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あなたが起きてくる前に

/あなたが起きてくる前に

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10/30(月) 


 広場の中央に横たわるカビゴンが山盛りのきのみを平らげて、ゲップの代わりに大あくびをひとつ。
 その巨躯を中心に眠気が広がっていき、夜空に寝間のとばりを降ろしていく。あくび、という技がバトル相手の意識へ強烈な睡眠欲求を訴えるのと原理は同じ。カビゴンのお手伝いに従事していたポケモンたち数匹は、めいめいの入眠ポーズをとっては、甘やかな微睡(まどろみ)の世界へと舟を漕ぎ出していった。
 トレーナーさんが大型テントのジッパーを閉めたのを見計らって、わたしはふらつく影のひとつに駆け寄った。

「メトロくん、今日もお疲れさま」
「ああ、ソムニさん。今夜も来て、くれたんだね……」

 ルカリオ自慢の精神力でどうにか眠気へ抗うも、限界はすぐそこまで迫っているようだった。無理もない、丸1日カビゴンのためにクラボのみと料理油を集めて回っていたのだ。いくらスタミナ自慢の格闘タイプといえど、積もり募った疲労は誤魔化せるようなものじゃない。
 自力では立っていられない彼をそっと支えて、柔らかな草地へ座らせる。リオルだった頃はわたしが膝枕してあげていたけれど、つい先日進化してからは片膝を立てて寝るようになった。

「おやすみ、素敵な夢を」
「ソムニさん、ソムニさん……っ。いつもの、お願いできますか……?」
「……はいはい」

 膝枕は恥ずかしいらしいのに、メトロはまだ幼稚なお願いをする。孵化したばかりのモノズみたいに首の座っていない彼の眼前へ、わたしは左腕を突き出した。指先で摘んだ糸へ括りつけられているのは、年季の入った穴あきの硬貨。スリーパーが催眠術をより強固なものにするための、なくてはならないアイデンティティ。
 メトロはどういうわけかカビゴンの発する眠気ではなく、あくまでわたしのペンデュラムによって夢を見ていたいらしい。まあ、わたしとしては眠りに落ちてくれればどちらでもいいのだけれど。

「吊るされた硬貨を、じっくり見てください。じっくり見てください。集中して、そう……集中して……いい感じ……」

 不気味だとか怖いとか言われがちなスリーパーの細目は閉じておくことで、被施術者の入眠を妨げない。ゆっくり丁寧な話しぶりを心がけ、チルタリスの綿雲で包むような柔らかい声質を意識する。同じ言葉を繰り返し囁くのも効果的。
 指先に感じる糸へ念力をかけて、硬貨の往復を目で追える程度に緩和させてあげる。手首から傾けるのも必須のテクニック。進化した日から肌身離さず揺らしてきたのだ、メトロほど純真で無垢な心の持ち主なら、3往復とかからず寝つかせることだってできた。ジュペッタがお気に入りの人形に糸を吊って操るなら、スリーパーは誰かの意識に糸を通して暗示をかけるのだ。

「中心の空洞を見続けてください。この穴の奥は、夢の世界へと繋がっています。あなたの意識はこれから、この穴を通って、夢の世界へと旅立っていくのです……」

 振り子の往復に合わせて、メトロの首も規則的に左右へ傾くようになってくる。すぐに眠ってくれても構わないのだけれど、彼はこのひとときがお気に入りらしい。がるる……ぐぅ、なんて小さないびきを早くも漏らしながら、抗いがたい眠気を懸命に耐えている。

「だんだんと(まぶた)が重くなっていきます。ああもう眠い……目を開けて、いられない。そう、あなたの意識はもう夢の中に入っています。もうここは夢の中。夢の中にあなたはいます……」

 どうにか吊り上げようとしている目端は痙攣しっぱなしで、波動を感知する2対の房なんかは垂れ下がっている。ルカリオらしい凛々しげな面影はどこにもなく、仲間になったばかりの3ヶ月ほど前を思い出した。トレーナーさんのお手伝いをし始めたメトロは仲間たちとの距離感を掴めず、夜な夜なわたしに子守唄をせびりに来ていたんだったか。

「僕は……ここまでみたい、だ。後は、よろし、く……」
「大袈裟だな」

 これから旅する夢の世界では、波導の勇者にでもなって大活劇を繰り広げるんだろうか。普段甘えたがりな彼らしくないセリフを残して、メトロは穏やかな寝息を立て始めた。



あなたが起きてくる前に


水のミドリ



 おばけカボチャで作られたピカチュウにゲンガー、小さいものはモンスターボールを模したもの。点在する光源がワカクサ本島のリサーチフィールドを妖しく照らしだしている。テーマパークさながら有線放送で流されているBGMは、カントー地方はシオンタウンなる街の雰囲気にインスピレーションを受けたものとかで、耳にしただけで肌寒ささえ錯覚してしまうほどに恐ろしげだ。
 今日から始まったハロウィンイベントに、集まってくるポケモンたちはみな浮き足立っていた。大抵の者は〝落ち着きない〟という方の意味で。ゴースたちだけは〝期待に胸躍らせる〟という誤用の意味で。張りきった彼らが黒い霧を焚いているのか、快晴続きのはずの天頂は霞がかったように薄暗い。
 おどろおどろしい雰囲気にもかかわらずカビゴンはいつも通りよく食べ、そしてよく眠っていた。メトロをはじめお手伝いポケモンたちも張り切っているらしく、熟練のバクフーンなんかはヒメリのみを山ほど抱えて帰ってきて、ヒスイ種が御霊(みたま)を操るみたいにせっせとカビゴンの口へ放りこんでいた。
 けど今はみんな夢の中。寝静まった広場の様子を、わたしひとりだけが見回りしている。

 仰々しくも『Pokémon Sleep』なんて題された人間たちのプロジェクトに、おあつらえ向きなはずの私の種族は招待されなかった。〝催眠ポケモン〟なんて分類される我らスリープ族こそこの事業計画の立役者になるはずだったのだけれど、パルデア脳科学会の上層部はそれが気に入らなかったらしい。
 かつてバカでアホなスリーパーが人間の子供を連れ去ろうとしたばっかりに、その悪行はポケモン図鑑なるものにありありと烙印を捺されている。おかげでわたしたちは常に怪訝な視線を向けられてきた。わたしがトレーナーさんとピクニックテーブルを囲んでいただけで通報されかけたし、ショッピングモールなど子供の多い施設では監視の目が常に張りついていた。アングラな同人誌に描かれる、女ジムリーダーを昏睡レイプするモンスターは決まって雄のスリーパーだった。……わたしとしては、そんな本をトレーナーさんの部屋で見つけてしまったことの方が衝撃的だったけれど。
 近年になってようやくレッテルも剥がれつつあり、一部のスリーパーは人間の不眠症治療に貢献したりしているが、いまだに偏見は根深くこびりついている。遠くアローラ地方のスーパーメガやすという商業施設では、スリーパーの着ぐるみを被って客から金銭を施してもらっている人間もいるようだが、風評被害を助長しかねないそのような行為は即刻辞めていただきたい。
 このように瑕疵(かし)だらけのわたしでも、タマゴと赤ちゃんだった頃からの付き合いであるトレーナーさんは見限らなかった。グレープアカデミー初等部ではスリープなんかをパートナーにしていたせいでいじめられたし、中等部では催眠術一辺倒のバトルスタイルは通用しなくなったのに、大学部修了時にはスリーパーの催眠術について卒論を仕上げていた。彼女のスリーパーに対する入れこみ様は、当のスリーパーよりよほど変態的だと思う。
 そんなトレーナーさんだから当然、スリープ族のプロジェクト参画をネロリ博士に打診してくれた。優秀な院生だったトレーナーさんの頼みを無碍にもできず、博士は協力的に推し進めてくれたのだけれど、ねばねばネットよりもしつこいスリープ族へのバイアスを覆すことはできなかった。優秀な学者とはいえない博士は学会における発言力も低く、研究発表での質疑応答も散々な有様だったから、彼に期待すること自体が誤謬だっただろうけど。脳科学の権威が差し伸べてくれた基礎的な質問にもしどろもどろ、大炎上したところを修士だったトレーナーさんの助け舟に縋りついていた博士の失態は、わたしでも食べようがない悪夢の光景だった。
 それでもトレーナーさんは諦めなかった。すったもんだの末、どうにかわたしだけは帯同を許可された。ただし共同研究ポケモンの欄にサインはなし、あくまでネロリ博士とトレーナーさん、それとカビゴンたちだけで研究を進めていることにする、という条件つきで。
 だからわたしは、トレーナーさんが寝ている間だけお手伝いをする。
 彼女が起き抜けの睡眠リサーチを滞りなく進行させられるため、わたしにだけできること。それはカビゴンの眠気に釣られてやってきた野生ポケモンたちの健康チェックだったり、彼らが心地よく寝られるよう硬い石や枝葉を排除することだったり、トレーナーさんが寝た後にカボチャの蝋燭を消し、トレーナーさんが起きる前に火を灯すことだったりした。つまりは雑用係だ。

 やどりぎのタネから芽吹いた蔦植物、そんな感じで宿主のテントへ絡みついている電飾を切る。亡霊の呪詛めいた有線のつまみをOFFにまで回し、見回りがてらカボチャの炎を吹き消していく。これがこの先1週間のナイトルーティンだ。終夜灯としてひとつだけ残しておいた蝋燭、それを咥えたおばけカボチャに腰掛けて、わたしはひとり天を仰いだ。
 トレーナーさん、どうかあなたと添い寝をさせてください ――なんて身勝手な願いは、大空を覆うように蔓延る霧に遮られ、ジラーチのいる星にまでは届かない。プロジェクト成功の立役者になるはずだった? 笑える。実現不可能な目標のために意味のない努力をするのはごめんだ。わたしは、わたしにできることをコツコツ積み重ねていくだけだ。 
 添い寝なんてしなくたって大丈夫。わたしには積み重ねてきた実績があった。トレーナーさんのスマホのロック画面は、長いことわたしの寝顔なのだ。




10/31(火) 


 グレープアカデミー大学部に籍を置くネロリ博士の脳科学研究室、そこで修士課程を修了したトレーナーさんいわく、夢とは脳が記憶情報を整理する際に映像化されたイメージの断片なのだという。
 夢の内容は心身の状態やストレス、入眠前の短期記憶にまで影響を受ける繊細なもの。ホラー映画を観た夜の夢は殺人鬼に追いかけられるのが定番だし、友達との旅行帰りに観た夢はその相手と一緒にパーティへ出席していたのだと、トレーナーさんは興味深げに話してくれた。詳細な夢のメカニズムはまだ謎の多く残された未開の分野だが、人間に限らず大抵のポケモンも機構は同じらしい。川で溺れた夢に飛び起きれば、股下が大洪水を起こしていた――なんて、人間にもポケモンにも共通してよくある失敗談なのだそうだ。
 ところでこれは不眠特性のポケモンについて誤解されがちなことだが、わたしだって眠ることはできる。くたくたに疲れた夜なんかは、体がベッドへ沈みこんで意識を飛ばしたものだった。元カレの何気ない言葉に傷ついて、心を持ち直すためにその日をシャットダウンさせたこともあった。宝探しプログラムの最中トレーナーさんはよくピクニックを開いてくれたから、芝生に寝転がってうとうとする心地よさを知っている。
 なのに夢を見たことは1度もない。わたしにとって夢とは見るものではなく、頑張った自分へのご褒美としてたまに摂取する、ハイカロリーのご馳走みたいなものだっった。
 偉大なる巨人の肩の上に乗らせてもらうなら、わたしの脳は起きながらにして情報処理を潜行しているようだ。眠ることができないのではなく、眠らなくても恒常性を維持できる体。カビゴンの強烈な眠気にも抗いトレーナーさんのお手伝いをこなせるのは、脳がそれを必要としていないから、らしい。もし仮にわたしが眠ったとしても、大多数の生物の脳に観測されるような生理反応は検知されないだろう。
 ゆえに、スリーパーは夢を見ないのだ。





 トレーナーさんは毎朝6:30にアラームをセットしていて、それは土日祝日でも遅れたことがないほど規則正しい生活を送っていた。目覚まし時計が鳴る前にテントを出てきたためしはないし、二度寝三度寝を決めこみ午後になってようやくデータ採取、なんて失態もやらかさない。
 逆算すれば、彼女が起きる前の最終チェックをわたしが始めるのは6:00が妥当だろう。10分かけて調査地を巡回し、ほのおのパンチと同じ手際で蝋燭をつけ、設備や装飾に問題があればそれを整え、ポケモンたちの距離が近ければ念力で遠ざける。
 今朝はナマケロが遊びにきていた。トレーナーさんの睡眠周期と波長が合っているからか、ワカクサ本島では比較的よく目にする種族だ。極力エネルギーを使わずに暮らしているはずの彼らがわざわざ芝地まで這ってくるのは、寝起きに配られるサブレ目当てだろう。
 まさにこのプロジェクトにうってつけの、眺めているだけでこっちまで癒されそうな寝顔だった。半開きになった口から垂れたよだれが芝地を湿らせている。「ぅー、ほー……」なんていたいけな寝言を漏らしながら、丸っこい鼻をしきりにひくつかせていた。1日3枚の葉っぱで栄養を補えるような種族らしいが、おおかた温野菜のビュッフェでも楽しんでいるんだろう。

「……」

 いや……、待って。そうじゃない、気がしていきた。
 恍惚とした表情をしながらモゾモゾと体をゆすっている寝相に、強烈な既視感があった。ふっ、はぅ、なんて漏れ聞こえる吐息は次第に荒く、全身を強張らせるような引きつけが数度、ナマケロの下腹部を震源に波打っていた。これはもしや……。
 うつ伏せだったナマケロが寝返りを打った瞬間、見えるべきではないものが見えた。開けっぴろげに投げ出された股関節の毛皮を突き破って伸びる、それはちんぽだった。
 深くなっていく呼吸の乱れ。後ろ足で蹴りつけるような全身運動。楽しげながらもどこか思い詰めたような寝顔。見覚えのある身体反射は、淫夢を見ているとき特有のそれだった。
 さっきまで無垢だなんだと評していたはずのナマケロのとろけ顔が、途端にいやらしく見えてきた。どうせいつもこうやって鼻を膨らませ、よだれを撒き散らしながら狂ったようにオナニーしているに決まっている! ……やめよう。そんな偏見を持たれているのはどちらかといえばスリーパーの方だろう。自己嫌悪を押しつけたって虚しくなるだけだ。
 ともかくこんな姿、トレーナーさんに見せられるはずもない。いや脳科学においては淫らな夢だって立派な研究対象かもしれないけど、彼女の掲げるテーマとはかけ離れたものだし。とはいえナマケロを叩き出してしまえば、トレーナーさんの収集する寝顔写真を1枚減らしてしまうことになる。彼女のリサーチに干渉することは避けたいところ。
 うじうじ悩むのは時間の無駄だ。わたしのやるべきことは決まりきっていた。
 誰かの欲望を処理してやるのは初めてじゃない。ナマケロの体からむくむくと膨れ上がるそれに、わたしは躊躇なく手を伸ばした。





 トレーナーさんが籠って研究を進めたり論文をしたためているテント、その裏手にはハロウィンの装飾に使われなかったカボチャが山積みにされていて、それらの隙間からなるマッギョ10匹分程度の空間がわたしの待機場所だった。見学に来るアカデミーの学生や視察に訪れる外部の研究者など、ここならアポなしのゲストに対しても死角が多く隠れやすい。満腹チーズバーグカレーをぺろりと平らげたカビゴンを遠巻きに眺めながら、トレーナーさんに呼ばれればすぐさま駆けつけられるよう、手すさびに硬貨を磨いていた。
 昼下がり、まだ元気そうなルカリオがやってきた。西のオリーブ園でオイルを搾ってきた帰りしな、今度はその油を売りにきたらしい。せっかく集めたクラボのみを数個「内緒ですから」なんてはにかんで、わたしの手に乗せてくる。「ありがとう」と返しただけでメトロは満面の笑み。純真で、無垢で、おまけに夢みがちだ。
 手頃なカボチャに並んで腰掛けて、空いた小腹へクラボを収めていく。好きなきのみは何ですか、とか、パルデアにいた頃はどんな生活を、とか、その類のたわいない会話を転がしながら、30分くらい経っただろうか。そろそろ仕事に戻ったら? とわたしが尻を叩く前に「そうだ!」と彼は切り出した。

「あの。これ……なんですけど」
「なに?」

 メトロは大事そうに両手を胸前に掲げて、そっと開いた。若く潤いに満ちた肉球に乗っていたそれは、ネロリ博士が〝夢のかけら〟と命名したもの。
 夢とは脳が処理しきれなかった情報の断片だ。種族にもよるけど記憶メモリには上限があるから、生物は本能的に保存する情報を毎夜更新していく。賞味期限切れのデータは切り離され、参照された別の記憶と結びつけられたりしてつぎはぎになり、みんながよく知るデタラメな夢として消費される。
 こうした代謝の過程で記憶は夢となるのだが、夢にさえなりきれず凝り固まって忘れられる埃みたいなものもある。それこそが夢のかけら。カビゴンの眠気パワーがそうさせるのか、彼らの周囲数百メートルに打ち捨てられた夢のかけらは具現し、スリーパーであるわたし以外にも見えるようになった。薄いシート状のものがほとんどだが、巨大な正八面体に結晶化しているものも見つかっていて、それ1個で夢のかけら何千枚ものエネルギーを秘めているのだそう。
 モコシのみを1粒ずつ外してフライパンに敷き、油を引いて火をかける。蓋をしながらフライパンを回して炒ると、硬い外皮が弾けて白い子房が裏返しになる。塩味を効かせたポップモコシは軽食にぴったりな、みんなが大好きなふわふわの夢。ただ稀に炸裂せず鍋の底で燻る粒もある。大概の者は食べようとなんて考えずそのまま捨ててしまうけれど、スリーパーにとっては手軽につまめるおやつみたいなもの。カロリー控えめで歯応えもあって間食にちょうどいい、それが夢のかけらだった。
 もっとも、メトロはそんなつもりでわたしに見せたのではないだろうけど。

「木の影や草むらに落ちていることがあるんですけど、どうしてだか微弱な波動を帯びていて、ルカリオの僕はよく見つけられるんです。いつもは全部トレーナーさんにあげちゃうんですけど……こんなに大きなかけら、僕初めて見つけました。ソムニさんなら似合うかなって。……身につけてもらって、いいですか?」

 その手の甲に生えた棘で開けた穴に糸を通して、わざわざ工作してくれたみたい。以前わたしが振り子の糸を新調したとき、摩耗したそれを強請(ねだ)ってきたのはこういう意図だったのか。なるほど合点がいった。
 首の後ろに両手を回して糸を縛る。念力は対象物を視認していないとうまく掴めないから、人間に近い手先は器用で助かった。細かく位置を調節すれば、夢のかけらはボリュームあるわたしの首の毛にふんわりと乗せられて、まるで羽毛のジュエリーボックスに鎮座する宝玉みたいに見えるかもしれない。鏡はないから確かめようがないけど、きっと似合っているんだろう。
 ありふれたものとはいえ、メトロからプレゼントを贈られるなんて思いもしなかった。ルカリオになってから見せるギャップに、わたしが恋に恋する夢見がちな乙女だったらあっけなく好きになっているだろう。

「ありがとう」

 だから、素直にお礼を言った。何よりも素直さがメトロを喜ばせるのは、3ヶ月顔を突き合わせていて分かったことだった。実直な彼のことだから、これが夢を知らないわたしへの皮肉や嫌がらせなんかではないことは分かっている。夢のかけらがわたしにとって装飾品ではなく食料だということに気づいていないのも、しっかりバッチリ分かっている。
 分かっているからこそ、この空想家(ロマンチスト)とはどうも波長が合わなかった。
 仕草や表情にはおくびにも出さなかったはずだけど、わたしの心配りに反してメトロは房を垂らしていた。

「ソムニさん……。もしかして、気に入らなかったですか?」
「いいえ、そんなことない。あなたの目からも似合っているはず」
「でも……、なんだか怒ってるみたい……なので」

 初めて異性へ渡すプレゼントが喜んでもらえるか、不安で仕方なかったのだろう。メトロはわたしの気持ちを詮索していた。ルカリオの操る波動は感情の波形を敏感に検知するから、わたしが不機嫌なことも筒抜けのはずだ。
 心の声は盗聴していても知らないふりをするのが大人ってもんだぞ、少年。エスパータイプをはじめ、他者の思考が汲み取れてしまう者にとって沈黙はエチケットだ。無闇に相手の気持ちを露呈させるのは嫌悪感が強いし、何より自分自身がストレスを抱えこんで潰れてしまう。まだ若いメトロはそういうことも、この先学んでいくことだろうけれど。

「怒ってないよ。ただ……あなたって少し、呑気な性格をしているんだなって」
「怒ってない……のでしたら」メトロは胸の棘に両手を添えるようにして、何度もわたしの顔をチラチラとうかがっていた。「僕に何か言いにくいこと、隠していませんか」

 言いにくいこと、と言われて思いつくのはまあ、今朝のこととか。ナマケロの体からむくむくと膨れ上がったもの――ふわふわの夢を、わたしが食べて揉み消したこと。
 淫夢による勃起を鎮めるために、何も直接触れてやる必要はない。興奮を誘発している原因を元から断ち切ってしまえば、大抵の雄は1分としないうちに穏やかな寝息を取り戻してくれる。スリーパーが寝ている相手の性器に触れている絵面は、旧世代のお絵描きAIでさえ忌避するような偏見テンプレートだ。そんなシーンを見られるリスクを背負うくらいなら、得体の知れない夢を食べて腹を下した方がマシだった。
 これはスリーパーにだけ独自に備わっている感覚なのだろうけど、夢路を辿る者は額から白い煙を立ち上らせているように見え、それはちょうど満腹時のムシャーナに似ていた。目を凝らせば煙は夢の内容を映し出していて、つまりその者の記憶の片鱗へアクセスできてしまう。
 誰かのプライベートを覗き見する趣味はないが、これは夢を食べるわたしの安全を配慮してだ。麦茶だと思って飲んだらめんつゆだった、みたいな事故を防ぐには、あらかじめ夢の味がどのようなものか予測しておかなくてはいけない。スリープの頃は夢ならなんでも口に含んでいたけど、グルトンナビで星1つのラーメン屋よりもくどい味がするかもしれない悪夢を、無邪気に口へ放りこむ勇気は今のわたしにはない。人間は加齢とともに脂っこいものを受けつけなくなるというが、おそらくそれと同じ感じ。まだそんな年じゃないんだけどな……。
 ともかく生真面目なメトロにとっては、誰かの淫夢を出歯亀することさえ浮気か、それに準ずる不貞行為とみなされるらしい。ましてそれを食べてしまっているんだから、正義の心に突き動かされるルカリオの波動には、わたしは土台信じがたい思考回路をしているように映っているんだろう。
 だとしてもそれは、大前提としてわたしとメトロが恋仲になってから。淫夢を食べているなんて暴露するほどには心を許していないし、諌められても辞めるつもりなんてなかった。
 隠していたのは本当だし、怒っているのもまあ、本当だ。メトロの煮え切らない態度はわたしをイラつかせていた。まどろっこしい恋愛の駆け引きなんてするつもりもないのに、アンニュイなため息が自然と漏れた。

「波動、使ったんだ」
「え、あ、なんで……」
「正義感が強すぎるのも考えものね。すぐ表情に出る」
「……」
「メトロくんの方こそ、言わなきゃいけないこと、あるんじゃない」
「その、ソムニさんの気持ち、勝手に確かめちゃって、ごめんなさい……」
「そうじゃなくて。わたしはずっと、待ってるんだけどな」
「え、あの、それは……」わたしの言わんとすることをようやく把握できたらしい、メトロは口ごもって、肉球を揉むように両手を握ったり開いたりした。「その、こっ告白とか、そういうのはまだ早い、というか」
「女心も分かるようにならないとね、波動なんかに頼らないで」

 失敗を嗜めるような返答に、メトロは雨に沈んだ迷子犬みたいな目を向けてくる。随分と惨めな顔つきになっていた。帰ってくるはずもない主人を何年も待ち続けたイワンコは逸話になっているが、ちょっと美化しすぎだと思う。ただ待っているだけで称賛されるようなら、日々努力を重ね辛酸を舐めている者が報われないから。
 どうしたらいいか分かんないならさ、もう、辞めちゃう? とどめばりのように尖った言葉をへし折って、わたしはまだ小さな背中を押してやる。

「ほらもうこんな時間。集めたきのみをトレーナーさんに渡さないと」
「その、あの、ソムニさん、僕は――」
「また夜にでも聞いてあげるから」

 いつもは上機嫌に左右へ振れているしっぽを垂らしながら、メトロはとぼとぼと広場の方へと戻っていった。シビアなわたしの態度が相当ショックだったのか、オイルの詰まったボトルをひとつ置き忘れている。そういうところだぞ、少年。
 メトロを値踏みするつもりも、まして馬鹿にするつもりもない。進化したばかりの彼が見つけてくるクラボのみはまだまだ青臭く、それが追熟していく様子を見守るのも恋愛の楽しみ方のひとつだろうから。けどルカリオという種族は概して厳粛な性分らしく、3ヶ月にわたって親睦を深めてもアプローチは皆無だった。彼よりは経験がいくらか多いわたしがリードしてあげるべきなのかもしれないが、そんな恋愛は元カレとの付き合いで懲りていたし、そもそも色恋沙汰にのめりこんでトレーナーさんのリサーチを邪魔するわけにもいかない。厳しく教えこんでもいいけれど、油を絞るのはわたしではなく彼の仕事だ。
 わたしが彼を拒まない理由はただひとつ、トレーナーさんの信頼を勝ち取っているからだ。彼女の睡眠リサーチに何十時間と協力し、ルカリオへ進化を遂げた功績がメトロを保証している。今はまだこんな夢見がち少年だけど、将来的に威信を帯びてくれるなら、タマゴを作る間柄になってもいいかな、と思っていた。例えばそう、あまり役に立たない夢のかけらなんて拾っていないで、カビゴンのエナジーに直結するきのみをわんさか集めてくる、とか。
 スリーパーは夢を見ない。常に現実に足をつけて、確かな未来を予知している。




11/1(水) 


 時刻は朝6時を回ったところ。トレーナーさんが起きてくる前に、最後の見回りをしておこうか。先日のようにふしだらなポケモンがいた場合、内密のうちに寝相を改竄(かいざん)しておかなければならない。うなされている者が2匹も3匹もいれば、わたしはマズい綿雲の早食いチャレンジを強いられる羽目になる。それこそ悪夢だ。
 今日は異常なさそうだ、と胸を撫でおろしかけたところだった。視界の端で、もぞ、と何者かが動く気配。見れば白くささくれ立った背中が(うずくま)っている。寝返りを打つような動作ではない、例えばタマゲタケを誤って踏みつけてしまったミルタンクが背中を丸め、自分の不注意を巨体で隠しながら、相手の安否をひっそりと確かめるような。
 白い毛むくじゃらの体からすると明らかに異質な、隙間からはみ出たしっぽに見覚えがあった。特徴的なギザギザを備えた、痺れるような稲妻色の皮毛。先端が陥没してハート型になっているのは、雌個体の特徴だった。カビゴンの眠気に初めて誘われた第1お手伝いポケモンと同じ種族、ピカチュウだ。
 昨晩テント脇の切り株へ、トレーナーさんはお香を置いて眠ったのだった。ピカチュウを本能的に寄せつけるよう調香されたそれに加えて、ハロウィンの仮装まで用意する徹底ぶり。夜のうちにやってきたうら若いピカチュウは魔女の帽子なんかを被ったりして、存分にイベントを楽しんでいるみたいだった。
 役目を果たした香箱を抱えてぐっすり眠るピカチュウへ、何者かが覆い被さっている。無防備な少女の体を暴こうとする不届き者――その異常事態にわたしの脳が警鐘を轟かせた瞬間、反射的に体が動いていた。太く長い腕を羽交い締めにして引き剥がす。

「ちょっとあなた、何をしているの」
「え? なんだよっ、離せよ! おい離せって!」

 寝こみを襲っていた暴漢の正体はヤルキモノだった。こちらもまだ若い。ピカチュウの腹に顔を埋めていたからか、紅蓮色をした鶏冠は静電気で不恰好によじれている。もたもたと両腕をばたつかせ脱出を試みるも、わたしよりもひと回り小柄な彼は束縛を破れないようだった。捲土重来の目がないと分かると途端に喚き始めたので、片腕を深く締めて顎の下で手首を返す。うぎぎぐぎ……! なんて、言葉にならない悶絶を訴えてくるも拘束を緩めたりはしない。
 暴れる後ろ足がわたしの太ももを蹴りつけ、思わず覗きこむように視線を下げたとき、それは見えた。見えてしまった。純白の体毛から伸び上がる、きつい肉色をした雄のちんぽ。
 ぎょっと目を剥いた。こんな状態で、ピカチュウに抱きついていたのか。まさか事に及んではないだろうな? 彼女が被害を訴えれば、監督していたわたしの責任を問われることになる。あろうことかタマゴまでできていたら? ゾッとした。野生下ではそんなこと日常茶飯事だけれど、彼女はハロウィンの仮装までしてくれた庇護されるべき調査対象者なのだ。きっとわたしを差し置いて論文にも乗る。サブタイトルはこうだ。『お香とコスプレと妊娠の可能性について』――なんてこった!
 いや待って冷静になれわたし。もしレイプまでされていれば、いくらカビゴンの催眠波が強烈だとはいえ起きるか。魔女の帽子を脱がされたことにすら気づいていないような寝顔だし、額から浮かぶ煙を透視して見えた夢は――人間の屋敷にお邪魔してお菓子を貰っている、といういかにも楽しげなもの。大丈夫、何もなかった。破滅的な事案は何ひとつ起きちゃいなかった。
 いやまだ安心するのは早い。このヤルキモノを暗々裏に処理しておかなければ、さらなる二次災害を引き起こしかねない。そうとなればわたしはこってりと搾り上げられ、トレーナーさんと離ればなれ、スリーパーにはさらなる偏見が降りかかり、あまつさえ故郷パルデアの同族は焼き討ちになる! ――なんてことは、流石に杞憂だといいけれど。
 埒の明かない憂慮を延々ぐるぐる巡らせている間、無意識に関節技をキめていたんだろう。肩口を軽く3回叩かれた振動で我に帰った。

「――ギブギブギブギブ! ぐる、じぃって! ごべんなさいもうしませんごめんなさい゛ぃぃ!」
「おっと失礼」

 慌てて両腕を解放すれば、ぐしゃ、と歪な音を立ててヤルキモノが墜落する。しきりに首元を(さす)って「――あった、首、まだあった。なくしてなかった!」なんて、妙ちきりんな安堵を噛み締めていた。なくさないだろ。
 ヤルキモノが息を整えているうちにピカチュウへ一瞥。安らかな寝息を立てる彼女の顔に体液がかけられている――なんてこともなく、最悪の事態は免れたようだった。これで生まれ故郷のパルデアが厄災に犯されることもない。わたしはメトロよりひと足早く勇者となった。
 へたばるヤルキモノを見下し、わたしは右手の親指を立てて背後を指し示す。

「ちょっとバックヤードまで着いてきて。何があったか話、聞かせてくれるね」
「は? なんでだよ。オレはこれから()でででで!!」

 生意気をのべつ並べ立てる首ねっこを掴み、引きずるようにして歩き始める。変質者の存在に気づかず夢心地な寝顔の合間を縫いながら待機場所へと戻ると、わたしは朝ぼらけの闖入(ちんにゅう)者をカボチャ畑へ蹴りこんだ。





 ヤルキモノの話を鵜呑みにするなら、弁明はこうだった。
 ナマケロは進化することで生活様式が豹変する種族だ。それまで1日のうち20時間を枝にぶら下がって眠るロハスぶりを貫いてきたのに、進化した途端有り余るエネルギーを発散しなければならなくなった。心拍数は常に100bpmを上回り、血管系の凄まじい奔流が発達した筋肉をアグレッシブに駆り立てる。夜になっても眠りにつくどころか、目を閉じてじっとしていることさえ苦痛になった。ナマケロのように梢へぶら下がってみたものの、そのまま懸垂を15回×4セットこなす始末。どうにか疲労を稼ごうと森の中を走りまわっていると、気づけばカビゴンの横たわる平原にいたという。10匹程度のポケモンたちはみんな安らかに眠っていて腹が立ったが、ここなら自分も眠りに就けるんじゃなかろうか。進化前は梢に抱きついていたから、何か代用できそうなものを探した。クッションとして最適そうなのが、(くだん)のピカチュウだった――と。
 もちろんわたしはウッウではないので、彼の話を鵜呑みにしていない。というかまともに聞いていなかった。不眠持ちのわたしが眠れるように、やる気の特性に(さいな)まれるコイツだって眠れるはずなのだ。なにせ同じ境遇のマンキーが3匹、今も広場ですやすや寝息を立てているから。みんな両手も両足もしっぽまで投げ出して夢の中だけれど、ちんぽまで出しているやつは1匹もいなかった。
 鮮やかに決められたチョークスリーパーがトラウマになっているのか、彼は発達した両腕を地面に投げ出して平謝りを続けている。挟んで左右に控える出来損ないのカボチャ顔が、どことなく惨めさを増幅させていた。
 呆れ果てて相槌も打てないわたしが怒っているのだと早とちりしたらしく、ヤルキモノはひょうきんな声でへつらってきた。

「じゃあさー、特別に〝アレ〟やってやるからさ、見逃してくれよお」
「あれ、ってなに」
「アレといえば、ひとつしかないよなあ?」
「知らないけど。……ちょっとなに、変なことしないで」
「いいか、1回しかやらないからな? よーく見ておけよ……」ヤルキモノはわたしに背を向け、見えないところでいそいそと懐を探りだした。「ではいきます。『びっくりウッキー』!」

 突飛な掛け声とともに振り返ると、彼は全力でポーズをとっていた。不細工に膨らませた鼻の穴と、だらしなく広げられた口に挟まれたキーのみがふたつ。両腕をコダックみたいに掲げて頭の両脇で拳を作り、いかにも驚きのあまり混乱してしまったかのような表情を浮かべている。
 どこぞの南国の神様を祀った彫像みたいな不細工顔を晒したまま、彼は待っていた。おそらくわたしの笑い声を。
 これからの1日を台無しにするのに十分すぎる、ナンセンスな空気感が充満していた。元の顔つきに戻ったヤルキモノはいそいそと鼻の穴からきのみを外し、申し訳なさそうにわたしの顔の前へと突き出してきた。要らない。

「なんだよー、笑うの我慢するなよ」
「え、どこが笑えたの」
「いやほら、だってこれキーのみじゃん」
「……そうね」
「そう。だから『ウッキー』。いや、え? 面白いだろ?」
「なにが」
「いやいやいや! だってキーのみで、ウッキーなんだぜ? しかもびっくりして混乱してるの。キーのみなのに! ほらあれ、おとなが言う難しい言葉……ムジュンってやつ! うっはは! ははっ、うっほーーー! ……あっれおかしいな、群れの中だとこのギャグ大ウケなんだけど」
「……」
「……」
「…………」
「しかもチンコまで出してる」
「しまって。早く。しまえバカ」

 おかしいのはお前の感性と品性だろ、とは言わなかった。会話のチューニングを試みようとせず自信満々に身内ネタを披露してくるのは、もはや困惑を通り越して恐怖に近い。これからこんなヤツを嗜めなければいけないのだ、と思っただけでげんなりした。
 わたしがより不機嫌になったことにも気づかず、ヤルキモノはめげなかった。

「くッ手強い相手だ……。オレのギャグを食らって笑わないヤツは初めてだぜ。こうなったらとっておき、びっくりウッキーの進化系『ぽっくりウッキー』を見せてやるしか……!」
「やったら殴るよ」
「ごめんなさい調子に乗りました許してくださいどうか……」
「……」

 拳を固く握りこんでみせると、ヤルキモノは平謝りに逆戻り。だが軽薄に口先で詫びるだけで、股の間から覗いたちんぽは全く反省の色を見せていなかった。まずこれをどうにかしなければ進展しないか。寝てさえくれれば淫夢を食べるだけで済むのに、全く。
 落ち着きのないヤルキモノをどうにかカボチャへ座らせ、彼と目を合わせる。汚い言葉で罵ったり殴りつけたりしないよう細心の注意を払いながら、話を切り出した。

「あなた、名前は」
「名前を尋ねるときはまず自分から。常識だよね?」
「……」その生意気な口ぶりに早速手を上げそうになったが、どうにか堪える。「わたしはソムニ。あなたの、お名前は、なにかしら?」
「ノーム」
「ノームくん。昨日も来ていたナマケロだ。どうして進化したの」
「そうだけど。何? 進化しちゃダメだなんて言われてないけど」
「……ひとまずはおめでとう」何に対しても反抗的な態度に、呆れより苛立ちの方が強くなってきたかもしれない。堪えろわたし。「問題はそこではなくてね。……あなた、ピカチュウに何しようとしてたの?」
「何って……、何もしてねーよ! 抱き枕にしたら眠れそうだな、って思っただけだって、言ってるじゃん!」
「ならなんで、その……おちんちん、出してたわけ」
「そっそれは……しっ知らねーよバーカバーカ! あんたに何が分かるってんだよ!!」
「……」

 目立つ行動で注意を惹きつけ、構ってほしくて大声をあげる。自己中心性を押しつけてわたしを振り回し、ほとほと手を焼いている反応を眺めて楽しんでいる。そのくせ非を咎められるとプライドが高く謝りもせず、責任を負う覚悟なんてないのでのらりくらり、しまいには八つ当たりのように喚き散らす。
 要するに、ただのガキなのだ。ガキだから許されるというわけでもないが、悪逆な性犯罪者になる道へ足を踏み外さないよう、わたしがここで言い含めておかなくては。眠りこけるピカチュウの体をいじくっていたのも、思春期特有の異性の体に対する強烈な憧れが魔をさしただけ……ということにしておいてやる。

「あなたも本来はカビゴンの眠気に誘われて来たんでしょ。昨日はあんなに穏やかな寝顔だった」鼻の下を伸ばして淫夢を見ていたことは黙っておく。「ノームくん、今日のことは秘密にしておいてあげるから。みんなと一緒に寝てくれる? ……早くその細長いの、どうにかして」
「だから……その、お。オレじゃあどうしようもねーんだよ」
「そんなわけあるか」

 支離滅裂な言動の連続にたまりかね、思わず吐き捨ててしまった。自慰のやり方を知らないなんて言わせない。群れで暮らしているんだったら尚更、そういう話題は年長者から共有されているはずだった。ましてコマタナみたいに鋭利な手をしているわけでもないんだから、自分で触るうちに覚えてしまったっておかしくない。
 わたしだって、トレーナーさんがアカデミーの中等部へ進学する頃にはその術を身につけていた。まんこに手が届かなかったスリープ時代も、お気に入りの丸い岩に擦りつけていはひっそりと楽しんだものだ。進化して器用な指を獲得した今でも、おかげで角オナの癖は抜けていない。

「早くヌいてそれ……見ないでいてあげるから」
「や、やっても仕方ないし……」
「いいからさっさとシコって寝ろ!」
「えっ怖……。なにあんた、オレの話、聞いてなかったわけ……?」
「聞き流してはいたけど」
「聞いてないじゃん! だからさ――」ノームは怯えたように鶏冠を垂らし、悲鳴まじりに叫んだ。「ヌいてもヌいてもちんこがデカくなるんだよ!」
「……なるほど。詳しく聞かせてもらえる?」

 改めて、ノームの弁明はこうだ。
 ちんぽの勃起が収まらなくなったのは、昨日ヤルキモノに進化してしばらく経ってからだった。体力消耗のためとにかく暴れ回っている間は気にならないが、じっと座っているだけでも股間に血流が集中してしまう。苛立ち紛れにオナニーするも、射精してからものの20分でちんぽは剛直を取り戻した。激しい運動と自慰行為を繰り返しているうち、気づけば朝になっていたという。
 ナマケロの頃にだって夢に見るくらいだから、元々性欲は旺盛だったのだろう。早熟の進化がそれに拍車をかけた。発散しきれなかった鬱憤が下半身でわだかまり、それを脳が性衝動と認識してしまったせいで、ちんぽが勃起し続けている。こんなところか。

「なあッ、オレのチンコ、もうずっとこのままなのか!? でっかくなったままでウズウズしっぱなしで、これからずっと隠しながら生きていくしかないのかなあ!?」
「落ち着いて。そんなことないから。じっと座ってて。腰を振らないで。あっ広場に戻ろうとしない!」
「群れに帰ってもみんなに笑われる? オレが笑わせるんじゃなくて? もうこれ『ゼツボウッキー』ってこと……?」
「違うけど。たぶん。何それ」

 誰にも言えない苦しみをひと晩中抱えて過ごしたんだ、不安で眠れなくなるのも無理はない。進化したとはいえ中身はまだ子どものままで、どうすればいいのか相談できる相手もいなかった。まさしく『びっくりウッキー』だったってわけ。思春期特有の恥ずかしさを乗り越えて、よくわたしに打ち明けてくれた。
 彼をここまで情緒不安定にさせたのは、どうせ言い訳だろう、と頭ごなしに強姦魔扱いしたわたしにも非がある。偏見を押しつけられるのは、辛い。それはスリーパーであるわたしが、いちばん共感してやれることだっていうのに。

「……じゃあ、わたしが、ヌいてあげようか」
「えッいいのォ!?」

 同情して口を滑らせた途端、それまでの悲痛な叫びはどこへやら、ノームは鶏冠の先端までピンピンさせてわたしの腕を掴んでぐいぐい引っ張ってきた。早くして、との催促らしい。
 ンのクソガキ……。
 どちらにしろ、トレーナーさんが起きてくるまでもう時間がなかった。こうなったらやるっきゃない。メトロが置き忘れていった油壺を傾け、オイルを垂らした。右の手のひらに薄く広げ、山吹色の短い被毛をそろえるように馴染ませていく。
 おばけカボチャに浅く座るヤルキモノの背中へ抱きつくように、足を向こう側へ突き出して腰をすり寄せた。みし、と不穏な音が響きた気がしたが、気のせいだということにしておく。わたしが地べたに座って前から触ることもできるが、こっちの方が生々しい肉色を見なくて済む。あと万が一ノームがちんぽを振り回しながら走り出した場合、わたしが全力で引きずり倒せる配置だからでもある。

「体を起こして。でないと後ろからできないから」
「ケツ、くすぐったい……」
「もっと腰、前に出して」
「うん……」
「さっきから急に元気になったり、かと思えば妙におとなしいの、怖いんだけど」
「いや……。雌に抱きつかれるの初めてだなって考えたら、あんたでも緊張してきた……」
「……あっそう。さっさと終わらせるから。わたしだってしたくてしてる訳じゃない」

 中身こそクソガキだけれど、改めて触れるノームの体つきは立派なものだった。マントのような長毛でも覆いきれない胸筋は、若輩ながらその剛勇さを誇示しているよう。対して短く揃った下半身は軟弱に見えなくもないけど、そこから生え伸びたちんぽは将来群れのリーダーとして君臨してもおかしくないほどに威風余りある。雌を孕ませるべく多血質にそそり立った、まさしく彼のヤる気を体現したような長ちんぽ。ノームは前屈みになってなんとなしに隠しているつもりらしいけれど、剥き出しになった彼の尻より赤い粘膜が嫌でも目についた。わたしが普段垂らしている振り子の全長くらいあるか……? 先端にはラムのみのような複雑な隆起をつけた亀頭が凶悪なカリ首をもたげていて、彼の鼓動に合わせてぴくりと跳ねては、肩越しに覗き見るわたしへ遺伝子の優秀さをアピールしてくるよう。タマゴグループが違うから、その子種が結実することはないけれど。
 ノームの背後で悟られないよう、わたしは深呼吸を3度繰り返した。
 油に濡れた右手を彼の右脇からそっと回し入れる。背後からだとバルクのある胸板に遮られて見えないので、眼裏(まなうら)に焼きついた光景を頼りに手を滑らせた。目算していた位置に人差し指が触れた瞬間――びくッ、彼の腰を後ろから支えていたわたしの左手に響く、衝撃。身構えていたであろう彼はすっかり静かになっていて、ちんぽから伝わる初めての手コキ快楽を取り逃がさないよう集中しているんだろう。
 人差し指の着陸地点を目指して、まずは親指を向かわせる。衛星軌道のような2本指の輪は、わたしの目論見通りちんぽのカリ首を捉えていた。手首を押しこみ、残りの指3本を添えるようにして雄幹を掴む。
 神妙な顔つきをしたノームの首筋が突っ張って、どうやら生唾を飲みこんだみたいだった。もうわたしの存在なんて忘れたかのように感じ入っている、いかにも童貞っぽい仕草。

「強さはどう」
「お――おほぅ? っそ、そうだな、わ、悪くないな……」
「……触っただけなのに」
「うっせ! 早くシコれよっ!」
「早く終わらせていいんだ」
「やっぱりゆっくりでお願いします」

 ゆっくりやたって数分と保たないだろうに、ノームは見え透いた意地を張る。情けない懇願を受け流し、わたしは右手を握りこんだ。待ちに待った雌の柔肌に、ノームの広い背中がぎっしと強張るのがわかる。そのまま、みっちりと詰まった肉幹の質量を確かめるように、上から下まで握力強めにずり下ろした。指の輪をくぐり抜け、海綿体に閉じこめられた血量がさらなる勃起を促していく。硬質な彼の爪しか知らないちんぽは、それだけの刺激でも数度繰り返しただけで、真っ直ぐ芯の通ったように硬直を極めた。

「きもっ、ちいい……けど、もっと……」
「焦らない。すぐにイかせるから、集中して感じて。1発で全部出し切れるように、いつものオカズでも考えていて」

 続けざまに、ぷっくりと膨れた亀頭を包みこむ。くりゅ、すりゅ、ぬるる……っ。手のひらで転がすように敏感な粘膜を撫でさする。先走りだかオイルだか判然としない粘液を、人差し指と中指を中心に絡め直す。
 糸を引く感触を確かめつつ大開きにして、精液を送り出すためパンパンに膨れ上がった尿道を下から支え持つ。ちんぽの根本へ押しつけた手の甲はなるべく動かさず、指の脇で引っ掻くように下から上へ滑らせる。夢の中で見たナマケロ独自のやり方を再現しつつ、わたしの指の滑らかさをちんぽに覚えさせていく。
 ノームも余裕ができてきたのか、晴朗な声色を取り戻しつつあった。

「あ〜きもちっ。そうそうこれこれ、これだよこれ……。ソムニ、やるじゃん」
「なんで上から目線なの……。いつもこんなシコり方してたら、将来雌と交尾できなくなるかも」
「エッそうなの!? こえー……!」
「知り合いのダーテングがね、コノハナになったとき念願の両手で毎日ヌいてたんだって。しばらくしてダーテングに進化したんだけど、うちわの両手じゃあうまく掴めずにイけなくなった。どうにか葉っぱのソフトタッチでヌけるようになったんだけど、せっかくできた恋ポケ相手じゃ刺激が強すぎて、今じゃすっかり早漏なんだって聞いた」
「そーろー……、ってなんだ?」
「ノームくんみたいに、ちょっと触っただけでイっちゃうってこと。今わたしがやった感じでばっかりシコってると、この先大変かもね」
「……そういやさ、なんでオレのヤり方知ってンの」
「ア゜!」

 迂闊だった。当事者さえ覚えていない短期レム睡眠の内容は、それを食べたわたししか知らない機密情報だった。普段はこんなミス犯さないはずなのに、ほぼ初対面のガキのちんぽを手コキしているという異常事態に、すっかり動転しているらしい。
 年下なんかに気を遣って無駄な会話を挟むんじゃなかった。これ以上粗探しされると面倒なことになる。ちんぽの付け根で尿道をくすぐっていた人差し指と中指を2本、ラムのみみたいな形をした亀頭を下から支えるように挟みこむ。指の腹でやんわりとカリ裏を押し上げながら、ゆっくり前後に揺さぶってやる。そこだけ重点的に、ゴシゴシと溜まった汚れをこそげ落とすような動き。刺激が強いんだろう、「ぅお、っぐ、ぉ゛……」なんて低く呻いてノームは腰をよじったが、逃げられないよう左手で押さえつけた。ついでに鼠蹊部へ沿うように突き入れ、尨毛(むくげ)に覆われたちんぽの基部を指先で探る。

「タマ、まで、……ぅぅ゛、イジってくれんのか? ウっほ、こりゃタマらね……!」
「ちょっと黙ってて」

 縮れた体毛に隠されたふたつのしこりを掘り返すと、指の腹で優しく撫で転がした。右手とは対照的なゆったりさで、だぶつく皮の内側に隠れた陰嚢をくすぐっていく。カリ裏からもたらされる暴力的なまでの快楽刺激に混乱したザーメン保管庫へ向け、ノームに代わりわたしが甘美な射精の許可状を通達してやる。太古の大昔から眠るゴルーグを目覚めさせるスイッチを入れるように、陰嚢を裏側から押してみた。

「う!? ……ッぉお、ホぉあ……ッ!? これ、もう出る……っ! で、るぅぅぅ……! ほ、あァァ――」

 ちんぽへ纏わりついたわたしの右手を弾き飛ばさんばかりに、亀頭がぶわッと膨張する。すかさず手首を捻り、手のひらが裏筋のあたりを網羅するように包みこんだ。ちんぽが外れないよう、素早く上下に揺さぶりをかける。にゅちゅこ、こちゅ、こちゅこちゅこちゅ――ストロークが短くなる分、ノームが普段しているような2本爪オナニーでは得られない、膣奥を叩くときのような衝撃を亀頭へくれてやる。わたしの手がもたらす疑似性交感覚で脳を勘違いさせ、作り置きしておいたドロネバのザーメンをごっそりと吐き出してもらう。

「ほ、あ、あぁァァァ―――ゔヴウ゛ッ!!」

 指先に感じる陰嚢の上昇。役目を終えた左手で硬直するちんぽを支えた瞬間、どぐんッ! と射精が始まった。ノームの話によるとひと晩中シコっていたらしいが、精子製造工場は24時間体制で稼働しているようで、5、6発を草地へと吐き捨てるとようやく、先っぽから垂れ落ちるだけになった。
 種族にもよるだろうが、こんなにも勇ましい射精は初めて見た。ナントカウッキーよりもよっぽどいいものを披露してもらった例に、根本から先っぽにかけて5往復くらい強めに扱いて、輸精管にこびりついたザーメンまでこき出してやる。

「はい、終わり」
「……え?」
「え? じゃなくて。ヌいたんだからスッキリしたでしょ。広場に戻って早く寝て」
「そんなこと言われてもなー……」ノームは盛大な撃ち上げを終えて柔らかくなったちんぽを撫でながら、カボチャの上であぐらをかいて動こうとしなかった。「どうしよっかなー……」
「……どういうこと? またわがまま言うつもり?」
「オレ何かしてもらったっけ?」
「……呆れた」さすがにもう限界だった。ノームの前へ回って、左手で振り子をかざして突きつける。極力丁寧な言葉を記憶の奥底から引きずり出すよう、わたしは眉間に皺を寄せていた。「ならわたしにも考えがあります。トレーナーさんに相談して、あなたを――」
 
 キッとノームを睨みつけたたわたしは、せっかくかき集めた敬語を一瞬で放棄する羽目になった。憤慨やるかたないわたしへ見せつけるように、彼の股ぐらから精力漲ったちんぽが(そび)え立っていたのだ。
 思わず振り子まで取り落としていた。つい今しがたヌいてやったはずのちんぽが、なんで。
 すっかり調子を取り戻したノームの、実に頭が悪そうな声。

「やっぱり何もしてもらってない気がするんだよなあ。チンコはデカいままだしなあ……。『なあボッキー。オレ、ソムニに何かしてもらったっけ?』『ウウン、ナニもシテモラッテナイヨ!』……ほら! ボッキーだってそう言ってる!」
「ボッキーって何だよ!!」
「チンコの名前に決まってるじゃん!」
「チンコチンコ連呼するなクソガキ分かってるわ!! ああああもうぅぅ時間がないってのにぃぃぃ……!」

 ノームの告白を真に受けた後も、勃起が収まらないのはヤルキモノの爪が不器用なせいであって、いくらか心得のあるわたしがヌいてやれば、1日くらいは沈黙してくれるはずだと思っていた。愚かだったのは早合点したわたしの方。将来必ずやいけすかない狒々爺(ひひじじい)に進化するだろうオナ猿を黙らせるには、手コキなんかでは不十分だったのだ。
 油と汗と何やらでぎとついた両手を、カボチャの粗肌で乱雑に拭う。あぐらをかいて座るノームの脛を乱雑に払いのけ、閉じようとする鼠蹊部を正面から鷲掴みにしてガバっと開く。
 ――てチっ。
 勢い余って顔を近づけすぎたせいか、支えを失ったちんぽが鼻先へぶつかった。すでに鈴口へ再充填された先走りがわたしの眉間へ1滴垂れ落ち、その屈辱感と滲む羞恥に思いきり顔を(しか)めていた。挨拶がわりにどぎついセクハラをしてくるボッキーを睨み返す。
 とんでもなく悪辣な形相をしていたらしい、ノームの慌てた声が降ってくる。

「えっちょっとソムニ? オレのチンコ齧ったりしないでね?」
「うるさい」
「ひ……!」

 それもナイスな提案だが、あいにく血を見るのは苦手な方だった。人間のものに似た肉厚な舌をスプーン状に窪ませ、尖った下の歯を覆い隠す。喉奥を緩めるように大きく息を吐き出して、ついでに唾液で口腔内を潤沢に湿らせた。オイルが乾かないまま深紅にてらつくちんぽを引っ掴み、まだ雌体を知らないそれを口内へと導いていく。なだらかな(うね)の並んだ喉頭蓋と、盛り上がったタン元に狭められた肉の門、その奥まで咥えこんだ亀頭へ、嘔吐反射で波打つ喉肉の柔らからを教えこむ。

「おゥ!? ホ、お、うぉぉ……!」

 舌で包みこみながらのディープフェラに、困惑とわずかな恐怖の混じったノームの呻きが降ってきた。彼にとってわたしの口が、ちんぽに触れる初めての粘膜になるだろう。どんな初体験を妄想してきたか知らないが、わたしはお前の恋ポケでも初風俗の嬢でもないのだ。舌先でゆっくり撫でたり吸いついたり、根本から全体的に舐めあげたりだなんて、そんな甘々デリケートな奉仕をするつもりは毛頭ない。思春期真っ盛りのおつむでは思いつきもしないような卑猥な、それでいてちんぽ全体を温かく包まれる、元カレいわくセックスよりも極上の快感をもたらしてくれる全力フェラ。
 もはや八つ当たりだった。タイムリミットまでに事態が収集していなければ困るのはわたしだし、そもそも何でわたしがこんな目に遭っているのか納得できなかった。ならいっそ全ての元凶であるノームの脳が焼き焦げるほど快楽漬けにし、わたしのフェラを思い出してでしかヌけないような体に作り替えてやる。
 喉奥へ迎えこんだちんぽをベロと頬肉で寝かしつけること、およそ20秒。ここら辺で息が苦しくなってくるけれど、焦って鼻から吸いこんではいけない。どうせろくに洗っていないだろう雄の濃い体臭を肺いっぱいに取りこんでしまうからだ。脳が酸素を求めて反射的に気道を開くが鼻腔は塞ぎ、大気を取り入れようとする生存本能のままちんぽを吸い上げる。精巣からできたばかりのザーメンを直接引っこ抜いてやるつもりで、顔を上下させた。手でヌいてやった速度と遜色ない塩梅で――つまりノームが最もイきやすい条件を揃えてピストンしてやる。喉肉で亀頭へ吸いついて内圧を低下させ、煮えたぎって今にも吹きこぼれそうなザーメンの放水先はここだぞ、と雄の本能をそそのかす。
 酸欠になりかかった頭に、ジュ、ぼ、んぽッ、がっぽ、ずぽぽぽ――なんて、どこか間抜けな水音が響いて抜けていく。それに混じって聞こえる、わたしの背中に覆い被さるよう抱きついたノームのへっぽこな喘ぎ声。バキュームフェラは苦しくて慣れたもんじゃないが、わたしよりコイツがへたばる方が先だろう。

「やば、やっば!? ホうッンだこれ、気持ち良すぎるだろ……ッ!!」
「ふギュ!」

 そこいらの雌相手では味わえないようなちんぽ快楽に、ノームが腰を突き出した。亀頭で喉奥を小突かれるけど、それよりむしろ丹田へぶつけられた鼻が(まく)れ上がって痛い。顔を捻りわたしの鼻先を彼の腰横へ逃すついでに、じゃるり、とちんぽを舌でこそいでやる。不意打ちの回転方向の刺激にたまらずノームはわたしの背中を叩いて限界を訴えてきたけど、無視してえげつないフェラを敢行する。
 元カレのヴェンくんはまんこより、わたしの口でしてもらう方が好きだと言っていた。ストリンダーは大きく左右に分かれた雄性生殖器を1対備えている。向かって左のちんぽを喉奥まで咥えられ、余った方をわたしの右手でゆっくり扱かれるとすぐイってしまうらしい。しつこいくらいにねだられるものから、いつの間にかそればっかり得意になっていた。
 ヤルキモノ相手なら両手がフリーに動かせた。逃げられないよう腰へ回していた腕をさらに深く差し、赤くむき出しになった尻を両手で包みこんだ。さり……さり、すりすり、するり。ダダリンが揺らす舵輪のような軌道を描きながら、右回りに、左回りに、わたしの手のひらで温めるように包みこんでいく。情け容赦ないフェラとは対照的に優しく、同じ動きをしばらく続けていく。

「ホあッ!? け、ケツ、触っちゃ――、だ、あ゛、ぁ……!」

 見た目通り真っ赤に腫れた皮膚は敏感らしい、ちんぽが禍々しいほどまでに膨れ上がり、窮屈なわたしの喉肉をじんわりと圧迫する。快感に逆立っていた彼の背中の毛が、ぞわり、さらに勢いを増してしゃちほこ張るのが分かる。

「う、ホ、お゛ッぉぉぉ、でるッこれ出る、でる、で――」

 ――びゅるるるッ! びゅる、びゅ! びゅっ、どくどくどく……ッ。
 喉の奥へ熱くだぼついた粘液が吐きかけられ、じっとりと垂れ落ちていく感覚。にゅっぽん、と内圧の下がった口からちんぽが外される。もう窒息秒読みだからと焦って肺を膨らませると、喉奥にこびりついたザーメンが軟口蓋を塞いで大変なことになる。熱の塊が食道を垂れ落ちていく感覚を待って、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。口周りにこびりついた陰毛やら体液やらを、乱雑に拳で拭う。
 喉で感じたちんぽの振動回数と粘液の熱量から類推すれば、手コキで搾り取った量の2倍近いザーメンを飲み下したことになる。いったいどこに隠し溜めていたのやら。ひと晩中オナってたという彼の独り言も、あながち本当なんじゃないかって思えてきた。まあ、どっちでもいいのだけど。
 カボチャに座りこんだノームを見た。しつこいムラつきとおさらばしたのか、ちょっと顔を仰ぎ空飛ぶホエルオーを見たかのように呆けている彼へ、今週もまたカレーしか食べられないってさ、みたいな雑談をするときの顔を繕った。

「どう? 寝つけそう?」
「す、すげー……。雌ってすげーんだな……。いやすげーわ……」
「……分かってると思うけど、このことは誰にも言わないで」
「い、言わないって! こんなの言えるわけない……。あ!」ろくでもないイタズラを思いついたかのように、ヤルキモノの顔がいやらしく歪む。「そっそのかわり……アンコールっ! もっかい、もっかいやって!」
「バトル技じゃあるまいし、やるワケがない。ほらさっさと広場に戻って。トレーナーさんが起きてきちゃう」
「秘密にしておいてあげるから! ソムニはいきなりチンコを食べちゃう系のびっくりウッキーな雌んだってこと、誰にも言わないから!」
「図に乗るなよクソガキ……こっちはお前を殴って気絶させてもいいんだ」
「じゃあじゃあ、オレが考えた最新ギャグ、見せてあげるから! まだ誰にも見せてないやつ! いくぜいくぜいくぜ? ハイっ『じつはウソッキー』!」

 ウソッキーを真似て両手を左右に掲げ、動かなくなったノームはいい的だった。右手で固く握り拳を作る。中指と薬指の間に振り子の硬貨を挟み、インパクトと同時に掌底の追撃を食らわせる動作をイメトレしてから、ヤルキモノのアホ面をしたたかに打ち抜いた。
 渾身の右ストレートをもろに食らったノームは2、3歩よろけ、背後にあったおばけカボチャに腰掛た。真っ白に燃え尽きたように両腕を投げ出し、いい夢でも見ているのか穏やかな顔つきで気絶していた。
 初めからこうしておけばよかったな、とわたしは後悔した。




11/2(木) 


「……どうしてまだいるのかしら」

 寝ているポケモンたちのチェックに、ゴミ拾いと蝋燭の点灯。6:00の見回りを終えてカボチャ畑へ戻ると、そのひとつにヤルキモノが悪びれもせず腰を下ろしていた。ちんぽを勃てていないのがせめてもの救いだろうか。

「群れに帰ろうかとも思ったんだけど、またチンコがデカくなったまま戻らなくなったら大変だろ? それに頼られちゃったんだからしょうがないよな。このオレの『びっくりウッキー』! でみんなを和ませてほしいって」
「真面目に答えて」
「怖い顔するなよ……自信なくすだろ」鼻に刺さったキーのみを懐へしまって、ノームはトレーナーさんの常駐するテントを指差した。「なんか白っぽいフク? を着た人間がさ、ケンキュー? ってのに、協力してほしいって言うから」
「え」
「白くて全身を覆うフクがよー、なんかヤルキモノに見えなくもなくってさ。仲間の頼みなら、みたいな? いいよって言ったらそいつ、すっげー喜んでた。まーオレ? なんか他の奴らよりきのみ集めるの得意らしくて? それがすごいっていうか? これってつまり『さいのウッキー』!」
「うそ……」
「ということで、よろしくな!」

 考えてもみれば、彼がトレーナーさんの庇護下に置かれていたことは明白だった。おそらくナマケロだった2日前から目をかけられ、仲良くなるサブレを複数枚与えられていたんだろう。
 それなら精神の成長が追いつかないまま、ヤルキモノへと進化したのにも頷ける。例えば山火事が起きたりして食料や住処が壊滅し、運動能力と闘争心が必要な環境にでもならなければ、ナマケロの進化はまず起こり得ない。エネルギーの詰まったアメでも大量に給餌されない限りは。……というかノームって名前もおそらくトレーナーさんから貰っているものだろう。
 軽く眩暈(めまい)がした。性欲剥き出しのノームなら、人間であるトレーナーさんまで襲いかねない。とはいえ研究チームに参入してしまった以上、わたしが無理やり追い出すわけにもいかなくなった。ただでさえ不眠だってのに、さらに悩みの種を植えつけられることになろうとは。

「……それで。昨日はよく眠れたの」
「ぜんぜんムリ。明るくなるまでゴースと驚かしあって遊んでた」
「そう……。トレーナーさんのお手伝いをするなら尚更、このままではだめ。疲労を蓄積したままだと、仕事効率が著しく落ちるから。なにか寝つけるような工夫はした?」
「いや? そういうのぜんぜん分かんねーし……」
「アロマはどう? いい匂いは心地よい眠りに導いてくれる」
「アロマって花のにおいがするやつ? オレさぁ花粉症なんだよね……。鼻ムズムズするの嫌っていうか。花だけに」
「…………」その生意気な顔面へグーパンをお見舞いしそうになる右腕をどうにか宥めて、わたしは聖母の微笑みを堅持する。「それなら……そうね、寝る30分前にモーモーミルクを温めて飲む、とか」
「えっあんたまだミルクとか飲んでるんだ? ママのおっぱいが許されるのは未進化までだよ」
「お前も進化したばっかでしょ……」

 心地よい音楽をかける。頭頂部にあるツボを押す。30分程度の半身浴。軽いストレッチをこなしてから横になる。入眠を補助する方法はいくらでも思いついたが、どれもノームに有効な手段だとは思えなかった。彼が精神的にも成長し、ヤルキモノの体に慣れる。それこそが唯一の正解択なのかもしれない。
 わたしの座るカボチャの真隣へすり寄ってきて、ノームが耳打ちしてきた。

「ところでさ……昨日のこと、なんだけど。今は落ち着いているけどさ、オレのボッキーがまだヤる気マンマンキーみたいでさ……。アレ、またやってよ」
「わたしのことなんだと思ってるの」
「え、みんなのチンコを元に戻してあげる係なんだろ?」
「……よし、そのままアホ面晒しておいて。今度は永眠させる」

 指の間に硬貨を挟み、固く握った拳を振り上げる。昨日ノームはわたしの〝振り子パンチ〟で気絶し、念力で広場に転がされたあと、トレーナーさんが寝顔を写真に収めるまで昏倒していてくれた。
 アカデミー時代バトル学の実技で催眠術の効かない相手には、とりあえずこの拳に炎やら氷やらを纏わせては殴りかかっていた。スリーパーは特殊技と同じくらい近接戦闘も得意なのだ。威力にはそこそこの自信がある。
 暴力反対!! なんておどけるノームを横目に、わたしは声にもならない盛大なため息をついていた。

 ネロリ博士が醜態を晒した学会発表から、4年。実に4年ものブランクは、博士がいかに研究者としてふさわしくないかを証明するには十分な期間だっただろう。彼が熱心に励んだサーベイは、カビゴンに与える料理のレシピと種族ごとに好むお香の調度法に関してくらいだった。案の定というかなんというか、目標に掲げていたリリース開始日になってもキャンプ地は荒れたまま、カビゴンから睡眠データはろくに採取できず、お手伝いポケモンたちは誰の乳を絞ってモーモーミルクを持ってくればいいのか分からなかった。
 現在リサーチが軌道に乗っているのは、わたしのトレーナーさんが身を粉にして働いたからだ。研究開始日を明確に定め、それまでに荒原の雑草を刈り入れ、睡眠シンクロ装置を改修し、乳搾りのためのミルタンクを手配した。そんな彼女にわたしは必要最低限の睡眠を提供したりしながら、どうにかローンチに漕ぎつけたのだ。
 トレーナーさんは多くの歳月とこれからのキャリアを賭して、このプロジェクト成功に尽力してきた。学会との規約上直接携われないわたしも、陰ながら彼女のライフワークを支えてきたつもりだ。中でもポケモンたちの悪夢を取り除いて安らかな寝顔を浮かび上がらせるのは、スリーパーであるわたしにしかできない貢献なのだと、どこか気骨に感じていたところもあった。
 だというのに、何気ないノームのからかいが耳の奥で反響していた。「みんなのチンコを元に戻してあげる係なんだろ」――全くそうだ。夢を食べるスリーパーの生態を知らない彼からしたら、わたしが淫夢を消化するのも手コキやフェラでちんぽを宥めるのも、どちらも同じ性処理として映るのか。なんだか今までわたしの積み重ねてきた実績がどうにもみっともなく、下賤で、あばずれたことのような気がしてならない。
 ――まあ、いいか。それでも。
 あのときわたしが咄嗟にちんぽを掴んでいなかったら、興奮したヤルキモノは広場で寝ているポケモンたちを襲撃、今頃プロジェクトは崩壊の一途を辿っていたかもしれないのだ。ならわたしのすべきことに変わりはない。こんなことでもトレーナーさんの輝かしい研究成果の(いしずえ)になるのなら、わたしは喜んでちんぽの世話係を買って出よう。
 昨日はその場の勢いで手コキとフェラを敢行したけど、わたしの越権行為が露呈する危険性は可能な限り排除しておきたかった。どこか隠れられるかつ、あまりトレーナーさんと離れないで済むような場所は……。
 該当する物件が1ヵ所だけ、思いつく。

「……着いてきて」

 トレーナーさんはハロウィン期間に合わせて、良いキャンプセットを拝借している。グランピングというそうだ。煌びやかな電飾で着飾ったドーム状のテントには家電一式が揃っており、覗かせてもらったところ厚手の絨毯に暖炉まであった。今ごろ彼女はフカフカのベッドでより良いドリームライフを送っているだろう。
 普段トレーナーさんが使っているひとり用テントは、カボチャ畑の隅っこでひっそりと佇んでいた。ハロウィンが終わればまた出戻るのだし、雨も降らなければ風も滅多にそよがないワカクサ本島の気候なら、1週間くらいそのままにしておいて問題ない、というのが彼女の見解だった。
 寂しげなテントにノームを押しこんで、わたしも体を滑りこませる。外へ顔を突き出しては目を走らせ、誰にも見られていないことを入念に確認してからチャックを閉じた。
 日用品などの必要な道具類は持ち出され、テントの中はきちんと整頓されていたけれど、スリーパーとヤルキモノが詰めこまれただけで窮屈さを感じるほどには手狭だった。黒い霧を吐くゴースたちのせいで明け方にもかかわらず太陽光は弱く、当然一枚布の内側はさらに薄暗い。物珍しげに人間の道具を手に取るノームを押しやって、残されていた電気式のランタンを灯す。ポケモンのわたしでも扱える、つまみを回すだけの簡単なやつ。
 数日前までトレーナーさんの使っていたシュラフを解き、断熱防寒用に敷かれた銀マットの上に広げていく。わたしはそこへ腰を下ろし、一段高くなっている台――おそらくカボチャを彫刻するために運びこんだ工具箱を指差した。

「じゃ、そこ座って」
「はーい。だいじょぶゥッキー!」
「それやめて」

 トレーナーさんに仕事が優秀と認められただけのことはある。エロについてもノームは飲みこみが早く、2度目だというのに手コキされる姿勢も様になってきていた。ヤルキモノらしく片手で天井の骨組みを掴み、発達した大胸筋を開いて屈強さをアピールしながら、紅白のコントラストによりちんぽの肉色をより鮮やかに見せつけてくる。
 昨日の残りのオイルを右手へ垂らし、亀頭を傾けた半勃ちちんぽを掴む。これだけの長さがあれば前からやるにも申し分ない。産毛を馴染ませた手のひらでゆったりと包みこみ、にゅちっ、しゅちッ、にゅるンっ、先端から根本までを丁寧に摩擦していく。5本の指をリククラゲの触腕のようにうねらせて亀頭をつまみ、手首を返して尿道をくすぐりつつ油を塗り広げ、指先で睾丸を包みこむように温めてから、また先端へと戻っていく。振り子のような安定したリズムはこちらから快感を与えるというよりもむしろ、ちんぽが自ら勃起していくのをお手伝いするような緩慢さ。敏感なカリ裏や裏筋にはあえて触れず、ノームが完全な勃起をひとりで達成するまで見守ってやる。
 揺り起こすような手コキを続けたまま、低い位置から顔をすり寄せると、わたしの長い鼻とちんぽがぶつかった。鼻梁でカリ首を持ち上げるようにしながら、うっとりと目を細めるノームの顔を見上げる。小さく拍動したちんぽから先走りの1滴がひり出され、わたしの眉間にぬりゅりと鎮座したが、気にしない。

「ふッ、ほぅ……? なあ、おい。そんなすると顔、汚れるぞ……? ゔッ!? ぐ……!」
「……」

 違和感を覚えたようで神妙な顔つきになったノームには答えず、わたしはさらに顔を近づける。右手で支えたちんぽへ(ひさし)をかけるように鼻を重ねると、その場で肺いっぱいに息を吸いこんだ。煮詰められたノームの雄臭さで脳が痺れる。頭がくらくらする。今まで食べてきたどんな淫夢よりも強烈な、野趣あふれる濃縮された雄の風味。それを噛み締めながら彼の顔をじぃと見つめた。わたしにシてもらうつもり満々だったノームは1日禁欲してきたらしく、切なそうに目を細めてはわたしの一挙手一投足を脳裏に焼きつけているようだった。
 ――ちゅ。
 見下ろすノームの視線は鼻に遮られ、わたしが肉厚亀頭へ落としたキスはかすかな水音しか聞こえなかったはずだ。ちゅぷ、にゅちゅ、ちゅッちゅ……啄むような淡い接触を繰り返していると、再び鈴口へ浮き上がる欲望のひとしずく。すっかり黙りこくってしまったノームへ妖しげに流し目を送りつけ、忍ばせた舌先で先走りの粘液を掠め取った。
 声の震えはみっともないと思っているんだろう、ノームは快感をひた隠して自然な声色を繕っていた。

「なんか、やり方ちげーんだな……。昨日のがこう、気持ちいい! って感じがしたっていうか」
「……」

 ノームの感触は何も間違っちゃいなかった。射精させるためだけの手コキは肉体的な刺激こそ強いものの、恋仲の相手にやるようなものではない。機械的にヌくことが目的の業務用手コキは、いかに短時間で雄を射精たらしめるかが重要な目的になっているからだ。
 にゅろ、にゅろ、にゅろ……ちろちろちろッ。わたしの鼻筋で隠れているのに(かこつ)けて、淫蕩すぎて目に毒な舌捌きで鈴口をほじくり返す。下唇で裏筋を重点的にはむついてやれば、逞しく割れたノームの腹筋が小刻みに痙攣を繰り返した。分かりやすい反応をしてくれる彼へ、わたしは1度顔を外してやる。ちょっとしたヒント。射精に繋がる摩擦刺激も与えられていないはずなのに、鼻柱の裏から現れたちんぽはかつてないほど痛々しく勃起していた。わたしの唾液と先走りに塗れた亀頭はカリ首を広げて威嚇するように腫れ上がり、ほぼ垂直にまで雄々しくせり勃った肉槍は、その表面に野太い血管を幾重にも血走らせている。
 立派に育て上げたちんぽを右手で緩慢に擦りながら、ベロと唇で全体に甘い刺激を蓄積させていく。雄幹へ舌を這わせ、カリ肉を唇で弾き、亀頭を吸い上げる。
 彼の股間へ顔を埋めたまま、わたしはそれとなく姿勢を崩していった。シュラフへ跨るよう後ろ足を滑らせ、目いっぱい開いた足指で銀マットを掴む。四つん這いになってつんと突き上げた尻は、風にそよいだペンデュラムみたいに小刻みに左右へ振らしている。胸下から左手を股へ持っていって、まんこに触れた。縮れた毛束からクリトリスを探り当て、たん、たん、ッた、たたッ。指先で軽いノックを数回。音は聞こえなかっただろうけど、ノームへ見せつけるように掲げあげた尻は鮮烈なクリイキの前兆にぷるぷるぷるッ、と脂肪を震わせたから、気づかれてないはずはない。
 どこかで夢見てしまっていたんだろう。クソガキとはいえ有能な彼なら、わたしの要求も汲み取ってもらえるんじゃないかって。すっかり黙りこんでしまった彼へ、わたしのよだれでテラつく長ちんぽを顔面にべっとりと貼りつけながら、囁いた。

「フっ、ふー、はぁぁ……ッ。なんで、違うか、分かる?」

 わたしが、発情、してるから。
 回答こそ明確だろうけど、ちょっと意地悪な聞き方をした。メトロならすぐにしっぽを垂らして、くーん、なんて捨て犬みたいな哀れみの表情を見せたかもしれない。偏見はよくないけど。
 ノームは違った。何かおちゃらけたギャグでも言おうとして開いた口は、青っぽい口臭をかすかに漏らしたまま動かない。ごくり、喉元の筋が1度大きく突っ張って、生唾の塊が腹底へ転げ落ちていくのが分かる。
 それが胃へ到達するのも待たずにわたしの両肩を掴むと、そのために敷かれたシュラフへ、わたしを押し倒した。

 いかにも誠実な愛を育んでいそうな、例えばイエッサンのカップルがいたとする。トレーナーに従事する彼らはボウルタウンのポケモンセンターに勤務し、診察補助や荷物運搬、時には赤子の見守りなど、それぞれ人間の世話を焼いて回る。廊下ですれ違ってもお互い会釈する程度。夕暮れからの自由時間ではいつもの公園で待ち合わせ、手を繋いで美術品を眺めつつ散策し、行きつけのカフェに立ち寄ったりしながら、夜。ポケモンたちにあてがわれた、そう広くない部屋に籠ってふたりきりで過ごす。帰り際に新しく買ってみた茶葉を淹れ、読んだ本についてあーだこーだ語り合ったりする。バトルを嗜むなら技や戦術を相談したりして、次の休日はジムで野良試合でもやりませんか、なんてトレーナーへ掛け合いにいってもいい。そんな幸せな日々を送っている。
 そういう彼らでも、いやむしろ清らかなカップルこそ敏感なはずだ。あ、このあとセックスするんだな、という感覚に。
 それはおしゃべりに興じるお互いの顔がいつもより数ミリほど近いことだったり、小さく笑った相手の唇がやけに艶っぽく見えたり、カップを持った手の小指が所在なさげに宙を掻いていることだったりするんだろう。言葉はなくとも、仕草や表情の端々に欲望の片鱗が現れていて、本能的に感じ取ったそれらを積み重ねた先でようやく、純愛から性愛へのスイッチが入る。どちらからともなくカップを置き、そのまま手指を絡ませ、唇を近づけ、抱き合っては押し倒す。そこにイエッサンらしき理知的なプロセスは介入せず、ただ剥き出しになった肉欲だけが胎動している。

 押し倒したわたしの肩を掴んだまま、ノームが見下ろしていた。半開きの口から熱く吐息を逆巻かせ、ギンと開いた三白眼は血走り、威嚇しているのかと見間違えるほど地肌から上気している。単にちんぽを舐められていたときとは違う、これからセックスするんだって本能で理解した雄特有の、獣欲に塗りつぶされた鬼気迫る表情。
 そんな彼以上にわたしは、凄まじくすけべな見てくれになっているんだろう。ちんぽを舐めただけですっかり発情し、ほぐす必要もないくらいまんこを湿潤させ、それを白状するように放り出された股関節はわずかに震えている。黄金色の産毛越しにもそうと分かるほど紅潮した顔をわざとらしく片腕で遮り、あなたの籠絡した雌ですよどうぞその逞しいちんぽで貫いてくださいと言わんばかりに、眼前の雄へ潤んだ瞳で媚びまくっている。
 押し倒したはいいものの固まってしまった彼の上体を押し返し、そっと、股を開く。周囲の陰毛は湿度で束になってへばりつき、あまつさえ開いた内腿には粘液が糸を引いていた。むわッ――たったそれだけで、テントの中の湿度がいくらか増した気がした。
 なんでフェラの仕方が違うのか? これが答え。
 
「すげー……」

 食い入るように覗きこむノーム。クソガキ丸出しの感嘆も気にならなかった。開かれた口からはあれだけしつこかったギャグのひとつも出てこず、よだれがひと筋、つ、と垂れ落ちて、わたしの太ももの内側でミミズズみたいにのたくった。彼の吐息がまんこにかかって、それだけで膣から蜜液が湧き出してくる。
 テントの密室が沈黙したのは、一瞬だったと思う。どちらともなく焦り、逸り、腰をすり合わせて毛皮どうしがじゃれ合うかすかな音。もはや言葉で確かめる必要すらない、お互いの弾んだ息遣い。
 この期に及んで一瞬、わたしからの許可がないことに後ろ髪を引かれたらしい。獣欲の隙間に逡巡の光を灯した瞳がわたしを見据えていた。
 憧れに焦がれた大人へのステップ、その最後の1段を踏みこむ背中を押すように、わたしは囁いた。

「――――来て」

 掠れ出た声が聞こえたかどうかも怪しいうちに、まんこに当てがわれた灼熱が、ずんッ、ひと息でわたしを貫いた。





 言い訳を、させてほしい。
 今朝ノームに出くわす前も夢を食べた。とんでもなく淫らな夢を、それもふたり分。
 ひとりはメトロだった。彼がピンク色の夢煙を立ち昇らせているのはわたしが知る限り初めてのことで、「波動に頼らず気持ちが分かるようになれ」なんて言った手前内容をカンニングするのはかなり気が引けたけど、とんでもない性癖の持ち主だった場合その夢を食べたわたしが食中毒になる可能性だってある。どんな秘密でも墓場まで持ち帰る覚悟を決めて、ずいと目を凝らした。
 夢の中で相手しているのは遠慮もなくわたしで、ルカリオをあやしながら右手で亀頭球ちんぽを緩く掴み、根元のコブまで丁寧に慰撫するような手コキをしていた。「もうイきそう? 出そうになったら、好きなときに出して、いいんだよ」なんて、おねショタ同人誌でもなかなか見かけないセリフを恥ずかしげもなく囁いていた。
 メトロの方はというと、わたしの豊満な首毛にマズルを突き入れて、地面に埋めたおやつを掘り返すみたいに、懸命に乳首へ吸いついているようだった。
 陸上もしくは人型グループの雌に特徴的な、胸の膨らみ。ニドクインやミルタンクでは顕著な身体的シンボルが、スリーパーのわたしにもある。胸囲に揃った白の体毛は雄よりボリュームがあって、彼女たちほどには目立たないようになっているけど、両手で寄せれば谷間ができるくらいには脂肪がついている。どういうわけか人型グループに属する雄はおっぱいがお気に入りらしい。エレズン帰りしたときのヴェンくんもよくリクエストしてきたから覚えている。わたしとしては気持ちよさ以上に恥ずかしさと虚しさに、何やってるんだろ感が優ってちっとも分からなかったけど。
 コットンガードのような夢のひとつまみを口に放りこんでみると、予想よりも甘ったるく飲みこめたもんじゃない。食べきるにはリラックスカカオへそのまま齧りつかなければならなかった。
 もうひとりはカビゴンの夢に誘われて来たコイルだった。性別のない彼らはそういう夢を見ないはずだと思いこんでいたけれど、夢の中に集まったコイルたちは両手の磁石を噛み合わせ、銅版工場の生産ラインさながら機械的なピストン運動を繰り返していた。これがエロいようにはどう性癖が捻じ曲がっても見えなかったけど、お手伝いのレアコイルが物陰でそんなことをやっていたから、まあそうなんだろう。ふやふやと浮かぶその夢を指でちぎって、舌に乗せる。味はお土産でもらったイッシュ産のグミの味がした。寝相もひどいもので、頭のネジが外れて油が漏れていた。……確かコイルたちが持ってくる食材ってピュアなオイルだったはずだけど……違うよね。ピュアって言ったってそこまでエクストラバージンなことないよね。
 ともかく、誰かの淫夢を食べるとムラムラするのだ。考えてもみれば当然のこと。他のポケモンたちが夢精なり夢イキなりで発散するはずだった性欲を、わたしがひとえに引き受けているのだから。
 頻度は月に1度あるかないかだが、どうしても気の紛ない場合はトレーナーさんが寝ついた深夜、外縁の雑木林でコソコソ隠れてオナニーしていた。そういうとき思い浮かべるのはメトロでもヴェンくんでもない。わたしの催眠術を跳ね返し、屈強な腕で組み伏せて犯してくる雄。それはアカデミー時代の友だちのグレンアルマがつがいに選んだダーテングだったり、顔を一度見ただけの引っ越し業者のエレブーだったりした。妄想の中でわたしは奪われた振り子の弦で両腕を頭上で縛られ、まんこを葉の団扇でいやらしく撫でられては、容赦のないちんぽのピストンに重ねてクリトリスへ電撃を流されるのだ。ガタイのいいイケメンに犯されるシチュエーションが最高に興奮したし、最高に気持ちいい絶頂をわたしへもたらしてくれた。
 そんな欲求不満の生活を3ヶ月――いや、恋ポケのいなかった期間を含めれば4年も続けていれば、相手が2日前に出会ったばかりのクソガキだろうとちんぽを入れて欲しくてたまらなくなってしまう。タマゴグループも一致していないのに、その強靭な肉体をぶつけ、わたしを快楽の極北まで連れていってほしい――、と、叶うはずもない夢を見てしまう。

「すげー……、すげーなセックスって。今オレ感動している」
「わたし、も……。ノームくんの、ちんぽ……。すっごいな、って……」
「……。雌がチンポとか言っちゃうの、なんかすっげーエロいな……」

 初めて結びあった粘膜の具合を確かめ合うように、にち、にぢッ……、ずぬッ、ノームはわたしの腰を両腕でがっちりと抱えこみ、慣れない動きを繰り返している。ちんぽ、なんて生やさしい淫語を耳にしただけで、びくッ、名前を呼ばれたみたいに腹の中のボッキーが返事した。
 初体験のシミュレーションは入念に重ねてきたんだろう、童貞を捨てたばかりだというのにノームの腰づかいはしっかりと勇ましかった。剥き出しになった尻からも見てとれる隆々とした大臀筋、そこを締めてお見舞いしてくるピストンはわたしの膣奥までしっかりと快感を響かせ、4年ぶりの生セックスを思いださせてくれる。早くも射精を堪えているんだろう、童貞らしく腰を引くときはゆっくりだったけれどその分、ヤルキモノの頬毛のように張り出したカリ首がわたしの(ひだ)肉を1枚ずつ弾いていった。ダウナーのストリンダーであるヴェンくんのちんぽでは味わえなかった抜き際の刺激が、元彼と比較するわたしの意識を新鮮に塗りつぶしてくれる。

「んッ、ん……、ぉ゛――ふッ、っぁあ……ああッ」
「あんた、さっきから……ほゥっ、なに、やってんだ?」
「……っ、?」

 腰の動きを止めたノームの視線は、わたしの胸あたりに注がれていた。――しまった。彼と似た純白の被毛の裏へ忍ばせたわたしの指は、そこに隠された突起を挟んでは転がしていたのだ。
 ヴェンくんは前戯でしゃぶりつきはしたが、繋がっている最中は滅多に触ってくれなかった。物足りなさを埋め合わせるためわたしは自分で(いじく)っていて、それがいつの間にか癖になっていたらしい。ノームに突っかかられるまで半ば無意識に、体毛で隠れていることにかこつけて浅ましく勃った乳首を、わたしの指は円を描くようにこね回していた。
 無意識に暴露していた癖を見破られて、なぜだか顔が恥辱の熱を帯びる。

「そこが、いいんだな」
「だとしても、あなたに触られ」たくはない。睨みつける前にノームの爪が伸びてきて、被毛に隠れたわたしの乳首を的確に弾き飛ばした。「――ッはッぁ!?」

 わたしが指2本で挟むように捏ねていたのを、仕事ができる彼は見逃していなかった。普段は産毛に隠れて存在感を消しているのに、いざ刺激されれば乳輪はぷっくりと膨れあがり、赤子が吸いつきやすいように乳頭はしこりを帯びて勃ちあがる。わたしの反応からいきなり爪を立てるのはよろしくない、と賢くも学んでいたノームの爪は、乳首を外堀から埋め始めた。かり……かり。ジャポのみが弾けないよう、慎重に果粒を外していくような巧妙さ。滑らかで硬質な爪を大きめに開き、敏感に成り果てた乳首には直接触れず、乳輪をなぞるよう爪先で円を描く。しょり、しょり、しょり、――かりかりかりッ。
 それを、わたしの体感で10分は続けやがった。

「はっ、はーーー……ッ、はー…………。も、それ、やめ、乳首、触って――」
「えー、どうしよっかな。昨日オレがやめてって言っても、やめてくれなかったじゃん」
「それ、はッ、気持ちよく、なれる、から……。はーーーッ、ちくび、じゃ、イけな、ふッ、はぁぁぁぁ……」
「エロ……。ソムニってもしかして、すげーエロいんだ」

 その顔に見合わぬほどノームの手つきは繊細で、腹が立つほどに乳首責めが上手かった。けどさすがに長すぎる。くすぐったいほどの焦らしに耐えかね、まごつくわたしの反応が純粋に面白いんだろう。ウケないギャグを連発していた頃と同じ、ノームにはムードを維持するだけの色気は早かったか。
 せっかくいい体をしているのに、やはり中身はクソガキだった。わたしが上になってもう終わらせてしまおう。発散できなかった欲求はいつも通りオナニーで解消すればいい。わたしが興醒めしかけたタイミングを見計らったかのように、期待を募らせていた乳首を爪でいきなり挟まれ――くりくりぐりっ! わたしがいじっていた強さそのままに()ねられた。

「ふ――――」目玉がひっくり返るかと思った。とっさに両手で口許を押さえつける。「ゔぅ゛ぅ゛ぅ゛ッ――!! ゔ、ゔ〜〜〜……!」
「すっげー、マンコめっちゃ締まる……。エロすぎだろ……」

 可愛いはともかく、元カレにもエロいだなんて言われたことはなかった気がする。乳首で軽イキしたわたしの脳が、不躾な褒め言葉にも構わず幸福物質を大量に不法投棄していた。エロい、エロいとノームがしきりにつぶやくたび、おざなりにされていたまんこはぎゅんぎゅんと締まって、乳首よりも断然深い中イキへ達したいと訴えてくる。
 びっくりウッキーみたいに頭の両脇へ腕を投げ出せば、ノームは速やかにわたしの意図を汲んで手首を握った。重心が頭の方へ傾いたことで、乳首責めの最中も萎えることを知らなかった長ちんぽがさらに深く届くようになる。片足を彼の腰へ引っ掛けると下腹部の密着感が増し、傾いたまんこから溢れる粘液がわたしの尻の毛まで湿らせていく。
 ――とちっ、とちゅんっ、とちゅとちゅとちゅんッ!
 股関節を器用に使う必要のある前後運動から、本能のまま腰を突き出すだけで十分に気持ちいい上下運動へ。体位のわずかな変化にもノームは敏感に気づき、柔軟になった腰をすぐさま打ちつけ始めた。

「――あ゛ッ! ふゔッ、ゔ、ゃゔッ! ッふ、ふーーーっ、ふゔゔぅッ、あっあっあっあっああああッ――うぉ゛、ゥゔゔゔゔッ!!」
「ソムニっ、声までエロ、いんだなぁ……ッ。うっ、ぐ、ほウッ! チンコ、溶ける……! 」

 相変わらずストロークは短かったけれど、その分小刻みに腰が振り下ろされる。奥まで届く亀頭で背中側の膣天井を徹底的に小突き回され、わたしは着実に甘美なまんこ絶頂まで追いやられていく。快楽が蓄積されていくにつれわたしの喘ぎも情けなくうわずってしまうのに、手首を押さえつけられて口を塞ぐことさえままならない。さっきまで童貞だったクソガキにあっけなく追い立てられ、恥辱に涙ぐんだ瞳で力なく睨みつけているくせ、バカ正直なまんこはザーメンをせがむようにきゅっきゅと長竿を締めたくる。
 このまま中出ししてほしかったし、許可さえ下せばノームも間違いなく濃厚な白濁液をわたしへ恵んでくれるだろう。お互いこんなにも目的を一致させているのに、スリーパーとヤルキモノでは命の枠組みがすれ違っている。いくら彼が無責任に子種を注ぎこんでも、タマゴが作られることはない。そういうことも後できちんと教えなきゃいけないけど、今わたしたちがしているのは快楽目的のためのセックスなんだから、このまま最後まで。

「ん゛ッ、んお゛ぉ゛ぅッ、ふゥ゛っ、ふッ、ふぅぅ――、はぁッ、はッ、よご、汚したく、ないから、そのまま――んゥ゛ゔゔゔ、ゔぁ――」
「う、う、ほぅぅッ、ほぁぁ……! おッ、おっ? うほぉぉぉ……!」

 ノームがわたしの腰をがっちり掴んで引きつける。お互いの陰毛が絡み合うほど直結すると、挿入角度が上振れたのか極太亀頭が膣の最奥をどちゅん、と押し広げ、そり返ったカリ肉が子宮口蓋を持ち上げた。わたしの膣に合わせてオーダーメイドしたかのようなフィット感。相性100%のちんぽがもたらす未知の法悦に、わたしを抱いていてる雄は同族のスリーパーなのだと勘違いた子宮が、種族繁栄の血統主義を声高に叫んで打ち震える。
 解放された手の甲で口許を覆い、無様なアクメ声がこれ以上漏れないよう牙を突き立てていた。





 汚したくないから中に出して、なんて言っておきながら、銀マットはわたしの垂れ流した愛液で異様にぎらついていた。枕元にあったタオルを拝借し、濡れそぼったシュラフともども粘液を拭い落としていく。本当ならば干しておきたいが、そんなところを誰かに見つかりでもしたら「おねしょしました」なんて誤魔化すしかないだろう。そうなるくらいなら舌を噛みちぎって死んだ方がマシだ。

「なー……」
「なに」
「その、よー。さっき、なんであんなに苦しそうに声出してたんだ? 手で塞ぐから、ああなるんだぜ?」
「……」

 脱童貞の高揚感も次第に落ち着き、勢いでやってしまったセックスの事後がよほど気まずかったのだろう、場を埋めるようなノームの何気ない疑問に、しかしわたしの手は止まっていた。純白のタオルにゆっくりと暗い染みが広がっていくのを見つめながら、ちょっと昔のことを思い出す。
 わたしが笑わなくなった理由はただひとつ。まだ幼い頃、トレーナーさんを怖がらせてしまったことがあるから。
 忘れもしない、高等部の宝探しプロジェクトの終盤戦。エスパータイプのジムリーダーから辛勝をもぎ取り、地元ベイクタウンの風光明媚なバトルコートで進化を果たした直後だった。当時からスリープにぞっこんだった彼女は他のポケモンを手持ちに加えたこともなく、つまりわたしたちは概して進化後の姿が逞しくなることを知らなかった。いや、生物学の授業でスリーパーがどのようなフォルムをしているかは熟知していただろうけど、笑ったわたしの口に鋭利な牙が生えそろっていることまでは学習していなかったらしい。
 勝利の余韻も冷めやらぬまま振り返って抱きつこうとしたわたしは、トレーナーさんの顔が一瞬強張るのを見てしまった。そのときはさして気にも留めなかったけれど、アカデミーの寮に戻り、洗面所の鏡を見てわたしはその理由を悟った。
 わたしが笑うと、トレーナーさんを怯えさせてしまう。
 それからはピクニックのサンドウィッチも手でちぎってから食べるようになったし、ほとんど口を開かないで喋る練習もした。フェラをするときだって大きな鼻に隠れるよう、ヴェンくんから口許が見えない顔の角度を研究する徹底ぶりだった。
 心と体は緊密に連動している。体調が優れなければ心は晴れないし、大切なひとが亡くなれば自然と涙は溢れてくる。わたしは笑わなくなったことで、楽観的な価値観をことごとく排除してしまっていた。夢を見なくなったのも、おそらくこれが最たる原因なんだろう。
 こんなデリケートな話、ノームにしてやるつもりはなかった。振り返って、体を折り曲げてテントの骨にぶら下がる彼を睨みつける。危ない降りろ。

「1回抱いただけでもうカレシ気取り? 調子に乗って変なことしていたら、この牙で噛みちぎってた」

 にパっ。
 長い鼻よりもコンプレックスになっている口を大開にして、ノームへと見せつけた。せっかくのハロウィンなのだから驚かせてやろう、くらいのつもりで。
 目を丸くしたノームはテントの骨から降りて、わたしの鼻を摘みあげるようにして歯列を覗きこんできた。においを嗅がれているようで背けたくなるが、わたしから仕掛けておいて取り下げるのは道理が通らない気がして、歯科検診のときみたいに固まっていた。鼻を掴むな。

「見かけによらずワイルドな口してんのな。じゃ、オレのはどーよ」

 わたしの眼前へ突きつけられた丸顔は、彼が唇を捲りあげるように突き出せばその下半分が全て口になった。だらしなく垂れ伸びた喉ちんぽまで見せびらかし、ツバが垂れそうになると「ぁべッ」と舌足らずな声を漏らして啜りあげる。押し倒される途中で嗅ぎとった青っぽい口臭が再びわたしの鼻をついた。
 閉じていてもはみ出している上の犬歯に準拠して、他の歯も軒並み鋭さを誇っていた。ナマケロ時代は自分の体に生えた苔をこそいで舐めとるような食性だったはずなのに、進化するとその運動量に見合うだけのエネルギーを獲得すべく雑食になったのか。これなら、わたしみたいに夢を食べることだってできそうだ、なんて、場違いな空想が頭をよぎった。
 顎が外れそうになったのか、ノームは慌てて口を閉じるとそれを誤魔化すように笑って、馴れ馴れしくわたしの肩をバシバシと叩く。

「口の形は一緒だし、カビゴンの眠気に誘われねーし。オレらも案外似たもの同士だな、へッ」
「……はぁ」何を言っているんだこいつは。盛大なため息が出た。「寝ぼけないで、早く広場に戻って。起床時間が迫ってる」

 神経質なピクシーにさえ気づかれないほど慎重に、テントのジッパーを開いていく。広場に静寂が保たれていることを確かめてから、後片付けの邪魔になるノームを掃き出した。シュラフに体液はもちろん、わたしの毛1本さえ残したくない。汚れを念入りに拭い去ってから、元通り畳んで端に寄せておく。充満したにおいでわたしの不義が露呈したらアホらしい、しばらくはテントの出入り口をメッシュにしておくべきだ。拝借したタオルは捨てさせてもらう。
 2分ほど間隔を置いてわたしもテントを抜け出した。振り返るとなんだか内側が妙に明るい。ランタンの灯りを消し忘れたことに気づいて慌てて顔を突っこみ、伸ばした指先でつまみをOFFにした。




11/3(金)【祝】 


 昨日はイレギュラーが起こった。毎晩24時きっかりに「おやすみ」を言いにくるトレーナーさんが、いくら待っても現れなかったのだ。
 まあ十中八九テントの中で寝落ちしたのだろう。計測を忘れても睡眠台帳に後から書きこめば問題ないし、データ上のブランクも1日なら研究に支障は出ないだろうから、心配することは何ひとつないのだけれど。
 6:30のアラームに間に合うよう、一応いつも通り広場を見回ることにした。昨夜は睡眠シンクロ装置が起動していないから、カビゴンの周囲までポケモンが寄ってくることはない。うとうと、すやすや、ぐっすりの3種類ある眠気パターンの指向性を定めることで、そのタイプに同調したポケモンを惹きつける仕組みだからだ。ちなみにこれはトレーナーさんが発明した自慢の最新機能になっている。
 カビゴンの横たわる広場には、お手伝いポケモン以外に誰も寝こけていないはず。――そんなわたしの未来予知は、見事外れることになる。カビゴンの左手すぐそば、カボチャランタンに寄り添って落ちている、灰色をしたふた(こぶ)からなるなだらかな山。大きめのゴミ袋が転がってきたのかと思ったが、そうではないらしい。

「ねえあなた、起きてるね」

 ポリ袋を呼び起こすも、返事はない。あくまで狸寝入りを決めこむつもりらしい。スリーパーのわたしからしたら、額から夢の煙が出ていないことで一目瞭然だった。膝を折って屈んで、垂らした振り子の硬貨を何度かぶつけてみる。コツコツ、なんて硬い音はせず、布に乗せたときのような緩衝が指先に返ってくる。
 うつ伏せになった布袋の端から、鈍い金色をした金属片がはみ出していた。キタカミ祭りでやらせてもらったヨーヨー釣りのように振り子を操作して、硬貨の穴に金属片を通す。かちり、と根本まで引っかかったのを確かめてから、ぐい! 思いきり引っ張りあげた。

「あだだだだ、だッ!?」
「起きろって言ってる。起きて」
「あンだよ暴力的な雌だなあ! チッ、なあんで俺の方が驚かされなきゃならねンだ全く……」

 あるようには見えない関節をカキコキ鳴らしながら、大容量ゴミ袋が立ち上がる。ぬいぐるみのような繊維質に絡まった芝をはたき落とし、深く噛んだファスナーを腕づくで引き剥がすように、振り子をむしり取ってはわたしへと投げ返してきた。

「あなたは確か」
「ジュペッタ。こんなド田舎のハロウィンじゃ、ゴーストタイプがちと少ねえんじゃないかと思ってなあ。主役が来てやったよ、喜べ」
「呼んだつもりはないのだけど」
「しししッ、細けーことは気にすんな。年に7日のハロウィン期間だぜ? みんな寝こけてりゃ、イタズラし放題!」
「はぁ……」

 ハロウィンを盛り上げに来たかどうかは知らないが、つまるところみんなの寝込みを襲おうって魂胆だった。動機だけならノームとそう変わらないじゃないか。……そういや彼の姿は見当たらない。貴重なカレーの食材はゴローニャが集めてくれるため鍋に猶予ができていて、昨日はきのみ担当のガラガラと入れ替わっていたんだったか。お手伝いポケモンの新参者として加わってから3日、粗相をやらかしてネロリ博士の元に更迭されている――なんてことになっていなければいいけど。
 調査に熱心なトレーナーさんのことだから、新顔のジュペッタにも最高級のマスターサブレを与えてしまうんだろう。その皺寄せを喰うのは多分わたし。これ以上厄介ごとに転がりこんできてもらっては困る。

「ハロウィンだろうと、お手伝いポケモンはみんな真面目に働いている。寝たいんなら好きなだけ寝ていてくれていいけれど、邪魔をするようなら追い出すから。トレーナーさんはあなたみたいな遊び半分でこの研究を進めてない。……もちろんわたしもね」
「テントん中で朝からヤりまくってた癖に?」
「ゔン!?」

 気を荒立てたオラチフの群れに囲まれたときのように、全身の産毛が一斉に逆立った。脳が揺さぶられ、心臓が跳ねる。取り返した硬貨がへし折れそうなほど強く握りしめていた。
 見られて、いた。どうするか、どうするべきか。まずはこのジュペッタのチャックを閉じて、二度と開かないように瞬間接着剤でギチギチに封印しなければ。考えをまとめるよりも先に、言葉が口をついて溢れ出ていく。

「要求は、何? まさかあなたも、わたしの体目当て、ってわけ」
「スリーパーに欲情する奴なんざ、どこの世界を探したっていねぇだろうが」ジュペッタは至極面倒くさそうに片手を扇ぐ。「要求なんてなんもねえよ。誰にも言いふらしたりしねえ。交尾にふけるあんたらの陰絵がテントの幕に映ってて、退屈しのぎにゃちょうどいいポルノ映画だったぜ」
「最低……」
「ししッ、あんた、俺と同じ不眠の特性を生かして、毎晩パトロールしてんだろ? そりゃ溜まるモンは溜まるよなあ」
「勝手に決めつけないで。あれはッ、あれは……」わたしの義務を果たしただけ。そう反論しようとして、口ごもった。「ヤルキモノに無理やり、せがまれた、から……。覗き見していただけのあなたには、説明しても分からなだろうけど」
「なんにせよご苦労なこった。あんたも含めここに居着く奴ら、ちぃと真面目すぎやしないか。普段のあんたみたいに根を詰めていちゃあ、いつぶっ倒れてもおかしくねえからな。時には俺みてえにハメを外すのも肝要だぜ? おっと、あんたはハメまくったんだったか?」
「……。こいつもやっぱりクソガキなのか……?」
「ま、ここならぶっ倒れても、そんまま気持ちよく寝られるだろうけどよ。適度に働いて、しっかり休む。退屈な日常にゃあ、メリハリをつけることが肝心だ。たまには息抜きも必要ってわけ。おっそうだな、お前みたいにイきヌきしてもいいぜ」
「ガキというよりエロオヤジの方か……」
「しししッ。じゃあ息抜きの方な。俺もいっちょ手伝ってやるか! 」

 愉快そうに叫んだジュペッタが、おもむろにジッパーを摘んで横へ滑らせる。大開きになった布の綻びから毒々しい霊気が吹きあがった。ゴースたちの黒い霧と混じり合ったそれは、まるでパンプジンの〝ハロウィン〟を模倣したかのように大空へと広がり、サーカスがテントの幕を張ったようにリサーチフィールドを覆い尽くした。
 闇色をした光があたりを舞い浮かぶ。有線から流れる爆音のシオンタウン。ポルターガイストという技で浮かび上がったクラボのみが宙空でダンスして、キャッチしようとしたメトロが足を滑らせみっともなく転ぶ。命を宿したかのように笑い出すおばけカボチャ、それらに追いかけられて楽しげな悲鳴を上げるゴースたち。骨棍棒の両端に炎を灯したガラガラが、それを器用に振り回しながら踊り狂う。バクフーンは慣れているのか、どこか懐かしそうに目を細めてこのどんちゃん騒ぎを眺めている。
 ついにはカビゴンが赤い光に包まれ、調査地全土を埋め尽くさん勢いで巨大化した。わたしたちを吹き飛ばして着地させた広大な腹部には草原が生い茂り、食べ残しのオボンから樹木が再生する。そうしてなお余りある睡眠エネルギーは凝縮して、一帯に夢のかけらの流星群を降らせていた。

「なに、これ……」

 リサーチが始まって以来の、混沌。もしトレーナーさんが起きてきたらどう説明すればいいのか、考えても考えても導き出せなかった。振り子を手放したまま呆然と立ち尽くすわたしに、イタズラが成功したジュペッタはししし、と実に楽しげに笑い転げる。
 ――ああ、なるほどね。
 わたしは夢を見ている、のか。でなければこんなデタラメな光景なんかありえない。いくら眠気パワーが高まろうとカビゴンがキョダイマックスを果たすはずないし、トレーナーさんの起床時間を超過して広場にわたしが滞在するのは御法度だから。
 ひと仕事終えた花火職人みたいに両腕を腰に当て、ジュペッタがわたしに並び立つ。おばけカボチャに取り憑いて仮装お茶会を始めたゴースたちを指さして、彼は鼻を鳴らした。

「おカタいことはそこのカボチャどもにでも食わしておけ。夢ン中まで真面目腐っちまうなんて、もったいねえぞ。楽しめるときは楽しむ心構えを忘れんな。そんくらいのバイタリティは持ちながら生きていくもんだ」
「バイタリティ、ね」

 初めて体験する夢の中は、わたしが食べてきたどの夢よりも鮮やかで、意味不明で、それでいて魅力的だった。左手に絡まった振り子を投げ出して、華やかなお茶会に混ぜてもらうべくカビゴンの腹を走り出す。




11/4(土) 


 わたしが朝の見回りをしようとカボチャ畑を抜け出したところで、待ち伏せていたノームに捕まった。また新作のギャグでも披露されるのかと身構えたが、どうにも様子がおかしい。そうであるに越したことはないのだけれど、彼にしては落ち着きすぎいている。
 気がかりになって尋ねれば、前日ノームが広場に姿を見せなかったのは、ボックスの中で先輩たちからみっちりとしごかれたから、らしい。眠れるようになるために何種類ものお香の嗅ぎ分けに挑戦し、廃棄処分待ちのモーモーミルクをたらふく飲まされ、疲労にのしかかられ立てなくなるまで連戦のバトル漬け。何より最古参のピカチュウが語る、トレーナーさんと一緒に寝た時間マウントは半日にも及んだそうで、それが精神的に1番キツかったらしい。この現代なにかしらのハラスメントに該当しそうな話がわんさか飛び出してきたが、その荒治療がヤルキモノの闘争本能を刺激したらしく、さっきまで3時間ほど眠っていられたのだとか。

「寝つけなくてイライラしてたとはいえ、オレ、あんたにひどいこと、したよな……」
「ノームくん……」
「その……。ソムニ、ごめんッ! あっあと……、ありがとう。あんなクソ生意気なオレに辛抱して、セックスにまで付き合ってくれたんだもんな……」
「……。それ、誰にも言ってない?」
「言ってない」
「なら、よし。許す」

 わたしが拳を振り上げないことにホッとしたのか、ノームは眉をたわめて笑顔を作った。
 クソガキのままの彼なら「すみませんでしたもうしませんごめんなさいー」とか叫んで土下座していただろう。いくら頭を下げたって、心のこもっていない謝罪に意味はない。進化した体に見合うだけ、精神的にも成長を遂げているようだった。

「せっかくだし、わたしの仕事、手伝ってもらおうか」
「えー……」
「露骨に嫌な顔しない。反省してないの」
「してますしてます超してる。これからはあの人間のため一生けんめい働きます! 生まれ変わったオレの最新ギャグ1発、見たくないか? ではいきます。自己チューからは『そつぎょウッキー』!」
「ギャグのセンスは磨いた方がいいかも」
「あっひで! せめて見て判断してくれよ!」

 ガヤガヤ騒ぐ彼を連れて歩いても、週末に迫って増幅したカビゴンの眠気パワーはポケモンたちを眠りの底から解放することはない。6:30のアラームまで、リサーチフィールドで意識を保っていられるのはわたしとノームだけ。

「ちょっと歩き疲れちゃった。マッサージ、して」
「えー……。なんでオレが」
「いいから、やる」
「はーい」

 いつも通り枝や石を拾い集め、蝋燭の点灯。RTAの最短ルートも定まってしまった筋道を辿り、毎朝のワークをこなしていく。ポケモンたちを念力でなんとなしに遠ざけて、わたしたちは調査地の東半分を独占した。勢い余って先を行くノームを呼び止めたのは、ちょうど昨日、意味深なジュペッタがいたあたりだった。
 寝息でゆっくりと萎んでいき、同じ時間をかけて膨らむカビゴンの左脇腹。テントから覗いても、いねむりポケモンの恵体が遮って死角になるスペースだ。そこへ背中を預けるようにノームを座らせる。ぶつくさ文句を言う彼の大股開きにされた白い絨毯へ、わたしも続けて背中を押しつけた。膝を抱えて彼の反応を待つ。いつか手コキしてあげた姿勢を、そのまま前後逆にしたような並び順。
 体高はスリーパーの方があるけれど、歩くとき猫背気味なヤルキモノと並んで座ると頭の位置は彼の方が高くなる。しばらくは当惑していたノームだったけれど、密着しているうちにわたしの企みに気づいたらしい。右のうなじにかかる吐息は次第に荒く、マッサージなんていう陳腐すぎる建前のもと伸ばされた両腕が、背中の筋肉をほぐすためにわたしの体毛を分け入ってくる。雌の体を傷つけないよう気遣う手運びがくすぐったく、焦ったい。

「多少爪を立てても痛くないから、もっと強く揉んでいい。……いろんなとこ、ほぐして」
「お、おう……」

 前回は基本わたしがリードしていたし、乳首をこね回してきた際もそれで手一杯だっただろうから、成熟しきった雌の肉体を改めて彼の好きにさせてあげた。
 そろそろと背中を這い回っていた彼の爪が脇の下をなぞり、しきりにお腹を撫で回すようになる。種族も違えば性別も違うわたしの腹は、ヤルキモノの彼からしたらだらしなくふっくらしているだろう。身長と体重を用いて表される人間の体格指数では、スリーパーの標準である160cm75kgのわたしは軽度の肥満らしい。失礼な。けどどうしてか彼はポヨついた脇腹が気に入ったらしく、爪で挟んで3段腹を作っては引っ張って遊んでいた。やめろ!
 じれったさに耐えるわたしの反応をうかがうように、するすると爪の先が首毛を掻き分けていく。わたしのちょうどいい塩梅をきちんとお勉強したノームは、まだ産毛に隠れた乳首を復習するように引っ掻き始めた。
 埃だらけのコインをコレクレーが小さな手で磨くよう、地肌の産毛をどかしながら、まだ主張しない乳首を素早い動きで()き続ける。かりかりかりかり……ッ、思わず耳を伏せてしまうくらい甘い痺れ、それに呼応するよう乳首は潤いを湛えてぷっくり膨らみ始め、充血して吸いつきやすいように基部から盛り上がる。
 触ってほしくてたまらなくなる寸前、爪の動かし方が機敏に変化する。しゅり……しゅりっ。乳輪を爪先がゆっくり1周するたびに1回、規則正しく爪の腹で乳頭を横倒しにされる。自分の指でも味わえる馴染みの快感に、「はぁぁ、あッ……」なんて、スイッチの入った雌の乱れ声が漏れ出した。柔軟に成り果てた乳首を摘み、コリっコリっと捻りが加えられる。強めの刺激に対してひり出される声は、「ふうッ、ふッ、ゔゔッ、ノーム、くッ、それ、きもっち、ぃ゛――」。気持ちいい。気持ちいいのにこのままだと振り払ってしまいそうで、右肩から覗きこんでくる彼の首へ巻きつけるよう両腕を掲げ、わしゃっと指を埋めて剛毛を掴んだ。脇の下を見せつけ続けるのは大変な格好だけれど、何かを掴んでいた方が乳首快楽に集中できた。首を跳ね上げ、歯を食いしばりながら、元カレはちゅぱちゅぱするだけだった乳首を極上の性感帯へと昇華させられていく感覚に、かろうじて冷静だった思考がすべたな感嘆に押し流される。
 ここまでくるとノームもマッサージなんて粉飾はすっかり頭から抜けてしまったみたいで、わたしの首筋に顔を埋めては発情した雌臭を心ゆくまま吸いこんでいた。スリーパーのフェロモンの分泌腺はそのすぐ下にあるから、彼はほとんど希釈されていない高純度のわたしで肺を満たし、興奮しているわけだ。スリーパーに欲情するやつなんてどの世界にもいない? うそ。タマゴグループの垣根を超えてまで求めてくるノームの真摯さに、授かるはずのない子宮が混乱してキュン、と甘く疼いてくる。
 わたしの腰に巻きついていたノームの両足が、すり……、さりげなく内側へ寄せられた。鼠蹊部に添わされた足爪の外転に合わせて、わたしも股を開く。背後から両手両足を押さえつけられた完全に無防備な格好に、今さらながら羞恥の熱が顔の産毛を逆立たせる。
 最高に気持ちいいセックスを提供してくれる雄へ感謝の意を示すよう、まんこから垂れ流れる愛蜜はうっすらと濁り、黄金色の体毛を深い飴色にまで変色させていた。塩を振られてじっくり炒められた玉ねぎは、ぐずぐずに水分を抜かれることで糖分が濃縮されて甘みを増す。食材自らが食べごろを腕利きのシェフへお知らせするよう、緩んだ縦筋から盛り出したまんこはひくひくとわなないていた。

「すげー……。やっぱりソムニって、エッロいんだ……」
「ッ……」

 エロいんだ。軽蔑だとも解釈しかねない言葉なのに、まんこは喜んで締まり膣液のよだれを吹きこぼした。体の向きからして彼に直接見られているはずはないのだけど、見るまでもなくまんこの状態を把握されているようで、その恥辱がわたしをさらに(ほて)らせていく。
 乳首いじりにも飽きた彼の右手の甲を、それより分厚いわたしの右手で包みこむ。肩越しに注がれるノームの視線の先――乳首だけで簡単に蜜塗れにまで責め立てられたまんこへ誘導する。わたしの目論見に気づいた彼が逡巡するようにぴくんッ、と爪をわずかに跳ねさせたが、2秒後にはその(きっさき)をくいっと内側へ(たわ)めていた。
 目で距離感を測り、ノームの細長い爪の先端をまんこへと近づけていく。くちゅっ、と淫蜜の弾ける音がした。

「ん゛ッ、あ゛……! ――ゥお゛……!」

 梢にぶら下がるために軽く湾曲した、あえて精彩さを欠くように鈍麻になっていった爪。その先っぽが2本まとめて侵入してきただけで、2日ぶりの彼の帰宅を歓迎するようにわたしの下腹が波打った。
 弾かれ出たわたしの喘ぎにぴくついたものの、ノームは爪に力を入れないでくれている。そのまま彼の右手を握って、愛液に塗れきった膣穴へと押しつけていく。にゅぷ、ぬ、るるる……んっ。彼のちんぽよりも太い2本爪は膣ひだを力強く掻きえぐり、粘っこい愛液を纏わりつかせながら――ッぷちゅん。小さな水音を残して、決して短いとはいえないそれがわたしの中に隠れて見えなくなった。
 痛みなんてなかった。丹念なマッサージのおかげで穴の中までぐっしょり塗れきっていたし、先日これよりも長いノームのちんぽで4年越しに奥までしっかり耕してもらっていたから。

「ぜんぶ……、ふッ、ふー……。はい、った、……ッあ」
「痛くない、んだよな……?」

 否定するため首を振るには、右肩にのしかかる彼の顔が邪魔をする。代わりに右手をさらに握りこんで彼の爪の間に指を挟み、無理やり手首を返して爪先が上になるよう固定する。ぐりゅん! と腹奥を食い破られそうな異物感がしたのは一瞬だけだった。まんこを気持ちよくする専用の道具に改造したノームの右手で、目視できない快楽スポットを探っていく。
 ストリンダーのヴェンくんは対面座位でヤるのがお気に入りで、奥深くで繋がったまま甘々なキスを長時間ねだられた。そのときちんぽの先端が触れていた、外子宮口をかたどる肉蓋の腹側。そんなプレイを何度も繰り返しているうち、図らずもそこを開発されていたらしい。わたしの指じゃ届かない性感帯はオナニーするときも触れられずに、まんこの最奥で4年もの歳月をかけて淫欲の熾火(おきび)(くすぶ)らせていた。
 そこに、ノームの爪先が、ぶつかった。

「ンふッ!? ぅ、すっご、ここ、すッご――ぉおお゛ッ!? ぅを、お、ぉ……」
「うわ!? 今一瞬マンコ、すっげーキツくなったんだけど……」

 大臀筋が不随意に収縮し、それに引っ張られるようにして太ももから(かかと)までが一瞬、一直線に硬直した。芝生が(めく)れるほど踵で蹴っぱって、ぶるぶるぶるッ、わななく腰が上に突き出されて尻がわずかに浮いた。カビゴンの脇腹とわたしのぽよ腹でノームをサンドウィッチしながら、全身をこわばらせて甘い膣奥イキを噛みしめる。
 ノームに手マンさえされていない、ディルド代わりにした爪を当てがった、これはただのオナニーの延長のはず、なのに。

「こ、ここ、マッサージ、して。ぉを……ぅ、やり方、分かるでしょ。押し上げ、ながら……フーっ、いろいろ、動かして、みて」
「す……、すげーよあんた……どんだけエロいんだ」

 ノームの感嘆に若干引いていたような声色が混ざっていた気がしなくもないが、わたしの尾骶骨を押し上げるように隆起したちんぽは、毛皮越しにその形がわかってしまうほど剛直していた。優秀なノームのことだから、次セックスするときは今爪の先で暴いたわたしの急所を的確に責めてくれるはずだ。それを期待しただけで、まんこは浅ましくも本気汁を継ぎ足してしまう。
 太長い2本爪の先端で持ち上げられ、元々ぽっこり気味だったわたしの下腹に隆起ができていた。そのスポットを外さないように、彼は目視しながら手首を小刻みに動かしていく。ぐ、ちょッ、にゅ、ぢッ――摩擦刺激はわずかにしか生じていないはずなのに、下半身全体を揺すぶられるだけで信じられないほど気持ちいい。ぺったりと芝生に貼りついた両ももはわずかにも閉じられず、ぬれぬれのまんこを草原に向けて開放していた。寝ているポケモンたちを念力でどかしていたのも、こうなる未来がなんとなく予知できていたからだ。もし今誰かに覗きこまれたら、わたしはその恥辱感に背中を突き飛ばされ、見せつけるように腰をヘコつかせては盛大に愛液を飛ばしてみせるだろう。退廃的な妄想にまたぞろ膣壁を食いしばり、彼の爪がかすかに掠れるだけの子宮を切なくとろめかせてしまう。
 彼にまんこを任せたことで、わたしの右手は自然と次のタスクをこなしていた。赤くほぐれた陰唇を指2本の腹で()ね回し、(こな)れた指運びでクリトリスを剥き出した。ノームの爪で膣穴から掻き出されていく粘り汁を掠め取り、ぷりゅんと顔を出した淫核へなすりつける。幼い頃からの角オナで勝手知ったるクリトリスは愛液をまとって濡れ光り、地面から這い出したツチニンみたいにふるふると小さな震えを帯びていた。しゅくしゅくしゅく……と指で摘むようにイジめてやれば、強すぎる快感があっという間に脳髄を真っ白に染めつぶす。絶頂へ駆け上がる直前に指を外せば、ヤルキモノの犬歯ほどにまで膨らんだクリトリスは、その存在感を示すようしっかりと上を向いて勃ち上がった。
 もう1回、ヤろう。そう決意して伸ばしたわたしの指先が、さっきまで腹の贅肉を摘んだり乳首を転がして暇そうにしていたノームの左手に遮られた。

「前シたときもさ、乳首、自分で触ってたじゃん。ここも、オレに触ってほしいんだろ? やってやるよ」

 マスカーニャがマントの裏から花粉爆弾を取り出すみたいに、ノームの爪の間からスッと現れたもの。普段使わないときは左の小指に巻きつけている、わたしの振り子だった。右手でクリいじりすることに集中しすぎていて、盗られていたことに全く気づかなかった。器用に爪先で挟んで持ち直した硬貨を、彼はまんこまで近づけて――

「え――えっ? まっ待て、え……ッ?」

 わたしの目の前で、ゼロ距離から輪投げをするみたいに、クリトリスめがけて硬貨の穴が落とされていた。

「――!? ッ!!!? が、――――ッ」
「お、やっぱりサイズぴったしじゃん! ずっと持ってるから気になってたけどさあ、この丸いの、ここにハメるための道具だったんだな」
「や、え゛、それぇッ強す、ギぃぃイイい!? やベ、そりぇ動かすの、やべろ――」
「……なあこれ、なんかセックスみたいじゃね? ソムニってひとりでセックスできるのかよ! すげー……。エロすぎんだろ……。エロすぎ、エロすぎ…………『エロすぎーパー』! ……いやなんか違うな」
「ンゔぅ゛ッ、おまッ、もう、ゔぁぁあ゛っ、しゃべるな、つかこれやめ――ッがぁぁあああっア!?」

 スリーパーにとって神聖ですらある振り子を、まさかクリ専用の貫通型オナホにされるなんて思いもしなかった。爪につままれた硬貨の穴はどういうい偶然かわたしのクリトリスをちょうど通過させ、快楽神経が束になった敏感な肉豆をぴったりと締めつけていた。
 今しがたノームへ見せつけていた、クリトリスの刺激方法。彼の右爪がもたらす膣奥性感に見合うだけの刺激を得ようと、わたしは結構な激しさでクリを撫で転がしてはいなかったか。実に優秀で有能なノームはそれを目の当たりにして、陰核は乱雑に扱った方が気持ちいいのだ、と早とちりしたに違いない。跳ね暴れるわたしの腰を両足で押さえつけ、陰豆へ被せた硬貨をわずかに上下させる。それだけ。数センチにも満たない往復運動はもはや微振動しているだけなのに、たったそれだけの摩擦刺激でわたしはアクメを極めていた。情報処理をマルチタスクして行えるはずの不眠特性の脳みそはあっけなくパンクし、長年の相棒である振り子に陵辱される雌核をただ眺めているしかできない。穴に通された振り子の糸がクリと硬貨の間で(もつ)れ、コオリッポのアホ毛みたいにビョンビョン跳ねていた。
 ただでさえ強すぎる刺激にスパイスを加えようとしたのか、ノームは硬貨を回転させて陰核脚を縛りあげた。スパイスどころか神経に直接マトマパウダーを塗りこまれたような激甚な刺激に、わたしは下顎を跳ねあげ唾を飛ばしていた。
 まんこを内側から爪先で押し上げられる甘ったるい絶頂感と、クリを素早く弾かれる鮮烈な刺激が腹の奥底で混線して、まだ触れられていない子宮が未曾有の快楽に包まれる。混沌とした意識の中、白い花火がばちばちと弾けるような(よろこ)び。下腹部を中心に全身が小刻みに跳ね、四肢がバラバラに吹き飛んでしまいそうなほどの解放感。経験したこともないような肉悦に心の中でむせび泣きながら許しを乞う。それでも手加減してくれないノームから送りつけられる快楽に、頭が真っ白に明滅して――

「その……すまん、やり過ぎた」
「ばッ、――っはあッ、はああぁ、はンっぅ……、お前っ、いいかげ――ふゔッ、ッあ、あ、あ゛〜〜〜〜っ、あー……」

 気づけば四つん這いになって芝生の一点を見つめながら、両手両足の指をひん曲げて大地を掴んでいた。雌の尊厳を破壊しかねない快楽刺激から子宮を守るべく、わたしはタープのように全身を折り畳んでいた。痙攣しっぱなしの腹が身勝手にうなりを上げて、じゃばばッ、びしゃしゃしゃ……! まんこから盛大に潮を吹き散らす。白濁した愛液を垂れ流してぐちゃぐちゃになった尻と太ももを、すぐ背後にいるはずのノームへ見せつけてしまっている。

「入れる、ぞ」

 案の定わたしの背中へ覆い被さってくる、雄の筋肉質な体。2度目ともなれば挿入にも躊躇がなく、強すぎる絶頂の余韻に脈動するまんこはあっさりと最奥まで貫かれていた。
 それまでずっとお預けを食らっていたちんぽは、膣肉のとろけ具合からまんこが派手に昇りつめたことを知るや否や、自分勝手な抜け駆けを責め立てるべくエラ張ったカリ首で威嚇するよう怒張した。クリイキの余震に畏怖するわたしの防衛本能は、わたしの意思を介さず肘をつき懇願する。それでも許してくれなさそうなちんぽへ泣訴(きゅうそ)するよう、ぺたんと地べたへ胸までつけて絶対服従の意を露わにしていた。
 ちんぽで私を懐柔しながら、ノームはわたしの背中へ完全に乗り上がる。小猿が母親の背中に陣取るよう両腕を回して、反対側の脇腹まで腕を伸ばして抱きついてきた。大樹の梢へぶら下がるための鉤爪は、わたしのムチ腹に浅く食いこんだところで痛くない。そのまま腹と背中を密着されると、ちょうとわたしの首毛に顔を埋める位置にくる。ノームはそのまま息を吸って、激しいアクメに陥った雌の体臭を思うがままに吸いこんでいる。
 後ろ足はわたしの鼠蹊部あたりに巻きついて、悠々と膣奥まで到達した長ちんぽを揺さぶりながら、ぬとッ、ぬと、ぬりゅりゅりゅ……、と、右手の爪で炙り出したまんこの弱りどころを亀頭で丹念にこねくり回していた。

「あ、れ……?」

 身も心もとろけ落ちるような快楽を、続けざまに擦りこまれている最中だった。右の頬を地べたで押しつぶしたまま、ほとんど機能を放棄したわたしの視覚が何かの像を捉える。焦点を合わせた視線の先でぼんやりと結ばれる、2頭身くらいの丸っこい輪郭。
 原点と楕円だけで構成されたふたつの瞳がわたしを捉えていた。おそらく頭痛に苛まれているんだろう、びっくりウッキーのように持ち上げた両手で頭を抱え、うんうん唸っているコダックがそこにいた。
 ――見られた。完全に見られた。いつから? 膣奥でイきかけたときはいなかった、はず。クリを触り始めてからは……記憶にない。ノームが硬貨を持ち出してから? 自信はないけど、多分そう。いやそこは問題じゃない。どうする? どうしよう。断崖絶壁から足を滑らせ、なす術もなく空中を落下しているような錯覚に陥って、わたしはかえって冷静になっていた。
 脳が冴え返るあまり、コダックの額から立ち上る煙が見えた。……眠って、いる? 垂直落下する間際、崖から飛び出た枝へとっさに手を伸ばして掴んだときのように、次第に状況の整理がついてきた。コダックは確かに眠ったまま、ふらつく足取りでこっちに近づいてきている。――夢遊病か。夢遊病を発症しているときは間違いなくノンレム睡眠時だから、そのとき得た短期記憶は定着しないことがほとんどだ。見られていたとしても、記憶として定着しない、はずだ。

「こっち来る……みたいだから、ノームくっ、降りてッ」
「……あれ?」
「なに?」
「なんか……、動けないかも」
「はあ!?」

 掴みかけた枝を手放して、今度こそ谷底へと真っ逆さま。四つん這いの姿勢のままヤルキモノを背中に担ぎ、わたしは無様な移動を余儀なくされた。ナマケロ族の子育てをさせられているみたいで屈辱的だったけれど、このままでは居眠り運転をするコダックと衝突事故を起こしてしまう。右手、右足、左手、左足。普段四足歩行をしないスリーパーは途端に体幹を崩しそうになるが、腹に力をこめてどうにか踏ん張った。
 コダックは逃げ遅れたわたしの足先に躓きかけたものの、夢見心地のままカビゴンの脇腹まで到達した。本当に眠っているのだろうか、両手両足を使ってえっちらおっちら這いあがっていく。穏やかに上下する極上の腹布団に陣取ると、ベッドと同じポーズをとっていびきを掻き始めた。
 わたしはカビゴンの足側まで這って移動して、一部始終を見守っていた。コダックの額から煙る夢は途切れず、夢の中では、旗を立てた山頂で美味しそうにおにぎりを頬張っていた。……よかった、わたしの醜状は夢の内容にまで影響を及ぼしていない。
 安心して立ち上がるも、よろりとふらついてしまう。背中の重みを思い出して、わたしは首だけ振り返った。

「そろそろ、下りて」
「いや、それがよぉ……」わたしの右肩から覗きこむノームの顔は、本当に困ったように眉根を(ひそ)めている。「まだ動けねーんだけど」
「なに、もしかして高いところが怖い、とか? わたしが立ったくらいで」
「いや、そうじゃなくって、ソムニがマンコ締めすぎなんだって!」
「――――は?」

 そこでようやく、わたしは下腹部の違和感に気づいた。部外者の乱入に気が動転してすっかり忘れていたが、ノームのちんぽをハメたままだったのだ。密着した彼のちんぽはずっとわたしの中にあった。わたしが慣れない四足歩行で移動し、腰を曲げて立ち上がる間もずっと、密着した亀頭で膣奥の快楽スポットを満遍なく(さら)われていたらしい。
 ――ぞくっ、ぞく、ぞく……。ぞくぞくぞくぞくッ!!
 そう認識した途端、イっていた。下腹部を中心に広がる倦怠感は、急場を(しの)いだアドレナリンが全身を駆け巡った反動だと思っていたけれど、そうじゃなかった。緊急事態に忘れ置かれた快感が、大挙して脳幹へとなだれ込んできたからだ。
 よろめいて2、3歩進んだところで、掴むべく頼りもなく腰が抜けた。がくつく前足で支えることなど到底できず、立て直そうとした膝は滑り、あえなく芝生へと突っ伏した。
 それこそナマケロのように両手足を投げ出したわたしに乗り上がり、引きつけの収まらない尻をノームは器用に後ろ足で鷲掴みにした。わたしへ抱きついたままスクワットの要領で腰を打ち下ろし、大喰らいのミミズズが土砂を丸呑みするみたいに、全体重をちんぽの先一点にかけてわたしを掘り返してくる。
 雄が射精へ至るためだけの、まんこを使った本気ピストン。泡を吹きかけたわたしは救いを求めて、焦点の合わない目でとっさに周囲を見渡していた。
 追い縋った先には何の偶然か、わたしのよく知るルカリオの寝姿。

「――っあ、あ、お゛ッ、ふェ゛ッ!? ッな、んぁああ、あああああ゛――!?」

 片膝を立て、敵の気配を察知すればすぐに戦闘体制へと移行できるような、隙のない寝相だった。眠っているようには見えない彼の凛々しげな表情を目の当たりにして、わたしは今日いちばん深くイっていた。
 ルカリオの波動についてはよく知らない。夢の中にいる彼の脳みそは記憶情報の整理に忙しいだろうけど、もし波動を司る器官は独立して稼働していて、今だって微弱な精神波を放って周囲の環境を把握しているのだとしたら。もし彼の感覚器がわたしの媚態を捉え、脳が映像イメージとして処理しているのなら――、それは夢を見るメカニズムに酷似している。至極平穏な彼の夢に突如としてわたしが立ち現れ、四つん這いの姿勢すら保てずまんこを奥深くまでほじくり返され、至近距離から連続アクメに溺れる絶頂顔を見られてしまっていたら。

「お゛ッ、んぉ、お゛ッお゛ッ!? んの゛ッ、ゃ、やめッ、見にゃい、でぇぇぇッ――のぉお゛お゛お゛お゛ん゛ッ!?」

 口では拒んでいるものの、むしろそうあってほしかった。ニャースは100年生きるとしっぽが二股に分かれると噂されるけど、歳月を生きながらえ多種多様の夢を取りこんできたスリーパーは、食べるだけではなく誰かのご希望の夢をプロデュースすることもできるようになる。これはわたしたちの間で親から子へ冗談まじりに語られる、いわばおとぎ話の類。ベイクタウンに残してきた群れの子どもは誰も信じちゃいなかったし、そういう話ばかり聞かされてきたから、わたしは夢を見ないようになったのだろう。
 でももし本当なら。人間から疎まれてばかりのスリーパーだって、明晰夢じみた特殊能力を誰しもに授けられるのだ。
 わたしはまだそこまでロートルになったつもりもないけど、もしわたしが目の前のルカリオの夢を操れるのなら、メトロには今まさしく繰り広げられているわたしの痴態を目の当たりにしてもらいたい。思いを寄せている年上の雌が目の前で寝取られ、クソガキに散々いいようにまんこの最奥まで遊び倒された挙句、メトロとのタマゴを授かるかもしれない子宮を長ちんぽで滅多打ちにされ、あえなく淫乱アクメを極めて快楽堕ちするのを、ただただ見ているしかないような夢を。
 これから先そういう性癖でしか鬱勃起できない体になって、わたしの見せた悪夢を必死に思い出しながら、正義の心と葛藤を繰り広げつつも最後には罪悪感に苛まれながら自分の肉球にザーメンをぶちまけていてほしい。手をこまねいていた過去のメトロ自身を呪い、ルカリオらしくない悪態をつきながら、醜悪なオナニーの虚無感に絶望していてほしい。
 どうしようもなく退廃的な妄想が、わたしの膣奥絶頂をより深く、重く、致命的なものにしてくれる。

「あふッ、へぇぇ……っ! あはっあは、んぁああああ゛ッ、あ゛〜〜〜イぎゅ、あっイぐ、ぅ、ゥうううう゛んッ!!」
「ソムニさあ、あんたエロすぎ……! ウッ、ほぅ――オレも出すぞッ」
「ギでッ! わた、わたじッのおぐ、っへぁ、んああぁあ゛ッ! ノームくんのッ、ぎとぎとザーメンで、まんこいっばいにじでえッ!!」

 背中にしがみつくノームの体が、雨季で氾濫した河川を渡っているナマケロの親子みたいに密着する。びゅるんッ! ぶびゅッ! びゅるるるっ、どぷッ! どぷっ、どくんッ、どろどろ、ろ……ッ。でっぷりと肥大した亀頭を膣奥へ埋没させ、射精口と子宮口をこれまでになく噛み合わせてから、陰嚢の中で煮詰められた濃縮ザーメンを注ぎこんでくる。
 単なるまんこアクメからより深い子宮絶頂へと追い立ててくれる、最高のタイミング。
 見られているかもしれない、というわたしの恥辱を炙りつけ、そうされることが大好きなマゾなんだと知らしめてくれる露出セックスに耽溺し、わたしは中出しアクメの重篤な絶頂感からしばらく戻ってこられなかった。




11/5(日) 


 重ねた腰と腰とが重心となって沈みこみ、後ろ手を支えにしながら突き出した腰を揺り動かす。まるでわたしの左手に馴染んだ振り子みたいに、最奥までぐっぽりとハメこまれたちんぽが窮屈なブランコ運動を繰り返していた。ペンデュラムの規則的な往復が被施術者を深い眠りへと誘うように、ちんぽの心地よい連動がわたしを良質な絶頂へと導いてくれる。
 前日の疑似公開セックスに味を占めたわたしは、いよいよカビゴンの腹に乗って事に及んでいた。脂肪肝の太鼓腹は小舟みたいにぐらついて、少しでも大きく腰を振るとちんぽが外れてしまうけれど、下になったノームの頼もしい体幹が激しいバウンドセックスを可能にしていた。ばっちゅ、ばちゅんッ! だちゅ、ばちゅッ――騎乗位でふわふわと腰を打ち下ろすのにもすぐに慣れ、わたしはリズミカルに訪れる強烈な突き上げと浮遊感を楽しんでいた。

「ゔッ! ふ゛ッ! んぅ゛ッ! を゛ッ! ぎもッ、ぢぃいイっ!! んぎぅッ! まんこ、もっどッ、突いッて――ッふぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛、ヴっ!!」
「フゥーー……、ほぅ……。なんかっ、初めて会ったときはっ、オレのギャグにも笑わない、つまんねーヤツだな! って、うぅ゛ッ、思ってた、んだけど」
「いい、がらっ、腰振ってッ!」
「――なんだ、ちゃんとッ、ッゔぉ、笑えるんだな! ッふぅー……」

 トレーナーさんは採取したデータの標準偏差を求めるべく試行回数を稼ぐ必要があると考え、同じカビゴンで行う睡眠リサーチは1週間ごとに更新すると決まりを定めていた。最終日ともなると、カビゴンの周囲にはお手伝いポケモンを含め、10匹以上の顔ぶれがずらりと並ぶ。外から遊びにきたピチュー、マンキー、ベイリーフ、カゲボウズにゴース、仮装したピカチュウも警戒心の強そうなアブソルも、最終進化系のウツボットさえ、気づいていない。トレーナーさんのお手伝いに励むゴースもガラガラもゴローニャもバクフーンも、波動を操るルカリオだって、調査地の端っこで管を巻いているわたしと、有能な新人であるノームが毎朝セックスしているだなんて思いもしないだろう。すぐそばでふしだらな光景が繰り広げられているというのに、トレーナーさんを含め誰ひとりとしてそのことに気づけないのだ。
 もしわたしが群れに語り継がれる長生きスリーパーだったら、カビゴンが送り出す強烈な催眠波に乗せて、今のわたしの変態っぷりをライブ配信できるだろうか。夢の中という独占プラットフォームで、わたしは人気急上昇のエロ配信者となる。集まってくれた視聴者へ向けて生配信するのは、いかにも竿役としてふさわしい筋骨隆々としたヤルキモノとの快楽目的生セックス。みんなの寝言コメントには目を通せないけれど、スーパーチャットの代わりに夢精ザーメンを飛ばしてもらうのだ。
 そうしてアラームが鳴り響きいつも通りの朝を迎えた、そのあと、わたしに向けられるみんなの目線は少なからず変容しているだろう。あれは夢だったのか? それにしてはいやにリアルな、いやまさか……。そんな憶測を孕んだ疑惑の目を向けられ、わたしはどうなってしまうんだろう? そう考えただけで醜悪なマゾアクメへと追い立てられていく。

「あ゛っ、ぁあああ゛ッ! みでッ! わたっ、わたし、のォっ! イぐどこ、見て、てええ゛ッ!!」
「ソムニっ、あの……さッ。キス……したい」
「ん゛ッ! ふヴっ、こしっ、緩めて……」

 カビゴンベッドの反発が収まるのも待たずに上半身を前へ倒し、分厚い胸板へ体重を預ける。両手でノームの顔を抱えこみ、牙の飛び出した口を親指でこじ開ける。
 んぱ……っ。
 かつてトレーナーさんを怯えさせた牙だらけの口を開くのに、抵抗はなかった。がッ! がち、と2度ほどぶつかったけれど、その程度の鈍い痛みなんて全く気にならない。首を傾けて、尖った歯列どうしで噛み合っては固定する。フェラのときに散々ちんぽをあやしてきたベロを突き出し、唾液ごとノームへと注ぎこむ。土砂降りの雨の中手を引いて帰り道を案内するように、ぎっしりと絡みあった舌と舌が互いを貪りあっていた。雌雄の体液をぬちゅぬっちゅと混ぜ合わせる淫靡な水音。まんこの奥をリズミカルに押し上げられながら、誰に見せつけるでもなく濃厚なベロキスを披露する。わたしの中でちんぽがびくびくしているのが分かって、ノームもこんな倒錯的なセックスが好きなんだ、と思うとわたしまでまんこを締めてしまう。
 ノームが突き上げを深くする。昨日教えたわたしの弱りどころを肉厚亀頭で持ち上げ、戻りざまにカリ首で膣肉を満遍なく引きずり出していく。ザーメンの出所を本能的に理解しているのか、鈴口へ媚びるようにパクつく子宮口を宥めるよう、ずっぷりと押し返してくる。
 背徳的すぎるキスハメにどれほど耽溺していただろう、ふと影が差した気がして顔をもたげると、前日と同様にカビゴンへ飛び乗ってくるポケモンがいた。寝ぼけて伸ばした(つた)で絡まっていたウツボットは大変寝相が悪く、こんなところまで寝返りを打ってきたらしい。
 爆睡中のハエとりポケモンがカビゴンの肉布団へ倒れこんだ拍子に、その大きく開いたがま口からどぎつい紫色をした消化液が垂れてきた。免疫持ちのカビゴンの地肌に弾かれては流れ、寝そべるノームの毛を頭頂部からヘリオトロープに染めあげていく。初めこそ変化はなくわたしも気に留めなかったが、雄の獣欲にたぎっていた両目が次第にトロンと丸くなっていく。

「あ……れ? なんだか、急に、眠く……、?」
「――は? え、何、ちょっと」

 ちんぽで下から突き上げるべく発奮していた彼の筋肉が、まるで脂肪に置き換えられたみたいに剛直を解いていく。背中へ回されていた腕の重みがのしかかってきて、わたしはそのまま抱きすくめられた。ナマケロ族は寝ても枝から滑落しないよう、無意識に爪を内側へ折り畳むものらしい。つまり熱烈な抱擁を受けるわたしは、ヤルキモノの屈強な胸筋を引き剥がして脱出を試みなければならないわけで。

「ねえちょっと、腕外して――重っ! これ無理、起きて。起きろ!」

 腰を立てようとして無理な方向へ力を入れたせいか、ノームの体幹を失ったわたしの体はあっけなく横倒しになった。寝ても興奮冷めやらぬちんぽに子宮外壁をぬりゅんと掻き撫でられ、わたしはあえなく悶絶した。
 ――と、そのとき。
 タイミングを見計らったかのように、わたしの耳はどこか遠くから響いてくる音を拾っていた。
 有線放送のスイッチがタイマーでONになる際の、耳鳴りに似た高周波。満ち潮めいて次第に大きくなるBGMは、わたしに終業を知らせてバックヤードへ引っこむよう()き立てるものだ。毎朝6:30にセットされたアラーム。つまりトレーナーさんが起き出す合図だった。
 トレーナーさんが、起き出す、合図。

「――ッやば、やばい、ヤバヤバやば――!? ねえ起きて、起きてってば、お願いだからッ!」

 トレーナーさんが睡眠データを採取し、テントから出てきてまず目を向けるのはカビゴンだ。このままではワカクサ本島にいるはずのないスリーパーの、しかも星10レア寝相を激写されることになる。寝顔図鑑に収録される写真の題名はおそらく『しっぽり寝』。子どもを連れ去るだなんだと偏見まみれに書かれた従来の図鑑の方が、100億倍マシだった。

「やめ、て。いや。やだっやだ、やだやだやだやだ――!」

 動けないわたしの見つめる先で、グランピングのドーム型テントでトレーナーさんが起きだした気配。すぐにランタンの灯りが消されテント内が暗くなり、出入り口のジッパーの留め具が内側から持ち上げられると、そのまま一気に――





 顔を包みこむ空気がほのかに暖かい。窓から射しこんでくる朝日の角度がいつもより高く、味気ないワンルームの天井が明るみを帯びている。
 目を開けた瞬間に寝坊した、と気づく感覚は、久しぶりな気がした。
 布団を跳ね除けて飛び起き、枕元のスマホを拾い上げた。表に返す。私に現在時刻を突きつけてくれるはずの液晶は暗いまま、その奥に青ざめた寝起き顔の私を浮かび上らせていた。
 充電、し忘れ。
 ケーブルには繋いでいたものの、何かの拍子にコンセントから外れていた。もたもたとプラグを差し直しす。再起動するや否や、上司からのメッセージがなだれ込んできた。『早く出社しろ』『電話しろ』『生理か?』『体調悪いとか抜かすなよ』『お前のためにわざわざ』『会社舐めてんのか』――そんな類のパワハラセクハラモラハラが数件並び、続けざまに並ぶ怒涛の着信履歴。
 震える指先で電話アプリを起動、声も聞きたくない課長へ、ごめんなさいただの寝坊です、と伝える。ああだこうだがなり立てられる雑音をシャットアウトするよう通話終了ボタンを押して、そのままスマホを投げ出した。とにかくスーツに着替えなければ、と布団から立ち上がった。
 立ち上がったはいいものの、足が1歩も動かなかった。腕を伸ばせば届きそうなクローゼットが、絶望的なまでに遠く感じられる。息を吸うだけで足元が揺らいで、立っているのはおかしい、と脳が勝手に警告を鳴らしている。
 ……もう今日は休んでしまおうか。
 投げ捨てたスマホを拾い上げる。10:29、どう足掻いたって遅刻の文字列をぼーっと眺めながらロックを解除し、証明写真みたいに映るカビゴンのアイコンをタップした。
 ポケモンスリープという睡眠アプリをインストールしてから、ブラック企業勤務の私のライフサイクルは改善の一途を辿っていった。かつては日付を跨いで帰宅してからも眠るのが怖く、朝方まで毛布にくるまって震える夜もあった。今では風呂を済ませればすぐにベッドへ潜り、アラームさえ鳴れば日曜だろうと祝日だろうと6時半に目が冴えた。布団に潜って「あと5ふん……」なんて、貴重な朝の時間を浪費する習慣ともおさらばした。
 それまでは毎日が辛く、通勤電車で意識を飛ばした朝は両手の指じゃあ数え切れないほど。カビゴンと規則正しい睡眠を心がけるよになってから、見違えるように自己肯定感が回復していった。仕事はキツいし上司はクソだが、この現実に耐えられるくらいのメンタルは保てている。かつてのわたしだったら寝坊した罪悪感だけで会社のトイレで吐いていただろうけど今は、もう午前休扱いだし焦らないでいいや、という諦めの感情が強い。
 アプリが起動する。過食気味だったわたしの比にならないほど1週間ドカ食いし続けたカビゴンはもう、画面に収まらないくらい大きくなっていた。体のサイズに比例してねむけパワーは強くなり、その分ポケモンたちは安心するのか、珍しい寝相を見せてくれる。昨日はコダックがカビゴンのお腹に寝転がっていたりして、それはもう可愛い寝顔をスクショしまくった。
 まだ見ぬレア寝相を激写するつもりだったのに、計測したはずの睡眠時間は記録されていなかった。お手伝いポケモンたちもみんなやつれた表情をしている。わたしがなかなか起きてこないから不安でたまらなかったはずだ。最近進化したルカリオなんかはきっと、寝ずにわたしを待ち続けていたことだろう。ご心配おかけしました。
 寝ていた時間を手動で入力する。おおよそ9時間30分。睡眠スコアで100点を叩き出したのは初めてだった。寝ている時間帯を表示する棒グラフは(おおむ)ね規則正しく並んでいたが、今日のデータ分だけ突出して長い。やはり十分な睡眠時間を確保できると、気分はともかく体調はかなり回復するみたいだった。

 アプリのおかげ、なんだろうか。
 ここ何日かエッチな夢をよく見た。
 夢の中で私はガタイのいい男に抱かれていた。祝日にもかかわらず金曜日に強制参加の飲み会があって、そこで知り合った他部署の後輩だった。学生時代はボディビルに打ちこんできたとかで、顔には幼さが残るものの特に上半身はがっしりしていた。酔った課長の無理強いに流されるまま彼が触らせてくれた胸板は、シャツ越しでも伝わる男の逞しさを私の脳裏に刻みつけた。
 すっかり酔い潰れた課長を置いて居酒屋を出ると、馬を合わせた私たちは2軒目を梯子した。大学でジェンダー論を専攻していた彼は親身になってくれ、促されるままにキツい仕事とクソ上司の愚痴をこぼしていた。終電の時間になってもまだ、話し足りなかった。
 ホテルに誘われけど、一旦は断った。土曜日だろうと上司は必要なときに私を呼びつけるから家で待機していなきゃならなかった。本音は、睡眠リズムは取り戻したとはいえ、ストレスとそこから派生する不健康で体はボロボロなままだったから、彼を落胆させてしまうんじゃないかって恐れのが強かった。
 それでも彼はめげなかった。女の子の扱いには慣れているのか彼の口説き文句に嫌らしさはひとつもなく、気づけば私はホテルのベッドで裸になっていた。飛び立とうとする小鳥の鳥籠を、そっと外してくれるような手で、私の体は彼に暴かれていった。
 朝帰りしてもまだ、彼の感覚が残っていた。飲み会の席では左手で感じ、ベッドの上では全身で再確認した胸板の分厚さが感じられるようで、寝て覚めても左手を天井へ突き上げ、握ったり開いたりしていた。朝から胸がドキドキしている。その指先に糸で吊るした硬貨を垂らして、自分自身に催眠術をかけているみたいだった。
 スマホの中のポケモンたちはほったらかしになってしまったけれど、それを差し引いても打ち震えるような嬉しさ。私にもまだ、恋にときめくような体力が残っていたんだ。ときめく、なんて生ぬるい表現じゃ物足りないかもしれない。なんせ抱かれてから2日連続で、彼に激しく求められる夢を見たんだから。
 あ、と思い出してメッセージアプリを開く。直近で追加された連絡先に『上司からセクハラを受けたらすぐに相談してください。オレの力になれることがあれば、なんでも協力します!』との短文がついていた。
 私いま転職を考えているんだけど、と、一気に打ちこんだ。本当にいま考えついただけなのに、この機会を逃したら一生この会社から抜け出せない気がしてしまって、ほとんど無意識に指先がフリック入力を済ませていた。
 左手を胸に置いて、ひと呼吸。勢いが削がれないうちに、送信ボタンへ指を触れた。





 ジッパーが開く絶望の合図は、わたしの背徳感が創りあげた幻想だったらしい。トレーナーさんが実際にテントから這い出してきたのは、すっかり陽が昇ってからだった。
 あのあとどうにか抱き枕の緊縛から抜け出したわたしはノームを叩き起こし、カビゴンとその周辺を一目散に洗浄してから、お手伝いポケモンたちを揺り起こして回った。昨晩確かに「おやすみ」を告げられたはずなのに、一向に「おはよう」と声をかけてもらえない。リサーチ開始以来初めてのケースに彼らも当惑を隠せなかったようで、メトロなんかは直立したまま微動だにせず、忠犬イワンコもかくや、というほどの徹底ぶりで彼女がテントから顔を出すのをひたすら待っていた。けっきょく何事もなかったかのようにトレーナーさんはカビゴンへ朝食を作り、お手伝いポケモンたちからきのみやら食材やらを受け取って、ひとり用のテントへと戻っていった。
 カボチャを撤去されてがらんどうとなった、テント裏のスペースに寝転がりながら、わたしは澄んだ心持ちで昨日までの余韻に浸っていた。あれだけ騒がしかったハロウィンの面影はどこにもなく、有線放送にはワカクサ本島らしい穏やかな午後のBGMが揺蕩(たゆた)っている。
 短くともトレーナーさんの研究がひと段落つくまで、変わり映えのしない雑用をこなしていくんだと思っていた。広場の中央で鎮座するのはカビゴンであって、わたしが写りこむことさえないんだと諦観していた。人間に嫌われているスリーパーはいつどこで何をするにも隠れているべきだ、なんて偏見を抱えていたのは、他ならぬわたしだった。
 遠くから見慣れたルカリオが手を振ってやってくる。トレーナーさんを待ち続けた疲労も見せずに、メトロは立ち上がったわたしに笑顔を振りまいた。

「ソムニさんっ!」
「メトロくん。元気そう」

 ゴースたちの焚いた黒い霧が晴れてよかった。今週はデザートばっかりなんだって。仲間になったジュペッタが、これまた変なんだ。たわいない話を展開するかたわら、明らかにメトロの緊張が伝わってくる。波動を使えないわたしにだって、彼の考えが手に取るように分かった。
 ――いよいよ、かな。

「あの」
「なに?」

 切り出したものの言葉が続かないようで、メトロはわたしの両手を掴んで下唇を噛んでいた。相対するように居住まいを正すと、わたしをまっすぐ見つめてくる、意を決したような鋭い目線。不安げに広げた両手で手繰り寄せるように、ギュッと力強く抱きしめてきた。
 わたしの左肩へ乗せられたマズルから、懸命な声が響いてくる。

「はっ初めてお会いしたときから、す、すすすッ、好きでしたあっ! だから、その、あの、ソムニさんさえよければ、ぼっ僕と――」

 その先に続く決定的な言葉が聞こえてしまう前に、両手で肩を剥がしてマズルに指先を添えた。エルフーンたちがイタズラの合図をするように見つめ合ったまま、すすす……、と指先をずらして、彼の胸から飛び出した鋼をなぞる。

「これ今、すっごい刺さった」
「あ――わぁっ!? あの、あの、ごめんな、さっ! わあ、あっ、だいじょぶ、そうですかっ!?」

 メトロは波動を感知する房を4つとも跳ね上げ、ルカリオらしからぬ慌てぶりを見せた。傷を確かめようととっさに手を出したものの、雌の胸へ肉球で触れるのも失礼だと思ったのか、半端に伸ばされた腕がおろおろと宙を彷徨(さまよ)っていた。

「痛くはなかったから大丈夫、気にしないで。進化したばかりだと、自分の体がどうなっているかも分からないものだから。気遣いのできるような大人になったら、また考えてあげる」
「あ……」

 波動で察知せずとも、わたしの回答がやんわりとしたお断りなのだと気づいてしまったらしい。途端に涙目になったメトロの頭へぽん、と手を置いて、落ち着くまでしばらく撫でまわしていた。
 別に胸の刺突が原因ではないけど、彼にとってはその方が傷が浅くて済むだろうから。彼が恋愛の経験値を積むのは、またの機会にお願いしよう。
 余った左手を、ちくりとした痺れを残す胸にそっと重ねる。
 メトロをフったのは、決してノームに惚れこんだからではない。どれだけ燃え上がったって彼とはタマゴを望めないし、どうせケッキングまで進化したらぐうたらに逆戻りするだろうから。その点で言えばメトロはこれから成長を続けるはずだし、恋愛経験の薄いうちにツバをつけておけば将来、安定した夫婦生活を送れることになるだろう。
 けど、おそらくそれでは足りないのだ。わたしが無意識に求めている、バイタリティが。

「それにね、わたし――」

 わたしは、()自身の決意を確かめるように、声に出して言った。

「将来を真剣に、考えることにした」






あとがき

驚くべきことにポケスリ始めてから睡眠リズムが整ってきました。睡眠アプリ導入すると生活習慣が改善されるってホントだったんですね……ワ⚪︎ップかと思ってました。夜になるとみんな疲れた顔をするものだから、かわいそうだしそろそろ寝るか……ってなるもんですねぇいやはや。性欲の次は睡眠欲までポケモンの制御下に置かれちまったか……。次はもう実際にポケモン食べるしか……。
スリーパーのすけべっぷりはXに流れてくるあの方とかあの方とか、いろんな漫画に影響されました。参考にしようと読み返して思ったんですけど、スリーパーってコアなファンから愛されてるなー、ってしみじみ思います。かなり長期連載されてる漫画もいくつか拝読しておりますが、みなさん催眠術にかけられている? ってくらい熱量ある人多くないですか。単にめちゃくちゃ描きやすいとかなんですかね。


以下大会時にいただいたコメントへの返信になります。


・浮気に、いつ他人に見られるかもわからない状況でのセックス……とても背徳的でいいと思います (2023/12/22(金) 20:36)

2000年代アニメのEDでありがちな、本編ではいがみあったり殺しあったりしている登場人物が草原とかで全員幸せそうに寝ているシーン、あるじゃないですか(?) なんか印象に残ってるんですよねあれ……ああいうの台無しにしたくなるんですよ。ならないか。
ともかくポケスリでしかできなさそうなシチュでの濡れ場が書けて満足です。


・『Pokemon Sleep』が発表から4年越しでリリースされた、というメタネタを二次創作的に解釈しつつ、世界を広げる書きぶり、毎度読み応えがあります。本作にいかにもいそうでいないスリーパーの抱えているコンプレックスはリアルだし、そんな彼女の心を振り回すルカリオやヤルキモノも丁寧に描写されていました。全体的に、程よく緊張させる展開で最後まで一気に読めました。ここのコメントでは書き尽くせないですが、純粋に小説自体を評価して1票ということで! (2023/12/23(土) 18:56)

私が創作するときは大抵キャラを好きになってから始まるんですけど、今回はポケスリで書くぞ! と外枠を決めてしまったため執筆速度が思うように出せませんでした。主人公をなかなか好きになれず、濡れ場だけ空白のまま気づけば締め切り1週間前……。後半とくに駆け足で書いていたので、最後まで一緒に駆け抜けていただけてありがたい限りです。今大会こそは1万文字くらいに収めるぞ! と勢いこんだくせして7日間に章分けしたのが運の尽き。そら6万文字超えますわ。お付き合いいただきありがとうございます。


・よかったです (2023/12/23(土) 23:07)

ありがとうございます! これからも良いものを書いていきたいね……。



大会の主催者様、読んでくださった方、票を入れていただけた御仁、ありがとうございました!


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Last-modified: 2023-12-24 (日) 01:50:48
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