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えむないん =M500= 3

/えむないん =M500= 3

作者:DIRI

えむないん =M500= 3 


第六幕 


 「ジャック、あの電気鼠(ピカチュウ)が何か吐いたって情報は?」

本題は例のピカチュウ、ドレビンだ。いつまでもリジーの希薄な情報を頼っているよりも当の本人の吐いた情報が一番使いようがある。だがおそらくあのペテン師は何を吐いてもでまかせばかりだろう。

「隊長のご想像の通り、『私の後ろには数万の軍勢がいる』だの『私を怒らせたらお前達など消し炭に変わる』だのわめいてばかりですよ。唯一吐いたことと言えば、『私の資産は大国が一つ買える程だ』とか言うことだけです」

奴は世界に詐欺を働いたような雄だ。当然だろう。有名無実の会社を作り、株価を操って世界経済を混乱させていたのだ。果たして元の資産はどこから来たのかという謎もあるが、それは後の捜査で調べ上げればいい。今は奴の資産をどこにしまい込んでいるか、そしてそれほど莫大な金をどうやって隠しているか。それを調べている。世界中からせしめた目が回る程の大金なのだ。それをどう処理するかは国の上層部が決めてくれるだろう。

 「それで……隊長の方はあの雌から何か?」

まだジャックはリジーのことを良く思っていない。当然であろうが、俺が彼女と親しく接していることにすら嫌悪感を感じているようだった。彼の心情が分からない訳ではないので、こちらも少し気が重い。

「やはり娼婦の情報源は侮れない。連中の目的と残党の居場所なんかも囁かれてたらしい。今はデルタ、イプシロン、ゼータ、エータがそれぞれ残党の排除に向かってる」
「久しぶりの大動員ですね。それで、目的っていうのは?」

笑ってしまう程現実離れしていて、それでいて月並みな発想なのだ。俺は肩をすくめながら答えた。

「世界征服だと」
「え? 世界征服?」

「ああ」と頷いたらジャックは吹き出した。今時世界征服などとはどこの出来の悪いアニメだろうか。10歳に満たない子供ですら笑って「無理」と答えるようなそんな目的である。世界各国の発展はめまぐるしい。発展途上国も数多くあるが、先進国も多い。そんな中で世界征服などと言って世界に反旗を翻そうものなら数分の内に鎮圧されてしまう。その鎮圧部隊に最初に動員されるであろう場所にいるからなおさら笑ってしまうのだ。

「ペテン師はさすがに言うことがデカいですね」
「まったくだ」

しかし笑ってもいられないのだ。なにせ莫大な資金を手にされているのだからそれを誰か同じ思想を持つ者にロンダリングされて渡ってしまえば一筋縄ではいかなくなる。まさかとは思うが国を買われてしまえばその国自体が敵になってしまい戦争沙汰になる。それはなんとしてでも避けたいから躍起になってドレビンの口を割らせようとしているのだ。

 「じゃあ隊長、失礼します。追加訓練があるんで」
「……ああ」

ジムの言葉を上に伝えたら何とか除隊は避けられたジャックではあったが、それでも250時間の追加訓練を言い渡されている。お陰で彼がいつも気を配っていた毛の艶は恐ろしく減退して、薄汚いの一言でも吐かれそうな程に彼の毛並みは荒れていた。俺より年上とは言え、彼もまだ年頃の青年なのだ。雌との出会いがないかとそれなりに必死なのである。その事でジムやセオドア、俺にも相談をしてくることがあった。……どうやら彼はカーラに気があるらしかった。「それなりにアプローチはしてみたけどからかわれて相手にされない」とか。意外に慎重だなと思ったのは言うまでもあるまい。彼の性格なら襲ってしまって他の雄の二の舞になるかと思ったのだが、それは何とか避けたいらしかった。
 カーラは元々雄に興味がないらしく、むしろガンマ・チームの中で一番雄々しいとすら言える。……雄々しいは言い過ぎかもしれないが、性格は男勝り、雄勝りだ。何しろ酒豪と呼ばれていたセオドアとの飲み比べでも楽々とセオドアを下し、ゼータ・チームにいるウインディのバーナードに組み手で圧勝している。その時の言葉が「雌だと思って舐めるなクソ野郎」だ。何にイライラしていたのだか。結局バーナードは全身打ち身でしばらく訓練に参加すらしなかった。
 カーラは特定の人物と二人きりの時にしか雌らしくしない。アルファ・チームの全員と、プライベートの友人の前だけ普通の雌らしい行動を取る。ガンマ・チームの隊長として部下を扱いている様を見てきた俺は、可愛らしい人形にキャーキャー言ったり喫茶店などで甘いものを真っ先に注文するカーラの姿を見た時はかなり引いた。何故か彼女はプライベートの時に俺に買い物の荷物持ちを頼みたがる。一時はまさか俺に気があるのではあるまいかと不安になって恐る恐る聞いてみたことがある。そうしたら「仲の良い友達としては見てるけど異性としてみたことはない」と言っていたのでとりあえず安心した。だが我が家に帰り着けばハービーが待ってましたとばかりに「今日のデートはどうだった?」と聞いてくる。それを言わせないためにわざわざハービーの好物のケーキを買う身にもなって欲しい。まあカーラはその時既に自分用のケーキを選ぶのに夢中になっているのだからそんなことを言っても無駄なのだろうが。
 そう言えば、一度カーラを家に招いたことがある。何故かジムと一緒だったが。その時は俺を除いていきなり酒を飲んでドンチャン騒ぎを始めた。酔ったハービーはいきなり泣きながら俺に「最近夜の方がご無沙汰なんだよ。お姉ちゃんは俺が嫌いになったのかな?」とか愚痴をこぼしてくるし、セオドアとカーラは例の飲み比べを始めるし、ジムは母語で饒舌に話しかけてくるので何を言っているのか分からないしで大変だった。酒に弱い俺の姉と酒を飲める年齢ではない俺は飲まずに遠慮していたが、俺はここまで酒は理性をぶっ壊すものなのかと興味が湧いてきた。その時カーラは俺の姉に対し「なんでそんなチクチクした奴と結婚したのか分からない」とか「そんな生意気な弟がいると大変でしょ?」とか、挙げ句の果てには「襲っちゃって良い?」と爆弾発言をしていた。酔った勢いではあろうが、もしかしたらカーラにはレズビアンの気があるのかもしれない。だとしたらジャックは気の毒なものだ。未だバージンなのも頷けると言うものであろう。余談だが夜がご無沙汰と言っていたハービーはその夜に姉に襲われたらしい。そのほくほく顔を殴ったのは言うまでもあるまい。
 カーラは無論ジャックが自分に気があることを知っている。そこは雌のずるさと言おうか、はねつけることもせず受け入れることもせず、ただジャックをからかい続けるのだ。それがジャックを向きにさせる要因にもなる。また(むくろ)が一つ増えるのでは無かろうか。そうなったらさすがに俺は黙っていないが。

「随分と面白い顔してるじゃない?」
「あぁ?」

噂をすれば、ではないがカーラである。タイミングから言って俺の思考でも読んでいたのでは無かろうかと思ってしまう。だがそれはないだろう。

「いや、ジョンが追加訓練を受けているから何となくお前のことが思い浮かんでな」
「私があの子を扱くの見たいの?」
「いいや、それだとジョンが途中でくたばっちまう」

それほどに苛烈である。ガンマ・チームの隊員が筋骨隆々なのはカーラのせい……もとい、カーラのお陰だと言っても過言ではない。カーラ自身も華奢ではあるが無駄な肉の一つもない鮮麗された体付きである。そのくせ「綺麗な毛は雌の命」などと言って絶対に毛の手入れは怠らないのだから意外とちゃっかりしている。

 「あなたの部下の様子はどう?」
「相変わらずだ。セオドアはまだ意識を取り戻さないしジムの手もまだ治るめどが立たない。まあ……ジムの方は収穫ありだったがな」

首を傾げるカーラに看護婦のミランダのことを伝えると驚いていたようだった。

「高校の後輩よ。結構仲良くしてたから看護婦になったのも知ってたけど……。へぇ、ジムがあの娘にねぇ……」
「……まさか、野暮なことを考えてる訳じゃ?」
「“粋”な事よ」

さて、強引になんでもやってしまう彼女であるが一体どんな策を講じるというのだろうか。正直関わりたくないのだが、ジムの身を案じてしまう。いや、ジムよりもミランダのことの方が心配だ。

 「まぁ、それは置いといて……。あの娘はどうなったの? 元気になった?」

リジーのことであろう。まさか「あなたのことが好き」と告白されたという訳にもいくまい。カーラならハービーの数倍の激しさで茶化してくる。カーラとやり合えば五分五分なのだから遠慮無しにずけずけと言って来るに違いない。この場合はオブラートに包みつつ事実を話すのが一番良い。

「まあ、多分明日からは大丈夫だろう。今回は問題を起こすこともなかった。俺には少々困った事態かもしれんが」
「困った事態?」
「落ち着いて考えてみればそうでもないがな」

そう、落ち着いて考えれば自らがリジーにどんな印象を抱いているのか、そしてそれがどの程度のものなのかがはっきりと分かってくるのである。彼女を釈放した時に俺が取る行動は決まっているのだ。それの下準備もしなくてはなるまい。

「……ま、何だかは知らないけど、あの娘が元気になるならよかったじゃない? デイブったら面白いぐらい挙動不審だったし」
「…………」

気恥ずかしい。それである。思わず顔を背けた。

「ホント雄をからかうのって楽しい」
「そんな風だからいつまでも処女なんだよ」

あら酷い、と彼女は言うものの、全く嫌そうな素振りすら見せない。今ここで暴行を加えても、おそらく返り討ちだろう。彼女の腕、胸、腹、背、腰、尾、足の至る所にあるダガーナイフが思わず目に入る。仕事がオフの日でも絶対にこのナイフは常備しているのだから彼女はたちが悪い。ごろつきが彼女に絡もうものなら“正当防衛”の名の下にそのごろつきの額にはナイフが突き刺さっているのだから。秘匿性が求められる特殊部隊に所属しているというのにどういう了見だろうか。

「とにかく、あの娘もあなたも大丈夫そうね」
「当然だ」

カーラはクスクスと笑った。何だか自分が向きになっているような気がしてならない。雌に弱みを見せたら終わりだ。

 「……デイブ、気を付けてね」
「? 何が?」

急に真剣な顔をしたカーラに思わず動揺してしまう。だがその動揺はすぐに捨て去って彼女の話を聞くことにした。

「私の“雌の勘”、それと“野生の勘”なんだけど……。何か起きるわ」
「何かって……何が?」
「それは分からないけどとにかく何か起きると思うのよ。とんでもないことがね」

生唾を飲み、思わず俺も真剣な顔になってしまう。

「とてつもなく危険な事よ……。十分注意して」
「……わかった。気を付けよう」

カーラは小さく頷いてから俺と別れて自分の部屋に戻っていった。彼女の勘がどんな意味であるのかはその時の俺は知る由もなかった。


第七幕 


 忙しい中ではあったが、仕事というものに休みは必ず付いてくるのだ。今日は昼までの勤めが終わればアルファ、ベータ、ガンマの隊員達には休暇が与えられる。俺にとっては好都合だった。とにかく一旦我が家に戻らなくては。

「デイビィ、今日から二日間お前は上司じゃなくて俺の弟だぞ~」
「毎回言ってるな。だが俺の家から追い出されたくなかったら口を慎め」

ハービーの口はこう言えばいつだって封じることが出来る。無論、それは家の中にいなければの話だ。なにせ我が家には常に俺の姉、ベスがいる。家の中でそんなことを言えばベスを追い出すことに等しい。

「とにかく~、ベティのいる我が家へさっさと帰ろう」
「俺の家だ。お前が上がり込んでこなければ姉弟でずっと使えていたというのに」

この愚痴も毎回のことだ。まあ、ハービーがそんなことを言う度に言っているから休日初日の恒例という訳でもないのだが。
 ハービーの運転する車に乗って流れる景色を見つめていて、ふとリジーのことが思い浮かぶ。二日間彼女に会うことは出来なくなるが、彼女はちゃんと元気にしてくれているのだろうか。ちゃんと食事を摂って、俺以外の隊員にもちゃんと情報を提供してくれるだろうか。心配である。

「恋は人を盲目にする」
「あ?」

運転しながらハービーは急にこんな事を言い出した。訝しげに彼を見るが、全くもってふざけている様子はない。それでも小さく笑っているが、真剣そうな顔をしている。

「いやさ、お前を見てて思うんだよ」
「俺は別に……」
「嘘吐けよ、思う節あるくせにさ」

事実であるが故に俺は黙ってしまった。それをちらりと見てまたハービーは笑った。

「あのブースターだろ。なかなか美人だしな」
「……茶化す気か? それとも……」
「おいおい、心外だな。俺はちゃんとお前に言ってやろうと思ってるのにさ」

「何を?」と聞き返すと、ハービーは車の速度を上げた。時々走り屋気質になる彼がパッシングでも受けたらと思うと気が気でない。何やら彼は若かりし頃今乗っているこの黄色い車で高速を爆走して警察に御用になったことがあるとか。とにかく彼が速度を上げた時は大概本気なのだ。

「人生は長いようで短い。ぶっ飛ばせる時に飛ばしておかないと、ガス欠でろくでもない終わり方をする。わかったら全力で目の前にある目標までぶっ飛ばせ」

おかしな例えではあるが、意味は分かる。

「……ああ、わかったよ。ありがとう。珍しく良いことを言うじゃないか」
「義理とは言え兄弟だからな。だけど、珍しくじゃない、いつもだ」
「よく言うよ全く」

笑いあった俺達は結局仲が良いのかもしれない。ハービーはリジーのことをベスに黙っているそうだ。俺のことについては過保護なぐらいのベスであるから、そんなことを言ったら顔を見て会話をしなければ収まらないだろうからと言うことだった。確かにそうだろう。ベスがハービーと結婚した理由も、「断ってるのに形振(なりふ)り構わずに私の気を引こうと危ないことをしている彼を守ってあげたくなったから」らしい。その時に俺はプライベートで初めてハービーと出会ったが、まさかベータ・チームの隊員であったとは思わなかった。彼と俺の心境も知らずにベスは着々と婚約の準備をしていたのだから、一途と言うか何というか、母性に溢れた雌である。

 「ただいま~、ベティ~」
「は~い、今行きますよ~」

惚気るんじゃないと言いたくなるがここは我慢だ。久しぶりの帰宅で早々気分を害してしまうのは気が引ける。

「おかえりなさいあなた、デイブ」
「ああ、ただいま、姉さん」

このエーフィが俺の姉のベス。種類は全然違うが、血の繋がった姉弟だ。時々、ほんの希にあることなのだが、母親の種類の子供が生まれずにその配偶者の種類の子供が生まれることがある。俺達の父親はジグザグマで、母親はイーブイだった。俺がジグザグマで産まれたという事に両親もベスも負い目を感じることはなかったそうだが、俺自身が何だかジグザグマに生まれたことが場違いな気がして、幼少の頃は母方の実家にある雷の石や炎の石なんかを勝手に持ち出し、触れてみて進化しないかと何度も試していた。無論進化するなどと言うことはなく、祖母に(たしな)められてしゅんとしていた記憶がある。ちなみに両親は健在だが、両親とも先天的に進化することが出来ない身体に生まれていてジグザグマとイーブイのままである。ベスはそれが遺伝することはなかったようだが、俺にはしっかりと受け継がれてしまっていた。まあ、元々冷めた性格で何かに興味が湧いたりしてジグザグに動いたりすることもないので別に構わないのだが。マッスグマに進化してしまえば身体の構造上直進しかできなくなって逆に不便そうだ。

「アハハ~、大きくなって~」

ハービーはベスの腹をくすぐった。ベスは妊娠中なのである。大体二ヶ月ぐらい経ったであろうか。ベスも「そうでしょ~」などと惚気ているので、完全に冷め切っている俺がここにいるのは少し酷だ。

「姉さん、玄関は冷える。リビングに行こう」

こう言わなければいつまで玄関で惚気続けられていただろうか。考えるだけで寒気がする。ちなみにそろそろ夏になろうかという季節なので玄関先が冷えるなどと言うことは全くない。我ながらとっさに出てくる文句は行き当たりばったりにも程がある。
 この家は俺が14の時から軍の特殊部隊に入隊して得た給料で購入した一軒家である。町並みから少し離れた、狭いながらに庭もあり二階建ての近代的な家。ちなみに、何故俺個人が購入した家にベスが住んでいるかというと、俺達の実家が田舎にあって全くもって現代の家と言えないような所に嫌気がさしたからである。俺はあの何とも言えない感じはそれなりに好きだったが、少し都会に住みたいというベスの要望に応えるがために買った家でもあるのだ。どうしても俺はベスに甘くなってしまう。
 家にいる時は家事全般はベスに任せているが、何故かハービーが料理の腕前がプロ並みなので料理は彼に任せている。今も夕食を作っている所だ。俺はと言えば、家主なのでまったり過ごしている。力仕事となれば俺が手伝うこともあるが、大抵ベスが念力を使って片付けるので力仕事など無いに等しい。

「はい、お待ち遠様~。白身魚のフライと温野菜サラダ、それとコンソメスープ。白身魚のフライにはウブの実とクラボの実の果汁を混ぜたドレッシング、サラダにはオリーブオイルとノメルの実、オボンの実、パプリカで作った特製ドレッシングをかけて召し上がれ~」

フライに使っている魚をさばく所からやっているのだ。逆にここまで来ると特殊部隊など辞めて自分の店でも持ったらどうかと言いたくなる。そうすれば義弟が上司という何とも複雑な関係も終わるというのに。ああ、それにしてもハービーの料理は期待を裏切らない美味さだ。俺は簡単なものしか作れない。チャーハンが良い所だろう。少し前だが、ハービーにそう言ったら急にチャーハンにあれこれ素材を入れて色んな亜種を作り出していた。海老、鮭、蟹、キムチ……。バジルとオリーブオイルを入れてサッパリさせたり醤油を入れて味を濃厚にしたり、正直俺では考えつかない辺りまで行っている。そして今何気なく聞いたことだが彼は調理師免許を持っているらしかった。なるほど、上手いはずである。
 俺は食事を済ませて食器を片付けてからさっさと自分の寝室に入った。明日はそれなりに勇気を出したことをしなければならないのでさっさと寝ておきたい。こんな事でベスが妊娠していることを良かったと思う。例の「夜の方がご無沙汰なんだよ」と言うハービーの発言から、毎晩、毎晩である。俺がいると言うことも忘れているようにベスとハービーが励んでいる音、それと小さいながらに声がするのである。都合の悪いことに俺の寝室の真上に二匹の寝室があるのだ。ベスが妊娠していなければ今夜もギシギシとベッドのきしむ音と二匹の喘ぎ声、ベスの絶頂に達した時の嬌声を聞かされることになっていただろう。そうなれば目が冴えて眠れもしない。俺も雄なのだ。枕が変わると眠れないなどとは言うものの、俺にはそんなことは全くない。さあ、さっさと寝てしまおう。面倒なことが起こらないように祈りつつだが。

 
 「出かけてくる」

そうベスに言ってから、俺はバイクに乗って街に繰り出した。まあバイクと言っても原付のようなものだが。今更ながら何故フルフェイスのヘルメットを選んだのか分からない。元々ジグザグマはそこまで四肢が長い訳じゃないからヘルメットを被るのも一苦労だというのに。そんな苦労もあるなと思いつつ、街の入り口で駐輪場を探してバイクを止めておいた。町中は大通りよりも少し狭い所の方が良い場所があるものだ。ちなみにだが、現在俺は銃を携行していない。銃が許可を得れば護身用に買える国ではあるが、一般に持ち歩くことは許されていない。家の中か、移動する時は車内に単発式(セミオートオンリー)の民間用ライフルを一丁積むことぐらいしか出来ない。俺も一応バイクにM9を一丁忍ばせてあるが、バイクを置いてきた以上武器は己の肉体のみである。それでも白兵戦のためにCQC、Close Quarters Combat(クロース・クォーターズ・コンバット)を体得しているのでいきなり銃で撃たれたりしない限り負ける訳がない。筋力もその辺にいるチンピラに負けるとは微塵も思っていない。

 「ここか……」

帰宅の車中でハービーに聞いた店だ。この店のことを聞いた時ハービーはハンドルを誤操作して対向車線に乗り出してしまった。確かに驚くかもしれないがそこまで驚かなくても良いんじゃないかと思う。さすがに少し傷ついた。

「……さすがに高い……」

並の収入の雄達が数ヶ月分の金を叩かなければ買えないようなものなのだから……。ハービーも二ヶ月分ぐらいの給料を使ったらしい。だがハービーの収入は並の職業とは桁が違う。そして俺の給料はそれの上を行く。だがあえて三ヶ月分の給料を使ってやる。俺の意地、俺という雄の意地だ。野暮ったくなく、かつシンプル過ぎない。そんなものを探して……と言う部分は割愛しておく。理由は多々あるが、一番の理由として俺が気恥ずかしい。
 さて、用事は済んだ。もう帰るか……。

「あら、隊長さん」

まずい所で妙な人と出くわしてしまった。エミーだ。娘のシエラもいる。

「あ、ああ、エマさん……どうも」
「エミーで良いですよ。……この店は……」

店のことをエミーが確認している。看板を見るだけでどんな店か分かってしまうのだから俺は体中から冷や汗が出てきていた。さて、何と言われてしまうのだろう……。

「ママ、このおじさんは?」
「え? ああ、この人はパパのお友達よ。デイビッドさん」

コリンクのシエラはまだ少し子供っぽい。そして言わせてもらうがおじさんではない。

「よろしく、デイビッドさん! 私シエラって言うの」
「ああ、よろしく。……あと、俺はおじさんじゃないからな」

成人するのは18歳、俺は19歳だから既に成人はしているもののまだ“お兄さん”で通る年齢だ。ちなみに飲酒と喫煙は20歳からである。

「それで隊長さん、一体この店で何を?」
「エミーさん、プライベートでは隊長と呼ぶのをやめてもらえますか。防諜のために」
「ああ、失礼しました」

特殊部隊というものは秘匿性が求められるのだ。それであってもやはりごくわずかな噂から情報が露呈されることも時々ある。

「改めて、デイビッドさん、一体この店で何をしてらしたんですか?」
「……プライベートのことなので、言えません」
「そう……ですか……」

俺の持っているバッグをエミーがちらりと見る。何を考えているのかなど考える必要もない。

「不謹慎かもしれませんが……俺は……」
「私はそんなことを思った訳じゃありません。エドワードに伝えてあげないといけないなって思ったんです」

驚愕。そればかりだ。おおらか、とは違うかもしれない。だがそれに近いような、彼女はそんな人らしい。

「……すいません」
「いえ、そう思うのが当然ですよ。それじゃ、まだ用事がありますので失礼します」
「バイバイ、デイビッドさん!」

エミーに会釈、シエラに手を振って別れ、俺は街の入り口に止めてあるバイクの所に戻って家路についた。
 まだ昼頃、やろうと思っていたことは済んだので特にもうやることはない。だからリビングでだらだら過ごそうかと思っていたが……。

「……まあ、はしゃぎ過ぎないようにしてくれ」

リビングに入った途端、ハービーとベスがディープキスしていた。無論、二匹が突然の俺の登場に飛び上がる程驚いたのは言うまでもあるまい。あの調子だと妊娠中なのにそのまま行為まで行ってしまいそうな気がして恐ろしい。それほどにラブラブなカップル、もとい、鴛鴦夫婦なのだ。真っ昼間から何をしているのかと言いたくなるがその辺りを言及した所でろくな答えを期待する方がバカだ。そんな二匹がいる中で蚊帳の外で冷め切った俺がいれば完全に気疲れしてしまう。だから俺は自分の部屋に行って手持ちぶさたで買っただけで読みもしなかった本を嫌々ながら読むしかない。活字ばかり見ていると本当に頭が痛くなる。任務のブリーフィングも本当は嫌々やっている。仕事だからと言うのと、ブリーフィングをちゃんと受けたかどうかで生死が決まると言っても過言ではないのでちゃんと受けているだけだ。

「……明後日まで、暇だな……」

それももう、ハービーとベスが結婚してからは毎日のことなのだが。


第八幕 


 暇な休暇が終わり、俺はまた兵舎にいた。もちろんあの時買ったものも一応持ってきている。多分使うことはないと思うが……。念のためだ。

「あら、デイブ」
「二日ぶりだなカーラ」
「一昨日電話したんだけど、どこ行ってたの?」

まさか言う訳にいくまい。カーラに言ってしまえばまさに電光石火のスピードで広まってしまう。

「ああちょっと……街の方に」
「なんだ、行き違い? もぉ~、あなたがいなかったからうざったい親父と家で過ごしたのよ? 私の身にもなってくれる?」
「そりゃ悪かったな」

肩をすくめて笑うとカーラから睨まれた。カーラの父親はグラエナで軍の少将だったらしい。とても厳しいらしく、カーラが隊長クラスにすぐ登り詰めたのは父親の英才教育があったからだ。

「じゃあとりあえず、リジーに会ってくる」
「ぞっこんね」
「やかましい! そんなんじゃない!」

向きになってしまう時点で負けなのだ。まずいことになったな……。

「頼むから誰にも言うな」
「どうしようかしら?」
「キャサリン……!」
「冗談よ冗談! 雄からかうのってホントに楽しい」

ここで悪態を吐けば逆上される可能性がある。……雌とはどうしてここまで面倒なものか……。

 「やぁ、リジー」
「デイブ!」

彼女は大分顔色もよくなり、元気だった。俺が来たことに喜んでくれているようだ。

「二日の休暇はホントに暇だった」
「私に会えなかったから?」

「そうだよ」と言ってしまいそうだったが今は我慢だ。

「いいや、姉と義理の兄にテレビがあるリビングを独占されてた」
「……そこは『そうだよ』とか言ってくれなきゃダメでしょ。そんな風じゃ、どうせ今まで彼女いなかったでしょ」
「やかましい」

言ったとしても多分からかわれていたんだろうなと思う。そして彼女が言ったことは事実である。俺は産まれてこの方雌に縁がない。雄が多いこの施設の中ではよく猥談が持ち上がる。性風俗の店に行ってどうのこうのと言っている奴がいて、周りに話が振られていき、セオドアが「俺には愛しの妻がいるからそんな場所には行かない」と言った後に俺に話が振られて「雌に興味を持ったことはない」と言ってしまったら笑いのネタが出来てしまった。かなり屈辱的だったが、「自分も童貞」と言うジムのまさかの一言で一気に周りが静かになっていた。当然ながら、ジャックは唖然としていた。

 「それで? 今回もお仕事?」
「ん? ああ……いや、資料を忘れた」

彼女は小さく笑ったが、おそらく俺がわざと資料を忘れてきたことぐらい分かっているはずだ。

「……ねぇ、デイブ」
「なんだ?」
「……私……いつここから出られる?」

一瞬言葉に詰ってしまった。

「……今のこの騒動が一区切りしたら釈放する予定だ」
「どの位かかりそう?」
「……見当もつかない。あの電気鼠め、肝心なことを吐かないからいつまで経っても進みもしない」

そろそろ彼女の持っている情報も限界がくるだろう。だがそれでも釈放することは出来ない。もしかしたら彼女が鍵と言うこともあり得るのだ。今までそう言うことが何度かあった。雇った娼婦に問題となった品を預けて難を逃れようとする輩が今まで何匹かいたのだ。

 「……デイブ」
「ん?」
「……私もう……ホントに我慢出来ない」
「……何が?」
「分かってるくせに……」

その通り、わかっている。分からないはずがない。彼女の目が欲に満ちているのを誰が見逃すだろうか。

「俺は相手をしない」
「……全部じゃなくて良いの……ダメ?」
「……言いたくはないが、お前には前科がある。襲われないか心配だ」

彼女は俯いてしまったが、俺は当然のことを言ったまでだ。捕虜にしている雌から確保した隊の隊長が襲われてしまうなどと言うことがあったら本当に恥ずかしくて出歩けない。

「っぅおっ!?」

と思っていた矢先だ。リジーが急に飛びかかってきて押し倒された。その時感じたのはまさに恐怖だった。欲に虚ろんだ目で麗しい少女が俺を押し倒してあっという間に唇を奪っていくのだから。

「んぅっ! ん~!!」

何とかうめき声を出すが、俺がリジーに会いに来る時は看守がサボって2時間程どこかに行っている時を狙ってきている。だから看守にこのうめき声が聞こえるはずもないし、何故か俺がここに来る時は誰も近寄ってはならないという暗黙が出来上がってしまっているので誰にも気付かれることはない。
 リジーの舌が俺の舌に絡みついてくる。欲を溜め込んだ彼女は既に理性というものがどこかに行ってしまっているようだ。ただ俺を求めて、いや、俺という雄を求めて彼女は行動している。絡みつく舌は激しく俺の口内を犯し、危うく俺も理性が飛びそうになる。だがそれは完全にプライドを打ち砕くことになってしまう。必死に理性を保ちつつ、彼女を押しのけようとするが押し倒されている上に四肢を押さえつけられてもはや藻掻くことしかできない。しかも悪いことに入浴したあとだったらしく雌の香りが俺の脳を犯していって抵抗する気力が失せつつある。

 「んっ!? んんぅっ!!」

リジーが完全に俺を襲う気なのを再確認した。俺の雄の象徴を撫で始めたのだ。言っておくが、俺は今まで性欲など感じたことはない。未だにそんな話を聞いたりしても気恥ずかしい。うぶと言えばまだ聞こえ方は良いかもしれないが悪く言えば精神年齢が低い。つまりまだ子供だと言うことだ。それでも身体は大人なのだから当然反応してしまう。活動をやめつつあった脳が再び活性化する。主に逃げろと言う方向に。

「んぅっ!」
「ぷはっ……」

激しく藻掻いたためにキスからは逃れることが出来たが、まだ押さえつけられたままで……いや、左腕が自由になっている。よし、この手で突き飛ばせば……

「ふぐっ!?」

完全に彼女にのしかかられてしまった。この体勢は非情に危険だ。だが抵抗も出来ない。身動きが全く取れないのだ。

「デイブ……あなたが欲しい……」
「待て……」

どうも聞く気がないらしい。まさかこんな場所で童貞を失うとは……

 バァン……―――

「!」

爆音がした。かなり遠く、だがかなりの大爆発だったらしい。音に気を取られてリジーはポカンと呆けている。

『緊急事態発生! 緊急事態発生! アルファ、ベータ、ガンマ・チームは出動の準備をして下さい!』

確実に今の爆音絡みだ。しかしこんな状態じゃ動けもしない。

「リジー……退いてくれるか? 招集がかかった」
「…………」

動く気がないらしい。どうしたものか……。

「リジー、お前が退かなかったらもしかすると何匹も人が死ぬことになるかもしれない」
「っ……」
「……退いてくれ」

リジーは少しためらってから俺の上から退いた。行かなければならないのだ。今はリジーの相手をしている場合ではない。

「……すぐ戻ってくる」

その一言を残して、俺は収容所をあとにした。リジーはただ出ていく俺の姿をじっと眺めていた。


あとがき

DIRIです。色々大変です。同時進行で小説書くもんじゃないなと今更思いました。
今回はもうあれですね、ぐだぐだですね。他のアイデアが湧いてくるもんで集中出来なかった有様がこれです。
次で多分=M500=は終わると思います。もっと長くなるかなと思ったんですが意外と短くなってしまいました(汗
次回ラストと言うことで戦闘と官能を目一杯入れるつもりです。期待せずにお待ち下さい。


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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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