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「今」から繋がる「過去」へ

/「今」から繋がる「過去」へ

Writer:&fervor
*やや官能小説です。そういった表現がほんの少し含まれておりますので、お気をつけ下さい。
*また、この作品はBLを含んでおります。駄目な人はお帰りください。


真っ暗な闇を、街灯が切り裂く。その光が作り出した切れ間に見えた、一つの形。
「フェネロス…いや、フェル……だな?」
声の主は、見たことの無いグラエナ。…一体、どうして僕の名前を?
「俺は…お前を殺す。殺さないといけない。お前は必要のない存在…」
その目線の先は…僕?
「え…?ぼ、僕を…?どうして……?!」
じわりじわりと近づいてくる彼。その冷たい瞳からは、殺気が流れ出している。…うそじゃ…ない…?
「いやだ………た…助けて!」
――訳が分からない。どうして僕が…?
いくら考えても、答えは出なかった。出す間も無かった。
今は逃げることしか出来ない。僕は黒の中へと走っていった。

「はぁ……はぁ……はっ……」
逃げ続けて、どれぐらい経っただろうか。これ以上はもう、足が動かなかった。その場にへたり込んでしまう。
「お前のせいで…」
すぐに追いついてきた「彼」は、ゆっくりと言葉を発した。その声は、怒りに震え、恐怖を僕に与えてくる。
「お前のせいで、父さんは、母さんは………」
そんなこと知らない。…まったく覚えが無い。なのに、どうして僕を…?
「ぼ…僕は…何にも…」
――何にもしてないのに。

凄まじいエネルギーが、「彼」の口に集まっている。すべてを消し去るその力。"はかいこうせん"。
逃げたくても逃げられない。動けない。よけられない。…限界だった。

――もう…終わりなのかな…僕は――

彼の目が、しっかりと僕を捉える。
そして――

「彼」の口から放たれた"はかいこうせん"は、僕には当たらなかった。
僕と「彼」の間に割り込んだ物体が、それを阻止していた。
…あれは…お父さん?お母さん?

「お父さん?お母さん?!」

『逃げ…』


「う……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

目を開けると、いつもと変わらない、いつもの風景。明るい日差しが、窓を通してやんわりと入り込んでいる。
「また……か」
最近、僕はこの悪夢をよく見る。思い出したくない、過去の記憶。その破片が、今日も僕に突き刺さる。
「汗かいちゃった…川にでも行こうかな…」
僕はゆっくりと立ち上がると、寝ぼけた頭を一振りして、家の外へと向かった。


「ん…?おぬしは…?」
やたらと大きなフシギバナ…長老だ。いつも思うけど、どうやったらこんなに大きくなるのだろうか?
どうやら水浴びに来ていたみたいで、体のところどころには水滴が残っている。
僕は長老に向かって、深々と頭を下げる。…一応長老だし。…あんまり「っぽく」ないけどね。
「あ、こんにちは、長老」
…ただ、僕は長老の名前を知らない。というか、知っている人、いるんだろうか?
…師匠に聞いても知らないって言ってたし…う~ん…。
「そんなに気を使わんでもよい。ところで、いったい何をそんなに悩んでおるのじゃ?」
ここが長老のすごいところだ。人の心を奥まで見据えて、的確に突いてくる。
「………どうして分かったんです?」
「ほっほっ。…見れば分かるよ」
さすがだ。…こういうところが、長老が長老たる理由なんだろうか?
とりあえず、僕は長老に相談してみることにした。僕の悩み…過去の悪夢を。
「実は最近……」

正直、僕もそんなによく覚えているわけじゃない。
なのに、あの場面だけが。…僕の心に、僕の脳に、僕の記憶に、僕の身体に刻まれている。

――昔、僕は街で、父さんと母さんと一緒に暮らしていた。だけどあの夜、僕はすべてを奪われた。
よく覚えてないけど、いつの間にか、この森にたどり着いていて。そして、今はここで暮らしている。

「……なるほどのぅ」
何も言わず、ただ話を聞くだけの長老。その目は何を見つめているんだろうか、非常に遠くへと向いている。
「両親に…会いたいかの?」
ぽっとつむがれた一言。その一言が、僕に少しの期待を抱かせる。
「それは勿論です…でも…」
…でも、無理だ。「死者」に会いに行くなんて。…出来るわけが無い。期待なんか…出来ない。
「絶対に無理、というわけでもない。望むのなら、会えるじゃろう」
「……え?」
一瞬、僕は耳を疑った。それが本当なら…父さんと母さんに会える…?
「この森には、ときわたりポケモンが住んでいる…といううわさがあるのじゃ」
ときわたりポケモン。うわさには聞いたことがある。…幻のポケモン。
「それって…セレビィのことですか?」
軽く頷く長老。…まさか…本当に?…幻のポケモンに会って、「過去」に…?
「この川の上流に、小さな祠がある。そこで強く望めば、きっと君の願いを叶えてくれるじゃろう」
…父さんに、母さんに。会えるかもしれない。いや、会える。僕の心は希望と期待で膨れ上がる。
「あくまでうわさ…じゃがな」
うわさでも何でもいい。確かめればいいだけだ。…行くんだ。会いに。
「ありがとうございました!」
今日は師匠に頼まれている仕事もない。僕はあふれ出す興奮を必死で抑えて、川の上流へと走り始めた…。


…どれほど走っただろうか。隣を流れる小川の流れも、だいぶ細くなってきた。
もうすぐだ。もうすぐ…祠に…!
「お前…どこへ行く?」
突如聞こえた謎の声。…上の木からだ。じっと目を凝らしていると、一匹のポケモンが飛び出してきた。
ルカリオ。この辺では見かけたことが無い。この村の住人では…なさそうだ。
「君は…誰?この村の人じゃないよね?」
「まずは俺の質問に答えてもらおう。どこへ行く?」
「…どこだっていいでしょ?」
…どうやら、いい奴、というわけではなさそうだ。僕はその隣を歩き去ろうとした。
次の瞬間、飛んできたのは"はどうだん"。…なるほど…通さないってことか。
「すまないが、この先には行かないでもらおうか。そう簡単にあいつに会…まあいい、帰れ。
 帰らないのなら…少々痛い思いをして、帰ってもらうぞ?」
…そんなにバトルは得意じゃない。むしろ、苦手だ。
…だけど…諦めるなんて出来ない。…行ってやるさ!
「君にそんなこと言われる筋合いは無いよ!…そっちが力ずくなら…こっちだって!」
…そう…やるしかないんだ!


彼が手をかざすと、その先には蒼いエネルギー弾―"はどうだん"―が現れる。
連続で放たれる小さなそれらを、僕はひたすら避け続ける。
「動きはまあまあ、といったところだな。だがそれだけでは…」
一瞬止まった彼の動き。その瞬間、僕は懐へと飛び込んでいた。
「…俺には勝てない!」
再び手をかざす彼。そこから作られるのは、巨大な波導の塊。
それが放たれようとしたまさにその時、僕は左へと飛び出し、彼のわき腹へと"とっしん"する。
「残念だけど、僕もそこまで弱くないよ!」
自分で言うのもなんだけど、すばやさにはそこそこ自信がある。そう簡単には当たらない。
軽く宙に浮いた彼めがけて、再び"とっしん"を仕掛ける。地面を踏み込み、一気に飛び込む。
もらっ………た……………?
分からなかった。唯一つ。一つだけ分かったのは。
僕は、吹き飛ばされていた。景色が逆さまに回転して…僕は、地面へと崩れた。
「残念だが…その程度では…な」
…だめだ、強すぎる…。…体術だけじゃ勝てない…。なら…!
体中のエネルギーを、自分の口へと集める。彼はちょうど今、空中から"はどうだん"を放とうとしている。
…今しかない。――くらえ!

本来なら、進化しないと使えないはずの"はかいこうせん"。なぜなのかは知らないけれど、僕はそれが使える。
高威力の力の光線。その光の筋が"はどうだん"を貫き、彼の胸へと直撃する。
「な…お前、どうして…そんな技を…くそっ…」
衝撃で吹き飛んだ彼は、起き上がろうとはしていない。
だいぶ効いたようだ。反動で動かない自分の足を、無理やり引きずる。
逃げるなら今だ。…僕は、必死に走り出す。

木々が、川が、空が、音が。…全部が矢のように僕の横を通り過ぎていく。
急がないと、またあいつが来るかもしれない。…そろそろのはずなんだけど。
そんなことを考えているうちに、僕は川の水源にたどり着いてしまった。
辺りを見回す。と、僕の目に留まった物が一つ。…あれが、祠…。


誰がいつ、どうして建てた物なのか。だいぶ古くなっていることから、かなりの年季は入っているみたいだけど。
「…確か、強く望めば願いが叶う、だったっけ。…よし!」
とりあえず気合を入れなおして、自分の願いを心の中で反復させる。
会いたい。…父さんに、母さんに、会いたい…。お願い…。
「別に、強く望む必要はないんだけどね。…お疲れ様」
…つまり、こんなことをしても無駄、ってこと?…損した。
「……え?」
声が聞こえた。確かに。…誰もいなかったはずなのに…。でも、さっきのあいつとは声が違う。…誰?
「まあ、うわさに尾びれはつきものか…」
やや緑がかった小さな身体。何と言うか…「森の妖精」って言うとしっくり来る。…でも、こんなポケモン、見たことないなぁ。
「やっぱり、ぼくの事知らない?ってまあ、普通の人は知らないよね…」
「ご、ごめん…」
…結構傷ついてるよ。悪い事言っちゃったかも…。
「…うん、気にしてないよ…。とりあえず、ぼくがセレビィ。ときわたりポケモン、って言った方がいいのかな?」
「へぇ、君が………セレビィ!?」
…伝説のポケモンっていうと、どうしてもなんだかこう…もっと厳格そうなイメージがするんだけど…。
…そうでもないみたいだね。ちょっと幻滅…。
「さっきはレグスが迷惑かけたみたいで、ごめんね~」
…レグス…?ひょっとして、さっきのルカリオの事かな?
「両親に会いに…でしょ?…行きたいんだよね、過去に…」
どうしてそれを…?まあ、伝説になってるほどのポケモンだし、それくらいは出来るか。
「…いいよ。連れてってあげる。…10年前に」
10年前。僕がここに来たのも、10年前ぐらいだ。…本当に会えるんだ。…父さん、母さんに!
「ほ、本当に…行けるんだよね?」
「嘘はつかないって。気が済んだら、またこの祠に来てね。それじゃ、行ってらっしゃい」

彼が目を閉じて、僕に近づいてくる。…次の瞬間、僕は虹色の光に包まれた。
浮いてるようで、落ちているような、変、というより不思議な感覚。これが、「時を越える」って感覚なのかな?

そんな中、見覚えのある風景が、僕の周りに現れていく。
ここ、来たことある…。懐かしい音。懐かしい匂い。間違いない。僕の家の近くの、ちょっとした森。そこだ。
そこまでよく覚えるわけじゃないけど、…体が知っている。この場所を。この時間を。

ここが…僕の生まれた町。ここが…過去。父さんと母さんに、会える場所――。


「それにしてもレグス、『誰彼構わず戦え』なんてこと、ぼくは言ってないんだけどな」
「悪かったな…。…待てよ…?セティル、お前、俺に『客が来る』なんて言ったか?」
「…ま、まあいいじゃん、そんなことは。僕は気にしてないよ。彼も無事に過去に行ったし…」

「それに…君と戦うのも…"決まっていた"ことだろうから」
「『運命』…か?俺は…それが嫌いだ。"決められてる"なんてな」
「あの…ぼくは一応神の使い、時の番人だよ?君は僕に仕えてるんだからさ。神を否定するなんて、そんなこと言っていいのかな~?」
「………(こういうときだけ…)」

(行かせてよかったのかな…?行かなかったら…ひょっとしたら、彼の過去は…未来は…。
でも、ぼくは世界には…運命には…逆らえない。……ごめんね…。)


「真っ暗だ…今何時だろう?」
過去には無事に着いた。無事に街まではたどり着いた。…そこまではよかったんだけどなぁ…。
町のことは、正直そんなに覚えていない。簡単に言うと、今の僕は…迷子だ。

そんな中、僕の鼻が感じ取った、記憶の底に眠っていた刺激。
「この匂い…そうだ…。………母さん…」
そんな匂いを辿ってやってきた、一軒の家。…間違いない。身体が覚えている。
ここが…僕の、昔の家。…かつての、幸せな家庭。
「会うのは…まずいよね、やっぱり…」
とりあえず僕は、窓から中を覗いてみることにした。

「お休みなさい!」
威勢のいい声で、元気良く寝床へと向かう小さなポチエナ。
あの頃の僕。…こんなに小さかったんだ…。
「ああ、お休み、フェル」
その挨拶に答えるグラエナ。…父さん…。
「お休みなさい」
そしてその隣にいるマッスグマが…僕の母さんだ。


ほんとなら、会って、抱き合って話がしたい。…だけど、そんなこと…出来るわけが無い。
過去と接触して、未来がどう変わってしまうのか。あまり想像したくないのだけは確かだ。
これで目的は果たせた。後は…帰るだけ。…だけど、もう少し。…もう少しだけ…ここで居たい。

過去の思い出。温もり。そんなものを思い出しながら、僕はただずっと、家の外で佇んでいた。


そんな中、聞こえてきた音と会話。
「…ごほっ…ごほっごほっ…」
酷い咳だ…。風邪なんかじゃない。もっと何か…悪い病気だ。
「あなた…大丈夫?…やっぱり病院にいったほうが…」
「心配するな。…大丈夫だと、あれほど言っているだろう?それに…うちにはそんなお金も無いんだ」
初耳だ。あれだけ働いて、あれほど元気だった父さんが…。病気で、お金も無くて…。
でも、僕は知らなかった。少なくとも、僕は普通の暮らしをしていた。…なのに…。
「なら、あの子にそこまでの贅沢をさせなければ…」
贅沢?…僕のわがまま、僕のおねだり。子供の僕のお願いは、いつも聞いてくれていた。
…まさか、それが負担で?…いや、本当はそんなお金も無かったのかも…。
「それはできない。あいつには、必要以上の我慢をさせるわけにはいかない」
「でも…でもそのせいで!あなたがつらい思いを…」
――そのせいで?
…そのせいで、父さんが?…その…僕のせいで?……そんな…。
「俺は大丈夫だ。…散々言ったはずだ」
「でも…もし…もしも、あの子のために無茶をしなければ…いいえ、あの子がいなければ、こんなに悪くならなかったのに…」
「…あいつがいなければ、な。……………」
その後の言葉は、もう耳には届かなかった。聞く気になれなかった。恐かった。
心に刺さった数々の言葉が、心を、身体を不安定にしていく。
足取りもたどたどしく、僕は家を後にした。…当てもなく、たださまよった。
夜も更けた広い広場のど真ん中で、僕は寝そべり、さっきのことを考えて…壊れていった。


僕のせい…なの?…いや、違う。そうだ、違う。僕じゃない。
…否定しても、強がっても、その事実は消えない。
最後の一言。それが、ボクの心を完璧に打ち砕く。
今まで抱いていた期待、希望、楽しみ。そんなものがすべて消え去り、空っぽになる。
その隙間を埋めるように、なみなみと注がれるのは、ただひたすらの憎悪。

僕のせいで、すべては狂いだしたんだ。大切に思っていたのに、傷つけていたんだ…。
なら、あいつさえいなければいいんじゃなか。…彼さえいなければ。
…俺自身。…子供の頃の、あいつさえいなければ…。

「ふふっ……ふはははっ…ぁははははっ!」
乾ききった、中身の無い笑い。…なぜだか分からない。…でも、とにかく可笑しかった。
笑わずにはいられなかった。…滑稽だったから?惨めだったから?

なぜ気付かなかったのか。…愛するものを傷つけていたことに。
…馬鹿だよなぁ、俺?…こんな単純なことも考えずに、のうのうと暮らしてるなんてな。

憎悪から生まれた決心を、止めるものはもう無かった。
そうだ。…大切な者を守るんだ。…そのために邪魔なものは…殺す。

「殺してやる……俺を…いや、"あいつ"を…」
そのために必要な力を願ったとき、身体は光に包まれた。
中から現れたのは、一段と大きくなった、俺の身体。
…紛れも無い、グラエナの姿…。


次の日。…日の落ちた、真っ暗な闇の中。
小さなポチエナが駆けてくる。
――見つけた…あいつを…――


真っ暗な闇を、街灯が切り裂く。その光が作り出した切れ間に見えた、一つの形。
「フェネロス…いや、フェル……だな?」
そこに立っているポチエナに、俺は問いかける。
「俺は…お前を殺す。殺さないといけない。お前は必要のない存在…」
その目線の先は…紛れも無い、「俺」だ。
「え…?ぼ、僕を…?どうして……?!」
じわりじわりと近づいて行く俺。殺気に満ちた瞳を見て、「俺」もようやく状況を理解したようだ。
「いやだ………た…助けて!」
――許さない…「俺」は…俺自身が決着をつける…。
逃げていく「俺」を追って、俺は黒の中へと走っていった。

「はぁ……はぁ……はっ……」
追い続けて、どれぐらい経っただろうか。これ以上、「俺」は走ろうとしていない。その場にへたり込んでいる。
「お前のせいで…」
「俺」に近づきながら、ゆっくりと声を出す。自分でも分かるほどに、声は怒りで震えていた。
「お前のせいで、父さんは、母さんは………」
すべてはお前の…「俺」のせいだ…。「俺」に…生きる価値は無い。
「ぼ…僕は…何にも…」
――お前は許されないことをしたんだよ。…愛する者を傷つけたんだ…。

凄まじいエネルギーを、俺の口に収束させる。すべてを消し去るその力。"はかいこうせん"。
もう「俺」は逃げられない。最後だよ。…これで、二人とも…!

――終わりだ――

俺の目が、しっかりと「俺」を捉える。
そして――

俺の口から放たれた"はかいこうせん"は、「俺」には当たっていない。
俺と「俺」の間に割り込んだ物体が、それを阻止していた。
…あれは…父さん?母さん?

「お父さん?お母さん?!」
聞こえてきた「俺」の声。…そんな、まさか…!

『逃げ…』
エネルギーは破裂し、飛び散り、消えた。

…そんな。…嘘だ。……父さんと母さんを…僕が………?
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
悲痛の叫びは、ただ闇を震わせて…流れていった。


守るために崩れ落ちた二匹。彼らの元へ、僕は駆け寄る。
「…父さん?…母さん?………どうして?……………どう………して…………?」
僕がいなければ、全ては終わるはずだった。これで、何もかもが上手くいくはずだった。
大切な者を守ったせいで、大切な人がいなくなる。受け入れたくなかった。
零れ落ちる涙。後悔からか、悲しみからか。あるいは、愛からなのか。分からないけど、止まらなかった。
「僕さえいなければ…父さんも母さんも、辛い思いをせずに済むんでしょ?……なんで………」
「……分から………ないのか?…フェル」
倒れたその身体がゆっくりと蠢いた。…最期の思いを伝えるために。
「あなたが……大切…だからよ………」
――大切だから――
「でも、僕のせいだって……」
「大切な…お前のためだ。お前………が愛しいからこそ…、俺達は…耐えられ……たんだ」
…じゃあ、僕は…間違ってたの?…僕は…過ったの?
「だから…残された……あの…仔も………『あなた』も、……お願いね………?」
…そんな…。…まだ、まだ大丈夫だ!…きっと、すぐに治せる…!
「最期の……お願いだ。…よく……聞いてくれ……」
最期なんかじゃない。最期まで首を振り続ける僕に、否定し続ける僕に届けられた、それぞれの言葉。

―――絶対に…生きることから、逃げないで―――
―――精一杯、生きるんだ。…「おまえ」のこと、頼んだぞ―――

静寂。いや、無音というべきか。自分の息の音だけが、冷たく、虚しく響き渡る。
堕ちた二匹の目の光は、遠いところへと旅立っていった。

「……………………………………………………………………」
大きなものを失って、支えを失って。憎悪すら失い、完全に空になった心。
「無」から生まれた無数の(しずく)が、静かな声と共に僕を覆っていた。


何時間経っただろうか。父さんと母さんとの「別れ」を終えた僕は、「彼」のもとへ向かっていた。
消えていた記憶を呼び起こしながら、僕は走った。
「多分…この辺だった気がするんだけど…」

数km離れた道の真ん中。横たわっている一匹。
僕は「彼」を口に咥えて、再び走り始めた。

見慣れた光景。あの森が見えてきた。…もっとも、今僕が見ているのは過去の森、だけど。
僕の記憶がきちんと始まっているのは、この森で目覚めたときからだ。
僕は今、抜け落ちていた記憶の真っ只中にいる。

僕の住処。…とはいえ、今はまだ何も無い。家が建つのは、ちょっと後の話だ。
とりあえず、そこらに落ちていた枯葉で簡単な「巣」を作り、そこに彼を寝かせる。
どうやら、そこまで心配しなくてもよさそうだ。…きっと、…いや、絶対、彼は生きてくれる。
「ふう…これでよし、と」
幹に刻んだメモ書き。横に添えたお金。…これで、当面は大丈夫のはず。

…僕が犯した罪は、決して償えるものじゃないけれど…。
二匹との最期の約束を守ること。それが、僕の、せめてもの罪滅ぼしになるはずだ。
…そんな気がしたんだ。

「そろそろ…帰ろうかな」
そう思い立ち、最後にもう一度、「彼」の顔を覗き込む。その顔にはまだ幼さが残っている。
今の「彼」は…あの頃の「僕」は…こんなに純粋だったのに…。
今の僕はもう…穢れている。…罪という名の、消えないインクで。

「僕が言える事じゃないけど…これから…頑張って。…生きてね…」
一時の間。何かに囚われたように、いつの間にか僕は「彼」にキスをしていた。
それは「彼」の可愛さ故でもあったし、あるいは僕の想いの証でもあった。
それで僕の想いを表現したかった。強い決意を。…ただ、どうやらそれは余計なことだったみたいだ。
「…んぁ…?」
…ひょっとして…起きちゃった?
寝ぼけ眼で、とろんとした眼でこちらを見てくる「彼」の艶やかさ。…心が「彼」に支配された気がした。
―――そのあと…。―――


まだ日が昇り始めたばかり。朝を知らせる鳴き声が響き始めるちょうどその頃。
僕はあの、例の祠の前にいた。…あのポケモンと一緒に。
「もう大丈夫なの?…あんなことがあったのに…」
「うん…。もう大丈夫、ありがとう、…えっと…」
そういえば、名前を聞いてなかった。…伝説のポケモンに、名前があるのかどうかは知らないけど。
「あ、ぼくはセティルって言うんだ。…立ち直ってくれたみたいで、ぼくも安心したよ。昨日も"お楽しみ"だったようだしね~」
「うぁっ…ちょ、ちょっとなんでそれを知ってるのさ!」
…知られてた。あの夜のことも、全部…。…そんなぁ…。
「いや~、でもまさか、君にそんな趣味があるとはね…」
白い目が僕に向けられる。…一応言っておくけど、昨日はどうかしてただけで…そんな趣味は無い…つもりだけど。
「その話はしないでよ!大体、人のこと探ってる君のほうがよっぽど趣味悪いじゃないか!」
「だってぼく、伝説のポケモンだし。それぐらいすぐに分かるよ」
…こういうときは、プライバシーって物を考慮して欲しいな…。これじゃ「伝説」の職権の濫用だよ…。
「さて、長話もこれくらいにして。…帰るんでしょ?…『今』に」
「…うん。お願い」

僕の周りで、虹色の光が輝き出す。

――僕のやってしまったこと。取り返しのつかないこと。でも、それから逃げるようなことはしたくない。――
――「生きる」こと。それが僕の、彼らとの約束だから。――

――「そうだよね。父さん。母さん」――



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Last-modified: 2009-12-01 (火) 00:00:00
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