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かくした心

/かくした心

第六回仮面小説大会 官能部門作品
《注意》この作品には官能描写が含まれます。


かくした心 作:カラスバ


 星の瞬く音が聞こえてきそうな初秋の夜。綺羅びやかな豪邸も、銀色の光の下では控えめに恥じらう。絵画のように美しい情景の中で、雌エーフィがひとり、開け放たれた扉からテラス越しに庭を臨む。神経を尖らせて周りを伺う様子は、まるで脱走を図る箱入り娘のようだ。エーフィはひらひらと揺れるカーテンに隠れる。"その時"を知らせる音を今かと待って。
 カチリ、と乾いた音が鳴る。階下の扉の開く音が、外の空気を伝わってエーフィの元へ届く。エーフィは胸がきゅんとなって、鼓動が高まる。ゆっくりと最小限の音で扉を開けようとする仕草は、動作の主の性格をはっきりと映すものだ。ふわりと空気が動いて。地上階の真っ暗な部屋からサーナイトが幽霊のように現れる。サーナイトは開かれた戸を滑るようにくぐり、舞うように庭に歩み出る。エーフィはカーテンの隙間からその姿をじっと見つめていた。サーナイトは庭の適当な場所で立ち止まる。ふと、エーフィの目にちらりとサーナイトの表情が映る。それはいつもと同じ、色あせたマントとよく似た色合いの表情だった。エーフィの中で、彼に対する様々な興味が顕在化する。「彼のことが好き」なんだという思いが、エ―フィの視線をサーナイトに向けようとするが、彼の表情はエーフィの心をきりきりと苦しめる。

 サーナイトの、感情を忘れてしまったかのような表情には理由があった。エーフィはそれをよく知っている。彼自身の生まれ持った性格ではない。彼の周囲の環境が原因であった。
 サーナイトは、自身の種族の中でも特に強いエスパーの力を持っている。そして、サーナイトはその才能を余すところ無く発揮した。高い能力はサーナイト自身を助けることも多かったが、一方で利用しようと彼に近づく者も多かった。欲望と裏切りに囲まれたサーナイトの心は、いつしか堅く、厚い防壁の奥に隠されてしまっていた。それゆえ周囲からは、彼は常に幻影を纏っているかのようだと思われている。
 ただエーフィは、サーナイトの心の防壁を知っていた。それは彼女が使用人として日々彼を見つめていることが1つの理由である。だがそれに加えて、エーフィは自身の念力を利用してサーナイトの心を覗くことで、表に出ないその本質を僅かだが知ってしまっている。
 昼間の熱気の面影を残す涼しい風がカーテンを揺らす。サーナイトのスカートのような形状をした下半身も同じ風で揺れる。エーフィは、微動だにせず夜空を見上げるサーナイトに意識を集中する。こうやってサーナイトの心を覗くことがエーフィの最近の日課であった。エーフィは使用人だ。サーナイトとは、主人を同じくするという共通点しか無い。こっそり心を覗くなどということは、本来やってはいけないことだ。それでもエーフィはある日、こうして毎晩のようにひとりで星を見上げていた彼の心を、ほんの出来心でこっそり覗いてしまった。そして、この行為にいつしか病みつきになってしまっていた。謎めく青年の姿が、彼女の心を惹きつけて離さない。
 エーフィの額がぼんやりと薄く発光する。彼女がサーナイトの心に挑む合図だ。エーフィは目を瞑り、サーナイトの心を探りはじめる。エーフィが念ずると、頭のなかにぼんやりとした感覚が浮かび上がる。それはサーナイトの心だ。しかしその感覚は、エーフィがしばらく念じても輪郭が無いままでいる。それがサーナイトの心の防壁だった。防壁は、心を覗こうとする者の侵入を阻む。
 エーフィは念力を強める。そうして防壁の内部に少しでも近づこうとする。エーフィは、季節が変わる前からこの防壁に挑み続けていた。最初は全く手も足も出なかったが、最近になって少しずつ、サーナイトの本心が戸の隙間から漏れる光のように、こぼれ始めてきている。エーフィは自分が防壁を破りつつあるのだと感じていた。そして今日も、いつものように念力の力を以ってその防壁に挑む。
 頭に浮かぶ想像がピシッ、と音を立てた。ゆらゆらと揺れていたエーフィの二又の尻尾が緊張する。防壁から、ゆっくりと一筋の光が漏れ出る――
 エーフィが垣間見る彼の心は、いつだっておかしなものだった。色とりどりの幾何学模様が飛び回っていたり、背筋を凍らせるような地下の拷問部屋の光景だったり、恥ずかしくて見ていられないほどの情欲にまみれた世界だったりと、その姿は不安定で捉え所が無かった。だが、それは彼の彫刻のような普段の表情からは全く想像できない一面だった。意外にも感情豊かな姿が隠れているということが、エーフィの心をどきどきさせる。
 エーフィは隙間を覗きこもうとする。こうすることで、サーナイトの心と自分の想像が繋がるのだ。ところが、今にも彼のイメージが注ぎ込まれてくるというそのとき、エーフィの意識は誰かに掴まれたように後ろに引っ張られる。そしてエーフィの心の中に、背中を舐めるように声が響く。
「僕が気付かないとでも思ったかい?」
 エーフィにとって聞き覚えのある声だった。冷たく硬い石のような響きは、紛れも無くサーナイトのものだ。エーフィが目を開けると、瞼の裏に写っていたサーナイトの心は消える。初秋に似つかわしくない、冬のように冷たい風が扉から吹き込む。カーテンが揺れると、その向こうには凍った顔をしたサーナイトが立っていた。そのとき、エーフィの体は冷たい彫像のようになって全く動かなくなってしまう。

 ふたりの間を遮るはずのカーテンは、はだけて道をあける。サーナイトは腰から広がる彼のベールをはためかせ、舞うように近づく。そしてエーフィの目の前に降り立つと、赤の瞳を光らせて口元に笑みを浮かべる。
 ふたりの目が合う。すると突然、エーフィの体は念力によって釣り上げられる。強い念力に全く歯が立たず、エーフィはなされるがまま宙を舞う。逆さまになったエーフィは背後に柔らかい感触を得て着地する。そこはいつもエーフィが使っている質素なベッドの上であった。どきりとする間も無く、音も立てずにサーナイトが舞う。そしてベッドに飛び乗ってエーフィに覆い被さる。エーフィは心臓が止まってしまうような思いでただサーナイトのことを見つめることしかできなかった。差し込んだ月明かりがサーナイトの冷たい微笑みに光る。エーフィは自分の憧れが、むしろ取り返しの付かない事態を招いてしまったことを悔いる。
「君は……」
 サーナイトの声はエーフィの首元を冷やりとさせる。
「どうして僕の心を覗こうだなんて思ったんだろうね。誰かの差し金かい?」
 エーフィは緊張で息を荒らげるだけだ。その様子を見て、今度は少し楽しそうな仮面をつける。
「答えないというのなら、君の心を覗いてみようか」
 サーナイトが目を閉じると、その体は薄く光りだす。エーフィは焦る。心を覗かれたら、自分が彼に抱いている心が知られてしまう――。だがエーフィの念力ではとても太刀打ち出来ない。サーナイトの念力は容赦なくエーフィの心を侵す。エーフィは到底かなわないことを悟った。彼のことだから、好意を寄せられているなどと知ったらさらに機嫌を悪くするに違いない。彼に対する憧れも今日限りかと思うと、頭が真っ白になる。
 サーナイトが目を開ける。彼はエーフィの意識を読み取り終わっていた。エーフィは恐る恐るサーナイトの顔を伺う。そこには、先ほどまでの冷たい表情は無かった。恐ろしい罵倒の言葉を待っていたエーフィは、その表情の意味を取ることができない。
「君はなぜ僕を……」
 その声は戸惑っていた。サーナイトはエーフィの好意を知った。それは、孤独を選んだ彼の心に久しぶりに届いた種類の感情だった。
 その言葉はサーナイトがエーフィのの思いを否定していないということを示している。エーフィの心が高鳴る。
「僕は誰かに好かれるような者ではないのに」
 サーナイトは投げつけるように言う。そのとき、彼の心の防壁が僅かに剥がれ落ちた。エーフィは恥じらいながら、ゆっくりと口を開く。
「私は好き」
 サーナイトがはっとする。
「君は僕の心を覗けたわけじゃない。僕の何を知っている?」
「あなたが、苦しんでいることは分かったから。私は、あなたの本当の心を知りたいの」
 ふと、エーフィを縛っていた念力が消える。エーフィの体がサーナイトの腕で締め付けられる。エーフィの体から力が抜け、ふわりと柔らかくなる。ちょうどふたりの視線が重なる体位。サーナイトの目が語りかけ、エーフィの目がそれを了承する。念力の無い世界では、ふたりの力は大して違わない。見つめ合うふたりの時間の一瞬の隙をついて、サーナイトは口づけをする。ふたりの舌と舌が最初は慎重に、次第に大胆に絡み合う。体の内側が触れ合う感触に、ふたりは夢中になる。しばらくして、口先が離れる。すると、だらしなく開いたふたりの口に、冷え始めた夜の空気がどっと雪崩れ込む。
 サーナイトの口から、吐く息と一緒に感情が漏れる。鱗の落ちたのような、柔らかい目つき。
 二又の尻尾が、サーナイトの内股を柔らかく叩く。何かを期待するような目がサーナイトの答えを待つ。サーナイトが唾を飲み込む音が、エーフィにも聞こえてくるようだった。目と目を合わせて呼吸を合わせて。サーナイトのか細い腕がエーフィの足を除け、期待に染まったエーフィの恥部が露わになる。体の底からぞわぞわとした感覚が湧いてきて、エーフィの体がぴくりと揺れる。
 ふたりの種族からして、いくら体を重ねても子供が生まれることはない。その行為は禁忌と呼ばれることもある――ただ快楽に溺れるだけなのなら。だがこの感情はもっと大きな意味を秘めたものであると、エーフィはそう信じている。
 エーフィを初めての感覚が襲う。無意識のうちに漏れた自分の嬌声を聞いて、エーフィは耳の先まで熱くなるのを感じる。エーフィの足を握る、サーナイトの手の力がぐっと強まる。ふたりとも無言で、ただ触れ合う感覚が全てになる。無我夢中でエーフィを貪るサーナイトの姿は、どこか必死さを感じさせる。
 ふたりだけの世界で、ふたりだけの感覚が支配する。夜の闇の中に、乱れた毛並みを艶めかしく、エ―フィの体が捩れる。頭の中を満たした幸せの中に、エーフィの意識は溶けていく――。

 いつしか至福の時間は終わり、意識はようやく戻ってきた。
 遠い昔からずっと求めていたように、サーナイトが強く抱きしめる。エーフィは微笑む。いくら念力で挑んでも知られなかった彼の心が、肌触りをもっていつの間にか感じられていた。
「私であなたの孤独を埋め合わせることができるのなら、いつでも待っています」
 それを聞いて、サーナイトは目を背ける。
「軽い女は嫌いだよ」
 サーナイトの表情は、また擦れた色の幻影の裏に隠れる。だが今となっては、エーフィはその表情を容易に想像することができるようになっていた。
「本当に?」
 子供のような笑顔で、エーフィの体がぼんやりと発光する。再び念力で心に侵入を試みたのだ。
 しかし、エーフィの念力は心の防壁に阻まれた。
「覗き見はいけない」
 いつか聞いた感情の無い冷たい声がエーフィの意識に響く。
「それじゃあ、また」
 今度は念力ではなくその口から。サーナイトは身を翻すと、月明かりの下を舞うように、開け放たれた扉から庭へと飛び去って行った。
 朝はまだ遠く、熱を失ってきた空気が火照った体を撫でる。今度は念力でない力で彼と繋がっているということが、エーフィには確かに感じられていた。







一言でも構いませんので、感想を貰えれば嬉しいです。
厳しい意見も大歓迎です。

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 投票しようと思ったのですが、ギリギリ時間を逃してしまいました……
    申し訳ないです。

    文章量も官能描写も少ないにも関わらず、文章や比喩などが上手く、神秘的なエロさを感じました。
    これからも頑張って下さいね!
    ―― 2014-05-09 (金) 00:27:55
  • 背徳心を抱きながらも、彼が来る度に心の覗き魔行為を繰り返すエーフィ。
    彼を今か今かと心待ちにしていた心境や、絶対にバレない様に覗くスリル感、そして絶望と、エーフィの乙女チックな心情が丁寧に描写されていてとても良かったです。 
    リアルでは春なのに、わざわざ季節を秋に設定して冷たい風を吹かす所も芸が細かいですね。
    新人さんとは思えないほど良く作り込まれていると思います。これからも頑張って下さい。
    ――パック ? 2014-05-10 (土) 01:08:46
  • >>2014-05-09 (金) 00:27:55 の名無しさん
    投票に間に合わなかったことは残念ですが、そう思って頂けたことが嬉しいです。
    神秘的な雰囲気を出そうと思って書いていました。また、言葉の選び方は自分でも力を入れているところです。その部分が伝わってよかったです。
    読んでくださる方がいることを励みにこれからも書き続けたいと思います。

    >>パックさん
    エーフィの心情を意識していたので、丁寧だと感じて頂けたのは嬉しいです。
    季節に関しては、最初は意識せず書いていたのですが、気温を使った表現をしようと思って秋にしてみました。
    丁寧に読んで頂いたことに感謝します。これからも書いていきたいと思います。
    ――カラスバ 2014-05-10 (土) 10:54:32
  • ふわふわしすぎて、不完全燃焼のまま終わってしまった感がある作品でした。
    作中で交わされた会話も、行われた行為も今一つつかみどころがなく性別すらわかりにくいと思えてしまい、物語に浸る前に物語が終わってしまった気がします。
    欲を言えばもっと密度の高い感じの文章が欲しい所でした。
    ――リング 2014-05-11 (日) 20:59:45
  • >>リングさん
    不完全燃焼とのことでした。確かに、特に官能部分などが曖昧な表現になっていました。分かりづらくなってしまってはいけませんでしたね。
    物語的にも内容が薄かったなということは自分でも感じています。次に書くときはもっと読み手に伝わるように努力したいと思います。
    感想ありがとうございました!
    ――カラスバ 2014-05-16 (金) 21:20:22
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Last-modified: 2014-04-20 (日) 17:08:06
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