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あなたを、愛してる

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あなたを、愛してる

※この作品にはケモ度0の官能表現があります。あしからず
 作者:カナヘビ


 物心ついたころから、わたしはこの場所に住んでいた。
 ガラの悪いヒトがちらほら見える道路の片隅。わたしを含めた何種かの野生のポケモンが出る草むらである。
 いつからここに住んでいたのかは分からないし、考えたこともない。ただ、おぼろげに森の光景は記憶に残っている。小さい頃は多分森の近くに住んでたんじゃないかなと思っている。
 もともとこの辺りにはわたしと同じ種族がまばらにいたけど、その中でもわたしはかなり強かった。自惚れるつもりはないけど、それでも結構戦闘に関しては自信を持っている。
 時々ヒトがポケモンを引き連れてトレーニングに来る。いままでヒトが言ってきたことをまとめて考察すると、どうやらこの道路を抜けたところに『ソウリュウシティ』と呼ばれる町があって、そこにいる強いトレーナーを倒すためにレベル上げをしているらしいの。
 別の目的で来るヒトもいる。特にわたしの種族をターゲットにしているヒトがほとんどで、やたら速い二足歩行の鮫や頭突きが趣味の古代恐竜なんかがしょっちゅう地震を起こす。そのたびにわたしと同じ種族の仲間は倒れ、ひどい時は捕まえられる。どうやら、わたしの種族は攻撃の『ドリョクチ』を稼ぐのに効率的だということらしい。最近のトレーナーはいうことがだんだん分からなくなってきている。捕まったら分かるかもね。
 冗談はさておき、おかげでわたしの種族は減少しつつあった。もともと数が少ないだけにその減少傾向は目を見張るものがあった。
 幸いにもわたしには実力があったためなんとか返り討ちにすることができていた。わたしの必殺技はドラゴンにも普通程度にダメージを与えられるのが唯一の救いだ。でも、鋼はてんでダメ。そそくさと逃げるにかぎるわ。
 気になるのが、戦闘のときのトレーナーの顔。わたしと戦っている時、トレーナーもポケモンも決まって顔をしかめている。別にわたしが汚い言葉を吐いたわけでもないし、変な顔をしたわけでもない。ポケモンの言葉はヒトには通じないけどね。でも、なんで顔をしかめているのか全然分からなかった。
 そのあたりの野生のポケモンに聞いてみても、曖昧な表情と回答が返ってくるばかり。顔をしかめていないのは、わたしと同じ種族くらい。
 幸せでもなければ不幸でもなく、普通に過ごしていた、ある日のことだった。


 その日、わたしは気が向いたので珍しく草むらの外にいた。とは言っても、あまり目立つ所にいるとヒトの標的になるから、少し低地にある洞窟の前で日向ぼっこをしていた。朝から気持ちのいい日和で昼寝には最適だった。
 ときどき洞窟の中から目がダイヤのポケモンや口が二つあるチャイニーズなポケモンなんかが見える。みんな決まってあの曖昧な表情をしていた。
 不意に、草むらが掠れる音がした。何かが歩いているような音。ヒトじゃないことだけは確かみたい。それにしては音が小さすぎるし、歩幅も小さい。やがて、音の主が現れた。
 それは小さな石みたいなポケモンの(おとこ)の子だった。まるで石を寄せ集めたような感じ。石でできた足と体、そして体の中央には大きな穴が空いていた。どうやら目みたいね*1
 その石の子はしきりに辺りを見回していた。しばらく経ってわたしの姿を確認すると、トテトテと歩いて近寄ってきた。
「おねーさん、ここってどこですか?」石の子が幼い声で聞いてきた。
 わたしはちょっと意表を突かれていた。だって、向こうから近寄ってくるポケモンなんていままでいなかったから。こんな風に自分から、しかもあの表情を見せずに近寄ってくるポケモンなんて今までいなかった。
 そもそも『おねーさん』なんて呼ばれたの、初めて。
「ここ?ヒトたちが9番道路って呼んでるところよ」わたしは優しく答えてあげた。
「9番道路…?そう言われてもわかんないです」石の子は体全体を傾けて言った。ヒトで言う『首を傾げる』動作なんだろうと思う。
 地名を言われて分かんないなら、もしかして生まれたばかりかな?
 そういえば、この子の種族…名前は忘れたけど、この辺りには住んでいなかったような気がする。それなのにこんなところにいるっていうのはひょっとして…。
「ねえ、あなた『ご主人』がいなかった?」わたしは聞いてみた。
「はい、いました。でも、おいて行かれました」石の子が落ち込んだ様子で言った。
 なるほど、逃がされたわけね。
 ここ最近タマゴから生まれたポケモンたちが立て続けに逃がされることがわたしたち野生ポケの間で話題になっていた。酷い時は同じ種族が一度にたくさん逃がされている時もあった。きまぐれな旅をしている触覚鳥や白鳥から聞いた話だと、このことは世界規模での問題になっているらしい。逃がすのならどうして誕生させるのかわたしには理解できない。ヒトの事情なんて勝手なものに決まっている。
 この子もその被害に遭った1体らしい。
「おねーさん、僕どうしたらいいですか?」石の子が聞いてきた。
 そんなこと聞かれても、困ることしかできない。まさか元トレーナーを探しに行くわけにもいかないし。だいいち、この子みたいに逃がされた子なんて山ほどいる。その中でこの子だけ贔屓するなんておかしい。生きたいのなら自分で生きるべきだと思う。
 わたしは口を開…
「うわあ、洞窟だあ!」石の子が突然叫んだ。
 わたしの近くにあったあの洞窟である。石の子は洞窟を見て騒がしく足踏みをしていた。
「洞窟…!何かな、なんだか懐かしい!でも、何か違う…」
 石の子は足踏みをやめて考え込み始めた。
 わたしは少しこの子のことが気になった。何を言っているのかいまいちよく分からない。ちょっと聞いてみることにした。
「どうしたの?」
「えーと…」石の子は考え込んでいるようだった。「分かんないです。でも、何か心が騒いで…」
「どういうこと?」
「僕、洞窟見るの初めてです。でも、洞窟のこと、知ってるんです。よく分かんないけど、嬉しくなったんです」石の子は乏しい語彙で必死に説明している。
「初めてだけど知ってるの?」わたしは興味をそそられて聞いた。
「はい。なんだか、心の奥にもやもやした思い出みたいなのがあるんです。この洞窟みたいに暗いところなんです。でも、ここじゃないです。どこか、別の洞窟が僕の心の中にあるんです」
「へえ。不思議ねえ」
 わたしは相槌を打ちながら、『もやもやした思い出』について考えを巡らせていた。彼の種族の本能なのだろうか?望郷は誰にでもあることだけど、彼の場合は違う。故郷が遺伝子に刻まれているとか、そんなことなのかもしれない。
「あなた、それでどうしたいの?」わたしは聞いてみた。
「僕…、その洞窟に行ってみたいです。行って、もやもやを晴らしたいです!」石の子は言った。
 わたしの心はこの時点で決まった。
「だったら…一緒に探してあげようか?」わたしは言ってみた。
「え…?」石の子は唖然とした様子だ。「いいんですか?僕なんかに付き合ってもらって」
「いいの。わたしもここは飽きてきたところだし。それに、わたしもあなたの見たがってる洞窟を見てみたいの。全然かまわないわ」わたしは回答した。
 遺伝子に刻まれるほどの洞窟。どんなところなのか、見てみたいと思った。
「あ…ありがとうございます!」石の子は体全体を傾けて一生懸命お礼していた。
「こちらこそ、よろしくね。わたし、マゴットっていうの。あなたは?」わたしは名前を聞いた。
「え…」彼は何か考え込んでいる。「すみません、僕、名前無いんです」
 予想はしていたけれど、実際目の当たりにしてみるときついものがあった。逃がされたポケモンなのだから名前がないのは当然なのだろうけど。
 わたしは少し考えてみる。
「そうね…じゃあ、(ロック)なんてどお?」わたしは一つ案を出す。
「え?」彼はきょとんとした。「僕の…名前…ですか?」
「ええ、そう。ロック。いや?」
「そ、そんな!それどころか、とても嬉しいです!ロック…、僕にはもったいないくらいです!」
 彼は飛び跳ねて体で喜びを表していた。無邪気に跳ねる様子はなんだかかわいい。
「それじゃあ、改めて…。マゴットさん、よろしくお願いします」石の子…ロックが言った。
「ええ、よろしくね」わたしは微笑んで答えた。
 こうして、わたしとロックの旅が始まったのだった。


 野生のポケモン2体の旅路は決して楽なものじゃない。トレーナーはもちろん、その他の野生のポケモン達からの危険も伴う。
 なによりわたしは体が重い。100キロはくだらない体重と2メートルにぎりぎり届かない巨体を揺らしていたらどうしていたって目立つ。対して彼は小さかったけど、私のそばにいるから彼が目立っているも同義だった。
 最初の難関は予想より早くやってきた。9番道路をでてすぐある巨大な鉄橋である。
 夜だからなのかガラの悪いヒトがかなりの量いて、ちょっと認識できない独特な言語を放ちながら橋を往復していた。
「おい、こらそこの野良ポケ!ここを通りたいなら通行料払いな!」ヒトが言ってきた。
 アフロ牛を繰り出してバトルを始めるが、正直言って弱すぎた。なんで気合玉1発で倒れるの?
「オレを倒したくらいでいい気になるんじゃねえぞコラァ!オレたちのヘッドが…」
 なんだか面倒だからロックを引き連れてスルーした。ヒトって弱かったらそれだけ気取りたくなるものなのだろうか。
 それからはロックと一緒にヒト等に見られながら歩いた。難関なんて言ったけど、実際は戦闘が1回あっただけだった。人工物の横断はなにかしら難しい印象を抱きがちみたい。

 8番道路と呼ばれる湿地帯はそんなに苦労しなかった。あえていうなら、ロックが水を怖がってなかなか進まなかったことくらい。
 鉄橋をぬけてすぐの場所でわたし達は立ち往生した。
「僕、水苦手です」ロックは恐る恐るといった様子で水を見ている。
「まあ、岩タイプだから仕方ないわね。でも、どうにかして渡らないといけないよ?」わたしは少し厳しめに言った。
「頭に乗せてもらえませんか?」ロックが見上げてきた。
 この体格差だとどうしてもロックが上目使いになってしまう。あまりの可愛さにもう少しで甘えに乗ってしまうところだった。
「だーめ。確かにあなたは岩タイプだけど、ここは自分で渡るの。水に慣れておくと、
後々水に強くなれるかもしれないよ?」わたしは言った。
「うぅ…。分かりました」
 ロックはゆっくりと足を下ろし、つま先を少しだけ水につけた。
「ひゃあ!」ただそれだけなのに彼は飛び上がってしまう。「マゴットさん、冷たいです」
「まあ、水だから当然よ」わたしは笑いをこらえるのに必死だった。「だったら、氷だと思ってみたら?氷も冷たいでしょ?」
「氷、ですか?分かりました」
 ロックは再び片足を浮かして水に触れた。体中が震えていたが、次第に慣れてきたのかもう片方の足も水に付けた。
「なんとか、大丈夫そうです」ロックは落ち着かないような口調で言った。
「すごいじゃない!それなら水にちょっとは強くなったと思うわ。ええ、絶対!」わたしはロックを褒めてあげた。
「えへへ…。ありがとうございます。なんだか嬉しいなあ」ロックは照れてるみたい。
「さあ、進みましょう」
 湿地帯はなんとか進むことができた。足を踏み出すたびにできる水しぶきにロックはびくびくしてたけど、基本的に何事もなく進めた。
 途中、やたら武闘派なカエルが大量にいたけど全部サイコキネシスでおっぱらった。なんだか格闘っぽかったからロックには引っ込んでいてもらった。

 変化があったのはネジ山とよばれる鉱山を抜けた時だった。風邪気味のクマや結晶浮遊体とそれとなく戦闘させていたからか、ロックは進化を迎えた。
 小さな石の子から少したくましくなったみたい。重さもわたしとほぼ同じになったし、高さもわたしのだいたい半分になった。
 進化したすぐあと、ロックはとても歩きにくそうだった。急に体重が5倍以上になれば動きにくいのはしょうがない。たかだか3倍増えただけのわたしでさえ慣れるのに時間がかかった。
「ロック、大丈夫?」
「体は重いですが、足が1本増えたのでなんとかなりそうです」
 岩タイプ特有の耐久があるからか、7番道路での戦闘はそんなに苦戦しなかった。この辺りで一番早い素早さをもった電気馬を手玉に取る様を見てわたしは舌を巻いた。この子は戦闘のセンスが半端なく高いみたいだった。
「マゴットさん、倒せました!」倒れた電気馬の上で嬉しそうに跳ねるロック。電気馬は今にも潰れてしまいそう。哀れなので一応冥福を祈っておいた。

 何が吹き寄せるのか分からないが、そういう名前の町の先には電気を帯びた洞窟があった。
「ロックが探してる洞窟って、ここ?」わたしは聞いた。
「うーん…、多分違います。なんだか、いて落ち着きません。こんなところではないです。」ロックは答えた。
「洞窟ってこと以外何か分からない?」
「えーと、水があります。それと、それと…うーん」ロックは考え込んでいる。「わかりません」
「水があるの?」水がある、という表現がよく分からなかったから聞き返してみた。
「はい。洞窟の中にたくさんあるんです。流れてて、きれいな感じがするんです」
「つまり、水脈があるわけね」わたしはようやく理解できた。
 見たところこの洞窟には水脈はないようだった。あるのは電気ばかり。水脈とは対照を成すものだ。
「それじゃあ、ここじゃないわね。何回か戦闘したら出ましょう」
「はい」
 幸いにもこの洞窟にはそんなに強いポケモンはいなかった。電気蜘蛛やしらすは瞬殺していたし、相性的には分が悪い歯車や鉄種も時間をかけて倒していた。


 このころから進む速度がだんだんと遅くなっていっていた。原因はわたし。
 野生の勘で、目的地が確実に迫ってきていることが分かった。
 
 でも、目的地に着いたら

 わたしはどうすればいいのだろう。

「マゴットさん、早く早くー!」ロックの呼ぶ声が聞こえてくる。

 彼の声がやけに遠く聞こえる。
 目的地についたら、彼とは別れなければならない。

 その気持ちが、自然にわたしの歩みを遅くさせていた。

 正直、次に見つかった洞窟が違うと分かってほっとした。
 そこはかなり大きなプレッシャーが奥に潜む洞窟だった。入り口に着いたとき、ロックは体を震わせて戦慄していた。
 わたしも同じく、今まで感じたことのないプレッシャーに息を呑んでいた。
「マゴットさん。ここになにかいるみたいです」ロックは言った。
「ええ、そうね。相手してもらう?」わたしは冗談交じりにロックに聞いた。
「はい!相手してもらいます!」彼は即答した。
 洞窟のポケモンもそんなに強くなかった。斧竜の幼体が何体かいただけ。
 あまり戦闘を苦にせず奥に着くと、プレッシャーの主が現れた。
「おや?客など久方ぶりだな。まあくつろぎなさい」
 ポケモンはコバルオンと名乗った。スカイブルーを基調とした体、肩にはひだがあって、角は稲妻みたいだった。
「しかし、久方の客がお前たちのような種族とは驚いたぞ。よくヒト共がドラゴンなどを引き連れて我を捕獲しようと来るが、ポケモンだけが来るのは初めてだな」コバルオンは風貌に似合わず陽気に話している。
「あの…」ロックが切り出した。「お手合わせをお願いしたいのですが!」
「手合せ?」コバルオンは目を丸くしている。「相性は知っているかね?我と君とでは種族値的にも少々無理があるぞ?」
「お願いします!」ロックは言った。
「どうしたものか…。お嬢さん、我はどうすればよいと思う?」コバルオンがわたしの方を向いた。
 お嬢さんなんて呼ばれたの初めてだったから一瞬焦ったけど、わたしはすぐ答えた。
「相手をしてあげてください。彼がそう望んでますから」
「そうかね。了解した。戦闘するからには手加減はしないぞ?」コバルオンは言った。
「はい、ありがとうございます!」ロックは嬉しそうにお礼を言った。

 おそらくわたしが会った中でコバルオンは最強のポケモンだと思う。体躯からは想像できない俊敏さ、ロックの攻撃をほとんど受け付けない防御。攻撃自体は決して重いものじゃないけど、相性の悪さからロックは最初から窮地だった。
 必然的にコバルオンが攻めてロックが防御する一方的な攻防になっていた。ロックは早くも疲れが見え始め、もともと遅い動きがさらに鈍くなっていった。
 大抵ここまでくると「降参するか?」というようなことを聞くのが相場だけど、コバルオンはそんなことは一切言い出さず、全力でロックを倒しにかかっていた。
「うわああ!」ロックは壁に叩きつけられた。
 地面に落ちたところを、コバルオンがさらに追い打ちをかけるようにインファイトを放つ。
 ロックは地面に倒れていた。
「ロック!」わたしは駆け寄ろうとしたが…。
「待ちなさい」コバルオンがわたしの行動を止めた。
 ロックを見ると、彼は起き上がっていた。体を重そうにしながらも、目の前のコバルオンを見据えていた。
 にわかに、彼の体が光りだす。
 彼の体は容積を増していき、ついにわたしとそれほど変わらない高さとなった。足は4つに増え、ずっしりと構えたその体型はとても頼もしく見えた。
「ギガイアスに進化したか」コバルオンが言った。
「僕は…まだやれます…!」幼さのない控えめな声でロックが言った。
 それからまた彼らの攻防が始まった。けど進化したとはいえ、物理耐久はわずかにコバルオンが上回っているから劣勢には違いなかった。にもかかわらず、ロックはだんだんと勢いを増し始めていた。
「お前…本当に…ギガイアスか!?」コバルオンの声が聞こえる。
 ロックは素早さでコバルオンを翻弄していた。わたしよりかは小さいけど、その巨体を揺らして俊敏に動いていた。明らかに進化前より速くなっている。
 正直わたしも驚いている。ロックの種族はまさに遅いことが代名詞だと聞いたことがある。だけど、ロックは本当に速かった。それこそ、あの始祖鳥くらい。
「なんて速さだ!種族値割れでもしているのか!?」攻防のなかコバルオンの叫びが聞こえる。
 ロックは動き回りながらステルスロックや地震を発動し続けていた。本当はストーンエッジがいいのだけれど、コバルオン相手にそれは通用しないことが分かっている。
「お前…まさか…!」コバルオンが何かに気づいたようだった。
 わたしも今気づいたけど、ロックの体の周りをかまいたちのような風がまとわっていた。ロックの体はいつの間にか若干滑らかになり、見るからに軽そうだった。
「ボディパージか…!」コバルオンが舌打ちをする。
 目にも止まらぬ速さでロックが攻めの体勢に入った。軽くなった足で大地を踏み鳴らし、地震と地鳴らしを同時に発動する。
 自慢の素早さでも攻撃を避けきれなかったコバルオンに、地面技が命中した。


 ロックとわたしはコバルオンに別れを告げ、洞窟を後にした。
「コバルオンに勝てるなんて自分でもびっくりです。でも、おかげで自信が持てました」ロックは嬉しそうにわたしに言った。
「ほんと、すごかったわね。この調子であなたが探している洞窟を見つけてしまいましょう!」わたしは言った。
「はい!」ロックは勢いよくうなずいた。
 そう、早く見つけたかった。ロックがまた進化したから。彼は以前より頼もしく、なにより魅力的になっていた。
 別れるのは嫌だ。でも、別れないと彼のためにならない。わたしに付きまとう、あの曖昧な表情の意味が薄々分かってきていた。そんなわたしといて、彼が幸せになれるはずがない。
 わたしの心は決まっていた。

 野生のギガイアスなんてまず居ないから、初心者からベテランまで多くのトレーナーから戦闘を持ち込まれる生活に入った。彼らの目的は大抵ロックで、わたしには見向きもしない。ロックはそれらの戦闘を対して苦戦もせずに余裕で終わらせていた。コバルオンとの戦闘でいつの間にかボディパージを積むくらいだから、ロックの戦闘センスは並々ならぬものがあるみたいだった。
 当然、水死体とか季節鹿とか柔道家とか古代ロボとか騎兵虫とかそういった強力なポケモンに出会うことが多かった。しかし、彼にとってはこれらは全く相手にならないものだった。ひどければロックブラストだけで終わってしまう。
 その傍ら、わたしは戦闘に割り込めないからロックを労ったり励ましたりすることに全力を注いだ。その度に彼は「ありがとうございます」って嬉しそうに返してくれた。
 当然夜は人目のつかないなんてレベルじゃないくらいのところを選んで寝た。ある時は下水道で夜を過ごしたこともあった。
 わたしは種族的に全く問題なかったけど心配なのはロックのほうだった。幸い、湿地のことがあってから異様に水に対する耐性が付いたみたいで、彼は平気で激流に体を浸からせて寝ていた。なによりギガイアスは重いから、立ったまま寝ても倒れることないので安心できた。
 でも、いくら安心できてもわたしの心は休まることはなかった。日が経つにつれて、彼がだんだん大きな存在になっていくのが分かった。ギガイアスという外見に似合わずすやすやという寝息をたてて寝る彼のさまは愛おしかった。
 早く洞窟についてほしい。そう願った。


 赤い鉄橋、砂漠、大都市、大鉄橋、森と、そのあともいくつか障害が続いたけど、わたしたちは進めていた。
 森では、ロックがビリジオンと戦闘した。コバルオンとは違うタイプ構成だからものすごく苦戦しているようだった。けど辛くも彼は勝利をもぎ取った。
 ビリジオンの話だと、わたしたちの目指している洞窟は地下水脈の洞窟だろうということだった。ここからそう遠くないとのことだった。
「地下水脈の洞窟…。なんだか懐かしい響きがします。早く見てみたいです」ロックは見るからにわくわくしていた。
「そうね。わたしも楽しみだわ」わたしは心にもないことを言った。
 こうしてわたしとロックの旅路は、地下水脈の洞窟で幕を閉じることとなった。


 薄暗く湿気が多い内部。所々水が滴っていて、時々砂煙がたつ。
「………」
 感無量、という言葉が一番正しい表現だろうと思った。わたしもロックも言葉を失って洞窟を見ていた。
 ロックは数歩進み、辺りをゆっくりと見回した。外からの騒音が響いて独特の雰囲気を作っている。水の流れる音、砂の跳ねる音、様々な音を作り出しながらも、それでいて洞窟は静かだった。
 わたしは後ろに下がった。音を立てないよう、彼に気づかれないよう、ゆっくりと。
「マゴットさん、どこへ行くんですか?」ロックの声が洞窟に響いた。
 彼は前を見たままだった。ちょっと驚きながら、わたしは答える。
「ロックの見たかった洞窟、見れたから。だからわたし、帰るの」
 
 ロックは振り返った。わたしと彼の間には距離があった。

「マゴットさん」彼は話し出した。「僕といてくれないんですか?」
「わたしじゃ、きっとロックに迷惑がかかるわ。この洞窟になら、わたしよりも適任のポケモンがいると思う。だからわたし、帰るの」わたしは言った。

 ロックはわたしを見つめていた。ギガイアス特有の厳しい目で。

「いいえ」ロックは否定した。「そんなポケモンいません。僕にはマゴットさん以外、一緒にいてくれるポケモンなんて、考え付きません」
 嫌な予感がする。
「他のポケモンなんて、僕にはどうでもいいです。僕にはマゴットさんしかいないんです」
 やめて。
「お願いします。僕と一緒にいてください」
 本当にやめて。
「僕、マゴットさんが好きなんです」。


 最悪の展開だった。
 ロックはいまだにわたしを見つめている。わたしは固まっていた。
「だめ」わたしは言葉を絞り出した。「わたしじゃ、だめよ。特に、そんな対象でみるなんて、だめ。あなたには絶対わたし以上のポケモンが現れるわ」
「もう一度言います。僕にはマゴットさんしかいないんです」ロックは繰り返した。
 わたしはいよいよ辛くなってきた。無意識にうつむいてしまう。

「わたしじゃだめなの!わたしといてもあなたは幸せになれない!わたしはあなたを幸せにできない!むしろ、むしろ…」

 わたしは言った。

「こんな汚い体と悪臭じゃ、あなたを不幸にしかできない!」

「……」ロックは黙っていた。表情は変わっていない。
「わたしはそういう種族だって、旅で分かったでしょ?わたしは、不幸の要素以外なにも持っていないの」わたしは諭すように言う。
 ロックは足を踏み出し、ゆっくりとわたしに近づき始めた。
「マゴットさんを見て、ヒトはみんな不快そうな顔をします。マゴットさんの近くに行くと、ヒトはみんな顔をしかめます。でも、僕には関係ありません」
 ロックは静かに言った。
「僕には嗅覚がないですから、においはわかりません。目はありますから、外見は分かりますが」
「だったら、わたしがどれだけひどい見た目かわかるでしょ?」わたしは聞いた。
「いいえ。わかりません。ひどいなんて、そんなことは思いません」ロックは言った。「ヒトはみんな傲慢です。ヒト特有の観点からしか、ポケモンを見られない。僕はギガイアスです。ポケモンの観点からマゴットさんを見ています。なぜ、マゴットさんはヒトの観点から自分を見るんですか?」

 わたしは、言葉を紡ぎだせない。

「なぜ、周りがダストダスを嫌うからといって僕も嫌わなければならないんですか?なぜ、周りがダストダスを評価しているように僕もマゴットさんを評価しないといけないんですか?」

 わたしは、何も言えない。

「ダストダスを好きになった僕は、変ですか?」

 彼とわたしの距離は縮まり、密着しそうになる。

「最初、9番道路でマゴットさんと出会ったとき、正直話しかけることにとても勇気が必要でした。あなたが太陽の光を浴びているさまは、幼い僕の目から見てもとても美しく見えました。これほど美しい方が、僕なんかの相手をしてくれるだろうかとさえ思いました」

 実際、跳ね付けかけたけどね。

「それから、僕は名前をもらいました。僕にはもったいない、素晴らしい方から、心のこもった名前をもらったんです。とても嬉しかったです。戦闘もさせてもらいました。水に強くもさせてもらいました。旅路でも、僕と共に笑い、時に怒り、時に助けてもらいました。こんなにいい方がそばにいるのに、なぜ僕は不幸になるんですか?」

 言葉が出ない。

「それと、マゴットさんは勘違いをしています。マゴットさんが僕を幸せにする必要なんてないんです。僕はマゴットさんと一緒にいるだけで幸せを作り出せます。僕と、そしてマゴットさんの分まで幸せを作り出せます。周りの目なんて、所詮相対的なものにすぎません。僕たちの幸せを馬鹿にする輩がいるなら、僕が懲らしめます」

 目に熱いものが込み上げてきた。

「それとも、僕ではマゴットさんに不釣り合いですか?」

 わたしは顔を上げた。

「僕は、あなたを、愛してます」

 わたしを見つめる一途な目。まっすぐ、純粋で誠実な眼差し。質量のある分厚い体はとてもたくましく、そして大きく見えた。わたしの倍を超す重さを持つ体で、物理的にも精神的にもわたしに迫ってきていた。
 あの小さな石の子が、今こうやって大きくなって、そして、魅力的な雄となってわたしの前にいた。

「ええ、不釣り合いよ」わたしは言った。「わたしにはもったいないくらい、不釣り合いよ。わたしを選んで、後悔しても知らないから」
「何度も言っているじゃないですか。僕には、マゴットさん以外考えられません」ロックは答えた。

「……あ…りが…と…」

 わたしは涙が止まらなかった。
 わたしを認めてくれるポケモンが現れるなんて思ってもみなかった。
 わたしの全てを知った上で、わたしの全てを受け止めてくれた。
 わたしは嬉しくてしょうがなかった。
 わたしの目元に、鉱質の物体が触れる。
 ロックが、右前足を重そうに持ち上げてわたしの涙を拭ってくれていた。
 わたしの涙は止まらず溢れてくる。
 こんなゴミでできた体でも、生物としての機能はあるようだった。
 手足も、内臓も、感情も、
 そして、生殖器も。

「わたしも、あなたを愛してるわ」わたしは言った。


 哺乳類系のポケモンの生殖行為のことは何度か聞いたことはあったけど、わたしたちと違うのは明らかだった。
 わたし達には乳房なんてないし、接吻の意義も分からない。でも、愛し合った2体がすることだというのは共通だったみたい。

 わたし達は洞窟でぎりぎり光が届く程度の場所にいた。
「横になってもらって構いませんか?」ロックが聞いてきた。
 わたしは黙ってうなずいて仰向けに横たわる。わたしも自分の交接器は見たことがなかったから、彼に従うしかなかった。
 彼もまた当然初めてで、ぎこちなくわたしを見つめていた。さすがに全体重をかけるの
は危険からかロックは前足をそおっとわたしの体に乗せた。
 かすかに彼の交接器が見えてきた。オレンジ色に発光するエネルギー質のものだった。彼の体からせり上がり、雄としての本能をそこに集約させている。
「は、始めますね」彼は顔を赤らめながら言った。
「ええ。がんばって」内心わたしは怖くて仕方がなかった。
 でも、ロックならちゃんとやってくれる。そう信じて、応答は短くした。

 ロックの体が前へと進み、股間に大きな異物感を感じた。

 わたしと彼の交接器は、鉱物ながら神経回路が通っているようだった。わたしの全身を痛覚と快感がよぎり、ロックも苦しそうに体を動かしていた。
 生物が交接の際に快感を得ることについて、わたしはよく理解ができなかった。けど、体験してみて初めて分かった。この快感は、自分たちの幸せの延長上、そして累乗に値するものなんだと、わたしは薄れた理性の中で悟った。

 ゆっくりと長い上下運動。洞窟には岩が擦れ合うような音と荒い呼吸が聞こえる。

「マゴットさん、僕もう…」ロックが苦しそうに言ってきた。
「ええ。いいわ。あなたなら」わたしは答えた。
 ロックは最後にゆっくりと奥へと進み、体の内部から鉱物エネルギーを放出し、わたしのなかに送り込んだ。


 ロックとわたしは寄り添っていた。
 ロックは恥ずかしげにもじもじとしていた。わたしの体に緊張が伝わってくる。

 目の前には、水脈が静かに流れている。

「わたしと一緒にいるのって、苦労するわよ?」わたしは言った。
「はい。承知の上です。僕は、あなたを迎えるためなら、いかなることも受け入れる覚悟ができています」ロックは言った。

 気取っちゃって。顔が真っ赤ね。ガラにもないこというからそうなるのよ。

「たとえどんな苦難があっても、どれだけ大変でも、そしてどれだけマゴットさんが忌み嫌われようとも、それらを吹き飛ばすほどの幸せを僕が作ります。だから、マゴットさんは僕に身を委ねていてください。かっこいいところ、見せますから」
「…ふふっ。じゃあ、がんばりなさい。わたしも、あなたの恥にならないような伴侶になるわ。お互いに、頑張りましょう」
「はい」


 薄暗かった洞窟に差していた日光は次第に山へと隠れ、黄昏時を越して完全なる闇の帳を下ろしていった。

END


あとがき
まず初めに、root様。
大会終了間際になって無理なお願いをしてしまい、誠に申し訳ありません。
結局この作品は失格とならず、6位4票で結果を終えました。
僕はまた自己中心的な行動を起こしてしまいました。投票そしてコメントを下さった方のことを考えず、自分の勝手な都合で辞退の意を示したのですから。頼むからもう少し人の事を考えろ…。
また、僕の辞退のコメントのあとの2件のコメントを下さった方。とても嬉しかったです。僕はあんな事をしたのに、色んな方から支えられているんだと実感しました。
勝手なことをしてしまい、申し訳ありません。

作品について
基本的に官能は書かないので、最初で最後の官能となります。
誰もが予想しなかったであろうギガイアス♂×ダストダス♀。しかも官能ではなくあくまでも「生殖行為」という厳正すぎるもの。
これを書いた理由は、やはり需要が少ないからでしょうか。ギガイアスはともかく、ダストダスを非ネタで主役にするという挑戦をさせていただきました。
挑戦は実は大成功でした。コメントに「誰得」の文字がありませんでしたから。
負け惜しみのようですが、この作品を出すにあたっては得票数など関係ありませんでした。鉱物の生殖行為という、このサイトでは需要が少ないものを出し、認められるかどうか、自分の腕を確かめたかったのです。
ダストダスは毒タイプの中でも特にマイナーな部類に入ります。耐久はマタドガスやマルノームに劣り、火力は…と、これ以上書くと書かなくていいことを書いてしまいそうなので自粛します。
ちなみに今回の話は、ロックブラストを遺伝させたヤブクロンを育成したときに思いつきました。育てやに預けたポケモンは、言わずもがな。

さて、投票コメントに返信をしたいと思います。

>なかなか見ない組み合わせですが、ストーリーには光る物がありました。
ダストダスだからこその悩みと、それを吹き飛ばすほど愛してくれる伴侶。
やっぱりこうして愛し合えるのっていいですよね。

そうですよね。愛し合えるっていいですよね。
と言いつつも、実は僕は恋愛には疎いのです(殴

>純粋な愛を感じました。ケモ度0でも無問題。

ケモ度0で問題無しなんですか!?彼らの愛をそこまで表現できたということなんでしょうか


>してやられました。鉱物系カップルw
こんな難しいネタなのに、見事な恋愛ものに仕上がっています。
マゴットの種族をヒントだけ出して終盤まで明記しないことで、ロックの
「ダストダスを好きになった僕は、変ですか?」
という台詞の印象を強くする手法にも感服しました。

してやられましたかw
手法に気付いて貰えて光栄です。
鉱物グループの恋愛ものは確かに異常に難しかったですね。
そこで三人称から一人称にし、最初から種族を隠すことで物語を書けました。

>意外な組み合わせに驚きましたが、逆にそれが魅力的なお話でした。ロックかっこいいよロック。

ロックがかっこいい!?確かに物語ではかっこいいですね。
彼の成長も物語のソースですから、気に入って貰えて嬉しいです。

みなさん、投票及びコメント有り難うございます。

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  • 初めまして、セグと申します。「あなたを、愛してる」を拝見させていただきました。
    まず驚いたことは、やはりこのサイトには需要の少ない且つ描写の少ない鉱物グループの交尾描写を描かれていたことです。
    私は「鉱物フェチ」と呼ばれる変わり者でありまして、尚且つポケモンのことに関して自主的に研究している身でもあります。特に鉱物グループとはポケモンのなかでも謎の多い集団でありますすから、私としましても研究がはかどりました。
    ところで、ぶしつけではありますが、私は現在ポケモンについてのレポートを書き、この場へ投稿しようと考えています。よろしければ、この作品で用いられている描写その他を引用したいのですが、よろしいでしょうか?
    お返事をお待ちするとともに、この作品を書かれたことに対する礼を言わせていただきます。
    ありがとうございました。
    ――セグ ? 2011-11-02 (水) 19:10:55
  • セグさん、ここは小説wikiですので、ポケモンのレポートのようなものを投稿することはタブーですよ。ポケモン関連のwikiなど、別途で投稿して下さい。

    難しいやもしれませんが、このwikiで投稿したいのなら、レポートを元にして物語を構成し、後書きなどで描写に使ったレポートの内容を明かす、というのはどうでしょうか?
    ただし、他作者様方がどうご回答なさるか解りませんが、承諾された場合は「他作者様方の作品の一部」という事を自覚した上で扱って下さいね。不快に感じられる事を書けば作者でなくとも苦情が発生し、事が大きくなればwiki自体の雰囲気が悪くなってしまうこともあります故。

    カナヘビさん、コメログを勝手に使って申し訳ありません。
    ―― 2011-11-02 (水) 19:22:22
  • >>セグさん
    コメントありがとうございます!はい、需要が少ないので書いてみました。
    鉱物フェチとは僕もちょっと驚きですw。
    ポケモンのことに関して研究しているのですか!?僕の作品の描写でいいなら使っちゃってください!
    ただ、やっぱりレポートっていうのはちょっとこのwikiには合わないと思うので、物語形式のレポートとか、そんな風にしてみたらどうでしょうか?一人称の日記的な。
    あくまで僕の意見ですから、セグさんが決めてください。
    >>ナナシさん
    いえいえ、いいですよ!セグさんはたぶん初めてでしょうし、作者ページもないので仕方ないです;;
    ――カナヘビ 2011-11-02 (水) 20:00:18
お名前:

*1 いいえ、耳です。でも初見で耳だとは思わない

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Last-modified: 2011-09-02 (金) 00:00:00
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