作者:DIRI
「第75レンジャー連隊第一大隊第一部隊所属、パトリック・フレンフィリア伍長です」
「第75レンジャー連隊第二大隊第五部隊所属、デイビス・ブレンダン軍曹だ」
サーナイトとムウマージ。これが新たな研修生である。サーナイトの方は女だが、ムウマージは男。特に性別は問題ではないが、人型のポケモンはあまり得意ではない。と言うのも、自分の三倍は軽くあるからだ。無論獣型のポケモンにも何倍もある輩もいるが、身体の構造が似ているだけマシだ。
「ようこそ、SOCOMへ。ここじゃ
士官学校にいるとそういった罵り言葉を食うこともある。ここでは下品な冗談があったとしても、誰かを馬鹿にすると言うことはほとんど無い。と言っても、誰かが馬鹿をしなければの話だが。
「デイビス、久しぶりだな」
「エドワード。お前こんな所にいたのか。異動してから話を聞かなかったから死んだかと思ってたところだ」
「はっ、俺は老衰で死ぬまで生き続けるつもりだ」
デイビスと名乗ったムウマージとセオドアはどうやら同期らしかった。彼らのことをある程度知るために彼らについてのファイルを受け取っているが、デイビスはセオドアと同じスナイパーらしい。公的殺害数は125人。スナイパーとしての腕は確かなようだ。
「パトリック……パティで良いか? パティとデイビスは実戦経験もあるはずだ。少し手並みを見せてもらおう。ピットに来てくれ」
ピットは半屋外のキルハウスで、敵と民間人を模した的がいくつか設置してあり、それを順路を回りつつ敵だけを撃っていくと言う訓練場だ。ドロシーにもやってもらうつもりだが、どうせ散々な結果に終わるだろう。目に浮かぶ。
「行けるな? お前たちは選ばれたんだ、期待を良い意味で裏切ってくれ。まずは……サンダーソン二等!」
「はい!」
さて、このピットは最初のターゲットが現れてからタイムを計ることになっている。それと命中率、30ある敵を始末した数、民間人への誤射の数を記録する。それを成績として判定するわけだ。ちなみに、命中率が100%だった場合の平均タイムは32秒だ。ちなみに俺の最高タイムは21.85秒であり、自慢ではないが歴代トップクラスの速さを記録している。
「俺は上から様子を見させてもらう。最高の人員は最高の部隊に配属される。お前はどうかな?」
「期待に沿えるよう、全力を尽くします」
ひとつ言っておくが、俺はドロシーに期待は何一つしていない。
「最初のターゲットがあがったらスタートだ。行け」
ドロシーはUMPを二丁とG18C二丁を携え、ピットへ進んでいった。UMPは信頼性も高い代物だが、G18Cはフルオート射撃すると反動が強烈過ぎてまともに扱えたものではない。結果が楽しみだ。
最初のターゲットがあがる。遮蔽物に隠れたものなども多数ある。
「ターゲットを撃て!」
「Yes sir!」
ドロシーはそう言うとUMP二丁を持ち走り出した。無論、ターゲットに向かって射撃を行うわけだが、命中精度はお世辞にも良いとは言えない。弾をばら撒いている感じだが、ターゲットにはしっかりと当たっている。だがまだここからだ。
「! しまった……」
「ミスショット。民間人に注意しろ!」
ターゲットの内には撃ってはいけない的もある。見事に彼女はそれを撃ちぬいた訳だ。さすがにざまあ見ろとは言わないが、軽い嘲笑ぐらいはしたい気分だ。
「ローズ! 腰だめで撃つな、サイトで狙え!」
セオドアが指示をするが、二丁持っていてはそれも無理だろう。さて、何発誤射するだろうか。彼女は誤射こそすれピットを回る速度はかなり速い。慣れていないからまだ全速力ではないだろうが、タイム自体は俺より少し遅いぐらいだ。近接攻撃への対応も早い。二丁銃を持っているのに――ODは触れている限り腕の範囲なら持っているものをある程度稼動出来るが、その技術はかなり訓練しないと実用的でない――一瞬で腰のナイフを引き抜き斬りつける。戦闘能力自体は高いらしい。だが、まだまだ原石と言った感じだ。ルーが言ったとおり、俺が磨いてやるほか無いのか。
「実に良い。だがまだまだいけるな」
「ありがとうございます、軍曹」
「タイムは25.93、ターゲットは全て倒したが、7つの民間人のうち3人を誤射してる。ツーハンドも結構だが、エイムを養うことだな」
「了解」
「パティ、次だ、行け」
パティはG36*1とUSP*2を使うようだ。
「行け、伍長!」
「了解」
彼女は淡々とピットを進んでいく。的確な射撃だが、急ぐ気がまったく見られない。歩きながらひとつのターゲットに五発ずつ弾を撃ち込み進む。結果はタイムが45秒丁度、かなり遅い。しかしそれ以外は申し分なかった。ターゲットに描かれた敵の急所に全て命中させると言う正確さ、突然現れるターゲットへの対応の早さ、レンジャーにしておくにはもったいない。ヘッドハンティングしたいところだ。
「あとは積極性だな」
「はい」
残るデイビスだが、彼はスナイパーだがどうするのだろう。実戦でスナイパーといえばスナイパーライフルの他にアサルトライフルをキャリーするのが基本だ。近距離で戦闘を行う場合、スナイパーライフルでは不安が残るからだ。
「俺が使うのはこいつとガバメントだけだ」
「ボルトアクション? 冗談だろう?」
「こいつは全距離の戦闘に対応してる。ショートレンジ、ミドルレンジ、ロングレンジ、
「デイブ、あの銃チェイタックのインターベンション・タクティカルシステム・モデル200だ。スコープを変えればホントに全距離対応、ボルトアクションだがな」
「……まぁ、お前が言うなら大丈夫だろう」
「エド、お前随分信頼を借ってるな」
「幾つも修羅場一緒にくぐってればな」
彼も黙々とピットを回っていく。彼は正確でいてそれでいてかなり速い。
「トリプルキルだ、すごいな!」
「あいつやるだろ?」
セオドアの賞賛もわかる。彼は良く訓練されている。特に今のは素晴らしい。いつかオリビアにも言ったことだが、スナイパーは
「23.01。よし、よくやった。ドロシー以外は上出来だ。実戦投入も出来るな」
ドロシーがまた不満そうな顔をしたがどうでも良い。
「今日はアスレチックを回るぞ。丁度昨日は何も出来なかったところだ、ドロシー、新兵が俺たちとアスレチックを回れるのは運が良かったな。あれに慣れればレンジャーの訓練はマシに思えるだろうよ」
レンジャーの訓練もかなりきついが、それよりもきついと自負している。しかし今回もまたアスレチックを回ることは無い。また任務に借り出されたからだ。
「実戦経験を積むのも大事だが、任務ばかりもな……。特にドロシーには必要だ」
「嫌味ですか?」
「いや本気だ。まあ、今回の任務は戦闘が予想される。お前も不満じゃないだろう?」
生意気な部下だとはデイビスも思っていたようだ。しかし俺の嫌い方も尋常じゃないなと小声でセオドアに言っているのが聞こえてきたが、俺はとりあえず無視した。
「
今回向かう地点は
「どうやら、また過激派宗教団体が湧いたらしい。町ひとつを占拠して町民を人質にしてるそうだ」
「それじゃ、ステルスになるわけか」
「近くに狙撃できる高台があるらしい。そこからなら、奴等が拠点にしている建物を十分に見渡せるそうだ」
「俺とデイビスに行かせてくれ、久々にスナイパーとして活躍できる」
セオドアはギリースーツの準備を始めた。彼は元々狙撃手だ。しかし、彼がリハビリから復帰してから本格的な戦闘は経験していない。スナイパーは遠距離から攻撃するため激しい戦闘は予想されない、しかしその分耐久力がいる。肺にダメージを負った彼がどの程度までステルスで行動できるかが問題だ。
「セオドア、狙撃はデイビスに任せておけ、お前は俺達と一緒に正面から攻めるぞ」
「隊長、それは無理だな。デイビスは一人じゃろくに行動出来ないんだ」
「何?
「いや、そうじゃなくてな……。デイビスは一人じゃダメなんだ。……寂しがり屋でな」
「ち、ちがっ……」
デイビスはかなり焦っている。まぁ、多分俺でもああなるだろうが。
「良く意味がわからないんだが」
「つまりだな、デイビスは腕は本物だが一人だと途端に挙動不審で鶏みたいにキョトキョトするから実力がまったく出せないわけだ。サポートする役が必須って事」
デイビスはばつが悪そうにため息を吐いた。事実であるが故に何も言えないと言った所か。
「……わかった、お前とデイビスで俺達をサポートしてくれ。そろそろ行った方が良いな。パラシュート降下だ、行けるな、レンジャー?」
「当然だ。エド、行くぞ」
「おう」
「HQにナビゲートしてもらえ、俺達は真っ直ぐ
彼らはパラシュートを背負い、ペイブロウの後部ハッチに向かう。レンジャーはパラシュート降下の訓練を必ず受ける、ヘリを下ろしている時間が惜しい今回のような場合はパラシュート降下が望ましい。レンジャーから特殊部隊に入る人員も多いのはそのせいもある。
「
「懐かしいねぇ、それ。
彼らはペイブロウから降下した。スナイパーは援護する場合スナイプポイントへ逸早く到着していなければならない。
「俺達はカレントから一キロ東の草原へリリースする。そこからは徒歩で進入する。銃にサプレッサーを装着するんだ、テロリストに俺達の存在を感づかれるわけには行かない」
全員が自分の銃へサプレッサーを装着している中、ドロシーは俺に声をかけてきた。
「隊長、テロリスト達が潜んでいる町は“カレント”と言いましたか?」
「ああ。それがどうかしたのか?」
「……私の故郷だ……!」
これはまずいと思ったのは正しい判断だろう。彼女は
「落ち着けドロシー。怒りが湧くのもわかる、だがここは感情を押し込めるんだ。感情をむき出しにすれば隙が生まれる、そこを突かれれば……わかるな?」
「……了……解……」
彼女は怒りに震える声で返事を返してきた。おそらく、彼女が冷静に作戦を遂行すると言うのは不可能だろう。俺がサポートしなければ彼女は死んでしまう。こんな任務で研修生を失うわけには行かない、彼女も重要なこの国の一員なのだ。
『リリースポイントに到着したな? 良いか、時間が無い。すでにルーが内部にサボタージュを仕掛けている最中だ。彼の作戦が成功すれば後は簡単にことは進む。彼をサポートするために立てこもっている建物の前で派手に暴れてくれ』
「了解」
『それまではステルスで頼むぞ。遠い場所で暴れると危機感が薄いから人質が危険にさらされることになる』
「わかった」
俺は一度深呼吸をしてこの場にいる全員にアイコンタクトを取った。
「
これが俺のモットーだ。俺達が平和を作り出す、この国に平和をもたらすのだ。
俺達は迅速に行動した。とにかく、カレントへ到着するまでの間は。一キロなどは大した距離ではない、とは言え、訓練がまだ行き届いていないドロシーは息が切れている。彼女にはやはり基盤が存在していないのだ。これは早く彼女に基礎筋力トレーニングを積ませたほうが良さそうだ。その前にここから生きて帰らなければならないが。
「こちらデイブ、スナイパー班、スナイプポイントに着いたか?」
『いや、まだだ。奴等警戒してるらしくて歩哨を何匹か配置してる。もう少しかかりそうだ』
「わかった。定位置に着いたら知らせてくれ。こっちはもうすぐカレントに入る。頼んだぞ」
『おう』
ここからはステルスになる。速度が落ちるからタイミングは丁度良い具合になるだろう。
町の入り口には数名のテロリストが配置されていた。見たところ、建物などの中にいる敵はいないようだ。
「良いか? 敵の懐に潜り込むには見つかるわけには行かない。敵を始末する時はサプレッサー付きの銃か、出来ればナイフが良い。誤射は許されない、確実にヘッドショットでしとめるんだ」
「了解」
「歩哨が見えるな? 手始めにあいつらだ。あいつらはおそらく俺達が来るなんて思ってもない、警戒も緩い、出来るだけ近づくぞ」
スナイパーも本来暗殺などを行う場合、ターゲットに接近し、100メートル以内に収めて確実にしとめる。スナイパーがそれなら、小銃手はもっと近づくことになるのだ。およそ十数メートルまで接近し、背の高い草の隙間から狙いを定める。
「いいか
「でも……!」
「さっき言ったことを忘れたか? 感情を押し込めろ。お前は国のことを考えても良い、だが
「……くそっ……!」
「ローズ、深呼吸だ。大分落ち着くぞ」
ジャックのその一言は軽口だったのか、アドバイスであったのかは定かではない。
「パティ、左の奴を殺れ。ジャック、右の奴だ。俺は真ん中を殺る。スリーカウントだ」
「了解」
ドロシー以外が銃を構える。テロリスト達は立ち止まっているので容易いものだ。
「1...2...3!」
軽い銃声と共に敵の側頭部から血と脳漿が噴き出し、それらは倒れた。
「良く殺った……っと」
一匹小柄のジグザグマが敵の影にいたため気付かなかったようだ。このままでは敵に俺達の存在がばれてしまう。そう思った次の瞬間、そのジグザグマも頭から血を噴き出して死んでいた。
「……ナイフ? ナイフが刺さってる!」
「どういうことだ?」
「ツーハンドにだって、狙い撃ちできるものぐらいあります」
ドロシーはそう言うと肩にあるナイフのシースを撫でた。この距離からまともにナイフを投げて当てるのは至難の業だ。特にイーブイなど平均身長は30センチ、彼女はそれを若干超えているようだが、この距離を投げられるだけで大したものだ。
「……Good kill.よくやったな、二等兵」
賞賛すべきこともある。いくら嫌っていてもだ。
「ローズ、ナイフは一本だけか?」
「投げるためのものは一本だけです。白兵戦用のバトルナイフが一本と、別にあのナイフを」
「狙えるものはそれだけだろうからなぁ、ちゃんと回収しとけよ」
ドロシーの投げナイフの腕は確かなものだ。狙えるものがそれしかない、そしてその腕はルイスに引けを取らないのだ。投げナイフ自体が大きな戦闘力ではない、だがあると無いでは大分違う。
その後は慎重に町を進んで行く。戦闘を極力避け、出来る限り銃を使わず敵を排除して行く。その点ではドロシーの投げナイフは役に立った。
『デイブ、こちらスナイパー班。スナイプポイントに到達した』
「こちらデイブ。そこからの景色はどうだ?」
『最高だ。カレントも見渡せる』
「俺達は南西の市場付近にいる。見えるか?」
『……確認した。目標地点は東側のアパートだったな?』
「ああ。しばらくかかりそうだ、それまでの間援護してくれ」
『了解……ゴホッ……』
「おい、大丈夫か? やっぱりまだ実戦は無理か?」
『大丈夫だ、大丈夫……。俺だけじゃなくてデイビスもいるからな……。いざって時には俺の分も働いてくれるさ』
「レンジャーに良い所を持っていかれないようにな。頼むぞ」
正直彼の容態も不安だ。リハビリが完全でないまま連れて来てしまったが、俺の判断ミスだったかもしれない。
「セオドア、早速だが俺達の先にいる連中を片付けてくれ」
『了解。ルクシオ、レントラー、マッスグマの三匹だな?』
「もう一匹いる。ザングースだ、そこから見えないか?」
『あー、見えないな。そいつはそっちで片付けられるか?』
「わかった、タイミングはそっちで頼む」
『ああ。デイビス、良いか?』
『大丈夫だ。俺はマッスグマとルクシオを殺る』
『構えろ。1...2...3』
ビシュッと言う短い音が連続で聞こえ、レントラーとマッスグマが倒れる。間髪いれずにルクシオも地に臥せた。そして軽い発砲音と同時にザングースが倒れ、前方の障害は無くなる。
『
『良いねぇ、俺もまだ捨てたもんじゃないな』
「ああ、Good kill. これからは随時敵を排除していってくれ」
『了解』
小隊に指示を出し、また慎重に進んでいく。
それからは敵との衝突も少なく、順調に進んで行けた。スナイパーが大分役立っている。
『一匹殺った』
『もう一匹追加だ』
「スナイパー班、あまり死体を増やしすぎるなよ。発見されると面倒だからな」
『あいよ。一端攻撃を中断して場所を変える、しばらく援護出来なくなるぞ』
「了解」
あらかたもう片付いた後だろうから、援護はあまり必要ないような気がするが、油断は禁物だ。
「この通りを左に曲がったら目標付近だ。気を引き締めろ」
曲がり角にある建物に身を隠し、先を窺う。
敵はいない。と言っても見える範囲には、だが。建物の中から目を光らせている可能性は高い。
「セオドア、応答しろ。まだ移動中か?」
『ああ。敵はいないが、まだ少しかかるな』
「俺達は目標付近まで来てる。スコープでクリアリングをしてもらいたかったんだが……」
『タイミングが悪かったな。だが一箇所に立てこもってるだけとは限らん、そっちでクリアリングしてくれ』
「わかった」
見える範囲にはいない。窓の向こうは逆光で確認できないため、見られているかどうかを判断するのは賭けに近い。
判断を下そうとしていたその時、若干のノイズの後に最近聞き慣れてきた声が無線から聞こえた。
『デイブ、聞こえてるか?』
「ルー。大丈夫だ、聞こえてる」
「隊長、ルーと言うのは?」
『オメガ・チーム隊長だ、ローズ? ブリーフィングで名前は聞いてるはずだが。自己紹介は実際に会ってからにしよう、今は仕事だ。俺はお前達が目標としている建物の中にいる。中にいるって事は逃げられないし囲まれたら終わりって事だ。実際、今割りとよろしく無い状況だ。詰所が目の前にあって身動きが取れない』
孤軍奮闘したところで、個人は個人だ。団体の力には敵わない。
『そこでだ……。お前達にはここの前で大暴れして欲しいわけだ。目の前で暴れれば数名を残して他は戦闘に回されるだろうからな』
「ああ、そこまでは作戦の通りだが……」
『心配するな、人質はすでに救出してある。後は逃がすだけなんだが、敵の監視が多いからあの数の人質を逃がすのには時間がかかり過ぎる。そのためにも頼む。……ああ、それとここにいた連中の何匹かを締め上げて情報を吐かせた。連中の武装はRPGにAK、SVD*3、
「ジムか……」
懐かしい名前だ。最近会っていないがどうしているだろうか。
『仇討ちなんてやるとは思って無いから言ったわけだが、いざって時に向きになるなよ』
「無論だ」
ドロシーにも言ったことだが、任務の最中自分の事を考えてはいけない。
「ジャック、パティ、左右に展開しろ。ここからはステルスじゃなくて構わない。無線で聞いたな?」
「ええ。とりあえずオメガのサポートをするためにここで一騒ぎ起こす、何てこと無いですよ」
ジャックとパティはアパートの前にある通りの建物の陰へ移動し始める。ここから見た限り、敵は彼らの行動に気が付いていない。
「……準備できたか?」
『ええ』
『こちらも完了しました』
「スナイパー班」
『今位置に着いた』
『スコープの調整完了。サポートは任せろ』
「よし。ローズ!」
「はい」
ドロシーが今に来て妙に落ち着いている。ここは彼女を発破させなければならない。
「無線で聞いた通り、ここで騒ぎを起こさなきゃならない。つまり“お前の出番だ”。俺がスモークを焚いたら攻撃を始めろ」
「は? でもさっきは……」
「ああ言ったのは任務の内容がステルスだからだ。今は騒ぎを起こすのが任務だ。ツーハンド、お前のお得意だろう?」
「……はい」
「良いか、命令はひとつだ。死ぬな!」
彼女は若干俯き、何か一言呟いた。おそらく肯定の言葉だろう。俺はスモークグレネードを手に取りピンを抜いてアパートの前に放り投げた。白い煙がスモークグレネードから噴き出し、視界を遮る。この変化は建物の中にいる敵にもわかるはずだ。
「ローズ、派手に行け!」
「Да!!」
聞き慣れない言葉と共に、ドロシーはUMP二丁を手に取りスモークの中に突っ込んでいく。
数秒後に銃声が通りに充満した。この
「ジャック、パティ! ローズの援護だ! 攻撃開始!」
『了解』
「スナイパー班、この建物の周囲を警戒しろ! SVDを持ってるって事は絶対に狙撃兵を配置してくる!」
『ああ、わかってるさ』
『早速お出ましだ。スナイパーは俺達に任せて、目の前の敵に集中してくれ』
この戦闘はかなり派手な状態だ。特にドロシーが一番目立っている。敵のど真ん中で攻撃を一切受ける事もなくずっと戦い続けてすでに数十匹が彼女から殺されている。訓練を積んでいないはずなのに彼女の戦闘力は恐ろしいレベルだ。だが疲労等を考慮するとそろそろ限界だろう。俺は無線で指示を飛ばすことにした。
「ローズ! 一端退け、俺達が援護する!」
無線で送ったはずだが、彼女には聞こえていないようだ。かなり興奮していることが窺える。
『デイブ、人質達の避難が完了した。裏口からすでに全員逃げた後だ。俺は内部から正面玄関の方へ回って行く。そろそろ撤退の準備をしとけよ、俺が脱出し次第この建物の一角を吹き飛ばすからな』
「わかった。だがローズが興奮して命令が届かない」
『俺が出てく時に一緒に連れて行く、心配するな』
そうルーが言った瞬間、ドロシーが叫んだ。
「Товарищ, я не нуждаюсь заключенных!!」
何を言っているのか良くわからないが、おそらくまともな事を言っているわけでは無いだろう。
『……“同志”、ね……。そろそろ到着する。味方だ、撃つなよ!』
かなり興奮しているドロシーはルーを敵か味方か認識していないようだったが、さすがと言ったところか、ルーは彼女を引っ張ってこちらへやってきた。後ろからは一矢報いんとばかりにテロリスト達が押し寄せてきている。
『カバーを頼む! このお嬢さん、まだ戦おうって気なんだからな!』
『了解! フラッシュバン
ジャックが敵の目の前にフラッシュバンを投げ込む。一瞬視界が白く染まるが、俺は離れていたため一瞬目が眩んだだけだった。テロリスト達がフラッシュバンで怯んでいる間にルーとドロシーは俺が隠れている建物の影へとやってきた。
「よう、待たせたな」
「首尾は?」
「順調だ、奴らが武器を置いてる部屋にありったけのC4を仕掛けてきた。後は起爆して、連中を制圧するだけだ」
彼は懐から起爆装置を取り出した。ちなみにドロシーはまだテロリスト達を殲滅しようともがいているが、ルーが襟首を掴んで止めている。
「あのアパートの大家には気の毒だが、ま! 保険は下りる」
「ならしっかり壊したほうがいいな」
『さあ、準備は良いか?』
ルーは無線を使い言う。そして起爆装置を軽く放り上げた。
『ショウタイムだ!』
その言葉と共に、起爆装置をキャッチしてスイッチを押した。
この瞬間と言うのはスローモーションに感じる。爆轟と共に熱波が周囲へ襲い掛かる。全身を揺さぶる衝撃波に逆らうように俺達は建物の方へ駆け出した。建物は三分の一が吹き飛んでいる。そしてその破片が辺りへ撒き散らされ、俺達の方へと飛んできていた。
『左だ! 左に避けろ!』
ルーの無線越しの言葉に俺とドロシーは従い、左側に跳ぶ。直後ドロシーのすぐ右にコンクリートの塊が落ちてきた。
「お出ましだ、派手に行け!」
現在の戦場で俺たちを指揮しているのは間違いなくルーだった。彼は俺よりも実力もあるし、戦況を的確に判断できる。そして何より、彼にはまるで未来が見えるかのような行動を取ることがある。それに関して、俺達は絶対的な信頼を寄せていた。
『こちらスナイパー班。敵のRPG部隊が右側に来てるぞ』
『ああわかった! ジャック、グレネードをお見舞いしてやれ! 俺も
『了解!』
爆発により発生した煙や舞い上げられた土ぼこりでかなり視界は悪いが、スナイパーは俯瞰で見ることができるため状況判断はしやすい。
『良いぞ、RPG部隊は半壊してる。残りは俺たちに任せろ』
『早速二匹追加だ。横隊を成してる連中はマルチキルしやすいな』
『建物の内部をクリアリングする。倒壊の恐れもあるから素早くな』
こういう場合のクリアリングは割と雑になりがちである。さすがにここまで来て自分の命を危険にさらしたくなどは無い。
『一階、クリア』
『二階、クリア』
『三階クリア』
『RPG部隊も全てしとめたぞ、通りはクリアだ』
『……四階クリア。オールクリアだ、建物を出るんだ、急げ!』
俺はドロシーと三階をクリアリングしていた。一階に降りるまで少しかかるが、おそらく倒壊することはないだろう。ルーが急げと言ったのは建前のようなものだろう。
「よう、お二人さん。生存者はいなかったか?」
階段を降りる途中、ルーと合流したときにそんなことを聞かれた。無論生存者などいるわけが無い、三階はルーがC4で吹っ飛ばした階層だ。内部にいるだけで吹き飛ばされるような衝撃を感じるだろうから、この階にいて生きているのは不可能だろう。
「そうか……。一匹ぐらい生きててもいいもんなんだけどな……」
「C4どのくらい置いていった?」
「3キロ分ぐらい」
「誰か生かしときたいならその量は使わない。普通な」
彼はため息を吐いた。後悔しているような顔だ。
その後何事も無く建物から脱出し、俺達は開けた路地の端に集合していた。
「テロリストに生存者は無し、一般人は全て脱出して被害もほぼない。完璧だな。ま! ざっとこんなもんだ」
「そうとは言いがたいな。あのアパートを見てみろ、一部分壁が無いぞ」
「そういうこともある」
ルーは眼帯代わりのバンダナのずれを直しながらからりと笑う。時折彼が雑に見えるのだが、おそらく気のせいではない。
『おい、何か動いてるのがあるが敵じゃないのか? 俺がしとめ損ねた奴かもしれない、確認してくれ。通りの右側、理髪店のそばだ』
「セオドア、ブランクで腕が錆付いたんじゃないか? 前はヘッドショット、ヘッドショットの嵐だったろ?」
『人に文句言う前に言われた仕事しろジャック。てか前々から思ってたがなんでお前上官の俺に対してため口利いてんの? 年上だよ目上だよ?』
セオドアが徐々に変化している気がする。昔よりかなりおちゃらけている気がするのだ。
「……テロリストの生存者だ。……まだ助かるな。デイブ、HQに連絡だ。メディックを呼んでくれ」
「わかった」
やはり彼はテロリストであっても殺すのを良しとしていないのだろう。
「HQ、こちらアルファ。メディックを要請したい」
『こちらHQ。誰か負傷したのか?』
「いや、テロリストの生き残りだ。ルーがそいつを助けてやりたいらしい」
『……わかった、少し待て……』
ルーの一存だけで上層部が動くのだから、彼が今までに成し遂げてきた功績というのはかなり大きなものなのだろう。階級は俺と同じ曹長だが、彼には特別な任務を果たす役割があるため特務曹長という階級があった。
「……おいローズ、何してる! やめろ!!」
俺が周囲を警戒しているとルーが突然怒鳴った。また何かやらかしたのかと振り返るとドロシーはグロックを手にしていた。
「
乾いた発砲音。吹き出る血。テロリストは激情に駆られた一匹の少女に殺されていた。
「ロォォーズ!!!」
ルーはイーブイとは思えないほどの怒号を上げドロシーの胸倉を掴んだ。
「何で殺した! 何で助かるはずの奴を殺したんだ!!」
「“これ”はテロリストですよ? 国に仇成した、
「そんなわけあるか!! 死んで良い奴なんている訳無いだろうが!!」
「
「ソーエビロゥ上がりか
「
「賛成だね、どれだけ虐殺を起こしても心を痛めない奴には何を言っても無駄らしいからな」
怒りをむき出しにするルーに対していたって冷静にドロシーは対応していた。話の内容からしてドロシーは元々ソーエビロゥにいたようだ。
『メディックの準備が出来た、今からそっちに……』
「いや、必要なくなった。死んだよ、殺された」
『……あまり手間をかけさせないでくれ、それじゃあ回収用のペイブロウを送る。それでいいな? over』
「問題ない。out」
この空気は耐え難いが、どうしようもないのだから耐えるほか無い。
「……そろそろ機嫌を直したらどうだ?」
ペイブロウの中で俺はルーに言った。彼はあれからずっと不機嫌そうにしていた。
「……今回来たレンジャーの中にまともなのはいやしない。デイビスは極度の寂しがりや、ドロシーは怒りの抑制がまるで出来ないくそったれだ」
「パティはまともな方だ」
「いや、あの目をちゃんと見たか?」
「目? 真っ赤な目だ、ルビーみたいな」
「そう見えるか? 俺にはそうは見えない。熟しすぎたトマトみたいに見える。腐った目だ。人を殺すことを楽しんでる」
「なんだって?」
「あいつはどうしようもない殺人鬼だ。勘だが、
俺はため息を吐いた。彼の言うことが間違っていたと言うことは今までなかった。しかしこればかりは信じがたい。国を守るための軍人が犯罪者であるなどとは。
――ああ、本当さ。とんでもないろくでなし、まさにDog Shit One、パンドラの箱も増えた」
俺は兵舎に帰った後、リジーに電話をかけていた。携帯電話は持ち込めないので備え付けてある電話を軍の本部を経由して我が家へ繋いでいる。
『大変そうね。でも上司なんだからガツンと言ってやったら?』
「聞くような奴なら俺がわざわざ電話をかけてまでお前に愚痴ると思うか? 全く、最近はこんな時勢のせいで理不尽な暴力だって許されやしない。命令無視で体罰を与えるのぐらい俺が二等兵だったときなら当たり前だったんだぞ!? ここ二、三年でずいぶんとヤワになったもんだ、この国も……」
『あら、老兵気取り? ……でもデイブ? あなたがそんなにその研修生を目にかけてるなんて私ちょっと意外かも。出来損ないは容赦なく切り捨てるタイプだと思ってたのに』
「……ウォレス大将の計画なんだ、たかが曹長の俺がその計画の邪魔をしたらどうなると思う? あっという間に閑職に追いやられて、いつしかハービーに金をせびることになる。それだけはごめんだね」
俺のこの愚痴に付き合ってくれるリジーには感謝している。ただでさえ戦場と言うストレスの溜まる場所へ放り込まれる身なのだから、こういう風にでもストレスを解消できるのは本当にありがたかった。
俺が沸き続ける愚痴をリジーに吐いていたとき、いくつか隣の電話に誰かがやってきた。見ると、例のドロシーだった。
「……噂をすればだ」
『え? ……あ、ごめんデイブ、キャッチが入っちゃった。もう切るね』
「ああ。愚痴って悪かった。ありがとう」
『良いのよ。それじゃあ、今度帰ってくるのを楽しみにしてるわね』
俺は受話器を置くと、電話で話しているドロシーを一瞬だけ睨んで部屋に戻った。
その後数日、特に動員されることが無かったためレンジャー達を徹底的にしごいた。しかしさすがレンジャー、俺が用意しているアスレチックを滞ることなくクリアしていく。最初の十数回は息も絶え絶えと言った感じだったが、デイビスとパティは慣れてきたらしく、あまり俺たちに遅れを取ることがなくなっていた。
しかし、ドロシーはそういうわけにも行かず、俺達の足を引っ張り通しだった。ドロシーはまず基礎体力が備わっていないと思った俺は、アスレチックを回った後ドロシーだけを呼び出して筋力を付けさせるトレーニングを開始した。
「良いか、兵士として重要なのは心技体、お前の技術は見せてもらった。だが物事に耐えるという精神力、それと行動を続けるための体力は目も当てられない。
「Sir yes sir!」
「声が小さい! 腕立て五十回! 始め!」
「Sir yes sir!」
数日間その基礎トレーニングは続いた。その間、何度彼女が挫折しそうになったかはわからない。全身の筋肉が悲鳴を上げているのだろうということも容易に想像がついた。しかし、俺は絶対にドロシーを休ませはしなかった。何も彼女が憎くて――と言うのは嘘になるかもしれない。だが軍人としての俺は彼女のためを思いこのトレーニングを続けさせた。
いずれ、彼女はまた戦場へ赴くことになるだろう。そこで彼女の戦友が殉職し、また彼女が怒りに囚われてしまえば犬死するのは目に見えている。ここで彼女を徹底的にいじめ抜き、精神力を鍛え上げてやろうと思ったのだ。
「明日からはオフだ。その間、ゆっくり身体を休ませておけ。俺はまだしごく気でいるからな」
「...Sir yes sir...」
「フン、まあ今のは良しとしよう。今日のトレーニングは終わりだ」
うつぶせに床に倒れているドロシーに今日の訓練の終わりを告げると、俺はさっさとシャワーを浴びに行った。むさくるしい雄ばかりがいるのだからシャワールームは混雑しているためゆっくりと歩いてだ。こういうときは雌が羨ましい。ここでは数えるほどしか雌がいないのでシャワールームは伸び伸びと使えるそうだ。アリスはそのことをえらく自慢げに言ってきたが、それ以前はその雄のごった返したシャワールームを使っていたはずだから当然かもしれない。余談だがオリビアはまだオリバーがほかの隊員と一緒にシャワールームを使っていたという事実を知らない。
シャワーを浴びて部屋に戻り、俺はスケジュールに目を通していた。結婚記念日は残念ながら仕事と重なってしまったため何のお祝いも出来なかった。だから明日の休暇に何かプレゼントでも買ってリジーに贈ろうと考えていたのだが、何を贈っていいのやら俺には思いつかなかった。明日空いている店でプレゼントを買えそうな所をあらかじめリサーチしておいたのだが、買うものが決まっていないのではどうしようもない。それに、明後日はベスの誕生日だ。ベスにもプレゼントを買ってやらなければならない。今に始まったことではないが、雌が喜ぶようなものをきちんと把握しておけばよかった。カーラにしょっちゅう荷物持ちを頼まれているのに自分が情けない。
結局俺は、誰かにどんなものを贈ればいいのか聞いてみることにした。
「結婚記念のプレゼント? ……デイブ、お前可愛いとこあるな」
「な、何でそうなるんだルーク」
「だってさぁ、向こうが気にしてるわけでもないのに何でそう自分からプレゼント贈ろうって気になるのかねぇ、俺にはちょっとわかんないな」
通りすがりのルークに聞いたところこんな感じの返答が返って来た。この様子だと女々しいと笑われないか少し心配だ。
その後、何匹か通りすがりの隊員たちに意見を伺ったところ、ろくな答えが返ってこなかった。一番酷いのは
こうなると頼れるのは雌だけだろう。最低限外れがない答えが見つかるはずだ。そう思ってアリスたちを廊下で探していたところ、パティを発見した。ルーがあんなことを言っていたが、一応彼女も女なのだから、聞いてみても問題ないだろう。
「パティ、少し質問があるんだが」
「何でしょう?」
「女がプレゼントされて嬉しいものって言うのはどういうものなんだ? やっぱりアクセサリーとかが良いのか?」
「何でそんな質問を私にするんです、ドロシーにでも聞いてください」
「一応お前の意見も参考にしたいと思ってだな」
パティの紅い眼がめんどくさそうに宙を仰いだのを俺は見逃さなかった。
「……私がプレゼントされるなら、花束とかが嬉しいですね。アクセサリーというか、光物を好む女性も多いですけど、もらっても身に着ける習慣が無い人なら置き場所に困るだけですし。いらないからと言って簡単に捨てるわけにもいかないですからその内枯れて捨てざるを得なくなる花が良いかと」
「後半はお前の体験談だろ」
「ええ、私の気を惹こうとする男は腐るほどいます」
「……まぁ、理由はどうあれ一応意見は聞けた、ありがとう」
花束と言うのは盲点だった。ルーの言葉のせいで突飛な答えが返ってくるのではと思ったが、彼女は女性の心理を簡潔に教えてくれたので結構ためになったと思う。
その後、食堂でアリスとオリビアを見つけたので彼女達の意見も伺うことにした。
「ぜっっったい
「え~、ロマンチックなディナーに誘うのが一番だと思うけどな~」
前者がアリス、後者がオリビアだ。アリスの方の意見は大方予想がついていたのでオリビアの方へ理由を聞く。
「だってさぁ、ボクずっと夢なんだよね。綺麗な夜景を眺めながらロマンチックなディナー。女の子なら誰だって一度は考えるはずだよ、ちょっと高級そうなお店でさぁ……。それで最後はもちろんサプライズ!」
「サプライズ?」
「そうそう! あらかじめ手回ししておいてこう、良いムードになってきたら男の人が指を鳴らしてウェイターがメッセージが書かれたケーキを持って来たりとか! ヴァイオリンの音色がムードを引き立てたときに……」
「
「そう、ダイヤのネックレスとか渡されちゃったらもう……。にゃあああ~!!」
途中から完全にガールズトークと化しているので俺は半分聞き流していた。今は俺たちに集まってくる視線が突き刺さってきてそれどころではなかった。残念ながら目の前の姉妹はそれに気付かずに自分が望むデートプランについて熱く話し合っている。オリビアはともかく、アリスは相手がいないはずだが……。多分今俺がいなくなっても彼女達は気付かないだろう。
……一応ファーブにオリビアの望んでいるシチュエーションを教えておいたというのは彼女達には秘密だ。
限られた行動時間の中、残った数少ない雌の内の一匹であるカーラを発見し、俺はまた質問した。
「基本、女は気持ちがこもってればなんでも嬉しいものよ。むしろ私はプレゼント探しで駆けずり回ってる雄を見るのが楽しみで仕方ないわ」
「俺は見てて楽しいか?」
「そうねぇ、あなたがジャックなら面白かったかも。ジャックったら付き合ったは良いけど私を押し倒そうともしないんだから、困っちゃうわ」
くすくすと笑いながらも、カーラの視線は遠くを見るように泳ぐ。
「意外と奥手だからな。第一お前が今までしてきたことを考えれば慎重になるのも当然だと思うんだが」
「馬鹿ねぇ、デイブもジャックも。私は純潔主義よ、私が男女交際なんて関係を持ったならそれこそその場でプロポーズすれば100%OKなのに」
「お前そこまでジャックのこと真剣なのか」
「ええ。彼の遺伝子は後世に伝えるだけの価値があるもの。あなたも思ってるでしょ? 自分が退役したならアルファを率いるのはジャックだって」
話が脱線してしまっているが、確かにジャックは良い素質を持った兵士だ。今後俺以上に伸びる可能性は十二分にある。
「そうだな。……だが、お前がそこまで思ってるならお前から言い出せばいいじゃないか?」
「……言い出せる訳無いでしょ、恥ずかしい……」
「お前の口からその言葉が出るとは思わなかった」
「何よ、私一年前まで彼氏いない暦生きた年月だったのよ? まだ
「これでその角の所にジャックがいたら笑えるんだけどな。問題解決になるだろうし」
「ふざけないで」
カーラから小突かれたが俺はからからと笑っていた。
脱線した話題を元に戻して聞くと、一番大事なのは気持ちだそうだ。リジーは確かにカーラと気が合うから同じような考えを持っているかもしれない。具体的なプレゼントの内容は出来上がっていないが、これならリジーが喜ぶプレゼントを渡すことが出来そうだ。
ちなみに、ドロシーは筋肉痛を訴えて部屋から出てこなかったので意見を聞けなかった。聞いたところでろくな言葉が返ってくるとは思っていないが。
「さて……待ちに待った休日だ。色んなイベントも控えてるし、休めそうもないな」
「そうだな。でも帰ったらお互い嫁さんがいるんだからさ、良いじゃないか?」
「お前には子供もいるけどな」
ハービーの車へ向かいながら俺は義兄に皮肉を言った。ハービーもベスも、リジーが不妊症であることは知っているからハービーはそれを思い出させないために気を遣ったつもりなのだろうが、あいにく片時も忘れたことのない事実だし、ハービーの言葉は逆効果だ。
少し哀れむような苦笑をしてから、ハービーは運転席に乗り込んだ。
「俺はベティに買うプレゼントは決まってるけど、お前は決まってるのか?」
「姉さんの喜ぶものはお前よりよく知ってる。俺が問題にしてるのはリジーとの結婚記念の方だ」
「ネックレスにしとけって。ベティも一周年の時プレゼントしたのまだ着けてくれてるしさ」
「ブースターにネックレスはどうなんだろうな」
あの首回りにある毛のせいでネックレスは少し不恰好になりそうな気がする。
ふと助手席の窓からエンジン音が聞こえてきた。車とは違うそれはバイクのものらしい。視線を巡らせて音源を見つけると、大型のバイクを発見した。
「お、ハーレーダビッドソンか……。スポーツスター、男の乗るタイプじゃあないな」
ハービーが興味を引かれたらしくそれを眺めている。俺は車やバイクになど全く興味が無いが、今までバイクに乗っている隊員を見たことが無かったので誰のものなのか確かめようと搭乗者へ目を向けた。
「おい、マジか? ドロシーの奴が乗ってる」
「イーブイの癖にハーレーとは、何か気が合いそうな気がしてきた」
「冗談だろ?」
その後、ドロシーがヘルメットとゴーグルをかけて俺たちの乗っている車の前をバイクで通り過ぎていくまでの間、俺はねちねちとハービーに嫌味を言い続けていた。
俺の嫌味を聞き流しながらハービーはエンジンを吹かし、まずラグーンシティへと向かっていった。
「とりあえず、プレゼント買ってから帰るんだろ? 今のうちにリジーへのプレゼント考えとけよ」
「……リジーはアクセサリーなんて着ける柄じゃないだろうし、かといってデートに誘うわけにもなぁ……」
俺が窓の淵に肘を乗せて頬杖をつきながらぼやくと、ハービーはからからと笑う。
「ハネムーンもまだだろ? どうしようかな~、俺今度の記念日に長期休暇もらって二度目のハネムーンに行こうかと思ってるんだよな~」
「フロントガラスに鼻面叩きつけられたくないなら黙ってろ」
おお怖とハービーは軽口を叩きながら笑う。運転しているのがハービーで無かったなら本当にフロントガラスに顔面を叩きつけているところだ。
ショッピングモールで俺とハービーはベスに贈るプレゼントを購入し、残るはリジーに贈るプレゼントだけになった。
「……何が良いと思う?」
「それ聞くのもう五回目だぞ」
俺はまだプレゼントを決められずにいた。そうこうしている間にすでにかなり時間が経ってしまい、そろそろ帰らなければならない時刻になりつつあった。
「こうなったら、生花店で花束を買おう。一番無難な選択だよな?」
「俺に聞くなよ」
パティは花束を勧めていたし、カーラは気持ちがこもっていれば良いとアドバイスしてくれたのだから、俺が考え付く選択肢の中では一番外れる可能性の無いプレゼントだと思う。
俺はショッピングモールの中に生花店がないか確認したが、どうやらこのモールに生花店は無いようだ。俺は急いでハービーに指示を出して車を出させた。
「何でカーナビを取り付けておかなかったんだ」
「かっこ悪いだろそんなの付いてたら」
「まずは機能性を考えろ!」
調べる術がない訳ではないが、携帯電話は緊急の連絡があるかもしれないため電池を温存しておきたい。ハービーの携帯電話はこの前酔っ払った時に自分の放電で充電できるのではないかと唐突に思いつき、実践したところショートしてしまったため今は持っていない。
街の中を巡りながらしばらく生花店を探していると、丁度曲がり角になる場所に小さな花屋を発見した。早速車をそこに着けさせ、その中に入り込んでいく。
「おい、花屋って言ったら」
「何だ?」
「薔薇がおいてあるけど鼻は大丈夫なのか?」
「悪戯が深刻化しないように黙っていたが、俺は香水が嫌いなだけで普通の花は平気だ」
花屋の中は色々な花の香りで包まれており、少しくらくらしたが問題ない。
俺が良さそうな花を探していると、ようやく店主が現れた。来客に一言も無かったため無尽なのか少し怪しんでいたところだ。
「……デイブ……?」
聞いたことのある声で俺はパンジーに向けていた視線を店主に移した。店主はブラッキーで、左手は義手になっている。彼は元チームメイトだ。
「ジム!」
「ジェームス、お前花屋なんてやってるのか?」
「……ああ……」
突然俺とハービーが訪れたことにジムは少し驚いていたようだが、その口数の少なさは一年前と変わっていないようだ。
「誰も連絡先を知らないからどうしたのかと思ってたが……そうか、こんなところでこんな店をな……」
「……自分に出来る仕事あまりなかった……」
「退役軍人が花屋は少し驚くけどな。まぁ、ネイティブらしいと言えばらしいか」
「……話はいつでもできる……。どれが欲しい?」
さすがに接客をしなければならないためいくらか自分で話を進めることができるようになっているようだ。
「俺の嫁に花束を贈ってやりたいんだ。結婚して一年経った記念にな」
「嫁……?」
「言ってなかったか? ……お前の手を奪った雌だ」
「あぁ……」
俺は少し言うのを躊躇ったが、ジムの反応は想像していたものとは違った。驚くか嫌そうな顔をするだろうと思っていたのだが、何故か妙に納得したような顔をしていたのだ。
「驚かないのか」
「……そうなると思っていた……」
「え?」
直感でそう思ったらしい。素晴らしい第六感だ。
話を戻し、ジムにどの花を贈ればいいのか相談してみると、ジムは奥の方にあったバケツの中から一輪の花を持ってきた。その花は白、いや銀色といったほうが良いだろうか、滑らかに光を反射する花弁が幾重にも重なった薔薇だった。
「……シルキーローズ、花言葉は『何よりも大切な貴方へ』……」
「おお、良いんじゃないかデイブ?」
「そうだな……。そのシルキーローズで花束を作ってくれないか?」
「……高級品だから値が張るけど良いか……?」
値札を確認したところ、俺は思わず感想を口走った。
「一輪150ドルだと……?」
缶のミックスオレは1本1ドルで買える*5。だがこの花は一輪あればミックスオレが150本も買えるのだ。それだけ供給が少なく需要が高いということなのだろう。確かに見た目も美しいし香りも上品で濃厚だ。
金ならある。だがしかし、日ごろからリジーに無駄遣いをしないように言っている俺が花束を作るために約1000ドルを使ったとしよう。リジーは何と言うだろうか。確実に俺は叱られる。そして我が家の財布はリジーが手にすることになるだろう。下手をすればハービーを巻き込む可能性も十分ある。
俺が値札を見つめながら悩んでいると奥からもう一匹店員が出てきた。シャワーズだが、どこかで見た覚えがある。エプロンの胸の部分に名札があったためそれを見てみると、ミランダと書かれている。……確かミランダと言うシャワーズは看護婦だったはずだが。
「あ、いらっしゃいませ~。シルキーローズは高いですけど大切な人への贈り物なんかに最適ですよ」
「……キミは看護婦じゃなかったか?」
ぎくりとミランダの動きが止まる。
「……ど、どこかでお会いしましたっけ?」
「ジェームス・アウル・ナナハルドの病室、一年前に会った」
自分の記憶力を褒めたい。
その後の必死のミランダの説明によれば、ジムが退院直前になってようやく話しかけ、その内容が自分への愛の告白だったそうで、その時顔を真っ赤にしていたジムが可愛らしく感じて退院直後に交際を始めたらしい。この一年の間ジムをサポートしながら生活し、現在は同棲中だそうだ。
「この花屋は病院の仕事が終わったあとに閉店まで手伝ってるんです。この人接客苦手だし、義手だから花束作るのに時間かかるじゃないですか」
「なるほど。……カーラが絡んでるのか?」
「せ、先輩はどうやらジムが私に話しかけるようけしかけたみたいです……」
カーラは高校時代ミランダの先輩で、一年前は俺がジムがミランダに気があるようだと彼女に伝えると何か“粋なこと”を計画していたらしいが、上手く言ったようだ。
「誰にも言わないでくださいね!? 看護婦が花屋でも働いてるなんてなんだかいやらしい商売体勢みたいじゃないですか!? だからこんな時間にこっそりと手伝ってるんですからね?」
「わかったわかった、言わないよ」
彼女はほっと胸を撫で下ろすと、すぐにまた営業スマイルを浮かべた。
俺は肩をすくめてから今悩んでいるシルキーローズの花束についてミランダに言った。するとすぐさま朗報が返って来る。
「知ってますか? 花言葉って花の状態とか色によっても変わるんですよ。シルキーローズは花束にすると『もう会えない寂しさ』になっちゃいますから、一輪だけプレゼントしてください」
「ジムは知らない風だったが」
「“時には口を塞ぐのが儲ける商人”って彼よく言ってました」
俺はどちらかと言うと“よく言っていた”と言う言葉の方が気になった。
ミランダのアドバイス通りに俺は一輪だけシルキーローズを買うと、ジムを小突いてから花屋を後にした。いつか仕返ししてやろう。
「にしてもそんな花一輪でサタデー・ナイト・スペシャルひとつと同じ値段とはな」
「多分需要が多すぎるんだろうな。工場で次々に作れる銃と違ってこれは咲くのを待つしかない」
一輪のシルキーローズにラッピングとリボンまで付けておいた。外れはしないはずだ。何か言われたらジムから教わった花言葉でかわすしかないだろう。
シルキーローズの香りをもう一度愉しんでいた時、俺の携帯電話が鳴る。着信音を主要な人物だけ変えているので誰からの電話なのかはすぐにわかる。リジーだ。俺は急いで通話ボタンを押した。
「俺だ、リジーどうした?」
『もしもし、デイブ? あのね、さっき妹から電話があったの』
「妹?」
『そう。最近まで外国にいたんだけどこっちに帰ってきたからって。それで、私とパパは前住んでた家売っちゃってて、まだ住む場所も決まってないからしばらく泊めてもらえないかって』
「そうか……いや、俺は構わないが、姉さんは?」
『大丈夫だって』
「ハービー、お前は?」
「ん? 何が?」
電話の先の声は聞こえていなかったらしい。俺はハービーに簡単に説明すると、彼は大丈夫だと答えた。
『それじゃあ、妹に伝えておくわね。……ところで、あとどのくらいで帰るの?』
「ああ悪い、色々と用事があってな。もう帰ってるところだ。あと十分で着く」
『そう、じゃあ晩御飯用意して待ってるから。じゃあね』
「ああ」
リジーの妹。とても気になる。リジーはそもそもあまり家族の話をしてくれない。俺が深く追求しないからと言うのもあるだろうが、それでもあまりにしてくれなさ過ぎる。妹の種類すら俺は教えてもらっていない。イーブイ系統なのだろうが、進化しているのかそうでないのかもわからなかった。
その後大した問題――パッシングを受けたりとかだ――もなく、無事に俺は家に帰りついた。すでにあたりは暗くなっているがいつも通り、リジーが玄関先で待っている。
「ただいまリジー」
「おかえりなさい、デイブ」
荷物をハービーに任せて俺はリジーとハグをする。それと頬にキスだ。
「ああそうだ、いつものあれは言わないでくれ」
「え~」
あらかじめ釘を刺し、俺はリジーが次に言うであろう言葉を封じておく。あれを言わせるとその後が不毛地帯になるからだ。
俺は荷物を車のトランクから運び出して家の中に入る。この家独特のにおいが俺に安堵感を与えてくれる。リビング以外はあえてオレンジの光源を使っているためどことなく暖かい気分になるのも、俺がこの家に帰ってくるたび安堵感を味わいたいからだ。
「お前の妹はまだ来てないのか」
「もうそろそろ着くと思うよ」
リジーは俺にミックスオレの缶を渡しながらからりと笑った。
「
「新人はどこでもそんなもんだ。それにどう対応するかで信頼関係を築いていくんだからな」
「あの子すごく気が強いからその内その上司をぎゃふんと言わせちゃうんじゃないかしら」
俺が肩をすくめるとリジーは困ったように微笑んだ。
丁度その時に、家の前に車両が乗りつけた音がした。リジーはきっと妹だろうと言って玄関に向かっていった。俺はもう一度肩をすくめ、ミックスオレを口に含んだ。柔らかいソファーに腰掛け、テレビに映されているバラエティ番組を眺める。バラエティはそこまで好きじゃない。
「よく来たわね。上がって、紹介するわ」
玄関の方からリジーの声がする。どうやら例の妹が到着したらしい。
家主であり、リジーの夫である俺はテーブルの上にミックスオレを置き、ソファーから降りて玄関の方を向いた。そこにはリジーと、見覚えのあるイーブイがいる。俺は思わず目を見開いた。
「あ、彼は私の夫、手紙に書いてたでしょ? 紹介するわね、彼はデイビッド・ジョーンズ。デイブ、この子が私の妹、ドロシー・サンダーソンよ」
「……ようこそ、ドロシー……」
俺は消え入りそうな声で言った。ドロシーも全く驚きを隠せておらず、キョトキョトと俺とリジーを交互に見ている。
「……よ、よろしくお願いします……。その……お、お……お義兄さん……」
ドロシーがようやく口を開いたと思うと、これでもかと言うほどたどたどしい言葉で返って来た。
非常にこの場の空気が悪い。誰か助けてくれ。
あとがき
どうもDIRIです。明けましておめでとうございます
さて、新年初更新となりました、“えむないん =C96= 2”であります。スランプからようやく脱出して二日で書きました
私のスランプはまず、文字が出てこないんですね、頭の中に。アイディアだけぽんぽん出てくるのに文字が出てこないからもどかしくてもどかしくて
でも文字を書くと何か違うんです、だから消してまた書いてを繰り返して繰り返して……
官能表現がまだですが、そっちは今度濃厚なの考えていますので期待せずにお待ちください。では
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