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あくむせつだん

/あくむせつだん

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『全ての夢はもうひとつの現実、それを忘れるべからず』とは、ある友の談であり、自戒でもある。 


 私は身をよじり、背後へと軽く羽を振るう。入り口を光子で紡ぐ。
 入ってきて感じたのは、強い寒気、地平の果てまで続く赤黒い空、夜明けのような薄暗さ、雪の積もった灰色の森、感覚を遮らない程度に降りしきる粉雪――世界の暗さ、積もる雪の色味のなさに対して不釣り合いな赤光を放つ粉雪。――それは地上へと到達すると色を失い見慣れた雪として重く世界にのしかかっている。
 見上げると、頭上は雲のような赤黒い渦が覆い尽くされている。渦の中央では結晶のような黒く鋭い破片を無数に生成し、その切っ先を下方、地上へ向けて展開している。『空から落ちてくる』、というのはそれなりに見られる世界である。――〝主〟が意識し恐怖した瞬間、これらが降り注がれるのだろうか。
 主は――柔軟なのだろう。気弱なのだろう。一概には表しづらい感覚をあの姿に重ね合わせた。うなされているというにはひどく静かな寝姿。
 どこまで感覚をすり合わせようか。――何気なしにひとつ息を吐いて吸うと、喉の締まるような感覚を受ける。共に呑まれても脱することは容易いが、傷つけずに、と条件を付けると途端に難しくなる。――強く出過ぎず、しかしあまり我執を捨ててはならない。そう意識を定める。
 さて、主はどこにいるだろう。地上へと視線を降ろす。積もった雪の加重で今にも折れそうなくらいにねじ曲がった頼りない木々。いくつもの崖と急な川に囲まれた斜面。馴染みのあるような山の一角だが、私の知る場所ではない。主が創造した地形。
分かりやすい場所はいくつかある。崖同士の間に倒れている巨木、日当たりも悪くなさそうな高地であるにも関わらずそこだけ開けた雪原、反り立った岩肌の真ん中に空いている洞窟。俯瞰すると、それらを繋ぐ一本の道が見えてくる。辿るように視野を広げていくと、やがて一つの姿に突き当たる。居た。
 眠っていた姿とは体色が異なるが、主であることは間違いない。この世界に存在しないはずの他者に対して幻影を放っているか、主が望む姿か、あるいは望まぬ姿か――突き詰める必要はない。私は重い空気に身体を馴染ませつつ、宙を滑り、その姿の元へと降りていった。



 主が私を見つけ、立ち止まり、私と視線を送ってくる。私も声が届くところまで降り、宙で静止する。
 黒を基調として頭頂部の毛先を赤く揺らめかせる小さな姿。四本足も胴体も雪に埋もれ、首回りを覆う毛にも色味のない雪がこびりついている。だいぶ歩いているのであろう、疲弊した様子が認められる。
「――だれ?」
 主の言葉と同時に、よじれるような、乱雑な外圧が身体にかかった。私を弾き出そうとする世界の流れ。
 自らの記憶を元にする世界において、主の知識から紡ぎだせないものは存在しえない。――恐らくは私を知らない。あまり多くを語ってはならないが、程々に定義はしてもらおう。心に刻むべきは霞んだ記憶であり、私のような第三者ではない。
 私は外圧を振り払いこそしつつ、一呼吸おいて言葉を返す。
「守護神――と、呼ばれている者です。此度はあなたを助けに参りました」
 果たしてその目にはどのように映っているだろうか。この世界に私は存在しないはずなのだ。
「……助けに、来た……?」
「はい。ここは悪夢の中です。あなたが目覚められるよう助力します」
 世界が一つ鼓動を打つ。主が私に興味を持った。世界が私を定義しようとしていた。――上空の動きを感じた。
「わたしは、眠ってる?」
「はい。静かながら、苦しんでいらっしゃりましたよ」
 主の声色は明るく上ずっていた。助かる、という見込みによるものなどではなく、純粋に話し相手が現れたのが嬉しいという様相。しかし、その言葉の外には無垢かつ過酷な疑問を表している。――私を試したがっている。
 守護神。――守護神と呼ばれる者が易々と倒れるわけがない。そのような者が倒れるほど悪夢めいたものはないだろう。――全く、誰が呼び始めたのだか。
 世界に定義付けるためには簡単な方法だ。それでいい。悪夢から離れて自らの夢であるという自覚さえしてくれればいい。
「じゃあ、この、」
 意識を強くのめり込ませ、主の声を一時的に奪う。身を翻しつつ、その頭上へと移動する。空と主の間へと割り込んで念力の壁を張る。――切り払えば全てを止めるくらいはできるだろうが、それでは世界を、主を傷つけてしまう。虚空へと消えた世界の欠片はそうそう回復しない。しかし、この世界の望むままに虚ろな対応をすれば、私は主と一緒に貫かれるだけだ。ある程度――本気ではない、調整した力を示さなければならない。
 ――どこまでならこの世界を切り裂いても支障なく目覚められるだろう。――思案する間はもうない。
 経験と直感を頼りに、大きく羽を振るう。一瞬遅れて視線を上空へと向ける。いくつもの棘が壁で砕ける。――無数の黒い棘が、赤い粉雪を散らしながら、主と私を貫くべく降りかかってきていた。
『――この悪夢は、もうすぐ終わる?』
 主の声を借り、言葉を響かせる。返事は要らない。
 その意識の切れ目を付いた棘が、念力の壁をすり抜けた。私の胴体を貫く。
 痛く、重い。
 勢いを削ぐことなく地面へと身体を引っ張られる。
 主をすり抜け、雪の層をすり抜け、土もすり抜け、真っ暗な只中、棘の重みでどこまでも落ちていく。
 ああ――悪くないな。

『――守護神さん、今助けるよ!』
 痛覚に耽溺する間もなく、大きな声が世界に響いた。上から落ちてくる姿。主が地を裂き私を追ってきていた。
 黒い毛並みが剥がれ、本来の白い体色が露わになる。その前足を振り上げ爪を伸ばす。鋭く、自身より長く、私の身体よりもずっと長い。影を固着させたもの。それを私のほうへと振るう。
 その爪も私をすり抜けた。ただ、その爪が切り裂く鼓動は、私もよく知るもの。
 落ちていくその先に、世界の出口が開かれた。主が共に落ちていることだけを確認すると、意識を弱め、ただ流れに身を任せた。



 ――思っていた以上に身体じゅうが痛む。胴体を貫いた重い棘一本だけでも十分だったが、いくつもの棘が私を貫き通っていたらしい。主に定義されるためとはいえ、強くのめり込んでいたぶん、現実の傷としても残っているのだろう。
 意識と肉体を現実へと引き戻し、目を覚ます。月明かりが差し込む洞窟、夢の主の棲み処。
 下方へと視線を向ける。白を基調として赤い毛先が絶えず揺らめいている小さな姿が、静かに眠り続けている。
 その両前足には、私の羽根を抱えている。脱する際に光子を再形成して持ち出したのだろう。柔軟で気弱で、しかし抜け目がないというか、したたかなものだ。この子は自らの力で悪夢を切り断ったのだ。私は本当に少し助力するくらいしかしなかった。
 ――ま、私のやるべきことは無事に終わった。知らない姿を目撃される前に戻るとしよう。
 私はその巣穴から出て、宙を泳ぎ行く。見られないところまで出て、一つ息を吐く。

 念力で自らの全身を軽く撫でてみると、痛むだけではなく表皮の欠けている部分が何ヶ所かある。このような姿をあの子に見られなくてよかった。
 今宵は綺麗な満月が昇っている。このくらいの傷なら月光浴をしていればすぐに回復するだろう。
 下方では、無数の木の葉と川の流れが、月明かりを帯びて淡く煌めいている。私の守護神が守っている、美しい世界。
 今宵はその気運ではないが――時々はこの光景も共有したいものだ。


――憧れでもあるが、それは別件。 


 山の一角に降り、その場で身を翻す。岩肌がむき出しになった窪地。好奇心などが無ければ誰も寄り付こうとしない、ひとつの棲み処。
「――戻ったよ」
 私は声を上げつつ空を見上げ、月へと向き直る。背後の地面へと影を作る。――今宵は〝彼〟には眩しいものだ。
「――ボロボロじゃないか」
 数瞬おいて、背後の影から返事が向けられてくる。かすれた声。聞き慣れた声。
「いやぁ、主がしたたかだったよ」
 特別言うほど傷だらけに見えるだろうか。だいぶ身体を張ったという自覚はあるが、この程度の傷を負って戻ってくるのはそこまで珍しくない――つもりだ。
「守護神さん――いつも悪いね」
「――どういたしまして」
 何度となく交わしたやり取り。あまり気負わないでもらいたいところだが、気負いたいという彼の思惑も否定しない。『あんたこそが守護神だろうが』と蒸し返してもいいが、散々語り尽くした話題でもある。

 どういうわけか、彼はただ居るだけで周囲の夢を悪夢へと変質させる力を持っている。ひとたび罹れば、目覚めることなく死の淵まで体力を消耗し続ける強力なものだが、問題として、彼自身が望んでいなくとも発揮される、制御の効かない体質だ、という面がある。彼は自身のこの体質を嫌っている。
 そしてどういうわけか、その力は私には効かない。いや、効果はあるのだが、私は自らの夢を認識していつでも自力で抜け出せる。それだけでなく、他者の悪夢に入り込んで目覚めさせることもできる。私は、彼の悪夢に罹った者も、彼そのものも護ることができる。
 ところで、そんな彼がいるこの地はどう思われるだろうか。遠く風に噂されるような破壊者たちが現れないのは偶然だろうか。――雷嵐を唄う暴竜も、心を食らい尽くす夢魔も、行く先々を氷に閉ざす九尾のなり損ないも――畏怖を以て噂されるような奴らは、みんな、この一帯に来ることだけは避けている。

「ま、――」
 私は相槌だけ言葉にしつつ、軽く振り返って彼の姿を視界の端に収める。揺らめく影のような輪郭だけを視認し、その目と視線が合わさる前に目を瞑る。何を言うこともなく息をゆっくりと吐き、身体から力を抜く。自然と浮遊したまま、頭を下げ、羽を垂らす。
「ああ、全く――」
 彼も大きく息を吐いた。同じ吐息ではなく、もっと短く区切ったもの。
 背中から後ろ首にかけての加重。顔への冷たい接触。彼が私の背中に跨り、前肢で抱擁してくれる。慣れた作法。彼を受け入れ、鼓動を二つ数えたところで、あらゆる感覚が移り変わる。風も、温度も、感触も、鼓動さえも。
 ――彼の前肢が顔から降り、私の首筋を捉える。鋭さを以て切り裂かれる。彼は黙ったまま私への加重を解き、代わりに私の背中を貫く。心臓を握られ、振り回され、地面へと投げつけられる。岩場。身体側面からぶつかり、浮力が消え、仰向けに倒される。いくつもの破片が身体に刺さる。
 身体じゅうがひどく痛んだ。呼吸ができるかも定かではなく、それでも、消えゆくはずの鼓動が高鳴るのを感じた。
「――性急だな」
 放てるとも思えない状態であるにも関わらず、何気なしに声を零す。
 ――私が主となる世界。彼の力を受け入れた世界。認識できているし、それなりに動かすこともできる。ただ、延々とひび割れていく世界。ひびが私まで到達し、そのまま私ごと引き裂いていく悪夢の世界。
 目を開き、仰向けのまま彼を見上げた。私の中の彼であって、現実とは異なる、もっと、私の理想に忠実で、それでいて期待を裏切ってくれる姿。望みに近く、それでいて寄り添ってはくれない悪夢の姿。
 彼には私を圧倒できる力があると思っている。その力の全てをいつか見せて欲しい、私を服従させて欲しい。傀儡として握り締めて欲しい。――本当にそうされたいかというと疑問が残るが――彼由来の悪夢は、そんな後ろ暗い願望を私の世界に届けてくれる。目の前の姿は、それを実行できてしまう。
 彼が前肢を上げると共に空が砕け、赤く黒く染まっていく。その前肢の一振りで、私の腹を切り開かれる。
 液体のような感覚に満ちていく。内出血などではなく、彼からもたらされる煙のようなものが、腹部から入り込んできて圧迫してくる。重く、苦しい。
 ――どうせならもう少し下方に注いでくれればいいのに――私の彼も、そういった興味を持ってくれないところは一貫している。
 ああ、まぁ、悪くはない。
 息を吐かされ、吸うこともできない。鼓動も消えて静かな中に溶け込んでいく。私という形が失われて、彼とひとつに、
『そのくらいにしとこう?』

 ――彼の声が、世界に響いた。不意に、意識を現実へと引き戻された。
 空が割れたりなどしていない、地面に叩きつけられたりなどしていない。彼は、力を制御はできなくとも、私に語りかければ帰ってくることは理解している。
「――なんだよ。これからいいところなのに」
 身体の痛みは強く残っている。特に背中は、彼の加重が沁みるような痛みに変わっている。
「生傷増やしといてよく言うよ。ちゃんと回復して。分かった?」
「……はいはい」
 お互いに息を吐き、そして吸い直した。――私も呼吸ができる。できてしまう。
 仕方ない。彼は、私を含めて誰も傷つけたくないのだ。相反するものだ。
 ああ、いつになったら私は彼とひとつになれるのだろう。

 私は空を見上げ、月明かりを身に纏う。月光浴は心地いいものだ。私の傷口を塞いでくれる。痛みなどが消えていく。――これは本当に心地のいいものだろうか。分からない。
 彼は私の羽を軽く撫で、背中から離れる。私の影に潜み、岩肌の中へと戻っていく。

 ただ、守護神のそばに居続けられることが、長く続くもうひとつの夢。
 私が彼を支えて、彼がこの夢を、世界を護ってくれるという形は、まぁ――悪くない。






・後書きとして
ダークレはいいぞ。
お題「らい」ということでもうダークライでいくしかないでしょう、と案自体は即決でした。展望をどうするか、長らく筆を握る勇気も朽ちていたというのが悩みの種で今回は見送ろうかと考えていました。
ところで、親友に映画を見に行こうって誘われてエントリー締め切り前日に見に行きました。(怪盗クイーンはサーカスがお好き。私は原作未履修でしたが楽しめました。この作品の原作を知る人はここには多いのではないでしょうか)そこで創作の在り方を自分なりに考え直して、「まぁこれでいいのだ」と割り切って筆を取れたという経緯がありました。
この場を借りて……いや形式ばった話ではなくて、当時は直接的な言及を避けたけどほんとありがとうね。ここに書いて親友に届くかというのは別問題として。
悔いなく書き切れたか、というと怪しいところですが、久方ぶりに楽しく頭を悩ませながら書けました。

で、ダークレはいいぞ、というだけのことをうまく書き切れたかも自身はないわけですが、はい、ダークレはいいぞ。しかし書こうとすると大変なペアだと再認識させられました。
このふたりは概ね月と悪夢が主要な繋がりなわけです。しかし移り変わりが激しく意識としてとらえることも難しい夢の中は、描写として理解より感受で終わるくらいが丁度いいとは個人的に思うのですが、理解"させない"というのも難しいものですよね。
ダークレはいいぞ。


以下1件のコメント返しになります。

情景描写の節々に含まれる静謐さに引き込まれ、広がる独特な世界観の深みに沈んでいくようでした。読み解くのがとても難しく、正直どこまで嚙み砕けているのかもわかりませんが、とにかく惹かれる作品でした。 (2022/07/09(土) 21:53)

投票ありがとうございまーす!! 感じていただけるものがありましたなら何よりです。
あなたが主となる世界にただただ静かに沈んでくださったならば、冥利に尽きます。


お読みいただきありがとうございました!!


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Last-modified: 2022-06-24 (金) 23:03:43
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