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ある作者による超短編作品集

/ある作者による超短編作品集

呂蒙

作品1 会長のお菓子

 シュウユ=ハクゲンは珍しくその日は、自宅で仕事を忘れて過ごすことができた。シュウユの屋敷にはポケモンも住んでいたが、別にシュウユが捕まえてきたわけではなく、先祖が番で飼っていたポケモンの子孫だというが、詳しいことはシュウユ本人もよくは知らない。知っているのは、先祖が番でイーブイを飼い始めると、家運が大いに上昇したとかいうことくらいだ。
 シュウユは仕事熱心な一方で、屋敷のイーブイたちの面倒も可能な限り見た。その甲斐あってか、シュウユが屋敷にいる時間がそう長くないのにもかかわらず、イーブイたちはシュウユにかなりなついていた。
「じゃあ、せっかくだから、今日は私がみんなに手作りのおやつをご馳走しようと思う」
 シュウユがそう言うと、様々な反応が返ってきた。中には
「えー、会長って料理できるの?」
 というものまで。シュウユは言う。
「そりゃあ、お前たちの面倒を立派に見てるんだ。それくらいできなくてどうする」
 そう言うと、シュウユは台所に立った。そこへたまたま三男の家から帰省中のブースターがやってきた。色は違うが、全身に豊かな体毛をまとっている。進化後もイーブイの特徴を一番よく受け継いでいるといえるだろう。ちなみに三男はまだ学校が休みになっていないので、ブースターを送り届けると、すぐに帰っていった。
「あ、会長。何やってるの?」
「ケーキ作り」
「って、買ってきた土台にクリームとイチゴを乗せてるだけじゃない」
「しかし、ケーキであることに変わりはないだろう?」
「あ、そう。こっちのオーブンでは何を作ってるの?」
「それか? それはな、私の愛と秘策が詰まったすばらしいお菓子だ」
 シュウユはさっさと作業を終えると、イーブイたちが集まる洋間へとケーキを皿に乗せて歩いていった。
(……って、このオーブンの中にあるやつって……)
「できたぞって、わあっ」
 シュウユは床の電気コードに足を引っ掛けてしまい、転んでしまった。ケーキは宙を舞い、床に落ちた。当然、ケーキは無残な形になってしまった。
「あー……」
 イーブイたちの落胆の声。しかし、シュウユは言う。
「すまん、代わりのものを持ってくるから、ちょっと待っててくれ」
 床に落としたケーキの後始末をしてから、オーブンから、何かを取り出し、それにイチゴや生クリームを飾り付けていく。出来上がった物を持って、再び洋間に行く。
「待たせたな」
「あっ、ケーキ。しかも2段重ね」
「すごーい」
「今、切り分けてやるからな」
 先ほどの物よりもグレードの高いケーキの出現に、イーブイたちの嬉しそうな声。それを聞き、しかし、シュウユは得意げな顔をすることもなく、ケーキを切り分け、洋間から出て行った。
 台所に戻ると、そこにはブースターがいた。視線が合い、お互いにやりとしてしまう。両者に言葉は必要とされなかった。
「かーいちょー」
「ん?」
 ブースターはそれだけ言うと、他は敢えて何も言わなかった。



作品2 非情な現実

 ある日のこと。私はギャロップをつれて、ラクヨウを歩いていた。街の街路樹は葉を落とし、吹きつける風は冷たい。
「あ」
 私は足を止める。ビルとビルの間の狭い路地にポケモンをしまうためのボールが落ちていたのである。市指定の粗大ごみ用のシールが貼られたごみに混じって落ちているので、余計に違和感を覚えた。
「……中に何がいるんだろうな?」
「やめといたほうがいいぜ。襲われたら、どうするんだよ」
 ギャロップの言うことも一理ある。こういう時どうすべきだろうか? もし捨てられたとすれば、それを保護するのは行政の仕事ではないか。それに、襲われるという事例も決して珍しいことではない。そう思った私はその場を離れた。
「やっぱ、そっとしておくのが優しさってもんかな?」
「だろ? オレらは何もしてないんだから」
 ギャロップは言うが、その口調からは「面倒に巻き込まれるのはごめんだ」という考えが滲み出ていた。それについて私は責めるつもりはない。誰だってそういうものなのではないだろうか? 口では何とでも言えるかもしれないが。とりあえず、保護局には電話をしておいた。
 翌日、テレビニュースで例のボールに関するニュースがやっていた。なんでも、中に入っていたのは、ポケモンの死骸で死後4日が経過していた、ということだった。直接の死因は病気ということらしい。おそらく、看病しきれなくなり捨てられた、ということだろう。
「ひでーことする奴がいるもんだな」
「そうだな」
 私はそうは言ったものの他人事と思っていた、と思われても仕方がなかったかもしれない。しかし、昨日見つけた時点でも死後3日が経っていたから、助けようがなかった。
 セイリュウ国で製造されたボールにはポケモンを24時間までしか収容できず、それ以上時間が経つと、安全装置が働いて強制的に外に出される仕組みになっている。しかし、安い外国製のものはそういった安全装置が付いていないものも多く、こういった悲劇もあり得る話だった。
「一人寂しく、誰にも看取られずに死んでいくのは嫌だな」
「そうだな、オレも」
 外を歩けば、様々なものを見ることができるが、こうした悲劇にも出くわすことがあるのだ。これが、現実。全知全能の神様は不幸などという無駄なものを何故作り出してしまったのか、今度の大学の一般教養科目「宗教論」とか「神学論」の授業で聞いてみようか。


作品3 ポケモンと一緒に暮らす

 とある月初め、自宅でリクソンは前月分の収支をノートにまとめていた。腹が減れば、何かを口にし、また飲まなければいけない。そうしていかないと生き物は生きていくことができない。生活必需品の類もなくなれば、新しく買わないといけない。
 贅沢をしなくても、出費は自然と発生する。
「リクソンさん。これ、今月の給与明細」
 ブースターがやってきて、口にくわえている封筒をリクソンに渡した。ブースターは会社の役員という扱いなので、毎月給料をもらっている。リクソンは親からの仕送りは受けていなかったが、ブースターが自分の給料を生活費に充ててくれて構わないと言うので、これが実質仕送りと言えるかもしれない。リクソンの奨学金と、ブースターの給料がリクソンたちの生活費になっている。
 リクソンが封筒から給与明細を取り出す。
(……。労働時間の割に結構な額をもらってるんだな)
 給与明細に記載されている額の半分を、ノートに収入として、記していく。半分は貯金しておいて、ブースターの好きにしていいということにしてあるのだ。といっても、ブースターはあまり物を欲しがることがないので、毎月、一定の割合で貯金は順調に増えていっている。
 この国の一部の企業では、ポケモンを労働力として使っているため、当然ポケモンたちにも給料が出る。主人の給料とあわせれば、人間一人が働くよりも多くの収入を手にすることができる。
「でもね、会長はポケモンが働くのには反対しないけど、断っていることも多いらしいわ」
「あれ、そうなんだ」
「だって、同僚の性格が凶暴だったりしたらイヤでしょ?」
「確かにそれは言えるな」
「それに、万が一問題を起こしたら、会社全体の問題になっちゃうから、どうしても慎重になるわよ」
「だな。オレが採用する側だったとしても、そうするだろうし。それにしても、このノートも使い込まれて、結構貫禄が出てきたな」
 リクソンが使っているノートは1冊100ページの厚いもので、ページをめくると、収入や支出が事細かに書き込まれている。ボールペンで書いているため、書き損じや修正を加えたときのものと思われる二重線もところどころで見られる。今までの足跡がこのノートには詰まっているのである。このノートは残りページ数が少なくなってきていたが、使い切ってもリクソンはこのノートを捨てる気など毛頭なかった。
 まめでなくては、ポケモンの面倒を見るなどできない。手続きなど煩雑なことが多いのだ。もっとも、代行してくれる業者もあるようだが、結局は結構な額を取られるので、自分でやったほうがいいのだ。自分でやれば印紙代だけで済むのだから。
 面倒だ面倒だ、とブツブツ言いながらも作業をこなしていく。リクソンはカレンダーをちらりと見て、今月はポケモンたちに予防接種を受けさせないといけないことに気づく。
「あ、ブースター。今月は、お前たちは予防接種を受けないといけないんだった」
「そうだったわね。どのワクチンを打てばいいのか分かってる?」
「あー、ちょっと待ってくれ。今調べるから」
 パソコンで調べてみて「二種混合」であることが判明した。
「あぁ、二種混合だったら、会社でやってるわよ。確か、お医者さんが会社でワクチンを打ってくれるらしいから。会社の厚生課に聞いてみるわね」
 ブースターが問い合わせてみると、最終週の月曜日から金曜日の午前9時から12時と午後1時から4時にやっているとのことだった。
「ついでに、皆で受けに行くからって、言っちゃったわよ。ワクチン代は経費で落とさせるから心配しないで」
「あ、うん。やること速いね」
 もし野生のポケモンなら「経費で落とさせる」などという言葉は一生使うことがないだろう。戦闘とは違う経験値があってこそだ。
「しかし、ブースターみたいな生き方をしているポケモンなんてそうそういないぞ?」
「別に、戦うだけがポケモンの生き方じゃないでしょ」
「まぁ、ね。珍しいって言っているだけで、否定はしてないぞ」
 リクソンは収支をノートにまとめ終わると、ペンを置き、ノートをパタンと閉じた。


作品4 寝台急行列車に乗って

 リクソン=ハクゲンは、里帰りのためにラクヨウ中央駅にいた。大学も長い春休みに入ったため、時間はたっぷりあった。実家のケンギョウまでは距離があるため、鉄道を利用しているのだ。
 夜の10時に出て、ケンギョウには朝の6時過ぎに着く。客車を電気機関車が引っ張っていく急行列車で、高速化が進む鉄道の中では時代から取り残された感じもあるが、料金が安いので、そこそこ需要もあり、廃止にはならずに済んでいた。
 リクソンは寝台車の中では一番安い3等の切符を6枚買っていた。ポケモンたちをずっとボールに入れておくのも可哀想な気がしたからだ。
 首都の駅ということもあって、駅はまだ通勤客でごった返していた。発車の30分前にホームに来たが、列車はまだ入線していなかった。
「リクソンさん。そろそろいいんじゃない?」
「あ、ブースター。悪いね」
 オレンジ色と乳白色の豊かな体毛が特徴のポケモン、ブースターがリクソンに声をかける。温かい缶コーヒーが売り切れだったため、冷たい缶コーヒーをブースターに持たせていれば、少しは温まるのではないかと思い、試してみたところ効果はてきめんだった。
「ちょっと熱いな」
「無理言わないでよ、温まったんだからいいでしょ」
「ブースターは親父の出張についていったときに、夜行列車とかには乗らなかったの?」
「乗ったことはあるけど、いつも使うのは『特急』のほうだから、急行はないわ」
「まぁ、特急の方が後に出て、先に着くからな」
 発車の20分前に列車が入線し、定刻に列車が動き出す。3等寝台は上中下の3段式で、それぞれの寝台の天井は低く、横になるためだけの設備になっている。車掌に切符を見せると、リクソンはすぐに眠ってしまった。
 翌朝、5時過ぎにリクソンは上段の寝台で目を覚ました。7匹はすでに目を覚ましていた。みんなが言うには夜中何度も目を覚ましたとのこと。
「え? 何で?」
「うるさかったわよ。リクソンはずっと寝てたの?」
 シャワーズがそう言うが、リクソンは一度も途中で目がさめることはなかった。
「しょうがないよ。構造上どうしても停車と発車のときは、ブレーキとかで音が出ちまう。慣れで何とかなる」
「人間と比べて耳が良いから、拷問に近かったわ。家に着いたら寝てていい?」
「ああ」
 通路の壁には跳ね上げ式の補助席がしまわれている。リクソンは膝の上にブースターを乗せて、外を見ていた。群青色の空の下に見覚えのある風景が広がる。
 普段はなんとも思わないが、故郷が近づくと、途端にセンチメンタルになる。故郷はどうなっているだろうか。大して変わっていないだろうが、どうなってしまっているのかとちょっぴり心配になる。ちょくちょく帰っているのにもかかわらず、もう自分の知っている故郷ではないのではないか、そんなことを考える。
「ブースターは楽しみなんじゃないか? やっぱ、こっちの方がいいんじゃないか?」
「うーん、別にラクヨウでも私はいいと思うけど。でも、会長に会えるのは楽しみね。お歳だけど元気かしら?」
「殺しても死なないから大丈夫だよ」
 リクソンが冗談めかして言う。
 群青色の空がだんだんと明るい水色になり、あと20分でケンギョウに到着するというアナウンスが流れる。
 リクソンは外を眺めながら、自分の父親のことを考えていた。


 おしまい

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Last-modified: 2013-02-09 (土) 00:00:00
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