作者:DIRI
バァン……―――
無情に響き渡る爆音……。
それは俺を……もはや帰れはしない世界へと連れて行った……。
「こちらアルファ・チーム、ミッションコンプリート。これより帰投する」
『了解。よくやったな、上官にギャラを上げるよう言っておこう』
これが今、俺が身を置いている世界での会話である。
俺は特殊部隊の隊長という職に就いている。しかし自ら望んだものではない、単なる成り行きだ。
今回は、とある廃墟のビルの中に世界規模の詐欺を目論んだ雄が逃げ込んで、金で雇われたならず者達を率いて周辺の人々を恐怖に陥れているとして俺の率いるアルファ・チームを含めた特殊部隊に仕事が回った来たのだ。
特殊部隊など、仕事がめっぽう少ないのでそれはそれで久方ぶりの活躍と闘志を燃やす連中は多い。
今ちょうど、ターゲットのピカチュウを確保してベータ・チームに連行させた所だった。
「セオドア、ジム、ジャック、良くやってくれた。ギャラの件は上と交渉してくれるそうだ」
「よしっ!」
ガッツポーズを取るのはライボルトのセオドアだ。彼には通信手と狙撃手を任せている。
セオドアが喜ぶのは、妻子に贅沢をさせてやることが出来るからだ。彼の
ちなみに、彼の使う銃は
他のメンバーの紹介も済ませてしまおう。
ブラッキーのジムは、俗に言う斬り込み隊長だ。
ブラッキーにしては大柄な彼は、
その上に無口で、異常な程に冷徹なのである。それが彼が今まで生き残ってきた理由であろう。
もう一人、キュウコンのジャックは、いわば分隊支援のような位置にいる。
システムウェポンのM8を使い、主に仲間を援護する、特殊部隊ではそこそこ重要な人材である。
口が軽く、熱血漢である彼はこの部隊のムードメーカー、そしてパンドラの箱*2だ。
仲間意識の人一倍強い彼は、そんな立ち位置が一番良いのかもしれない。
残るは俺だけだが……ジグザグマである、とだけ言っておく。他は後々かいつまんで説明しよう。
「セオドア、そうはしゃいでたら残党が来た時お前がまず撃たれるぞ?」
「隊長、俺がそんな間抜けに見えるのか? 大体そんなことで死んでられないって、愛しの妻が家で俺の帰り待ってんだからさぁ……」
言葉の最後にハートでも付きそうな口調である。正直、慣れないとかなり気持ち悪い。
「セオドア!!」
聞き慣れない声。しかし誰が言ったかはすぐに分かった。ジムだ。彼がこんなに大声を張り上げるとは一体何事か……
ドォォン!!
爆音が狭い室内に鳴り響く。爆弾などではない、銃声だ。
だが45口径の拳銃のそれでも、ライフルの銃声でもない。もっと大きな、大口径のものだ。
しかし、そんなことを確認する前に、アルファ・チームの全員が確認したものがあった。
セオドアが吹っ飛んでいる。横腹から、血を噴き出しながら。
「散開! セオドアのことは構うな!」
……時に、味方に非情でなければならない、それが隊長の負う責務である。
「でも隊長! このままじゃセオドアが!!」
ジャックの声は悲痛なものだった。しかし、それをまた否定しなければならない俺は、歯をギリギリと噛みしめていた。
「今は残党の排除が最優先だ! セオドアを助けたいなら一刻も早く敵を倒せ!!」
「っく……くそぉっ!!」
遮蔽物であるビルの柱に身を隠しながら、俺は残党の姿を確認した。……一人、ブースターか……。
「ジム、ジャック。相手はブースターだ、殺さないように確保する」
「っ!?」
ジャックは理解出来ないとでも言いたげな顔をした。
説明してやることもないだろうが、ここで説明を怠ればジャックが何をしだすか分からない。
「ブースターはジムと同じ、イーブイの進化した姿の一つだ。ただでさえ個体数の少ない種族をこれ以上減らす訳にはいかない。わかってくれ」
「…………」
悔しそうに俯くジャックを一瞬だけ確認し、個人携行している無線機を取り出す。残党がいた事を仲間の部隊に伝えないといけない。本部に連絡するためにはセオドアの背負っている無線が必要なのだ。
「こちらアルファ。残党を発見した、攻撃を受けている」
『こちらガンマ。了解した、増援は必要?』
「ああ、頼む。隊員の一匹が負傷した、
『……了解。死なないようにね、デイブ』
「そんなつもりはないさ。over」
無線を切り、俺の愛銃であるM9に手を伸ばす。
ピエトロ・ベレッタ M92F、それがこの拳銃の正式名だ。9mmパラベラム弾を
マガジンを替えてタクティカルリロードを行った後、残党であるブースターの様子を確認した。
後ろ足だけで立ち上がり、震える両手でかなり大柄な
正式名、S&W*3 M500。“世界最強のリボルバー拳銃”の肩書きを持つ拳銃で、50口径のマグナム弾を使用する。
ただ“最強”の名が欲しいために作られたような拳銃で、威力は恐ろしい程強いが、反動もそれに比例して恐ろしい程強烈なものなのだ。
銃口から硝煙が舞っていると言うことは、セオドアはあれで撃たれたということだろう。
「お前はもう包囲されている。銃を捨てて、おとなしくするんだ」
俺は
「……どうせ私は殺されるんでしょ? だったら! 一人でも多く道連れにしてやる!!」
ブースターは俺とジャックの隠れている柱に向かってM500を発砲した。ハンドガンとは思えない爆音と、柱が砕ける音がする。
しかしいくら50口径のマグナム弾と言えど、これほどまでに分厚い柱を貫徹することは出来ないのだ。
正直、ブースターが雌であったことに俺は驚いていた。ここに突入して始末してきたならず者達にも、この部屋にたむろしていたならず者達の雇い主にも雌は一匹もいなかったからである。
彼女はおそらく、あのピカチュウの愛人か何かだったのだろう。
「……その銃はM500、コンペンセイターがあるが、反動は殺しきれていない。腕が痛いんじゃないか? そうだろう?」
おそらく、彼女の手が震えているのは恐怖からでも、怒りからでもなく、反動を受け流しきれない肘が腕にダメージを残しているからだろう。
俺自身も一度M500を撃ったことがあるが、まるで手の中で小爆発でも起きたかのような衝撃だった。それがあの雌の手の中で二度も起こっているのであれば、彼女の腕にはしばらく後遺症が残るだろう。
「……隊長……! 俺、もう待てません!!」
ジャックは懐から小さな筒型のものを取りだした。そしてそれをブースターの所に放り投げる。
「! ジャック!!」
「グレネード!」
とっさに俺は目を瞑り、耳を塞いだ。
まぶたを貫通して視界を白くする程の閃光と、耳鳴りがする程の高周波の大音響が狭い室内に響き渡る。
ジャックが投げたものはフラッシュバン、俗に言う“
大音響と激しい閃光を発生させ、周囲の敵を一瞬気絶させて一気に制圧するためのもので、特殊部隊に所属している者は絶対に装備している。
耳を塞いでも、大音響をわずかに緩和するに過ぎず、数秒の間音が聞き取れなかった。だが音が徐々に聞こえるようになってくると、また銃声がしていた。
「お前がセオドアを! セオドアをぉぉぉ!!」
M8をフルオート射撃するジャックがいた。ターゲットは無論、残党のブースターだ。
隊長の命令を無視することは、自分の地位が地に落ちることを意味する。会議にでもかけられれば下手をすれば即刻解雇、などと言うこともありうるのだ。
ブースターは発射される弾丸を走って避けていた。ただしかなり危なげに。フサフサしている尻尾を弾丸が直撃することもあったが、上手く毛の部分にしか当たっていないようだった。
「ジャック! 隊長の命令を無視するつもりか!」
「命令なんて知ったことか! 俺はセオドアの仇を討つんだ!!」
「セオドアはまだ死んだ訳じゃない! 落ち着くんだ!!」
銃声を長く聞き続けたせいか、それともセオドアを撃たれて仲間意識の強い彼が暴走しているだけなのか……。
M8の装弾数は30発、フルオートで打ち続ければすぐに弾が底を着く。俺の制止も聞かずに、ジャックは新たなマガジンをM8に取り付け、また撃とうとした。
「援護も無しに……バカみたい!」
横に転がりながらブースターは……ジャックに発砲した。
「っぐぁぁぁ!!」
だが絶叫したのはジムだった。
ジャックが撃たれる瞬間に、体当たりしてジャックを突き飛ばしたのだ。
だがその時運悪く、彼の左の手首に弾丸が直撃する……。そんなことになれば、大口径・高威力の弾丸がどうなるかは容易に想像が付くだろう。
ジムの手を吹き飛ばし、千切ってしまったのだ。
「ジム!!」
「ジャック! もう四の五の言っていられない! ジムとセオドアを頼む!!」
俺はM9をホルスターから引き抜き、ブースターに向かって行った。
彼女は俺に向けてM500を構えたが、腕がガクガクと震えていてろくに照準が定まっていない。それほどまでにM500が使用者の腕に与えるダメージは大きいのだ。それが雌であるならばさらに。
俺は二発、ブースターに向けてM9を撃った。殺す気はないが、手か足に当てて行動を制限させてやれば終わりだ。
だが恐るべき素早さでブースターは一歩下がり、M9が放った弾丸は虚しく床にめり込んだ。
まずい、そう思った俺は、身体を傾けて転がった。
その瞬間、頬に痛みが走る。銃声はとっさの判断で避けることに必死で耳に届いていなかったが、またブースターが発砲したらしい。
今が好機、俺はブースターに突進した。
案の定、彼女の腕は
俺がブースターに飛びかかった、その時だった。
「動くな!」
M500の銃口が、俺を捉えていた。彼女のぶるぶると震えている腕でも、絶対に外すことのない距離だ。
「た、隊長!」
ジャックが叫ぶ。ああ、少なくともアルファ・チームの一名が死亡か……。
彼女は勝ち誇ったような笑みを浮かべたが、それはすぐに腕の痛みで歪む。
「さよなら、隊長さん!」
ダブルアクションの
パチンッ!……
……弾切れ、である。M500の
全員一瞬呆けたものの、俺はブースターを押さえつけ、羽交い締めにした。それとほぼ同時にガンマ・チームの増援がやってくる。
「放して! 放してよ!!」
「おとなしくしろ、もう抵抗の意味はない」
と、落ち着かせるように言ってみるが、ブースターは全く聞く耳を持たない。暴れ続けるだけである。
猿ぐつわをはめて口を塞ぎ、彼女の両手を拘束しようと腕を掴んだ。
「っ~!」
彼女のうめき声が聞こえる。彼女の腕はぶるぶると震え、完全に二、三日は使い物にならなさそうだった。
「雌のくせになんて無茶を! おとなしくしていないからだ!」
そう言いながらも俺は彼女の両手を拘束し、抵抗が出来ないようにした。彼女はやはり手を地面に着くと痛いのだろう、その場に倒れ込んでいる。
「カーラ、セオドアの具合は?」
「急いで手術しないとまずいかも、心臓付近で盲官銃創*4になってる。ジムも止血をしてはいるけど、急いで輸血しないと多量出血で死んじゃうわ」
「そうか……ガンマ・チーム! 急いで二人をメディックの所まで運んでくれ!」
ガンマ・チームのメンバーは追々紹介することにしよう。
カーラというのは、ガンマ・チームの隊長であるグラエナだ。幾つかある部隊のうちの紅一点でもある。
だが見目麗しい彼女に手を出すのはまさしく自殺行為だ。己の欲を抑えきれずに、夜分カーラを襲おうとした雄が翌日八つ裂きにされて路上に転がっていたと言うことが何度かある。それを「私を襲おうとしたから殺した」と自ら言うのである。しかもそろそろ20代の後半にさしかかろうかという年齢で未だバージンらしい。
……それでも彼女が夜中、手にかける雄は後を絶たない。仲間を殺しておいてよくガンマ・チーム隊長の位置にいつまでもいられるなと感心してしまう。
二人が運ばれていくのを確認した後、俺はブースターの方を振り返った。彼女も連行しなければならないのだ。
「……ジャック……?」
ジャックがブースターのすぐそばに立ち、恐ろしい形相で彼女を睨み付けている。それに対抗するかのように、彼女もまたジャックを睨み付けていた。
「……お前のせいでセオドアが……ジムが……!」
ジャックはそう呟くと、腰に付けてあるナイフを引き抜いた。
恐れていたことだが、彼は既に復讐の鬼と化しているのだ。
「何をする気だジャック!!」
「殺してやるっ!!」
ナイフは一直線にブースターの頭目がけて振り下ろされる。
拘束されて倒れているブースターはそれを避けることなど到底不可能なのだ。
「っぐ……」
俺はブースターをかばい、ナイフを身体で受け止めていた。
身体で受け止める、と言っても、強化繊維製の防弾チョッキを着ているからそれで受け止めたことになる。防弾チョッキの強化繊維は防刃の効果もあるのだ。
だが、防弾チョッキはあくまで身体に外傷を与えないようにするための装備。衝撃は身体にそのまま直撃するのだ。
だから彼が振り下ろしたナイフは俺に外傷を与えることはなかったが、俺の胸骨の数本にダメージを与えていた。
「た、隊長……」
「……ジョン……隊長命令を無視したことは、しっかりと上に報告しておく……」
「で、でも……」
「ここでこいつを殺したら……セオドアとジムが負った傷の意味がなくなってしまうだろう……」
だが、セオドアはともかく、ジムが負った傷は俺が無茶な指示を与えず、このブースターを殺してしまっておけば避けられたはずなのである。
「……恨むなら俺を恨め……」
俺はそう呟くと、ブースターを引っ張り連行した。
ジャックはその後を俯き加減でついて来ていた。
「あなたジグザグマのくせしてよく隊長なんかやっていけるわね。それにアルファ・チーム、一番先行する部隊なのに」
これは既に任務が終わった後のカーラが俺に言う決り文句である。
「お前は三年前に入隊したが、俺は14でここに入ってる。年期が違うんだよ、年期が」
これもお決まりの返し文句だ。いつも同じ質問を繰り返してくるのは緊張をほぐそうとしてくれている彼女なりの優しさらしい。
いつもならこの後、「じゃあ先輩のデイブに追いつけるように私も頑張る」とか、「まだの19くせに」とか、そんな言葉をカーラが言う。だが今日はちょっと違った。
「あのさぁ……さっきから気になってたんだけど」
「え? なんだ?」
いつもと違う言葉だったので、一瞬動揺してしまった。ちなみに、今は本部の廊下を歩いている所だ。
「…………」
カーラは突然俺の頬に手を添えた。また動揺する俺。失態だ。
「な、なんだ? 俺の顔がどうかしたか?」
「……どうかしてるわよ」
呆れたと言わんばかりのカーラのため息。俺の頭の上に疑問符が浮かぶ。
「ちゃんとメディックの所に行った?」
「え? はぁ? どうして?」
カーラは苦笑し、俺の頬に添えている手を反対側の頬に触れさせた。
その途端、俺は顔をしかめた。
「ッツ……」
「撃たれた時かすったんでしょ? ここさっきから血がにじんでるんだけど」
そんなこと既に忘れていた。ジャックを止めたりブースターを確保したりで忙しかったから。
それにだ……今は頬の傷よりも、ジャックに刺されかけた胸部が痛む。動くたびにどこかきしんでいるのが分かるのだ。
「後で行っておく」
「今すぐ行きなさい、今すぐ」
カーラは母が子を咎めるがごとく……俺に首を傾げながら言う。
ああ、多分欲を抑えきれない雄だったらこの場で彼女に飛びかかって彼女の体中に隠し持っているナイフの餌食になるんだろうな……。
そんな事を考えながら、俺は曖昧に頷いておいた。正直医者は苦手である。
……でも今行くことにしよう。部下の体調も心配だ。
無機質なコンクリートの壁と床、そんな廊下を歩いていき途中カーラと別れる。彼女は食堂に行くそうだ。以外に彼女は小食である。
一度T字路を右折し、二部屋通り過ぎた所が治療室である。俺は鼻にツンと来るにおいが嫌いでなるべく近寄らない。
そのにおいが鼻を突くが、今回ばかりは辛抱しなければ。ジグザグマの嗅覚は犬並みに鋭い。
「フレッド、今空いてるか?」
フレッドとは、俺が入隊した頃と同時期にメディックとして派遣されてきたキルリアだ。中性的な顔付きのせいでよく雌と間違えられるがれっきとした雄で、ここにはいないが恋人もいるとか。
「デイブか。任務お疲れ様」
彼は仕入れてきた薬品を棚に収めていた。念力でやるのだからそれなりに集中しないといけないはずだが、普通にこちらをみている。
でもそれはいつものことであり、失敗もいつものことだ。
「ああ、今回は俺のチームで負傷者が相次いだな……」
「うん、聞いてるよ。セオドアとジムだろ?」
フレッドは難しい表情をして腕を組んだ。その途端、ちょうど今念力で浮かしていた小瓶が落ちる。が、それほど高くはなかったので割れずに地面に転がった。
「あわわ……同僚から怒られちゃう……」
慌ててその小瓶を拾って棚に入れるフレッド。妙に気の抜ける光景だ。
「……それで、お前が診た訳じゃないのか?」
「いや、僕はキミ達が任務の最中ずっとここにいたよ。念力が使えるのは僕だけだからね」
小さく笑うがすぐに真剣な表情をするフレッドは、俺のチームの一員がどれだけ危険な状態かを物語っていた。
「……どうなんだ? 二人の容態は」
「…………」
フレッドはしばらく押し黙っていたが、ゆっくりと口を開き、言葉を選ぶようにしながら話し始めた。
「カルテを見たりした訳じゃないけど……セオドアは本当に危険な状態だ。弾丸の当たる角度が悪かったらしくて骨を砕いて拡散させてる。それに、ホローポイント*5だったみたいだね、マッシュルーミング*6を起こしてたらしい」
「随分内部損傷が激しそうじゃないか」
俺は自分に毒づく気分で言った。フレッドも俺の心情は理解しているはずだ。
「……助かる見込みはあるか?」
「正直、わからないよ。今セオドアは区の中央病院でオペを受けている。まさに生きるか死ぬかの一大事だよ」
暗い面持ちをする俺を見て、フレッドは困った表情をしていた。
だが他にも聞くことはあるのだ。
「ジムの手はどうなった?」
フレッドは「ああ……」と呟いて机の上に置いてあった書類のようなものの中から、一枚の写真を引き出して持ってきた。
それに写っていたものを見た瞬間、俺は顔をしかめ、ため息を吐いた。
「……これじゃあ、くっつけられもしないな」
「うん……かなり組織が破壊されてるからね……」
写真に写されていたもの、それはジムの千切れた手だった。
肉球まで原形をとどめない程グチャグチャで、幾つもの死体をみてきた俺ですら吐きそうな程だ。
「ODを付けていたお陰で腕の方の損傷は綺麗なものだったそうだけど、彼は義足で過ごすことになりそうだね」
ODと言うのは
「もう、チームには戻れないだろうな……」
「そうだね……」
結局暗い空気に陥ってしまう。それほどまでに彼等は貴重な人材であり、何より大切な友だったのだ。
その空気を突如フレッドが破る。
「怪我してるね、デイブ。診せてごらんよ」
……なかなかそそっかしい彼が俺の傷を治療するとなればどうなったかなど言うまでもあるまい。
「ッテテ……フレッドの奴消毒液塗りたくりやがって……」
兵舎にある自分の部屋で俺はガーゼで覆ってある頬の傷を撫でていた。
自分の部屋、と言ってもベッドと机があるだけの小さな部屋だ。しかしそれでも隊長クラスに登り詰めなければ他の隊員達と相部屋なのだが。
そういえば、まだ上の連中にジャックの命令違反の件を伝えてないな……。ジャックも友ではあるが、やはり上司は上司なので部下の失態は報告をしなければならない。彼のせいで任務が失敗したならアルファ・チームの連帯責任となるが、命令違反は個人の失態である。
……後で行くか。そう思い、俺が愛銃の手入れをしていると、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「隊長……俺です、ジョンです」
「ジャックか……入って良いぞ」
「失礼します」と言いながら少し乱れた毛並みをしたジャックが入ってきた。どこか疲れているようだ。任務の他に何かしたらしい。
俺は銃の手入れを続けながらジャックに問いかけた。
「何の用だ?」
「……連行したブースターのことです」
思わず耳がピクリと動いた。さきほどそのブースターによって負傷した友のことを話していたのだから当然だ。
俺は銃身のクリーニングを一旦中止してジャックの方に向き直った。
「調べたのか?」
「ええ、あの雌、ろくな情報がなくて探すのに一苦労でしたよ」
ジャックは垂れ落ちてきた頭部の毛を書き上げた。ストレスからか少し抜け毛が舞う。
「この短時間で調べたなら大したものだ」
「いえ、得られた情報はわずかなものです」
任務から帰還し、大体半日程しか経っていない。それなのにわずかなりとも雌の情報を仕入れてくるとは大した執着である。やはりセオドアとジムのことを恨んでいるようだ。
「それで、その情報というのは?」
「まず、あの雌の本名は分かりません。ただ分かったことは、ダウンタウンの裏で活動している売春婦で、源氏名が“フレイム・ハニー”と言うことだけ……」
「売春婦……」
なるほど、今まで少々疑問だったことがよく分かった。
なぜ彼女はあの雄だらけの所にポツンと一匹雌だったのか、雇われてお楽しみ中だったに違いないだろう。なにせ悪い奴程そっちの欲も強いものなんだから。
そして、他の連中は確保、あるいは殺害したにもかかわらずどうして彼女が見つけられなかったか、行為の後のシャワーでも浴びていたのだろう。あそこには何故かまだ水道と電気が生きて残っていた。
最後にもうひとつ、何故彼女が特殊部隊である俺達を相手に堂々の立ち回りを見せたのか、それは売春婦という生き物は常に雄から狙われる存在であり、中には狂った嗜好の持ち主も大勢いるのだ。それなりに戦闘の出来る者程そっちの方も上手い……とか言う噂である。とにかく生き残っていればいる程経験も長く、強いのだ。
「……とにかく、情報はそれだけです」
「活動範囲とか、どんな奴を相手にしていたかとかは分からないのか?」
「それは……少し分かりかねます」
どの位の規模の相手かは分からない訳か……。
「それで、ですね」
「ん?」
「ようやく精神的に落ち着いたようなのでそろそろ尋問を開始するらしいです」
彼女はここにある収容所に入れられている。無論、今ジャックが言った通り尋問して今回の任務のターゲットだったピカチュウの情報を吐かせるためだ。あの中にいたなら情報を何か持っているかもしれない。売春婦ならなおさらその可能性は高い。どんな雄でも、雌との行為中の頭は完全にとろけているのだから。ぽろりと口を滑らせたり、口説き文句にと自分がやったことをひけらかす奴は多い。
「それで、尋問に立ち会わないかと隊長を誘いに」
主な目的はそれであったらしい。
「いや……どうしようか」
しばらく考えた後……俺は尋問に立ち会うことに決めた。
自分の部下を負傷させた者の尋問になら、立ち会って隊長である自分も直接情報を得るのが隊員達への任務達成の証であるとも言える。
「じゃあ行こう。通り過ぎた時間は戻りはしないぞ」
俺はそう言うと、M9をホルスターに収めて収容所へ向かった。
今いる兵舎よりは少し離れた場所に収容所はあるのだ。
かびくさい場所である。清潔かと言われれば首を傾げるしかないような収容所、そこにブースターは後肢の片方を拘束された状態で檻の中に入れられていた。拘束された後肢は鎖で床に繋がっている。
そんな彼女は、ただ怒ったような表情で地面を睨むばかりで、尋問には何も答えないのである。
「……いい加減に何か吐いたらどうだ?」
ピジョットの看守が痺れを切らしたように言う。彼は短気であり、ろくに牢屋の見回りもしないものぐさな雄ではあるのだが。
「……早く答えるんだ、お前がそうやって黙ってる限りお前はここから出られないんだぞ」
俺は優しく言ってやった。尋問の立ち会い、と言っても一緒に尋問をするようなものなのだ。
しかし彼女は以前口を開かない。
その時、ジャックのイライラが限界に達したのか、ジャックはブースターに詰め寄りブースターの頭の毛を掴んで引っ張り上げた。
「答えろ! こっちには強行手段って言う手もあるんだ!!」
ジャックはそのまま彼女の頭を床に投げ、叩き付けた。彼女は顔を歪めたものの、まだ何もしゃべる気はないようだ。口の端が切れたのだろう、血が流れている。
「お前が口を割らないなら、強行手段を執るしかない」
ジャックが腰に手を伸ばし、ホルスターから引き抜いたのは彼のサイドアーム*8であるトカレフTT-33。ソ連が正式採用した拳銃である。
ジャックは
「ジャック何をしている!!」
「口を割らないなら痛めつけて無理矢理にでも吐かせてやる」
ジャックがトリガーに指をかける。ブースターは覚悟を決めたように目を閉じた。
彼の眼は本気であり、捕虜にしている彼女を撃つ気なのだ。
俺は飛び出してブースターとジャックの間に割って入った。
ガチャッ
既にトリガーを引こうとしていた彼だが、弾丸は発射されなかった。俺が
俺はそのままジャックの腕を掴み、背負い投げした。
「うあっ!」
突然のことに受け身を取れなかったジャックは思いきり地面に叩き付けられた。彼の拳銃がはじき飛ばされて壁にぶつかる。
「俺達が今やっているのは“尋問”だ。“拷問”じゃない」
「……すいません……隊長……」
いつもの事ながら、自分より身長が倍以上ある奴を投げるのにはかなり労力がいる。彼はまだ小柄なので大分マシだが、訓練でセオドアの相手をした時は投げる途中で押し潰されてしまった。
ジャックを投げた後、俺は胸部の痛みで顔をしかめた。激痛とまではいかないものの、突き刺さるような鋭い痛みである。
だが俺はその痛みを押してブースターの方に近づいた。
「大丈夫か?」
彼女は依然無言である。彼女の口からはまだ血が垂れていた。
「……ほら、これで血を拭け」
俺は腰に付けているポーチの中からハンカチを渡した。彼女は数秒ためらったものの、血を拭い口の端にハンカチを当てていた。
「……二匹にしてくれないか。ジャックがいたら話にならない」
「だとよ、隊長に嫌われたなジャック」
看守はくつくつと笑い、看守の詰所からラジカセを持ってきた。会話は録音しておけと言うことらしい。
「ジャック」
「……了解……」
ジャックは渋々と言った様子で収容所を後にした。それの後ろを看守が含み笑いを漏らしながらついていく。これでこの収容所に残ったのは俺と、このブースターだけになった。
「……さて」
俺はラジカセのテープを一度確認してから録音ボタンを押した。数秒後、録音が開始される。
「……まずだ、簡単なことをもう一度説明しておこうか」
俺はブースターから少し離れた場所にある椅子に腰掛けた。
ブースターはまだ一言もしゃべろうとしない。
「今回、お前……いや、お前じゃ失礼かな、キミにしよう。キミに答えてもらいたいことは、キミが何らかの関係を持っていたらしいあのピカチュウについてだ。あのピカチュウはドレビンと言ったかな?」
少々フレンドリーに接してやった方が心を早く開いてくれる。そう経験から知っていた。
「……もちろん、キミには黙秘権というものがある。自分が不利になるようなことは言ってくれなくて良いんだ」
しばらくの沈黙。しかし居たたまれないなどとは言っていられないのが今の俺である。
俺はとりあえず、ブースターが自分に心を開いてくれるように質問を変えることにした。
「自己紹介しておこうか。俺はデイビッド。そうだな、デイブとでも呼んでくれ」
俺は人懐っこそうな笑みを浮かべながら自己紹介をした。ブースターは一瞬俺の方を向いたが、すぐに視線を壁に戻した。少なからず俺に興味を持ったらしい。
「キミの名前を教えてくれるか?」
多分答えはしないだろうと言う俺の考えの通り、努めて俺の方を意識しまいとしながら彼女は壁を睨み付けていた。
「……いつまでも“キミ”じゃ、話しづらいんだが」
率直な意見でもある一言だ。だが彼女は答えなかった。
……少しだけ得ている情報を使おうか。
「じゃあ、“フレイム・ハニー”。フレイムとでも呼ばせてもらおうか」
彼女の体がピクリと動いた。彼女は動揺している。たたみ掛けるなら今だ。
「フレイム、キミはドレビンの愛人だったのか? それとも、金で買われた娼婦だったのか?」
彼女の耳がせわしなく動いている。口を割るのも時間の問題か。
「答えてくれ、じゃなきゃキミを釈放出来ないんだ」
「釈放? 冗談なんて聞きたくないわ」
遂に彼女が口を開いた。後はもうこちらのものだ。一度開いた口を閉じるのはなかなか容易なものではない。だが今は彼女の言葉に返事をしなければ。
「冗談? 一体何のことだ?」
「釈放するだなんて嘘、どうせ私は殺されるんでしょ!?」
俺は驚いた。そしてすぐに顔をしかめて彼女に返事を返す。
「俺達はそんな非情な組織じゃない」
「嘘よ! あんなに何人も殺しておきながら!」
「あれは任務で、殺害を許可されていたんだ。だがキミは今任務とは別の枠の中にいる。だからキミを殺したりはしないんだ」
「あのジャックとか言うキュウコンは私を殺そうとしてたみたいだけどね!」
彼女は鼻を鳴らして俺の言葉を嘲笑った。だが気を悪くしても意味がない。ジャックが彼女を殺そうとしたのは事実であって変えようのないことなんだから。
「……そうだな」
「ほら見なさい! 結局私は殺される! 殺されるなら口を割ってやったりするもんですか!!」
「フレイム、キミのせいで俺の部下の命が危ない。キミのせいで俺の部下の一人は手を一つ失った」
俺は静かに言った。しかし、彼女はその言葉を聞いてわめくのをやめた。
そして俺は淡々と言葉を続けていく。
「ライボルトのセオドアは今も手術の最中で生死の境を彷徨っている。ブラッキーのジムは手を失い、修復させることは不可能だ」
フレイムは黙ったまま少し俯いている。やはり今まで生き残っていた売春婦ではあるが、誰かを撃ったりしたことはなかったのだろう。
「ジャックはそれが憎いんだ。だからフレイムを殺そうとした。……正直、俺もフレイムのことが憎い」
「っ……」
彼女が俺の腰にあるM9に視線を移した。やはり俺のこともまだ怖いのだ。
「だが俺は、フレイムを殺したくはない。誰かの人格をこの世から排除するだなんて事出来ればしたくないんだ」
俺は椅子から降りるとゆっくりフレイムの元に近づいていった。彼女は俺から逃げようとするが、足に鎖が付けられているためわずかに逃げることしかできない。
「……フレイムは俺が憎いか?」
彼女に触れられる程近くに行き、俺は呟いた。
「……それとも、俺が怖いのか?」
俺はホルスターからM9を取り出す。彼女の顔が恐怖で青くなっていくのを俺はあまり見たくなかった。
「……それはこれではっきりする」
俺はM9を彼女の手の届く場所に置いた。そして元の位置に戻り、その場に何をするでなく座る。
彼女はまだODを付けていて、銃を操作することなど容易だ。セーフティを外してトリガーを引けばそれで終わり。
彼女は素早くM9に手を伸ばして俺に向けて構えた。それを俺はじっと見つめている。
「……バカみたい」
彼女は笑った。俺を嘲笑っていた。
「ホントに……バカみたい……」
彼女の目から涙がこぼれていた。その涙の意味するものは安心であったのかもしれないし、恐怖であったのかもしれない。だが、俺のことを笑っていたから出た涙ではないのは確かだった。
ガチャリと音を立て、M9は彼女の手から落ちた。それを俺はゆっくりと拾った。
「……怖かったんだな、俺が」
そう呟き、俺は……M9の銃口を自分のこめかみに向けた。
「!」
「…………」
そして俺は……トリガーを引いた。
カチッ……
「……弾なんて最初から入ってなかったんだ。俺にはフレイムを殺す気も、フレイムから殺される気もさらさら無い」
彼女は一瞬呆けた後、顔をしかめて小さくだがこう言った。
「……ズルいよ……デイブ……」
俺は小さく笑い、M9をホルスターに収めた。
「ッく……」
また胸部に鋭い痛みを感じ、俺は思わずうめいてしまった。鋭いくせに痛みはジワジワと周囲に広がっていくのである。こんなに痛むのであったらフレッドにこれも診てもらうんだった……。
「……胸、痛いの?」
突如心配そうな声を出す彼女に動揺を隠せない俺である。今日は動揺しっぱなしだ。
俺は軽く笑って見せた。
「ああ、ちょっとな」
「……私をかばったあの時でしょ」
見抜かれていたか。やはり雌は目の付け所が違うな……。
俺はとりあえず頷いた。
「……私、痛みを忘れさせる方法知ってるよ」
「へぇ……」
正直すぐにその方法を教えてもらいたい程痛む。これは骨折しているのだろうか。
フレイムが手招きしている。何だって良いから痛みを忘れさせて欲しい……。
「のぉっ!?」
突然彼女は俺を押し倒した。倒れた時の衝撃でまた胸が痛んだが、それよりも前に驚きで情けない声が出ていた。
「何をする」と言おうとした所で、俺は口を塞がれた。塞いだもの、それは彼女の口だった。
「んぅっ!?」
驚いた俺がわずかにうめき声を出すが彼女の目は戒めるように俺を見つめていた。だが何の事だかサッパリだ。なにせ頭の中で今現在の状況を飲み込もうと必死なのだから。
彼女の手が、痛む胸に触れる。俺は思わずうめいてしまったが、うめき声は彼女の口の中に消えた。突然彼女が口の中に舌を差し入れてきたからだ。ゆっくりと俺の舌に絡まるそれに完全に意識を持って行かれて頭の中が真っ白になってしまっている。彼女の手は優しく痛む胸を撫でていた。
俺の意識がしっかりしてきた辺りで、彼女は口を離した。俺と彼女の口は唾液の糸でまだ繋がっている。
「何を……するんだ……」
呼吸が若干荒いのを隠すように俺は彼女に向かって言った。しかし彼女は小さく笑うだけである。
今度は彼女は俺の胸を舐め始めた。思わず声を出してしまいそうになったがそれでは余りにも情けなさ過ぎるので必死に噛み殺した。
俺の少しごわごわした体毛を縫うようにして舐め、地肌に舌が触れる。さすがに堪えきれずに小さく声を出してしまった。彼女が笑っているのを見て理性の飛んでいくのを押さえつけるのが必死だった。
しばらくそんな感じで胸を舐められていた俺だが、現在の状況で看守が戻ってきたら大変なことになると思いだし、フレイムを突き飛ばして逃げた。
「きゃっ!」
「な、何をする……!」
顔が火照っているのは分かっていたが、いざ彼女に向かって言葉を発するとなるとまた火照ってしまう顔であった。
彼女はまた小さく笑い、こう答えた。
「痛みを忘れさせてあげようとしてたの」
正直に言えば、確かに痛みを忘れてはいた。しかしプライドというものにヒビを入れられていたのである。俺はその事が腹立たしくて、でも顔はまだ火照っているまま顔をしかめた。
「全く……売春婦のやることは……」
「私だってやりたくてあんな仕事してる訳じゃない。生きていくためには仕方ないのよ」
彼女の眼がどこか物悲しく感じた。俺はため息を吐いて、さっきから録音していたラジカセの停止ボタンを押す。
「今の音が録音されてないことを祈ろう」
「無理でしょ。ここ他に音しないし」
彼女の突っ込みは的確である。またため息を吐く俺。それをクスクスと笑う彼女。
「……明日また来る。その時はちゃんと情報を提供してくれ」
俺はラジカセを担いで言った。
「じゃあな、フレイム」
そう言って檻から出ようとしたその時である。
「リジーよ」
「え?」
俺は振り返った。彼女は少しだけ頬笑んでいる。
「私の名前。エリザベス・マグワイア」
「……わかった。リジー、またな」
「ええ、デイブ」
俺はリジーに頬笑んでから収容所を後にした。
あとがき
えっと、今回は長編書こうかなと思っております。作者ページで短編ベースに書いていくとか言ったのにもう翻します。私はバカであります。
グロテスク表現というのは正直あまり好きではありません。私は怖いのが本当にダメでお化け屋敷で未だに泣いてます(苦笑
今回は官能表現は最後ら辺のキスとデイブの胸を舐めるとかその辺しかありませんでした。既に官能と言えるかすら怪しいです。いえ、官能ではありません。デイブは雄ですし。
銃のことはメタル○アとWikipediaで調べて知っただけの知識ですので間違っていることも多かろうと思います。その辺の指摘は私の知識になるので是非ともお願いしたい所です。
無論、その他文章がおかしい所の指摘や感想などをいただけるととても嬉しいです。
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