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お団子エッジ

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 太陽が照り付け、緑映える小さな村。
 住んでいるポケモンやヒトはわずかであるが、活気のあるのんびりとした場所だ。
 辺り一面は地平線の彼方まで広がる田んぼ。雑草が避けてできたような砂利道。まばらに点在する木造の家。
 一部現代的な物件がいくつかあるが、明らかに場違いである。
 つまるところ、昔懐かしい田舎の村だった。


 とある木造の家。
 田んぼと砂利道に面したこの家の前には「だんご」の幟。
 店先には赤い布のかけられた木製の椅子と唐傘が設けられている。
 それに接するように店内への入り口があり、店先にはショーケースもあった。
 ショーケースには様々な色の団子がそれぞれ鉄の盆に乗せられて展示されていた。ショーケースの上には大量の串が入った缶がある。客の注文によって様々な組み合わせの串団子が作れるようだ。
 時刻は早朝。内部からは既に、仕込みによる香りが漂ってきていた。

 大きな木の板の上に乗せられた小さな木製のボウル。そこにもち米が入れられ、すりこぎ棒で力強く砕かれる。
 木と米が奏でる独特の音は耳に心地よく響き、朝の眠気を覚ましてくれる。
「…ふう」彼女は息をつく。
 砕かれて粉末になった大量のもち米に水がほんの少量加えられ、粉末が水に浮く。少しずつ混ぜながら粉末を溶かしていくが、粉末が多いため完全に溶けることはなく、やがて生地のベースができる。
 ボウルをひっくりかえして生地を出し、指が3本しかない手で掴んで力強く捏ね上げる。
 木の板上で様々な形変化する生地。それを捏ね上げる腕は短いながらも色白で、とてもしなやかな印象があった。
 ばたんばたんと生地が板に叩きつけられる。指が3本しかないにもかかわらず巧みに生地を捏ね上げ叩くその様は、その熟練度の高さが垣間見えた。
 決して老いているわけではない。むしろまだ若い。ヒトに換算するならば、その年齢は18歳をようやく過ぎた頃だろう。

 ある程度捏ね上げられた生地は、その細い3本の指で一口サイズにちぎられ、ころころと丸められる。
 丸められた生地はオボンの果汁に充分に浸されたあと、蒸籠の中に規則正しく並べていく。
 全部で3段の蒸籠が積み重ねられた後、最下段に水が入れられ、口から軽く火炎放射を出して木材に火をつける。
「あとは待つだけね」
 汗はかいていない。しかしまるで汗を拭うように手を顔にこすり付ける。その手は顔の真横にあり、何より短いため、汗を拭うような仕草には向いていなかった。
 時は過ぎ去り、日もだいぶ昇った。今蒸籠の中にあるもの、団子が蒸し上がれば開店である。
「ヘレン、いるのかヘレン」やや太くて低い声が聞こえる。
「ビクター!」ヘレンと呼ばれた彼女は嬉しそうに入り口に駆け寄る。

 フットボールを更に押しつぶしたような銀色の楕円形の胴体からは無数のトゲが生え、黒い横縞が3本規則正しくある。無表情に近い垂れたような目。最大の特徴は上部から生えた3本の触手。緑色のそれは先端で平たくなっており、そこから更にスパイクのようにトゲが生えていて、それを地面に付けて移動しているようだ。それが彼、ビクター。
 一方、今まさに作っていた団子のように真ん丸な体。サッカーボールの模様のような割れ目が入ったほぼ球体の身体からは、真横から腕、下からはどっしりとした足、球体の正面からはヘビに似た頭が突き出ている。それが彼女、ヘレン。

「今日も手伝ってくれるの?」ヘレンが聞く。
「いつものように、できることしかできないがな」ビクターは淡々と答える。
「いつもありがとう、ビクター」ヘレンは嬉しそうに言った。
「まァ、それが彼氏の役目ってもんじゃないのか?」ビクターは抑揚のない声で返す。
「ふふ、そうね」
 互いに見つめ合う2体にあるのは、若さゆえの初々しさと恥じらい。小さな団子屋で紡がれる、若々しくも爽やかな物語。

 これは、ヘレンとビクターという、ゴローニャの少女とナットレイの少年が描く、青春の軌跡。




お団子エッジ
※口付けなどの微エロ表現があります
作者:カナヘビ


 蓋を開けると、ほわりといい香り。温かな蒸気がヘレンの顔を覆い、外へと逃げていく。
 火傷をしないように、そして傷を付けないように爪の先で慎重につまみ、ビクターが頭の上のトゲに載せているお盆にそっと置く。
 ヘレンは慎重に、そして迅速に団子をお盆に載せてゆく。それほど大きなお盆ではなかったのですぐにいっぱいになった。
「じゃあ、お願いビクター」ヘレンは慣れた調子で言う。
 ビクターは無言で3本の触手を動かし始める。お盆のバランスを取りながら、なるべく上下運動を避けつつショーケースに向かって進む。バランス感覚が必要にも関わらず、ビクターはすいすい進んでいく。かなり慣れた様子だ。その間にヘレンは使用した蒸籠を洗う。洗浄に使う程度の水なら触れても特に気にならない。
 一方ビクターはショーケースにたどり着く。左触手を地面から離し、トゲを使って最小限の傷でガラスを開く。胴体をショーケースに限界まで近づけ、左触手を使ってお盆を器用にスライドさせる*1。お盆の裏には多くの傷。何度も運ばれてきているようだ。
 ショーケースにお盆を入れ、ガラスが閉められる。大した表情の変化はないが心なしかほっとした様子でビクターはその場に佇む
「ありがとう、ビクター」
 ヘレンがのしのしと歩いてくる。水に漏れてかすかに湿りを帯びた両手でビクターを挟むように触れた。
「毎日のことだ」ビクターはぶっきらぼうに言う。
「さ、もうすぐお客さんが来始める頃よ。ビクターも笑顔の用意よろしくね」ヘレンは言った。
 幟がそよ風に揺られてはためいている。雲のまばらに見える快晴の空のもとで、1件の団子屋が開店した。

 1
 小さな村だけあってそう繁盛しているわけでもない。しかし赤字というわけでもない。言うなれば『無難』。店としては普通にやっていけるという程度の利益だった。
 小さな村の特徴の1つとして、店の数が少ないことが挙げられる。ヒトにしろポケモンにしろ何かを買わなければ生きていけないが、コンビニすらキロ単位の距離があるため、ちょっとしたことならば近くの店で済ますのが普通である。
 ヘレンの団子屋は朝食、もしくはおやつとして買われることが多い。特に小さく気軽に食べられるサイズであるため、食後のプラスアルファとして買っていくヒトもいた。
「ヘレンちゃん、おはよう」
「いらっしゃいませ、おはようございます!」
 眼鏡を掛けたロングヘアのOLらしき女性がショーケースの前に立っていた。どちらかと言えば均整な顔立ちのヒトだ。
「今日もいつものをお願いできるかしら?」女性は常連らしかった。
「いつもありがとうございます!」ヘレンは慣れた手つきでトングを掴む。ガラスを開け、緑や黄色や茶色といった色とりどりの団子を串に刺してゆく。
「あら、そっちの彼はまだ笑顔ができないの?」女性がビクターに顔を向ける。
 ビクターの目が微かに震えている。笑顔を作ろうとしているのだろうが、彼の根っからの不器用さとナットレイという表情を作りにくい種族上、それがあまり伝わることはなかった。
「い…いら…しゃい…ま…」無口でコミュニケーションが苦手、おまけに口下手。目の前にいる女性などほぼ毎日会っているにもかかわらず、しゃべる時はどもってしまう。
「ビクター、自然に、自然に」ヘレンはやんわりと言い聞かせる。
 女性はくすくすと笑いながらプラスチック容器を受け取り、代金を渡す。
「それじゃあ、また来るわね」女性は笑いを残しながら店を後にした。
「ありがとうございました!またお越しください!」ヘレンは大きな声で言い、体全体を屈めるようにしてお辞儀をした。
 ビクターはといえば未だに目を震わせて表情を作ろうと奮闘しているようだ。ヘレンは苦笑しつつビクターに向き直る。
「大丈夫?」左手で口を押さえながらくすくす笑っている。
「笑うことができない。自然な笑顔…やっぱりよくわからん」ビクターは無骨な表情で言う。
「ほら、意識してる。笑顔を作ろうなんて、努力はしないものよ?」ヘレンは言い聞かせる。「わたしだって特に努力してるわけじゃないわ。お客さんが来てくれただけで、笑顔になりたい!って思うの。そしたら、不思議と顔がほころんでくるのよ」
「………そういうものなのか。俺は心からそう思っていないのか?」ビクターは自問する。
 ヘレンは左手でビクターにそっと触れ、笑いかける。
「大丈夫。あなたもちゃんと心を持ってるんだから。いずれ笑顔を出せるようになるわ」
 ビクターは無表情にヘレンを見返す。ヘレンはビクターの前で、先ほどの女性に向けていたものと同じ笑顔を向けていた。なんの表裏も無い、純粋な笑顔。
「それに、あなたの笑顔と私の笑顔は同じものじゃないわ。ビクターはビクターの笑顔を見つければいいの。時間はいくらでもあるから、ね?」
「…ああ」
 ヘレンは笑顔を崩さないままビクターから視線を逸らした。ショーケースの向こう側から影がやってきている。
「いらっしゃいませ!」ヘレンは挨拶した。
「おはようヘレンさん!今日もオボンの団子おくれよ」
 腕や脚に欠陥が常に立っていて、小さい足に対比するように大きく太い腕。腰は極端に細く、赤く大きな鼻に、ヒトで言えば天然パーマのようなこぶだらけの頭をしたポケモン、ドテッコツが鉄骨を左肩に担いでショーケースの前にいた。
「いつもありがとうございます!本日も10個でよろしいですか?」ヘレンが容器とトングを取りながら聞く。
「いや、今日は20個にしてくれないか?仕事仲間のゴーリキーにここの団子のこと話したら食いたがっちまってさ」ドテッコツが右肩をすくめて言う。
「まあ、本当ですか?ありがとうございます!」ヘレンは容器を余分に取り出し、団子をつめ始める。
「いっついっつも昼間に食べてたら横からがっつこうとしやがってさ。大抵喧嘩になっちまうわけよ。そんで今日買ってこいって言われてよ!金5割増しで巻き上げてやるつもりですよ!」ドテッコツはまくし立てている。
「喧嘩はよくないですよー」ヘレンは良心に従って注意する。
「分かってんですがね、いっつも喧嘩になっちまうわけですよ!あいつ、自分の筋肉のほうが凄いって言って聞かないんでさ!そんで2体で筋肉見せ合って喧嘩して、いっつも曖昧に終わっちまうんすよ!」ドテッコツは聞かれてもいないことを話し続けている。
「筋肉に自信がおありなんですか?」ヘレンは聞いた。
「当然!こんなどデカい鉄骨担いでますからね!ほれ!」
 ドテッコツは右の腕を湾曲させてその筋肉を強調する。ヘレンより小さなその腕に収められているとは思えないほどの巨大な筋肉が浮かび上がる。
「立派ですね!」ヘレンは団子をつめ終えた容器をショーケースの上に置きながら相槌を打つ。
「そうですとも!なのに奴ときたら、自分の方が立派とか言って聞かないもんで!喧嘩はいつも引き分けなんすよ!お、ありがとうヘレンさん!」
 ドテッコツは小銭をじゃりじゃりとショーケースの上に落としてから袋に入った容器を受け取る。左肩の鉄骨を担ぎ直してヘレンに笑顔を見せる。
「そんじゃまたヘレンさん!今度はゴーリキー連れて来るかもしんないけどよろしくな!」
「はい、お待ちしてます!」ヘレンは満面の笑顔で礼を言った。
 気が付けばビクターはヘレンの接客風景を見て棒立ちしていた。
「よくあんなどうでもいい話を愛想よく聞けたな」ビクターが感心して言う。
「あら、そう?とても面白い話だったわよ?」ヘレンは身体を右に回転させて振り返って言う。「ああいう世間話って、コミュニケーションに打ってつけなの。だからつまらないなんて思わないわ」
 ビクターは無表情にヘレンの話を聞いている。
「難しいな…コミュニケーションというのは」ビクターが呟く。
「なんでも難しく考えること。それがビクターの悪い癖よ。もうちょっと、柔軟に」ヘレンは諭すように語りかける。
 ヘレンはショーケースの上の小銭を集め始める。
 朝の時間帯は来る客の相場はこれくらい。それ以降は特に騒ぐこともなく、時間帯は昼を過ぎて夕方に移行していく。
「ヘレンお姉さーん!」
 どこの通学路から寄り道してくるのか、下校途中の小学生たちがわらわらと集まってくる。ヒトとポケモンが共学している学校がこの村にあり、放課後になるとこうして小さい子供たちの集まりが始まる。
「いらっしゃいませ!」ヘレンは子供に対しても礼儀を尽くして挨拶をする。
「ヘレンさん、オボンの団子ちょーだい」と、1人の男児。
「お姉さん、キーとカゴどっちがおいしー?」と、1体のゼニガメ。
「ヘレンさん、おかーさんの分もほしー」と、1体のズルッグ。
「ヘレンおねーさん、これ串にしてくださーい」と、1人の女児。
 あちこちから矢継ぎ早に降りかかってくる注文をヘレンは笑顔を崩すことなく受け答えている。
「はい、オボンの団子よ。この前みたいに転んじゃだめよ?キーもカゴもどっちもおいしいわ。よかったらどっちもどう?はい、お母さんの分ね。何個くらい増やしておく?分かったわ、3個ね」
 だいたい10人・10体前後の子供の集団が押し寄せていた。毎日のうちではもっともピークな時間であり、そしてもっともビクターが目立つ時間でもあった。
「だからあまり触るな…」
 ヘレンが店の対応に追われている間、ぎこちなく笑顔を作ろうとしているビクターに子供たちが集まって思う存分触っていくのだ。
「相変わらず固いなービクターにーさん」
「トゲトゲだ!1個ちょーだいよー!」
「意外と蔓がやわらかーい!」
 コミュニケーションが苦手なビクターはほとんど対応しきれておらず、ろくに話すこともできないまま触られるがままになっている。それでも彼があまり嫌われないのは、子供の無邪気さゆえか。
 子供達の数々の言葉の波を乗り越えた後。団子屋には朱色の光と共に夕方の情緒が漂い始め、空が西から赤みを増すとともに東からは闇が迫る。
「ビクター、今日もありがとう」ヘレンはショーケースの中の団子を、小さな簾を敷いたお盆に載せながら言う。
「今日もあまり役に立てなかったな…。すまん」ビクターは謝る。
「大丈夫、気にしないで。そばにいてくれるだけでいいの」ヘレンは返す。「いつも言ってるでしょ?ビクターって上がりやさんだから。そばにいたら『しっかりしなきゃ』って思えるの。とっても心強いの」
「せめて笑顔だけでもできればいいんだがな」ビクターは呟く。
 ヘレンは全ての団子をお盆に載せると柔らかい布をかけ、それを掴んで作業場まで足を運ぶ。早朝は団子の精製がなされるその部屋の隅に、そっとお盆が置かれる。
「難しいことじゃ…ないはずなんだけどね」ヘレンが困ったような表情で言った。
 ヘレンはビクターと向かい合う。普段と何も変わらない、難しい表情のごつごつとした顔。
 ヘレンはそろそろとビクターに近づく。屈託のない笑顔でビクターに笑いかけ、額にあたる部分にそっと口づけをする。
「また明日、お願いできる?」ヘレンは聞いた。
「…あぁ、明日は頑張ろう」ビクターは胴体を前後に揺らすようにして頷く。
 
 笑顔のヘレンが元気よく店を回し、笑顔になろうと必死のビクターは脇で独り奮闘する。ヘレンが営む団子屋の日常であり、なんの変哲もない毎日である。
 
 
 2
「おや?ヘレンちゃんじゃないか」
「まあ、スコット!久しぶりじゃない!」
 昼間に団子屋の前を通りがかった1体のポケモン。水色の三角形の下半身に、白い三角の顔が2つ付き、左右にそれぞれ手がついた、ヒトでいうシャム双生児を連想させるポケモン、バイバニラは、ヘレンが昔の知り合いであると察すると真っ先にショーケースの前にやってきた。
「おや、ビクター君もいるのかい?君たちは相変わらず熱々なわけだね」向かって左の顔がかなり饒舌だ。右の顔はにこやかな笑みを浮かべているばかり。右手には中サイズのナップザックを持っている。
「熱々だなんて…本当のことだけどね」ヘレンは左手を頬に添えてはにかんでいる。
「まさかこんなところで団子屋をやってるなんてね!ヘレンちゃんの夢は昔から聞いてたけど、こんなに早く叶えるなんてすごいじゃないか!」スコットが冷たい息と共に話している。
「ありがとうスコット。何かいる?」ヘレンはショーケースを手で聞く。
「本格的な手作りじゃないか!いまどきは機械で作ってるところが多いからね。こういうの食べてみたかったんだ」スコットはショーケースをじっと見回す。浮遊している体を軸に、円運動をする要領で見回している。
「実のところ、機械を買うお金がもったいないからっていうのもあるけどね」ヘレンは笑いながら言う。
「それじゃさ、全部の種類を1つずつくれないか?」スコットが注文する。
「ありがとうございます!ちょっと待っててね」
ヘレンはいつもと同じようにプラスチック容器とトングとそれぞれ掴んで色とりどりの団子を詰めていく。淡い黄色や目が覚めるような赤、可愛らしい桃色やクールな水色などの独特な色合いたちが容器を占めていく。
「ビクター君も元気にしてたかい?」スコットがショーケース越しに話しかける。
 ビクターは急に話しかけられたからか、体中をびくりとさせてスコットに目を合わせた。
「…あぁ。これといって元気でなかったことはない」ビクターは淡々と答える。
「君も相変わらずおしゃべりが苦手だねぇ」スコットが苦笑する。
「…悪かったな」ビクターは声のトーンをやや下げて返す。
「君ももうちょっと心を開こうよ。そのままじゃあ、ヘレンちゃんにさえ心を閉ざしたままだよ?」スコットが言う。
「………」ビクターは身体を前に傾けてうつむく。
「ビクターも彼なりに頑張ってるんだけどね。もうちょっと時間が掛かりそうなのよ」ヘレンが容器に輪ゴムを掛けながら言う。
「うん、せっかく昔の友達の店を見つけられたんだ。これからは時々寄らせてもらうよ」と、スコット。
「まあ、ありがとうスコット!」ヘレンは満面の笑みでスコットに笑いかける。
「う〜ん」スコットはにやにやしながらヘレンとビクターを交互に見る。「この笑顔が毎日見られるのか…。君がうらやましいよ、ビクター君」
「…?」ビクターはどう反応していいかどころか、茶化されたことも分かっていないようだ。
「そういえば、スコットは何してるんだっけ?」ヘレンは容器を袋に入れながら聞く。
「ボクはヒトと共学の大学に行ってるよ。興味があって地学方面の授業を選択したけど予想以上につまらなくてね!授業を聞くのは隣の顔に任せていつも居眠りしてるよ」スコットは両手をひらひらとさせつつ語る。
「あなたそれ、高校の時もしてたでしょ?」と、ヘレン。
「顔が複数あるポケモンの特権さ!ばれないし、ばれても寝てないって論破できるし、いい種族に生まれたよ」スコットはのらりくらりと言う。「まあボクの場合、こっちの顔はほとんど機能してないけどね。単純なことをさせるのには充分だよ」
「はい、どうぞ」ヘレンは両手で袋を差し出す。「全部だから、サービスで800円にしとくわ」
「やっぱりちょっと割高だね。こんな田舎だし、手作りだから仕方ないけどね」スコットはナップザックをあさりながら言う。
「もうちょっと1日に多く作られればいいんだけど、流石に無理なのよ。ビクターはナットレイだから団子を作る作業はできないし」ヘレンは若干歯がゆそうな表情だ。
「これからも頑張ってよ!何か協力できることがあればするからさ」スコットは硬貨を4枚差し出して言う。
「ありがとう。でもあまり気にしないでね?ていうか、スコットはもうちょっと授業を聞きなさいね?」ヘレンはいたずらっぽく笑う。
「ありゃりゃ言われちゃったね。だってつまんないからさぁ。ヘレンちゃんが言うなら、聞こうかな。それじゃあね」
「ありがとうスコット!」
 スコットは右手を振り振りその場を去って行く。ヘレンも倣って左手を振っている。
「あ…あり…ありが…」ビクターのくぐもった声が聞こえる。
 ヘレンはくすくす笑いながらビクターを見る。
「聞いた?ビクター、わたし達熱々ですって!」ヘレンはおかしくてたまらないようだ。
「あまり覚えてないな…スコット・バニラクス。いたことは覚えているが」ビクターはやはり表情を変えず言う。
「スコットはとても成績の良かったバイバニラよ。わたしもよく教えてもらったわ」ヘレンは思いふけるように言う。
「そうか」ビクターは機械的に相槌を打つ。「俺たちは…熱々、なのか?」
「どうかしらね!熱々はちょっと言い過ぎかもしれないけど、周りにはそう見えるみたいね」ヘレンは恥ずかしそうに笑っている。
「できればなりたいな…熱々に」ビクターが呟く。
「あら、そう?そうね、わたしもビクターが熱々になってデレデレしてる顔、見てみたいかも」と、ヘレン。
「デレデレ…!?」ビクターは怯む。
「どんな顔になるのかしら?あなたの顔が変わるのってあんまり見たことないから…あ、いらっしゃいませ!」
 ヘレンはいつのまにか来ていた客の接客にかかる。ビクターはその光景を見つつ、ヘレンに言われたことについて考え込んでいた。


「ビクター、今日もありがとうね!」
 ヘレンにお礼を言われつつ、ビクターは帰路につく。3本の触手で重い体を支えつつゆっくりと前進している。
 触手を1度前へ動かすたびに砂利が軋み、砕かれるようなごつい音が鳴り響く。
 朱色の空と暗くなりつつある地面という見慣れた光景を見ながらビクターは進み続ける。
 砂利と田んぼの道が終わると、この村の中でも幾分か整備された道に出た。かなり前に敷かれたであろうアスファルトは周囲の自然に溶け込むまでになっている。
 道の脇にはヘレンの団子屋より更に古い木造建築が立ち並ぶ。ヒトの声、子供の声、ポケモンの声。「クルマ」が少ないこの村ならではの、温かい談話が聞こえてくる道だ。
 アスファルトの道の付き当たりには大きな木造建築が建っていた。周囲に圧力をかけるような立派な門構えを持っている。
 ビクターはその門を当たり前のようにくぐっていく。
 目を見張るような大豪邸。ビクターは何の気負いもなく無表情に入っていく。
 内部は完全にヒトの居住スペースだった。玄関に無数の靴が置かれていて、靴べらまである。
「あ、ビクター。おかえり」20歳前後と思しき男性が通りかかる。
「主人、親父はいるか?」ビクターが聞く。
「ベノミット?うん、今日は非番だからいるよ」男性が答える。
「そうか」
 この大きな家は男性の親の家らしかった。そしてビクターは男性の所持しているポケモンの1体のようだ。
 ビクターはあまり話すことなくその場を離れ、ふすまを傷つけないよう慎重に体を運んだ。
 彼の遅々たる進行の末にたどり着いたのは縁側だった。白い砂利と緑の苔、コイキングが無数に群がった池には獅子おどしが2つ設置されている。
 その庭の中央に居座る1体のポケモン。カエルが突然変異を起こしたような巨大な体、その背には十字に生えた4枚の葉と目に鮮やかな大きな花があるポケモン。フシギバナである。
「親父、聞きたいことがある」ビクターが唐突に話しかける。
「ん?」フシギバナは穏やかな目でビクターを見る。「お前さんから話しかけるとは珍しいな。なんだ?」
「デレデレって、どんなんだ?親父もなったのか?」ビクターが聞く。
「デレデレ?懐かしいな。昔のことだが、な」フシギバナは遠い目をして言う。「頭の中がふよふよするのだよ。まるで脳みそにテレキネシスがかけられたみたいにな。そして、相手のことしか目に入らなくなる。周囲が見えなくなるのだ」
「周囲が見えなくなるのか」ビクターは繰り返す。
 当時の様子を思い出したのか、フシギバナはクックッと笑いだす。
「あの時は本当に何も見えておらなんだよ。一途というのはまさしくあの状態のこと。ただ、酔っておったな」フシギバナは思いでにふけっている。
「酔う…のか」ビクターは考え込んでいる。
「そういえばお前さん、ヘレンちゃんという子と付き合っておるのだったな?そういうことを聞いてくるところを考えるに、お前さんはその子に対して心を開いておらんな?お前は付き合いが苦手だからのう」フシギバナが困ったように言う。
「心を開いていない…。今日、同じことを昔の知り合いに言われた」ビクターは淡々と言う。
「お前のことだ。恐らく『好きだ』などと言ってないのだろう。何となく付き合うのではなく、きっちりと自分から付き合おうと言いなさい」フシギバナは厳しく言う。
「…そうだな。……、そうだな」ビクターは繰り返して言う。
 思い出してみれば、ヘレンもビクターも互いにはっきりとした告白をしていない。最初はヘレンのほうから駆け寄ってきて、いつの間にか付き合っていた。ヘレンはビクターの彼女、ビクターはヘレンの彼氏。いつの間にか完成していた定義だ。
「俺が彼氏なら…ヘレンをもっと喜ばせるべきだ」

 3
「どうしたのかしらビクター…」ヘレンは目の前の光景を見てポカンとしていた。
 いつもならかなり遅い速度で運ばれる団子。しかし、今日のビクターは急にロックカットなど習得して更にロッククライムまで使って店の中を高速で動いていた。いつもは重そうに体を運ぶ彼も今は非常に軽やかに触手が動いている。
「運び終わったぞ、ヘレン」速い動きとは釣り合わないむっつりとした声でビクターが言う。
「あ、ありがとう…」ヘレンはさかんにまばたきを繰り返す。「こんなに早く終わったの初めてね。…じゃあ、もうちょっと団子作ろうかな」
「俺も手伝おう」ビクターが触手をばたばたと動かしながら言う。
「手伝うって…さすがにビクターには無理じゃないかしら…」ヘレンは考え込む。
「やるんだ。そうでなければ雄が(すた)る」ビクターは言い張る。
「す、廃る?」ヘレンの頭の上にはいくつもの疑問符が浮かんでいる。
 まさか前日に父親に教えてもらったばかりの台詞を用途もよく分からず使っているとはヘレンも考えない。
「そこまで言うのなら…やってみる?」
 ナットレイというハンデをものともせず、ビクターは彼なりの作業を展開した。流石に小麦粉を掴むことはできないが、1本の触手の蔓の部分で生地を持ち上げ、パワーウィップを打ち付けるような感じで生地を捏ね上げる。ペラペラになってきたら触手を思い切り曲げ、生地の端をめくって折り畳んで再度捏ねはじめる。この繰り返しである。
「次は成形だけど、さすがに…」ヘレンはビクターを見た。相変わらず無表情だ。
「やろう」ビクターはそれだけ言った。
 そもそも掴むことができないためあまりにも無謀だった。ヘレンがせっせと生地を丸めていく横で、ビクターは1つの小さな生地相手に四苦八苦していた。蔓で丸めようにも、掴めないから折りたたむことしかできない。結局は、触手の先のスパイクの針でちょんちょんといじくるだけになってしまった。
「ビクター、大丈夫?」ヘレンは短い手で口を押さえつつ必死に笑いをこらえながらビクターに聞く。
「………」
 ビクターの目の前にあるのは団子とは呼べそうにない生地の集合体だった。上部と下部が円形に円く潰れ、横から見て台形に見えるような形になっている。ストーンエッジが発動した際の石の中に混じっていそうだ。
「すまん」ビクターはうつむいて言った。
「謝らなくていいわ。ありがとう、ビクター」ヘレンは優しく言う。
 いつもより早くなるはずだった開店時間が遅くなってしまったことは言うまでもない。

「いらっしゃいませ!」
 今日もヘレンはショーケースの前で客を相手している。いつもの常連の女性やドテッコツなどが慌ただしく店に来て去っていく。日常の光景。
 ビクターはいつにも増してぼーっとしていた。彼が無口なのは普段からだが、今日は目の前の光景に見入っていたこともその一因である。
「今日もいい天気ですね!お仕事がんばってください!」
 しなやかでありながらどっしりとした手足。ゴローニャとは思えない迅速で素早い動き。注文を受ければ瞬時にトングと容器を出し、希望があれば串に刺していく。高らかに響く声、絶えない笑顔。
「…親父に言われないと気付かないとはな」ビクターは独り言う。
 ビクターは自分の意思を再確認する。ヘレンがどう思っているかはビクターにはよく分からない。だが、少なくともビクターは目の前のヘレンの姿を見て心を打たれている。
「ありがとうございました!」
 ヘレンが体全体を使ってお辞儀する頃になって、ようやくビクターはふさわしいであろうと思われる言葉を見つける。
「…可愛い、か」
「ん?なあに?ビクター」
 ヘレンがビクターに顔を向ける。ビクターの言葉はあまりにも小さく、聞こえづらかった。
「…いや、なんでもない」ビクターは返す。
「そお?それより、今日はありがとう。どういう風の吹き回しだったの?」ヘレンが素朴な疑問をぶつける。
「…それはな。俺は…」
 ビクターの言葉が止まる。ここから先の言葉は分かりきっている。しかし、それが出てこない。
 緊張しているのか、恥ずかしがっているのか、ビクターは目を右往左往させてその場に佇んでいる。
「ビクターが?」ヘレンは促す。
「…気分だ」ビクターは言った。
 ヒトならばもう少しで大人になるという年頃になって、ビクターは初めて自身の意気地のなさに気付いてしまったようだ。
「そうなんだ。でも、無理はしないでね?手伝ってくれるのは嬉しいんだけど、張り切りすぎると空回りしちゃうから」ヘレンは言う。
「ああ、分かった。気を付けよう」
 2体は互いに顔を見る。笑顔と無表情がぶつかり合っていた。


「明日また来る」
 ビクターが店を後にし、独りになった店。雪崩のような子供たちの注文の応酬をのりきった店内はやけに静かだった。
「さて」
 ヘレンはショーケースの片付けにかかる。団子の載せられたお盆を1つずつ取り出し、取り出したそばから乾いた布を掛けていく。
 全体的にあまり減っていなかった。メジャーな味であろうオボンやオレンも、減っていることは減っているが望ましいほどではない。
「作る量を減らそうかしら」
 ヘレンは困った表情をして考え込む。毎日の常連がいるとはいえ、それだけに絞って作るということはできない。しかし、毎日余分に作っていては無難な経営もすぐ崩れてしまう。ここ最近、顕著に作る量が減り続けている。このまま減り続けて、しまいにはゼロになるのか。
「常連さんもいるけど…いついなくなっちゃうか…」
 ヘレンは布をかぶせたお盆を重ね、腕をめいいっぱい伸ばしてお盆を両手で掴む。バランスがとりにくい姿勢でゆっくりと運び、作業場の隅に静かに置く。
「はあ…」
 ヘレンは店先に戻り、ショーケースの先の引き戸を閉めて施錠する。
 昼間にビクターや客に見せている顔とは全く違う。落ち込み、不安、焦燥、様々なマイナスの要素が入り混じった表情になっている。
 裏の戸口から店の外へ出るヘレン。鍵を掛け、溜息を吐いてとぼとぼと歩きだす。
「…?」
 今までなら、このまま住処へと帰っているだろうこの時間。しかし今目の前には、シャム双生児のようなアイスクリーム生命体がいた。
「やあ。よかったら送るよ?」スコットがにこやかに言う。
「スコット…。うん、ありがとう」ヘレンは笑顔を作って礼を言った。
 ヘレンの進む方向にスコットが付き添うという形で2体は進みだす。すぐそばに常に冷気が漂っているという珍しいシチュエーションだ。
「今日はどうしたの?」ヘレンが聞く。
「せっかく旧友の所在を知ったからさ。ゆっくり話したいなって思って」スコットが答える。「無理して明るく振舞わなくてもいいんだよ?」
「そんな、無理にだなんて…」ヘレンは乾いた声で言う。
「ヘレンちゃんは変わってないね。どんな時でも笑顔を絶やさない。どんなにつらくても、他者に頼らない強いメンタルを持ってる。でもやっぱり、辛い時くらいは言おうよ?」スコットが指摘する。
「スコットも変わってないね。周りのみんなのことをちゃんと見てる。わたしのことも、ビクターのことも」ヘレンは言う。
 沈黙が場を支配した。聞こえるのは、ヘレンが力強く地面を踏みしめる音と、スコットの冷たい吐息の音だけ。
「使えそうな物件も見つかって…、団子の作り方も勉強して…。この小さな村でも、繁盛とまではいかなくても、ちゃんと経営していけると思ってた。でも、わたしの予想以上にお客さんが少なくて」と、ヘレン。
「やっぱり、赤字なんだね」スコットは進みながらも考え込む。
「ビクターにはとても言えないしね。彼、豊かなトレーナーの家の出身だから…。自分の主人に話してしまうかもしれないし」ヘレンはさも元気ありげに話している。
「そういえば、ビクター君はそういうところの出だっけね。ヘレンちゃんはどういうところの出だっけ?」スコットが聞く。
「わたしは生粋の野生よ。外の世界のいろんな事が学べるって聞いて、イシツブテの頃に小学校に入ったの」ヘレンは答える。
「野生で学校に入りたがるなんて珍しいね。何かきっかけでもあったのかい?」スコットが興味ありげな顔で聞いてくる。
「きっかけ…って、いうのかな」ヘレンは考え込む。「イシツブテの頃の洞窟に住んでた時に、会ったの。ビクターと」
「そんなに小さい頃から会ってたんだね」スコットは少し驚いた顔をする。
「ビクター、父さんと母さんと一緒にバトルの練習に来たみたいで。わたしも野生だったけど、そんなにバトルは好きじゃなかったから、すぐに打ち解けあえて」ヘレンは思い出しながら言う。
「ヘレンちゃんって戦闘好きじゃないんだ…。あんな恐ろしい成績残しといて…」スコットは苦笑して言う。
「放っといて!とりあえず、すぐに仲良くなれたの」ヘレンは続ける。「まだテッシードだったビクターと洞窟や外の世界のことについて話したのよ。その時、ビクターが言ってくれた言葉があって…」
「言葉?」スコットが促す。
「君って、お団子みたいにまんまるなんだねって」ヘレンは顔を赤らめながら恥ずかしそうに言う。「それで、その『お団子』についてもっとよく知りたくて…。それで小学校に入ったの」
「なるほどなるほど」スコットはにやにやしている。「その時が、お団子とか初恋とかを知るきっかけになったわけだ」
「ちょ…スコット!わたしは、その…」ヘレンはまっかっかになって反論しようとするが、言葉が見つからない。
「美しい両想いは幼いころから続いてた、と。ロマンスだねぇ」スコットのにやにやは加速するばかり。
「スコット!!」ヘレンは焦って牽制する。
「恥ずかしがらない恥ずかしがらない!学校のみんなも認める2体だからね!茶化して当然さ!」スコットは笑いを堪えている。
「もう!」
 一瞬、沈黙が支配する。
「………あはは、あははははははははは!」
「………ふふ、ははははは」
 2体は同時に笑い出した。暗くなりつつある道に明るい声が響き渡る。
「……お店はもうちょっと頑張るわ」ヘレンは言う。
「君がそういうなら、大丈夫かな。でも、何かあったらすぐにビクター君や僕に相談しなよ?」スコットは言った。
「うん。ありがとう」ヘレンは礼を言った。
 暗くなるにつれて気温は下がり、涼しい風が吹いてくる。ヘレンの隣には吹雪の元があるが。
「へえ、ここがヘレンちゃんの住処なんだ。初めて見たよ」
 目の前に口を開ける洞窟の入り口を見ながらスコットは言う。
「送ってくれてありがとう。スコットも帰り道気を付けてね」
「大丈夫さ。主人の方針で耐久型に育てられてるから、ちょっとやそっとじゃやられないさ」スコットは苦笑する。
 別れの言葉を言って2体は別れた。
 ヘレンはスコットに向かって手を振る。
「相談…か。するべきなのかな」
 空には宵の明星が輝いている。天に散らばりつつある宝石を目に留めつつ、ヘレンは洞窟の中へと入っていった。

 4
 朝の常連客が団子の購入を済ませ、だいぶ時間が経った昼。ヘレンはショーケース内に椅子を持ちこんでスイーツ関連の雑誌を読んでいた。
「何か参考にするのか?」ビクターが聞いてくる。
 内容とはかなり充実している。それぞれのスイーツの紹介から店の所在地、周囲の評価など。紙面には抹茶色をした『よもぎ草だんご』の特集が載っている。
「ええ。やっぱりわたしの作る団子って、どこにでもあるような味付けや色合いなの。だから、わたしの『色』を出せるような団子を作りたくて」ヘレンはページをめくりながら言った。
「今の団子じゃいけないのか?」と、ビクター。
「いけないことはないの。でも、わたしが経営してる団子屋って、『わたしの団子屋』じゃないの。繁盛してなければ、廃れているわけでもない。無難が悪いわけじゃないんだけど、無難にしても『わたしの団子屋』を営みたいのよ」ヘレンは主張する。
「なぜ、急に?」ビクターが疑問を口に出す。
「赤…こほん。わたしが今やってる団子屋って、言っちゃうと、お金のためとか家計の足しとか、そういうことで営まれている店と大差ないの。わたしは、売れなくても好きで団子屋をしてるから…。もちろん、普通の団子が嫌いなわけじゃないの。だからこそ、普通の団子に失礼じゃない経営をしたいの。それだからって新商品っていうのは安直な考えだって分かってるけど…他に思いつかなくて」
「そうか」ビクターは胴体を前後に揺らした。「ヘレンが創作するヘレンの団子か。俺も楽しみにしておこう」
 ヘレンは一瞬眩しい笑顔をビクターに向けるが、すぐに顔に悲しさが混じる。
「でもね…。やっぱりわたしが思いつくような団子って、大抵世の中に出ちゃってるの。みんなおいしい団子を作ろうって頑張ってるのが分かるわ。それに、例え新商品が出ても、売れるかどうかは分からないわ。もしかしたら、製作費さえ無駄にしちゃうかも。いっそ、このまま無難に続けた方がいいのかなって、思ったりもする」ヘレンは淡々と言い放つ。
 ビクターは無表情にヘレンを見ていた。椅子の上に力なく座っているヘレン。おもむろに、ビクターは左の触手を持ち上げ、ヘレンの短い左腕にそっと巻きつける。
「え…?」ヘレンは驚いた様子で左腕とビクターを交互に見る。
「………」ビクターの目が大きく震えている。店先で礼を言おうとする時以上に、激しく、小刻みに。

「…俺がついている」ビクターは言葉を吐き出した。

 ヘレンは意表を突かれたように目をしばたたかせている。
「ヘレン、俺がいる。なにがあっても、俺がついている。やりたいことをやれ。後悔しないように」
「ビクター…」ヘレンは思わず言葉を失う。
「ヘレンの団子のような体にあるメンタルは、もっと強いはずだ」
 ビクターは相も変わらず無表情である。だが彼なりに励まし、勇気づけてくれていることは確かだ。台詞を言っているうちにもビクターの目の速度は上がり続けている。
「…そうね」ヘレンの顔から悲しみが消える。「うん、分かった。もう少し頑張ってみるわ」
 
 ヘレンの言う『売れない団子屋』という言葉は少々語弊があったようだ。いつもの夕方、子供たちが友達や家族や隣近所を総勢で引率してきたのである。想定していなかった忙しさにヘレンはてんてこ舞いの忙しさを強いられた。その間、ビクターが目を震わせながら子供たちに触られていたことは言うまでも無い。
 そういった大きな波を挟みつつも、ヘレンはスイーツ系、特に和菓子や駄菓子の部分をずっと読んでいた。ショーケースの内側で決して難しい顔をすることなく、どちらかと言えば軽い読書をしているような表情で読んでいた。
 当然、心の中は多種多様の考えが巡りに巡っていた。時には目をしかめたり、口を横に引きつらせることもあった。しかしそれは一瞬で、気が付けば普段の微笑みが戻っている。常に笑顔を、これが彼女の生活様式だった。

「ぐ……」
 いつものように夕方の接客を終え、店仕舞いも間近といった時間。どこからともかくビクターのうなり声が聞こえてきた。
「…?ビクター?」
 ヘレンは雑誌を閉じ顔を上げた。
 目の前には確かにビクターがいた。頭の上のトゲにお盆をバランスよく載せ、更にお盆には2杯のお茶と何かしらが蒸されたような物体が対角線上に載っていた。
 ビクターはツボツボも驚く鈍足で、トゲの上に茶菓子セットらしきものを載せてヘレンの元へ来ようとしていた。
「ビ、ビクター!?」
 ヘレンは慌てて立ち上がる。しかし。
「待て」ビクターは目どころか声まで震わせてヘレンを制止した。「そこで待て」
 ヘレンは驚いた面持ちでその場に止まった。ビクターはかなり危なっかしく前進していた。トゲの上のお盆は不安定に揺れ、盆の上のお茶は揺れるたびに水面を波立っている。
 ただでさえ不安定にもかかわらず、ビクターの歩行手段と言えば当然3本の触手。右触手、左触手、後ろ触手の順に1本ずつ、静かに踏み出している。
 ヘレンが見守ることおよそ5分。10メートルも無い距離をやっと進み終えたビクターは、後ろ触手でお盆を押し、ショーケースにスライドさせて載せた。
「茶をいれて、団子を蒸してみたんだが」と、ビクター。
「え…」
 ヘレンは目の前のお盆の上を見た。焼き物のコップに入れられたお茶はまだいいとして、問題なのはその隣の台形の物体だ。台形をした円柱のようなものが串に3個刺さっているものである。
「すまない。やっぱり、俺が団子を作るとそういう形になる。形は悪いが、食べてみてくれないか?」ビクターは言った。
 以前団子を作ろうとしてこの形のものができたことはヘレンも覚えていた。団子というにはあまりにも滑稽だ。しかし丸くしようとした努力は垣間見えた。このまえの台形よりかは心なしかましになっているように見える。
「ありがとう、ビクター」ヘレンはビクターの側面に軽く口付けをした。
 ヘレンは台形の刺さった串を掴む。団子としては変な形をしているが、彼女に抵抗はなかった。白く艶やかな手は串を掴み、口にゆっくりと運ばれた。
 口に広がる味。いや、味と言えるだろうか。辛くもなく苦くもなく甘くもなくすっぱくもなく渋くもない。しかし、何かしらの味を感じている。
「おいしい…。なんだか、不思議な味。こんな味の木の実、あったかな」ヘレンは考え込む。
「木の実は使ってない」ビクターは言うと、左触手のを持ち上げ、4本の針からなるスパイクの部分をヘレンに見せた。「鉱物質」
「鉱物質?」ヘレンは繰り返す。
「ミネラル。ナットレイはこのトゲから養分を吸収して生きているんだ。そして不要な部分を再び出す。ナットレイにとっては不要だが、ヒトや他のポケモンにとってはいい栄養源になると主人が言っていた。それを染み込ませた」ビクターが説明する。
「へえ、そうなんだ」
 ヘレンは相槌を打ちつつ2つ目の団子を口に運ぶ。木の実では味わえないこの味覚。どの味にも属さないが、ヘレンは頭の中に1つの天啓を見出していた。
「もしかしたら…いけるかも」ヘレンは呟く。
「…いける?」ビクターが聞く。
「ええ、そう!わたし達の知るどの味にも属さないこの団子!わたしとビクターにしか作れない団子よ!」ヘレンは興奮気味に言う。
「俺とヘレンにしか作れない団子…」と、ビクター。
「もしかしたら…うまくいくかもしれない!」
 ヘレンは最後の1個を勢いよく口にいれると、足早に作業場へと向かっていった。お盆の呪縛から解放されたビクターもマイペースに着いてゆく。
「だが、大丈夫なのか?俺が作る団子は到底団子とは言えない代物なんだが」ビクターは聞いた。
「そうね。でも…それも1つの個性だと思う。周りの反応が気になるけど…大丈夫!わたしとビクターならいけるわ。やってみない?」
 ビクターの目が小刻みに震えはじめた。その表情のままビクターは言葉を紡ぐ。
「ヘレンがやるというのなら」
 ヘレンはにっこりと笑顔をこぼした。そして作業場の隅においてある小麦粉の茶袋を見据えた。
「さあ、作りましょうビクター!」


 5
 生地に針が回転しながら突き刺さっていき、台形が生成される。ロックカットによって高速化したビクターは、胴体を床に置いて3本の触手を総動員させて団子を作っていた。
 ヘレンはといえば店先で接客をしていた。ショーケースの先に『近日新商品発売!』と書かれた広告を張り、客の目を引いていた。
「あら、新しい団子がでるの?」常連のOLの女性が聞いてくる。
「はい!近日発売です!ご期待ください!ヘレンは大きな声で宣伝する。
「それじゃあ、期待しちゃおうかな。楽しみにしてるわね」女性は微笑みつつ、いつもの団子セットを買って帰っていった。
 今まで過ごしてきた日常。今日違うことは、隣でビクターが目を震わせていないこと。今も作業場でせっせと触手を動かしている。
 ヘレンは特に何も言うことなく、ビクターに団子づくりを任せている。
 作業場からは荒ぶる触手の音が引っ切り無しに聞こえてくる。
 物陰からそっと覗くと、ビクターはやっぱり無表情で3本の触手を裁いている。疲労の様子も見せず、一心不乱に団子を作り続けている。

「ヘレンちゃん!」時間が経った頃、聞き覚えのある声が聞こえる。
「スコット!」
 ショーケースの前には見知ったバイバニラが佇んでいた。
「話は聞いてるよ!せっかく新商品を作るんだ!この際宣伝しようよ!」スコットが左隣を指す。
 スコットの左隣の地面にいる1体のポケモン。全体的に肌色で4足歩行、尻尾と耳は葉のような様相をしているポケモン。首には小さなポシェットがかけられている。
「初めまして、ヘレンさん。ナトラクル・リーフィオンと申します」そのポケモン、リーフィアはナトラクルと名乗ってお辞儀した。
「どうも、初めまして」ヘレンも倣ってお辞儀する。
「よもぎ草団子を作っている店の総代表だよ」スコットが言う。「古い仲でさ。力になってくれると思って」
「まあ…!あのよもぎ草団子の!?」ヘレンは驚く。
「お話がしたいのすが…時間は大丈夫ですか?」ナトラクルが聞く。
「は、はい!この時間はあまり来ない時間帯なので大丈夫です」ヘレンは答える。
「じゃあ、お邪魔しますね」ナトラクルは礼儀正しく頭を下げた。

 作業場の隅に板を置き、その上に2つ皿が置かれる。オボンの団子とオレンの団子が2つずつ載っている。
 そしてその隣にもう1つの皿。ビクターが作っていた生地を蒸し、串に刺したものだ。流石にナトラクルの分は串に刺さっていない。
 板の両側に、ヘレンとビクター、スコットとナトラクルが隣り合い、向き合って座っている。
 まず初めに、ナトラクルはオレンとオボンの団子を1つずつゆっくりと味わう。顔を下げて香りを嗅ぎ、1口で食べる。
「なるほど、いい団子ですね。こんな田舎じゃなかったら確実にもっと売れていたでしょう。生地の弾力も申し分ない。なにより、あなたの『気持ち』が団子を通して伝わってくる。今、ぼくの団子に不足している唯一のものですよ」ナトラクルは笑って絶賛する。
「あ、ありがとうございます!」ヘレンは頭を下げる。ビクターは無表情に目を震わせている。
 次にナトラクルは台形の団子に目を付ける。顔を極限にまで近づけ、臭いを嗅ぎながらじっくりと見る。そしてその顔は驚愕の表情に染まり、1つをさっと口に入れた。
「すごい…。蒸したての香り、そして味と共に今までなかったものです。こんなものがあるなんて…」ナトラクルは自分の舌が信じられないようだ。
「うん、確かに今までになかったものだ。でも…」スコットは向かって左の顔で台形を食べながらナトラクルを見る。
 ナトラクルはしばらく驚愕の表情をしていたが、やがて険しい表情になった。眉間に皺を寄せながらヘレンに目を向けた。
「しかし…。残念ですが、これではとても団子には見えません」ナトラクルは言い放った。「たとえ安くても、失敗作の安売りというのが、誰もが持つ印象でしょう」
「そんな…!」ヘレンは思わず声を漏らす。
「香りと味に問題はありません。むしろ、合格というのも馬鹿馬鹿しいくらい合格を超してます。でも、この形では普通売れません」ナトラクルは続ける。
 ヘレンはビクターと目を合わせる。ビクターは未だに目を震わせ続けている。
「でも、貴女は自分の団子を作りたい。貴女が好きな団子を、貴女が世間に示したい。そうですね?」ナトラクルが聞く。
「はい!」ヘレンは間髪いれずに返事する。
「俺達しか作れない団子だ」ビクターが言う。
「そうですか…。それじゃあ、それを補え得るのは…商品名です」ナトラクルが言う。「あえてこの形にしているんだと、周囲に納得させられるようなネーミングが必要です」
 ヘレンは皿の上に残った台形を見る。
「ナトラクル、それは難しいと思うな。この形はやっぱり団子としては異常だよ世の中がどう反応するのか分からないけど」スコットが言う。
「ヘレンさん、ぼくはスコットとは旧知の仲です。彼が推薦したこの店は、今やぼくが国中に推薦したい店です。でも、有名なところが推薦したって、その後のことはヘレンさんに任せるしかありません。名前を決めて、ぼくの元まで知らせてもらえますか?」
 ナトラクルは首に掛けてあったポシェットのファスナーを口で開き、小さな紙切れを口でくわえて取り出す。ヘレンがそれを受け取ると、ナトラクルの名前と会社名、連絡先が書かれてあった。撥水仕様らしく、くわえられいてたにもかかわらず湿っていない。
「ヘレンさん。これはぼくの勘でしかありませんが、貴女なら大丈夫であるきがします。少なくとも、ぼくはそう信じています。それでは、ご連絡をお待ちしております」
「は、はい…」
 ナトラクルはお辞儀をし、作業場からすたすたと出ていく。
「ヘレンちゃん。ありきたりな言葉しか出せないけど…頑張って」と、スコット。
「うん」
 スコットも名残惜しそうに出ていく。
 その直後。ヘレン達が名前を考える暇もなく、夕方のピークタイムが来たのであった。

「名前、か。もともとは失敗作だからな」
 ヘレンとビクターは台形の団子を2体で挟んで考え込んでいる。
 日は既に沈み、店内には白色蛍光が寒々しく光っているのみ。
「でも、わたしはいいと思ったの。常識的に考えて、やっぱりダメよね。こんなの」ヘレンは溜息を吐く。
 ヘレンは意気消沈した様子でいる。ビクターは無表情にヘレンと台形を交互に見る。
「…ヘレン」ビクターが声をかける。
「何?」と、ヘレン。
 ビクターはヘレンにゆっくりと近づいてゆく。やはり無表情に目を震わせながら。
「俺はヘレンが団子を作っている光景が慣れてしまった。そして今、俺はヘレンと同じように、いっぱしの団子を作っていると思っていた。確かに、俺の作るものは失敗作だろう。とても団子に見えやしないし、見える方がおかしい。だが、先にそれを商品化しようと言ってくれたのはヘレンだ。ずっと、手伝いらしきものを俺はできていない。なら、俺にも団子を作らせてほしい。俺にしか作れない団子を」
 ヘレンはビクターの目を見据える。今までも頼りなかったわけじゃない。だが、今のビクターは今まで以上に頼れそうに見えた。
 ビクターは左触手を持ち上げ、スパイクの先で台形を指す。
「これが、ビクター・フェロソーンにしか作れない団子だ。ストーンエッジの石の中に混じってそうな形をしているが、間違いなく団子なんだ」ビクターは主張した。
「ビクター…」ヘレンはとっさに目を拭い、笑顔を見せる。「ありがとう」
「名前、決めるか?」
「ええ」
 2体は互いに頷き合い、台形を見る。何度も繰り返すが団子には決して見えないこの形。着色次第では誰も食べなさそうなこの形。
 失敗作から派生したこの団子は、何をどう見てもやはり失敗作にしかみえない。それこそ、ビクターが先ほど言ったようにストーンエッジに混ざっていても不自然ではない。
「…ストーンエッジ」ヘレンはぼそっと言った。
「どうしたヘレン?」ビクターが聞く。
「この団子…ストーンエッジ、なんてどうかしら?」と、ヘレン。
 ビクターは素早くヘレンの方を向いた。ヘレンは自信に満ちた様子で、目がらんらんと光っている。
「わたしとビクターにしか作れない団子、ストーンエッジ。その名の通り、ストーンエッジの中に混じっていそうな外見が特徴!わたし達、ヘレンとビクターが作った珠玉の1作!」宣伝文句のようにヘレンは言う。
「………」ビクターは何も言わずにヘレンを見つめている。
「ゴローニャとナットレイがいる店だから、そんなに不自然でもないと思うの。異様な形の団子、食べてみると今までにない不思議な味わい。大丈夫、きっと…」
 ヘレンは問いかけるようにビクターを見た。ビクターの目の揺れはいつにも増して激しく、小刻みだった。
「ヘレンが決めたのなら、俺はいい」ビクターは言った。
 ヘレンはにっこりと笑顔を見せる。すぐに顔を引きしめ、既に引き戸の閉まった店先に目をやる。そこに置かれている1つの黒電話。ヘレンは頷くと、ゆっくりとそちらへ歩いていった。

 ヘレンは受話器を置いた。ナトラクルからは眉唾ものの解答が返ってきた。後はヘレン達次第。
 元の場所に戻ると、ビクターがぼうっと佇んでいた。その目は、今は揺れていない。
「ビクター?帰らなくていいの?」ヘレンは聞く。
 ビクターは何も答えずヘレンの方を見た。今までとは何か違う、真っ直ぐとした目だ。
「そうだ、ナトラクルさんに相談したんだけどね。試験的な意味で、雑誌社と掛け合ってくれるって。大きな期待を背負うだろうから、裏切らないようにって」ヘレンが言う。
「そうか」ビクターが相槌を打つ。
「もうちょっと作らなくちゃいけないわね…。ん?ビクター?」
 ビクターはヘレンの前に来ていた。無表情な目でじっと見つめてくる。
「お前は、俺が好きなのか?」ビクターが突然聞く。
 あまりに突然だったのでヘレンは回答に詰まってしまう。
「え…?」
 ビクターは左の触手を持ち上げ、ヘレンの体にスパイクを触れさせる。
「俺はお前が好きだ」ビクターは手短に言った。
 ヘレンの頭に一種の閃光が走る。まるで目が覚めたような、眠っていたような。
 何より、体が、顔が熱い。
「ビクター…」ヘレンは顔を崩し、笑顔を見せた。
「俺も、お前も、今まで何も言ってなかった。いつの間にか、付き合っていた。だが、俺にはその意識と勇気がなかった。今、ヘレンと同じラインに立てた。だから、今言おうと思った」ビクターは淡々と言った。
 ヘレンは目の前のナットレイをまじまじと見つめた。110キロの巨体を支える屈強な触手。トゲトゲとした体はいつにも増して輝きを増し、顔にはやや朱が混じっている。
「ふふっ」ヘレンは笑う。「わたしも、あなたが大好きよ。ビクター」ヘレンは言う。
 2体の間に距離は無い。付き合ってかなりの年月がたった今になり、2体はようやく互いの思いを伝えられたのではないだろうか。
 ヘレンはビクターの体に両手でそっと触れ、ビクターの真正面から口付けをした。
 ビクターは種族上、口がない。しかし、ヘレンの口を味わうように目をつぶっていた。
 ビクターから口を離す。目の前にいたビクターは、無表情ではなかった。目を山なりにして作られた、ビクターの笑顔がそこにあった。
「ビクター…」
「ヘレン…」
 2体は互いに距離を詰めあう。そして、ビクターの左触手に静かに力が入れられた。


 時は過ぎて1週間。ヘレンの店が雑誌に小さく特集され、新商品の発売も本日に迫った日。
 朝からビクターはロックカット状態で『ストーンエッジ』を作り続けていた。ヘレンは店先に張り出すチラシを作っている。

新商品ストーンエッジ発売!ご注文の際は『エッジください』でどうぞ!


 ヘレンは満足げに頷き、店先に出ようと引き戸に手をかける。
「…え?」ヘレンは自分の目を疑った。
 合間から微かに見えるのは、店の前でひしめき合うポケモンやヒトの集団。
「ビ、ビクター!」
 ヘレンは大慌てでどすどすと足音を立てながら作業場へ走っていく。
「ん?どうした?」
 ビクターは『ストーンエッジ』の生地をスパイクでいじくりながらヘレンに向き直る。無表情ではなく、常に笑顔だ。心なしか、やけにくねくねしている印象すらある。あの日からずっとそうだ。
「そ、外にお客さんがいっぱい…」ヘレンは引き戸を指しながら言う。
「そりゃそうさ。ヘレンがかわいいからみんなが来ちまったわけだよ」まるで飲酒したヒトのような口調でビクターは言う。
「もう、ビクターったら!」ヘレンは赤面する。
「もうちょっと待ってくれよ。これでちょうど1万個だ」
 ビクターは生地を作り終わると、弾き飛ばすような感覚で生地をスパイクではたき、蒸籠の中にヒットさせる。
「ヘレン、普通の団子も作ってあるんだよな」ビクターは聞く。
「もちろんよ!団子は『エッジ』だけじゃないもの!全部多めに作ってあるわ!」ヘレンは答える。
「そうか。あとはこの『エッジ』が蒸し上がるのを待つだけだな」ビクターが言う。
 蒸し上がるまでの間、ヘレンは団子をショーケースに並べる作業に入った。今日はビクターには手伝ってもらわず、『ストーンエッジ』のストックを作ることに専念してもらった。
 いつもよりきれいに並べることを意識して1つずつ入れていく。最後のお盆を入れ、串を置いた頃。
「できたぞ」
 ビクターが高速で『ストーンエッジ』を載せたお盆を頭上のトゲにバランスよく載せてやってきた。ヘレンはすぐさま取り、ショーケースで1番スペースを取っている場所、真ん中に並べていく。
 ビクターはその間に引き戸の隙間から外を見て、ゆっくりと体を上下させる。
「千客万来だな」ビクターが言う。
 ヘレンがビクターの隣に来る。その顔は今までにも増して快活で、生気に溢れている。
「こんなにたくさんのお客さん初めて…。夕方の子供達もこんなにいないわ…。でも、わたし達なら大丈夫よね?」ヘレンは誰ともなく言う。
「ああ、大丈夫だ。絶対に」ビクターが断言する。
 ヘレンとビクターは互いに目を合わせる。嵐の前の静けさに、2体は体全体を上下に揺らす。
 ヘレンは3本の指からなる手をゆっくりと引き戸にかけて深呼吸をし、勢いよく引き戸を開けた。

「いらっしゃいませ!」


 END


 あとがき
 ま た 鉱 物 か
 書きたかったんだからいいじゃないですか!
 確かにまあ、2回連続で鉱物ものはどうかなぁって一瞬思いましたけど!一瞬しか思ってません!w
 その実、去年の大会の終わりごろには、この第4回仮面小説大会に出す作品として既に決めてました。
 決めてたと言っても題名と大まかな内容だけで、1文字でも進めていたわけではないです。
 
 結果はなんと、4票で3位!デビュー時と同じ順位です!やったー!!

 作品について
 気付いた方もいると思いますが、この作品は終盤でかなり駆け足になってます。怠慢や遅筆で急ぎ足になってしまいました;もっとゆっくり穏やかに進められていれば3万とか4万文字と進んでもっといい感じになったはず。後の祭り。
 ストーリーと登場ポケモンについては満足しています。脇役は結構直感で決めましたw

 キャラクター
 ヘレン  Heren・Golem
 物語の主人公。シンプル(←安直ではなく)な名前ですが、このwikiでこの名前が使われたのは初めてのはずです。
 ゴローニャにした理由はかなり単純です。
 去年の夏ごろ実家に帰る機会があって、そこで団子を食べたんですね。それで、その団子を見てゴローニャを連想したからです。
 丸いポケモンって他にもたくさんいるんですよ!?でも1番最初にゴローニャを連想したんです!
 そこから派生して、この物語の基盤ができ、ヘレンという女の子が創造されました。
 目標は「ゴローニャをかわいらしく見せる」ことでした。できたかどうかは微妙です。皆さんで評価してください。

 ビクター Victor・Ferrothorn
 ヘレンの彼氏として登場させたキャラクターです。シンプル(←安直ではなく)な名前ですが(ry
 ゴローニャの彼氏としてポケモンを選ぶわけだったので、かなり悩みました。最終的にナットレイとイワパレスの2択になり、ナットレイにしました。
 ナットレイの歩行が不可解すぎて、物語ではほとんど触れられませんでした。ホント、なんであんなふうに地面に立つんだろ…。

 スコット Scott・Vanilluxe
 執筆中に突如として頭に紛れ込んできたキャラクター。シンプ(ry
 バイバニラでなくてもいいポジションなので、バイバニラであることでどんな会話や風景になるかなって僕なりに想像しながら書きました。ちなみにバイバニラはバニプッチ時に電磁浮遊を遺伝するので、浮いてることに違和感は感じないでくださいw
 そういえば、南極に初到達したヒトもスコットさんという方でしたっけ?あんまり意識はしてませんでしたが。

 では、コメントを返させて頂きます!

 >>いろんな意味でご馳走様ですw ナットレイとゴローニャの特徴がしっかりと描かれつつ物語の展開にも活かされている点を評価します。素朴な味わいながら美味しかったです!

 ご馳走下さってありがとうございまーすw。やっぱりポケモンを出すからには、特徴を書いて動かしていくことが大切だと思うんですよね。今回は特に動かしづらい2体だったので苦労しました;あまり描写できた自信はなかったんですが、そういってもらえると嬉しいです!

 >>話の起承転結や、チョイスしたポケモンの所作の描写。最後のオチやタイトルの回収など、すべてがとてもよくまとまっていた作品だと思います。
誰も使わないような鉱物系のポケモンでお話を作るという貴方の作風、もしかしたらカ……などと思いながら読ませていただきました。
難があるとすれば人間の存在が確認されているので、それを話に絡めていければよかったのですが、結局存在が確認されているだけで登場はしなかったことでしょうか。
無理に人間がいる世界観でやる必要があるわけでもありませんし、いっそのことポケダン的な世界観でもよかったんじゃないかとは思います。

 うひょーい、ばれてたーw
 そうですそうです、やっぱり所作は大事なんです!これが無いと、名前だけでどんなポケモンでもokみたいになっちゃいますから、そういう風には絶対ならないように心がけました!
 人間は…、すいません、2名ほど脇役っていうのは流石に無理がありますよね…。ポケダン的世界観でも確かに違和感は無いんですが、ポケモンだけしかいない世界だと、どうしても家だとかそういう技術が必要なことに違和感を感じてしまって…。これから慣れていきます。
 ひょっとしたら次回も誰も使わないようなポケモンで…?

 >>全体的にほのぼのした雰囲気が何とも和みました。
  あまりwikiではスポットが当てられないポケモンを上手に動かす表現力はさすがですね。
     
     
   
   
 和やかな雰囲気は僕も大好きです!田舎の雰囲気を取り入れてほんわかとさせることに成功しました。
 表現力のほうはお褒め頂き、ありがとうございます!これからも精進しようと思います!

 >>読みやすく、ほのぼのとした感じがよかったと思います。

 ほのぼのは正義ですね!あまり意識はしていないんですが、みなさんが読みやすいと言って下さるたびになんだかほっとします。


 コメント、投票、ありがとうございました!!

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*1 この時、ナットレイは右触手と後ろ触手だけで立っているわけだが、どう考えてもこの2つで110キロの身体を支えられるか疑問である。そもそもこの重さにも関わらず、ナットレイの触手はなぜか胴体の上から生えている。もともとぶら下がるポケモンであるため歩行は不必要なはずだが、スクランブルとか立体図巻とか見る限りどう考えても歩行している。そのため、触手2本、そして1本でもこの巨体を支えられる驚異のバランス感覚を持っていると断定した

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Last-modified: 2012-04-10 (火) 00:00:00
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