作者:DIRI
「私は好きだよ、デイブのこと」
聞き慣れない声でそんなことを言われて戸惑わない奴がどこにいるというのだろうか。しかしパニックに陥ることは何事においても愚行である。しかしそんな考えも、月明かりに照らされた純白が俺に覆い被さった瞬間に消え失せてしまうのだが。
俺はデイブ。本名をデイビッド・ジョーンズという。そろそろ二十歳になるジグザグマだ。14歳の時から、俺は特殊作戦部隊の隊員として働いている。今では特に優秀な隊員のみが配属されるアルファ・チームの隊長にまで登り詰めているのだ。たゆまぬ訓練の結果であろうか。これまでにこなしてきた任務は数知れない。と言っても、主にここから遠く離れた場所への物資運搬や要人に危険が及ばぬように“見せる警備”を行ってきた。しかし、中には銃弾飛び交う中を駆け抜けるような危険な任務もあった。二ヶ月前のあの事件もその一つだ。ドレビン・ランバート、一匹のピカチュウが起こした世界規模の株価操作により経済が混乱させられそうになっていた。それをアルファ・チーム含むいくつかのチームで食い止めたのだ。と言っても、首謀者であるドレビンを取り押さえたに過ぎないのだが。そして、その任務が俺の運命を大きく変えていくことになったのは間違いない。俺はそこで彼女と出会った。エリザベス・マグワイア、リジーという娼婦のブースターだ。彼女には大きな犠牲を払わされた。我がチームの大黒柱であったセオドアを瀕死の重傷に追いやられ、希少な種族であるジムの左手を喪失させられた。しかし、そんな彼女と接していく内に、俺は彼女に惹かれ始めていた。彼女も俺を好きになっていた。いけないことではあるとどこかで思っていてもやはり好きになってしまっていたのだ。そしてその時に起こったドレビンの脱獄、同時にこの国の首都である町の中心で起こされたテロリズム。その任務をなんとか終わらせた。それは同時に彼女を釈放すると言うことでもあった。雌に興味を持ったこともなかった俺は気恥ずかしくて、結局何も言えなかった。でも、意識を取り戻したセオドアに一喝された俺は彼女に告白、もといプロポーズをした。自分を抑えきれなかった。そこまで彼女が愛しかった。……結果は、現在の状況を見て貰えれば分かるはずだ。
「起きなさい、デイブ」
「んぅ……」
「……もぉ」
唇に暖かいものが触れる感触がして俺は渋々と目を開けた。案の定、目の前には楽しそうな緋色の体毛に覆われた顔があった。寝起きにずっとキスをされているのは少し息苦しいので、俺はそっとその顔を押しのけた。
「……オフの日はゆっくり休ませてくれと何度言ったら……」
「『オフの日にはムニャムニャ……』じゃなくて、オフの日しか一緒にいられないでしょ?」
少し不機嫌そうな顔も可愛げがあって好きだ。と言うよりも、彼女ならどんな状態でも愛おしい。
「悪かったよリジー……。でも、昨日の夜はあんなにはしゃいだじゃないか……」
「そうだったわよねぇ~、デイブも上手くなってきてすごく良かった……」
その笑みは嫌いかも知れない。昨晩の行為を思いだして悦に浸っているのだとはいちいち口に出して言うまでもあるまい。
「言っておくが、隊長クラスの隊員でも訓練はしっかりと行うんだぞ? あちこち疲労が溜まってるのにあんなきつい運動をさせられたら……」
「“交尾はスポーツ”発言? それでも私は良いけど」
売春婦め、と毒突きたくなるがここは我慢だ。彼女はその事を言われるのが一番不快らしいのだから。ちなみに彼女はもう売春婦などはやめている。俺が稼いで来た分の金の三分の一は彼女の懐に入る。それを好きに使って良いと言ってあるので、親への仕送りなど彼女の思う通りに使わせていた。そう言えば、結婚してから一ヶ月経ったが彼女の家族には一度も会ったことがない。彼女があんな職に就いていたのだから様々な理由がありそうだが、やはり親戚になったのだから一度は会っておきたいものだ。
「あ、そうそう、
「ああ、わかった」
二世帯が同居していることになるが、姉のベス、義兄のハービーもまだ俺の家に住んでいる。ブースターにエーフィにサンダース、俺だけが希少種ではないのは苦笑せざるを得ない状況だ。それでも俺にはイーブイの血が流れているのだが。さて、いつまでもベッドに座っているわけにも行かない、早く朝食を済ませよう。
「……ねえ、デイブ」
既に彼女は朝食を済ませているらしい、俺はフレンチトーストを囓りモゴモゴと返事を返す。
「今日は義兄さんも
「ああ」
姉のベスは臨月なので病院である。出産予定日が今週中なのでハービーはいない。本来なら俺も病院に顔を出すべきだが、あいにくリジーがそれを許してくれないのだ。
「新婚夫婦が二人きりな訳でしょ?」
「そうだな」
「……ヤらない?」
「そう言えばジャックが予定より早く退院出来るそうだ」
強引に話をすり替える。こうしないと本当に襲われるような日々なのである。もしかすると彼女はこうやって俺が何か隠しているのではないか確認しているのかも知れない。とっさに話をすり替えれば口が滑ることだってあるだろう。そうだとしたら彼女はかなり巧妙な手段を持っていることになる。
「私を殺そうとしたあのキュウコンでしょ? あいつ嫌い」
「わからんでもないが……あいつが良かれと思ってやったことなんだ、あまり根に持ってやるな」
今となっては懐かしい限りだ。もしかすると彼のお陰で俺とリジーは結ばれたのかも知れないのだ。リジーが俺を好きになったのは彼が彼女を殺そうとしたのを止めたからなのだから。彼が暴走しなければ彼女を救う結果はおそらく無かっただろう。
俺が食後にミックスオレを飲んでいると、電話がかかってきた。俺が取ろうと思ったのだが、一歩手前でリジーが受話器を取る。あからさまにしてやったりという顔をしていたのであとで弄り倒そうと思う。
「はい、こちらジョーンズです。……ええ、私がデイビッドの妻です。……はい、わかりました」
会話は洩れてこなかったので相手が誰なのか分からない。しかし、リジーは俺に受話器を渡してきた。
「あなたの同僚の女の子から」
「同僚の女の子? カーラは女の子って歳でもないだろ」
「カーラじゃなくて別の人みたい」
おそらくカーラが聞いていたなら俺は叩きのめされていたであろう発言をしてしまったが、相手がカーラでないなら構わないだろう。リジーも一応カーラと面識はある。でもそこまで親しいわけではないのだが。とにかく、電話に応じることにしよう。
「電話替わりました、デイビッドです」
『あ、デイブさん? 僕です、オリバーです』
「なんだ……。リジーが『同僚の女の子』なんて言うから誰かと思ったぞ」
『あ、アハハ……女の子ですか……』
おそらく電話の向こう側で軽くうなだれているのだろうなと思った。オリバーは声も容姿も性格も雌にしか見えない。本人はそれをかなり気にしているが、他の誰にも気にしていると思われたくないらしかった。しかし周知の事実である。
「それで? お前が俺に用があるとは珍しいな」
『いやその……僕が用があるというか、カーラさんが携帯電話を無くしたらしくて僕が代わりに……』
「……また荷物持ちか、勘弁してくれ」
『ほ、本人に言って下さいよぉ~、大体僕だって兄さんに巻き込まれたんですからぁ』
オリバーの兄と言えばアレンだ。彼もカーラの荷物持ちをさせられているのだろうか。
「まぁいい、断った所でまたあった時にどやされるからな。どこにいる?」
『えーっと……』
電話からくぐもった声が聞こえる。カーラもそばにいるのか。電話を借りてカーラが電話すれば良かったんじゃないのかと思うのだが、オリバーも何かと理由があるのだろう。
『“いつもの所の東口”でわかります?』
「ショッピングモールの東口だなわかった、すぐに行くと伝えておいてくれ」
『はい。じゃあ急いで下さいね、さすがに僕じゃこの量の荷物は……』
そのあとオリバーの小さな悲鳴があって電話は切れた。……不穏な感じがする。カーラも調子に乗り始めたか……。買い物篭をこの小さな体に背負って歩き回る身にもなれと言うものだ。
リジーにカーラとの買い物に付き合うことを伝えると、「一緒に連れて行って欲しい」とごね始めた。抱きしめられて妖艶な笑みをたたえられつつ撫で回されてどう断れと言うのだろうか。これで断れる雄がいるとしたらそいつの頭はかなりぶっ飛んでいる。特に愛しい妻が相手となればまた断ることが難しくなる。
「俺は構わないんだが……カーラはどうだか分からないぞ?」
「大丈夫よ、印象悪そうじゃなかったし」
カーラとの面識は“尋問”の時しか無かったのだがそれなりな印象を受けたようだ。しかもその時の彼女は俺のことで悩み精神的に落ち込んでいたはずだが。なんにせよ、カーラに好印象を持っているというのは良いことだし、リジーは俺の荷物持ちに便乗して何か買うつもりなのである。金はあるので貴金属なんかを買われない限りは俺も特に文句を言ったりはしないのだが。さて、早めに行動した方が良いだろう、カーラはイライラし始めると血を見る事態を起こしかねない。最近買った白いインプレッサの運転席に乗り、助手席にリジーが乗り込みシートベルトを締めたのを確認してから車を発進させると、俺はリジーに対して一応注意をして置いた。
「リジー、カーラの前で出しゃばったら俺がやばいからそう言うの気を付けてくれよ?」
「善処しまーす」
……要するに惚気話でもなんでもカーラの興味のなさそうなことを言いまくると言うことか。あぁ、休日が終われば俺は叩きのめされるだろうな……。善処するなんて言葉は何もしないのと同じだ。朝から気が重い。
街の中央近くにあるショッピングモールに俺は車を止めた。無論言われた通り東口だ。それにしても、今更ながらこの街の“タフ”さに驚かされる。あまり買い物をするのが好きではないので街へ繰り出すことも希なのだが、テロが起きてまだ二ヶ月と少ししか経っていないにもかかわらずモールの中は人でごった返している。残党がまだいるかも知れないと注意を呼びかけているにもかかわらずだ。しかし警備員も以前来た時よりは増えている辺り、経営者側はピリピリしているのだろう。モールの中でテロでも起こされた日には信用はがた落ち、客は寄りつかなくなる。まあ、今は
「カーラ、待たせたな」
「デートだったら『そんなに待ってない』って言うんだろうけど、結構待たせたわね?」
「デートとかそう言う話をしないでくれるか?」
リジーの手前、あまりからかわれているのは見られたくない。カーラはリジーに気付くと、ゆっくりと紫煙を吐きだした。
「あらあら、奥さんとデートでもする気? 私はあなたに“荷物持ち”をさせに来てもらったんだけど」
「断れないだろ。お前もジャックに頼まれたらどうなんだ?」
「断るけど?」
そもそもカーラとでは価値観が違うのである。この切り返し方は詰めが甘い。
「カーラ、大丈夫、デートのつもりじゃないから」
「……ま、別に良いんだけどね。今日は親睦会と行きましょうか」
「ええ」
意気投合してくれるならありがたいが、間違ってもリジーが余計なことを言わないように気を配らなければならない。今も彼女は体中にナイフを隠し持っているのだから。
「所で、オリバーとアレンはどうした? 一緒じゃないのか?」
「アレンはまたオリバーを影に連れて行って“独特なスキンシップ”でも取ってるんでしょ? さっきまでいたのに」
「あれか……」
リジーが首を傾げていたので軽く説明することにした。アレンは何故かオリバーをよく殴っている。理由は不明だが、時にオリバーの頬が腫れ上がる程に強く殴っているのだ。
「えぇ!? それってある種の
「オリバー曰く、『あれって兄さんがシャイだから仕方ないんです』」
「『スキンシップみたいなものなんで気にしないで下さい』ですって」
「とんだマゾ……」
俺とカーラが続けて話すそれに対し、リジーは思ったことをそのまま口に出した。正直すぎるとも思えるが、彼女の性分なのだろう。いずれ得をするのは正直者だ。
「噂をすれば……」
「あわわわわ……ごめんなさい、兄さんが急に呼び出したもので……」
モールの中から現れたオリバーの頬には見えにくいが痣があった。しかし彼はニコニコと笑っていて全く気にも留めていないようだ。少し遅れて、アレンも姿を見せる。プライベートでもここまで目が死んでいるとなるといつ普通の目になるのだろうか。
「……えっと、ホントに雄……?」
「そ、そうですけど……僕ってそんなに雌みたいに見えます……?」
リジーはコクリと頷いた。その瞬間にオリバーの笑みが引きつったものに変わる。確かに初見のリジーからしてみれば雌としか思えない。アレンも目が死んでいなければオリバーと同じような扱いになったのかも知れない。身体的特徴で通常分かる範囲で見ようと思っても彼等は常にベストを身に付けていて胸のふくらみやらで判断することも出来ない。となると、結局は顔や声などで判断するしか無くなるので完璧に雌にしか見えない彼等はそう言う噂が立ってしまうのだ。リジーもご多分にもれずその意に達する。
「ベスト脱いじゃえば?」
「好きで着てるんで……」
「はいはいはい、そんなことどうだって良いから行くわよ~。オリバーにデイブ、荷物お願いね」
カーラがさっさと行ってしまったのでアレンはそれについていった。リジーもちらりと俺を見てから二匹に続く。そう言えば荷物で思いだしたが電話していた時にオリバーが悲鳴を上げていたが、もしや……。
「……頑張りましょうね、デイブさん」
「……もう帰りたくなってきた……」
オリバーが引っ張り出してきたカートの中には冗談としか思えない量の荷物が積まれていた。これなら家でリジーと行為にいそしんでいた方が楽だったかも知れない。ため息を吐いてから、俺はカートを引っ張って先に行ってしまった三匹を追いかけた。……買い物はまだ続くと思うともう一度ため息をせずにいられなかった。
「ウィンドウショッピングがここまで煩わしいと感じたのは今日が初めてだ。そしておそらく、これから先そう思うことはない」
「デイブ~、これ買っちゃって良い?」
「衝動買いはやめてくれ、頼むから」
「でもこれ~……」
「頼むから」
俺がカーラの買い物に加わってから三時間。俺はずっと荷物持ちをさせられ、妙なことも言ってしまうぐらいに疲れていた。理由としては数歩歩いては止まるという“興味のないものに対しての”ウィンドウショッピングに付き合わされ、常人なら二匹がかりでやっと運べるような量の荷物を一匹で運んでいるからだ。オリバーは力が弱いのでほとんど役にたたない。これ以上荷物を増やされるとなるとさすがの俺でも限界である。カートを引くためのベルトが千切れそうになっているのでさすがにこれ以上は無理だ。
「所で……こんなに大量な商品を車に積めるのか?」
「大丈夫、車は三台あるし。あ、もちろんデイブの合わせてね」
どこまで“たかる”気だ、とは言えないのが辛い所である。武器無しのタイマンなら確実に負ける。彼女は全く非の打ち所のない戦士なのだ。例え今現在、俺の目の前でリジーと化粧品について話し合っている時だってそれに変わりはない。とりあえず今日何度目になったか分からないため息をもう一度吐いておくことにする。
昼になったので、とりあえず昼食を取ることにした。しかしあの荷物はあからさまに邪魔なので全て車に詰め込んでおいたが……重量のバランスがおかしい、走行に支障はないだろうか。カーラ達は「小腹を満たすくらいで良い」と言っていたので行きつけの喫茶店に行くことにした。毎度の事ながら、カーラのわがまま振りは仕事の時には考えられない。おそらく仕事の間中本性を隠しているので休日にはたがが外れるのだろう。振り回される身になればその苦悩も分かるだろうが、あまり恨めしく思った所でどうにもなりはしない。
「海の方に行くの?」
「港の近くだ。そこで仕事する連中は早くに来るから今はちょうど良い頃合いだよ」
海に面したこの街は無論港がある。他の大陸や地域との交易や海産物などもありこの街は枯れることを知らない。この大陸の中で大国である我が国の首都と言うだけある。さて、向かう喫茶店の名は“SUNNY&sunny”。ハービーが走り屋と化してぐったりとしていた時に偶然見つけて立ち寄った小さな喫茶店だ。そこのウェイトレスは美人で有名らしい。確かに美人だしスタイルも抜群だったが、当時俺は雌に興味はなかったし、俺好みの雌だったというわけでもない。俺はただの常連客だ。
「ここだ。良い雰囲気の店だろ?」
「
「だな」
カーラ達が各々の車から降りてくるのを待ってから俺達は日だまりに入っていった。
「いらっしゃいませ……あら、デイブ!」
「やあ、ラン」
ウェイトレスのサンダース、ラン。これが例の美人ウェイトレスだ。どこを取っても雄なら鼻の下が伸びるのでは無かろうか。どこか艶めかしくもあるのだから。それを引き立たせているのは彼女の特殊な体毛のせいだろう。彼女はサンダースなのに黒い体毛を持っているのだ。
「カウンターにする?」
「いや、今日は連れがいる」
ランが俺の後ろにいる連中の数を数えようとしたが、止まった。どうかしたのかと思い、振り返ると、リジーも目を点にして固まっていた。
「……フレイム・ハニー……?」
後ろからランの声がし、今度は俺が固まった。フレイム・ハニー、これはリジーが娼婦として働いていた時の源氏名だ。何故彼女がそれを……?
「
今度はリジーが口を開く。黒蘭? 一体何のことだ……。
「あ~、ランとデイブ御一行! 入り口から早く退いて貰えるか? それじゃ商売にならない」
店長の声を聞いて俺とリジーとランの三匹はようやく正気に戻り、よそよそしいランの案内でテーブルに着いた。一体何なのかを理解していないオリバーはキョトキョトと俺達を見ていたが、カーラは煙草を吹かして立ち上る紫煙を眺めているしアレンは相変わらず死んだ魚のような目で今ランが運んできた水の入ったコップを見つめている。
「……あの~……どうかしましたか?」
オリバーがその場の空気に耐えかねたのか口を開く。ランがちょうど注文がないのを良いことに俺達のテーブルの所に来て話し始めた。
「どの位前だっけ、最後に会ったの」
「……半年前でしたっけ」
「そのくらいかなぁ、なんだかもっと経ったように感じるよ」
ランがリジーの回答を聞いてため息を吐く。
「……それで、デイブはどうしてハニーと一緒に? ……まさか買ってお持ち帰り?」
「なっ……冗談を言うなラン! 俺にだって許容範囲がある!」
「だって……ねぇ? ハニーは
その言葉にカーラが反応した。明らかに殺気立った眼でランを睨み付ける。常人なら思わず悲鳴を上げてもおかしくないが、ランはわずかにたじろいだだけだった。
「私が娼婦? バカにするんじゃないわよ、殺されたい?」
「か、カーラさん! 落ち着いて下さい……」
すかさずオリバーがカーラをなだめる。そうしないと本気でランを殺しかねないのだ。
「ラン、何故リジーの源氏名を知ってる?」
「何故って言われたら……まぁ、恥ずかしい話、元同業者だから……」
「な……」
つまりランは昔、娼婦だったと言うことになる。……にわかには信じられない話だが、証拠が揃っているわけだし否定する理由も特にない。酒が飲めたなら良い
客が俺達以外にいなくなったので、店長も混ざっての会話になる。色々と分かったので楽しい会話だが、終始無言で時々コーヒーをすするだけのアレンが完全に孤立している。しかしいつものことなのであまり気には留めなかった。
「ランはいつも無理するからさ……俺も心配でおつかいに行かせても何かあったんじゃないかって気疲れしちまう」
「それは店長が過保護なんだよ……もう昔みたいに子供じゃないんだから」
店長のロアが愚痴をこぼすがすぐさまランはそれに反応する。あえて茶化すのが俺の役目だろう。
「なかなか良いカップルじゃないかラン? 黒いサンダースを優しく包み込む大柄のサンダース、絵になるぞ」
「そりゃ嬉しいね。良いこと言うじゃないかデイブ。なんなら今見せようか?」
「ちょっとロア兄! からかわないでよ!」
ロアはサンダースだが少々大柄だ。そんな彼が腕を広げてしまえばランは易々と包み込まれる。だがロアがおどけた風でランを抱きしめようとすると乱は少し赤くなりながら怒り始めた。それは逆に隙を作ることになる。今一斉攻撃が始まった。
「先輩店長と仲良いじゃない」
「ランさんったら隅に置けないですね」
「若い内に遊べるなら遊んどきなさい、私みたいに年食ってくると相手見つけるの大変よ~」
「もぉ、みんなして私をからかって! 大体カーラはそんな事言う歳でも無いじゃない」
なかなかやかましい。
その時、新しい客が来た。さすがにランとロアは仕事を
「きゃっ! ちょっと、放して下さい!」
俺は声がした方を振り返った。ランが今し方やってきた客から腕を掴まれている。その客というのがいかにも柄の悪いチンピラという風貌のヘルガーだ。もめている内容は要するに「美人と噂されているウェイトレスと話がしてみたい」、あの手の連中の手と言ったら話の途中で外にでも連れ出して数匹係で薄暗い路地にでも連れ込みレイプ、そんな漫画みたいな手段を実際に執る奴が後を絶たないのだからこの街の暗黒面は浅くも広い。
「お客さん、ウェイトレスは仕事中なんで手を出さないで貰えますか? 不手際でもあったなら俺と話しましょう?」
「野郎はお呼びじゃねえんだよクズ!」
全く、最近の連中は口だけ悪い品のない奴ばかりだ。関わらないに限る。
「デイブ、先輩が……」
「あれは連中の問題だ。俺が介入してどうする?」
「デイブならやっつけられるでしょ? あんなチンピラ」
「それで? 俺は何の得をするんだ? ランとロアから礼を言われた所でおそらく表で
少し冷たくなっているコーヒーを飲みつつリジーに答えてやる。職業柄損得勘定が最低でも釣り合わなければ進んで行動したくない。第一、俺がラン達の前で強い所を見せたら何かしら疑われる。特殊部隊には秘匿性が求められるのだ。
俺がランとヘルガーの悶着を無視していると、横をヘルガーが通り過ぎた。諦めたらしい。この席の横を通ると言うことはトイレにでも行くのだろう。
「ちょっとあなた」
突然カーラがヘルガーを呼び止める。どういう気なのかと数秒考えた後、カーラの顔を見て考えるのをやめた。と言うより考えたくない。今にも笑い出しそうな程の表情をしていながら、目が“あの時の”目だった。
「ヒュウ、ねーちゃん良い身体してんじゃねえの。俺と遊ばねえ?」
「そうね、そうしましょう。ちょうど私、“欲求不満”だったし」
「いいねー! 外行こうぜぇ? それともトイレでヤっちまうか?」
「私は“ここ”で良いんだけど」
「言うね~」
ランとロアが汚物でも見るような目で二匹を見ている。さて、俺も注意しておこうかな。
「カーラ、外でやれ。床が汚れる」
「良いじゃないそのくらい」
「すっ込んでろターコ!」
「気が変わった、そこでやってくれ」
ランとロアが信じられないと言うような様子で俺を見る。さて、見慣れていない連中に忠告すべきだろう。
「リジー、ラン、ロア、終わるまで目を瞑ってろ」
「はぁ?」
「見ちゃいけないものってのもある」
そう言った時の俺の目はおそらくアレン程ではないが死んでいたに違いない。三匹が首を傾げつつ目を瞑ったのを確認してから俺はカーラに頷いた。オリバーもげんなりした様子だが見慣れているので目は閉じない。アレンは相変わらずだ。今、カーラの“欲求”を満たすための行為が始まる。
さすがのヘルガーも見られているので少々ためらい気味だ。俺は紙ナプキンを手元に用意しておいた。汚れてもこれで拭けばいい。意を決したヘルガーはカーラにキスしようと顔を近づけていく。俺は胸の前で十字を切ってヘルガーを見た。
「っ!」
小さな悲鳴を上げるヘルガーを見て、俺は床の心配をした。汚れはそう落ちるものじゃない。
「な、何のつもり……」
「勘違いもはなはだしいわね、クソ野郎。私は生まれてこの方誰かに抱かれたことなんて無い。抱かれるなら好きな雄とだけ。この意味分かる? あなたみたいな社会のゴミに誰がバージンくれてやるか」
じりじりと後ずさるヘルガーはおそらく生命の危機を感じている。どういう状態なのか俺には予想が容易についた。しかし、目を瞑っている三匹には一体何が起きてるのかわからないだろう。
「じょ、冗談……だよな……?」
「私冗談って苦手でね、大抵は“本気”だから。“
「や、やめっ……」
泣きそうな声を出すヘルガーには気の毒だが、俺には一応言っておこうと思うことがある。
「カーラ、声出させないようにな。三匹分の耳栓はない」
「でも……」
「多分外にも何匹かいるだろ」
「それ聞いて安心した」
その時のカーラの笑顔と言ったらない。何よりも恐ろしいものはそれだ。
「それじゃ、
あまり聞くことがない音がして次の瞬間俺の頬に生暖かい液体がかかった。ため息を吐いてから俺は紙ナプキンでそれを拭き取った。床所か壁や天井も掃除する羽目になりそうだ。
「ね、ねぇ……何の音? それにこれ……血のにおい……?」
「おいおい! 何したんだよ!?」
「吐きたくないなら目を開けないことを勧める」
普通の民間人が首を切り裂かれた死体を見て正気でいられるはずがない。正直死体というのは何度見ても慣れない。眼前で人の死を直面した時に湧くのは紛れもない恐怖そのものだ。何に対する恐怖なのかも分からない。強いて言うならば“死”そのものに恐怖するのだろう。よほど精神力の強いものでないと頭がおかしくなってしまう。
「オリバー、電話貸して」
「あ、はいどうぞ」
そう言えばカーラは携帯電話を無くしたと言っていた。しかしカーラには思う節があるらしく、「多分病院だと思う」と言っていた。つい最近、ジャックの見舞いに行っていたのでその時に落としてしまったのではないかと言うことだった。オリバーの携帯電話を借りたカーラは素早くボタンを押して電話をかけた。コール音は聞こえない距離だ。
「ハーイマキシィ、久しぶり」
なるほど、そう言うことか。マキシィというのは“裏”の住人であり、“掃除屋”なのだ。掃除するものは一片の痕跡も残さずに消し去るプロフェッショナル、要するに後処理という“
「……五分以内にSUNNY&sunnyって言う港にある喫茶店で仕事に来て。時間を守れなかったら言い訳を考えながら
それだけ言ってカーラは携帯電話を閉じてオリバーに返した。次にやることなど決まっているので俺はまた深くため息を吐いた。
「迷惑にならないようにやれよ?」
「迷惑? 私はノーベル平和賞を貰えると思うんだけど? 平和を乱すクズ共の息の根を止めて世の中を清潔にしてやってる」
「何でも良いからやるなら急いでくれ。こっちは長々とお前の“欲求不満”の解消を見てるのはうんざりだからな」
カーラは小さく頷いてから店の外に出た。とにかく、不慣れな三匹を店の奥にでも連れて行ってやらなければトラウマになりかねない。カーラは外にいる十数匹をナイフで惨殺しに行くのだから。もはや彼女が“
「一体……何なんだよ……」
ロアが重々しく口を開いた。多分見てしまったのだろう。隠し通すのはさすがに無理だ。大体隠していればカーラはただの殺人鬼になってしまう。まあ仮に打ち明けた所で人殺しには変わりないのだが。
「まぁ、僕達の仕事みたいなものですから」
「え? まさか、
「近い。カーラも俺も、オリバーもアレンも、何匹も殺してきたさ」
ランとロアが驚愕するのが見て取れる。当然だろう。リジーは俺の正体を知っているのでそんなことはなかったが、やはりどことなく浮かない顔をしている。リジーの頬をそっと撫でてやると、俺の手が触れた瞬間にビクリとした。やはり夫が人殺しであるというのはそれなりに恐怖を感じるものなのだろう。やるせない感じがして俺はため息を吐いた。それとほぼ同時に、店の外から銃声が聞こえた。
「あ、サタデーナイトスペシャル持ってたみたいですね。どうします?」
「どうするも何も……あのままじゃカーラが殺された所で正当防衛だろうよ。優秀な人材を失うわけにはいかない、加勢するぞ」
「了解。行こ、兄さん」
二匹はベストの中からそれぞれM9とFive-seveN*1を取り出す。あいにく俺の銃は車の中だ。
「ロア、銃はどこにある?」
「え? ここに……って何する気だ!?」
「カーラを死なせるわけにはいかない。小さな任務さ」
カウンターの下にある引き出しにM1911A1とM1A*2があった。サイズが大きいライフルは俺には不向きなのでM1911A1、コルト・ガバメントを持ち出した。マガジンも幾つかもらったが、弾薬代はあとで払うつもりだ。
「準備は良いな?」
オリバーとアレンは小さく頷いた。ミッションスタートだ。
「
日だまりの入り口を開け、素早く俺達三匹は死角の無いように展開する。カーラはさすがに銃を持った相手とナイフでやり合うのは危険だと踏み少し後退気味だ。チンピラ共は数匹カーラから惨殺されていたものの、あと十匹はいる。今更ながら人気のない時間帯でよかった。通報されたら事だ。さっさと仕留めるに限る。俺は武器を構えているチンピラに対して発砲した。M9と基本的な使い勝手は同じだが、反動がマイルドなので扱いやすい。その分銃自体が重いのだが。オリバーとアレンも同様に武器を構えているチンピラに対して攻撃を行った。カーラはそのうちに一時撤退する。
「カーラが掃除屋を呼んでる、全員片付けとけよ。数が増えたら面倒だ」
「了解……」
オリバーの声は沈んでいる。あまり人を撃つのが好きではないようだ。俺もあまり好きではない。撃つのが好きなのは
「切り札って言うのは最後にとっておくものよ」
カーラだ。手にはお得意のデザートイーグルが握られている。いつも使っている6インチバレルではなく10インチロングバレル仕様になっている。チンピラが吹っ飛ぶはずだ。
「残りは任せて。ここを
銃を持ったカーラにチンピラが勝てるはずもない。あとはご想像の通り、カーラが次々とチンピラの額をぶち抜いていった。まさに血の大洋だ。
「はぁ……すっきりした」
「いつも思うが、お前一歩間違えればただの殺人鬼だぞ?」
「快楽殺人者なんかじゃないわよ、人聞きの悪い」
俺が空を仰いでいると、車が駐車してきた。中からは一匹のデンリュウが現れる。
「……時間ギリギリね、マキシィ」
「仕方ないだろ~、デートの誘い断るのに時間食ったんだよぉ」
彼が掃除屋のマキシィ。雌好きな奴だがカーラがしょっちゅう呼ぶ辺り腕は確かだ。
「うわ~、今回はまた楽しそうなパーティーがあったみたいだねぇ? 味噌がはじけ飛んでら」
「雌をものとしか思ってない連中なんて全員くたばればいい。でしょ? マキシィ?」
「ハッ! 俺がいなくなったら困るのはそっちだよキャシー?」
いつも通りのやりとりだ。作業は企業秘密だと言うことなので、俺達は店の中に戻った。死臭漂う中にいるのは慣れない三匹にとっては苦だろうと思い、リジー達を店の奥に連れて行く。この店はロアの家の一階を店に改装してあるので、血まみれになっているカーラはシャワーを借りて血を洗い流していた。
「結局……デイブ、あなたって……」
「軍人だよ、俺達は」
ラン達に包み隠さず話すことにした。隠せば彼等にストレスが溜まるだろうと思ったからだ。今まで殺人者と楽しく会話していたのかと気に病むこともなくなるだろうと思った。
「……話してよかったの?」
「ホントはダメなんですけど……ねぇ? 隠してもお互い損しかしないですし?」
「とにかく、殺人なんて仕事のうちだ。無論“ほとんど”の連中が良しとは思ってない。俺も誰かを殺すたびに自己嫌悪だ。精神的にタフじゃないとやっていけない仕事さ」
「僕なんて人を撃つことすら嫌ですよ。痛いのは嫌いだから撃たれたら痛いってわかってるだけ……」
こうなってくると、今の今まで一言も声を発していないアレンが一番不気味で危険そうな雰囲気だ。彼は相変わらず目が死んでいるので感情がないかのようにも見える。しかし、オリバー曰く、アレンも無駄に人を殺すことは嫌いだそうだ。カーラはカーラで、「社会に対して全く不必要なチンピラなんかは殺しても別に良い」と言っている。結局一番危険なのはカーラだ。
「ヘイ、キャシー! 片付けといたよ。報酬はこっちの言い値で良いんだよな? なら5万いただくよ」
「振り込んどく。用事があったらまた呼ぶわ。次雌絡みのことで言い訳するようだったら別の掃除屋にあなたの骸を掃除してもらうからそのつもりで」
「そいつは怖いな、泣きそうだ。じゃ、ごひいきに」
マキシィの仕事は完璧だ。血の染み一つ残らない。店の中も外の駐車場も何の痕跡すら残っていない。
「……代金があれじゃなきゃ彼を雇いたい所だな」
「まったくだなロア。俺の嫁は掃除が苦手だから身に染みるよ」
「うるさいわよ!」
リジーに小突かれて俺はクスクスと笑った。やはりオフの日には誰かの死など見たくない。自分に関係ない赤の他人であってもだ。何というか、もっと平凡なことをやっていたいのだ。
「さて、この辺の店回ってみましょ。何かあるかも」
……勘弁して欲しい。
あとがき
こんにちは、DIRIです。何というか、銃やっぱ良いなぁ(爆
デイブとリジーは既に結婚してます。給料三ヶ月分のエンゲージリングは常に付けてます(笑
今回は官能表現が読者様の妄想に頼るというか、言葉だけでの表現になっています。むしろ今回はグロテスクオンリーです(爆
カーラ今更ながら滅茶苦茶なキャラだなと思います。オリバーとアレンが空気気味。特にアレンはセリフがないのでいるのかいないのか分かりません(汗
次から本題ですかね。期待せずに待っていて下さい。
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