作者:DIRI
「やっぱり、ね。ちょっと怖いよ、デイブ」
辺りを適当に散策している時に、リジーが話しかけてきた。何を言っているのかが分かるだけにとてつもなく倦怠感が湧く。思わず立ち止まってしまう程に。
「なら、俺と距離を置くか?」
「いいえ、そうじゃなくて……」
「じゃあ一体?」
職業であっても誰かを殺してしまったものと一緒に過ごしていくというのはそれなりに精神力が必要なのだろう。そもそも彼女は俺が特殊部隊の隊員であることを知っている。だからそれ相応の覚悟というものが出来ているはずなのだが、やはり心のどこかで恐怖を感じているのだろう。例え相手が本気で愛しているものであったとしても。
「デイブが誰かを撃ったり……殺したりしたことがあるのは知ってる、わかってる。でもね……なんて言うんだろ、そう言う、“命懸け”の職業なんかじゃない職に就いてる一般人のモラルからしたら……」
「俺は悪か? だろうな、人殺しは人殺しだ」
自嘲気味に笑い、先に行ってしまいつつあるカーラ達を追いかけようとした時、肩を引かれ、そのままリジーに抱きつかれた。彼女のにおいが、今の心境では何となく鼻につく。もこもこしている毛も口や鼻に入るばかりで煩わしく感じた。
「誰もデイブが悪いなんて言ってない。確かに一般のモラルならそう、どんな理由でも人殺しは悪、悪いことよ。でもデイブはちゃんと理由があって、それで仕方なく……」
「矛盾だ。お前は俺が自己嫌悪でも感じてるんだと勘違いしてるな?」
俺は無表情に、無機質な感じで彼女の言葉を遮り、そっと彼女の腕から逃れた。
「……俺は人殺しさ。
噛み砕いて言うつもりは毛頭無い。早口で捲し立て、リジーを混乱させておけば自ずと会話は終わる。それだけが理由というわけではないが、何より俺はこの会話を終わらせたかった。善悪なんてどうでも良い、俺は誰かを撃ち殺したし、それで金をもらっている。それだけの話なのだ。
「それでも……私はデイブが悪だなんて信じない。信じないし、認めないから」
「……それで良いさ。お前がどう感じるかは自由だ」
全ては誰がどう思うことがあっても自由。自由だから俺は平常心を保っていられる。慣れ、ではあるだろう。それでも俺はやはり誰かを殺すだなんて事に賛成は出来ない。だから俺は悪なのだ。俺は小さく苦笑してから彼女に軽くキスをしておいた。これでも詫びのつもりだ。
「ほら、そこ二匹! 何してるの、置いていくわよ!」
カーラが少し先で俺達を呼んでいる。返事を返してから俺達は急いでカーラ達を追いかけた。
「そっかぁ、まだ新婚さんだもんねぇ~、イチャイチャしたい盛りなんだよねぇ~」
「カーラ、俺を殺すならせめて子供が生まれるまで待ってくれ。せっかく結婚したのに自分の子供も見れずに死ぬのはあまりに酷だ」
「誰もそんな事言って無いじゃないの」
そう言われると苦笑しながら曖昧に頷くしかなかった。だがあの時の彼女の目は不快感が光線になって放たれているかのようにありありと分かった。彼女はジャックとの惚気話を全くと言っていいほどしない代わりに、他の誰かの惚気話を聞くのを極端に嫌う。セオドアだけは――年上なので、目上の人だと思っていたのか――割り切っていたようだったが、ハービーに対しては惚気ようものなら右ストレートが飛んだ。加減はほぼ無しだ。アザが出来てしまい、更にベスと惚気ていることが多くなったとはとても言えなかった。
「あれ? リジーさん、どうしました?」
「ううん、なんでもない、気にしないで」
リジーがオリバーから声をかけられた時にふと彼女を見たが、その顔は明らかに悲しそうだった。一瞬で表情を繕ってはいたが、俺は見てしまったのだ。……いずれ言及する必要があるだろう。
「あ、すいません、兄さんが呼んでるんで……」
「はいはい、早く終わらせてちょうだい」
オリバーとアレンは少し遠くの物陰に行ってしまった。正直、俺は適当に店を眺めていてその間ずっとアレンが視界に入っていたのだが、彼が何か特別な素振りをしたようにも、言葉を発したようにも見えなかった。災いポケモンと呼ばれる程なのだからテレパシーでもしているのかと思ったが、以前オリバーがそんなことは出来ないと言っていたのを思いだした。テレパシーを使えるポケモンは限られるし、神経を削るので、いたとしても専ら電話やメールで交信する。では何故オリバーはアレンが呼んでいると気が付いたのか。謎でしかないのだが、兄弟ならではの意思伝達法などがあるのかも知れない。何にせよ俺には到底出来ないことだろう。
「……ねぇ、デイブ」
「ん?」
「気になるわよね?」
そう言った時のリジーの瞳は爛々と輝いていた。まさに好奇心の塊である。本来ジグザグマである俺がそうなるはずなのだろうが、俺は冷めた性格だ。活発な彼女の方が好奇心ならゆうに上回っているのだろう。別に俺がどう思うかなど問題でも障害でもないので、俺は何のことか聞き返した。返ってきた彼女の言葉は俺もどことなくそそられるものがあった。
「アレンが喋ってる所、見たくない? いくら何でも兄弟だけの時ぐらいしゃべるでしょ?」
「まぁ、確かにそうかもな」
「こっそり覗きましょうよ。何なら声聞くだけでも良いし」
最後までやめておいた方が良いんじゃないかと反対していたのは何故かカーラだった。普段のカーラならばこの手の話には真っ先に飛びついてきそうなものだが。むしろリジーより先に発案したって良いぐらいだ。俺達は好奇心に負けて結局二匹の会話を覗くことに決め、足音を殺しながらゆっくりと二匹が消えた物陰に迫った。
カーラは少し遠くから様子を見ていただけだが、俺とリジーはそそくさと物陰に近寄っていく。俺は足音を極力立てない方法は心得ているし、リジーも雌ならではの慎重さと情報を得るというある種の防衛本能に近いものを発揮させて、俺とほぼ同じぐらいに足音を消していた。
「良いか? 俺が合図を出したら少しだけ顔を出して覗くんだ。覗くだけだぞ、良いな?」
「了解」
リジーはもしかして特殊部隊ごっこでもしたいのでは無かろうか。冗談でも笑えないのでやめて欲しい。よもや当てつけだろうか。俺は一瞬考えたものの、今あるのは好奇心であり、もしかしたらチャンスを逃してしまうかも知れない。すぐに頭をそちらに向けて、気配でオリバー達の様子を探り、リジーに合図を出す。ちなみに、リジーと俺とは身長がほとんど倍近く違うため、リジーが覗き込んでいても俺も同時に覗くことが出来た。しかしばれないようにリジーが壁に密着してきたために彼女の身体に挟まれて押し潰されかけたが、何とかうめかずに堪えた。
覗いたその先で見た光景というのは俺が悲鳴を上げかけたリジーの口を押さえなければならない状態だった。何というか、オブラートに包めないものかと思うのだが直接的な表現をしてしまうしか方法がない。“彼等”は“キス”をしていた。それが形式的な、挨拶だったのならば特に俺やリジーがどうこう言うことはない。だが彼等のそれは挨拶などではなく、完全に性的な意味合いを持っているようなキスだった。遠目からでもお互いの口内に舌を入れて舐めあっているのが分かる。見た目が雌でも……いや、雌雄は関係ない。問題があるのは彼等が“兄弟”であると言うことと、“同性”であると言うことだ。後ろからカーラがため息を吐いていたが、目の前の状況をどう解釈して良いのかわからずにそっちに気が回らない。その次の瞬間だった。アレンと俺の目が合ってしまった。彼の目は相変わらず虚ろだが、今ばかりはさすがに驚愕の色が見えた。彼はまだ俺達の存在に気付いていないオリバーを思いきり突き飛ばした。ひ弱なオリバーが、カーラのお陰で――カーラの“せい”、と言った方が良いかもしれないが――華奢ではあるが筋骨隆々のアレンに思いきり、それも狭い路地で突き飛ばされるのだからオリバーは軽く吹っ飛ぶような体勢になり、反対側にあった壁に後頭部を打ち付けて伸びてしまった。
数秒の間、俺達は時間が止まってしまったかのように動かなかったが、カーラがオリバーの様子を見に行った辺りから動きを取り戻した。オリバーは結構強かに頭を打ったようで、しばらく安静にしていた方が良いそうだ。カーラには若干の医療の知識がある。それは後輩のミランダに教わったらしい。
「アレン、あなたらしくないわね、驚き過ぎよ」
「…………」
アレンはカーラから窘められると小さく頷いた。もう驚きの気配は感じられないものの、どこか動揺しているような風ではあった。彼もそんなことがあるのかと感心したが、それよりも前に何故あんな事をしているのか問いただしたくなった。
「お前……キスしてたよな?」
「…………」
相変わらず答えない。俺の質問に関しては応える素振りすら見せない。ただ俺が問いかけた数秒後にゆっくりとうなだれた。彼がどんな表情をしているかというのは影になってしまいよく見えないが、何となく悲しんでいるように感じた。それ以降、彼に何を問いただそうとしてもうなだれたままで反応を見せず、結局俺が飽きてしまって折れた。その頃にはオリバーが目を覚ましていたので、おいおい聞いていくことにしようと決めた。
「言っておきますけど、仕掛けたのは僕ですよ。兄さんは抵抗する気が全くないだけです。ね?」
車を止めてある場所まで戻ろうとしている中で、オリバーはそんなことを言った。事情はカーラが適当に説明しているのでオリバーも分かっている。今は時々彼本人の後頭部に痛みが走って顔をしかめるぐらいで、誰もそんなことを言っていないのに急にこれだ。アレンすら唐突で対処出来なかったのか喋っているわけではないがどもったような反応をしている。今日はなんだかいつも死人も同然のアレンがまとも……かは分からないが、それらしい反応をするので何となく楽しい。
「えっと、なに?
「
そこをさらりと言う辺りはリジーらしいが、またそれを受け流すように返すオリバーもそれなりにすごい。でも結局は異常性嗜好者である。
「こんななりなんで男性が言い寄ってくるわけですよ。いつの間にかこうなってました」
「
「あのな……町中を歩いてるのにそういう、“卑猥”な話はやめてくれ……」
「何よ、私達はいたって真面目な話をしてるの。卑猥な話って言うのはね……」
その時のリジーの顔と言ったら夢にでてきて俺を無理矢理目覚めさせようとする時の顔にしか見えない。背筋に寒気を感じた。
「デイブはね、こんなに堅物ぶってるけどベッドの中じゃホントに
「リジー!!」
俺は悲鳴を上げた。
「何? 話にはまだ続きが……」
「頼むからそれ以上は勘弁してくれ、頼むから!!」
その時のリジーの顔は多分一生脳みそにこべり付いて離れないだろう。現時点で俺は茹でたタコより真っ赤だった。
「じゃああなたが私に『もう一度ヤらせて下さい、お願いします』って言った件は話さない方向で?」
「エリザベス・ジョーンズ!!」
もう何が何だかわからない。羞恥のあまり頭がはじけ飛んでしまいそうだ。カーラはクスクスと笑うだけ、それならまだ許せる。オリバーは経験自体は薄いのか顔が真っ赤だしアレンは俺が視線を向けた瞬間に顔をそらした。もういっそ誰か俺を殺してくれ……。
「もういい、わかった、リジー。お前がそこまで俺のことを言うなら覚悟しておけ。腰砕けになって立てなくなるまでヤってやる」
「願ったり叶ったりね。まぁ、あなたがそこまで出来ればだけど?」
いつも忘れかけるが、彼女は元売春婦だ。その類の話など羞恥心など見せずに出来る。もう鎌掛けなど食うものか。もう“二度”とだ。
「あぁそっか、Mだからデイブは撃たれても存外ケロッとしてたわけね」
「それはニュアンスが違うだろ。第一俺はマゾヒストでもなければあの時ケロリとしていた記憶もない!」
「撃たれたことあったんですね?」
リジーよりも先にオリバーが言う。出過ぎたことをしたと気付いたのかオリバーは苦笑しながらリジーに一言謝っていた。
「どこを撃たれたの?」
今度はきちんとリジーが聞いた。俺は右前足の毛を少しめくりあげて見せ、古傷をさらした。今もここには銃創痕が残り毛が生えてこない。
「交戦中に横から伏兵が出てきてズドンだ。致命傷にならなかったのは良いが、しばらくは銃を握れずに足手まといだった」
「その時私もいたんだけどね、デイブったら無理してるのか良く分かんないけど痛がる前に笑ってたから。狂ったのかと思っちゃったわ」
痛みから逃避するための手段に過ぎない笑いだったが、はたから見れば痛みでネジが吹っ飛んでしまったようにしか見えなかったのだろう。そもそも特殊部隊は任務の成功が最優先のために足手まといは置いていくのが常套、今生きていることが若干の不思議だ。
「さ、ショッピングは大体済ませたから適当にドライブでもしてましょ。デイブ、イチャつくなら走行中はやめなさいね、事故るわよ」
「無駄な所で命を削る程冒険心はないんでね。そっちこそさっき買った酒飲むなよ?」
「飲まないわよ、今晩あなたの所で飲むの」
親睦会を本当にやるつもりか……。こうと決めたら絶対に近い確率でやめないのがカーラだ。文句を言えば殴られる。何度も言うだろうが、カーラと徒手格闘ならば体格で完全に劣っている俺が負ける。種族の差が大きいのが難点だ。しかし“技”を取り入れるという事をすればなんとかなるのだが、俺は専ら投げ専門なので大して利用出来る技の使えないジグザグマにどうしろというのか。いつか彼女に勝てた時は祝杯を挙げよう。
「行き先は、我らがデイブに決めてもらいましょうか。異論は?」
「ないですぅ~」
オリバーは車からこぼれ落ちてきた荷物を再度荷台に押し込みながら答える。他二匹も異存無いようだが、どうしてカーラはリーダーシップを取る割に自分で行き先を決めたりと言うことはしないのだろうか。今まで彼女に行き先を言われた時と言えば任務の時と荷物持ちを頼まれた時だけだ。よもや方向音痴と言うことはないだろうが、若干の疑問である。
「海沿いを走って少し田舎に行こうか。時間はまだあるし」
多分今俺の車から崩れ落ちた荷物の片づけで誰も聞いていないのだろうなと思いつつもそれだけは言っておいた。
なにぶん荷物に小物が多いので片付けに時間を食ったものの、先刻通り俺達は海沿いの道を走っていた。都会の近くではあるが、この国ではゴミを不法投棄やポイ捨てしただけでかなりの罰金の支払いを喰らうためゴミは比較的少なく、海も澄んで綺麗だ。首都が珊瑚礁に見えるというのも頷けるものがある。
「あぁ、海、海……。綺麗だなぁ……」
「いつも家のすぐそばに見えるじゃないか」
リジーに軽く突っ込みを入れながら、大体時速50キロぐらいの速度で道を走っていく。田舎から首都に来る車は多いものの、まだこの時間帯に首都から田舎に帰るという車は少ないため、割とゆっくり目なスピードを出していた。
「だって、ドライブの最中なんてロマンチックで一入よ?」
「よくわからん。第一デートならロマンチックなんて言葉が出てきても良いだろうが、今は友達とドライブしてるだけだぞ」
つまらない人ね、とリジーは鼻を鳴らしたが、俺は別に詫びれるつもりはない。俺は思ったままを言っただけだ。これを縛り付けるならば言論の自由が許されているこの国に背くことになる。
「泳いでみたいなぁ……一度で良いから」
突然の言葉にリジーを見たが、慌てて俺は前を向いた。事故でも起こせば元も子もない。前を見たまま俺はリジーに訪ねた。
「泳いだこと無いのか?」
「ええ。昔から内陸部育ちだったし、ラグーンシティに来たのもほんの一年ぐらい前。田舎だったし、海を見た時は正直これがずぅーっと向こうの、水平線の先まで水なんて信じられなかったもの」
「……それだけか?」
俺は少し気になることがあるので鎌をかけてみた。だがおそらくかわされるのだろう。あまりに見え透いている。
「お察しの通り、私はカナヅチ」
「え? おっと……」
ストレートに返事が返ってきたので少し驚いてハンドルを手放してしまったが、すぐに持ち直した。対向車も来ていたので危ない所だった。
「私結構早くからブースターに進化してね、炎タイプだし、水が苦手で……。妹が水遊びしてるのに私は隅の方で人形弄ってたこともよくあったわ。だから水に触れる機会って言うのがあんまり無くて」
少し自嘲気味に笑う彼女だが、何となく俺は一緒に笑ってやることが出来なかった。ただ曖昧に頷いて、フロントガラスの脇に見える海を見ていた。そしておもむろに、俺は口を開く。
「いつか俺が泳ぎ方を教えてやる」
「ホント?」
「ああ。これでもサーフィンも囓ってるからな、海のスポーツは泳げることが基本だ」
サーフィンを囓っているというのは父親の影響だが、泳ぎは彼より上手いと自負している。水が苦手でカナヅチのリジーにでも、俺なら泳ぎ方を教えてやることが出来るはずだ。
それからの彼女はとても嬉しそうな笑顔を絶やさなかった。彼女の笑顔をみていると俺も気分が明るくなる。これがデートであったら完璧だっただろうと、今更ながら思った。
「デイブ、目的地はまだ?」
「もうちょっと先。しばらく海を眺めててくれ」
またリジーは海をうっとりとした感じで眺めた。俺ならこんなに長時間海を眺めていたら飽きてしまうが、彼女は海に対する憧れなどもあるので飽きることなど無いのだろう。俺は海自体はそれほど好きではなかった。サメハダーに襲われかけて命からがら逃げ出してからと言うものある種怖くもある。無論、海上の任務も少なからずあるので四の五の言っていられない場合があるが、あまりに暑い時と気が向いた時以外は海に近寄りたくなかった。海の近くに家を買ったのは間違いだったのかも知れないと思う時もあったが、ベスが気に入っているのだから仕方あるまい。
しばらく車で走って行き着いた先は森林が近くにある田舎の町だった。文化的なものがないわけではないものの、ラグーンシティに比べるとやはり見劣りする。だが俺自身は生まれ故郷の町並みに近い所があるため、個人的に気に入った風景がある町だった。
「あ~、空気が澄んでて良いわね、ここ」
車から降りたカーラの第一声がそれだった。やはり首都では環境問題の対策をしているのだが、全面的に行き届いているわけではなくヒート・アイランド現象が発生している。淀んだ空気をいつも吸っていれば田舎に来ると清々しい気持ちにもなる。
「あんまり賑やかな場所じゃないからのんびりするには良い所だろ?」
「それは良いんですけど、何となく穏やかじゃない感じがします……」
オリバーが呟いたのが聞き取れた。腐っても
「みんな~、護身用の銃持って」
「おい……」
普通銃は携行を許されない。それを厚かましく無視するのが俺以外の全員だった。オリバーはM9、アレンはFive-seveN、カーラはデザートイーグル、そして我が妻リジーはM500。M9は軍のものだしFive-seveNの弾薬もまた軍用のもの、デザートイーグルは本来民間に出回るのは狩猟用として。M500にいたっては実用性がほとんど無い。威力は高いが反動が強すぎて扱いきれないのだ。それはリジー自身よく分かっているはずなのに何故そんなものを持っているのか謎だ。趣味で俺と婚約したあとに買っていたのは知っていたが護身用として持って来るにはいささか火力が強すぎる。無論カーラのそれにも言えることではあるが。
「言っとくけどね、車には別のが積んであるわよ? ねぇ?」
「はい」
カーラとアレンの車から出てくるのはイズマッシュ・サイガ12*1、M14 DMR*2、P90*3……。全て民間用があるにかかわらずそれに真っ向から反対するかのように全て軍用のものである。この三匹は自分たちが秘匿性の求められるポジションにいると分かっているのだろうか。
「大丈夫よ、さすがにこんなのは持ってく気無いから」
「かさばりますしね」
「それ以前に車に軍用銃を積むな」
俺の突っ込みはスルーされたが、まあもうどうにでもなってしまえ。周りに流されるような形で俺もM9を懐にしまい込んだ。懐と言っても腰のホルスターだが。
内心ビクビクしながら俺達はその辺りを見て回った。アブソルの危機が迫る予感と言えば百発百中であるため、嫌でも気が立ってしまうし、それが周りに伝わると言うことぐらい容易に予想が付くのだが抑えていられない。理由は明快、面倒はごめんだし、その面倒で命の危機にさらされるとしたら俺は喜んでピリピリと神経を尖らせている方を選ぶ。もはや遠出した散歩所ではないのだ。
「銃持ってぞろぞろ歩いてる集団って言うのはさぞかしおっかないんだろうな」
「不可抗力よ」
「なんだかすいません……」
オリバーが謝った瞬間、遠くの方で爆音がした。銃声ではない、爆音だ。当然町の人々は軽いパニックに陥る。だが事前に察知している俺達は驚きはしたもののパニックにはならなかった。だがそれと同時に色々なことに関して頭が回り始める。誰がこんな所で爆発を起こしたのか、なんのために、何を使って、どこで……。結局導き出される答えはこれである。
「リジー、免許持ってたよな?」
「え? うん」
「じゃあ先に帰っててくれ。これは一仕事ありそうだ」
こう言う時にごねないのが我が妻リジーの良い所だ。自分の立場をわきまえているし俺の邪魔もしない。これで家事がもう少し上手ければ満点だが、それでもゆうに及第点だ。
「死なないで。良い?」
「ああ、肝に銘じておく」
俺にキスをしてからリジーは車の方に駆けていった。少しその後ろ姿が名残惜しかったのは何故だろうか。
おそらく計画的な犯行では無いというのは予想が付いた。爆破させたのが民家だからだ。民家を爆破すると言うことは何らかの証拠隠滅であろう。証拠隠滅のために家を一つ吹き飛ばすとすれば、相手の脳みそはかなりお粗末な作りになっているに違いない。
「デイブ隊長」
オリバーが携帯電話片手に俺を呼ぶ。先程本部に連絡するように伝えたのだが、返事が来たのだろう。俺は携帯電話を受け取り電話にでた。
「こちらデイビッド・ジョーンズ、コロニーシティにて民家の爆発現場に遭遇した。爆発の規模から事故である可能性は低い。敵の存在は確認出来ない。現自軍勢力は俺を含め四匹、兵器に関しては問題ない。行動の指揮を執ってもらいたい」
『こちらHQ。現在増援が遅れない状態にある。現地にいる隊員だけで対応せよ。装備を送ることはなんとか可能。返答を待つ』
「念のために兵装を用意したい。物資の運搬手段は?」
『航空投下する。装備が整い次第、事件に関しての調査、場合により敵勢力との戦闘を行え。銃の使用を許可する。一般人に出来るだけ被害を出さないように気を付けろ』
「了解、事件に関しての調査、場合により敵勢力との戦闘を行う。over」
『健闘を祈る。out』
今は装備が届くのを待つべきだろう。本部は首都より近い、数分で届くはずだ。
待つこと五分、上空から物資が投下された。俺達はその頃パニックに陥っていた一般人達をなだめて安全な場所に避難させていた所だ。警察もいつの間にか来ていた。警察もこう言う時は役にたってくれる。軍人よりも警察の方がこう言うことに向いている場合もあるのだ。投下された物資を回収すると、早速各々の装備を身に付けて周囲に警戒線を張った。今の所敵と思われる者は居ない。しかし油断していてはダメだ。
「調査の方は警察に譲りましょう。僕達は危険がないか捜索を」
「そうしよう。俺が先頭を行く。カーラは右、アレンは左、オリバーは後ろを守ってくれ」
「了解」
「一度現場に向かう。よく言うだろ、“犯人は犯行現場に戻ってくる”って」
ジョークを飛ばすのは気分の問題だ。硬くなり過ぎてはいけない、ウケなくても良いから適当に空気をほぐすのが重要である。
周囲を警戒しながら俺達は爆心地周辺までやってきた。綺麗に家だけが吹っ飛んでいて、周囲にそこまで被害はない。爆発物の扱いに慣れた人物がやったのであろう。嫌に頭に思い浮かぶ人物がいるのだが、おそらく
「犯人はいないか……。まぁ、案の定だが」
「戻ってくるんじゃないのかしら?」
「いくら何でも爆発から一時間経たずに戻るバカはいない」
でしょうねとオリバーは頷くが、正直そこまでバカな犯人であることを期待している俺がいた。何となく早く帰りたい。
「周囲を捜索してから警察連中に情報提供を煽ろう」
別に軍と警察は敵対しているわけではない。情報提供ぐらいならばすぐにして貰えるはずだ。むしろ行動するのが軍で、警察は後方支援のようなものだ。警察は融通の利かない頑固者揃いで、人情に厚いなどと言う“
「本当に綺麗に吹き飛ばしたわね、足下を爆砕して倒壊させたみたい」
「でも焼けこげた瓦礫がある辺り内部も吹き飛ばしたみたいですよ? まぁ、うちの隊のサブリーダーの疑いは晴れましたね。あの人は塵すら残そうとしない人ですから」
要は屋根は吹っ飛んだが外壁は倒壊したように潰れていると言うことだ。ここまで瓦礫が多いと細かい証拠は見つけにくいだろう。人海戦術と根気強さは警察の方が上、彼等に譲ろう。
現地に調査に来ていた警察に情報提供を煽ると、恐れ多いと言った感じで情報を渡してくれた。見た感じ新米警官のようだ。キマワリの声は甲高いのであまり好きになれないが、この警官は更に緊張か何かで裏返って高音すぎる。聞くことの出来る音域の広いカーラですら聞き取れなかった。要約すると、爆発の前後に怪しい人影を見たという住人が数名、その人影は
「よく分かったな? 普通自分のことで手一杯だろうが……」
「ぼっ、防犯カメラに写ってましたっ! あの店のっ!」
手、もとい葉の先を向けられた店にはこれ見よがしに防犯カメラがぶら下がっていた。“見せる防犯装置”だろう。あからさまに見える防犯装置は反抗する気力を削ぐ効果がある。あからさまに置かれるとミスや断念が必ず増えるのだ。今回もそれだろうか。
「一度そのテープを確認させてくれ」
「はひぃっ!!」
脅しているわけでもなんでもないのだが彼は異常な反応を示す。特に俺は目立ったこともした記憶はないのだが。
防犯ビデオの撮影した映像を見てみると、本当に怪しげな人影が森の方に逃げて行っている。むしろ“人影”は“ヒトカゲ”なのではと思ったのだが、あまりに映像が雑なためよく分からなかった。
「森に逃げ込んだか……。カーラ、お前達の隊は森林地帯での任務は?」
「いえ、一度も」
「ベータ・チームでは何度か。悪路をハービーさんがジープ飛ばしてるからさすがに気分悪くなりました」
オリバーの言葉の後半は独り言として受け取っておこう、まあ多分記憶にこべり付いているせいだろうが。
「本部に連絡を取って今後の行動を決める」
それだけ言うと、俺は無線を繋いだ。今更ながら便利な代物だ。
「HQ、こちら
『こちらHQ。了解、残りは警察に任せて犯人を追え』
「Yes sir」
この無線通信の内容はあらかじめ周波数をあわせてある無線機を装備している者全員に聞こえているため言伝る必要もない。アイコンタクトを取ってから、俺達は森の方に向かった。
「良いか、森林地帯では
俺はカーラとアレンに助言をした。無論彼女らもそう言うことのノウハウは分かっているだろうが、ガンマ・チームは森林地帯での任務をこなしたことが無いというので確認しているのだ。その点、俺は森での任務はよくあるし、オリバーにいたってはまさに“得意分野”だ。彼は“
「デイブ隊長、こういう場所では一塊りになっていると危険です、囲まれて一網打尽にされたら元も子もないですから。
オリバーはギリースーツをベストの上から着用しながら俺に提案する。至極その通りだ。
「二匹一組だな。みんな、装備に不安がある奴は?」
「サイガを置いてきたからデザートイーグルの弾の残りが気になるわね、昼にいくらか使っちゃったし」
そう言えばそうだ。そもそもこういう森林での戦闘ではふいに敵と遭遇した時も考慮し、トリガーを一度引くだけで大火力を発揮するショットガンが有効なのだが、サイガは優秀なショットガンだし、置いてきてしまったのは失敗だっただろう。第一銃自体は“護身用”を謳って車に積んであったもののさすがに弾薬まで大量に積み込んでいたわけではないだろう。こう言う時は“あいつ”を呼ぶのが手っ取り早い。俺は無線の周波数を変更した。接続先は……146.66だ。
『はいはーい、こちらアポカリプス・ビースト・アームズ・カンパニーでーす』
「俺だ、デイビッドだ。わかるか?」
『デイブか~、私が魔女じゃなきゃ分かんないとこだったねぇ、あの時から私キミの名前聞いてないんだよ?』
「そりゃ悪かったな、次からは最初に名乗ることにするよ」
『礼儀正しくお辞儀もしてみよう、一発パーンでお釈迦様だよ。で? ご用件は? 最近は忙しいんですが』
俺は弾を売って欲しいから来て貰えるように頼んだ。彼女の承諾がくるまでに十秒程のラグがあったが、来てくれることは来てくれるらしい。
『スピード経営がうちの売りの一つでもあるからね。まぁ、
彼女の最後の一言が何故か引っ掛かる。今のをあわせて二度しか聞いていないのだが、とても冗談に思えない。まさか本当だとは思わないが、彼女は“魔女”と名乗るような輩だ。ストーカーでもされているのかと少し怖くなった。それと同時に今更ながら彼女はガンスミスの免許を持っているのだろうか。彼女が扱う銃は少なくともクラス3ディーラー以上でないと扱うことを許されない代物ばかりだし、銃自体をハンドメイドで製産しているならなお必要なはずだ。まぁ、彼女の場合そんなことは関係ないのだろう、元から彼女の扱う商品は戦死者達から引き剥いだものだ。それに彼女の性格からしてそんなことを気に留めることは多分無いのだろうと言う結論にいたる。以外と単純なことで世界のあちこちは回っている。
「♪あなたのために私は泣くの あなたの代わりに私は泣くの あなたは強いでしょ? だから泣いちゃダメ 泣くのは私 震える肩を抱き寄せて あなたは囁いてくれればいい ただ一言だけの “I love you”♪」
どこからともなく数十年前にヒットした曲のサビが聞こえてきた。歌唱力は高いが、どこかずれている気がする。その声自体はとても綺麗で、“透き通っている”とか“奥行きがある”というのはこういう声のことなんだろうと言うのが素人からしても分かる。そしてその声の主は“親愛なる”魔女ハルだ。彼女は何も持っていない状態でゆったりと姿を現した。無論、俺以外は彼女の存在を知らないので彼女に銃を向けたが、俺が手で制して銃口を下げさせる。軽く拍手をしながら俺はハルに話しかけた。
「良い歌声だ、東の方の国で年末に歌えるぞ」
「ご静聴ありがとー。でも裏返りかけたからあんま嬉しくない」
ハルはケラケラと笑いながら俺に近づき、手でくるりと空中に円を描いて何もない空中から何かを“引っ張り出した”。
「はい、他のみんなを見習いましょう」
「俺はしっかりと組織の規制は守るタイプでね」
彼女が俺に空中から引っ張り出したM8コンパクト・カービンを渡す。宿舎に置いてきたはずだが、それはどうだっていい。彼女が何故、どうやって持ってきたのかも謎でしかないが、考えるのも面倒だ。一言“魔法”と片付けた方が手っ取り早い。
「私のプレゼントはちゃんと使ってくれてるみたいだね、手入れもよくしてあるし」
「不思議なことにバレルなんかがほとんど劣化してない。手入れも楽だったよ」
「魔法ですよ~」
ハルが小さく笑った辺りで、カーラが割り込んできた。表情は困惑しているようにもどこか怒っているようにも見える。
「ちょっと待って、状況の説明よろしく頼めるかしら?」
「私武器商人で魔女、デイブと知り合い、キミ達に商品売りに来た。終わり!」
簡潔すぎて逆に要領を得ないが、そのくらいで良いだろう。
商売の話になってくると、ハルはだんだんテンションを上げてきた。元から高いのだがそれに輪をかけている。だがカーラは何故か怒らなかった。普段のカーラなら殴るか、下手をすれば鉛玉をぶち込む所なのだが、今回はそれが全くない。むしろ静かすぎて怖い。ただじっとハルを見つめているだけなのだ。
「今日は週に二日の特価デー。普段の20%オフの値段で各商品を提供します」
「今回は弾だけで良い」
「んっとね、ポイントがあんまり残ってないから必要な分揃えるとしたら現金の方が良いかも」
「都合良い、財布ならある」
現金はあまり残っていなかったが、小切手があったのでそれで代用した。何も持っていなかった彼女がどこから商品を取りだしたかというと謎でしかない、“魔法”だ。
「5.7x28弾*4は生産コストがまだ高めだからねぇ……。キミもデイブに感謝しなさい!」
パシリとアレンの肩を叩くハルの顔は生き生きとしていた。多分誰かをからかうことを生き甲斐にしているのだろう。
「お礼も言えないの? 無口でもお礼ぐらい言えなきゃ世の中渡れないぞ? そうだ、アレン、二匹一組の時デイブについて行きなよ。もしかしたら恩返し出来るかもよ?」
なぜアレンの名をハルが知っていたかというのはもう“魔法”としか言いようがない。アレンもアレンでぎこちなく頷くことしかできないようだった。オリバーは苦笑しながらその様子を見ているが、カーラは相変わらずハルを凝視している。
五分程誰彼構わずいじくり回していたハルはさすがに飽きたらしく、帰る支度をしていた。帰る支度と言っても、ただ小切手をどこかにしまって余った弾を空中にしまっただけだが。
「でわでわ皆の衆、健闘をお祈り致します。特にデイブ、“色んな意味で”頑張って」
「あ?」
「フフッ……
お決まりのセリフを残し、彼女の姿は薄くなっていった。カーラは狐につままれたような表情をしているが、数秒でいつもの顔に戻った。それよりも俺はハルの最後の言葉が気になって仕方がなかった。だがそれを考えるのはもうよそう、仕事に戻らなければ。予定より時間を食っている。
「それじゃあ、バディの編成だ」
「デイブはアレンとでしょ? 私はオリバーと組むわ」
「おい、ハルが何か言ってたうわごとを丸飲みか?」
俺が言うと、カーラはそれに即座に切り返した。
「隊長クラスの私とデイブが組むことは出来ない、どちらにも統率する人物が必要よ。アシッド兄弟は組ませると昼間みたいなことになりかねない。それと、私の得物は結局は“ハンドガン”、
確かに論理的ではあるが、そこかしこ引っ掛かるようなものがある気がする。だがとやかく言ってもいられまい。第一誰と組もうが相方は生きて返す自身はある。俺は肯定の頷きをカーラに返し、行動を大まかに伝えた。森の中を探索し、犯人を見つけて拘束、やむを得ない場合は排除。俺の組は西、カーラの組は東に進み、周りを囲むように森を進攻する手はずだ。
「良いか? 定時連絡は入れなくても良いが、異変や敵の発見、もしくは何らかの危機的状況に陥った場合は無線で連絡するんだ。じゃ、行くぞ」
「健闘を祈るわ、デイブ、アレン」
「死なないで下さいね、デイブ隊長。兄さんもデイブ隊長の足を引っ張らないように」
「大丈夫だろうよ。
俺達は作戦を開始した。
そろそろ夕暮れが近い。下手をすれば明日の朝までこの森で過ごす羽目になりそうだ。それに“相棒”はアレンだ。ご機嫌なトークも期待出来そうにない。早く切り上げるに限るが、森では慎重になりすぎると言うことがない。時間がかかりそうだ。出来れば日付が変わる前に帰りたい所だが、無理があるか……。
「アレン、お前の体毛は森では目立つ、ベストで胴を隠しててもだ。目立たないように行動しろ、良いな?」
アレンは小さく頷くだけだ。なんだか独り言を言っているようで虚しい。だが気にしてはいられない、彼と一緒にいれば嫌でもそうなる。森林地帯だけに言えることではないが、戦闘に勝利するための基本は相手より先に敵勢力を見つけることだ。だが動く存在ばかりを気にしているのはダメだ。カムフラージュして
「……! 止まれ」
俺はアレンをその場に止め、慎重に足下を探った。
「危ない所だ……。ブービートラップがあった」
木と木の間にロープが張ってある。おそらくこれに気付かず進んでいれば木の杭でも落ちてきただろう。こう言うものはいつかここに戻ってきた時に引っ掛からないよう処理するのが一番良い。俺はアレンを離れさせると、ナイフでロープを切った。それと同時に、長い釘で覆われた木の杭が振り子のように落ちてくる。あれに当たればおそらくサイドンの固い皮も突き破れる。俺にいたってはおそらく重さで原形を留めもしないだろう。罠があることが分かった時点で、敵はかなりの手練れと踏める。簡易のトラップでもいざ作るとなると素人では難しい。
「こちらデイブ、カーラ聞こえるか?」
俺はすぐにカーラに無線を繋いだ。この無線はどんな場所でも繋がるので都合が良い。すぐさまカーラの応答が来る。
「敵はブービートラップを仕掛けている。今ひとつ処理した所だ」
『あなたが処理出来たなら相手はルイスじゃないわね。彼の場合トリプルトラップだから』
ベータ・チームのリーダー、ルイスは罠を仕掛けることに関しては他の追随を許さない。今のようなトラップを解除した場合、第二のトラップが作動し、それを仮にかわされてもその先には第三のトラップがあるという、完全に逃げ場のない仕掛けになっている。しかもそれら一つ一つが単独のトラップとしても効果が高いのだから恐ろしい。
『注意するに越したことはないわね、気を付けて』
「そっちもな。ディナーまでには家に帰りたい、急ごう」
俺はアレンを連れ、更に慎重に行動を再開した。
しばらくの間、罠には遭遇しなかった。ただしこの辺りは自然の脅威が異常に多かった。底無し沼や毒蛇、有毒な粉をまき散らす植物など――ポケモンでない生物も普通に存在し、それらの存在はポケモンにとって有益、無害、有害のどれかに分けられている――下手をすれば罠よりも質の悪いものが勢揃いだった。そう言うものはナイフで排除するか、
「こうも毒蛇が多いと嫌になる、っと、こんな事言うと蛇連中から何を言われるかな」
特殊部隊の中にはハブネークがいる隊がある。彼にばれたら絞め殺されるかも知れないなと一瞬思った。それのせいで一瞬だけ呆けたが、そのあとすぐにアレンが俺の肩を叩いたので正気に戻った。彼は何か見つけたらしい。
「……ここから先に霧が立ちこめてるな。近いらしい」
「…………」
アレンが何か言いたげだが、結局何も言わなかった。おそらくアブソルの勘が働きかけたのだろう。こんな時に限ってアブソルがそばにいるとは何とも遺憾だ。それがなければ臆せず突入出来たというのに。
「慎重に行こう、敵がなんであるかすら曖昧なんだ。勢力の確認だけでもしておこう」
その時、突然無線に通信が入った。すぐさまそれに応答するが、返事が来ない。
「こちらデイブ。応答を」
『よう、悪いな、俺は現地にはいないが無線でサポートする。誰か分かるか?』
二、三度応答するように言うとやっと返事が返ってきた。聞き覚えのない雄の声だ。軽い感じがするが、ふざけている様子はない。俺は曖昧に知らないと言うことを伝えると、無線の相手は小さく笑って応答した。
『お前と同業。オメガ・チームの隊長だ』
「! ルーか?」
『そう、その通りだ』
オメガ・チーム隊長、その名はルー。コードネームで通しているらしく、本名ではない。彼と会話こそしたことはないが、会ったことはある。黒いバンダナを右目を隠すように巻いているイーブイで、顔立ちはかなり整っていた。優男という感じだったが、彼は単独で行動して任務を遂行することに長けている。しかも補給は無しだ。
「なんでサポートを?」
『森なら俺の専門だ。森の中にあるものなら大体分かるぞ。腹が減ったらその辺に生えてるキノココそっくりなキノコでも食べろ、それは“フウセンキノココモドキ”って言うキノコだ。味はしないが大きい分腹に溜まる。キノココと違うのは傘の中央部に突起がないことだ』
「誰もそんなこと聞いてないしキノコを生で食う勇気もない」
『そうだな、キノコを素人が生半可な知識で扱うと寿命が無くなる』
「取っつく先が違うぞ」
彼はどこかハルと同類な気がする。
『真面目な話をしようか。俺の専門はお前も知っての通り“潜入”だ。お前の関わった潜入任務の話を少し聞いたが、うん、随分お粗末だったよ。単独じゃないだけマシだが、複数の敵に囲まれたらいくらお前が強い戦士でもやられちまう。口だけで良いならレクチャーしてやるよ。聞いとくか?』
「レクチャーするぐらいならお前が来ても良いんじゃ?」
『冗談言うな、この間娘が産まれたんだ、“行かなきゃ殺す”とでも言われなきゃ誰が進んで危険に突っ込むんだよ。っとまぁ、多分俺はそっちの類だろうが、今は無理だな。そこまで行くのに時間がかかりすぎる。基本的に俺は乗り物がダメだし』
おそらく彼は無線の先で肩をすくめた。早く本題に入ってくれと一喝すると、彼は渋々と言った様子を出しながら真剣な口調に代わり、話を続けた。
『そこは森の中だ、音を立てる要素は市街地の数倍以上だ。つまり、お前達の立てる音もそうだが、敵の立てる音もお前達と同様の量あるんだ。戦闘で優位に立つにはまず敵の位置を把握することだ、それには五感の全てを使え。目が最も一般的で汎用性がある、だがそれ故に誰もが偽装を施す。だが目も重要だぞ。見つけるんだ、敵の姿、足跡、もしかしたら鱗みたいなものも落ちてるかも知れない。耳も活用しろ、敵の呼吸する音、衣擦れの音、足音、銃が鳴らす金属音、敵が炎タイプならもしかすると火の爆ぜる音も聞こえるかも知れない。嗅覚も活用するんだ、汗、火薬、金属、
ゆっくりと説明するので何となくだが感じは掴める。俺は一つ質問してみることにした。
「味覚は?」
『それは潜入においては最も重要なことだ』
「最も重要?」
『口の中に不味い味が広がっているのと自分の好きな味が広がっているのじゃどっちが集中出来る?』
「そりゃもちろん後者だが……」
『そう言うことだ』
集中が大事と言うことか。だがあまりに安直すぎる気がする。それでもプロフェッショナルの言うことなのだから信じる他無い。潜入に関しては俺の経験はあまりにお粗末だ。
『逆に今言った全てのことを無くしてしまえば見つかる心配はないが、無理だろ?』
「ああ。特に聴覚の辺りは」
呼吸音を止めることは出来ないよな、と彼が苦笑気味に言う。
『せめて出来るだけ減らすんだ。お前、ジグザグマだから体毛が森でのカモフラージュにはかなり貢献してるだろうが、それでも物足りないと思うなら服なんかに葉の付いてる木の枝なんかを付けるんだ。そうすれば身体の輪郭を視認しにくくなる。それと、金属部品なんかは身体にテーピングして何度か飛び跳ねて音がしないか確認する。敵の存在を察知したら見つからないように姿勢を低くするんだ、敵の存在が遠いなら高姿勢
「……なんとかな」
彼の話は息つく暇もない。それだけ彼が潜入任務を経験していると言うことだ。頼りになる存在だなと今更ながら思った。
『さて、チュートリアルは終わりだ。何か聞きたいことがあったら俺に
「あぁ、わかった」
無線通信を終えてから、俺は一息ため息を吐いた。何となく彼と話すのは疲れる、軽い感じの奴と話すのが苦手なのかも知れない。その点俺は硬いと言われてしまうこともあるのだが。さあ、ルーのチュートリアルが長引いてしまった、急いで行動しよう。アレンのことを忘れかけていたが、俺はすぐさま彼を引っ張って先に進んだ。霧の中ではまさに一寸先は闇と言った状態だが、時間がそれに拍車をかける。日が落ちかけていた。日没まで三十分あるかないかだろう。日が落ちてしまえば森の中では行動出来ない。明かりを点ければ敵に発見されてしまうし、点けなければ暗すぎて全く先が見えない。時間がない、そう思うと焦ってしまう。それは愚行だと何度か言い聞かせて落ち着いたのだが、いつの間にか焦って小走りになる自分がいるのだ。霧も濃くなってきて、爆破犯が近くにいるのだろうと疑わせる。慎重になれと自分に言い聞かせ続けながら、ルーに教わった潜入の極意をにわかに実戦してみる。静粛移動は時間がかかる上に無駄に体力を浪費するのだが、こんな状況ではとやかく言っていられないのだ。
「……!」
足音。こちらに近づいてくるようだ。俺はアレンに指示を出して、近くの木陰に移動させ、様子を窺う。足音は以前ゆっくりとこっちの方向に向かってくる。砂利道らしく、ザリッザリッと砂利が蹴散らされる音。隠そうともしていないようだ。緊張して呼吸が若干荒くなる。隠れているので見つかるというのがかなりの恐怖であり
その足音が、俺達の10メートル程先の辺りでピタリと止まった。もしやばれたのかと不安になる。
「……来たね、来たよ、来た来た来た……」
優しい感じの声、だがその声が野太いのだから怖い。言動からして、多分俺達の存在に感づいているのだ。
「俺を追って、白い人達がやってきた。怖い怖い怖い……。でも大丈夫、大丈夫だよ、俺は大丈夫。みんなみんなみんな、真っ黒にしてあげるからさ」
なんのことだ、アレンは確かに白いが、俺は白くはない。オリバーがいるのかと思ったが、正反対の方向に移動していたのにそんなことがあるはずがない。この森は割と広いのだ。そう思っていた次の瞬間、ガチャリと言う金属音に続き、何かが噴射される音がした。視界が明るくなる。オレンジ色の光、強力な熱風……。
「燃えろ燃えろ燃えろ!!」
「アレン!
俺の方に噴射された火炎が俺を焦がす前に、俺は飛び出してアレンの方に移動した。M8で撃とうとするが、熱風が邪魔をするし火炎で視界を遮られて敵の場所が分からない。火炎は容赦なく俺達を追い詰めていった。身を焼かれることこそ無かったが、あちこち毛が焦げてしまった。そして最悪な状態に陥る。
「崖!?」
敵はすぐそこ、背後は崖。どの位高いのかは暗いせいでよく分からないが、ここから落ちればまずいという事は分かる。霧の先にポツリと明かりが灯っている。奴だ。どんどん敵は近づいてきて、素顔が見える程までの距離に来た。リザードだ。見覚えのある顔だと思い、記憶を探ってみると、連続放火魔として指名手配されていたマシュー・オッドという人物だと気付いた。花火の工場で謝って火薬を誤爆させて以来、彼は爆薬などを使い放火や爆破事件を起こしているのだ。だがそれに気付いた所で俺には手の打ちようがなかった。マシューは火炎放射器を構えると俺達に向けて炎を噴射した。その時に怯んで一歩下がってしまった俺とアレンは、火炎を避けることに成功した。火炎は避けられた、でも崖からは落ちてしまった。
「うぉあぁぁぁ!!」
かなり高いらしい。これで地面に落ちれば間違いなく死ぬだろう。それよりも前に、溜まりに溜まったストレスに加えて高所から落ちる恐怖、アドレナリンが切れた等の要因があり俺は気を失ってしまった。アレンも同様らしいが、彼は悲鳴すらあげなかった。最期くらい彼の地声を聞いてみたかったのだが。
あとがき
こんばんは、DIRIです
これは素晴らしく酷い。なんて事でしょう。プロットを適当にしたのが間違いでした
アレン空気過ぎて困りますね。次からはどんどん行動していく予定なんですが…
直接的な官能表現は次から期待して下さい。テクニックが多少身に付いたデイブがどうなるかとかそう言うのを想像、もとい妄想して←
では、期待をせずに続きを待っていて下さい
最新の10件を表示しています。 コメントページを参照