仮面小説大会非エロ部門参加(4位)作品
※注意書き
★この小説には極めて暴力的な場面、重度の厨二病展開、非常識な設定などが存在しています。ご注意ください。
★日本語の技名に英語のルビが振られている箇所がありますが、技によって英名だったり英訳名だったりと統一されていません。都合に合わせて選んでいますのでご理解ください。
★実在する地名をもじった地名が使われていますが、ポケモン世界の地図を日本に見立てた時のその場所にあると言うわけではありませんので誤解なきよう。
★この物語はフィクションです。実在する人物、団体、グリム童話などとは一切関係ありません。
昔話をしてやろう。
かつて、人とポケモンとの関係が今のようでなかった時代。
自由と幸福と未来を求めて戦い抜いた、勇気あるポケモンたちの物語を。
『楽園創成アルセイバー』
~ダッカーの平原に
遥か遠く、鈍い破裂音と何かが破砕された轟音がこだましている。
砂塵が焦げ臭い火薬の香りと、それに交じった血の匂いを運んでくる。
そこは、戦場だった。
そこでは数多くのポケモンたちが人間たちの為に争い、傷つけ合い、そして……死んでいく。
そんな儚い命たちを、昇って間もない太陽が血色の焔で燻っていたある朝。
山陰を東から西へ切り裂いてせせらぎを運ぶ渓流の傍らに黒々と築かれた砦の一角で、2匹のポケモンたちが緊迫した視線を交わし合っていた。
「残念ですが、当キングラス砦の維持は最早限界と言う他ありません……」
黒い口元に苦悩を噛み締めたヘルガーの言葉に、部隊長の記章を胸元に付けたルカリオは腕を組んだまま厳しい表情でかぶりを振った。
「それでも我々はこの砦を守り抜かねばならないのです。食料をなるべく節約し、不足分は敵兵から奪い取ってでも……」
「カニス隊長、問題は食料のことだけではないのです!」
ヘルガーは決死の表情で部隊長に訴える。
「我が軍がこのマギダネム戦域から退避して我々だけが敵陣に孤立した四面楚歌の状態が続く中で、兵たちは皆肉体的にも精神的にも極限まで追い詰められています。このままでは……」
「心配は無用です。フント副長」
ルカリオのカニス*1は穏やかな、しかし力強い口調で言った。
「ここが辛抱のしどころですよ。現在我が軍は南のクロウ砦に兵力を集結させ、マギダネム一帯の奪還の準備を進めています。我々だけがこのキングラス砦に残されたのもマギダネム奪還の際の橋頭堡を確保しておくため。本隊がくればすぐに合流できるでしょう」
「しかし、それにしても我が軍の動きが鈍過ぎます」
ヘルガーのフント*2は尚も食い下がる。
「隊長……援軍は本当に来るのでしょうか」
「どういう意味ですか?」
「指揮する人間を一人も置かぬまま、我々のようなポケモンだけの部隊がこのキングラスを任されたのは、本国がマギダネム地域を放棄するつもりだからでは? 我々は撤退のための犠牲……いや、壁役として残されたのではないでしょうか」
「……」
「ならば……もしそうならばもう役目は終わったはずです! 一刻も早く砦を放棄して撤収を……」
「フント副長! 口を謹みなさい!」
カニスの激しい叱責がフントの言葉を遮る。身を竦ませたフントを紅玉の瞳で射貫きながら、カニスは掌に滲む汗を硬く握り締めていた。実のところ、フントと同様の疑念を彼も感じていない訳ではなかったのだ。だが……
「司令は確かに言ったのです。『すぐ態勢を整えて戻って来る。だからそれまでこの砦を守り抜け』と。ポケモンが主たる人間の言葉を疑うことなど……許されないことです」
そういって一息吐くと、カニスは普段の柔和な表情に戻って彼の肩に手を置き、言葉を続けた。
「窮地の続く中で皆が弱気になるのは仕方ありませんが、だからこそ我々は不屈の意思を持ってこの困難を乗り越えなければなりません。どうか私を信じて、力を貸して下さい」
頑強なカニスの意思にフントもついに折れ、説得の言葉を飲み込んだ。
「解りました隊長。私はあなたを信頼しています。そのあなたが信じるというなら……私も司令たちを信じてこの場で全力を尽くします」
覚悟を決めたフントの様子に安堵の吐息を漏らして頷いたカニスが、
「それでは……」
と次の指示を出そうとした、その時だった。
「た、た、隊長!」
偵察員のグライガーが慌ただしく転がるように飛び込んできた。
「敵の砲撃が来ます! 奴ら、いつの間にか岩陰にランチャーを……」
言い終える間もなく。
天を引き裂いて爆音と衝撃が飛び込み、砦の壁を貫いて撃ち砕く。
瓦礫の波がグライガーを叩き潰し、立て続けに炸裂した轟音が砂煙を巻き起こして、たちまちカニスとフントはその中に飲み込まれてしまった。
××××
「たい……ちょ……う……」
「フント!? 無事ですか? フント副長!?」
カニスの尖った耳が、立ち込める粉塵の闇の向こうに微かに滲んだ声を捉えた。
フントの波導を探りながら慎重に歩を進めると、ガツン、と巨大な壁の破片に行く手を遮られる。
「ご無事で……隊長……」
フントの声は、その壁の下から聞こえていた。
「!! フン……ト……」
ひび割れた地面に爪を立てて掘り起こし瓦礫との間を覗き込むと、小刻みに震えるヘルガーの漆黒の脚が見えた。
「フント副長! 待っていなさい。今そこから出して……」
「無駄ですよ……もう、私は助かりません……」
「何を言うのです! 気を確かに持ってください!」
「カニス隊長……は……りませんよね……」
「え……?」
「私たちの戦いは……無駄じゃありません……よね……」
「―――!!」
一瞬絶句し、身を戦慄かせて歯を食いしばると、渾身の力で隙間をこじ開けながらルカリオのカニスは瓦礫の下に呼びかける。
「あ……当たり前です! ほら、聞こえるでしょう? 友軍の軍靴の音が。我が軍の鬨の声が! 司令が約束通り兵をまとめてマギダネム地帯に再侵攻して来てくれたのですよ。私たちが敵陣の中決死で守り通したこのキングラス砦を足掛かりにして総攻撃を仕掛けるために! 私たちは与えられた任務を為し遂げたんです。勝ったんですよ! 無駄だなんて誰が言うものですか。ねぇ、フント……!? フント副長? 聞いていますか? 返事を……」
不意に言葉が途切れる。
重苦しい沈黙の後、カニスは瓦礫の下から起き上がった。
煤と砂埃で汚れた地面に、熱い飛沫が落ちる。
「無駄なんかじゃ……ありませんよ」
足音が、迫る。
カニスたちにとっての友軍のものではあり得ない、この砦を攻め滅ぼし制圧するための敵意に満ちた軍靴の音。
その足音たちへと向けて、カニスは濡れた瞳に不屈の闘志を宿らせながら、力の限りに、吼えた。
「無駄になどして……たまるものかあぁぁぁぁぁぁっ!!」
××××
コツンッ!
固い音と頭に響く鈍い衝撃に、ルカリオのカニスは目を覚ます。
どうやら寝ぼけた拍子に頭をモンスターボールの内壁にぶつけてしまったようだ。
また、あの時の夢か……蒼い頭をさすりながら苦い追憶を噛み締めていると、突然横から声をかけられた。
「よっ! お目覚めかい英雄さん」
皮肉めいた調子の呼び声に振り向くと、隣に置かれたモンスターボールの中に朱い炎が揺らめいていた。数日前からカニスの現在の同僚の一匹となったバシャーモだ。
「出撃前に居眠りとはいいご身分だな。羨ましいぜったく」
「……夢見は最悪でしたけどね」
喧嘩腰にぶつけられた言葉に少しむっとしながら、カニスもまた皮肉っぽく返す。
「ほう? どんな夢だい」
「地獄の夢、ですよ」
「地獄か。ハハッ!」
嘴を歪ませてバシャーモが嘲笑する。乾いた笑い声を上げる顎の下で鈍色の首輪がカタカタと揺れた。
「なら俺たちは今あんたの夢の中にいるってか! そいつぁいいや! ハハハハ……」
ごもっとも。
自らの首に巻かれている、バシャーモが付けているのと同じ鋼鉄の首輪の冷たく硬い感触を感じながらカニスはそう思った。
××××
カニスが夢に見た記憶の中で戦っていた大陸奥地の最前線から遥か遠く離れた大海原の彼方。
キャモメ一羽も、ケイコウオ一尾すらも寄り付かぬ暗黒の海域にその島はあった。
その全域をある超大国の新型機動兵器実験場として開発されたその島では、人が作り上げた鋼の巨獣たちが日夜大地を踏み鳴らし争いあっては、死と破壊を撒き散らしていた。
そうして誰よりも死と破壊を生み出す能力に長けていると証明された兵器は真の戦場へと送り出されまた新たなる破壊を振り撒いて行く。まさに争いのために争いあう争いの地獄。
故に人呼んで〝
その戦獄島の南東部に広がるダッカー平原に砂塵を巻き上げ、一台の大型トレーラーが轍を刻み付けて行く。
巨大な荷台の上に帆布に覆われた何やら複雑な形状の物体を載せたその車の名は〝トーマルカーゴ〟。*3この島で戦う機動兵器の輸送と整備、そして指揮者が指示を出すための移動基地も兼ねた車両であり、当然帆布の中身はその機動兵器である。
そして、カニスたちもまた、そのトーマルカーゴの中にいた。
やがてトーマルカーゴはブレーキ音を乱暴に鳴らしながら歩みを止める。
「目標地点到達。総員、配置に就け!」
運転席の男が野太い声で叫びながら、傍らのケースから4つのモンスターボールを取り出してインパネに空いた穴へ次々と放り込んだ。
カニスとバシャーモ、そして他2匹のポケモンが入ったボールたちがコンベアーに載って車両後部の荷台へと運ばれる。暗闇の中巨大な影を見上げながらその真下まで進むと、今度は昇降機に載ってその影の中へと昇って行った。
入ってすぐにボールのうち一つが別の道へと別れて消え、更に上ると今度はカニスのボールがアームに掴まれて固定される。残りのボールもバシャーモのボールは右の道へ、もう一つのボールは左の道へと別れて行った。
「展開!」
スピーカーから響く男の声を合図にモンスタボールから機体の座席の上へと弾き出されたカニスの身体が、周囲から音もなく迫り上がってきた機器に取り囲まれ座席に固定される。
背中に当てがわれた装置からミクロンサイズの針が脊髄に打ち込まれるとともに、コンソールのメーター群に光が灯り唸りを上げて動き出した。カニスの生体エネルギー『波導』が機器に息吹を吹き込んだのだ。
このようなポケモンの持つ特殊な波導エネルギーの兵器への活用が今この島で動いている新型機動兵器の主流になっている。搭乗したポケモンより抽出された波導は動力として機械を動かし、レーダー波として周囲を探り、装甲の強度を高め、弾丸となって標的を鋭く穿つ。ポケットモンスター・ウエポン、略称
「ユニットゼロワ~ン! ラブちゃんじゅんびかんりょーなのだぁ!」
突然場違いなほどに緊張感を欠いた間延びした声がスピーカーを揺らす。気合が無駄に空回りしているその声に思わず吹き出しそうになるのを堪えつつ、カニスは計器に異状が無いことを確認しマイクに向かって言った。
「こちらユニット02。準備完了です」
その声に続いて先刻のバシャーモの逞しい声が響く。
「ユニット03、いつでもいいぜ!」
更にもう一つ、感情の感じられない冷たい声が短く聞こえた。
「ユニット04、OKよ」
「よぉし。全機能
トーマルカーゴの運転席から放たれた号令と共に、荷台の四隅でガシャンと音がした。機体を荷台に固定していたホルダーが外されたのだ。更に帆布が自動的に折り畳まれ、外界の強烈な光に機体が晒される。白く染まった視界の中、男の声が轟いた。
「〝アルセイバー〟発進!」
巨体が振動と共にゆっくりと動き出す。視界が外の光りに慣れた時には、白銀と黄金とで彩られた機体はスロープを下って大地へと降りていた。
車輪が格納され、機体の四隅の先端が接地する。そこに繋がった長大な〝脚〟の中でギアが軋み、アクチュエーターが伸縮し、
創造神アルセウスを模したという流麗なフォルムは一見して華奢に見えるが、その内部には最新のP・W技術が詰め込まれている。波導コアユニット4匹搭載型試作陸上戦闘用P・W。通称〝
「全速前進! 持てる能力全てを示してこい!!」
蹄跡を大地に刻み付け、アルセイバーは灼熱の戦場へと駆け出して行った。
××××
ところで、この島で行われているのは戦争ではなくあくまでも試作兵器の戦闘実験である。兵器の限界能力を確かめるため実戦さながらの激しいテストが求められるが、当然戦闘が激しくなれば兵士が負傷する危険性が高くなる。兵士の安全を確保しつつ効率的にテストを行うため、戦闘実験においては直接戦闘をする機体は〝無人機〟のみとし兵士は離れた場所の基地や輸送車両の中から指示を出す、という措置が取られていた。
××××
砂塵舞うダッカー平原を鋼の獣の一群が行軍していた。側面のキャタピラで大地を噛みながら進み、砲塔から前方に長く突き出た主砲を武器に戦うオーソドックスな戦車型のP・W、〝アーリィMk-2〟だ。
それをめがけて白銀の機体〝アルセイバー〟が四肢を弾ませて地響きと共に迫る。アーリィたちが砲塔を旋回させて迎え撃とうとするよりも早く地響きは激震となって彼らへと到達し、引き裂かれた地面から迸った〝
尚も砲身を振り回して反撃しようとするアーリィたちの頭上へ、アルセイバーが前肢を振り上げて襲いかかる。
「だだだだだだだだだだだだだだ~っ!」
妙に調子の外れた掛け声がアルセイバーの前肢の間から聞こえてくる。先程元気よく『ユニットゼロワ~ン!』と叫んでいたあの声だ。
声のする場所を見れば、そこに空いた窓から一頭のポケモンが顔を覗かせている。ずんぐりと長い土色の頭に閉まりの無さそうな眼と口をつけたポケモン、ドンメル。首に嵌めた鋼鉄の輪の向こうにわずかに見える背中は雌らしくふくよかな曲線を描いて膨らんでいる。
機械に囲まれた彼女の脚が踏み込まれると共にアルセイバーの前肢が足元のアーリィMk-2を踏み砕き、
キャタピラを砕かれ、主砲をへし折られ、装甲を割られて次々に破壊されて行くアーリィMk-2たち。それでもあきらめようとせぬ一体がミサイルのハッチを開いてアルセイバーを狙い撃とうと試みたが、
「だあ~~~っ!」
迫力があるのかないのか判らないような声を上げたドンメルの一撃がそのアーリィMk-2を、中に搭乗していたポケモンたちごと、踏み潰した。
××××
無論、この島で開発されているのがP・W=ポケモンの波導を利用する兵器である以上機体には必ずポケモンが搭載されているのであり、〝無人機〟とは単に〝人間〟が乗り込んでいないという意味でしかない。
ではP・Wに搭載されたポケモンたちの安全にはどのような配慮がなされているのかと言えば、結論を言ってしまえば『死して屍拾う者なし』。つまり何も配慮などされていないのだ。むしろポケモンも機体の一部として苛酷な実験の対象となっており、〝破損〟すれば交換してしまえばいい〝物〟として扱われているのが現実だ。
即ちこの島での戦闘実験はポケモンたちにとって実際の戦争同様、否、実験が兵器の限界性能を求める者であるが故に実戦以上に激しい命のやり取りを強いられる場なのである。カニスやバシャーモがこの地を『地獄』と称した所以であった。
××××
ドォンッッ!!
爆発するアーリィMk-2の中から、生き残ったミサイルたちが轟音を上げて飛び出した。
既に標的を示されていたそれらは天高く舞い上がると弧を描き、主の敵を討たんとするがごとくアルセイバーを狙って殺到する。
その飛来するミサイルたちを、真紅の瞳がアルセイバーの頭頂部から見据えていた。
前後に長いアルセイバーの頭の天辺に開いた座席に座る蒼い影。ルカリオのカニスだ。彼は
アルセイバーの後頭部に鶏冠のように長く伸びた部位の側面のハッチが開く。中から迫り出したゲートの間でカニスの波導が増幅され渦を巻き、巨大な波導の球を作り出す。
「
気合一閃、上空へと飛び出した二つの波導の球は無数の
××××
〝無人兵器〟と定義されるP・Wには、人間を乗せる兵器では人道上考えられないような危険な装備も施すことが可能である。
アルセイバーに見られる、装甲どころかまともな
そしてアルセイバーには更に驚くべき苛烈なシステムが搭載されていた。それは……
××××
アーリィMk-2の一団を撃破したアルセイバーの前に、また新たなる敵が現れた。
ずんぐりとした人型のP・W〝ノルミナ〟と、そのノルミナやアルセイバーよりも一回り大きい回転する巨大
2体同時に相手にすることのないようにアルセイバーは跳び退って距離を取る。
そのひょろりと伸びた首、と言うより
モデルとなった創造神アルセウスの肖像では馬の胴を巻くように描かれている後光にも似たそのバーツの右側が、ガシャリと動いて展開し一本の腕へと変形した。
構えられた右腕の先端で開かれた掌は、朱色の炎を纏っていた。
あのバシャーモだ。一羽のバシャーモがP・Wの腕の先端に背中を括りつけられ〝
傍から見れば拷問を浮けているとしか見えないような体勢で、彼は自らの両手の間に波導を込め、大気中の粒子を結晶化させて巨大な刃を作り出す。
〝ストーンエッジ〟。本来ポケモンの手に収まるサイズであるはずのそれはP・Wサイズで具現化され、バシャーモが全身を駆使してそれをしっかりと握りしめる。
そして今にもこちらに向けて手にした銃を撃とうと構えるノルミナをめがけ、黄金の右腕を鞭のように唸らせて抱いたエッジを投げつけた。
ビュンッと空気を切り裂いて放たれたエッジは飛んで来た弾丸を弾き飛ばし、そのままノルミナの持つ銃を貫いてはたき落とす。
間髪いれず、
「だだだだだ~っ!」
相変わらず今一つ気の抜ける声を上げたドンメルが疾駆して機体を突進させ間合いを詰め、
「てやあぁぁぁぁぁぁっ!!」
こちらは本当に気合の入った雄叫びを上げたバシャーモが、長い飾り羽を翻して身を捻り、真紅の足を燃え上がらせて〝ブレイズキック〟を繰り出す。
アルセイバーからすれば
××××
これでこの場に残る敵は、何事もなかったかのように回り続けるホリトーンただ一体。
カニスの
……波導コアユニットの数はアルセイバーより多い5つ。その内4つは回転する独楽の外周で、それぞれ炎、水、虫、それに鋼。成程、一つのの弱点を突こうとしても他の何れかで素早く受け、攻撃面でもどれかが必ず等倍以上。ふむ、正に攻防一体の城塞ですね。
ですが独楽である以上弱点は当然軸。コアユニットはお約束通りのカポエラー。外周の攻撃を掻い潜りながら懐に飛び込んで弱点を突く。難しそうですが、本機の性能を持ってすれば……
勝利を確信しほくそ笑むカニス。右下を見下ろせばやるべきことを理解したのかバシャーモが腕を鳴らしている。作戦を指示すべくカニスがマイクのスイッチをいれようとした、その時だった。
「ユニット03並びに04! 〝エヴォルハーケン〟だ! 〝ギガバーン〟を使え!」
突如スピーカーを揺るがしたトーマルカーゴの男のドラ声に、
「ンだとぉ!?」
「マ、マスター!?」
バシャーモの非難めいた声と、カニスの愕然とした声が重なる。
大慌てでカニスはマイクの出力先をトーマルカーゴへの無線へと切り替えた。
「マスター、僭越ながら進言します! エヴォルハーケンなど使わなくとも、ユニット03の〝ブレイブバード〟を駆使すればあのホリトーンは容易く陥とせます! ユニット04への負担を考えればここで無理をする必要があるとは思えません。どうかここは我々にお任せを!」
早口でまくし立てながら、内心に深刻な焦りをカニスは抱いていた。
勿論P・Wのマニピュレーター代わりなどをやっているユニット03を突撃させるブレイブバードもそれはそれで極めて負担の大きい技である。だがエヴォルハーケンを使用した場合のユニット04にかかる負荷はそれをも遥かに上回る。それ程までに危険な装備なのだ。現に当のユニット03=バシャーモもカニスの意見に同意の表情を見せている。叶うことなら無闇に使いたい装備ではなかった。だが……
「ぐぅっ!?」
「がはっ!?」
不意に首筋に衝撃が疾り、カニスとバシャーモが苦悶の声を上げる。
敵に攻撃を受けたのではない。彼らの首に嵌められている鋼鉄の首輪に仕込まれた
「ユニット02、貴様に意見など求めた覚えはない! 必要であるかないかは俺が決めることで、お前らはただ黙って従えばいいんだよ。ユニット03! さっさとエヴォルハーケンを取り敵を撃て! もたもたしているともう一発喰らわすぞ!!」
「てめぇ……」
怒声を張り上げようとするバシャーモをカニスが制す。
「ユニット03、マスターの命令です。従って下さい」
「!? ……ハッ! この忠犬野郎、仲間の命よりご主人様の命令の方が大事とは、さすが〝キングラスの英雄〟だけのことはあるな!」
毒づいたバシャーモの台詞にカニスが顔を強張らせ言い返そうとすると、別の通信が割って入った。
「ユニット03、こちらは問題ないわ。やって頂戴」
「ユニット04!? 本当にいいのかよ。お前、この前エヴォルハーケンを使った時はしばらく意識不明だったんだぞ!?」
心配そうなバシャーモの声に、落ち着き払った声が答える。
「要は
実は上で彼らがもめている間、ドンメル嬢は必死でホリトーンからの攻撃を躱し続けていたのだ。
「ちっ……分かったよ」
バシャーモが渋々顔で了解したのを見て取ると、カニスは下のドンメルに話しかけた。
「ユニット01、こうなったらあなたが頼りです」
「ほへ? ラブちゃんが?」
「えぇ。私の合図で敵に攻撃を放って下さい。少々予定が狂いましたが、あなたの攻撃さえうまく行けば我々は勝てます」
「あいあいさ~!」
ドンメルの緊張感のない声が、ぎすぎすしかけた仲間たちの空気を癒すかのように響いた。
××××
アルセイバーのポケモンたちが身につけている鋼鉄の首輪。これもこの戦獄島で開発された新製品の一つだ。
マスター権限を持つ人間しか付け外しが出来ず、言うことを聞かないポケモンに苦痛を与える
現在はまだ戦獄島内でしか普及していないが、ポケモンを効率的に統制できると軍部では高く評価されており、正式採用の日は近いだろう。いずれは機能を落として民間にも販売し、人間が支配する全てのポケモンの首にこの
××××
アルセイバーの右腕の反対側、首の左側に突き出たパーツの下半分が展開し、棒状になって右腕の方に突き出される。
バシャーモの身体がその〝柄〟をつかみ一気に引き抜くと、左肩の基部を残して黄金色のパーツが外れツルハシ状の武器へと変形した。
そのツルハシの刃先の部分に、一匹のポケモンが前半身だけを出して埋め込まれていた。アルセイバーのユニット04、イーブイだ。褐色の毛並みがふさふさと揺れる彼女の首にも、やはり他のポケモンたちと同様に
「エヴォルハーケン・モード・エーフィ!」
イーブイのかん高い叫びが、金色の閃光を呼び起こして彼女の体を包み込む。
やがて光が消えた時、現れたのはもうイーブイではなかった。短く滑らかな薄紫色の毛皮に身を包み、額の
本来人との触れ合いがなければ成し得ない、ましてやこんな人間たちに抑圧された状況下で成し得るとは信じ難い進化ではあったが、とにかく彼女は今エーフィへと姿を変えていた。
足先で大地を抉るように踏み込み、右腕と柄を勢いよくしならせ、黄金の流星と化したエヴォルハーケンを相手の軸であるカポエラー目がけて叩き込まんと振り下ろす。が、ホリトーンはその動きに合わせるように機体を傾かせ、猛回転する
凄まじい威力を秘めた2つの攻撃が交錯する、その寸前―――
「今です!!」
カニスの合図が閃き、
「がお~~~お!!」
ドンメルの微妙な迫力の咆哮が真紅の炎を巻き起こし、窓の両脇に備え付けられた増幅器がそれを巨大な火柱に変えて2体の間の空間へと噴き出した。
……相手が余程の間抜けでもない限り、こちらの狙いがエーフィをコアとするエスパー技による
勿論ホリトーンの炎か水のコアが対エスパー用の技を持っていた場合は炎を受けられて反撃を喰らう危険もあるけれど、幸いにしてドンメルの〝
それがカニスの作戦だった。そして、その読みは見事に的中した。
エヴォルハーケンとの衝突直前に炎を受けたホリトーンはたじろぎ、ほんの僅か
「ギィガァ・・・バアァァァァァァーーーン!!」*9
炎の壁を突き破ってエヴォルハーケンが振り抜かれ、ホリトーンの外周の下へと吸い込まれるように飛び込む。
次の瞬間、爆発的な
××××
「さっさと降りてきて並べ、このウスノロ共!」
凱旋してきたアルセイバーのポケモンたちに、トーマルカーゴの男はニコリともせず開口一番にそう言い放った。
脚を折り畳んで巡航モードになったアルセイバーの前に立ち並ぶルカリオのカニスとバシャーモとドンメル。何故かエーフィの顔がそこにはない。
並み居る敵を寄せ付けもせぬ完全勝利だったにも拘わらず、一同の顔には一片の喜びさえ浮かんでいなかった。
「ユニット02並びに03! 今日のような反抗的な態度を今後も見せるようなら即お前らの
「……分かりました。申し訳ありません」
「……」
目を閉じて素直に頭を下げたカニスの横で、怒りの形相を露にしたバシャーモが嘴を噛み締めている。
「ユニット02はアルセイバーをトーマルカーゴに戻して整備しておけ。後はもうすっこんでろ。以上!」
「はい。直ちに」
言われるままにカニスがアルセイバーへと向かった後、踵を返してテントへと向かおうとするマスターの背に向かいバシャーモが吐き捨てた。
「……ふざけんな」
「あ?」
振り向いた男とバシャーモの険悪な視線が交錯する。
「あんな無茶なことをさせておいて何が『命令に従え』だ! 今は安定しちゃいるが、ギガバーンを使った直後のユニット04は意識不明を通り越して心停止まで行ってたんだぞ!」
言いながらバシャーモはアルセイバーの右腕、彼の席の近くに括り付けられた簡易寝台の上の褐色の影……イーブイを指差した。シーツに包まれ死んだように眠る彼女は、どういうわけかイーブイの姿に戻っていた。
「すぐにエヴォルハーケンから強制排出させて俺とユニット02とで心臓マッサージしてなきゃ本当にくたばっていたかも知れねぇ! 最初にエヴォルハーケンを使った時のヌオー相手のウッドハンマーやこの前のバリヤード相手のムーンインパクト*10は他に手がなかったんだろうが、今回の相手はカポエラーだったんだぞ!? 俺のブレイブバードで十分だったはずだ! あんな不自然な進化をさせてまでギガバーンを使わせた意味がどこに……ガッ!?」
「感謝しろよ。本来なら
そう言った男の手がバシャーモの首輪をつかみ無理やり引き起こす。
「ついでに馬鹿なお前にも自分の努めってもんが解るように親切に教えてやる! いいか、よく聞けよ。
この島で行われているのは戦争でもなければ試合でもない。〝実験〟だ。戦争や試合は勝たなきゃ意味がないが、実験は勝敗を問わず結果を得ることが重視されるんだ。分かるか? 出し惜しみに意味はねぇんだよ! 出撃する時にいつも言っているだろうが。『持てる能力全てを示せ』と! それに、お前はユニット04が『くたばっていたかも知れねぇ』と言ったが、その『知れねぇ』事を確かめるのが〝実験〟なんだよ。くたばらんのならそれでよし。くたばったらくたばったで『くたばったという実権結果が得られました』。それだけの話さ」
叩きつけるように言い放ち、男はバシャーモを突き放す。
「てめぇ……俺たちを何だと……」
再び地面に投げ出されて憎々しげに呻くバシャーモを、男は鼻で嘲笑った。
「お前、ユニット04の名前を知っているか?」
「……?」
「あいつは研究室の生まれでな。新兵器エヴォルハーケンの
「タマ……だと?」
「そうとも。鉄砲玉の〝タマ〟。使い捨ての〝
「!!」
繰り返される暴言についにぶち切れたバシャーモが怒りに燃えた拳を振り上げる。が、その目の前に〝unit03:derete〟と表示窓に記されたリモコンが突き出された。
「その拳が届く前に首輪を爆発させられておっ死ぬか、それとも拳を降ろして俺に服従するか。好きな方を選びな」
「ぐっ……」
静かに腕を降ろしたバシャーモは屈辱に身を震わせながら跪く。項垂れたその顔に男の硬い軍靴が飛んだ。
「ぐはっ!」
血反吐を虚空に吐いてバシャーモの2m近い痩身が転がる。更に踏み付けようと大股で迫る男の行く手に、丸い影が立ち塞がった。
「なんだ? お前も俺に逆らう気か?」
横柄に睨みつける男を、キョトンとした邪気のない視線が見返す。
「ラブちゃんおバカだから、むずかしいおはなしはよくわかんないや。そんなことよりラブちゃんとあそぼ。ね?」
ふにふにと擦り寄せられるドンメルの柔らかな鼻面の感触に、男の頬に笑みが浮かんだ。淫蕩で好色そうな笑みだった。
「小娘の尻に救われたな、チキン野郎。がはははは……」
這いつくばったバシャーモの背に侮辱の台詞を投げ付けて、男はドンメルをテントへと引き連れて行く。
「待て……何を……」
口元の血反吐を拭ったバシャーモが手を伸ばして男を呼び止めようとする。苛立たしげに足を止めた男が
「へーきだよ。だってラブちゃんおバカだもん」
「さっさと来い!」
乱暴に首を捕まれたドンメルの姿がテントの中へと引きずり込まれる。入り口のジッパーが悲鳴のような音を立てて閉ざされた。
ダンッッ!!
悔しげに握り締められたバシャーモの拳が大地に叩きつけられる音が、ダッカー平原に空しくこだました。
××××
星明かりしか照らすもののない夜の闇の中で、小さな水音が弾けている。
アルセイバー隊のキャンプ地のすぐ近くにある森の中の泉のほとりで、ドンメルの少女が身体の汚れを拭っていた。
水が苦手なドンメルは直接泉に身を浸すことが出来ないため、長い首を伸ばして汚れた箇所を嘗め取って口を濯ぐ、という作業を繰り返して身を清めている。
煩瑣な作業を淡々と続けていた彼女だったが、近づいてくる気配に気付くとトロンとした顔をゆっくりあげて呼びかけた。
「だぁれ?」
それを聞いて木々の間から歩み出し、右手に持ったタオルを差し出しながら、
「大変でしたね。よかったらお身体を拭いて差し上げましょうか……」
「すまなかったな、俺をかばったせいで。せめてものお詫びに洗わせてくれねぇか……」
と、同時にドンメルに声をかけたカニスとバシャーモは、
「あ」
「げ」
そこで初めて互いの存在に気が付いたのであった。
……やれやれ、こんな近くにいたユニット03の存在に気付かなかったなんて、連日の疲れのせいか波導が錆付いちゃってますねぇ。彼がそれなりに手足れだということもあるのでしょうが……
とカニスが自嘲していると、バシャーモがジロリと睨み付けて来た。
「なんだよお前。ずっとトーマルカーゴに引き籠もっていたくせに今頃のこのこと。まさか身体を拭くふりをしてユニット01に嫌らしいことをしようと企んでんじゃねぇだろうな」
思わず渋い顔をしてカニスは言い返す。
「な、何を見当外れなことを……生憎と私のいた部隊は人間のいない場所での単独行動が主体の部隊でしてね、誘惑対策に処置*11されているんです。ですからあなたと違ってそんな邪まな企みは元々出来ない身体なのですよ」
「待て! 『あなたと違って』って何だ! 俺はただ、昼間俺の短気のせいで迷惑をかけたユニット01にお詫びをしようとしただけだ! この守り袋に懸けて、そんな如何わしいことは断じて考えてねぇ!」
「何かと思えば、慰安所の娼婦が常連客に渡すお守りじゃないですか。それを貰える程娼館に通うような方が『如何わしいことを考えない』なんて言っても説得力ありませんよ」
「ち、違う! 慰安所で貰ったのは確かにそうだが、これは彼女が俺を想ってくれている証しとして……」
「娼婦は皆そう言ってお守りを渡すんですよ。兵士の士気を高めるためにそうすることになっているんです。まさか、自分だけがその方に特別に想って貰っているなんて勘違いしていたんですか? 幸せな方ですねぇ」
バキィィッ!!
逆上したバシャーモの燃える拳が、近くに立っていた樹を焼き砕いた。
「勘違いはてめぇの方だ! 部下を皆殺しにしながらおめおめとてめぇ一匹生き残ったくせに英雄扱いされて浮かれていやがる忠犬野郎が!」
その言葉を聞いたとたんカニスは冷笑を止め、後ろ髪を闘気で逆立てて鋭くバシャーモを睨み返した。
「……首の爆弾に脅えてマスターに振るえない
「るっせぇ! てめぇこそあいつに最初から逆らおうともしねぇタマ無しのおカマ野郎じゃねぇか! その錆切った根性、ブレイズキックで鍛え直してやるぜ!」
「その無駄に長い脚が届く前に
一触即発の火花を散らしたカニスとバシャーモは互いに向けて一歩踏み出し。
……次の瞬間、その踏み出した足元を砕いて噴き出した
「うわっ!?」
「どわあぁっ!?」
「ふたりとも、けんかはメェよ!」
ちょっぴり眼を吊り上げて、でもやっぱりのっそりとした口調でドンメルが雄たちを叱り付ける。その後ろで、
「……馬鹿」
タオルを咥えてドンメルの身体を拭っていたイーブイが、呆れ返った顔で呟いた。
××××
「ユニット04がいるのなら私の出る幕はありませんね。では私はアルセイバーの整備がありますのでこれで」
と言ってカニスは泉を離れて来た道を戻って行く。
その背中をむっつりとした表情で見送りながら、バシャーモは
と、ひょいっと上から投げられた何かが落ちてくる。受け止めて見るとそれは固く黄色いもぎ立てのパイルの実で、中の果肉は彼の大好物であった。
「お、さんきゅ」
「わたしからのお礼よ」
と頭上のパイルの木の上からイーブイが済ました顔で答える。
「心停止したわたしをマッサージしてくれたり、わたしのために怒ってくれたりしたそうじゃない。ほんと、わたしの失敗のせいで皆に迷惑掛けちゃったわね」
「お前さんは何も失敗なんかしちゃいねぇよ。あんな無茶なもんに乗せられていつもしっかり結果を出して来たじゃねぇか。ええと……」
言い澱んで、改めてバシャーモはイーブイに聞いた。
「タマ、と呼んでいいのか? 嫌ならこれまで通り番号で呼ぶが……」
「あぁ、わたしの名前聞いちゃったのね……えぇ、タマ*12でいいわ。物心付いたころからずっとそう呼ばれて来たし」
「え、えっとね、えっとね」
ドンメルがイーブイのタマを見上げて話しかける。
「ラブちゃんはタマちゃんのおなまえすきだよ。コロコロしてるみたいでかわいくて」
「ありがと。そういうニュアンスで言われる分にはわたしも結構この名前気に入っているのよ。あなたはラブちゃんでいいのかしら?」
「はい。ラブちゃんはラブちゃんです」
「パイルの実はお好き?」
「だ~いすき♪」
投げ落とされたパイルの実の皮を毟って美味しそうに食べるドンメルのラブを見ながら、バシャーモは頬張っていた辛い果肉を飲み込んだ。
「考えて見りゃ、俺たちまともに自己紹介もしてなかったんだな……」
そう言って腕を曲げて自分を指差す。
「チャボ、*13だ。そう呼んでくれ」
「チャアぼう?」
実から顔を上げたラブにそう呼ばれてバシャーモのチャボは軽く脚を滑らせた。
「いや、チャ・ボ!」
「チャア、ぼう?」
「……ま、いいか。実際アチャモの坊やって意味だしな……ところでタマ、体の方はもういいのか?」
「えぇ、お陰様でしっかり回復できたから。明日からでもアルセイバーに復帰できるわ。わたしのことよりラブちゃん、マスターに大分酷いことされたようだけど……大丈夫なの?」
「へーきだよ」
小さく舌を出したラブが笑って答える。
「すぐおわったし、あんなちっこいのなんともないもん」
思わずチャボはパイルの苦い皮を噛み潰して激しく噎せ返った。このあどけないラブが閉ざされたテントの闇の中であの男にされたであろうことを思うと吐き気さえ込み上げそうになる。
「あの……ゲス野郎っ……」
木の上でタマが深々とため息を吐く。
「まったく、わたし達一体いつまでこんなことを続ければいいのかしらね……」
「さぁな。アルセイバーが正式採用されたとしても俺たちはまた別の兵器のテストに回されるだろうしな……」
「わたしの場合はコアがちょっと特殊だから、後継が作られない限りエヴォルハーケンと一緒に行くことになるでしょうけど、どの道戦場からは逃れられないのよね……」
「その前にくたばるかもしれないけどな。俺やお前は特に。いっそ脱走でもしてみるか?」
「無駄よ。この首輪が有る限り脱走が発覚した瞬間
「ちっ……分かってるよ。言って見ただけだ」
宵闇のように暗くなる話題に、さすがのラブも悲しげに目を臥せる。
「ラブちゃんもうかえりたいよぉ……カーサのまきばにかえりたぁい……」
「カーサ? カーサってぇとハッシュマーグ地帯のカーサ村か?」
「うん。チャアぼうしってるの?」
「いや、直接行ったことはないが、俺は以前ハッシュマーグのすぐ隣のミラコ平原の戦場にいたからな。そこの牧場ってことは、そうか。ラブは北方連合の生まれなのか……」
彼らが属する超大国の北側に接する小国群が超大国に対抗するために組んだ連合体、それが北方連合だ。つまりラブはチャボたちからみて敵国の生まれということになる。
「ラブちゃんおバカだから、ちょーたいこくもほっぽれんごうもわかんないよ。カーサのまきばのみんなといっしょにくらしてただけだもん。にんげんもポケモンもみんななかよくて、いっつもわらってたんだよ。なのに……」
ラブの瞳から、ポロリと滴が零れて地面を打つ。
「いきなりたくさんのへいたいさんがやってきて、てっぽうのおとがパンパンいっぱいなって、こやにひがつけられて、おねえちゃんのひめいが……」
「もういい。ラブ、もう言わなくていいから……」
泣きじゃくるラブの頭をチャボが撫でて宥める。
どうやら広がる戦火の中でラブの牧場は強引な徴発を受けたらしい。軍などと格好を付けても所詮は国に認められたというだけの暴力組織。民間に対する徴発に当たっては山賊も同然の略奪を平気で行うということを、前線にいたチャボはよく知っていた。
「どおしてぇ? なんでみんなころしあったりらんぼうしたりするのぉ? ぼくじょうのみんなみたいにみんなでなかよくすればいいのにぃ! ラブちゃんおバカだからわかんないよぉ!」
誰にともなく問いかけるラブに、しかしタマは冷たく答える。
「残念だけどそれは無理よ。別に人間の戦争だけの話じゃないわ。どんな生き物だって食べるため、守るため、生きるために殺し奪い合う。それが命あるものの運命だもの。それこそラブちゃんの牧場のようにごく小さい範囲だけなら仲良くなれるのでしょうけど、その枠を離れたら結局争い合う運命から逃れることなんて出来ないのよ」
「だがまさに今タマが言った通り、小さい範囲なら仲良くなれるんだろ?」
小さく微笑んでチャボが言った。
「ならその範囲を少しずつ広げて行けばいい。差し当たって俺たち3匹、それからどんどん輪を広げて行けば、争いのない楽園が作れるんじゃねぇか?」
「夢物語ね。こんな首輪に束縛されて殺し合いを余儀無くされている私たちにはそんなの叶いっこない夢だわ」
「夢でもいいじゃねぇか。こんな状況だからこそ、いつかはそんな楽園を築ける希望を抱いていたいんだよ、俺は」
そう言って肩を竦め、チャボは首にかけた守り袋を手に取りじっと眺める。
「こいつのことにしたってそうさ。ユニット02の言う通り、彼女にとっては俺のことなんてちょっと親しい客の一羽でしかなかったのかもしれねぇ。けどそれでもいいんだよ! あいつに想ってもらえていると信じているだけで、俺には十分なんだ」
大切そうに守り袋を握り締めるチャボの様子に、タマがクスリと笑って言った。
「それって『浪漫の欠片が欲しいのさ』*14って奴?」
「まぁな。いい歌知ってんじゃねぇか」
「ねえねえ、ラブちゃんにもおまもりみせてよ」
「ん? いいぜ。ほら」
開いて差し出されたチャボの手の中の紅い花が刺繍された守り袋を見て、ラブは目を丸くして首を傾げた。
「ほへ? このおはな、ラブちゃんがしってるのとちがうよぉ?」
「何っ!?」
「うん。ラブちゃんのおともだちにもよるのおしごとしてるパッチールちゃんがいたんだけど、そのコにみせてもらったのと、ぬのはいっしょだけどおはながちがうの」
「でも、それがどうしたの?」
木の上からタマが問いかける。
「その刺繍は手縫いでしょう? 娼婦さんの好みで違うだけなんじゃなくて?」
「ううん、ちがうよ。パッチールちゃんにきいたの。ぐんのポケモンのおきゃくさまにわたすおまもりのおはなは、クラボのおはなってきまってるんだって」
「! そっか、花言葉……クラボの花言葉は〝潔さ〟。潔く散って来いってことね。大した士気高揚策だわ。……でもそうじゃないってことは、何か特別な意味があるのかしら?」
ラブとタマの言葉に、改めてチャボは守り袋に縫われた花を見る。細長い緑の葉の間から真っすぐに伸びた茎の先に、反り返った花弁とすらりと伸びた雄蘂で構成された花がいくつも集まって玉のような一輪を成したその華やかな姿は、確かにどう見てもクラボの花ではなく、
「……どわっ!」
突然肩に重みを感じてチャボはバランスを崩しかけた。パイルの木の上にいたタマが彼の肩に飛び移ってきたのだ。
「ちょっとごめんなさい。わたしにも見せてよ……あらやだ」
チャボの手の中を覗き込んだタマの顔色が曇る。
「ヒガンバナじゃないの、これ……」
「ヒガンバナ?」
「えぇ……花言葉は〝悲しい思い出〟〝諦め〟……」
「!!……」
たちまち硬直したチャボの強張った顔から血の気が引いて行く。何しろ兵隊ポケモンと従軍娼婦の恋である。〝悲しい思い出〟〝諦め〟当てはまる心当たりは余りにもあり過ぎた。
「あ、でも〝再会〟という花言葉もあるのよ。そっちじゃないかしら」
「チャアぼう、きっとそっちだよ。きぼうをいだくんでしょ。ロマンのカケラなんでしょ。ねっねっ」
2匹の必死なフォローに、チャボは何とか落ち着きを取り戻す。
「ありがとよ。あぁ、そうだな……うん。〝再会〟を願ってくれたに違いないさ……」
それだけ言って黙り込むチャボ。重い沈黙が泉のほとりに満ちる。
「えっとね、えっとね、あ、そーだ」
一生懸命考えて、ラブは話題を切り替えることにした。
「ねぇ、どうしてチャアぼうはユニットゼロツーちゃんのこと『え~ゆ~さん』ってよぶの?」
「あ、それわたしも聞きたいわ。教えてくれない?」
「え、あぁ、あいつのことか」
ゴホンと咳払いしたチャボは、彼の知るルカリオのカニスのことを話し始めた。
「俺が昔いたミラコ戦線では有名ポケだったんだよ。〝キングラスの英雄〟カニスって奴はな……」
まずチャボはしゃがみこんで、地面に爪で線を描き出した。
「ラブの住んでたカーサ村の近くに大きな川があったろ?」
「ファウンドがわ?」
「そう、ファウンド川だ。その川の流れを東へ溯ると北側に俺が昔戦っていたミラコ平原がある。そこから更にファウンド川沿いに溯って行くと丘陵地帯を登って行くことになる。この辺を」
指で描いた地図をトンと叩いてチャボは説明を続ける。
「マギダネム地帯と言って、以前はこの辺りの方が戦いが激しかったんだ。それが戦争の進行に伴って戦線の中心が西の平野へと移動して来た。その影響でラブの村も戦争に巻き込まれちまったわけだが……」
「うん……」
「ま、とにかくだ。マギダネムに集中していた部隊をミラコにぶつけるために我が軍は当時膠着状態だったマギダネムから撤退することになったわけだが、その時ファウンド川にかかる橋を守るキングラスって砦に残って全軍の撤退をサポートすることを志願した部隊がいたんだ。人間のいない、全てポケモンだけで編成された部隊。その隊長だったのがルカリオのカニス―――あのユニット02だったわけだ」
「ポケモンだけの部隊で撤退する軍の
「だろうな。だが実際連中の献身的な犠牲のお陰で我が軍の多くの部隊が難無くマギダネムから撤退し、ミラコに戦力を集中することが出来た。そしてマギダネム放棄から一年ほど経った頃、激戦の末に北方連合軍をミラコ平原の北まで追いやることが出来たわけだ」
「じゃぁ、その成果を認められて彼は英雄って呼ばれるようになったの? 解らないわね。それならミラコにいたあなたは彼に恩を感じてもいいぐらいじゃないの。その割りにはあなたの〝英雄さん〟への態度は友好的とは程遠いわよね?」
「まぁそう急くな。まだ続きがあるんだよ。ミラコを制した我が軍はいったん明け渡したマギダネムを取り戻すため東へと軍を向けた。北方連合もミラコに全力を集中させていたからな。無人の野を行くようなものだったそうだ。そうして僅かばかりの残党を駆逐しながら丘陵地を登りキングラス砦へと着いた我が軍は驚愕した。とっくに北方連合に奪われたと思い込んでいたキングラスの砦に、ボロボロになった我が軍の旗が翻っていたんだからな!」
「ちょ、ちょっと、さっき『マギダネム放棄から一年』っていってたわよね!?」
「ほ、ほへっ? それっていちねんかんもずっとまもってたってこと?」
「あぁ。敵陣のど真ん中で、補給も増援も得られない状態でな。生き残っていたのは奴一匹だけだった。食料もとっくに尽き果てた中、仲間や敵の屍を貪り、草の根まで食いながら生き延びていたんだ」
「それで〝英雄〟ってわけ……」
絶句するタマとラブにチャボは頷く。
「そうだ。軍は生き残った奴を立派な忠ポケとして称え、通常人間の兵士にしか与えられない金剛勲章を授与した。それからだよ。奴が〝キングラスの英雄〟と呼ばれるようになったのはな」
「要するに戦意高揚と軍の宣伝のために利用したわけね。捨て駒扱いしておいて……」
「そう言うなよ。そもそもミラコに集中するために引き上げたマギダネムへ救援を出せる余裕なんてなかったんだ。ミラコでの戦いを激化させて敵軍の矛先をミラコに向けさせること以上のキングラス砦への援護はなかったと思うぜ。この件に関しては軍に落ち度はねぇさ。むしろ……」
嘴の下に手を当てて、考え込むようにチャボは言った。
「そうやって戦略的価値をなくしたキングラスを守り続ける意味なんてあったのかよ? 戦線がミラコに移動した時点でさっさと脱出すればよかった。最悪だが降伏するという手もあったはずだ。もしかしたらそれで助かる命もあったかもしれねぇのによ……」
「……成程〝忠犬野郎〟ね」
「そういうこった。おまけにここに来て以来のあいつのマスターへの諂い振りを見ろよ。いくら
言い終えて、チャボはよっと腰を上げた。
「大分話し込んじまったな。そろそろ戻って寝ようぜ。明日もきついだろうからな」
××××
『どうしたんですフント、花なんか咥えて』
『あ、これ今度転属する料理長さんに差し上げようと思いまして。いろいろ世話になりましたから』
『……フント、あなた料理長に何か恨みでも?』
『は? 何でです?』
『だってその花、ヒガンバナじゃないですか。人に送るのに縁起のいい花だとは思えませんが。……フント? 何を笑っているのですか? フント……』
ふみゅ。
鼻面でコンソールにキスをして、ルカリオのカニスは夢から覚めた。
いけないいけない。うたた寝などしている場合ではない。
彼は再生をかけたままにしていたファイルを閉じ、キーボードへと手を伸ばした。
一刻も早く、この作業を完了させなければならない。
あの幸せな方々のためにも―――
××××
翌日。
起動したアルセイバーは、既に戦場を駆けていた。
カニスの
「種族は先頭から順にガブリアス、リザードン、エアームドです」
「先頭が、ガブリアス……だと!?」
チャボが苦々しく呻く。
爆発的なパワーと驚異的なスピードを誇るポケモン、ガブリアス。早めに落とさなければ危険極まりない相手だが、地面&ドラゴンであるガブリアスを確実に仕留められる手段はアルセイバーにはたった一つしかなかった。
「ちっ……仕方ねぇか。ガブリアスさえ倒せば後の2体は俺で倒せるしな」
「ユニット04、出来ますか?。もしまた前回のような事態になった場合、今度はすぐに治療というわけには行きません。不安があるようなら戦域外まで退避……」
「そんなのあのマスターが許してくれるわけないでしょ」
カニスが言い終えるより、と言うよりマスターが文句をつけてくるより早くタマは言った。
「大丈夫よ。一撃で決めて即
「よし。んじゃ行くぜ!!」
アルセイバーの右腕のチャボが、タマの乗るエヴォルハーケンを抜き放つ。
「エヴォルハーケン・モード・グレイシア!」
澄んだ透明感のある淡い光がイーブイのタマの姿を包み、水晶のような美しい鬣を持つ純白のグレイシアに進化させた。
空気がグレイシアを包むように見る見る凍りつく。
「コールドォォォ……クラアァァァァァァッシュ!!」*15
凍てついた一閃がガブリアスを貫くと一瞬にして凍結させ、粉々に打ち砕いてダイヤモンドダストのように美しき煌めきへと変えて飛び散らせた。
「ユニット04は!?」
「波導数値安定。現在
「そうか、よかった」
カニスの報告にチャボが安堵の吐息を漏らす。
イーブイ進化系への自由自在な一時的進化と、それぞれのタイプに合わせた高威力ハイリスクの突撃技の使用。それがアルセイバー最強の武器エヴォルハーケンの能力だ。だがその使用は波導コアユニットであるタマに著しい負担をもたらすため、
「そんじゃ、お疲れさんっと」
チャボはエヴォルハーケンを畳み、左手側にあるホルダーに戻そうとした。だが。
「ユニット03! まだエヴォルハーケンを戻すな!」
「何ィ!?」
突然のマスターからの通信に一同の顔に戦慄が疾る。
「
要するにタマに眠った状態のままでエヴォルハーケンを使わせようというのである。
「ばっ!? 馬鹿言うな! リザードンなんざ俺のストーンエッジを使った方が余程……ぐっ!」
「口答えすんなっつってんだろ屑が! ユニット04がうまく
「……エヴォルハーケン、
「おい!」
チャボが止める間もなく、カニスは操作を終えていた。
瞼を閉じたままのグレイシアが、南海の海の青き煌めきに身を浸して瑠璃色のつるりとした身体と真珠色の鰭を持つシャワーズの姿になる。その青い身体から迸った飛沫が躍動して螺旋を描き、ドリルのように回転の中心を研ぎ澄ませていく。
「くっ……くそったれぇぇっ!!」
逆らえぬ悔しさを噛み締めながら、チャボはジェットスクリューを振り下ろした。
「敵機撃墜。ユニット04、波導数値3,2%に低下」
状況を報告し、ふぅ……とカニスは溜息を漏らす。
「持ち堪えましたか……」
カニスの報告を聞いたチャボは青ざめてガクガクと身を戦慄かせていた。
昨夜語り合ったタマのどこか憂いを秘めた笑顔が脳裏に浮かぶ。一つ間違えば、チャボは彼自身の手で彼女を死に追いやる所だったのだ。
「もう……もういいだろ? エアームドは俺のブレイズキックで……」
「まだだ」
笑い声すら含みつつマスターは言った。
「〝フレアドライブ〟か〝ボルテッカー〟。ユニット02、貴様に選ばせてやる。好きな方に切り替えな」
余りにも非情な命令に激怒したチャボが声を張り上げて叫ぶ。
「いい加減にしろ!
「だから、それを確かめろっつってんだろ? ちょっと連発しただけで壊れるような役立たずは壊しちまえばいいんだよ」
「何、だとぉ……」
絶句したチャボに、マスターは更に冷酷に言い放つ。
「やれ。さもなくばお前を殺す」
「おい、ユニット02、まさかこんな馬鹿げた命令は聞かねぇよな?」
「……エヴォルハーケン、モードをブースターに変更……」
「この大馬鹿野郎! あいつが死んでもいいのかよ!」
そうこうしている内に、鋼の翼を閃かせてクシーガー・エアームドが飛来する。先に撃墜された仲間たちの敵を討つべく、アルセイバー目がけて急降下して来る。
「次に選ぶのはお前だぜユニット03。ユニット04を犠牲にして生き残るか、お前が敵を倒して俺に殺されるか、もしくは全員まとめてエアームドにやられるか。さぁ、どうする?」
「う……」
サディスティックなマスターの問いかけに、チャボのこめかみに脂汗が滲む。
見る見るうちにエアームドは目前に迫る。
汗の光の中に、守り袋をくれた少女の微笑みが浮んだ。
死にたく、ねぇ……っ!!
「うわあぁぁぁぁぁぁーーーっ!!」
無我夢中でチャボはアルセイバーの右腕を振りかぶり、そして―――
真っ赤な灼熱の炎が。
クシーガー・エアームドに、叩き付けられた。
片翼を火に焼かれたクシーガー・エアームドは身体を大きく傾がせてアルセイバーの横を通り過ぎ、もんどり打って大地に転がり炎を上げて爆散した。
炎の毛皮に身を包んだブースターに進化して眠り続けるタマを抱いたエヴォルハーケンを振り上げたままで茫然自失していたチャボは、ぽっかりと見開いた眼で〝火元〟を見下ろした。
「せんとーしゅーりょー」
いつものようにのんびりとした口調で宣言した彼女は、ペロリと舌を出し小首を傾げた。
「しゅーりょーだよね?」
「あ、えぇ」
チャボ同様放心していたカニスが、ラブからの問いで我に返る。
「戦闘終了……戦域から離脱します」
××××
ガツッッ!
「このスベタロバがあぁっ! 勝手な攻撃をしやがって!!」
「ロバじゃないもん! ラブちゃんはラブちゃん*17だもん!」
クシーガーたちとの戦闘の後、マスターは帰還したアルセイバーからラブを引きずり出し、鉄パイプを振り下ろして激しく殴りつけた。
再度殴りつけようと振り上げた鉄パイプを慌てて駆けつけたチャボが握って止める。
「やめろ! 何でこいつが殴られなきゃいけないんだ!?」
「俺の命令に反する技でエアームドを倒したからだ! 決まってんだろうが!!」
「違うだろ! あの時命令を受けていたのはこの俺だ! だが結局俺はエヴォルハーケンを振り下ろす事も、あんたに逆らって自分で攻撃することも出来なかった。あのままじゃ俺たち全員エアームドにやられるところだったんだぞ!? 命令を受けていなかったこいつが自分の身を守って何が悪いんだよ!?」
「黙れ、黙れぇっ! 俺の面子を潰したってだけで殴る理由は十分すぎるわ!!」
「!? こ、この……」
最早、拳の押さえようがなかった。
「腐れ外道があぁぁぁっ!!」
握り締めたチャボの鉄拳がマスターの顔面を殴りつける。
後方に吹き飛んだマスターを尻目に、チャボはラブを抱き起こした。殴られた彼女の額には痛々しく血が滲んでいる。
「酷ぇことしやがって……大丈夫か?」
「へーきだよ。だってラブちゃんおバカだもん」
舌を出して健気に笑って見せるラブにチャボが笑い返した時、背後でピピッと不吉なビープ音が鳴った。
振り返ると、口元を拭いながら立ち上がったマスターの手に〝unit01&03:derete:OK〟と表示されたリモコンが握られている。
「あと10秒で終わりだ。馬鹿め」
「だ……だめぇ!」
ラブの悲痛な声が上がる。
「とりけして! チャアぼうだけでもとりけしてよう!」
「もう遅いわ! 薄汚いポケモンの分際でご主人様に逆らった事を後悔しながら地獄に落ちろ!!」
「くっ! ここまでか……」
観念したチャボは胸の守り袋を握り締める。
「再会は
「あと2秒だ……」
「ふえ……」
ラブが涙を眼に溜めながら首を竦める。
「1秒……」
「愛してるぜ……」
チャボが眼を閉じ、守り袋を抱き締めて呟く。
勝ち誇ったマスターの高笑いが、轟く。
「あばよ、ゴミ共!!」
××××
二つの音が、鳴った。
爆発音ではない。何か金属がこすれ合うような音。
それに続いて、硬い物が地面にぶつかる音がまた二つ。
恐る恐る眼を開くと、一辺が開いた金属の輪が転がっている。
首元を撫でる風の涼しさにそこに手をやると、柔らかい喉に直に指が触れた。
「ば、ば、馬鹿な!?」
男が愕然とした叫び声を上げる。
「なぜ爆発しない!? なぜ首輪が外れたんだ!? く、くそっ!」
とっさに男は懐から取り出した銃を茫然と立ち尽くしたままのチャボたちに向ける。
が、風を切って飛来して来た何かが男の手から銃を叩き落とし、続けてまた何かが男の顔面にぶつかって、爆発した。
「ぐわぁぁっ!?」
血塗れになった顔を押さえる指の間から男が見た物、それはたった今目の前で炸裂した
「諦めてはいけませんね、チャボさん」
首輪が飛んで来た方角から、声が響く。
「そんな簡単に諦めたら、その守り袋をくれた方が悲しみますよ」
チャボが、ラブが、そして男が、声のする方を見上げる。
「タマさんやラブさんの言う通りその守り袋は、あなたとの今生での再会を願って託された物に違いないのですから!」
彼らの視線の先で、アルセイバーの頭部操縦席に座ったルカリオのカニスが、不敵に笑っていた。
その首に先刻までかけられていたはずの
「2匹とも、早くアルセイバーへ! もうロビー少尉の言うことを聞く必要はありません!」
あの何をしても柔順だったユニット02が自分を『マスター』でなく名前で呼んだ。その豹変が信じられず男は……ロビー*18少尉は混乱した頭を抱えた。
「何が起こっているんだ……一体何が起こっていやがるんだ……くそぉっ!」
踵を返してトーマルカーゴへと駆け出す。こちらのコンソールに差し込んだ承認キーを引き抜けばアルセイバーは動かせなくなるはずだ。その上で自爆コードを叩き込んで、今度こそあの屑共の息の根を止めてやる! そう心に誓いながら、ロビーはトーマルカーゴによじ登った。
××××
「マスター権限を乗っ取っただとぉ!?」
アルセイバーの腕の先で仰天して叫ぶチャボに、頭頂部のカニスはにっこりと微笑んだ。
「えぇ。アルセイバーと私を含めたそのユニットに関しては。残念ながらトーマルカーゴの方は間に合いませんでしたが、とりあえず向こうの承認キーなしでも動かせます」
トーマルカーゴを一瞥しクスリと笑うカニス。
「どうせアルセイバーの自爆コードでも打ち込むつもりなのでしょうが、もう受け付けないようにしておきましたのでご心配なく」
唖然とするチャボの前でカニスはふあぁ、と大欠伸をした。
「仕掛けが完成したのはつい今し方ですよ。毎晩毎晩ほとんど徹夜でシステムのセキュリティに気付かれないように作業を進めていたのでもう眠いったら……」
昨日の出撃前にモンスターボールの中で居眠りをしていたカニスの顔をチャボは思い出していた。
「じゃあ、ずっと前からお前はこうするつもりで?」
「えぇ、まぁ」
その時、下の操縦席でアルセイバーを立たせたラブからの通信が入って来た。
「ねぇねぇユニットゼロツーちゃん」
「あ、私のことは〝カニス〟でいいですよラブさん」
「じゃあカニにい」
「待て! 何で俺がチャア坊でカニスがカニ兄なんだよ!?」
チャボの抗議の声を無視してラブがカニスに問いかける。
「ど~してカニにいはラブちゃんのおなまえしってんの?」
「……あなたのお名前でしたらいつもご自分で名乗っていらっしゃるじゃないですか」
「あ、そっか」
「じゃねぇだろ! 動転していて気が付かなかったぜ。何で俺の名前や、守り袋に関してラブやタマが言ったことをあの場にいなかったお前が知ってんだ?」
チャボの問いにカニスは事も無げに答える。
「夕べのあなたたちの会話は……というより、この島で私たちが話した言葉は、全部トーマルカーゴに記録されていたんですよ」
「何だって!? 一体どういう……」
言いかけてチャボははっと気が付き、今は守り袋しかかかっていない首元を探った。
「あ……あの
「そういうことです。他にもいろいろ記録されていましたよ。例えばチャボさんのマスターベーション中の恥ずかしい喘ぎ声とかもね」
「な゛っ!?」
「あ、それラブちゃんききたいききたい」
「ファイルはこっちに持って来ていますよ。後で聞かせて上げましょう」
「わぁい」
「聞かすな! てか消せ!! ……そうか。だからお前は何も言わないままあんな奴の言いなりになっていたんだな」
いくらトーマルカーゴのメンテナンスを任されていると言っても、出撃時には当然ロビー少尉がデータに触れることになる。その時に反乱計画を感づかれるような会話が録音されたファイルを開かれでもしたら全ては水の泡。盗聴器と爆弾を首筋に突き付けられている以上、例えどんな理不尽な命令を出されようと、目の前で仲間が傷つけられようと、黙って堪えて柔順な忠犬を演じながら水面下での孤独な戦いを続けるより他にカニスには手段がなかったのだ。
「この島に来てからのお前の行動は解った。だが、そもそもお前はなぜこんな大それたことを目論んだんだ? かつては英雄とまで言われたお前が……」
その問いを聞いて、カニスの紅い瞳に暗い影が差す。
「チャボさん……あなたが昨夜言ったキングラスの件には、事実と異なる部分が一つあるのです」
「何?」
「私たちは撤退の壁役となることを〝志願〟したのではありません。私たちがキングラス砦に残ったのは、そうするよう命令を受けたからです」
「そうか。『随分都合のいい話』だとタマの奴も言っていたが……じゃあ戦線が移動してからも動かなかったのも命令だったのか?」
カニスは肩を竦めて首を横に振った。
「そんな命令が出されるはずありませんよ。そもそも1年後救出されるまで、私は戦線がミラコ平原に移動した事実を知らなかったのですから」
「!? 一体どういうことだ?」
「私はね、マギダネムからの撤退は一時的な物で、すぐに再侵攻してくるのだと教えられていたのです。そのための橋頭堡としてキングラス砦を確保しておくこと……それが私たちの受けた命令だったのです」
「あくまでマギダネムで決戦が行われると思っていたのか? だから撤退出来なかったのか。そうか、それで嘘の命令で自分たちを捨て駒にした人間たちに復讐をと……?」
いくら戦略上仕方なかったと言えど、騙されて犠牲にされたとなれば腹も立つのだろう。そうチャボは解釈したのだが、
「いいえ」
カニスはまた静かに頭を振り、眼を伏せる。その表情はどこか苦しげだった。
「それは違います。捨て駒にされたが憎いのなら、命令を出した司令官に個人的に報復すれば済む話です。私が恨んでいるのは、そんなことではありません」
「……?」
「私の部下の一匹がね。人間たちの戦略を看破していたのですよ。『マギダネム撤退は放棄。我々は撤退のための犠牲。役目が終わった時点でキングラス砦から撤収すべきだ』とね……」
「なんだ。じゃあ、そいつの言う通りにしてりゃ……」
はっとチャボは言葉を止めた。
いつのまにかカニスは凄まじい形相で波導を立ち上らせていた。昨夜喧嘩しかけた時とは比較にならない激しい怒りの波導がどこに向けられているかに気付き、チャボはようやく理解した。
「お前……」
「えぇ……そうですとも。あなたの言う通りですよ、チャボさん!」
真紅の瞳から血の涙を溢れさせながら、カニスは張り裂けるような声で叫んだ。その声は怒号のようでもあり、悲鳴のようにも、聞こえた。
「私さえ……この私さえ彼の進言を聞き入れていれば! 最も信頼する部下の言葉より人間への忠誠心を選ぶなどという愚かな選択をしなければ! 多くの部下が死なずに済んだ! もしかしたら彼だって……」
喘ぐ息を飲み込み、カニスは朱く濡れた頬を拭う。
「お解りですか? 私が恨んでいるのは私自身……正確には、かつての私も抱いていた〝ポケモンは主人である人間に属するもの〟という、この世界に蔓延した認識そのものなんです。だけど世界は余りに広くて、私一匹が吠えたぐらいではどうにもならなかった。だから私はこの島に来たのです。人間たちの支配の鎖を断ちえる強靭な
そっとアルセイバーのコンソールを撫で、カニスはチャボに向き直って言った。
「一緒に吠えてくれる仲間を求めて、ね」
「カニス……」
余りにも激しいカニスの告白にチャボは打ちのめされた。
こいつは……これ程の思いを抱きながらあのロビーみたいな奴を〝マスター〟と呼び続けていたというのか? 腸が煮え繰り返るなどという生易しいものではなかったはずだ。それでもこいつは今日という日のために堪え続けて……
気を落ち着けてチャボが言葉を返そうとした時、アルセイバーが大きく傾いだ。
「何だ!?」
「トーマルカーゴだよぉ。パンパンうってきたの」
それでラブは攻撃を躱したのであるらしい。
「ロビー少尉……」
トーマルカーゴの防弾窓から毒々しい視線でアルセイバーを見上げる男を、カニスは
××××
「この神をも恐れぬけだものどもがぁ! 人間様の文明の力を思い知れぇぇぇっ!」
乱雑に包帯を巻き付けた顔を屈辱と憎悪に歪ませたロビー少尉が、怒号と共にトリガーを押し込む。
トーマルカーゴのあちこちに配備されたミサイルが次々と打ち出されアルセイバーに牙を剥く。だが所詮は輸送車両に輸送する
「てやぁっ!」
チャボがストーンエッジを抱き、アルセイバーの右腕を一閃させる。弧を描いた軌跡がミサイルの一群を一つにつなぎ、爆炎の
その噴煙を引き裂いて、
「
アルセイバーの頸部からカニスによって放たれた空気の刃が、まだ発射されていなかったミサイルを貫いて荷台ごと爆発させる。
「ひいぃぃぃっ!! ミ、ミサイルの爆炎が煙幕になっているうちに転身だ! 急げ!!」
攻撃した時の威勢のよさは一撃で吹き飛び、恐慌に駆られたロビー少尉は逃走を命令した。煙幕などカニスの
「トーマルカーゴのドードーさんたち! 止まっていただけたら
カニスが波導で呼びかけたが、帰って来た返事は冷たかった。
「やなこった!」
「止まったとたんに
「大体俺たちは今の生活に不満なんてねぇんだよ!」
「そうだ! 俺たちを巻き込むな!」
ドードーの2つずつの首から口々に返ってくる文句に、カニスは諦めて肩を竦めた。
「腕ずくで止めるしかありませんね。基地に駆け込まれたらやっかいなことになります」
××××
「くそっ! 妨害されてヴェルデ基地への通信が出来ん! あの糞犬め!!」
トーマルカーゴの操縦席内で罵り声を上げながら、ロビー少尉の思考はいまだに激しく混乱していた。
こんな馬鹿なことが起こるはずがない。
こんな馬鹿なことが許されるはずがない。
ポケモンは神が人間に与えたもうた僕であり、その生殺与奪の権利は全て人間に属するものだ。どんな気性の悪いポケモンだってあのリモコンを使えばみんな言うことを聞いて来たではないか。
そうだ。リモコン。
きっとリモコンが故障したんだ。だからあいつらは言うことを聞かなくなったんだ。
いや、操作を間違えただけかもしれない。そうに違いない。
もう一度ちゃんと操作すれば、悪いポケモンたちに天罰を下せるはずだ!
……勿論彼らへのマスター権限を剥奪された上に
〝unit01-04:derete:〟
〝unit01-04:Not found:〟
〝unit01-04:derete:〟
〝unit01-04:Not found:〟
「嘘だ、うそだ、うそだうそだうそだあぁぁぁっ!」
無我夢中で目茶苦茶にリモコンをいじくり回す。
「これでどうだ!? これならどうだ!? これは!? これは!?」
〝unit01-04:derete:OK?〟
「や……やった……やった……やったぞぉぉぉっ!!」
やはり天は俺に味方した!! 後はこの決定キーをクリックすれば10秒後には……いや、もう時間の猶予など与えてやるものか!! キーを押しっぱなしにして即座にあの悪魔共を消してやる!! 早く消えろ、消えろ、きえろ、きえろきえろきえろぉぉぉっ!!
××××
けたたましい破裂音が連続して上がり―――
トーマルカーゴは突如としてガクンとその動きを止めた。
「ほへ?」
追いかけようとしたアルセイバーの胴体下部の操縦席でラブが首を傾げる。
「何だ!? 何が起こった!?」
右腕の先でチャボが怪訝な声を上げる。
「……」
頭頂部で愕然と開いたカニスの
硝煙を上げるトーマルカーゴのエンジンルームのスリットから、ドードーたちの脚が見える。ありえない方向に曲がってピクリとも動かなくなった、哀れな骸の脚が。
そして操縦席では―――
「あれ……なんでこうなるんだ……」
我を失ってガクガクと震えながら、ロビー少尉が手にしたリモコンの表示窓を見つめていた。
〝Tormalcargo:unit01-04:derete:complete〟
「あ……はは、間違えちまった。ほら、動け」
〝Tormalcargo:unit01-04:punishment〟
〝Tormalcargo:unit01-04:Not found〟
「なぜだ!? なぜ動かない!? お前たちも逆らうのか!? ポケモンはご主人様の言うことを聞けよ! 早く動け!! さっさと動け!! うごけよぉぉぉっ!!」
「なにこれ……なんなのぉ」
異様な状況を察したラブが脅えた声を上げる。
「ラブちゃんわかんない……もうぜんぜんわけわかんないよう……」
「……救いようがねぇな」
「えぇ……人質にするつもりでしたが、もう正直……見るに堪えません」
チャボの言葉に頷いたカニスは、アルセイバーの鼻先に波導の輝きを収束させて行く。
狙いを定める瞳の先で支離滅裂に喚き続けるロビー少尉の姿は、カニスの眼にはかつて人間への盲信のために現実から目を背けフントの進言に耳を塞いだ自分自身に重なって見えた。それはカニスにとって最も許し難い、全力をもって否定するべき存在だった。
「この世から消え去りなさい!! ラスター……」
「待って」
左手側から聞こえた声にカニスは、放とうとした
「タマさん……」
アルセイバーの左肩に揺れる褐色の毛玉。かつて
「タマちゃんおはよ。もうおっきしていいの?」
「えぇ。さっき一度起きてまた
「で、何で止めたんだ? お前を散々酷使して殺そうとした野郎だぞ?」
「馬鹿ね。誰が止めるのよ。やるのなら皆でやりましょうって言っているの」
タマの黒い双眸に、怒りが宿る。
「〝
「ほへ!?」
「ちょっと待て!」
「舞うのはあなたよ。チャボ君」
「いや、『舞って』じゃなくて『待て』と……っておい! 無茶言うな!!」
チャボが悲鳴に近い声を上げて制止しようとしたが、怒りに燃えるタマはもう止められそうになかった。
「大丈夫よ。あの男のお陰ですっかり鍛えらえたもの。あんなにわたしの全力を見たがっていたのだから、お礼に望みを叶えてあげてもいいんじゃなくて?」
「タマちゃん、こわい……」
「ったく……どうなっても知らねぇぞ……」
最後にタマはカニスの方を振り向いた。
「カニスさんには照準をお願いするわ。と言っても、こんな制止標的なんてチャボ君が外すわけないけど」
「いいでしょう。地獄への道筋は私が教えて差し上げます」
紅い瞳が、鮮やかに光る。
「ですから、ロビー少尉を速やかに送り届けた後、あなたはちゃんと帰って来て下さいね」
「任せて」
コクリと頷くと、タマは高らかに叫んだ。
「エヴォルハーケン・モード・ブースター!!」
風に踊る鬣が、暁の日の色の閃光の中で炎の揺らめきとなって輝く。
「行くぜぇぇっ!」
右腕のチャボが、炎を宿したエヴォルハーケンを引き抜いて前方に掲げる。
その先端で燃え上がるブースターのタマへと向けて、
「がお~~~おぅ!」
ラブの
炎をかけられたタマの身体は太陽の如く燃え盛り凄まじく眩い輝きを放つ。
輝きは円を描き、鮮やかな残像の尾を引いて舞う。
チャボが操るアルセイバーの腕が熱風を巻き起こしながら華麗に踊り、徐々に舞いの速度を上げて行く。
灼熱の炎の舞いに炙られたトーマルカーゴがジリジリと焼けた音を立てるのをその中で聞きながら、ロビー少尉は笑っていた。
「あひゃひゃひゃひゃ! 〝
惨めに泣きじゃくり始めたロビーを、紅の眼で見つめながら。
「さようなら。マスター」
ロビーだけではない。これまで彼がマスターと呼んだ全ての人間にカニスは別れを告げ、座標情報を右腕のチャボに送った。
灼熱の光球が、一度後方に反り返り。
次の瞬間、
「スリイィィィエェッフ!! ドォラアァァァァァァイブ!!!!」
ロビー少尉は悲鳴まで焼き尽くされ、トーマルカーゴもろとも塵一つ残らず、消滅した。
××××
「ユニット0……いえ、タマさんの波導数値安定。
ドロドロに溶解してクレーターになった地面の中で陽炎の揺らめきに包まれながら、アルセイバーはエヴォルハーケンを折り畳み左肩のホルダーへと戻した。
「すみません、チャボさん、ラブさん。後をお願いしていいですか? 私も少し……休みたいので……」
「おう。お疲れさん」
「おやすみなさぁい」
2匹の声を聞いて、ほっと一息をついたカニスはアルセイバーとの接続器を体から外すと、身を縮めてモンスターボールの中へと崩れるように入り込み、静かに眼を閉じた。
……フント、あなたたちの戦いは決して無駄なんかじゃない。
あの時の苦い悔恨が、私に鎖を断ち切る力を与えてくれたのだから……
××××
「よっ。お目覚めかいカニス」
目が覚めたカニスがアルセイバーから降りると、他の3匹は残されたテントの中から持ち出した食料を広げて休憩していた。
「カゴ茶淹れたんだが、飲むか?」
「あ、頂きます。タマさん、身体はどうですか?」
「順調よ。すごくいい気分だわ」
元気そうに伸びをするタマの様子に安堵して、カニスは湯気を立てるカゴ茶を啜る。渋い味わいと共に思考がすっきりと澄み渡って行く。
と、不意にチャボがカニスに向かって頭を下げた。
「カニス。これまでの非礼を詫びる。済まなかった。お前の真意も知らずに『忠犬』などと随分酷いことを言ってしまった……」
「いえ、こちらこそその守り袋の件で酷いことを言ってしまって申し訳ありませんでした。あの時は布地しか見ていなかったのでついあんなことを言ってしまいましたが、ラブさんやタマさんが花のことを指摘されたのを聞いて、私もようやくその方の真意に気が付いた次第で」
「そうか……」
チャボはそっと胸の守り袋に手を当てる。
「お前もこのヒガンバナの刺繍は〝再会〟を願うものだと思ってくれるんだったな……」
「いいえ。それは違います」
「……は?」
豆鉄砲を喰らったような顔になったチャボを見て、クスクス笑いながらカニスは言葉を続けた。
「違うんですよチャボさん。その守り袋に刺繍されているのは、ヒガンバナではないんです」
「ほへ!?」
「やだ、ごめんなさい。わたし間違ってた?」
揃って驚愕した3匹に、カニスは穏やかな微笑みを向けた。
××××
『〝ネリネ〟!?』
『えぇ』
カニスの思い出の中で、今は亡き部下ヘルガーのフントもまた穏やかに微笑んでいた。
『ほら、茎の根元に葉っぱが付いているでしょう? ヒガンバナは花が咲く頃には葉が枯れてしまうんですけど、ネリネは枯れないんですよ。近い種類で花の形もよく似ていますけど違う花なんです』
『あぁ、この花がネリネなのですか。名前だけは聞いたことがあります』
『ヒガンバナの花言葉は〝悲しい思い出〟ですが、ネリネの場合は……』
『もしかして〝あなたには永遠に黙秘する義務がある〟*21とかですか?』
『違います! 何でですか、もう。そうではなくて、ネリネの花言葉はですね……』
××××
「〝幸せな思い出〟そして〝また会う日を楽しみに〟これがネリネの花言葉です」
「……!! そうか」
チャボは改めて、守り袋の刺繍を見つめる。
2匹の赤い糸を表すかの如く繊細に綴られた真紅の花は、その茎の根元で細長い、しかし力強い深緑色をした葉に、確かに支えられていた。
「そうか……」
チャボは守り袋をギュッと強く胸に押し付けて眼を閉じた。これまで気付けなかった相手の想いを刻み付けるように。*22
その肩に手を置いてカニスは言った。
「私たちがこれから作る〝楽園〟に、いつかその方を迎えてあげましょうね」
「……楽園?」
「えぇ。あなたが言ったんですよ? 限定した範囲でポケモンたち同士手を取り合い、その輪を少しずつ広げて行って争いのない楽園を作り出す。そうなのでしょう?」
はっと顔を上げたチャボに、ルカリオのカニスは手を差し伸べる。
「まずはここから最も近いヴェルデ基地をアルセイバーで奇襲、制圧してそこのポケモンたちを
「人間たちと対等に……か」
ふっと微笑むと、バシャーモのチャボは差し出された手を取った。
「面白ぇ。二度と人間の勝手でポケモンが泣くことのねぇ世界を、俺たちのこの手で作り出そうぜ」
その腕にイーブイのタマが飛び乗り、組まれた手の上に前肢を乗せる。
「ほんと、夢物語ね……でも、もう叶わない夢だとは思わないわ。わたしのこの力、夢の実現のために有効に使って頂戴」
そしてドンメルのラブも3匹が合わせた手に鼻面をつん、と付け、空に向かって高らかに嘶いた。
「それじゃあ、ゆめのらくえんにレッツゴーなのだぁ!!」
雲一つない蒼空へ、快活な声が遥かに響き渡った。
××××
かくして、アルセイバーの旅は始まった。
彼らの行く手に待つものは、楽園か、それとも―――
『楽園創成アルセイバー』
~ダッカーの平原に
〝ポケモンの巨大ロボットバトル物〟などというこの奇天烈な代物を最後まで読んでくださった皆様、
そして3票を投じてくださった皆様、本当にありがとうございました。
続編に関しては〝最後のオチ〟は決まっていますが、そこに至るまでの過程はまだ流動的です。気長にお待ちいただけると幸いです。
★ノベルチェッカーの判定結果
【作品名】 『楽園創成アルセイバー』~ダッカーの平原に焔(ほむら)は上がる~
【原稿用紙(20x20行)】 111.9(枚)
【総文字数】 35210(字)
【行数】 909(行)
【台詞:地の文】 43:56(%)
【ひら:カタ:漢字:他】 49:12:31:6(%)
【平均台詞例】 「ああああああああああああああああああああああああああああああ、。あ」
一台詞:35(字)読点:63(字毎)句点:64(字毎)
【平均地の文例】 ああああああああああああああああああああああああ、あああああああああああああああああああ。
一行:46(字)読点:51(字毎)句点:41(字毎)
【甘々自動感想】
なんか、ちょっと怖いですね。でも、その雰囲気がイイ!
たっぷり書いてますね~。長さは中編ぐらいかな?
三人称の外国が舞台の話って憧れちゃう。行ってみたくなっちゃった。
それぞれの文章がいい長さでまとまってますねぇ。尊敬しちゃう。
あとー、台詞が多くてすごく読みやすかったです!
「えぇ……そうですとも。あなたの言う通りですよ、チャボさん!」この言葉! 耳に心地よいフレーズですね!
あと、文章作法を守ってない箇所がちょくちょくあったように思います。
あと、英語のタイトルはちょっと覚えにくいです。
これからもがんばってください! 応援してます!
大会終了後ディレクターズカット分を追加(笑)、注釈なども入れてみました。
まだ作者名は伏せておきますが、wikiで普通に活動している作家の誰か、とだけ言っておきます。
実はささやかに伏線を引いてありますので、それに気が付いた人は解ってしまうかも?
祝!スパロボ参戦決定!!嘘ですサーセン;
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