ポケモン小説wiki
うましか

/うましか

書いた者GALD


「どうして私を連れて行かない?」
 とりあえずは廊下で向い合わせになってしまったから、それだけが理由であり深い意味はない。
 起こっているわけでもなく、炎もいつものように揺らめいている。
「あんたみたいなの連れて行けるわけ無いでしょうが。」
 制服姿で帰ってきたばかりの学生は、ただでさえ疲れているのにめんどくさいと言わんばかりに顔をしかめたあとに睨みを効かせた。
「元はといえば連れ歩くために私を選んだわけじゃないのか?」
「こんなわけのわからない変態馬鹿だとは思ってなかったのよ、容姿はまともなくせに。」
 納得がいかないというよりも、訳がわからないと不思議そうに凛々しい顔立ちを緩めた。こんな顔をしているからには何も心当たりがないと言っているようなものだが、ないわけではない。
 いつものやりとりとして、とぼけたふりとしているだけで連れ出して欲しいというのが本音である。
 私の主人は人間とかいう生物で私を飼っていると言えば語弊があるが、私を傍に置いて生活することを選択した。
 はずであったのだが、最近はどうも学校と呼ばれるところに連れ出してはくれずに退屈しているのである。
 学生という職務を与えられているために、学校という施設で大半を過ごすことになっているらしいのだから、私もそこへ置かれるべきである。
 それはかなわず主人の自宅で警備の任に当てられているのである。主人の家族は優しいのだが、それぞれ仕事があり両親は共に出かけてしまう。
 半日ぐらいは一匹で家の中で暇を持て余していなければならないのが、私にはどうも耐え難いものとなっていた。
 私をつてれ行けば、朝あんなに急がなくとも済むのに、それだけでは釣り合いが取れないらしく、私の意見が主人のもとに届くことはない。
 一見すれば私の背中に乗れというのは、ある意味サーカスの火の輪くぐりよりも火が体に移る可能性は高いだろう。
 背中の炎は私の支配下に置かれているもので、勝手に背中に炎が飛び移って燃えているわけではない。自然に存在する炎とは訳が違い、私の焼きたいものを焼くことができる。
 要するに私が主人の衣服を焼き払って晒しあげたいような邪な考えがなければ、危険なことはないのだが信用がないせいか乗ったためしがない。
 その信用の欠落もまた心当たりがないわけではない。一件だけだがその一つが自信を持って原因だと胸を張れるだろう。
 主人は学生というの中でもじょしこーせーとか言われる部類らしく、心が繊細でどうとかと殴りつけられるように語られたことがある。
 その階級よりも一つ下の中学生と言われるレベルのころだった話、私は初めて対面したときのことである。
 私は挨拶の表現として頭をかんだ、そして髪の毛を一本ちぎった。この挨拶の違いが大きな戦争を生んで、私は初めて女の怖さを見ることになる。
 髪は女の命だとか、聞いてはいたがここまでの仕打ちを受けるとは思っていなかったのはまだ私も若かったのだろう。
 その甲斐はあってか、髪を命というだけあってなかなかのものを味わうことができた。
 主人が変態などと覚えのない名前をつけてくるのはこのせいで、第一印象が大事ということを学んだのである。
「だって、あんた連れてったら拾い食いしてまた喋りだすでしょうが。」
「流石にそんなはしたない真似はしない。」
「どうだか、あんたたまに家で落ちてるやつ見つけて悩んでることとかあるし。」
「だから、あれは主人が気づいて結局お預けになったではないか。」
 予想は的中していたようで、やはり主人はあの時の一連の動作を根に持っているようだ。しょうがないのである、命とまで表現するだけのものを食べしまったのだから。
 何故かと聞かれると、当の自分が知らないのだからどうと明確な答えを提示できるわけではないが人の髪の毛と呼ばれるものを食べると、心の中を感じることができるのである。
 中学の頃の主人は言ってること以上に夢見なタイプで、ときめくような恋がくると信じていてなんだかこう甘い感じだったのを覚えている。純情で、ここまで綺麗なものがあるのかと感動を覚えた。
 拾われて養成場で過ごす頃はおっさんばかりので、なんというかときめくような夢もなく仕事熱心という意味では熱いのかもしれないが、私にとっては暑苦しいだけであった。
 暑苦しいと感じておきながらも、周りからすれば、背中やら頭から炎を吹き出している私も暑苦しい熱源だったのだろう、夏場は私を冷ますかのように会話がどこか冷たかったのに対して、冬は変に会話が続いたものだった。
 そんな中で、女の髪は命だと笑われておばさんから髪の毛をもらえなかったときは単なる冗談だと、鼻息で吹き飛ばしてやる思いだったせいか、余計に私には大きな出会いだったと言える。
 その時にはつい口が我慢できずに、そんな儚い夢をぺらぺらと喋ってしまったことが親に丸聞こえで図星ときたものだから、天国から地獄に突き落とされた。
 私が感動して炎を全身からふきだし、この淡いベージュの毛並みを燃やしてしまいそうだったのに対して、主人は容赦なく火を噴いて襲いかかってきた。もちろん、もらい火の特性は発動することもなく終わったのだが。
 走ることが命の私に対して容赦なく、足をおる勢いの蹴りを打ち込まれ、動く口が痛さで歯を噛み締めようとして舌まで噛みそうになった。あの瞬間に上下関係というものが確定していたのかもしれない。
「流石に人目のつくところでは私とて行動を慎むさ。」
「その馬面で言われても困るのよ。」
「もう少し、言い方はないのか?」
「それじゃ、馬鹿面と言えばいいの?あんた馬なんでしょ。」
 皮肉を言ってふんと鼻で私のことを笑われてたので、私はいつも通り何ともないと平然としていた。そんな面白くない態度が主人にとっては薄情だったのか、もういいと話を切り上げられ、私の横を過ぎていった。
 炎をまとっているのにも関わらず、燃え盛るその存在に臆する事なく揺らぐ炎に主人は体をかすめながらも通りさってみせた。
 擦れた衣類が焼け落ちることもなく、炎に触れても問題ないというかのように無傷を保った。戦闘さえ意識しなければそう触れたものを燃やすことなどないし、よく周りに引火していたら家がいくらあっても足りない。
 下手をすれば歩いた跡が焼け野原なんてことにもなりかねない。炎を扱うときはそれ故に、こつなどがいる。この体がから湧き出る炎にも苦労させられたことを、主人の通り抜けた後にふと感じた安心感が思い出せる。
 過去に慣れるまでには色々と思い出したくのない歴史や、辿りたくなかった軌跡が不意によぎって不安にもさせてくる。
 それでも、罵倒されるのも愛情表現だと取らないことには、おそらく主人の側近は務まらないだろう。側近と名乗ったところで半日以上は手元を離れてしまってはいるのだが。
 年頃の女子の心境とは不理解かつ理不尽なものであると古傷が語りながらも、ひとりでにうんうんと頷いて丸く収めた気でいた。
 ふと主人が去ったあとの床に髪の毛が落ちているのに気がついて息を飲んだ。拾い食いになるのかもしれないが、これはまだ落ちてからそう時間が経ってないのだからセーフなんじゃないのかと、脳内で論争が始まった。
 ここは我が家であり、毎日主人のご両親が掃除しているのだから衛生面で問題はないと主張する欲望と、主人の言うことは絶対と言い張る理性がぶつかり合う。その掃除の徹底さもまた、主人が髪の毛を床に落としておくと問題になるからという供述のせいでもある。
 果てしない殴り合いの末に、結局拾い食いを選択した私はやはり主人にとっては薄情なのかもしれない。
 床に傷をつけないように、丁寧にすくい上げる。一見すれば衝撃的なのかもしれないが、そのまま口の中へ本当に入れた。
 妙に主人の手入れの行き届いてる髪にしては固めなような気がして、そこから味わうことやや数秒。全身の炎が弱火になり、オレンジ色の面積よりも、ベージュの面積のほうが広くなっていく。
 期待の斜め上にそれたその髪の毛の持ち主は、どうやら主人とは違ったらしい。制服姿であったことから、どこか外部の人間のが付着してたどり着いたようで、家族のものという感じではない。
 さらに噛み砕いていくと、持ち主の感情が脳内で再生されていく。何ともひどい妄想が映し出され、はしたない味であったために吐き出しそうになったが、取ろうとした行動が生み出す悲劇を考えて飲み込んだ。
 ジェントルマンの精神をもとに、日々精進する私にとってこればかりはどうも口に合いそうにない。つまるところ、私の考える世界では理解できないということである。
 涙をこらえながらも、頭を前足で抱え込めるところにまで丸め込んで状況をしのいだ。再び顔を上げてから、体を進行方向の逆に向けて誰もいないろうかの先を見つめた。
 主人に迫ってくる策略の手を焼き払うために、私は長い翌日に覚悟を決めることになる。
 あの小さなボールの中に収まって、主人の腰に収まるのがまずひとつの方法だった。しかし、それでは主人のいる世界に干渉することができないどころか情報を得ることさえかなわない。
 そこまでの条件を飲み込んでまで、ついていくことに意味がない。まだ髪の毛を飲み込む方が楽である。
 残された選択から選べる行動は尾行、素人にどこまで出来るかはわからないがやってみてから嘆いても遅くはない。
 心を決めるために首を上げて息を吸い込み、首をおろして息を吐きだし目を開けて先は床だった。床が特殊であったわけでもなく、何かがあったわけでもないが私に見過ごした点を思い出させた。
 この体格とこの燃え上がる炎でどうやって身を隠せという話になるのだろうか。本来暗闇で先を照らすために炎は使われたりするもので、つまりは炎を中心に周りの存在を視野に映すことを可能にするものである。
 中心になり得る存在の私が、どのようにして存在感を無に変えることができるのだろうか。現実と向かい合ったところで、結局頼むことしか元々選択肢は与えられていなかったのである。
 正面から切り込むなどとベタなことはせずに、確実にかつ狡猾に自分の意見を通すために主人の両親に言い訳を考えて昨晩戦いを挑んだ。
 開戦してから、カップラーメンがいい具合になるまでには戦いは終わり、準備の方に時間がかかるという拍子ぬけた終戦であった。
 そしていま正当に隣を歩くことになっている。朝の日差しは炎に比べて淡く、ぬるい。炎の光に簡単に負けてしまいそうなほどなのに、一帯すべてを照らしている。
 太陽にさらされても、この毛は一本として焦げることはないのだが、主人は焼けるらしく日の光を嫌う。
 私がこの光を向かい合うのは通学路と幼稚に言えばそうらしいのだが、要するに登校するまでの間だけで校門までしか許可をもらえていない。確かに人の密集地である校内に私のような大きさが一匹いるだけで邪魔になってしょうがない。
 正論だからといって、本当に邪魔だからとはっきり言わなくても良かったじゃないかと、主人を横から覗き込むとにらみ返されて焦りを隠せない。
「ようでもあんの?」
「特に問題はない。」
 その直後、数秒ぐらい遅れてのことである。主人の知人が私という連れを見て不思議に思ったのか、意外そうな声で後ろから言葉を投げた。
 主人は振り返ってから、雑な紹介をしてやれやれというような笑顔で相手に同情を誘うものだから、初対面にして誤解はかなり深くなった。溝を少しでも埋めようと、歯をむき出しにするような下品な真似はせずにお嬢さんと問いかけた。
 音の速度についてくるかの如く、主人は携帯していたボールに私を瞬時に封印してみせた。その場に私は火の粉一つ、散らすことなく回収されてしまうのである。
 弁解の余地なしとはまさにこのことで、言葉が相手の耳を横切るのを確認できる前には幽閉されてしまう。
 それからようやく出されたと思えば、随分と風当たりのよい場所だった。朝横から光を差し込ませていた太陽は、私に垂直に光を放っている。
「馬鹿、何勝手なこと言おうとしてるのよ、色々勘違いされるでしょう。」
 主人の目が私の炎を消火するかのように冷たい。
「すまない、そこまで悪気があるわけじゃないんだ。」
「どうだか、一体どう言うつもりで来たがったのか知らないけどだいたい見当がつくわ。」
 鉄格子にもたれながらも、うつむいてやれやれと主人はため息をこぼす。
 よくもまぁ、あんな炎で簡単に溶けそうな安物に背中を預けれるものだと、私には危なっかしくも見える。
 屋上なだけあって、風は主人の髪の毛を撫でるかのように浮かび上がらせてそのまま私の炎を揺らめかせて過ぎ去っていく。二人だけでこの静かさ、私にとっては戦いの始まりを悟らせる環境だった。
 沈黙が続く間に、主人が不意に手をしたから上と空気をすくい上げるように振る。その手から紙包みが投げ出されるのを私は目で捉えた。
 勢いからして私に直撃コースで飛んでくるものではないし、あたっても問題のある速度なら目で追う前に直撃してるだろう。
 投げられたものは重力に引き寄られながらも、主人の力を受けて私の下まで床を転がりながらもたどり着いた。
 随分と床を転がったが、別に形に変形が見られることもないし音もそれほど立ててなかったからそこまで硬いものではないのだろう。
「とりあえず、昼飯。なんであんたと昼飯なんて食べなきゃダメなの。」
「食べ物を投げるとはどういうことだ。」
「はぁ?あんた犬食いしかできないじゃない、馬だけど。」
 見下したように嘲笑う主人の顔はいつもと変わりなく、相変わらず生意気であると顔をしかめても仕方がない。
 食べなければ生き残れない現実を、拒絶することができるわけがなく受け入れるしかない。
 包み紙を加えて、中にあるパンの重量を利用しながら丁寧に解いていく。不慣れなもので、転げ落ちそうになる中身に意識を取られながらも、一種の虫ようにして。
 これだけの体格をしているのに、こんなに小さなものを器用に扱うことができず、頭だけが必死になっている様は随分と滑稽に写ったせいか主人は大変ご機嫌に腹を抱えた。
 別に気に触りもしなければ、嬉しいというわけでもなく私は表情など変えることもなくなんとか中身を取り出した。
 野外でも、何かを落とした様子もなく行われるやりとりを懐かしむかのようで空に笑いかける主人の横がを、拝む暇もなく時間は通り過ぎた。
 次に目が覚めてる時まで、いつになるかわからないが、昼飯の処理が終わればボールの中にまた封印されてしまうのである。
 今度開放されたら、空は赤色に染まり変えられて世界がまるっきり違うものにすり替わっているような違和感さえ覚える。
 校門から見える屋上がどこか懐かしいようで、違うような空間を錯視してしまっているような感覚。
「さっさと帰る、ほら歩く。」
 呆然と過去を見直している私を、物理的にひっぱるのは無理があるからか、言葉で無理やり引きずろうとする。
 半ば、強制的に引き戻された現実に従うかのように主人の影を追う。足幅には差があるせいで、多少の調整を要求をされならもついていく。
 とろくさいとも文句言わずに、ついていく私の様は実に充実でけなげそのもので、我ながら涙を流したくなる光景である。
 誓った覚えのないような忠誠心に従って、思考など自分の意志などなく付き添うが、どこかで安心はしている。
 私の中にある目的を霞ませるような、淡い喜びのようなものがどこかに存在している。
 そんな朝日を遮るように影がふらっと、何かが帰路を遮るように何者かが立ちはだかる。
 その異変に、主人の顔を伺えることこそできないものの、足を止めて立ち止まる。
 動揺したかのように立ち止まったその男性は、やぁと浅い笑顔で主人に歩み寄るのに対して少しづつ歩み寄った。
 浅い笑顔に応えるかにように、相手に抱きつき返して主人は意思表示をするさまを、置き去りに私はされていた。
 放置された私の顔色を伺って、男性の方が察してくれたのか私の方に構うようなことを主人にいったようだ。
「あぁ、この馬鹿は私の飼い犬みたいなものよ。」
 別に私の呼称がなんであろうと、主人なら仕方ないと割り切れるところもあって歩き出すこともできた。
 続く言葉に魂を抜かれたかのように、私は炎だけを数秒揺らめかせるだけだった。
 そのあとから体から炎が、太陽に手を伸ばすかのように高くもえがった。主人の背を照らす照明かのようなのに、主人と並んで歩く男性の背中に言葉が届くことはなかった。
 二人の会話ははっきりと私の耳に届くのに、どこか遮られているのか耳のフィルターに埃でもたまっているのか鮮明に聞き取れない。
 私の頭の高さには到底敵わない主人程度の男性が、目の前を悠々歩いている事実を受け止めたくないのか髪の毛という一線の手がかりを探した。
 飼い犬らしく二人の後ろを歩きながらも、髪の毛の一本を探すために視線を落として歩いたが、結局は夕暮れの薄暗さと道路の色合いで見分けることができることなく、二人がわかれるまでただ付き添いの任務を全うしただけであった。
 別れ際には丁寧に私の方にまでも薄い笑顔で挨拶を送ると、分かれ道を主人と別の方向へ歩いて行った。何時間歩いたかは計りこそしていないがよくやく二人に戻れたのだった。
「あんた、静かだったじゃん。」
「悪いことは言わない、やめたほうがいいぞ主人。」
 相手の中身を知ってしまっているからこそ、止めなければと自分の立場が戻った途端に私は口走った。
 傍から見ればなの根拠もないそんな発言を、主人は一般人らしく笑うしかなかった。
「もしかして嫉妬してんの?あんたみたいなのでも私の良さがわかるものなんだ。」
 自信ありげに、愉快な歩調で主人は帰路にそって歩き続ける。伝えられないもどかしさで、喉が詰まったのかまた私は沈黙を築いた。
 そんな調子でギクシャクした感じが抜け出せずに、口数が減ってしまったせいか意思疎通を欠いた数日が続いた。
 そのせいで、圧倒的情報不足によって不意打ちとも言うべきか闇討ちと言うべきか、唐突に開戦された。
 襲来という名のイベントが、もうすぐそこまで。領土すぐそこまで、境界線のすぐそこまで敵軍が迫ってきていた。
 戦いの幕が切って落とされるその瞬間に、一瞬敵と対峙としただけでそのまま敵艦の横を通り過ぎた。
 蹴りだされたというのが正確なところで、私は居場所を追い出されたということである。
 やつの来襲だと警鐘を俺自身に響かせたが、そのまま避難勧告に代わって退避することを強いられてしまう。だからといって、背後から蹴りを入れることはないだろうにとうっすらと顔に不満の二文字。
 リビングから追い出されて、廊下に立ち尽くす。呼吸はもちろんしているが、どこか空気がまずい。喉越しが悪いという感じである。
 着実に相手のフィールドで、相手の描くように試合が進んでいる。げんにやつというキングがこちらの陣地にまで入り込んできた。
 このままではクイーンが玉に取られて、相手の手駒になってしまうような状況だけは打破しなければならない。けれども、踏み込みようがない空間に切り込みようがない。
 耳を立てて、廊下を前後に歩き回る落ち着きのなさは異常だと言われるのはしょうがない。瞬時に反応しようとただコンマ数秒をのが隙もなく研ぎ澄まして、時間を細かく刻んだ。
 しかしそんな警戒態勢も虚しく、期待を良い意味で裏切られて終わる。無駄な緊張感で体力をすり減らしただけであった。
 主人は無事に玄関先まで送り届けると鍵を占めてすたすたと一目散に部屋帰り出すのをただそれとなく、廊下で眺めているだけであった。
 私の横を何もなかったかのように、笑顔で二人で空間を楽しんでいる主人はどこか私には虚しい存在だった。
 同じような日々が何度も続いたが、隣の家の庭を覗き込むかのように私はただ何かに備えていた。炎を燃え上がらせて風によって揺らめくこともなく、私自身の集中力を表すかのように火力を保ち続けている。
 そのタイミングは遅かれ早かれ訪れるのは分かっていたが、ついに悲鳴でその瞬間を喜んで待っていたわけでもなかったが駆け足でリビングへ駆け込んだ。
 部屋の中には連れ込んだ一人の姿はなくて、どこに消えたのかソファーに倒れこむ主人だけに減っていた。この際男性の方の安否などはどうでもよくて、主人の方に駆け寄ったところで姿を見て足を止めた。
 主人の衣服が変に濡れていると言えば間違いはないのだろうが、変な洗剤でも使ったのか紫色に近しいようなものに変色している。しかも、生きているのかのように妙に動いているかのように光を反射させる。
 主人も見えないような力に押さえ込まれているかのようで、ソファーに押し付けられている。
「だから言っただろう!」
「わかったからこのへんなの何とかしなさいよ、馬鹿!」
 主人はさっさとしてくれと、ドタバタもがきたそうに歯を食いしばっている。焦っているということは誰がどう見ても、明白な状況である。
 物理的な接触は、あんなに薄い紫の膜のようなものぐらいを貫通する衝撃を与えてしまう。となると焼くしかないのであるというのが導き出された答えである。
 躊躇わせる選択、それを焦らせる主人の悲鳴が選択を強いる。炎のそばを汗が垂れ流れて、首をなぞって空気へ溶け込む。
 後一歩踏み込めば局面が変わるのに、その一歩が大きな段差で届かない。狭間から抜け出すきっかけは、偶然もつれた足が一歩ふみだしたことだ。
 倒れ込みそうな安定しない足で前に出て突撃する形をとる。無理を理解していても放つしかない炎で主人を狙う。炎が背中から伸びて主人を主人の張り付いた液体に発火する。
 焼くものをはっきりと意識しているせいで、威力を見込めずに倒すということはやめてある程度のダメージを与えることに重点をおく。
 火力を保ちながらも数秒間燃やし続けた。焦げたようなに臭いもなければ、黒煙をあがることもなく数秒炎が燃え続けたところで溶け落ちるように床に取れさった。
 焼け落ちるように離れたあとには焦げ跡もなく主人はなんともないようだが、流石に炎の恐怖せいで視界を放棄していたようだ。
 「大丈夫か主人。」
 「焼き殺されるかと思って焦らない馬鹿はあんたぐらいよ。」
 「そんなことより、こいつはなんだ。」
 「えっ、いやそれは、うん。話せば長くなるんだけど。」
 腰元にあるボールから気持ちの悪いスライムを収納して場を収める。
 珍しく、怒りからの切り替えがさっぱりとしていて、こちらとしては随分と拍子抜けであった。切り替わりが早いというか、平和すぎるといっても極端な話ではない。
 とりえあず、彼氏はいないまずその一言で安心して部屋から抜け出した。しかし、部屋の中に引きずり戻れるという話が続くことの暗示を受ける。
 鎮痛剤をもらえたと思えば次の瞬間には手榴弾の栓を主人は抜き取る。最終兵器をここまで温存しているとは計算に入っていなかった。
 どうやらこの状況は主人が自身で作り上げた空間らしく、策士策に溺れるという言葉よりも変人だと先に私は解釈してしまって元栓がしめられてしまったかのように炎が消えそうになる。
 先程までは瞬時に、主人の悲鳴ときわどい場面をみてしまったことの気まずさで妙に火力が伸びていたのが一気に冷めてしまったわけであった。
 覗いてはいけない扉の先に私は踏み込んでしまったような気がして、形だけでもとその場しのぎでペコリと頭を下げると床に向いた角が天井に刺さる勢いで殴り上げられた。
 主人なりにも誤解を訂正するために暴力で語ろうとしたようだが、勢いのあまりに記憶の一部が修正されそうになる。
 次元の境目あたりまで意識が飛ばされたところで無事に帰還した私は再度頭のなかで物事の順序の整理にかかった。
 最初の頃は本当に主人の友達とそういう演技を始めていたらしいのだが、本日はさっきのへんな生き物を連れ込んだらしい。
 「それでは、何故このようなことを。」
 「馬鹿……」
 一言だけで察せと言わんばかりに、複雑な心境を簡潔にまとめた主人は立ち上がって自分部屋へと歩みだす。そのすぐ後ろを呼び止めるように私は続く。
 中途半端に話を切られるもどかしさを何とかしたくて、主人の意見にたかろうとした。
 「毎回そういう理不尽なのはやめた方がいいいぞ。」
 表情を伺うかのように頭を下げてみたが、主人は後ろを向いてくれることはない。
 「五月蝿いわね、あんたが悪いのよ。」
 急に元気を取り戻したかと思えば、またいつものようにツンケンと突っかかりたくない態度で私を追い払おうとする。
 手の外側をぺらぺらとふる、どこかいけと言わんばかりにだるそうに。それこそ馬鹿馬鹿しいと、急に冷めてしまったようだ。先程も間での受身な姿勢はどこに行ってしまったのかと、私は頭を傾ける。
 「だからそれは何故なんだ?」
 「あんたが髪の毛食べる理由ってやっぱりそこよね、馬鹿にお似合いよ。」
 不意に笑ったことなど知らないまま、最後まで馬鹿にされるだけで今回の一事件は幕を閉じたのである。
 


色々と書いてたら溜め込んでしまってました。やっぱり自分にはこのほうが向いているみたいです。たまには普通のこういうのもいいなって思ってしまうんです。


何かあればどうぞ。

最新の10件を表示しています。 コメントページを参照

  • 髪を食べるとか異常性癖だなーとか思ったけどそんなことはなかったみたいなお話でしたね。
    そのまま言葉を借りて、こういう普通のが読めてよかったです。
    ――朱烏 2014-01-07 (火) 15:36:54
  • >>朱烏さん
    書いてる本人が異常なので、そのあたりはしょうがないですね、はい。
    普通という感じがあまりわかってなかったので、コメントありがとうございます。
    ――GALD 2014-01-18 (土) 14:18:47
お名前:

トップページ   編集 凍結 差分 バックアップ ファイル添付 複製 名前変更 再読み込み   新規作成 ページ一覧 ページ検索 最近更新されたページ   ヘルプ   最終更新のRSS
Last-modified: 2014-01-01 (水) 13:56:00
This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.