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えもえも!! Mein Name ist Emonga!

/えもえも!! Mein Name ist Emonga!

呂蒙 


 最近、ハクゲン製薬株式会社が、新しい商品を開発した。新しい商品というのは栄養剤だ。そのCMがテレビ画面に映し出されている。
「これを飲めば、パワー1000倍! えもえもパーンチ!」
 栄養剤を飲んでパワーアップした(といっても、外見が変わるわけではない)1匹のエモンガが、一昔前のアニメに出てきそうな悪のロボットをぶちのめし、短い商品説明があり、それでおしまい。長さは20秒ほどである。
 CMの出演者が良かったのか、商品の売れ行きは上々だという。そのことをハクゲン製薬株式会社の社長がハクゲングループの会長であるシュウユのもとに報告に来た。ハクゲングループは昔からの財閥で、経営者は今時珍しい創業者一族出身だが、代々優秀でその手腕で、会社拡大に貢献してきた。
「ほほう、やはり人間にはない魅力があるからな。知り合いだからギャラも安くて済んだ。今後はわがグループの広告塔になってもらうとするか」
「本当に助かります。どのように宣伝していくかで会議が紛糾していたところでしたから」

 ◇◇◇

「よくできてるな、このCM。伯父さんもすごいこと考え付くもんだな」
「もぅ、撮影中こっぱずかしくて倒れそうだったわよ。ギャラはちゃんともらってるから文句は言えないけど。というか、シレツ。何で断ってくれなかったの?」
「だって、ただで社宅に住まわせてもらっているんだから、断れないよ。長い休みで伯父さんの家とかに行くことになるだろうけど、そういう時のことも考えてくれよ」
「あ~いかわらず、くそ真面目なのね」
 ハクゲングループはポケモンを労働力として使っていることで有名だが、そのポケモンというのは大体はシュウユの身内、もしくは会社の社員のポケモンに限られている。そのほか少数派ではあるが、シュウユの知り合いの国会議員のポケモンも働いている。いずれにしても、きちんと身分が分かっていて、ポケモン所持の手続きをして国から認可を受けた者に限られている。
 この出演しているエモンガの持ち主、シレツ=ハクゲンはシュウユの甥で、ラクヨウ外国語大学に通っている。親の仕事の都合で12年間をヨーロッパで過ごしただけあって語学は堪能である。たまたま従兄のリクガイがラクヨウの支社を任されており、リクガイからも、もしよければ会社の社宅に来ないかという誘いを受けたので、その言葉に甘えることにしたのだ。社宅は家族用で、間取りは3LDKの一番広いタイプの物だった。リクガイが言うには
「いや。実は誰かが家にいる時間っていうのが欲しくてさ、宅配便とかが来たときに面倒だからさ」
 ということだった。丁度、部屋を探していたシレツにとっては願ってもないことだった。部屋代はタダだし、光熱費もリクガイが払ってくれるのだから。もっとも部屋代は社員の給料から引かれる仕組みになっているので、タダではない。とはいえシレツの懐は痛まないので同じことだった。
 大学では、シレツは授業がないときはエモンガをボールから出していたが、授業中のときは中に入れていた。何でもエモンガという種族自体数が多くない。別に人気がそれほどないポケモンの数が多くなくても、何の問題もないのだが、そうではない。数が少ない上、人気が高いと来れば、誰かのポケモンを強奪して高値で売り飛ばそうとする輩が出てくるのは必然だった。そのため、前首相のシュゼンはいろいろと規制を設け、交換やバトルなどに関して厳しい制限を加えた。それは事実上セイリュウ国内で交換・バトルを禁止するというものだった。国内外のポケモントレーナーらはもちろん規制の撤廃を求めたが、シュゼンは拒否した。
「まあ、私らにとっては大賛成ね」
「伯父さんが圧力をかけたんだろうな。伯父さんのトレーナー嫌いは有名だから」
「へぇ~、ポケモンは好きなのにね」
「というか、トレーナーが嫌いというよりも、マナーを守らないやつが多くて、そういった手のやつが嫌い、とか聞いたけど」
「あ、それ、分かるわ」
 エモンガ自身、人やポケモンの好き嫌いははっきりしていた。口には出さなくても表情に出ているのだ。そういう時は、まだいい。表情に出ていないときは絶対に何かたくらんでいるからだ。シレツはいつも言う。
「言っとくけど、むやみやたらに手を出さないほうがいいぞ? 怒ると結構こいつ怖いし、気に食わないやつには何するか分からないから」
 このCMが放映されることになってから、しばらくしてちょっとした事件が起きた。
 リクガイが仕事中のこと、部下が社長室に飛び込んできた。
「支社長! 大変です」
「どうした、何かあったのか?」
 ただならぬ部下の様子に、リクガイの表情もこわばった。部下が見せたのは今日発売された週刊誌だった。
「とにかく見てください」
「どれどれ、ん、これは……。父は知っているのか?」
「恐らく……」
「これは知らせたほうがいいな、ケンギョウの本社に電話をかけてくれ」
「かしこまりました」
 問題の週刊誌の記事は、例のCMのことだった。そのCM自体のゴシップではないのだが、それを見たポケモンを研究している外国の学者団がセイリュウに滞在中で、ポケモンを労働力としているハクゲングループに対して調査を行いたいというものだった。調査は一向に構わないのだが、仕事の邪魔をされては困る。おまけに「不法にポケモンを働かせている」というデマが必ずと言っていいほど飛び交う。会社がバッシングの対象となり、それが社員に迷惑かけることにつながってしまう。
「……ということなんだけど」
「弱ったな。また、うさんくさい学者やらトレーナーどもが来るのか。とりあえず、取材関係の電話が来たら、全て断れ。面会に来たら『ケンギョウの本社に行ってくれ』といって追い返せ。後は私が何とかする」
「ああ、分かった。いないとは思うけど情報を売ったりする輩がいないように監視を強化しておくから」
「頼む」

 ◇◇◇

 一方、シレツもこのCMが放映されてしばらくすると、シレツの周りに人が多くなった。シレツは友人が多いほうではあるが……。明らかに知らない人もやってくる。
(……もしかして、学生じゃないやついるよな?)
 大学だからといっても一般の人も自由に利用できるスペースはいくらでもある。例えば、食堂やラウンジなどだ。シレツが今いる喫茶スペースもその一つだ。クッションの効いた椅子や、安いコーヒーやケーキを求めてくる学生は多い。
 エモンガもシレツの友人の前では怖がる素振りを見せないが……。
 女子学生と思しき一集団がやってきた。
「きゃ~、か~わい~」
 うるさいので耳をふさいで、シレツの背中の後に隠れる。それを見て
「あ~、照れてるのね~!?」
(うっるさいわね、ほんとにもう。早くどっかに行って!)
 次はシレツの友人たちだ。
「エモンガちゃん、萌え~ぇ」
(シレツの顔を立てて、ここは我慢)
「『えもえもパンチ』やってくれ~」
(こいつら、Mなの?)
「あれは、CM上の演出で、そんな技ないから……」
 でも、シレツの話なんて聞きやしない。どうやら、本当にエモンガはそういう技が使えると思っているらしい。
(やってくれって言ったんだし、一発痛い目にあわせてもいいわよね?)
「シレツ、一発食らわすから、ちょっと離れてて」
「え、あ、や、やってくれるって」
「うおーっ、まじかよ~、いやったぁー」
「えもえもパーンチ!」
 右手が当たる瞬間に……
(放電っ!)
 火花が散り、友人は倒れた。しかし、相当手加減していたようで、友人は立ち上がると、
「うおぉーっ、くらっちまったぜぇーい」
 と、むしろ嬉しそうだった。友人たちは満足そうに去っていった。しかし、この調子だとまたくるかもしれないな、とシレツは思った。
「シレツの友達って変なのが多いわね」
「親しく付き合っているのは、あんなんじゃないから、エモンガも知っているだろ? ああいうサブカル(サブカルチャー)に興味があるやつもいるだけだから」
「どーだか、あ」
「どうした? あ、これはこれは孝景先輩」
「大変そうだったね。一部始終を見ていたけど」
 孝景は前法務大臣で、上院議員の孝直の長男で、シレツの一つ年上である。それぞれの父と伯父が顔見知りなことから、知り合いすっかり意気投合したのである。
「孝景先輩ってポケモンを持ってませんでしたよね? 寂しいとかないんですか?」
 シレツがエモンガを抱きかかえながら聞いた。
「家には猫がいるんだ。3匹。だから、これにポケモンが加わったら面倒を見切れないからね。欲しい欲しいって言って、いざ家に来て面倒を見切れないからって捨てたりするのは、人間的にどうかと思うけどね」
「ですよね。従兄が7匹面倒を見ていますけど、自分でやれることは自分でやるようにって躾けているらしいですからね。自分はこれ以上手持ちが増えたらどうなるか。それに、エモンガはあんまり体が大きくないので、家の手伝いもさせるのは限界がありますからね」
「でも君は優しいからね。そういう人のところにいるのが結局は一番じゃないの?」
 エモンガもシレツと身内以外の人が自分の主人になるということは考えられなかった。シレツには足りないものもある代わりに、長所も多い。さっきの連中はちょっと時間がたてばどうせエモンガのことなど忘れてしまうかもしれない。世の中ってそういうものだ。
「ただ、まぁ、エモンガも可哀想といえば、可哀想なんですよ。家の関係でそれに振り回されているんで」
「それは、自分もそうかな。家にまで取材陣が押しかけてきたりとか」
「最初、父の仕事の関係でスイスに行ったんですけど、ドイツ語ですからね。エモンガも半強制的に勉強させられてましたからね」
 エモンガは黙って聞いていた。確かにそんなこともあったな、今となっては懐かしい気もする。ほろ苦いやら、酸っぱいやら、うまく言い表せないが、そんな思い出だ。でもやっぱり、そばにシレツがいてくれた。それだけで安心できた。心強かった。
(必死に覚えたっけ……。マイン ナーメ イスト エモンガだったわね。最初の覚えたの)

 終わり


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Last-modified: 2012-02-11 (土) 00:00:00
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