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おわりのつづき

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おわりのつづき 

作:COM

 しんと静まり返った暗い部屋の中、主人を待ち続けてソファと温める一匹のグラエナの姿がそこにあった。
 暗い部屋も、静かな環境も既にグラエナにとっては慣れ親しんだ光景だが、かといって満足もしていない。
 できることなら昔のように野山を駆け回り、主人の命に従って熱いバトルを繰り広げていた日々に戻りたいと思ったことは、寝て起きた回数と同じかそれ以上だろう。
 かといって野生に戻る気概もない。
 今の暮らしが嫌いなのではなく、少々不満があるというだけだ。
 そのグラエナが主人と旅をしていたのは既に数年程も前になるが、その頃は毎日が新鮮で血湧き肉躍るような煌く日々そのものだった。
 ポチエナだった頃に主人に出会い、生まれて初めてのバトルに怯えながらも必死に戦い、結果主人に捕まえられることとなり、初めは困惑ばかりだった。
 しかしそんな怯えるポチエナを主人は優しく撫で、沢山話しかけ、決して恐ろしい存在ではないのだと教え、遂にポチエナは心を許した。
 『くつした』と名付けられたポチエナは、主人に慣れてゆく内に持ち前の元気さを取り戻してゆき、程なくして優秀なパーティの戦力として活躍するようになったのだ。
 後から増えていった仲間達とも仲良くなり、自分が最初に感じていた不安を少しでも和らげようと気さくに話しかけ、気が付けばくつしたはそのパーティになくてはならない、ムードメーカーとなっていた。
 グラエナに進化した後もくつしたは強く優しく有り続け、主人からも信頼を置かれる正に理想の存在だっただろう。
 くつした自身がそうなる事を望んでいたこともあるが、主人がそんな期待をくつしたに向けていた事も大きかっただろう。
 艱難辛苦を乗り越えて、遂にはその地方で最強と謳われるトレーナーとそのポケモン達と激戦を繰り広げた。
 その最中くつしたは善戦し、チャンピオンのポケモンを二体も地に伏せさせたが、その次でくつした自身も戦闘を続行することができないほどのダメージを受け、次に気が付いた時には、嬉しそうに喜ぶ主人の顔と、皆の笑顔に迎えられた時だった。

「また同じ夢を見てたか……」

 目を覚ましたグラエナはそう独り言を零し、大きな欠伸を一つして体を伸ばしてソファから飛び降りた。
 夜目の効く瞳で暗い部屋のデジタル時計が表す時間を見つめると、もうそろそろ主人の帰ってくる時間だ。
 昔のくつしたにとっての日課は走り込みを数十往復と、仲間との模擬戦が一〇セットだったが、今の日課はこのぐらいの時間になると玄関に移動して主人の帰りを出迎えることぐらい。

「ただいまー!! くつしたー!! 今日も出迎えに来てくれたのかー!! 嬉しいぞー!!」

 そう言って大好きな主人から満面の笑みと共にもみくちゃにされることに喜びを覚えていた。
 昔のくつしたならば鳴き声の一つでも上げただろうが、この時間に吠えるのはご近所迷惑だ、と今は自重している。
 それでも体全体で喜びを表す事自体に変わりはない。
 くつした以外にも旅の仲間達は暗がりの中休んでおり、部屋の電気が点くと同時に彼等も主人の帰宅を感じ取って動き出した。
 それぞれ主人に頭を撫でてもらって気持ちよさそうに至福の笑みを浮かべ、順に行動を開始する。
 特に主人の手持ちはくつしたのように夜行性というわけでもないが、やはり信頼している人物が傍に居るか居ないかという差はそれだけで行動力に影響を与える。
 今のくつしたの主人は冒険の旅を終え、一処に居を構えた生活に落ち着いた。
 しかしポケモントレーナーを辞めたわけではなく、寧ろエリートトレーナーとして活躍する日々だ。
 地元で主人の名を知らぬ者は居らず、かといって何処かのジムに所属するわけでもない、謂わば大会に必ず参加するリーグトレーナーだ。
 その戦績は華々しいもので、かつてはくつしたと共にリーグ戦で優勝を果たし、期待の新人として大きく取り沙汰されたりもした。
 なら今はどうかというと、その人気は衰えることなく、チャンピオンに引けを取らない強豪トレーナーとしてその地方のトレーナー達からは一目置かれるほどの存在だ。
 しかしそうともなればより勝ち続けるために特訓し、パーティの構成を考え直し、勝ち続けるための最善のポケモンに変わってゆく。
 その過程でポケモンを道具のように捨ててしまうトレーナーも少なくはないが、その点彼は変わることはなかった。
 ただ、その付き合い方は間違いなく変化しただろう。
 名立たる猛者達との激闘に備え、主人は今の手持ち達と日夜技を磨き、己を鍛えている。
 そして帰ってきた後、料理を作り、全員に振舞ってから主人の癒し要因としてくつした達は存在している状態だ。
 皆でテレビを見たり、試合の記録を振り返ったり、今の手持ち達と共に軽く遊んだり……。
 戦うためのパートナーはもう昔の事で、今は正に老後とでも言うような生活となっている。

「お兄ちゃん! ただいまー!」

 そう言って主人のモンスターボールからブースターが飛び出し、くつしたに飛びついた。
 厳しい特訓の後で疲れているはずだというのに、そのブースターからは疲れの色など露ほども感じさせない。

「お帰り。みかん。ただ暑いからあんまりくっつくなよ」

 くつしたは嬉しそうに駆け寄ってきてもふもふと豊満な胸毛を擦りつけて喜びを表現している、みかんと呼んだそのブースターに対して、特に抵抗などはせずにそう言った。

「なんでー!? まだ夏じゃないもん!! みんな嫌がらないもん!!」

 するとみかんは驚愕の表情を浮かべ、天敵でも見つけたかのように後ろに飛び退いてそうくつしたへ文句を言った。
 炎タイプのみかんは見た目よりも体温が高いため、夏場は本人は元気だが、一緒にいるポケモン達を辟易させるほど暖かくしてしまう。
 そのため本人も夏場は控えているが、まさか梅雨時期にそんなことを言われると思っていなかったのか、随分と鶏冠に来たようだ。

「それよりも風呂だ。泥だらけだろうに」

 一つ溜息を吐きながらくつしたがそう言葉を返すと、餅のように膨らんでいた頬が一瞬で頬痩けたのかと思うほど萎んだ。

「嫌だー!! 私は汚くないもん!! 水なんか浴びたくないもん!!」
「お湯だお湯」

 炎タイプということも相まってか、みかんは大の風呂嫌いだ。
 飛び出したみかんが逃げ回ることを既に察知していた主人は逃げ出すよりも先に捕獲し、絶望した表情のまま風呂場へと消えていった。
 風呂場からは悲鳴と共にドアをガリガリと擦る爪の音が聞こえたのは言うまでもない。
 暫くの後、随分と不貞腐れた様子のみかんは他の今の手持ちのポケモン達と共に綺麗になってリビングへとやってきた。
 きちんとドライヤーで乾かされたこともあってみかんの毛並みはふわふわ、シャンプーの嫌味のない香りがして思わず顔を埋めたいと思える程だ。

「泣くな泣くな。仮にも今のご主人の主力メンバーだろうに」
「……だってお風呂嫌いだもん」

 既にいつもの事となったが、風呂上がりのみかんを慰めるのもくつしたの仕事だ。
 くつしたとみかんは別に血の繋がった兄弟ではない。
 元々の手持ちだったくつしたが世界中のトレーナー達の集うトレードセンターという所に行き、手に入れてきたイーブイだった。
 生まれたばかりということもあって最初はくつしたが世話をしてやっていたこともあり、みかんにとっては正に兄のような存在だということもあり、名前で呼ぶことは殆どなく、親しみを込めて『お兄ちゃん』と呼んでいる。
 他の今の手持ち達も同じく、元々旅をしていた頃の手持ち達に育てられたこともあって非常に仲が良く、種族は違えど本当の兄弟のように家では接している。
 だからこそくつしたは負い目を感じていた。
 兄貴分として最初は様々なことを教え、戦闘のいろはも教えたというのに、みかんや他の新しい仲間達は自分達と比べると圧倒的なまでに伸び代が違った。
 何ヶ月も特訓し続けて手に入れてきた様々な力や知恵をその子達は一ヶ月も掛からずに手に入れ、もうとうの昔に自分達の全盛期を軽く飛び越えた強さにまで至っている。
 本当ならば見下されてもおかしくはない程の実力差や、例え今から自分が命懸けの特訓をしても決してひっくり返らないという地力の差を見せつけられた事がショックで仕方が無かった。
 それでもみかん達は自分達を慕い、兄姉としての敬愛の念を忘れていない。
 それがどうしようもなく悔しくて、夢に見るほど辛かった。
 恐らくその思いは互いに気が付いているからか、ポケモン同士での会話の中にバトルの事は殆ど話題にすら上がらない。
 新たな手持ち達は他愛のない話をして、少しでも負い目を感じさせないようにしているし、同じように旅の仲間達はそう思わせている事を不甲斐ないと感じている。
 その不安は当然主人にも感じ取られていた。
 バトルの内容を見返す事はあまりなくなり、家にいる時はただ楽しそうにみんなで戯れることが日常茶飯事になっていた。
 だからこそ悔しかった。
 同じ土俵に立つことさえ出来るのならば、主人にも新しい仲間達にもこんな思いをさせなくてよかったと、今も奥歯を噛む日が多い。
 そして同時に、目の前にいる本当にバトルの才能を持って生まれた天才達との間に、決して超えることのできない壁を感じてしまったのが、もどかしくも解決することのできない重りとして自分の心に巻き付いているのを、ひしひしと感じてしまう。
 暫くもしない内に、旅の時の手持ちの何匹かは今の境遇を受け入れ、皆が楽しく暮らせるようにすることを信条にする者もいたが、やはり遠い昔の記憶ならまだしも、まだ数年程度の出来事に昔と呼ぶには日が経っていないと諦めきれない者もいる。

「兄ちゃん聞いてた?」
「ん? ああ、悪い。ぼーっとしてた」

 また深く考え込みすぎていたのか、くつしたはネイティオのように深い瞑想の世界に飛んでいたが、それをみかんが呼び戻し、聞いていなかったことに腹を立てたようだ。
 食事を皆で済ませ、テレビを見ながら皆で談笑する時間。
 本当ならそんな何気ない一時にすら感謝するべきなのだと分かっている。
 くつしたも野生の頃から旅をしていた頃まで色んなポケモンを見てきた。
 自然界はとてつもなく厳しい環境だ。
 明日を生きられるかも分からぬ世界で生きてきたくつしたは主人の優しさに触れながら、同時に他のトレーナー達によって生まれてすぐに捨てられたポケモン達も良く見てきた。
 役に立てなければポケモンの価値など道具以下でしかない。
 そう割り切っているトレーナーもいる中で、ボックスに預けたポケモン達にも定期的に会いに行き、決してその愛情を忘れたことのない今の主人に出会えたのは正に奇跡だったことだろう。

「もう! 明日はポケモン大好きクラブの所にみんなで遊びに行くんだよ! 交流会も兼ねたバトルも軽くするんだって!」
「そうだったな。あんまり張り切りすぎるなよ?」

 久し振りのバトルの話題だったが、くつしたは既に何も思わなくなっていた。
 あれほど焦がれていたのに、いざそんな話題が来たとしても、『みかん達が戦う』と自然と考えるようになっていた。

『まあ……これでいいんだ』

 達観とも諦観とも取れる言葉を心の中でぼやき、一つ長めの鼻息を漏らした。
 主人が明日も早いと皆を寝かしつけ、くつしたも自らの寝床にしているクッションの上へと移動し、静かにまた眠りに就いた。
 それは少しばかり早い引退。
 まるで老後のような変化のない日々。
 それも全て織り込み済みで諦めたような、緩やかな死のような……優しく残酷な日々のように思えた。





     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇





「兄ちゃん。お兄ちゃん。もう寝ちゃった?」

 夜も更けた頃、充分過ぎる程寝ていたため眠りの浅かったくつしたの耳元にそんな小声が聞こえてきた。
 目を開けると眼前にはみかんの顔があり、目を覚ましたことに気が付くと嬉しそうに笑ってみせた。

「お前……寝なくて大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ! それよりもさ……兄ちゃん、悩んでるでしょ?」

 何に対してなのか主語の抜けたその質問を聞き、くつしたは一つ溜息を吐いてから首を横に振ったが、みかんは小声で驚いた声を上げる。
 どうも先程のやり取りでみかんは自分がくつしたを傷つけたと思い込んでいるらしく、何とかして自分の口から言わせようとしていた。
 だが、くつしたにとっては既に終わった話。
 今更議論するまでもない上、別段心に引っ掛かってもいない。

「で、でもさ! こういう時の仲直りの方法ってあるじゃん?」

 しかし、みかんは少々強引に話を進める。

「いや……仲直りも何も別に嫌ってなんかいないが? そんなくだらないことを気にするより自分の体調の事を気にしろ」
「も~! 朴念仁!」

 みかんは何処で覚えてきたのか分からない、少々難しい言葉を使ってみせるが、くつしたは呆れた表情を見せるばかりだ。

「お前な……言葉の意味もよく分かってないで使ってるだろう?」
「……知ってるもん。気付いてない異性に言う言葉だって」

 くつしたの言葉に対するみかんの返答は一拍置かれたものだった。
 しかもその言葉は普段素っ頓狂な事を言うみかんにしては珍しく的を得ていた。
 みかんの朱の頬は更に赤く染まり、妙に艶めかしい表情で彼の方へ視線を送っている。
 だからこそその視線は間違いだろう、と彼も最初は思い過ごそうとしていたが、続くのはただの間の悪い空気のみ。

「ねえ……お兄ちゃんは私の事……好き?」

 彼女の言葉は普段ならばすぐに二つ返事を返していたところだろう。
 だが今は余りにも状況が違いすぎる。
 その言葉が持つ言葉の意味が、その重みが余りにも違い、プレッシャーも放っていないはずの彼女の威圧感に思わず生唾を飲み込んだ。

「ば、馬鹿な事を言ってないで早く寝ろ!」

 不意打ちにいつもの調子が崩れた彼は分かりやすく狼狽し、無理に床に伏せようとするが、意識は下半身にも思わず集中してしまう。
 相手は我が子のように面倒を見てきた家族同然の存在。
 いきなり色香を使ってきたとしても揺らいではならないと彼は勝手に心の中で思っていたが、彼女はそうでもないらしく、無理に寝ようとする彼に寄りかかるように体重を預ける。
 風呂上がりの洗剤の匂いと共に、彼女の雌の匂いが漂ってくる。

「私にとってのお兄ちゃんはね、昔も今もとっても尊敬してる人でね、同時にとっても大好きな人」

 ぐいと体を寄せ、彼のマズルに彼女の小さな舌がちろりと触れた。
 それはただのグルーミングだったはずだが、彼にとっては全身の毛が逆立つほどの衝撃だった。
 体は麻痺したわけではなく、寧ろ寝ようとしていた脳を活性化させ、一点に血を集中させていく。

「ば……!? お前!!」
「あんまり大きな声出すとみんなが気付いちゃうよ」

 彼女に諭され、ハッとした彼はそっと周りの様子を伺うが、誰も目を覚ましてはいないようだ。
 落ち着くと同時に睨みつけるように彼女の顔を見たが、彼女の表情は今もなお妖艶さを漂わせている。

「ね? 私と卵を作って欲しいの」
「ね? じゃないだろ……! というか手持ちのポケモン同士は絶対に卵ができないぞ!」

 そう言うと、妖艶な雰囲気を醸し出していた彼女は急にスイッチでも切れたかのように元の様子に戻り、素っ頓狂な声を出す。
 どうも彼女の中ではそのまま事を成したかったようだが、どうにもあてが外れたようだ。

「え!? だって好きなオスとメスで交尾したら卵ができるんでしょ?」
「いや、モンスターボールの機能で卵が出来ないようになってる。そうしないとトレーナーの管理が追いつかないだろうしな」

 彼女の疑問に彼はすぐさま答えを掲示した。
 手持ちのポケモン同士でそういった事故を防ぐために、誤って手持ちのポケモン同士や他のトレーナーのポケモン、野生のポケモンと行為に発展したとしても卵が生まれないようにするためのリミッターが設定されている。
 育て屋などの一部機関ではそのリミッターを解除するための装置がある。というのを彼は以前主人からなんとなく聞いていたのを覚えていた。

「じゃあ……卵作れないの?」

 彼女はすっかりと意気消沈し、潤んだ瞳で彼を見上げるように見つめた。
 その姿に色気は無かったが、先程までの様子で既に彼の息子にも力が漲り、少々興奮していた所にねだるような表情は余りにも劣情を誘うものだった。

「……はできるが」
「何? よく聞こえない」

 口篭った言葉は上手く聞こえず、彼女は思わず聞き返すが、先程までの彼の様子とは打って変わり、随分とよそよそしい。

「卵は……できないが、一応交尾だけなら……できるが……」

 落ち込んだ様子の彼女も一転し、瞳を輝かせた。
 鼻息荒く体の上へ上へと這ってくるが、そんな他愛ない触れ合いでさえ今の彼には愛撫に等しい。
 短い艶のある息が彼の口から何度か漏れ出し、そうとは知らぬ彼女は普段戯れるように頬からマズルの先へと毛を逆撫でるように舌を這わせた。

「……今更聞くのもなんだが、なんで急にそんなことを切り出したんだ?」

 少々息を荒くしながら彼はそう問いかけると、舌を彼のマズルから離してニッコリと微笑んだ。

「お母さん! 好きな人ができたならすぐにヤルことヤって番になったほうがいい! って言ってた!」

 彼女の母親。つまり以前のトレーナーが育て屋に預けていたメタモン辺りだろう。
 普段から性が身近にあるポケモンでなければそんな言葉が出てくるわけがないため、彼は少々呆れながらもその逞しさは評価した。

「……だとしてもなんで俺なんだ? とうの昔にお前の方が俺よりも強くなってる。番にするんならもっと逞しいオスにした方がいいんじゃないのか?」

 そこで漸く彼はずっと抱き続けていた問いを彼女に投げかけた。
 認めたくなくても既に実力は彼女の方が上であり、主人からも頼りにされている。
 既に老兵に成り下がった彼からすれば、彼女が自分に執着する理由が兄だから以外に思い浮かばないのだ。
 だからこそその感情だけならば、このまま何事もなく一夜を終えた方がいい。
 そう考えていた。

「おにいちゃんはさ、尊敬できる人ってどんな人だと思う?」

 少し考え込んだ後、彼女はそう問いを返してきた。
 てっきり返事が返ってくるものだと思っていたため、特に考えていなかったが、彼なりに出した答えはやはり、『強さ』だった。
 強いからこそ主人を助けることができ、リーグを制することができた。
 そして彼の持つ強さが及ばなくなったからこそ、今はこうしてただ床を温めるのが仕事になったのだ、と。

「じゃあなんでご主人を尊敬してるの?」

 続けざまに投げられたその問いかけを聞いて、彼の言葉は完全に止まった。
 知恵では優っていても、主人は彼ほどの強靭な顎も俊敏な脚も持っていない。
 それでも今もなお慕っている。

「……考えたこともなかった」

 それは群れで生きるグラエナの習性だったと言ってしまえばそれで終わりかもしれないが、単に彼は今まで心を置ける主人の存在について深く考えたことがなかった。

「私はね。確かにお兄ちゃんよりも強くなったかもしれないし、あんまり顔もよく覚えてない前のご主人様よりも今のご主人様の方が優しすぎるからこれから先、もっと強いトレーナーに出会って苦戦することもあると思ってる」

 その言葉は今の激戦を戦い抜く彼女だからこそ出た言葉だろう。
 彼等の主人は確かにそこらの凡夫と比べれば間違いなく強い。
 だがその飛び抜けた強さを持つ者達が集う場の方が、長く身を置いている彼女からすれば、その強さを更に上回る者達など既に戦ったことがあるものや、戦ったことはなくとも見たことがあるもの達だけでも感じ取れる。
 彼女自身が強いからこそ、主人はその猛者達の中では今のままでは中の下止まりなのだと本能的に理解しているのだろう。

「それでもね。いきなりご主人様が変わって困惑してた私の事を一晩中見守ってくれたり、お兄ちゃんみたいな優しい人と暫くの間一緒に楽しく過ごさせてくれた。今だってバトルの後は必ずみんなを褒めてくれるし、お兄ちゃん達の事も外でも忘れたことはないのが分かるぐらい何処でも口にしてる。私もお兄ちゃんもご主人様を慕ってる理由は、強さとかそういうのじゃなくてね、そういう優しさや誠実さだと思うの。決して裏切らないって分かってるから私もあの人のために全力を尽くしたい。常にそう思ってる。お兄ちゃんへの想いとはちょっと違うけど……尊敬ってそういうものなんだと思う」

 彼は目からぽろりとハートのウロコが落ちたような感覚を覚えていた。
 自分よりも生きた時間の短い彼女の方が、自分よりもしっかりと考え、成長していることにも驚いたが、同時に生き方とは強さだけではないという言葉を自分よりも強い彼女が口にしたことが、何よりも衝撃的だった。
 しかし、そのおかげで長年の問題の解決の糸口が見えたような気がした。

「……みかん。本当に俺が番でいいのか? 優しいだけだぞ?」
「優しいだけじゃないもん! みんなの事を誰よりもよく見てるし知ってる。みんな家に帰ってくるとそれぞれ師匠だったポケモンの所に行くのはね、単に慕ってるってだけじゃなくてね、みんなひっそり想ってるからなんだよ。……本当はお兄ちゃんから切り出して欲しかったけど、私はみんなみたいに我慢強くないから」

 そう言って彼の体の上からするりと滑り落ちるように降り、そっと唇を重ねた。
 彼女の舌がそっと開き、彼の唇を、更にその先を求めるように唇に触れ、彼もその舌を拒む事無く受け入れた。
 彼女の必死に伸ばす舌に絡みつけるように舌を動かし、お互いの舌が絡めやすいように彼は顔を少し横に傾けて、口を少しずつ開いてゆく。
 グチュグチュと絡み合う舌がお互いの唾液を混ぜ合わせ、少しずつ互いの鼓動を早める。
 絡みついている舌を解し、彼はそっと体を起こして彼女の背後へと回った。
 ふわふわで洗ったばかりの洗剤のいい匂いのする尻尾を大きく横へずらしており、その根元からは別のいい薫りが漂ってきている。
 その薫りの元に鼻を近づけると、当たった鼻息で僅かに縮こまる。
 そのまま舌でメスの薫りを放つ場所を一つ舐め上げると、彼女の体が少しだけ硬直し、湿り気のある吐息が僅かに聞こえた。
 周りが寝静まっている状況だったため、小さな声すらよく聞こえる事は彼女も理解しており、声を出さないようにするために片方の前足に口を押さえつけて声が溢れないようにする。
 結果的に少々前屈みになり、彼にとってはかなり扇情的なポーズとなったこともあってか、何度か薫りの元を舐めるとすぐに飛び乗るようにして彼女の腰に跨った。
 彼のモノは既に臨戦態勢となっており、唾液と興奮とで十分に湿り気を帯びている彼女の秘部を探し当てるのには然程時間を必要としなかった。
 ふわりとした感触の中からすぐさまぬるりとした感触を探し当て、そこにピタリと自らのモノを当てると彼は前足で彼女の腰をガッチリと掴み、彼女と密着した。

「挿れるぞ……?」

 返事はない。
 代わりに地面に顔を伏せたままの彼女が小さく頷いて答えた。
 それを見て今一度彼は後ろ足の位置を合わせ、ヌルリとした彼女の秘部へ自らのモノを少し強く押し当て、彼を迎え入れるように拡がってゆく場所へゆっくりと沈めてゆく。
 内側が擦れる度に心地良い刺激が脳髄まで駆け抜け、思わず声が溢れそうになる。
 それを抑える度に腰が持ち上がり、体が沈んでゆき、更に快感が伝わりやすい姿勢になっているとは彼女も考えてはいなかっただろう。
 押さえた前足から鼻息が勢い良く溢れ出て、彼女がどれほどの快楽を味わっているのかを間接的に彼へと伝えてくる。
 押し拡げるというよりはあるべき場所へとはめ込むような感覚を味わいながら、遂に奥深く、根元までずっぷりと挿入された。
 ただしっかりと接合しただけで全身を痺れが駆け抜けてゆく。

「痛く……ないか?」

 彼女の耳元に興奮で上がった息を悟られぬように、ゆっくりと話しかける。
 小さく頷く彼女はただひたすらに息を殺すばかりだが、聞こえてくる呼吸の速さが全てを物語っている。
 しかし彼女の求めるような内部の動きを感じてもなお平静を保てるほど、彼も紳士ではない。
 本能の赴くままに、しっかりと彼女の背中に自らの腹を沿わせ、内側を混ぜ合わせ始めた。
 声を出さないようお互いに意識していたこともあり、擦れあって溢れる水音と荒い息遣いだけが静かな部屋に響いてしまう。
 今誰かが目を覚ましてしまえば、二人の秘め事が公になってしまう。
 そんな思いが不覚にも二人を必要以上に興奮させる。
 グチュグチュと水音が響き、声を押し殺すようにして腰を動かす速度をただただ早めてゆく。
 それは何も焦っているだけではない。
 単に二人とも慣れていない行為に興奮しすぎただけでもある。
 必死に腰を振りしだく中、思わず彼は彼女の耳を舐めた。
 彼自身でも何故そんなことをしたのかは分からないが、何故かそうしたかった。
 彼女の耳の中に舐め上げる彼の舌使いの音が響き、ギュッ、ギュッと内側を締め付け続ける。
 恋しくて仕方がない。
 舐めるだけでは飽き足らず、長い耳先を口に含み、しゃぶりあげた。
 しかしそれも長くは持たず、彼女の頭に自らの顎を乗せて、無我夢中で腰を振りしだく。
 時折吐き出す吐息に混じってうっ、あっと聞こえるばかりのまま、彼は腰をビクビクと震わせた。
 愛を形にする為の液が、彼女の中へと放たれてゆく。
 前足で体を引き寄せ、腰の痺れをそのまま彼女の中へと伝えた。
 彼女がその脈動を全て受け止めるために内側をギュウギュウと締めつけ、ただ腰を震わせるのみだったが、その興奮は細く長い呼気となって、静かな夜闇の中に吸い込まれていった。
 根元までしっかりと入り込んだ状態になり、定期的な脈動が彼女の中を満たしてゆく。

「わ、悪い……。あっという間に……果てちまった」
「ううん……。凄く嬉しい。けど……ちょっと、気持ち良すぎて……!」

 初めての行為はあっという間に、そして静かに終わりを迎えた。
 彼女の中で陰茎の根元にある瘤が膨らみ、ガッチリと結合しているため暫く離れることができない。
 だがその時間すらも彼女にとっても彼にとっても、心地良い時間だった。

「ねえ……いつか子供、一緒に作ろうね……? ご主人にお願いしてさ」

 彼女はそう言いながら、頭の上にある、愛しい人の顎に優しく擦りつけながら口にした。

「ああ、いつかな……」

 口ではそう返事をしたが、いつかは来ない事を彼は理解していた。
 主力として戦っている彼女が子を産むことは有り得ない。
 彼女が子を授かれるタイミングがあるとすれば、それは文字通り引退する歳になった時だろう。
 そうなればもう子を授かるのは難しい。
 彼が今一度主人と共に戦う事がないことを理解しているように、その日は決して訪れない。
 それを分かっているからこそ彼女の涙を舌で拭い、頬を擦りつけ返した。
 数十分後、彼女からずるりと自らのモノを引き抜き、そのまま寄り添うようにして眠りに就いた。





     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇     ◇





 翌日、主人以外はやはり匂いで昨夜の出来事を察したらしく、皆祝福しつつも恥ずかしそうにしていた。
 口にはしなかったが、自分達もいつかは、と考えているのだろう。

「よし! 今日はみんなで出掛けるぞ!」

 いつものように主人と今の主力たちを見送ろうと集まっていた面々は、その言葉を聞いて驚いた表情を見せた。
 それはくつしたもそうで、まさかこないと思っていた日がこんなにも早く訪れる事になるとは考えてもいなかったようだ。

「今日はポケモン大好きクラブに呼ばれてね、旅していた時のポケモンと今の手持ち、両方で交流戦をして欲しいってことだったんだ」

 そうして少々の大所帯になった彼等は久し振りにバトルグラウンドへと降り立った。

「さあ、行くぞ! くつした! 君に決めた!!」

 湧き上がる高揚感と共に、心の中である思いが湧き上がった。


 きっと、みかんと本当に番になる日も……そう遠くないのかもしれない。


 そう思わせてくれる、素敵な一日となった。


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Last-modified: 2021-06-28 (月) 01:11:34
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