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えむないん =C96= 1

/えむないん =C96= 1

作者:DIRI

えむないん =C96= 1 

 


序幕 


 低く鳴る機械音。エレベーターの中は扉が閉まった数秒の間だけその機械音だけが支配していた。だがそれは唐突に動いた乗員によって誰も気に留めない些細なものへと変わる。まずは衣擦れの音、そしてそれからは金属がカチャカチャと細かな音を立てていた。
 ガチャリと独特な音がしてからまた数秒、気にも留めない程のエレベーターの音がまた密室を支配した。

「神の御加護を……」

囁くような、呟くような雌の声で一瞬支配が解かれた。それを待つかのようにエレベーターは止まった。乗員の目的の階に着いたのだ。乗員の一匹は緊張をほぐすために深く息を吐いた。エレベーターの扉が開き、乗員の一匹は言った。

「さあ、楽しみましょう」

 その言葉に後押しされるように、エレベーターへ乗っていた五匹の乗員はゆっくりとエレベーターから降りた。その先にはちょうど、これから海外へと飛び立とうとしている市民がおよそ三、四十匹はいた。
 ここはソーエビロゥという国の空港だった。
 警備員が二匹、若干他とは違う空気に気が付いた。しかし時既に遅しと言う奴だった。エレベーターから降りた五匹はゆっくりと各々が手にした銃を彼等に向けていた。一瞬の静寂、そしてそのあとには阿鼻叫喚の地獄絵図が展開された。自動小銃や軽機関銃、短機関銃に散弾銃が民間人や警備員達に向かって火を噴いた。
 舞い飛ぶ鮮血、内臓、脳漿……。逃げ出す者も居たが、弾丸の速度に敵うはずもなく撃ち殺された。エレベーターから降りた三匹の雌と二匹の雄は目の前の死体の山を一瞥する事もなく、そのまま空港の中へと進んでいった。
 金属探知のゲートが警告音を鳴らすが、それよりも前に空港全体に緊急警報のサイレンが鳴り響いているため大して意味はない。銃声を聞きつけて逃げまどう人々が彼等の前を通り過ぎていこうとする。だが彼等はそれを誰一人残さず射殺していった。辺りには硝煙と血のにおいばかりが漂い、聞こえるのは銃声と悲鳴だけで、離陸時刻を知らせるインターフォンや、談笑の声などは全く聞こえなかった。

 「階段を上って、急いで!」

五匹のリーダーらしいブースターは他の四匹に指示を出した。彼等はそれに逆らう事もなく階段を駆け上がり、周辺にいる警備員や一般人を撃ち始めた。
 詰め所から警備員達が拳銃を構えて飛び出してくるが、“武器を捨てておとなしくしろ”と言い終える前に射殺されていった。中には応戦を最優先にしてくる者もいたが、簡単な訓練しか受けていない彼等の腕は素人に毛が生えた程度のものだった。壁の向こうに隠れようが、グレネードを投げ込まれて爆死していく。
 彼等はまさに血も涙もないと言ったような殺戮を続けていった。傷ついた生存者にとどめを刺し、負傷した者を助け出そうとしている者まで容赦なく射殺した。

「あら、シャッターが降りたわね。こっちよ」

先導を切るブースターは階段を下り、飛行機の駐車場へ繋がる階段の手前で全員の到着を待った。

 「武装警察が来たわね、計算通り」
「当然だ。この後どうするか分かってるな?」

二匹目の雌のサンダースは全員にアイコンタクトを取った。彼等の全員が理解出来ていると確認してから、彼女は一度頷いて言った。

「武器と残弾のチェックだ。激しい戦いになるぞ」

ガチャガチャと金属がぶつかる音がして、ブースターが呟いた。

「慣れない銃はダメね、無駄撃ちし過ぎて弾がもう無いわ。やっぱり慣れた武器で行きましょう」
「同じく」

ブースターとサンダースは手にしたライフルをその場に捨てると、腰に下げた銃をホルスターから引き抜いた。少々古いその銃はモーゼル・ミリタリー*1である。
 残った雌のイーブイは一丁ずつ手に持っているUMP45*2のマガジンを替え、雄のシャワーズとエーフィは手にしたショットガンを捨ててAK-74*3へ持ち替えた。

「この日をずっと待っていた」
「フフ、みんなそうよ」

ブースターとサンダースはそんな事を呟きながら階段を下りて進んでいった。武装した警察は止めてある飛行機の向こうから押し寄せてきている。彼等との距離は20メートル程しかない。そしてさらに、武装警察達はスモークを炊いて視界を遮った。

「キングのために」

ブースターはそれだけ呟くと、スモークの中へ突進していった。
 銃声が響き、それは弾幕の展開する合図となる。防弾シールドを構えた警察達が彼等の攻撃を遮り、後ろから武装警察が射撃を開始する。だが、ブースターは目の前にいる盾を構えた警察ではなく、後ろに控えた武装警察達を攻撃した。盾を構えた警察達はそれを見逃そうとせずにMP5K*4を構えて盾越しに攻撃を仕掛けてくる。しかし、シャワーズの放ったグレネードランチャーの爆発に巻き込まれて半数が死亡した。

「飛行機の下にまだいるぞ!」
「グレネードをプレゼントしてやりなさい!」

その指示を受ける事をあらかじめ察知していたかのように、エーフィは指示された場所へグレネードを放り投げた。その爆発は潜んでいた警察を殺害はしなかったが、飛行機のエンジンが爆発を起こし、警察側に多大な被害が広がっていく。
 しかしその時、シャワーズが警察にこめかみを撃ち抜かれた。言うまでもなく、即死である。

「くそ! リウがやられた!」
「もう死んでるわ、置いて行きなさい!」

エーフィの悔しそうな声はすぐに銃声にかき消されてしまう。そこからの交戦は更に熾烈を極めた。
 武装警察達は残りたった四匹の彼等に苦戦していた。むしろ押されている。と言うのも、ブースターとサンダースのモーゼルが的を違わず額を撃ち抜いていくからだ。エーフィのAKの放つグレネードや、イーブイのUMP二丁から放たれる圧倒的な弾幕に気圧されているのも問題だろう。
 飛行機の乗り込み口下での交戦が泥沼状態になって来たときに、イーブイはUMPからグロック18二丁に持ち替えた。

「フラッシュバン投擲します。そのまま私が突撃して道を開くので、ついて来てください」
「ええ、任せたわ」
「行け、ドーラ!」

武装警察の前で閃光音響手榴弾が炸裂し、彼等の視界を奪った。そして次の瞬間には何匹も死んでいた。ドーラと呼ばれたイーブイは視界が眩んでいる隙に武装警察達の懐まで潜り込み、グロックで手当たり次第に弾幕を展開させていた。
 彼女が作った隙を見て、ブースター、サンダース、エーフィは一気に突き進んだ。しかし、そう長い間五感を麻痺させられている訳ではないので、武装警察は彼等に攻撃を再開し始めた。

「ぅごぁっ!!」
「フィロー!」

エーフィは胸に弾を浴びた。当たり所が悪かったらしく、ボディアーマーは貫かれている。撃たれているのは右胸だが、彼を助けていては彼諸共射殺は免れないだろう。サンダースは一秒の半分程の時間で視線を警察へ戻した。


 銃声は止んだ。武装警察は誰一人として残っていなかった。

「行って、残り30秒よ」

ブースターの声にサンダースとイーブイは小走りで移動した。目的地はもう遠くはない。すぐそこの扉をくぐって進めば20秒足らずで到着する。

「廊下に敵はいないわ」

左右の死角を確認しながらブースターは言った。廊下の突き当たりには救急車が止まっている。

「撃っちゃダメよ」

ブースターがその救急車へ近づくと、後部の扉が開き、ブラッキーが姿を現した。

 「よう、姉御。やってくれたな、上々な結果だ」
「そうね」

ブースターがからりと笑うと、サンダースは渋い顔をして言った。

「出来は上々でも損害も大きい。リウと……フィローを失った」
「キングのために死ねたなら奴らも本懐遂げただろうよ。ほら、早く乗りな。これは刺激的な事件の幕開けだぜ?」

ブラッキーはブースターとサンダースを救急車の後部へ乗せると、運転席へ行ってしまった。残ったイーブイはブースターが手を貸して引っ張り上げようとした。
 その刹那、銃声が響いた。イーブイはどさりと音を立てて地面へ落ちた。その周辺は血で染まっていく。

「ゴメンね、弾が一発余ってたのよ」

ブースターは笑みを崩さずにイーブイに言った。当のイーブイはショックで言葉を発する事が出来ない。

「あなたは血が繋がってないしね。これで私達の本当の作戦は完了よ。こんな所にアメリトリカ人の死体があったら……ウフフ、どうなるのかしらね?」

救急車後部の扉が閉まり、救急車は発進してしまった。
 真っ暗になっていく視界の中でイーブイは走馬燈を見ていた。その最後に映し出されていたのは、さっきのブースターとは違う、もっと幼い、優しく無邪気なブースターだった。
 視界が闇に包まれたとき、わずかに歌声が聞こえた気がした。


第一幕 


 この一年は時間が飛ぶように過ぎてしまっていった。光陰矢のごとしとはまさにこう言う事なのだと実感した。ジグザグマであるこの俺、デイビッド・ジョーンズはそろそろ二十歳になろうかとしていた。成人は18歳なので過ぎているが、二十歳はそれなりに特別だった。飲酒と喫煙が解禁されるのは二十歳からだ。だが、俺はそう言う事に関してはどうでもよかった。煙草はどこかの誰かに勧められるかもしれないし、酒は付き合いで飲むであろうから必要ではある。しかし、今現在俺が必要としているものは嗜好品などではなく、もっと人生において重要なものだ。

 熱い、暑い。呼吸が苦しいが、苦ではない。と言うのも今現在快感の方が勝っているからだが。

「で、デイブ……あっ……」
「さすがに……限界だ……」

愛しい妻リジーは艶麗な顔を上気させながら俺の首筋にうずめ、俺をきつく抱きしめた。身体の大きさは大分違うが、俺が潰れるというような事はない。ただそれは更に快感へと繋がるだけだ。

「くっ……ぅっ……」
「あぁっ!!」

俺は彼女の中に精液を流し込んだ。無論、夫婦である俺達が避妊の処置をしているなどと言う事はない。むしろ俺は早く子供が出来て欲しかった。

 「はぁ……はぁ……リジー、さすがに今日はこれで終わりにしてくれ、明日からまた訓練三昧なんだ……」
「えぇ……」

行為後の後始末は面倒だが、やらなければ誰に冷やかされるか分かったものじゃない。リジーはシャワーを浴びに行ったので、その間にベッドのシーツを替えておく。明日洗えばいい。シーツを替えたあとに、俺はシャワールームへ向かった。リジーがまだシャワーを浴びているが、今更恥ずかしがる事もないため俺はそのままシャワールームの扉を開けた。

「あら、お風呂でもう一回戦やるの?」
「それも良いな、明日職場へ行かなきゃならないって状態じゃなきゃ是非とも抱きたい所だ」
「そう言ってる割に、あなたの起ってるわよ?」

リジーはクスクスと笑った。正直、自分でもそれは分かっていた。だが行為のあとにワンクッションあって濡れた妖艶なボディーラインを見せつけられれば老人でも精力を取り戻すだろう。

「ヤる? ここならあと片付けも簡単でしょ。あなたもそんなに元気になっちゃったモノを自分でどうにかしようと思わないでしょ?」
「まあな。ちょうど目の前に好みで発情した雌がいる事だし、その雌を孕ませるのも悪くない」

冗談交じりに俺はリジーを後ろから抱きしめた。
 さっきまで行為をしていたし、熱いシャワーを浴びてていた彼女の秘部はもう愛撫する必要もないだろう。万年発情期のリジーは――リジーだけに言えたような事ではないが――俺の勃起したモノだけで十分に興奮出来るだろう。俺はそのままリジーの中へモノを差し込んだ。リジーはわずかに喘ぎ声を上げるが、この家には他に三匹の同居人がいるため極力押し殺していた。

「ホント……アリスとヤってからは強いわよねぇ……」
「それは言わない約束だろ……。また腰砕けにしてやろうか?」
義姉さん(ベス)に言い訳するのは嫌よ……。デイブの事になるとしつこいんだもの……」

我が姉ベスは俺に対して過保護だ。最近はまだマシな方だが、以前リジーと一晩で15回行為に及び、――リジーがどこからか仕入れてきた精力増強剤のせいでそうなったのだが、最終的に俺はもちろんの事リジーすら持て余す結果になり、お互い翌日ろくに動けない状態に陥った――そのあとベスが姿を見せない俺達の様子を見に来たのだが、その事後の惨状を目の当たりにしたベスと言ったら無かった。ヒステリを起こしたのかと思う程にわめき散らし、ハービーが駆け付けてなだめさせるまで金切り声を上げていたのだ。俺もリジーもそう言う所以外はベスの事を良く思っているのだが。

 「声を出すなよ……音が響くからな……」
「分かってるわよ……ぁんっ!」

俺が腰を動かすと、リジーは思わず艶めかしい声を出した。この調子ではいつまで経っても眠る事が出来そうにない。昔の俺はこうではなかったはずだが、はて、リジーと出会って以降たがが外れたのだろうか。しかし快感に酔いしれるのも悪くはない。俺はリジーを味わうように舌を彼女の身体に這わせた。ビクリと彼女の身体が跳ねるが、それで更にモノは深く彼女の中をえぐった。

「あっ……」
「静かにしろ……」
「無理よ……デイブ、もう激しくヤりましょうよ……」
「バカ言え、ハリーが起きたらベスもハービーも飛び起きるぞ……」

ハリー、我が姉夫婦の息子だ。そろそろ歩き出すぐらいだが、まだ赤ん坊だ。夜中の物音で起きては泣き出してしまうだろう。それは困る。

「……リジー、わかった、激しくやろう。だが出来るだけ声を堪えてくれ……」

彼女が頷くのを見ると、俺は激しく動き始めた。バスルームに卑猥な水音が木霊し始める。
 リジーは声を堪えるために口を手で押さえているが、それでも少し喘ぎ声が洩れている。それに必死のあまり涙ぐんでいるが、痛みがある訳ではないようだ。

「はぁっ……リジー、出すぞ……っ」
「っ~!!」

俺達はほぼ同時に果てた。嬌声を必死に堪えてくれたリジーには次の休日に何かプレゼントしてやろうと思う。
 その後、俺達はちゃんとシャワーを浴びてベッドに戻った。さすがにこれ以上は体力的に問題がある。一つのベッドに二匹で潜り込み、身を寄せ合って目を瞑る。あとは眠るだけ……しかし俺はどうにも期待と、それと不安を彼女と同調させなければ胸に支えが残る気がした。そしてそれはもうここ数ヶ月、何度もそうだった。俺はリジーをそっと抱きしめ、独り言のように囁いた。

「……今度は……授かると良いな……」
「……そう……だね……」

毎回、彼女の暗い声を聞く事は分かっている。けれど聞かなければ俺が耐えられなかった。



 「よう、隊長」
「病み上がりが無理をするんじゃない、まだ現役復帰にはまだ時間がかかるだろう、セオドア」

出勤した途端にこんな事を言っている俺は大分お人好しだろう。セオドアは退院して特殊部隊の本部に戻ってきてはいるものの、今はリハビリを終えて基礎体力を現役時代まで戻すトレーニングをしている。戦線復帰には少々不安が残る状況だ。特に肺に穴も開いていたため、体力という面ではかなり昔と比べると劣化している。あの頃の状態まで戻る事も難しいかもしれない。

「それで……最近はどうだ、あの娘とはさぁ」
「リジーの事か? どうした突然」
「いや、そう言えばあの後どうしたのか聞いてないなと思ってな。……大体一年か、あの娘と一戦交えたあの日から」
「明後日でちょうど一年だ。ちなみに一回目の結婚記念日は来月の十二日だ」
「時が経つのは早いなぁ、特に俺みたいなおっさんになってくると」

元々彼は常時こんな感じだったが、あの時以降俺の中でのイメージががらりと変わってしまったため、何となくしっくり来ない。

 「それで、どうなのよ?」
「まぁ、お前とエマほどじゃないが、ラブラブさ」
「結構! 若い夫婦は今のうちにたくさん交尾(Lovemaking)しとけ、この歳になってくるとさすがに……」
「朝から猥談ってのはどういう了見だ。飲みに行ったときにでも聞いてやるから今はやめろ」
「お、そう言えばお前そろそろ二十歳だったな。楽しみだ~」
下戸(げこ)だったら悪いな」

父親に似ると酒を飲めないかもしれない。ベスはお陰で口に酒を含むだけで酔っぱらってしまう。

 「それで、お前とあの娘が結婚してから大体一年経つんだろ?」
「さっきも言ったが、そうだな」
「そろそろ子供ぐらい作っても良いんじゃないのか? 子供は良いぞ~、可愛いしな。世話も楽しみの一つだ」

俺は思わずため息を吐いた。

「……子供の話は……やめてくれないか……」
「? どうかしたのか?」

唐突にセオドアの顔が真剣になる。やはり彼はこの方が今のイメージには合っている。俺はため息混じりに呟いた。

「……リジーは不妊症なんだ……。理由もよく分からない、ただ分かってる事は……俺とリジーの間に子供が生まれる確率は1%未満だって事だ」
「……すまん、デイブ」
「謝らなくていい、そんな事知らなかったんだからな」

セオドアは少し間を空けてからもう一度謝り、頭を掻いた。

「……それじゃ、俺はトレーニングしてくる。また後でな」
「ああ」

彼はそそくさと去った。また俺が聞かれたくない事を聞いてしまわないようにしたかったのだろう。


 俺が部屋に引っ込んで、M9の手入れをしていると、部屋をノックされた。ドアを開けると、そこにはサミュエル少将がいた。アリスとオリビアの父親のグラエナだ。

「少将、わざわざ私の部屋まで何の用でしょう?」
「キミに客だ、私の部屋まで来てくれ」
「分かりました。……少将が私の部屋をわざわざ訪ねてきたのですから何か理由が?」
「さあな、私にはわからん。直接客に聞いてくれ」

向かう先は少将も俺も同じなのだから、俺は少将の少し後ろをついて行っていた。少将はアリスのように執着心が強くもなければ、オリビアのようにやんちゃでもなく、姪のカーラのように短気でもない。ただどこまでも冷静なのだ。よって、特殊部隊の指揮は彼が執る。間違った判断をする事がない少将は尊敬の出来る上官だ。

 「所で……私の娘達は最近どうしてる?」
「は?」

唐突だったので一瞬呆けたが、すぐに何を聞かれたのかを理解した。

「訓練も挫折することなくこなせています。アリスはカーラが付いていますから当然ですが、オリビアも良くやっていますよ。……オリバーと同様、彼女にはスナイパーの素質がある」
「そうか……。それは良かった、娘の意志でここに残ったのに才が無くては意味がない。それは置いておいてだ、私が今聞いたのはそれももちろんの事だがその他諸々の事だ」
「と言うと?」
「例えば悪い虫だ。彼女たちももう年頃だしそう言った事には注意したい」

少将は少しだけ気恥ずかしそうに頬を掻いた。

「これでも私は彼女たちの父親だしな」
「……心中お察しします。悪い虫かどうかは私には理解しかねますが、オリビアは……」
「オリビアがどうした?」
「ベータ・チームのファーブを知ってますか?」
爆弾狂(The bomber)か、まさか彼と……」
「ええ、一応双方の意見が一致して交際していると聞きましたが」

ため息を吐く少将の気持ちが分からない訳ではない俺は気付かれないように苦笑した。
 ちなみに、どう言った経緯で彼等が交際しているのかというと、中央銀行爆破テロ未遂事件までさかのぼる事になる。あのあとオリビア達は自分が雌だという事をみんなに伝えた訳だが、その直後である。突如ファーブはオリビアを抱き上げて彼女にキスをした。無論オリビアは顔を真っ赤にして動揺していたのだが、当のファーブはと言うとその様子を見てくつくつと笑ってこう言った。「あなたを初めて見たときから好意を持っていました。当時はあなたが子供だったから何も言いませんでしたが、今あなたはもう大人の女性だ。僕とお付き合いしてくれると嬉しいのですが」。大人数の前でキスしたばかりか告白をするという、もはやテロに近いファーブの行動は間違いなくフラれる要因だろうと思ったのだが、動揺しすぎたせいなのか本当に彼に好意を持っているのかは知らないが、オリビアは首を縦に振って返事をしたのだ。その場にいた全員が驚愕したのは言うまでもないだろう。特にアリスはしばらく状況を理解出来ていないぐらいに動揺していた。ともかく、どこまで関係が進展したのかは謎だが、彼等はきちんと交際している。

 「オリビアに不快な事をしたらどうなるのか釘を刺しておくとしよう。歳もかなり離れているし心配だ。さて、談笑している間に私のオフィスだ、客は中にいる、粗相がないようにな」

粗相がないように、つまり相手が俺よりも位が高い相手という事が分かる。事は慎重に進めよう。サミュエル少将が部屋に入り、俺もそのあとに続いた。

「デイビッドを連れてきました。アルファ・チーム隊長です」
「ああ、待っていたよ」

部屋の中にいたのは軍服を着たサーナイトとスーツ姿のイーブイだった。少将が敬語になるのも無理はない、そのサーナイトは大将なのだから。俺は思わず直立不動で敬礼した。

「アルファ・チーム隊長、デイビッド・ジョーンズ曹長です。お目にかかれて光栄です、ウォレス大将」
「私も光栄だよ、表沙汰にならない事もこなす特殊部隊のエリートに会えたんだから」
「恐縮です」

ウォレス大将はくつくつと笑い、楽にするように言った。言われた通り、俺は敬礼の姿勢を崩したが、やはり硬くなったままだった。曹長と大将の差はかなり大きい。

 「今日、私がここに来た理由はだな、デイビッド曹長、キミに頼みがあるからなんだ」
「私に出来る事であれば全力で協力します」
「そうか、なら話は早いな」

俺は一瞬だけイーブイの方に目をやった。スーツを着ているが、雌のようだ。大将の秘書だろうか。彼女はじろじろと俺を眺めているが、目つきはきつい印象を受ける。

「最近、と言ってもこの一年の事になるが。凶悪事件が立て続けに起きている。キミも知っての通り、警察はいつも事件の前でぐずついていて、我々が事件を解決すると手柄を横取りしようと群がってくる。手柄どうこうに関して、我々は寛大だ、我々は手柄だけでなく実力も重視する。……その点に関してはキミはもう少尉でも良さそうだが、あいにく私の一存だけでは弱いのでね」
「今の階級で満足とは思いませんが、昇格で慢心したくはありません」
「警察もキミのような人材がいれば今程腐ってはいなかったろう」

評価されているという事は光栄だ。しかしここで昇格の話をするとは思えないため、そろそろ本題だろう。

 「さて、今日は昇格の話や世間話をしに来た訳ではない、さっきも言ったようにキミに頼みがある。私は陸軍のレンジャー部隊を率いている。その中から数名をこの特殊部隊(SOCOM)に派遣したい。そしてキミ達に彼等を教育してもらいたいと言う訳だ。最初は数名だが、追々私が率いる師団の全員を教育してもらうつもりだ」
「つまり、大将の師団の隊員全てを私達と同じ特殊部隊のレベルまで引き上げたいと? お言葉ですが、その教育は必要でしょうか? レンジャー部隊は陸軍の内で選抜された精鋭達です。我々のレベルと大して変わりないと思いますが……」
「いいや、大きな違いがある。私達陸軍は数にものを言わす。数十名が戦死しようが、まだ何とか代えは利く。だがキミ達は少数精鋭、細かな小隊に分かれ少数での行動を基本とする。それ故に我々レンジャー部隊は精鋭とは言えど単独行動を行う事が出来ない、それでは人員を無駄にするだけだ。そのせいでキミ達が屋内で行動を起こしているのにレンジャーは外でまごついているしかない。屋内に送り込むには中隊でも多すぎる。特に最近の事件では隠密作戦(ステルス)でなければいけないが、あいにくサバイバルは心得ていても屋内でギリースーツを着込んで敵の目をいつまでもやり過ごせる訳でもない。そう言った対処の枠が大幅に変わっているんだ、特殊部隊とレンジャーは」

つまり、対処の枠を広げたいのだろう。それが出来れば特殊部隊がいちいち対応する必要もないような事件であっても人員の多いレンジャー部隊が対処出来る。“力で押さえつける”が基本のこの国では人員が多く武装も充実した軍隊が一番動員される。
 断る理由も特にない。教育と言っても、今までやってきた事を一緒にやらせるだけに過ぎない。大したことをせずとも国のためになるのならば誰が協力しないと言うだろうか。

「わかりました、大将。協力します」
「そうか、それはよかった。では今日は一名置いていくとしよう、残り二名は明日派遣する。一ヶ月経過を見て、その後続行するかどうか検討することにしよう」
「置いていく?」

俺は呟いた。置いていくという事はもうこの場に来ていると言う事だ。
 イーブイが一歩前に出た。そして俺に敬礼し、この場に来て初めての言葉を発した。

「陸軍第75レンジャー部隊第二大隊第三連隊所属、ドロシー・サンダーソン二等兵であります。これからよろしくお願いします、デイビッド曹長」

……第一印象も第二印象もインパクトが強すぎる。


第二章 


 大将はそのあと、よろしく頼むぞ、と一言言ってからドロシーを残してこの場をあとにした。俺はかなり困惑していた。どう見ても彼女が軍人とは思えなかった。軍人とは思えなかったと言うより、こんな場所へ派遣されるような人材とは思えなかったのだ。軍人の秘書は軍人であるが、それがここに来るとも思えない。

「それでは曹長、アルファ・チームに一つ空きがあると聞いています。しばらくはアルファ・チームと行動を共にしますので、アルファ・チームの隊員が使う部屋へ案内して貰えますか? 私はこの施設について詳しくありませんので」
「ちょ、ちょっと待て。お前は雌だろう、雄ばかりの部屋に押し込めておく訳にもいかない」
「お構いなく。護身術ならマーシャルアーツもかじっていますし雄の弱点も分かっています」
「それだけじゃなく部下達も気を遣う。雌だけの部屋があるからそこを使ってもらいたいんだが」

特にセオドア辺りが気疲れしそうだ。

「私からもそうしてもらいたいな。プライベートの事について最近は話してももらえない。ある種の密偵だ」
「は? ……ああ、少将には娘がいると伺いましたが、その事でしょうか? 命令であるなら私は上官のあなた方に従いますが」
「では命令という事にしておこう。キミには私の個人的な任務が課せられる、娘達のプライベートな事について探る事だ。キミの判断で伝えるべき事だと思う事だけを私に報告してくれ。ギャラには色を付ける」
了解しました。(Sir yes sir.)ではそこまで案内をお願いします、曹長」

結局俺は案内する事になるらしい。その辺りについて何か言おうとは思っていないが、別の事については言いたい事がある。

「階級で呼ばれるのは嫌いだ、名前か隊長と呼んでくれ」
「了解です、隊長」

終始硬い表情で彼女は笑顔を見せない。
 移動するときに何度か彼女の容姿から特徴を掴んだ。年齢はおそらく俺よりも若い。リジーと同じぐらいだろう。顔立ちも整っていて、正直な所俺の好みの顔だ。体付きは少女らしいためまだ訓練も大して受けていない新兵(ルーキー)なのだろう。

「私の顔に何か?」
「いや。……ただどこかで見た事があるような気がする。何度も」
「よくある顔ですから」
「その顔がよくある顔なら世の中の面食い共は並みのモデルにも見向きもしなくなるんだろうな」
「私を口説いているならやめて下さい。それにあなたは既婚者のはずですが」
「そんなつもりはない。それに俺自身に浮気をするような度量があると思ってない」

顔は好みでも性格は苦手なタイプだ。そもそもリジー以外は眼中にないが。
 しばらく俺は疑われるような目つきでドロシーから眺められていた。居心地が悪かったが、疑われても仕方ないような事を言ったのだから文句は言えない。数分視線に耐えていると、目的の部屋の前に着いた。

「ここだ。……俺以外にお前の事を知っている奴は居ないんだろう?」
「数名のスタッフに見られてはいますが、おそらくこの格好では大将の秘書とでも思われているでしょう」
「じゃあ俺の紹介が必要だな」

俺は部屋のドアをノックした。これがただの部下の部屋であるならばそれだけでさっさと入っていっただろうが、ここはただの部下の部屋ではないため返事を待つしかない。返事はすぐに帰ってきたため、俺はドアを開けて中に入った。

「ごきげんよう、お嬢さん方」
「デイブかぁ、ファーブかと思って期待してたのにぃ」
「惚気はセオドアだけで十分だぞオリビア」
「だって十歳分の記憶無いんだよ? あってもオリバーが教えてくれた事だけだから穴だらけだし……。ファーブってああ見えて中身もしっかりしてるんだからね?」
「分かってるが、オリバーはファーブを嫌ってたな。スナイパーの横でRPGぶっ放す奴は迷惑だ、場所が割れる」
「オリバーとボクは違うもんね~」

彼女の精神年齢はまだ10歳ぐらいだろう。成人しているくせに話し方は完全に子供だ。

 「まぁ、同じ小隊に所属しているからって任務中には惚気ないようにな、アリスも逐一注意しといてやれよ」
「はいはい」

今更ながら、彼女たち二匹のために特別に別の部屋が割り当てられているのは、数少ない雌の隊員だからと言うだけではなく、少将の権力が働いたのだろう。

「さて本題だ。入れ」

俺は部屋の外に待たせていたドロシーを招き入れた。アリスとオリビアは双子のように動きが左右対称にドロシーを見た。

「本日付でここに派遣された新兵(ルーキー)だ」
「第75レンジャー部隊第二大隊第三連隊所属、ドロシー・サンダーソン二等兵であります」
「レンジャー? 派遣ってどういう事?」
「詳しくはあとで説明する。とにかく彼女は今日から俺達の仲間だ。部屋を割り当てる必要があったんだが、雄だけの所に雌を一匹放り込む訳にもいかないだろう? だからこの部屋を使わせてやってくれ」

彼女たちは特に嫌そうな顔はせずに承諾した。と言っても、拒否は最初から出来ないのだが。

 「では私は荷物を整理しますので。隊長、また後ほど」
「ああ。……それが終わったら俺の部屋まで来てくれ、ここの連中にお前の紹介と大将の計画について説明もしなきゃならない。場所は……アリス、教えてやってくれ」
「わかった」
「じゃああとでな」
「はい」

俺はアリス達の部屋をあとにして自分の部屋へ戻った。確かM9の手入れの途中だったはずだ。


 
 ――と言うわけで、これはウォレス・ブラッド大将が発案した計画だ。この中には大将の世話になった奴もいるだろう。俺達の母国のためだ、喜んで受け入れてやろうじゃないか」

一帯が沸く。ここにいるスタッフの半分はレンジャーからヘッドハンティングされてここに来ている。

「よし、それじゃあこのルーキーに俺達のやり方を見せてやろう。硬くなる事はない、いつも通りにやろう」

その言葉で各々は訓練を開始した。
 しばらく様子を眺めていたドロシーは俺に質問をした。ちなみに彼女は今訓練用の野戦服を着ている。

「ほぼ全員が違う事をしていますが……?」
「それがここのやり方だ。俺達は小隊で行動する、それ以上の連帯行動は基本的には行わない。だから小隊が各々の任務に合わせた訓練をこなす事が一番効率的だ。……まぁ、中には部隊長が個人のさじ加減で訓練内容を変える事もあるがな。さて、お前の教育は俺に一任されてるそうだな、なら今日はまずお前のポテンシャルを測る事にしよう」

ちなみにアルファ・チームは完全装備の状態で訓練用のアスレチックコースを回るのが基本的な訓練だ。ボディアーマーや火器、弾薬などの各種装備を合計すると俺の場合16キロほどになる。体重が18.2キロなのだからほぼ自分の倍の重量を身に纏って十数キロを走って回るのだ。だがこれでもリジーの相手をする方が疲れる。
 その後、俺とセオドア、ジャック、そしてドロシーは射撃訓練場(キルハウス)へ来ていた。

「ここに来たらやる事は分かってるな? お前の射撃の腕を見せてもらうぞ」
「了解」
「今回はM1911A1を使ってもらう」
「……えー……コルトでしたっけ……?」
「そうだ、コルト・ガバメントM1911A1。1911年に制式採用され1926年に改良されたモデルだ。1985年にM92Fに制式採用の座を奪われたが今でも愛用している奴は多い。今作られている大型自動拳銃のベースにもなってるし、今でもカスタマイズされたり専用のチューンナップをされたものが出回ってる。まさしく傑作拳銃だな」

正直この事を軍人で知らない奴は居ない。特に拳銃の事を教わるときはまずこの銃をモデルにして説明を行う程に有名であり、割と安価に民間でも売られている。威力と信頼性もある万人受けの銃なのである。しかも銃器会社の大手が製造したものであるにもかかわらず、彼女はそれを知らなかった。彼女は基礎的なものがあるのかと不安に感じる。

 「良いか、一マガジン分的を撃て」
「了解しました」

ドロシーは渡されたM1911A1を“片手で”構えて15メートル先の的を撃ち始めた。その姿はろくに狙いも定めずに撃っているとしか思えない。フロントサイトとリアサイトの直線(ライン・オブ・サイト)を全く見ていないのだ。要するに、適当に撃っているだけ……それではどういう風な結果になるのかは予想する必要すらない。すぐに彼女は七発の弾を撃ち終えてマガジンを交換した。俺は無言で的を回収した。おそらくかなり不機嫌そうだっただろう。

「……ドロシー、見てみろ。お前自分が何発撃ったか覚えてるか?」
「……七発です」
「じゃあ弾痕は幾つあるか数えきれるか?」
「……二つです」
「何でそうなったのか分かるか?」
「いえ……」

思わず俺は彼女を殴りそうになった。しかしそれは今のご時世では裁判沙汰だ。必死に振り上げそうになった拳を押しとどめた。

 「お前は何一つ成っちゃいない! なんでお前がレンジャーに入隊出来たのかすら謎だ!! お前は狙いを付ける(エイミング)って事が出来ないのか!? お前は素人じゃない、軍人だろうが!! ただ“向けて撃つ”のが許されるのは素人の自衛とショットガンだけ、お前のクソみたいなエイミングのせいで無駄な犠牲が生まれるかもしれないんだぞ!! わかってんのか!?」
「おいおい、デイビッド、落ち着け」

セオドアは俺をなだめようとしたが、俺のイライラは増すばかりだ。ドロシーは俺から叱られて若干耳が垂れているものの、顔は冷静そのものだ。それが俺の神経を逆なでする。そして次の瞬間、俺はキレた。

「もう一丁銃を」

 もう何と言っていいのか分からなかった。ただ何かを破壊したい衝動に駆られた。目の前にいる生意気な雌のイーブイなどはちょうど良いのではないだろうか……。そのまだ幼さの残る可愛げな顔を、原形を留めない程ボコボコにしてやりたい。無論それは俺の必死の努力によって実行はされなかった。だが俺はその辺りに置いてあった弾薬箱を思いきり蹴り飛ばしていた。弾薬(アモ)が散らばり、ジャックがそれをいそいそと回収するが、俺はドロシーを睨み付けるのに忙しかった。

「デイビッド、やらせるだけやらせてみよう。ダメなら基礎から叩き込んでやればいいだけの話だ、ここの方針は武器を問わない、だろう?」
「……ったく、くそったれの新人(F.N.G)*5めが……」

セオドアが窘めるような視線をドロシーに送りながらもう一丁M1911A1を渡した。それを受け取ると彼女はコッキングを行い、後肢だけで立ち上がった。
 そして先程と同じく――と言っても銃を二丁持って後肢だけで立っているという違いはあるが――ろくに狙いも付けずに両手のM1911A1を乱射した。

「……これで同じような結果だったら俺は大将にこいつの首を切ってもらう。軍を格好だけで通そうとする奴は軍人にはなれん」
「ザックも最初はそうだったが、今じゃ歴としたサブリーダーだからな。そういや当初はカーラからお前が言ってたのと同じ理由で殴られてたっけか」
「化けてもらわないと俺はやっていけない……」

銃声が止んだ。今度はドロシーが的を回収する。

「……これで文句はないでしょうか。私は二丁使い(ツーハンドガンマン)なので、二丁無いとどうも……」

今度は圧巻するしかなかった。真ん中に当たったものは無い。しかしそれでもリコイルを完全に吸収しないまま連射したにもかかわらず計14発は全て的に命中していた。先程の命中率が何だったのか疑問だ。

 「……これはこれで良い、だが正確な狙いを付けられるようになれ、いつまでもツーハンドでやたらめったら撃てる訳じゃない。だから……――っくしゅ!」

話している途中、突然くしゃみが出た。

「……お前はどの武器を使いたいんだ?」
「サブマシンガンを。サイドアームはマシンピストルで」
「何で弾ばら捲き機ばっかりなんだ――っくしゅ!」

お世辞にも命中精度の良いものではないのがバレルが短くフルオートで連射するサブマシンガンとマシンピストルだ。突っ込みたくもなる。そして何故かくしゃみが止まらない。

 「隊長? 大丈夫ですか?」
「大丈夫――くしゅ! ……そんなわけあるか!」

原因も分からない。たださっきと違うのは……何か甘い香りがすると言う事だ。

「……セオドア、何か……におわないか?」
「ん? ……確かに何か花の香りが……」
「これは多分、香水だと。俺が昔付き合ってた娘もこんな感じの香りの香水付けてましたし」

そしてこの状況で、香水を付けているだろうと思われるのはたった一匹しかいない。

「……すいません……」
「なんなんだこのにおい、ローズマリー?」
「はい……」
「なるほど……。香水は元から苦手だがこのにおいは……――ハクシュッ! ……ダメだ、もはや刺激臭だ……」
「ドロシー、隊長の鼻が死ぬ前に香水落としてこい」
「りょ、了解しました」

においは滞留するのだ。しばらく俺のくしゃみは止まらなかった。


 ちなみに今回の香水の件が発端となり、ドロシーには“ローズマリー”と言うあだ名が付き、俺はちょくちょく部屋に薔薇を仕込まれるといういたずらを受けた。


第三章 


 「隊長、この任務は本当に特殊部隊が行う必要があるんでしょうか」
「ああ。お偉方は軍隊を引き連れてるよりも俺達みたいな精鋭を数名連れてる方が好ましい。物々しい装備で周囲を圧倒するような威圧感を漂わせてる虎の威を借る狐か、装備はしてるが数名だけで明らかに無防備にも見えるまるで井の中の蛙って奴か……。お前はどっちに好印象を持つ? 前者は権力を振り回す暴君にしか見えないが、後者は倹約的に見える」
「なるほど……」
「まぁ、俺達は雇われてるだけだ、理由はどうあれな」

今俺達は要人護衛の任務に就いていた。ドロシーも一緒だが、これも訓練の一環だ。任務をした方が経験になる事も多い。

「それとな、世の中ではスーツを着たボディガードなんかも一般的だが、迫力では大したこと無い。厳ついだけだからな。だがこうやって、完全装備の状態であからさまに警備していれば攻撃してくる奴に対してプレッシャーを与えられる。確実に応戦するってわかるからな。その為にも、俺達は常に近距離戦闘(CQB)を意識しなければならない。……あそこに何かいるのが見えるか? 向かいの白い建物の二階だ」
「……オリビア? どうしてあんな場所に?」
「……あー、あれはオリバーだ。持ってるのがM14 DMRだからな。それと屋上を見ろ」
「……モーズビー少尉? ベータ・チームが配置されているんですか?」
「そうだ。ここの裏のビルにはファーブとハービーがいる。アルファだけじゃ危険の全てを察知出来ない。いくつかのチームを周囲に配置する。あくまでも少数な。だから実際、事が起きるまでは一番楽な仕事をしているのはアルファだ。他のチームが危険察知してくれるまで待ってれば良いんだからな」

ドロシーは一瞬不満そうな顔をした。それをセオドアは窘めるが、彼女はやはり不満そうだった。

「実戦経験はないだろう? 最初の任務はこのくらいで調度良い。機会があれば、もっと本格的な特殊作戦を遂行するさ。今は護衛に集中だ」
「了解しました……」

新人が不満げな顔というのはよくあることだ。


 「よくやった、アルファ。問題も起こらなかったな、平和に越したことはない」

俺は任務完了後にチームの全員に声をかけた。無論ドロシーにもだ。相変わらず不満そうだが、別に俺がそれをどう思うということはない。

「不服か、ローズ? 俺の最初の任務なんて掃除だぞ? もっとも、ベトベトンが汚染した場所だったけど」
「俺は即実戦。お前さんのいるレンジャー部隊に元々いたからな」
「軍曹は実力のある狙撃手ですし、ジャックは実技試験をクリアして入隊しているからでしょうね。私は新兵のレンジャーですよ……」
「お前仕事にやりがい無いと続けられないタイプだろ」

ジャックの突っ込みに対してドロシーは肩をすくめた。一方俺はため息を吐く。

「お前は研修に来ている身だろう、チャンスを与えられた数少ないうちの一匹なんだ、感謝される覚えはあっても文句を言われる筋合いは無い」
「隊長は? 隊長は最初の任務に何を?」
「俺はその時の隊長が俺だけ連れて実戦に飛び込んでいったから実戦だ。おかげで死にかけたよ、今でもトラウマだ。俺は試験を受けて直で入隊した口だが、ほぼ実銃を撃ったことがないのにいきなりM9だけ持たされて戦場に放り込まれてみろ。その日からしばらく悪夢と付き合う羽目になったよ。どっかのライボルトには“(くま)が濃くなったな”とか言われるしな」
「おい、そんなに根に持つとは知らなかったなデイブ」

ドロシーはいぶかしげに目を細めた。多分機嫌が悪くなったことの表現だろう。
 そろそろ本部に戻ろうかと車へ向かっていたとき、無線からコールが入る。

『こちらHQ。アルファ、応答せよ』
「こちらアルファ。どうした?」
『コーラルバレー・ストリートの西側でごろつき達の小競り合いが起きている。銃を持っているそうだ、周囲へ被害が出ないうちに鎮圧してくれ。over』
「了解。ナビゲートを頼む。out」

俺はため息を吐いた。理由は二つ、さっきから俺に視線を向けているレンジャー、それとさっさと帰って休みたかった。リジーに電話で愚痴りたい。

「話は聞いたろう、さっさと行くぞ。ドロシー、護衛よりはやる気を出してくれ。じゃないと俺が大将から何を言われるかわかったもんじゃない」
「了解しました」

今度は何をしでかすだろうか。

 「西側、ここは北側だが、路地から回っていくか、それともメインストリートを通るか……」
「路地はこの車じゃ無理だな、小回りが利かない」
「じゃあ頼むぞセオドア、出来るだけ飛ばせ。俺は早く帰りたい」
「あいよ、隊長。ハービーほどじゃないがぶっ飛ばしていくぜ!」

オリーブドラブ(OD)に塗装されたソフトスキンジープに乗り込み、俺達はラグーンシティの西側へ急いだ。あの近くは商店街だ。急がなければ被害が甚大になる可能性もあるかもしれない。

 「かなり……飛ばしますね……」
「ベータの車に乗ってみろ。吐くぞ」
「冗談抜きでな」
「おーい! 爺さん危ないから下がってろよ!!」

歩道を渡ろうとしていた年配のサンドパンに怒鳴りながらセオドアは快調に車を飛ばしていく。おそらく後三分で到着する。ハービーならあそこから一分で到着しただろうが、昼間街中を飛ばされると事故が起きる。

「一応装備の確認だ。特に、ドロシー(ルーキー)?」
「大丈夫です、ご心配なさらずとも」
「俺が心配してるのは銃の方だ」
「クリーニングもしてますしコッキングもしてあります。セーフティもちゃんと下りてますし誤作動の心配もありません」
「街中だ、とりあえずお前は銃を使うな」

ドロシーは俺の発言にかなりむっとしているようだが、上官に口答えは出来ない。階級は要するに力の表れだ。
 セオドアの運転がスムーズだったこともあり、俺達はすぐに問題が起きているポイントへやって来た。よくある状態だった。騒ぎの中心になる二人を取り囲むように人だかりが出来ている。やめれば良いのに何故かこうなるのだ。もしかしたら被害を被るのではという考えがあるのにもかかわらず、騒ぎがあれば必ずこうなってしまう。

「退け! 軍の者だ! 道を開けろ!」
「怪我したくなかったら解散! 仕事の邪魔!」

軍人だと伝えるだけで大体のことは上手くいくのがこの国だ。昔から力で解決するのが特色と言っても良い。

「どいつが騒ぎの中心だ? こっちは一仕事終えた後なんだぞ、仕事増やすな!」
「軍曹、今はそれを言っている場合では……」
「言いたくもなるがな。警察がちゃんと動けば良いものを……」

警察など呼ばれても来るのに三十分はかける。軍なら十分以内だ、どっちにしたほうがすぐに事が収まるかなど子供でもわかる。そもそも警察はろくに仕事もしないが。

 「あー、お前らか。銃を捨てろ、死にたくなきゃな」
「警察と違い、私達は許可を得る前に射殺をすることも出来ます。言われたとおりにしなさい」

これを言ったら大抵の犯人は銃を捨てておとなしくなる。往生際が悪い奴は大抵臆病者か本物の犯罪者だ。今回は往生際の悪い臆病者だった。銃は捨てたが、(きびす)を返して逃げていく。

「ドロシー、追いかけて捕まえろ。繰り返すが、“撃つなよ”?」
「わかってます!」

機嫌が悪い。俺は肩をすくめた。

「俺達はギャラリーに対処だ。セオドア、交通整備に行け、人だかりのせいで乱れてる。ジャックは通りにいるギャラリーを回していけ。俺はもう片方のこいつを見とく」
「了解」

この事件は要するに銃を持ったもの同士の喧嘩だ。ゴーリキーとキノガッサと言う、俺とドロシーには相性が悪い連中だが、結局は強力な武器を持っているほうが勝つ。それを扱う腕ももちろんだが。
 キノガッサがほかに武器を持っていないことを確認し、一応拘束してジープに乗せておく。ここまできて逃げる輩はそういないが、時たまいるから見張りが必要だ。時々目をやる程度

で構わないのだが。ジャックの方の手伝いに行こうかと思っていたが、そう思うと同時に肩を叩かれた。

「お仕事頑張ってる? デイブ」
「リジー。何してるんだこんなところで」
「何って、ショッピングよ。ここ商店街よ?」
「いや、そうじゃなくて……。野次馬の中にいたのかって意味で言ったんだが」
「解決寸前で通りがかったの。デイブの声が聞こえたから寄ってみただけよ」
「そうか。まぁ、いろいろ話したいこともあるが、また今度だ。これでも仕事中だからな」
「ご苦労様。それじゃあ今度の休暇楽しみに待ってるからね」
「それまでの間ベスと百合とかはやめてくれよ」

リジーは含み笑いしてから俺の頬にキスをして帰路に着いた。ちなみにリジーにレズビアンの気があるとは思ってはいないが、性欲をもてあましているリジーならやりかねないのが怖い。

 「隊長、逃げたゴーリキー、確保しました」
「よくやった。ようやく休めそうだな」

その前にこの連中を警察の方に突き出しておかなければなるまい。それがまた面倒なことに、ここから正反対の街の端にある警察署まで出向かなければならない。呼べば先ほどと同じように時間がかかる。というより、もう誰かが警察を呼んでいるだろうが、いまだに警官は一人もいない。税金泥棒共めと言えば名誉毀損になる。嫌な時代だ。しかしあまり色々言っていられない現状もある。仕事も少ない時期でも俺達軍人はたっぷりと給料を得ているのだから。


 「デイブ、あの新人の感想は?」

本部に戻り、小休止を取っていたところ、ルーに声をかけられた。最近彼をよく見かけるようになったような気がする。

「感想もどうも、最悪だよ。反抗的だし射撃の命中精度はゴミみたいなもんだ。男尊女卑はしないほうだが、あの雌は編み物でもしてた方が良い」
「おいおい、お前さん見る目がないな。短所ばかり目に付くのもどうかと思うぞ。短所を長所に変えるんだ。俺が見た限り、あのお嬢さんは向上心の塊だな。同時に権力欲も強い。……だがまぁ、お前がその調子じゃ、彼女も力を引き出してもらえないだろう。良いか、結局は指導者が部下の未来を決めるんだ」
「俺は最善を尽くしてるつもりだがな」
「そうは見えんが」

ルーは肩をすくめた。

「所でだ。気をつけろよデイブ。あのお嬢さんには“何かある”」
「何か?」
「一瞬彼女の眼を見たが、奥に黒く染まった影があった。あれは何かにどっぷり浸かっちまった痕だ」
「一瞬でそこまでわかるのか」
「じっと見ればもっとわかるぞ。ただ大抵その前に目を逸らされるが」

理由はおそらく気恥ずかしいからと言うのがもっとも大きな部分になるだろう。彼の顔は雌なら異性としての魅力に耐えられないだろうし、雄なら強い目力で居心地が悪くなる。

 「ま! 今あんまりストレスためてたらやってられなくなるぞ。明日二人新しく来るからな」
「お前の情報は早いな。……例の魔女か?」
「それもあるし、俺の情報網は元から広いぞー」

彼にはやはり謎が多いのだ。ハルのそれと比べてどちらが多いだろうか。
 ルーの言うことが正しいかどうか、それは俺にはまったくわかりはしないのだが。


あとがき

こんばんは、DIRIです
執筆途中でなんと私の初代PCがお亡くなりになりました。変換しても確定が出来ず、「n」が入力できないという状態が直らず、執筆も遅れていました
今のPCは安いものを買ったんですがOSがWindows7なので高性能です
でも長年付き合ったあのPCに慣れていた私には使いにくくて仕方ありません。あぁ、前のPCが今のPCと合体してくれれば……
さて、新キャラクターに新たなストーリーであります。コメントで数名の方から言われたように、MW2が今回の冒頭の元ネタとなっています
感化されやすいもので、どうも真似をしてしまう癖が出てきてしまいますが、あくまで一部分にとどめようと心がけています(汗
期待せずに続きをお待ちください……


最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • お、新作ですね。
    新キャラもたくさん出てきて、また賑やかになりそうですね。
    ――無影 ? 2010-06-14 (月) 00:36:16
  • おおCoDですねわかります。
    民兵強いよ民兵。
    ―― 2010-06-14 (月) 01:27:40
  • どう見ても最初がCoD:MW2の空港シーンです本当に有難う御座いました
    ―― 2010-06-14 (月) 01:39:58
  • なんでここで小説書いてるのか不思議
    ミリオタ系のサイトの方が読者層合ってると思うんだけど
    ―― 2010-06-14 (月) 06:56:47
  • 皆さんコメントありがとうございます

    無影さん
    ようやくとなってしまいました(汗
    PCが親の目の付く所にあると官能表現を書くのにいちいちビクビクしていないといけなくて……(苦笑
    あと何人か新キャラ出る予定です

    一番目の名無しさん
    私、今年に入ってからMW2を買った新兵なんですけどね……(笑
    さあ一緒に、油谷さん!!(爆

    二番目の名無しさん
    開幕、ですね
    何でかパクってしまうんです、良いものだからなんでしょうけど(汗
    展開が似てるから……というのも一応要因にはあるんでしょうが、全部一緒にするわけではないのでご容赦下さい(汗

    三番目の名無しさん
    えっと、残念ながら私、ミリオタじゃなくて単なるガンマニなんです(汗
    エセレベルですし、何度かそう言ったサイトを覗いてみた事もありますがなんの事やら……(苦笑
    それに私はポケモンにやって欲しいのであって、人間にやらせたいとはあまり考えてないんです
    知識足らずなので、ポケモンならある程度のオリジナル要素があっても不自然でないって言う理由もありますが……


    ……あ、グロテスク表現ありとか冒頭に書いてあった方が良いでしょうか?
    ――DIRI 2010-06-14 (月) 23:36:39
  • あった方がいいでしょう
    ―― 2010-06-16 (水) 17:18:40
  • いつも楽しみにしています!
    がんばってください!
    ――ああああ ? 2010-06-18 (金) 07:24:17
  • 最初のシーンでワロタw
    ―― 2011-04-23 (土) 04:27:28
  • 入り方が洋画であるw
    ――やま ? 2011-04-30 (土) 04:58:38
お名前:

*1 1896年にモーゼル兄弟が設計した拳銃。現在主流の自動拳銃などと違い弾倉がグリップの前にあるため重心が前にあり正確な射撃が可能で、ストックを併用するとカービンとして使用出来る。ブルームハンドル(箒の柄)と呼ばれる独特なグリップは握りやすく手が小さくても使いやすい。クリップで装弾し、クリップ無しでは基本的に発砲出来ない。ちなみに弾を撃ち尽くさない限り再装填は出来ない。フルオート射撃が出来るモデルと出来ないモデルがあるが、今使われているのはセミオートのみ
*2 ヘッケラー&コッホの製造する短機関銃。プラスチック素材を多用しているためかなり軽量で錆を気にする必要がないため水に浸かってもすぐに射撃が可能。三種類の弾薬を使用するバリエーションがあるが、UMP45はコルト・ガバメントと同じ.45ACP弾を使用している
*3 AK-47の後継のアサルトライフル。使用弾薬をAK-47よりも小口径のものにしたため殺傷力は低下したが低反動化、命中率の向上、貫徹力の向上、射程距離の増加、軽量化などのメリットがある
*4 ヘッケラー&コッホの製造する短機関銃。MP5を小型化したもので、KはKurz(クルツ)の略で、短いの意。命中精度が割と高めで、反動も小さめ。MP5Kはストックを廃し標準装備にフォアグリップを保持安定用装備としている
*5 Fucking New Guyの略で、軍のスラング

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Last-modified: 2010-07-08 (木) 00:00:00
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