルガは強大な何かと戦ってこの渓谷に墜ち、動けなくなってしまっていたのだ。
『……ごめんね』
ディアルガに募っていた感情は、一粒の涙とともにすべて溶け去った。
時の神は、好きで時間を巻き戻していたわけではなかったのだ。
体の傷が治癒していないから、時を制御する力も回復していないのだろう。
『大丈夫、ディアルガ? 痛くない?』
『グルゥゥ……』
ディアルガが顔をこちらに寄せてくる。
私はディアルガの顔を優しく撫ぜた。
『ゥゥ……』
神でも、ポケモンには違いない。私は、体を壊して人間に看病してもらったことは何度もある。
ディアルガだって、天上で疲れて、体を壊すこともあるだろう。
そんなときに誰かにその苦しみをわかってもらえなかったら、悲しいに決まっている。
祝詞も、榊の枝も必要ない。
『辛かったよね、苦しかったよね。ゆっくり休んで。元気を取り戻して、動けるようになったら、時間の流れを元に戻してね』
『グルゥ……』
神の言葉はわからないけれど、わかったと云ってくれた気がした。
それから、私はディアルガの話を聞いてあげていた。ただ相づちを打つだけで、果たしてディアルガの癒しになったのだろうか。
それは文字通り、神のみぞ知る、というところだ。
時の流れが緩やかになった冷えた夜、私は深い眠りに落ちた。
◆
「……カ、ノドカ!」
肩を揺さぶられ、私ははっとして目を覚ました。
「よかった。怪我はないか? 祭りが終わっても社殿に戻っていないと聞いて、一晩中みんなで探していたんだ」
私を囲む人間数人が、私の顔を見て安堵しているようだった。
「ノドカは見つかったかい?」
「長老様! 見つかりました」
背の低い、腰の曲がった老婆が、私に歩み寄る。そして、ひとしきり私の体を眺めると、
「ノドカは大役を務めあげたようじゃ。早く休ませてあげなさい」
と云った。
「大役?」
「ほれ、早く。濡れている装束を脱がせてあげないと、風邪をひいてしまうよ」
「は、はい……」
長老の言葉に戸惑う人間が私を抱える。
霧の晴れた美しい渓谷に、時の神はもういない。
『ありがとう、神様』
私は、形だけの
了
凄く読み応えのある作品でした!! (2014/07/28(月) 09:34)
>>ありがとうございます。ループものって書いたことがなかったので楽しかったです。
例えるのなら、出口の見えないトンネルを走り続ける様な、かなり精神的に堪える戦いでした。
終盤、ザングースのあの台詞でとうとう自殺するのではと凍りついたほどですし…。
絶体絶命の窮地を脱し、見事本物の神和ぎとなったザングースに最大限の賛辞を送りたいと思います。 (2014/07/31(木) 00:06)
>>本当はもっと文量を増やしてノドカが苦しんでいる描写をふんだんに盛り込む予定でしたが(鬼畜)、断念しました。
僕がノドカだったら早々と心が折れていたと思います。時間はかかりましたが、神の心中を理解できたノドカはカンナギ村の巫女にふさわしいポケモンです。
タイトルに被せて神を薙ぐ、のかと思えばさらに別の意味もあったんですね。
今回の作品はきっと言葉遊びの作品があるだろうな、と思っていたのですがその中でも面白かったので投票させていただきます。 (2014/08/03(日) 01:21)
>>後述しますが、カンナギ村(カンナギタウン)のカンナギというのは神を鎮めるという意味ですね。
ノドカの神薙ぎというのは完全なミスリードでした。こういう似非トリックもたまにはいいんじゃないかと。
読んでて夢中になりました。特に雰囲気が良かったです。素晴らしい作品だと思います。 (2014/08/03(日) 23:28)
>>ありがとうございます。
というわけで、僕でした。
4票で準優勝タイという結果でした。読んでくださった方々、投票してくださった方々に感謝いたします。
さてさて。
舞台設定ですが、カンナギ村はシンオウ地方のカンナギタウンです。意味深な遺跡がある町ですね。
ノドカがディアルガとの死闘を繰り広げた渓谷地帯というのは、210番道路のことです。きりばらいで霧を晴らさないと先に進みにくい道でした。
あまりゲーム内のマップは使ったことがないのですが、たまにはこういうのもいいですよね。
テーマは「まつり」でしたが、真っ先に浮かんだのは『祀り』でした。神を祀る、とかそういう意味のまつりです。
だから神と呼ばれるポケモンを出すことも決めていましたし、舞台もそれにふさわしい場所にしました。
ザングースを主役にしたのは、巫女服を着せたい210番道路でザングースが出てくるからです。通常の条件では出てきませんが、ルビーでダブルスロットを行うと出現します。
タイトル『かみをなぐもの』は、漢字表記では「神を和ぐ者」となります。
カンナギタウンは漢字に当てはめると「神和ぎ」「巫」――すなわち、神を鎮める、神に安寧をもたらす町という意味です。
物語を要約すると、「現世に迷い込んでしまった神を元の居場所に戻すよ!」ってことなんですが、ノドカはあろうことか神を薙ぐとか言っちゃってますね……最終的には正しい意味を分かってくれたようです。ていうかディアルガに立ち向かうとか勇気ありますよね。
ディアルガもディアルガです。パルキアと時空の狭間で戦ったのか(劇場版10作目参照)、ギラティナにお仕置きされたのか(劇場版11作目参照)はわかりませんが、傷ついて時間をループさせちゃうディアルガかわいい。
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/!┘レ l / _l_, l/ / | |__ llV l
'> l /lコ l_ l /l-i ハ l___ l ト ノドカ
/ハ /l l l /7l l├l ハヽ ! ハ ト!ヽ ↓
レ l /l l l l/ l /il .lヽ-ヽヽ ヽ l l ヽヽ ┗(^o^ )┓三
V ヽ/ ゝ l l l l .l ‐-ヽ‐ヽ‐ヽ ┏┗ 三
V V ヽゝ
あとがきでした。
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